2011-08-26

「キリスト教征服の時代」から脱却する方途を探る


 キリスト教の後に犯罪の思想的正当化の試みは啓蒙主義自由主義によって行われ、フランシス・ベーコンシャルル・ド・モンテスキューデイヴィッド・ヒュームらはインディオを「退化した人々」とし、ヨーロッパ人による収奪を正当化した。19世紀に入ると、「近代ヨーロッパ最大の哲学者」ことヘーゲルはインディオや黒人の無能さについて語り続け、近代哲学の立場から収奪を擁護した。(スペインによるアメリカ大陸の植民地化

 レコンキスタ(718-1492年)からアメリカ大陸の植民地化(15-17世紀)、そして21世紀になっても、まだ征服の歴史は続く。虐殺されたアメリカ先住民は1000万~2000万人といわれる。

 ヨーロッパ列強による植民地化は奴隷化を意味しており、アメリカ先住民の場合は殲滅されたといっても過言ではない。

 少し前に「何が魔女狩りを終わらせたのか?」という一文を書いた。近代は白人同士の殺し合いを有色人種の殺戮に置き換えたように感ずる。

 第二次世界大戦後に米ソ冷戦構造となるが、パックス・アメリカーナの時代が長くなるほど、歴史における冷戦の意味は軽くなる。

 レコンキスタ-十字軍-アメリカ大陸の植民地化と一本の線を引けば、「キリスト教征服の時代」であることが明らかだ。

十字軍 意外にウロ覚えな彼らの目的と実態
十字軍の暗黒史

 十字軍の遠征によって中東から西ヨーロッパへ知識が輸入される。これが後にルネサンスを導くこととなった。更に資金調達のために徴税制度を発達させたことが見逃せない。国家の枠組みを規定するのは軍事と徴税である。

 近代の定義は国民国家の形成と資本主義の成立である。これをシンボリックに体現した国家がアメリカだ。そして近代はキリスト教信仰からプラグマティズムへのスライドを意味した。ここに民主主義と合理主義という新たな宗教が台頭する。

 とするとアメリカ建国の歴史に近代の縮図があると考えてよかろう。

 ここからポストモダンの道標はおのずと導かれる。すなわち国民国家を超えた枠組みの提示と、資本主義=広告会社が扇動する大衆消費社会の否定である。

 はっきり言って無理だ(笑)。これを実現するとなれば、それこそ核兵器以上に強力で、コレラよりも伝染性の高い宗教が必要だ。

キリスト教を知る

インディアスの破壊についての簡潔な報告 (岩波文庫)インカ帝国の滅亡 (岩波文庫)インカの反乱―被征服者の声 (岩波文庫)メキシコ史 (文庫クセジュ)

アメリカ・インディアン悲史 (朝日選書 21)ネイティブ・アメリカン―先住民社会の現在 (岩波新書)アメリカン・ドリームという悪夢―建国神話の偽善と二つの原罪『闇の奥』の奥―コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷

学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史〈上〉1492~1901年学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史〈下〉1901~2006年アメリカ・インディアン―奪われた大地 (「知の再発見」双書 (20))

インディアス史〈1〉 (岩波文庫)インディアス史〈2〉 (岩波文庫)インディアス史〈3〉 (岩波文庫)

インディアス史〈4〉 (岩波文庫)インディアス史〈5〉 (岩波文庫)インディアス史〈6〉 (岩波文庫)インディアス史〈7〉 (岩波文庫)

マネーと民主主義の密接な関係/『サヨナラ!操作された「お金と民主主義」 なるほど!「マネーの構造」がよーく分かった』天野統康

2011-08-25

三島由紀夫の遺言


 ・三島由紀夫の遺言

『決定版 三島由紀夫全集 36 評論11』三島由紀夫

 私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。
 このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。
 日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう。

【「果たし得ていない約束」三島由紀夫/サンケイ新聞 昭和45年7月7日付夕刊】

文化防衛論 (ちくま文庫)
三島 由紀夫
筑摩書房
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日英同盟を軽んじて日本は孤立/『日本自立のためのプーチン最強講義 もし、あの絶対リーダーが日本の首相になったら』北野幸伯

