2016-04-26

ウパニシャッドの秘教主義/『ウパニシャッド』辻直四郎


『世界の名著1 バラモン教典 原始仏典』長尾雅人責任編集

 ・ウパニシャッドの秘教主義

『はじめてのインド哲学』立川武蔵
『バガヴァッド・ギーター』上村勝彦訳
・『神の詩 バガヴァッド・ギーター』田中嫺玉訳
『ブッダとは誰か』吹田隆道
スピリチュアリズム(密教)理解のテキスト

 ウパニシャッド(原語略)という名称の意義に関しては専門家の間に意見の一致を見ていない。しかし普通に行われている説に従うのが、最も妥当かと思われる。すなわちサンスクリット語で(原語略)とは「近くに坐す」を意味し、師弟間近く対坐して伝授さるべき「秘密の教義」の意に転じ、かかる宇宙の秘義を載せた聖典の名となり、さらにこの種の文献の総称として用いられるに至ったものと解し得る。実際ウパニシャッドの教理の開示は、概して対話・問答の形式をとり、門弟・子息が親しく師父に近侍して、奥秘の哲理を聴聞した場合は、その例に乏しくない。少なくもこれに類似するウパ・サッド(原語略)なる動詞は、伝授を受けんがために師父の近側に坐す義に用いられている。またウパニシャッドなる名詞は古くから「密意・秘義・秘教」を意味し、さらに文献の一種の名として用いられ、これより造られた形容詞アウパニシャダは「ウパニシャッドの教義に適(かな)える」の義を有して、俗説と対比されている。
 ウパニシャッドは極秘の教義であるから、濫(みだ)りに口外伝授されてはならぬ。父はこれを長男に、師はこれを高弟にのみ伝えて他人に授くべからずとは、ウパニシャッド自身の戒むるところである。ゆえに古来インドでは「秘密」を意味する語がその同意語として用いられている。

【『ウパニシャッド』辻直四郎(NHKラヂオ新書、1942年/講談社学術文庫、1990年)】

 ウパニシャッドは一般的に奥義書と訳される。インド社会に張り巡らされた2000ものカースト(英語:ラテン語の「カストゥス」〈純粋なもの、混ざってはならないもの。転じて純血〉に起源をもつ)はここから生まれた。現地語ではヴァルナという。

 なお、四姓の原語はヴァルナといって「色」を意味し、もともとは白色のアーリヤ人とそうでない非アーリヤ人を区別するために用いられたことばである。

【『仏教とはなにか その思想を検証する』大正大学仏教学科編(大法輪閣、1999年)】

 つまりアーリア人を神(ブラフマン)≒ブラフミン=バラモンとする差別観である。

 奥義・秘教とは情報の稀少価値を示すものだ。究極のインサイダー情報といってよい。家元制度・免許皆伝・一子相伝などもここから派生した文化だろう。ダイバ・ダッタのもとで修行したレインボーマンや、北斗神拳の伝承者ケンシローの元型(モデル)もここにあると考えてよい。

 宗教において特定の人物に絶大な敬意を抱くことをグルイズムと称する。グルとは導師の意。鎌倉仏教を中心とする日本仏教の祖師崇拝も実は仏教由来ではなくヒンドゥー教の文化である。

 25年の長きに渡ってブッダに近侍したのはアーナンダ(阿難)であるが、彼が阿羅漢果を得たのはかなり遅い。第一結集(けつじゅう)の朝に悟った(阿難尊者)とも伝えられることから、ブッダ生存中には悟れなかったのだろう。仏教が近坐主義ではない証拠である。

 ところがどっこい、ヒンドゥー教再興に対抗する形で仏教が密教化する。「大乗」を自称した後期仏教の本質はここにあると私は考えている。一方で唯識派中観派が精緻な理論を構築したが、見方を変えれば仏教を議論対象のレベルに落としたともいえよう。一種の学問化であった。

 人は「ここだけの話」に弱い。誰だって特別扱いされれば嬉しいものだ。だがそこに差別が現れる。

 ただし現実はインドで仏教は廃(すた)れ、ヒンドゥー教は今もなお隆盛している。逆説的に考えれば「カーストの社会的効用」があるのだろう。そうした側面を宗教学的・社会科学的に探る必要もあると思われる。

ウパニシャッド (講談社学術文庫)

