・マラソンに救われる
・『ランニングする前に読む本 最短で結果を出す科学的トレーニング』田中宏暁
・『最速で身につく 最新ミッドフットランメソッド』高岡尚司、金城みどり
・『ランニング王国を生きる 文化人類学者がエチオピアで走りながら考えたこと』マイケル・クローリー
誰でも、生活基盤を大きく揺るがすような事態に直面すると、どこかに消えてしまいたいという気持ちになる。
死んだら楽になれる――そう思う時があるのだ。それは、不意に訪れる。
自分自身でさえまったく兆候すら感じられない。ましてや他人に、その兆候がわかるはずがない。耳元で死神の囁きが聞こえ、轟音を立てて電車がホームに入ってきたその時、自分の意志ではない、何者かの意志で、ひょいと体が浮いてしまうのだろう。
気がつくと(否〈いな〉、気がつくことはない)、我が身は電車の車輪にずたずたに切り裂かれているのだ。遺書もない。人は覚悟して自殺するのではなく、ほんの軽い思いつきで、今の苦しみ、悩みを解消したくて死を選ぶのではないか。選ぶというより、ほんの一歩を踏み出してしまうのだ。間違っていたら引き返せる、ぐらいの軽い気持ちで。
私もそんな状況に置かれていた。
【『56歳でフルマラソン、62歳で100キロマラソン』江上剛〈えがみ・ごう〉(扶桑社文庫、2017年/新潮新書、2012年『55歳からのフルマラソン』に加筆)】
著者の江上剛は「1997年、第一勧業銀行総会屋利益供与事件に際し、広報部次長として混乱の収拾に尽力する。この事件後は、同行のコンプライアンス体制構築に大きな役割を果たす。また、この事件を元にした高杉良の小説およびそれを原作とした映画『金融腐蝕列島』のモデルともなった」(Wikipedia)。この時、第一勧銀の元会長が自殺をしている。江上はその後日本振興銀行の社長に就任した。木村剛〈きむら・たけし〉会長と前任社長が逮捕された後のことだった。ある社外役員から毎日のように電話がきて「自殺したい」と告げた。彼はその後自殺を遂げる。バブルの泡に闇勢力が群がり、目をつぶった人々は追い詰められて死んでいった。
・毎日新聞 2009/4/27 時代を駆ける 江上剛
江上は後始末に追われる中で走り始めた。走ると体も心も変わっていった。
「おい、そう深刻ぶるな、お前だけが悩んでいるんじゃない」
もう一人の自分が話しかけてくる。その声に耳を傾けていると、死神の声はいつしか小さくなっていく。自分の悩みが相対化されていく。客観視できた、と言ってもいいだろう。
額から汗が噴き出し、風が涼しく感じられる。
マラソンが、私を救ってくれたのだ。
私は56歳だ。読書にはタイミングがある。走り始めた私の前に本書が現れたのも偶然ではあるまい。走るのは苦しい。だが苦しいだけではない何かがあるのだ。健康のためでもなく、減量のためでもなく、ただ走るために私は走る。
・自殺は悪ではない/『日々是修行 現代人のための仏教100話』佐々木閑