志は千里にあり


 老驥(ろうき)櫪(れき)に伏(ふ)するも 志(こころざし)は千里にあり
 烈士(れっし)は暮年(ぼねん)にも 壮心已(とどめ)あえず

【「歩出夏門行」曹操】

「歩みて夏門(かもん)を出ずる行(うた)」
曹操の詩
「歩みて夏門を出ずる行」に思う

中国古典 リーダーの心得帖  名著から選んだ100の至言  角川SSC新書 (角川SSC新書)

「ねえねえ、僕にも見せてよ」


 小首の傾(かし)げ方が絶妙だ。
Library Friends for Benji

占いは神の言葉/『重耳』宮城谷昌光


『天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光
・『太公望』宮城谷昌光
『管仲』宮城谷昌光

 ・占いこそ物語の原型
 ・占いは神の言葉
 ・未来を明るく照らす言葉

『介子推』宮城谷昌光
・『沙中の回廊』宮城谷昌光
『晏子』宮城谷昌光
・『子産』宮城谷昌光
『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光
『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

 行動は心の発動から起こる。これを志という。動機という言葉は目先の損得勘定が走っている。昨今流行っているモチベーションという語は動機づけの意であり、管理職による条件づけにすぎない。

 そして物語は志から始まる。

「射は、人格そのものといえます。正しければ、中(あた)り、正しくなければ、中りません。矢には邪悪なものを祓(はら)う力があり、その矢をもって周王を護り、外敵をしりぞけるのが、侯なのです」

【『重耳』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、1993年/講談社文庫、1996年)以下同】

 技だけでは及ばぬ世界がある。心を調(ととの)えるには生活態度を変えなくてはならない。すなわち生き方を改める必要がある。

「射」は技である。それを人格にまで持ち上げ、正邪という色彩を施すところに物語が生まれる。後の世となるが李広将軍は石に矢を立たせた。

 この巻において結構の前半と後半を分かつ占いが行われる。

 出師にさきだってかならず占いをおこなう。戦争は国の大事であるから、亀の甲を焼き、そのひびで占う卜(ぼく)という占いの方法をもちいる。

 出兵を出師(すいし)という。

 史蘇〈しそ〉としても意外であったのだろう、どこか割り切れぬ表情であった。兆(ちょう)の形はおそらく百通りほどあり、むろん史蘇の頭のなかにはそれらのすべてが記憶されていて、その兆を自分のことばにおきかえるためには、故事に精通していなければならない。実例のつみかさねの上に兆の形によって予言をおこなうところに確実性がある。

 史蘇〈しそ〉は史官である。故事とは古い物語である。しかしながら占いは裁判の判例とは異なる。時流を踏まえた上で、目指すべき星を示さなくてはならない。

 史蘇〈しそ〉には詭諸〈きしょ〉の出陣を止める力はない。が、占いをおこなった者は腹蔵のないことを吐露する義務がある。それをとりあげるかどうかは、君主しだいである。
「さいごに申し上げます。民を離そうとするものが、君のもとにはいってくるときは、かならず甘く、その快さによって、害であることがわかりませんから、防ぎようがありません」
 と、史蘇は恐ろしいことを大胆に予言した。
 兆(ちょう)だけをみて、これだけのことを、確信をもっていえるというところに、史蘇の天才ぶりをみることができる。

 何と女難の予言であった。詭諸〈きしょ/重耳の父親〉は驪姫〈りき〉を寵愛し、後嗣(こうし)を巡る争いは血生臭さを帯びた。

 史蘇〈しそ〉の占いは空しい諫言で終わった。

「穢(けが)れのないところにしか神は降り立ちません。純正な史官のことばは、神のことばであり、それを聴く方も心を端(ただ)さねばなりません」
 と、小さな力を口調にこめていった。
「端すとは──」
「雑念を去ることです。あるいは親のことばを聴く子どもの心に帰ることです」