2016-04-23

デイヴィッド・バットストーン、他


 2冊挫折、1冊読了。

中国はいかにチベットを侵略したか』マイケル・ダナム:山際素男〈やまぎわ・もとお〉訳(講談社インターナショナル、2006年)/山際訳とあって期待したのだが構成が悪い。半分ほど飛ばし読み。挿入されている写真はいずれも小振りだが、チベット人の風にさらされた風貌が実によい。チベットは戦わずして中国共産党に屈したわけではなかった。チベット人は勇猛であった。彼らは馬を駆り、銃を手にしてある時は中共軍を蹴散らした。インドのネルー首相はダライ・ラマの要請を無視。アメリカはCIAを送り込んで支援するも、ケネディ大統領の懐刀で新任の駐インドアメリカ大使ジョン・ケネス・ガルブレイスが邪魔をする。インド政府から圧力をかけられたダライ・ラマは降伏を促す声明を発表する。行き場を失った抵抗勢力は次々と自殺した。まるで会津藩や『セデック・バレ』を見ているようだ。

生物から見た世界』ユクスキュル/クリサート:日高敏隆、羽田節子〈はねだ・せつこ〉訳(岩波文庫、2005年)/意外と難しい内容で驚いた。後回し。イラストが多い。

 50冊目『告発・現代の人身売買 奴隷にされる女性と子ども』デイヴィッド・バットストーン:山岡万里子訳(朝日新聞出版、2010年)/サンフランシスコ大学の教授が近所のレストランに奴隷がいた事実を知る。彼は世界中を駆け巡り、奴隷となった人々にインタビューをする。そして数多くの支援者とも出会う。彼は「人間は売り物ではない」(Not For Sale)というキャンペーンを開始。今では世界各国にまで広がる運動となった。現在、この世界には3000万人以上の奴隷が存在するという。その大半が女性と子供である。甘言で騙し、外国へ連れてゆき、暴力と借金で支配し、売春を強要する。権力の腐敗ぶりは具体的には警察の腐敗となって現れる。警官を見て助けを求めた少女たちが、その場で警官に強姦される。精神的にタフな私が何度となく本を閉じた。そして何日も悪夢にうなされた。中途半端な覚悟で本書を読み終えることはできない。一方に神の如き善良な支援者が存在する。本書は絶望と希望の書だ。国家も国連も無視する奴隷たちを一個人で助ける人も現実にいるのだ。資本主義におけるグローバル化は犯罪をもグローバル化する。むしろ犯罪にこそ資本主義の劣悪な需給関係が象徴されるのだろう。経済基盤の弱い国では人間が売り物にされる現実を忘れてはなるまい。日本における非正規雇用の増加は「柔らかな奴隷化」と受け止めるべきだ。搾取の程度が異なるだけのこと。

鈴木猛夫、アルボムッレ・スマナサーラ、伊藤悦男、他


 8冊挫折、4冊読了。

五重塔』幸田露伴〈こうだ・ろはん〉(青木嵩山堂『小説 尾花集』収録、1892年/岩波文庫、1927年/岩波文庫改版、1994年)/まだまだ手に負えず。数年後に再挑戦する。

帝国以後 〔アメリカ・システムの崩壊〕』エマニュエル・トッド:石崎晴己〈いしざき・はるみ〉訳(藤原書店、2003年)/読みにくい。フランス人特有の思い上がった文体が目につく。

意識の探求 神経科学からのアプローチ(上)』クリストフ・コッホ:土谷尚嗣〈つちや・なおつぐ〉、金井良太〈かない・りょうた〉訳(岩波書店、2006年)/クリストフ・コッホはどうも文体が合わない。

意識をめぐる冒険』クリストフ・コッホ:土谷尚嗣〈つちや・なおつぐ〉、小畑史哉〈おばた・ふみや〉訳(岩波書店、2014年)/こちらは二度目の挫折。

津波からの生還 東日本大震災・石巻地方100人の証言』三陸河北新報社「石巻かほく」編集局編(旬報社、2012年)/念のためと思い検索したところ、何と「津波てんでんこ」は古い言い伝えではなく、津波災害史研究家・山下文男らによるパネルディスカッションから生まれた標語で1990年以降に生まれたとのこと(Wikipedia)。「三陸沖やチリの地震で津波の被害に何度もあっている三陸地方には、津波てんでんこという言い伝えがある」という朝日新聞の社説(2003年9月27日)が誤解の原因らしい。本書は被災者による手記である。興味のある人は『3.11 慟哭の記録 71人が体感した大津波・原発・巨大地震』よりも安いのでこちらから読むといいだろう。あまりの油断と愚行のオンパレードに私は読むことができなかった。命からがら助かった人々は、ほぼ例外なく「戻っている」人々である。亡くなってしまった人々はもっと多かったことだろう。もう一つ見逃せないことはチリ地震の際の津波の記憶が基準となっていることだ。被災した瞬間にまず日常の延長線上の思考回路から抜け出すことができるかどうかが生死(しょうじ)を分ける。日本に必要なのは「防災のオペレーションズ・リサーチ」である。

