2015-10-31

子供を虐待するエホバの証人/『カルト脱出記 エホバの証人元信者が語る25年間の記録』佐藤典雅


エホバの証人の輸血拒否

 ・読後の覚え書き
 ・子供を虐待するエホバの証人

『良心の危機 「エホバの証人」組織中枢での葛藤』レイモンド・フランズ
『カルトの子 心を盗まれた家族』米本和広
『カルト村で生まれました。』高田かや
『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広
『カルトの島』目黒条
『杉田』杉田かおる
『マインド・コントロール』岡田尊司

エホバの証人批判リンク集

 エホバの証人には細かい儀式や規則がなく「自由な民である」という主張とは裏腹に、実際にはさまざまな抑圧の決まりごとがあった。誕生日、クリスマス、正月など全ての行事はご法度。学校では体育の武道の授業から運動会の騎馬戦まで禁止。国歌のみならず校歌を歌うのも禁止。タバコはもちろんダメで、さらに乾杯の行為そのものまで禁止された。(中略)
 婚前交渉はおろか、思春期のデートも禁止である。エロ本は見てはならないし、男子であればオナニー禁止という異常な規則が敷かれる。陶然、結婚相手は信者同士でなくてはならない。

【『カルト脱出記 エホバの証人元信者が語る25年間の記録』佐藤典雅〈さとう・のりまさ〉(河出文庫、2017年/河出書房新社、2013年『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』改題)以下同】

 宗教とは「タブー(禁忌)を共有するコミュニティ」を意味する。仏教だと戒律、キリスト教だと十戒となる。

「してはならない」「せよ」との命令に宗教の本質がある。アブラハムの宗教は性的抑圧が顕著で、その反動と考えられる犯罪――聖職者による児童強姦など――が後を絶たない。イスラム教過激派は「天国に行けば72人の処女とセックスしまくることができる」と囁いてジハードを勧める。イスラム法で禁じられているアルコールも飲み放題だ。「♪天国よいとこ一度はおいで 酒はうまいしねえちゃんはきれいだ」(「帰ってきたヨッパライ」)というわけだ。

 幼い子供は親を批判し得るほどの知識を持ち合わせていない。動機を欠いたまま彼らは信仰を強要される。私はエホバの証人が格闘技や武道を禁じていることを知っていた。それが戦争参加を拒んできた長い歴史に基づく考えなのだろうと勝手に称賛の思いを抱いてきた。だが上記の細かい禁止事項の数々を知ると、やはり首を傾(かし)げざるを得ない。型によって成型された異形の人間が見える。24時間にわたってレフェリーが見つめるような生活から伸び伸びと子供が育つわけがない。

 少なからずエホバに抱いてきた共感が木っ端微塵となったのは、母親たちが喜び勇んで子供を虐待する事実を知った時であった。

 でもやっぱり子供たちだから、集会時間が長くなると退屈になりぐずることになる。子供がじっと座っていないと恐怖のムチが待っていた。80年代は熱血的な証人たちの親が多く、スパルタ教育を行っていた。集会には小学生の子供がたくさんいた。集会中に悪さをすると、親が耳を引っぱってトイレに連れていった。そしてしばらくして「パシン!」と音が一発する。いつものことなので、講演者も何事もなかったかのように話を淡々と進める。トイレの扉が開いて顔を拭いながら友達が出てくるとそのまま席に戻る。
 ある時、2歳か3歳ぐらいの小さな子供がぐずりはじめた。何度か注意されたが止まらなかった。それで母親は子供をつかんで、立ち上がった。子供はもっと叩かれると分かっているので、大騒ぎをした。その子の母親は、暴れる我が子をトイレまで腕に抱えて連れていった。すぐに子供の泣きわめく声が響きわたる。それから「ピシ!」と音がする。子供はもっと大きい声で叫んだ。それでまた「ピシ!」と音がする。母親が子供に怒鳴っているのが分かる。子供の叫び声はもっと大きくなる。今度は「ピシャン!」というより大きい音がする。10分間ぐらいトイレからピシャ!ピシャ!と叩く音と、子供の泣き叫び声と親の怒鳴り声が続く。この間、同席している子供たちはみんな気まずくなり、神妙な顔をしてお互い見合わせた。大人たちは普通にメモ帳に、講演者の講話をペンでメモし続けている。
 やがてトイレのドアが開き、親子が出てくる。泣きじゃくったあとの子供が、ヒクヒク言いながら母親に抱えられて帰ってくる。集会が終わると、姉妹たち(※女性信者)がそのお母さんのところに寄っていく。
「姉妹、子供をしっかりとムチで教えることは、子供の救いのためよ」
「本当に頑張っておられて偉いわね。エホバも喜んでくださるわ」
「クリスチャンの子供はこうやってお行儀がよくなるから立派よね」
 といった励ましの言葉をお互いかけあっていた。
 こういった光景は日常的であった。日本の会衆ではムチ用にゴムホースが会衆に置かれていたところもあった。この懲らしめも子供を愛していれこそである。箴言22章15節の聖句には、『愚かさが少年の心につながれている。懲らしめのむち棒がそれを彼から遠くに引き離す』と書いてある。さらに、箴言13章24節では『むち棒を控える者はその子を憎んでいるのであり、子を愛する者は懲らしめをもって子を捜し求める』と宣言している。
 だから子供を叩かない親は、「子を愛していないわよ」と姉妹たちから諭される。子供が叩かれると、集会の終わりに姉妹たちが嬉しそうにその母親のもとにやってくる。