 これは重耳と師である郭偃〈かくえん〉のやり取り。やや鈍重な重耳には虚心坦懐さがあった。ここでいう「神のことば」とは、宗教的な絶対性というよりも「歴史における信号機」のような役割を意味するものと思われる。

 驪姫〈りき〉は我が子を後継に据えようと優施〈ゆうし〉と結託し策謀を巡らす。長男の申生〈しんせい〉は殺され、逃亡した重耳には閻楚〈えんそ〉という刺客が送り込まれる。

 ──たった一人の女が……。
 と、士蔿〈しい〉は信じられぬおもいにうちのめされる。あれほどうまくいっていた父子と君臣との仲が、たった一人の女によって、それぞれずたずたに引き裂かれようとしている。

 重耳の19年に及ぶ放浪が始まった。

重耳(上) (講談社文庫)重耳(中) (講談社文庫)重耳(下) (講談社文庫)

2011-08-24

男前のカラス

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飛び立つカラス

ティク・ナット・ハン


 挫折2冊。

法華経の省察 行動の扉をひらく』ティク・ナット・ハン:藤田一照〈ふじた・いっしょう〉訳(春秋社、2011年)/初心者向け。過去の踏襲といったレベルで思想的な飛躍がない。

怒り 心の炎の静め方』ティク・ナット・ハン:岡田直子訳(サンガ、2011年)/ニューエイジ的な説法。言葉が弱い。ティク・ナット・ハンは『小説ブッダ』一冊で十分か。

抱擁


 抱擁――それは張り裂けそうな胸を重ねる行為。悲しみの鼓動を引き寄せる仕草。万感の思いを無言で伝える行動。

Sculpture

Wunsch von NAH

悩む人と励ます人

2011-08-23

吉井妙子


 1冊読了。

 52冊目『天才は親が作る』吉井妙子(文藝春秋、2003年/文春文庫、2007年)/ダイノジ大谷が紹介していた本。天才と称されるプロスポーツ選手の親子関係を描いたノンフィクション。小学生以下のお子さんがいる人は必読。過剰なまでの親の情熱が凄い。10人のアスリートに共通するのは、幼児期に裸足で過ごしていること。また幼い頃から主体性を尊重されながら育っている。スポーツというよりも、スポーツを通した教育が花開いたといってよい。

乞い人


 車の窓が世界を隔絶している。手を伸ばせば届く位置にいながら絶対に届かない距離が存在する。無慈悲と残酷に覆われた世界。

monsoon times..

koi

せめて「小銭か微笑みを」
地に臥して乞う者

2011-08-22

古代ギリシャでは詩作が学問の原点だった


 古代ギリシャでは、人間にとって大切と思われた知識は、もとはすべて詩の中に盛り込まれ、詩人たちによって記憶された。さまざまな学問は、詩から次第に分化して、独立していったものである。
 詩作は、学問の原点だった。

【『面白いほどよくわかるギリシャ神話 天地創造からヘラクレスまで、壮大な神話世界のすべて』吉田敦彦(日本文芸社、2005年)】

面白いほどよくわかるギリシャ神話―天地創造からヘラクレスまで、壮大な神話世界のすべて (学校で教えない教科書)

2011-08-21

シンメトリー的因果応報


 自殺防止センター(CVV)のポスターのようだ。「あなた自身を助けよ」と。ポジとネガを反転させるだけで、救いを求めている自分が助ける自分へと変化している。シンメトリー的因果応報だ。「あ、なーんだ、自分を切り抜いてひっくり返せばいいんだ!」と思わせる発想の転換が凄い。実に妙味のあるポスターだ。

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どう生きたらいいかを考えさせる本


どう生きたらいいかを考えさせる本:finalventの日記

 この飄々とした軽やかさは中々出せるものではない。finalvent氏といえば「極東日記」で知られる超大物ブロガーだが、少し前に私の方から喧嘩を売ったところ、敢えなくコテンパンにされた次第。