エレファントム 象はなぜ遠い記憶を語るのか』ライアル・ワトソン:福岡伸一、高橋紀子訳(木楽舎、2009年)/紙質がよい。福岡の『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』で紹介されていた一冊。クライマックスの原文がそっくり引用されていたため興醒めを避けられない。本書を先に読むことをお勧めしよう。ライアル・ワトソンといえば『生命潮流 来たるべきものの予感』(工作舎、1981年)で「百匹目の猿現象」という創作を行った人物として知られる。オカルト、カルト志向を抜け出たのかどうかが疑問。

思考する豚』ライアル・ワトソン:福岡伸一訳(木楽舎、2009年)/パラパラめくっただけで終わり。

深代惇郎の天声人語』深代惇郎〈ふかしろ・じゅんろう〉(朝日新聞社、1976年/朝日文庫、2015年)/正が朝日文庫で復刊。私が読んだのは30年ほど前のことだ。コラム好きなら必ず読んでいると思われる一冊である。ひらりひらりと蝶の如く舞う文章に陶酔した覚えがある。ところがどうだ。ミスター天声人語というべき深代ですら、左翼というイデオロギーから脱却できていない。当時を思えば穏当ではあるが、各所にあざとい意図が散見される。イデオロギーという人類の業病の根深さを思い知った。それでも半分以上を読ませるのだから、その文章力は称賛に値する。

 46冊目『がん患者は玄米を食べなさい 科学が証明した「アポトーシス&免疫活性」のすごい力』伊藤悦男(現代書林、2009年)/一部飛ばし読み。著者は琉球大学名誉教授。読み物としては出来が悪い。あまり編集の手が入っていないような気がする。私は玄米食は既に実践しているが、マクロビオティックには全く興味がない。これも一種のフードイデオロギーであろう。

 47冊目『集合知の力、衆愚の罠 人と組織にとって最もすばらしいことは何か』アラン・ブリスキン、シェリル・エリクソン、ジョン・オット、トム・キャラナン:上原裕美子訳(英治出版、2010年)/再読。既に書評は書いている(集合知は群衆の叡智に非ず)。いやはや二度目の方がはるかに面白かった。私は民主制(デモクラシー)にはそれほど価値を見出さないが、集合知には注目する。かつて私が集合知を実感した場面は4回しかない。50年以上生きてきてたったの4回である。傾聴とコミュニケーションはそれほど難しい。集合知は阿頼耶識(あらやしき)の善なる部分を示す。平和とは人類が集合知をフルに発揮する状態を意味する。

 48冊目『慈経 ブッダの「慈しみ」は愛を越える』アルボムッレ・スマナサーラ(日本テーラワーダ仏教協会、2003年)/“「パーリ仏典を読む」シリーズ Vol.1”。残念ながらこのシリーズは本書と『怒りの無条件降伏 中部教典『ノコギリのたとえ』を読む』の2冊しかない。序盤に中だるみがあり挫けそうになったが、そこを越えれば一気読みである。慈経の訳は「幸せでありますように」よりも「幸せであれ」の方がいいのではないか。CD付き。

 49冊目『「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活』鈴木猛夫(藤原書店、2003年)/傑作である。長きに渡る日本人の玄米食は分づき米であったと考察している。「アメリカ小麦戦略」は一方的なものではなく、予算を獲得しようとした日本側からの歩み寄りもあったことを事実に基いて指摘。日米関係を探る意味でも良書なのだが、もっと凄いのは日本社会に巣食う病理を解明している点だ。東亜百年戦争と戦後のメカニズムを解くには、本書と小室直樹のデビュー作『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』、山本七平や岸田秀の著作に鍵があると思われる。読書の至福は「眼が開く」ことと痛感。必読書の量が増えてページが重くなっているので、そのうち分散する予定である。

2016-04-22

砂川裁判が日本の法体系を変えた/『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』矢部宏治


・『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること 沖縄・米軍基地観光ガイド』須田慎太郎・写真、矢部宏治・文、前泊博盛・監修

 ・米軍機は米軍住宅の上空を飛ばない
 ・東京よりも広い沖縄の18%が米軍基地
 ・砂川裁判が日本の法体系を変えた

・『戦後史の正体』孫崎享
・『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』前泊博盛編著

 少し高台にのぼると、
「ああ、米軍はあの海岸から1945年に上陸してきて、そのままそこに居すわったんだな」
 ということが非常によくわかります。
【つまり「占領軍」が「在日米軍」と看板をかけかえただけで、1945年からずっと同じ形で同じ場所にいるわけです】。

【『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』矢部宏治〈やべ・こうじ〉(集英社インターナショナル、2014年/講談社+α文庫、2019年)以下同】

 正確さを欠く危うい記述である。サンフランシスコ講和条約(1951年)で沖縄はアメリカの施政下に置かれた。日本に返還されたのは1972年(昭和47年)のこと。沖縄はアメリカの領土であった。

