2011-08-25

三島由紀夫の遺言


 ・三島由紀夫の遺言

『決定版 三島由紀夫全集 36 評論11』三島由紀夫

 私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。
 このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。
 日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう。

【「果たし得ていない約束」三島由紀夫/サンケイ新聞 昭和45年7月7日付夕刊】

文化防衛論 (ちくま文庫)
三島 由紀夫
筑摩書房
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日英同盟を軽んじて日本は孤立/『日本自立のためのプーチン最強講義 もし、あの絶対リーダーが日本の首相になったら』北野幸伯

志は千里にあり


 老驥(ろうき)櫪(れき)に伏(ふ)するも 志(こころざし)は千里にあり
 烈士(れっし)は暮年(ぼねん)にも 壮心已(とどめ)あえず

【「歩出夏門行」曹操】

「歩みて夏門(かもん)を出ずる行(うた)」
曹操の詩
「歩みて夏門を出ずる行」に思う

中国古典 リーダーの心得帖  名著から選んだ100の至言  角川SSC新書 (角川SSC新書)

「ねえねえ、僕にも見せてよ」


 小首の傾(かし)げ方が絶妙だ。
Library Friends for Benji

占いは神の言葉/『重耳』宮城谷昌光


『天空の舟 小説・伊尹伝』宮城谷昌光
・『太公望』宮城谷昌光
『管仲』宮城谷昌光

 ・占いこそ物語の原型
 ・占いは神の言葉
 ・未来を明るく照らす言葉

『介子推』宮城谷昌光
・『沙中の回廊』宮城谷昌光
『晏子』宮城谷昌光
・『子産』宮城谷昌光
『湖底の城 呉越春秋』宮城谷昌光
『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『青雲はるかに』宮城谷昌光
『奇貨居くべし』宮城谷昌光
『香乱記』宮城谷昌光
・『草原の風』宮城谷昌光
・『三国志』宮城谷昌光
・『劉邦』宮城谷昌光

 行動は心の発動から起こる。これを志という。動機という言葉は目先の損得勘定が走っている。昨今流行っているモチベーションという語は動機づけの意であり、管理職による条件づけにすぎない。

 そして物語は志から始まる。

「射は、人格そのものといえます。正しければ、中(あた)り、正しくなければ、中りません。矢には邪悪なものを祓(はら)う力があり、その矢をもって周王を護り、外敵をしりぞけるのが、侯なのです」

【『重耳』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、1993年/講談社文庫、1996年)以下同】

 技だけでは及ばぬ世界がある。心を調(ととの)えるには生活態度を変えなくてはならない。すなわち生き方を改める必要がある。

「射」は技である。それを人格にまで持ち上げ、正邪という色彩を施すところに物語が生まれる。後の世となるが李広将軍は石に矢を立たせた。

 この巻において結構の前半と後半を分かつ占いが行われる。

 出師にさきだってかならず占いをおこなう。戦争は国の大事であるから、亀の甲を焼き、そのひびで占う卜(ぼく)という占いの方法をもちいる。

 出兵を出師(すいし)という。

 史蘇〈しそ〉としても意外であったのだろう、どこか割り切れぬ表情であった。兆(ちょう)の形はおそらく百通りほどあり、むろん史蘇の頭のなかにはそれらのすべてが記憶されていて、その兆を自分のことばにおきかえるためには、故事に精通していなければならない。実例のつみかさねの上に兆の形によって予言をおこなうところに確実性がある。

 史蘇〈しそ〉は史官である。故事とは古い物語である。しかしながら占いは裁判の判例とは異なる。時流を踏まえた上で、目指すべき星を示さなくてはならない。

 史蘇〈しそ〉には詭諸〈きしょ〉の出陣を止める力はない。が、占いをおこなった者は腹蔵のないことを吐露する義務がある。それをとりあげるかどうかは、君主しだいである。
「さいごに申し上げます。民を離そうとするものが、君のもとにはいってくるときは、かならず甘く、その快さによって、害であることがわかりませんから、防ぎようがありません」
 と、史蘇は恐ろしいことを大胆に予言した。
 兆(ちょう)だけをみて、これだけのことを、確信をもっていえるというところに、史蘇の天才ぶりをみることができる。

 何と女難の予言であった。詭諸〈きしょ/重耳の父親〉は驪姫〈りき〉を寵愛し、後嗣(こうし)を巡る争いは血生臭さを帯びた。

 史蘇〈しそ〉の占いは空しい諫言で終わった。

「穢(けが)れのないところにしか神は降り立ちません。純正な史官のことばは、神のことばであり、それを聴く方も心を端(ただ)さねばなりません」
 と、小さな力を口調にこめていった。
「端すとは──」
「雑念を去ることです。あるいは親のことばを聴く子どもの心に帰ることです」

 これは重耳と師である郭偃〈かくえん〉のやり取り。やや鈍重な重耳には虚心坦懐さがあった。ここでいう「神のことば」とは、宗教的な絶対性というよりも「歴史における信号機」のような役割を意味するものと思われる。

 驪姫〈りき〉は我が子を後継に据えようと優施〈ゆうし〉と結託し策謀を巡らす。長男の申生〈しんせい〉は殺され、逃亡した重耳には閻楚〈えんそ〉という刺客が送り込まれる。

 ──たった一人の女が……。
 と、士蔿〈しい〉は信じられぬおもいにうちのめされる。あれほどうまくいっていた父子と君臣との仲が、たった一人の女によって、それぞれずたずたに引き裂かれようとしている。

 重耳の19年に及ぶ放浪が始まった。

重耳(上) (講談社文庫)重耳(中) (講談社文庫)重耳(下) (講談社文庫)