 弁当兄さん(finalvento氏の愛称)のラインナップは意外なものだった。闊達な文章でありながら、私の食指が動くものはない。ま、所詮好みの問題だわな。

 張り合うつもりは毛頭ないのだが、「自分だったら何をオススメするかな」と考えてみた。

 まず、人生は幸福よりも自由を求めるべきであるというのが私の基本的なスタンスである。大前提として人生とは不如意なものであり、不条理がつきまとう。そして自由をテーマに掲げると、必ず暴力の問題に行き当たる。強い者が弱い者を食い物にするのが社会の実相だ。

 格差がどうの、いじめがどうの、福島がどうのと皆が奇麗事を並べ立てる。だが本当は自分のことしか考えていない。そんな人間は感受性が麻痺しているため、どんなに素晴らしい作品を読んだところで生き方を変えることは難しい。

 打ちひしがれた経験を持つ者、心に傷を負った者、のた打ち回る苦しみを知る者だけが、深い共感から人生の幅を押し広げてゆくことができる。

 最初に2冊。『「疑惑」は晴れようとも 松本サリン事件の犯人とされた私』河野義行〈こうの・よしゆき〉(文藝春秋、1995年/文春文庫、2001年)と、『彩花へ 「生きる力」をありがとう』山下京子(河出書房新社、1997年/河出文庫、2002年)。

 河野さんはオウム真理教と警察とメディアの被害者で、山下さんは酒鬼薔薇事件で愛娘を喪った。これほどの不条理はない。ところがこのお二方は、深い静けさを湛(たた)えた瞳で事件を見つめる。そして看病という行為の中から、生命の尊厳性を鮮やかにすくい上げる。「市井(しせい)の庶民にこれほどの人物がいるのか!」と驚嘆したことをありありと覚えている。

「疑惑」は晴れようとも―松本サリン事件の犯人とされた私彩花へ―「生きる力」をありがとう

『彩花へ 「生きる力」をありがとう』山下京子

 ここでちょっと角度を変えよう。人間心理のメカニズムに光を当てた2冊。『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル:小此木啓吾〈おこのぎ・けいご〉訳(フォー・ユー、1987年)と、『服従の心理』スタンレー・ミルグラム:山形浩生〈やまがた・ひろお〉訳(河出書房新社、2008年/同社岸田秀訳、1975年)。

『生きぬく力』は強姦や拷問を経験した人々がどのように乗り越えたかが描かれている。絶望的な極限状況からの生還といっていいだろう。過重なストレスをコミュニケーションで解決する模様が紹介されている。『服従の心理』は社会心理学のバイブルである。本書によって心理学は科学的地位を確保したといっても過言ではない。ヒエラルキーに額(ぬか)づき、いじめに同調する人間心理を理解することができる。いつ自分が「電流を流される側」になるかわからない。だからこそ読む価値がある。

生きぬく力―逆境と試練を乗り越えた勝利者たち服従の心理

ストレスとコミュニケーション/『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル
服従の本質/『服従の心理』スタンレー・ミルグラム

 そして、とどめの3冊だ。『一九八四年』ジョージ・オーウェル:高橋和久訳(ハヤカワ文庫、2009年)と、「黒い警官」ユースフ・イドリース:奴田原睦明〈ぬたはら・のぶあき〉訳(『集英社ギャラリー〔世界の文学〕20 中国・アジア・アフリカ』1991年、所収)、『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』レヴェリアン・ルラングァ:山田美明訳(晋遊舎、2006年)。

『一九八四年』は新訳で。情報と暴力が人間をどのようにコントロールし得るかを描いた傑作。ウィンストン・スミスは少なからず勇気のある人物である。その彼が崩壊してゆく姿を凄まじいリアリズムで描写している。「黒い警官」はエジプトで実際にあった警官による拷問を小説化した作品だ。暴力の獣性を凄まじい迫力で暴いている。そして『ルワンダ大虐殺』は私の人生を変えた一書である。運命と宿命の欺瞞を思い知った。出口のない暗闇にあっても尚、人は生きてゆかねばならない。著者が生きているという事実が唯一の光明である。

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)中国・アジア・アフリカ/集英社ギャラリー「世界の文学」〈20〉ルワンダ大虐殺 〜世界で一番悲しい光景を見た青年の手記〜