 岸信介首相が1960年に日米安保を改定(60年安保)。学生運動の反安保闘争は激しさを増し、東大の女子学生・樺美智子〈かんば・みちこ〉の死によって頂点に達した。追い込まれた岸は辞意を表明する。その直後に岸は右翼暴漢に襲われた。


 政権は池田勇人〈いけだ・はやと〉を経て岸の弟・佐藤栄作に渡る。つまり兄が安保を改定し、弟が沖縄返還を実現させたのだ。佐藤は「核抜き本土並みの返還」を目指した。それに対してアメリカは日米安保を維持するために沖縄返還を決意する(沖縄返還と密約 アメリカの対日外交戦略)。佐藤の密使は京都産業大学教授の若泉敬〈わかいずみ・けい〉であった。

 そこで歴史を調べていくと、憲法9条第2項の戦力放棄と、沖縄の軍事基地化は、最初から完全にセットとして生まれたものだということがわかりました。つまり憲法9条を書いたマッカーサーは、沖縄を軍事要塞化して、嘉手納基地に強力な空軍を置いておけば、そしてそこに核兵器を配備しておけば、日本本土に軍事力はなくてもいいと考えたわけです。(1948年3月3日/ジョージ・ケナン国務省政策企画室長との会談ほか)
 だから日本の平和憲法、とくに9条第2項の「戦力放棄」は、世界じゅうが軍備をやめて平和になりましょうというような話ではまったくない。沖縄の軍事要塞化、核武装化と完全にセット。いわゆる護憲論者の言っている美しい話とは、かなりちがったものだということがわかりました。

 佐藤の沖縄返還交渉ワシントン訪問に同行した石原慎太郎(当時参議院議員)が若泉からのアドバイスでアメリカの核戦略基地を見学しにゆく。「その時にアメリカの警戒システムが全然日本をカバーしていないことが分かった」。石原が司令官に「アメリカの核の抑止力は全然『傘』になっていないじゃないですか」と問うと、「当たり前じゃないか、石原君。日本なんて遠過ぎて、とてもじゃないけれど及ばない。お前たち危ないんだったら、なぜ自分で核兵器を開発しない」と言い返された(今だから話せるこの国への思い(後編)――石原慎太郎氏(作家)×德川家広氏)。

 若泉敬は自著『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(文藝春秋、1994年)の英語版を完成させると、核密約の責任をとるべく青酸カリを服して自裁を遂げる。享年66歳。


 占領中の1950年から第2代の最高裁判所長官をつとめた田中耕太郎という人物が、独立から7年後の1959年、駐日アメリカ大使から指示と誘導を受けながら、在日米軍の権利を全面的に肯定する判決を書いた。その判決の影響で、在日米軍の治外法権状態が確定してしまった。またそれだけでなく、われわれ日本人はその後、政府から重大な人権侵害を受けたときに、それに抵抗する手段がなくなってしまった。

“「戦後再発見」双書”の仕掛け人である矢部は『検証・法治国家崩壊 砂川裁判と日米密約交渉』(吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司/創元社、2014年)を紹介している。そのうち読んでみるつもりだ。

【つまり安保条約とそれに関する取り決めが、憲法をふくむ日本の国内法全体に優越する構造が、このとき法的に確定したわけです】。
 だから在日米軍というのは、日本国内でなにをやってもいい。住宅地での低空飛行や、事故現場の一方的な封鎖など、これまで例に出してきたさまざまな米軍の「違法行為」は、実はちっとも違法じゃなかった。日本の法体系のもとでは完全に合法だということがわかりました。ひどい話です。

 吉田茂は国体を護持し、経済復興を優先するために軍事力をアメリカに押しつけた。岸・佐藤兄弟は日米安保を軸に沖縄返還を実現させた。いずれも国益のための戦略で、政治家の識見やリーダーシップが存在した。だが日米安保からのスピンオフである砂川裁判には何の正当性もない。最高裁判決にはアメリカからの圧力があった(砂川事件 最高裁判決の背景)。判決の下った当時(1959年)は第二次岸内閣である。ここに国際法を無視した大東亜戦争と同じ精神性が垣間見える。方針だけ決めて後はまっしぐらに突き進むというやり方だ。我々日本人は細部にこだわることをよしとしない。求められるのは散る桜の如き潔さであり、不平不満を言うことなく阿吽(あうん)の呼吸で空気に従うことだ。そうすれば何とかなる。

 でも、何とかならないんだな、これが(笑)。戦争に負けても我々の精神性が変わることはなかった。この皺寄せは戦後を通して日本社会全体に行き渡る。それを象徴するランドマークが米軍基地と原子力発電所なのだ。



敵前逃亡した東大全共闘/『彼らが日本を滅ぼす』佐々淳行

プリンス、逝く








Purple Rain (1984 Film)