 思わず私は唸(うな)った。「ここに宗教の神秘を解明する鍵がある」と。昨今、認知科学や行動経済学によって他人の感情や感覚は操作可能であることが判明しているが、宗教の目的は「認知の書き換え」にあるのだろう。宗教的正義や信仰の情熱が小さな暴力を容認する。戦争に反対する彼女たちが勇んで子を殴る姿はおぞましいと言わざるを得ない。

 姉妹たちは聖書の文言に額(ぬか)づき、神の意志に沿うべく、あらゆる工夫を惜しまない。

 ムチをしない親は子供を愛していないのである! だから親同士でしょっちゅうどのムチが効くか話し合っていた。
「姉妹のところ、ちゃんとムチしてる? しないとダメよ」
「スリッパは音がするだけで、痛くないわよ」
「うちなんて定規で叩いたら折れちゃったから」
「ベルトが結構効くわよ」
「ちゃんとズボンを脱がさないと効かないわよ」
 そして一人の熱心な姉妹は、ゴムホースにマジックで『子を愛する者は懲らしめをもって子を捜し求める』という聖句を書いて配り歩いていた。
「日本の姉妹たちはこれを使っているのよ。音がしないうえにとっても効くからどうぞ」
「あら姉妹、ありがとう。助かるわ!」
 そうして彼女が集会に持ってきた10本ぐらいのホースがすぐになくなった。私の母親も喜んでそのゴムホースを持って帰ってきた。このゴムホースは30センチぐらいなのだが、叩いても音がしない。それで力加減が分からず、思いっきり叩くことになる。木の棒やベルトとちがってゴムは皮膚にめりこむので、これが一番痛い。実際に、ある医療サイトには、体の内側の血管が切れるのでゴムで人を叩かないようにと記載されていた。

 中学生になった佐藤は弟と二人で母親から鞭を振るわれる。しかもケツを出してだ。既に抑圧傾向が見て取れる。普通の中学生男子なら母親の前でズボンを下げる真似はしないし、できないものだ。もし私だったら、甘んじてケツを出しておいて、その後直ちに反撃をし、母親をゴムホースで滅多打ちにすることだろう。以前書いたが私は小学5年生くらいから、理不尽に母親から叩かれると、思いきり足に蹴りを入れてやった。翌日、母の足には大きな青あざができていた。暴力に対抗し得るのは暴力のみだ。

 エホバの証人は邪教である。子供を虐待する宗教はやがて子供たちから手痛いしっぺ返しを食らうことだろう。

 ルワンダ大虐殺においてフツ族のエホバ信者がツチ族を匿(かくま)ったというエピソードを聞いたことがある。その時は痛く感心したものだが、ひょっとするとそのフツ族も子供を虐待していた可能性があることを思うと、まったく興(きょう)が冷める。弱い者、小さき者をいじめる宗教は信ずるに値しない。


ナット・ターナーと鹿野武一の共通点/『ナット・ターナーの告白』ウィリアム・スタイロン
被虐少女の自殺未遂/『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳

2015-10-30

言葉の空転/『原発危機と「東大話法」 傍観者の論理・欺瞞の言語』安冨歩


『生きる技法』安冨歩

 ・言葉の空転

『東京電力 暗黒の帝国』恩田勝亘
『原子力ムラの陰謀 機密ファイルが暴く闇』今西憲之+週刊朝日取材班

 現代日本人と原発との関係は、戦前の日本人と戦争との関係に非常によく似ているのです。そしてまた、この行動パターンは、江戸時代に形成された日本社会の有様とも深い相同性を持っています。特に私は、日本社会が暴走する際に、独特の言葉の空転が起きるように感じています。

【『原発危機と「東大話法」 傍観者の論理・欺瞞の言語』安冨歩〈やすとみ・あゆむ〉(明石書店、2012年)】

「言葉の空転」を生ましめるのは情緒か。最近だと郵政民営化、改革、国際貢献など。小泉政権はシングルイシューポリティクスと批判された。一つの争点で政権選択を迫る手法だ。我々日本人はイシュー(争点)の内容を吟味することなく感覚で付く側を選ぶ。当時、私も郵政民営化に賛同した一人だ。今振り返るとまったくもって恥ずかしい限りである。不明はいつだって後で判明するものだ。馬鹿の知恵。

 情緒といえば聞こえはいいが、実態は感情に基づく気分・雰囲気であり、もっと言ってしまえば空気であろう。日本人は伝統的に思考や論理を回避する傾向が強いのかもしれない。善し悪しは別にして同調性が高い民族といってよい。

 日本はもともと教育立国であった。18世紀半ばから19世紀半ばにかけて寺子屋の数は5万以上に及んだ(寺子屋の教育-師弟愛による全人格的教育)。「江戸の識字率は、世界でもまれに見るくらいの高さ」(『お江戸でござる』杉浦日向子監修、2003年)であった。しかし寺子屋で教えたのは読み書き算盤(そろばん)であってリベラルアーツではなかった。

 戦前までは庶民も句歌を嗜(たしな)んだ。日本といえば真っ先に思い浮かぶのはやはり世界最古の長篇小説『源氏物語』だろう。日本文化の特徴は文学性と諧謔(かいぎゃく)か。俳句や俳優の「俳」はおかしみとの意。

 日本の一般的な学問レベルは生活から離れることがなかった。そう。真理よりも実用を重んじるのだ。西洋には「神」という客観的な視点があった。

 大東亜戦争の際には八紘一宇(はっこういちう)という言葉があった。この言葉や精神性そのものに私は異議を挟もうとは思わない。だがそれを現実化する知的格闘がなかった。リアリズムの欠如。言葉は踊り、空転した。

 実は明治維新も同様であった。開国派も攘夷派も「尊王」であった。そして「言葉の空転」は拍車をかける。「明治維新」というキーワードそのものが欺瞞に満ちているのだ。下級武士や農民・町人が活躍できたのは外国人企業の支援があったればこそ。坂本龍馬のパトロンであったトーマス・ブレーク・グラバージャーディン・マセソン商会の一員であり、同社の前身はイギリス東インド会社だ。つまりアヘン戦争の主役連中が明治開国のプロデューサーを務めたわけだ。

 そして明治維新の志士たちを英雄と仰ぐ風潮も「言葉の空転」と無縁ではない。ともすると停止しやすい思考をどこまで推し進めることができるか。ここに日本変革の鍵がある。

【追記】マッカーサー憲法以降、「言葉の空転」の最たるものは「平和」に尽きる。誰だって平和には反対しない。で、反対しないことをいいことに現状維持としての平和に甘んじ、アメリカの戦争で繁栄を謳歌しながら無責任なぬるま湯に我々はぬくぬくと浸(つ)かってきた。反原発にも同様の響きがある。

原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語―
安冨 歩
明石書店
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「心の病」という訴え/『子は親を救うために「心の病」になる』高橋和巳


『3歳で、ぼくは路上に捨てられた』ティム・ゲナール
『生きる技法』安冨歩

 ・子は親の「心の矛盾」もまるごとコピーする
 ・「心の病」という訴え

『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳
『生ける屍の結末 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』渡邊博史
『累犯障害者 獄の中の不条理』山本譲司
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
必読書リスト その二

 苦しい生き方を強いられた子は、思春期になって苦しみを訴え、生き方を変えたい、助けてほしいと親に迫る。しかし、多くの親はその訴えを理解しない。なぜなら、親は長い間続けてきた自分の生き方に疑問を持っていないので、子どもが何を訴えているのか見当がつかないのだ。子どもが「辛い」と訴えれば、親は自分の人生観から「あなたには我慢が足りない」としか応えられない。親から見ると、子どもはただ「我がままを言い」「親に甘えて」自立していないように映る。親は「そんな子に育てた覚えはない」とイライラし、子どもは「親がいけないんだ」と言い返し、親子対立は激しくなる。
 子どもは分かってもらないと落胆し、挫折し、怒りの気持ちをどこに持っていったらいいか分からなくなる。
 そうして、彼らは最後の手段に訴え、「心の病」になる。