現在をコントロールするものは過去をコントロールする/『一九八四年』ジョージ・オーウェル
暴力が破壊するもの 1/「黒い警官」ユースフ・イドリース(『集英社ギャラリー〔世界の文学〕20 中国・アジア・アフリカ』所収)
『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』レヴェリアン・ルラングァ

 私はレヴェリアン・ルラングァから真の懐疑を学び、そこからクリシュナムルティに辿り着いた。その意味ではルワンダの悲劇が私の眼(まなこ)を開かせたといってよい。最終段階としては、ブッダの初期経典(中村元訳)とクリシュナムルティの共通性を探るのが私のライフワークである。

 でもまあ、本気で人生を考えるのであれば120冊程度は読んでおきたい。

私を変えた本

「戦利品」の一つとして、日本人捕虜のシベリヤ強制労働の道は開かれていた/『内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史』多田茂治


『石原吉郎詩文集』石原吉郎
『望郷と海』石原吉郎

 ・石原吉郎と寿福寺
 ・常識を疑え
 ・「戦利品」の一つとして、日本人捕虜のシベリヤ強制労働の道は開かれていた

『シベリア抑留 日本人はどんな目に遭ったのか』長勢了治
『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』立花隆

 すでにヤルタ会談(45年2月)で、ルーズベルト米大統領がスターリンに対して、対日参戦の代償として、「莫大な戦利品の取得」「南樺太・千島列島の割譲」「大連を自由港とし、ソ連の優先権を認める」などの密約をしていたし、「戦利品」の一つとして、日本人捕虜のシベリヤ強制労働の道は開かれていたが、日本政府にそうしたスターリンの横暴を許す姿勢がなかったとは言えない。
 45年5月には、同盟国だったナチス・ドイツが無条件降伏して、ますます窮地に追い込まれた日本政府は、不可侵条約を結んでいたソ連を仲介にして和平交渉を進めようと、7月20日、近衛文麿元首相を特使としてソ連に派遣する計画を立て、「和平交渉の要綱」なるものをつくったが、それには次のような条件が含まれていたという。
 一、国体護持は絶対にして、一歩も譲らざること。
 二、戦争責任者たる臣下の処分はこれを認む。
 三、海外にある軍隊は現地において復員し、内地に帰還せしむることに努むるも、やむを得ざれば、当分その若干を残留せしむることに同意す。
 四、賠償として、一部の労力を提供することに同意す。
 事態が急速に悪化して、この近衛特使派遣は実現しなかったが、日本政府みずから、「国体護持」(天皇制護持)を絶対的条件とする代りに、“臣下”の戦犯処分、シベリヤ抑留・労働酷使に道を開くような提案を用意していたのだ。

【『内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史』多田茂治〈ただ・しげはる〉(社会思想社、1994年/文元社、2004年)※社会思想社版は「シベリヤ」となっている】

 そして今、シベリア抑留者と全く同じように、福島の人々が見捨てられているのだ。守るべき国民の生命は脅かされ、国家の体面だけを優先している。


「岸壁の母」菊池章子
「国家と情報 Part2」上杉隆×宮崎哲弥
真の人間は地獄の中から誕生する/『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』立花隆
瀬島龍三はソ連のスパイ/『インテリジェンスのない国家は亡びる 国家中央情報局を設置せよ!』佐々淳行
「もしもあなたが人間であるなら、私は人間ではない。もし私が人間であるなら、あなたは人間ではない」/『石原吉郎詩文集』石原吉郎

2011-08-20

ペットボトルのサンダル


 履き物すら奪われた人々。

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占いこそ物語の原型/『重耳』宮城谷昌光


『天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光
・『太公望』宮城谷昌光
『管仲』宮城谷昌光

 ・占いこそ物語の原型
 ・占いは神の言葉
 ・未来を明るく照らす言葉

『介子推』宮城谷昌光
・『沙中の回廊』宮城谷昌光
『晏子』宮城谷昌光
・『子産』宮城谷昌光
『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光
『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

 元々文章が得意ではないので暑さや寒さを理由にして書かなくなることが多い。頑張ったところで書ける内容は知れているから、今後はあまり気負うことなく感じたことや考えが変わったことをメモ書き程度に綴ってゆこう。

 タイトルは「ちょうじ」と読む。主人公の名である。生まれが紀元前697年というのだからブッダ(紀元前463年/中村元の説)より少し前の時代である。枢軸時代の綺羅星の一人と考えてよかろう。重耳とは春秋五覇の一人、晋(しん)の文公(ぶんこう)である。

 読み物としては『孟嘗君』に軍配が上がるものの、物語の本質が占いにあることを示した点において忘れ得ぬ一書となった。重耳は43歳で放浪を余儀なくされ、実に19年もの艱難辛苦に耐えた。「大器は晩成す」とは老子の言。

 おどろいた成王(せいおう)は、
「わたしは、あれとふざけていただけだ」
 と、弁解した。ところが尹佚(いんいつ)は表情をゆるめるどころか、厳粛さをまして、
「天子に戯言(ぎげん)があってはならないのです。たとえどんなご発言でも、史官というものは、それを書き、宮廷の礼儀によって、その発言を完成させ、音楽とともに歌って、公表するものです」
 と、さとした。

【『重耳』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、1993年/講談社文庫、1996年)以下同】

 成王が遊び半分で弟の唐叔虞(とうしゅくぐ/晋国の祖)を「封じる」と言った時のエピソード。歴史が記録によって形成されることを鮮やかに表現している。歴史とは記録であり、記録されたものだけが歴史なのだ。

 狐氏(こし)が晋に交誼(こうぎ)を求めてきた。この使者が狐突(ことつ)であった。

 若いが、その容貌には山巒(さんらん)の風気に鍛えぬかれたような精悍(せいかん)さと重みとがあり、それでいて目もとはすずやかさをたもって、山岳民族のえたいのしれぬ蒙(くら)さから、すっきりとぬけでている。
 狐突(ことつ)は馬上だけで見聞をひろめた男ではなく、かれの目は書物の上を通ってきたということである。

 書物は蒙(もう/道理に暗いこと)を啓(ひら)き、世界を明るく照らす。学問とは眼(まなこ)を開く営みに他ならない。後に狐突(ことつ)の子である狐毛(こもう)と狐偃(こえん)が重耳を支える。

 狐氏から詭諸(きしょ/重耳の父)のもとに二人の娘が送られることとなった。直ちに吉兆が占われる。

「山岳の神霊は、この婚姻を祝慶(しゅくけい)なさいました。なんと、曲沃(きょくよく)に嫁入(かにゅう)する娘の一人は、天下に号令する子を生むであろうということです」
 と、からだが張り裂けるほどの声でしらせた。

 私の心にフックが掛かった。そして下巻で悟った。占いこそ物語の原型であることを。占いとは未来の絵を描くことだ。卜(ぼく)の字は亀甲占いの割れの形に由来がある。

 不思議なもので占いは偶然から必然をまさぐる行為である。筮竹(ぜいちく)やサイコロ、あるいはコインといった道具を用いて偶然を必然と読み換えるのだ。

 キリスト教の運命や仏教の宿命が不幸の原因を求めて過去をさかのぼるのに対して、占いは未来に向かって道を開く。まったく根拠の薄弱な血液型占いや星座占いの類いが好まれるのも故なきことではないと思われる。

 現状は皆が知っている。責任に応じて視点の高さは変わってくるが、現状から見える未来図は予想範囲が限定される。現実の重さに縛られるためだ。起承転結の起承止まりだ。ここに転結の勢いを与えるのが占いである。

 つまり人々の思考回路に新しい道筋をつけ、更に道理を深く打ち込むことで思考のネットワークと人間のネットワークをも一変させるわけだ。皆の予測を超えた地点に旗を立てることができるかどうかが問われる。その旗が鮮やかな目印となって運命の進路を決定づけてゆく。韓万(かんまん)の言葉が如実にそれを示す。