【『子は親を救うために「心の病」になる』高橋和巳〈たかはし・かずみ〉(筑摩書房、2010年/ちくま文庫、2014年)以下同】

『子は親を救うために「心の病」になる』というタイトルの核心部分である。子供がうつ病になって困っている親はたくさんいることだろう。ただおろおろしている親はもっと多いことだろう。舌打ちしながら冷たい視線で眺めている父親も少なくない。高橋和巳は「物語の書き換え」を迫る。

 以下はうつ病に関する情報である。

・ギリシャ時代に「メランコリー」と呼ばれていた「うつ」は、19世紀に入ってから病気としての概念が確立。
・うつ病の発症には、その人本来の性格や家庭・職場でのストレスなど、さまざまな環境が影響しますが、それ以上に大きな要因は、脳内の神経伝達物質が不足すること。
・そう考えれば、「心の病気」というよりも「神経の病気」と認識できる。
・不足している神経伝達物質を薬で補うことによって、症状は確実に改善される。
・2週間以上、落ち込んだ気分が続くようであれば、うつ病の可能性が考えられる。さらに、落ち込んだ気分と同時に何らかの身体症状があるのも特徴。
・うつ病の抑うつ気分や、意欲低下の症状は、午前中に強く現れる。

【『けんこうさろん』NO.156 2005-04-20発行】

 病院に置いてあったパンフレットみたいな代物のせいかデタラメ全開である。一昔前に「心の病は脳の病」という考え方が出回ったが「神経の病気」も同じ穴の狢(むじな)だろう。「薬で治せる」という製薬会社の企業戦略を推し進めるキャッチコピーだ。「驚くべきことに、ほとんどの精神疾患患者で、化学的なバランスのくずれがあるという確かな証拠はなにもない」(『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン、2008年)。ただし、うつ病(メランコリー)がギリシャ時代から存在したことは覚えておいてよい。

 いろいろな親子が思春期の「心の病」をかかえて、私のクリニックにやって来る。その問題とは、不登校、引きこもり、万引き、リスカ(リストカット=手首を切るという自傷行為)、拒食症、過食症、過呼吸発作、家庭内暴力、OD(オーバードース=薬を多量に飲んで自殺を図ること)、非行、ドラッグ(薬物)……などである。これらは、親から引き継いだ「心の矛盾」が子の中に生み出した「病」である。と同時に、教わってきた生き方を修正するために子どもたちが始めた抗議行動であり、親子関係を見直すためにとったぎりぎりの手段である。
 ここまでしないと、親は訴えを聞いてくれない。振り向いてくれない。
 子の苦しみは、親から受け継いだ苦しみである。だから、親の苦しみでもある。十数年間、無心に親に従ってきた子は、心の深いところで、親と一緒に治りたいと願う。親が生き方を修正して親自身の苦しさを取ってくれなければ、自分の苦しみも取れない、と知っている。

 病状ではなく病因を見つめる。家庭の内部には外から窺うことのできない闇がある。夫婦はたいていの場合、同じ価値観を共有しており、善悪を巡って争うことは稀だ。家庭には小さな暴力、小さな抑圧、小さな不正、小さな嘘が紛れ込んでいる。人の出入りが少ない家庭ほど風通しは悪い。まして少子化である。フォローできる横の関係も失われている。

 他人が親子関係に介入することは困難だ。どうしても親だけ、子だけへのアプローチとならざるを得ない。となればやはり専門家の門を叩くのが望ましいのだろう。

 高橋の説く物語はわかりやすい。例外はないのだろうか? また大人の精神疾患はどう考えればよいのか? 一つ答えが見つかると、別の新しい疑問が湧いてくる。

 視点を高めることで物語は上書き更新される。因果の書き換え作業だ。重要なのは「更新された物語」よりも「物語の解体」にある。つまり「書き換え可能性」を見出すことなのだ。