「ことばと申すものは、外にあらわれますと、ありえぬことを、ありうることに変える、不可思議な働きをすることがあるものです」

 春秋戦国時代において狐氏は不安を抱えていたことだろう。であればこそ、晋に対して合従連衡(がっしょうれんこう)を求めたわけである。占いは人々の「淡い期待」を「絶対的な確信」に変えた。その瞬間に脳内で新たなシナプス経路が構築される。それまでの過去・現在と未来は「天下に号令する子」に捧げられることとなる。狐氏の運命が決まった瞬間であった。そして重耳が誕生する。

 いつもながら宮城谷のペンは冴え冴えとした光を放ちながら人間を描写する。

「狐突(ことつ)の体内のどこかに感動の灯がともった」、「かけひきのない人柄」、「眉やひたいの形のよさは、心の美質をもっとも素直にあらわしているといってよい」、「口調はおだやかだが、遁辞(とんじ)をゆるさぬというきびしさを目容(もくよう)にみせた」、「壮意を腹に溜(た)めなおして」、「胆知のさわやかさ」、「恐れがないから、やさしさがないのだ」、「声の質の良さは、その人の心術の良さでもある」――。

 宮城谷作品の魅力は人間の道と振る舞いを丹念に捉えているところにある。

重耳(上) (講談社文庫)重耳(中) (講談社文庫)重耳(下) (講談社文庫)

マントラと漢字/『楽毅』宮城谷昌光
先ず隗より始めよ/『楽毅』宮城谷昌光
占いは未来への展望/『香乱記』宮城谷昌光

ユダヤ人少年「みなが、その共犯者さ」


 私に付いてきた入植地の男の子に聞いた。イェディディヤ・ベインツハック、10歳である。
 ――もっと静かな暮らしをしたいと思うかい。
「うん」
 ――それには、どうしたらいい?
「アラブ人をここからおっぽりだしてしまえばいいのさ」
 ――でも、ここに住んでいるユダヤ人は400人で、アラブ人は12万人なんだよ。どうやってアラブ人を追い出すつもりだい?
「やり方は、いろいろあるさ。例えば、みなが逃げて行くように、何人か殺してやるとか」
 ――でも、人を殺すのはいいことかい?
「人を殺す奴を殺すのは、いいことさ」
 ――でも、みなが人殺しというわけじゃないよ。
「みなが、その共犯者さ」

【『パレスチナ 新版』広河隆一〈ひろかわ・りゅういち〉(岩波新書、2002年)】

パレスチナ新版 (岩波新書)

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i2

パレスチナ人女性を中傷するイスラエルの若者たち

2011-08-19

副島隆彦、一ノ瀬正樹、ポール・ホーケン


 3冊挫折。尚、前回から挫折本の冊数をカウントするのをやめた。読了率を示すことに意味があるとは思えないため。五十の坂が近づいているので、とにかくムダな本を避けなくてはならない。

新たなる金融危機に向かう世界』副島隆彦〈そえじま・たかひこ〉(徳間書店、2010年)/おっかなびっくり開いて飛ばし読み。言葉遣いが2ちゃんねらーと同じレベルだ。きっと小室直樹の負の部分だけを譲り受けてしまったのだろう。ものの考え方が極端を超えて破綻の領域に突入している。一部からカルト的人気を博しているようだが、ただのカルトだと思う。

原因と結果の迷宮』一ノ瀬正樹(勁草書房、2001年)/狙いはいいのだが文章がまどろっこしい。妙なわかりやすさを演出したのではあるまいか。そのため文章が迷宮のようになっている。

祝福を受けた不安 サステナビリティ革命の可能性』ポール・ホーケン:阪本啓一訳(バジリコ、2009年)/「レイチェル・カーソン『沈黙の春』の精神を受け継ぐベストセラー」と見返しに書いてあるのを見てやめた。多分イデオロギー宣揚が目的なのだろう。内容は決して悪くはないと思う。モンサント社に対する批判も書かれている。それから、わけのわからんカタカナ語をタイトルに使用するのは賢明ではない。