2015-10-26

渡部昇一、浦野真彦、藤原正彦、藤原美子、他


 3冊挫折、3冊読了。

アメリカン・インディアンの歌』ジョージ・W・クローニン編:渡辺信二訳(松柏社、2005年)/どれ一つピンとこなかった。口承文学の弱さを思い知る。

ウパニシャッド』辻直四郎(NHKラヂオ新書、1942年/講談社学術文庫、1990年)/昭和14年にAK(社団法人東京放送局。現在のNHK東京ラジオ第1放送)で5日間にわたって放送された際の原稿に手を入れたもの。初版は昭和17年。解説と部分訳から成る。ウパニシャッドとは仏教以前のインド哲学の総称。梵我一如の思想がよく知られている。解説の後半を飛ばし読み。訳文は文語調で味わい深い。

夢にむかって飛べ 宇宙飛行士エリソン=オニヅカ物語』毛利恒之:絵・吉田純(講談社、1989年)/小学生上級向け。エリソン・オニヅカはハワイ初の宇宙飛行士。日系3世。チャレンジャー号爆発事故で殉職した。読み物としてはイマイチ。

 137冊目『藤原正彦、美子のぶらり歴史散歩』藤原正彦、藤原美子(文藝春秋、2012年)/散歩で交わす夫婦の会話もレベルが高いと書籍にできる。府中、番町、本郷、皇居周辺、護国寺、鎌倉、諏訪など。相変わらずの夫婦漫談が面白い。夫婦揃って由緒ある家系の出自。毎日夕食後に「雨が降ろうと風が吹こうと、4キロを40分という猛烈な速さで」散歩をするそうだ。皇居はいっぺん訪ねてみたい。

 138冊目『1手詰ハンドブック』浦野真彦(毎日コミュニケーションズ、2009年)/ジャパネット浦野の面目躍如といったといころ。いやあ侮れない。巻頭に駒の動かし方も掲載されているので将棋入門として打ってつけである。私は限りなく中級に近い初級を自認するが5~6問間違えた。トイレや電車で脳を鍛えよう。

 139冊目『『パル判決書』の真実 いまこそ東京裁判史観を断つ』渡部昇一〈わたなべ・しょういち〉(PHP研究所、2008年)/松下政経塾出身者が中心となった読書会を編んだもの。小林よしのりの『ゴーマニズム宣言SPECIAL パール真論』の次に読むとよい。渡部は東京裁判史観をパル史観へと変えることが急務であると主張する。

2015-10-23

山下京子著『彩花へ 「生きる力」をありがとう』が増刷

彩花へ―「生きる力」をありがとう (河出文庫)

 1997年、神戸市須磨区で起きた小学生連続殺傷事件――「神戸少年事件」で犠牲となった山下彩花ちゃん(当時10歳)の母が綴る、生と死の感動のドラマ。少年の凶器に倒れた愛娘との短すぎた生活、娘が命をかけて教えてくれた「生きる力」。絶望の底から希望を見いだし、生き抜こうと決意した母が、命の尊さと輝きを世の中のすべての人に訴える。

彩花へ、ふたたび―あなたがいてくれるから (河出文庫)

 神戸市須磨区で起きた児童連続殺傷事件――「神戸少年事件」で一人娘の彩花ちゃん(当時10歳)を喪った母が綴る2冊目の手記。前著『彩花へ 「生きる力」をありがとう』出版後に寄せられた1000通に及ぶ読者からの共感の手紙に対する返信と、事件後に深く語り合った「生と死」の意味。母の心に生き続ける娘の命の輝きと、本当の幸福とは何かを問う感動の書。

『彩花へ 「生きる力」をありがとう』山下京子
『彩花へ、ふたたび あなたがいてくれるから』山下京子

加瀬英明、原田伊織、スティーヴン・キング、平塚俊樹


 1冊挫折、4冊読了。

アドラー心理学入門 よりよい人間関係のために』岸見一郎(ベスト新書、1999年)/『嫌われる勇気』を読んだ後では必要ないと思う。文章もよくない。注目すべきはクリシュナムルティを引用していること。

 133冊目『証拠調査士は見た! すぐ隣にいる悪辣非道な面々』平塚俊樹(宝島社、2012年)/必読書。特に不動産購入予定がある人は読んでおくべきだ。資本主義と悪徳企業には親和性がある。弁護士の大半はくず人間、女性専用マンションは強姦犯のターゲットになる、見に覚えのない借金を背負わされる、など。法の庇護が当てにならないかような情況に追い込まれれば、頼ることができるのは政治家か暴力団しかない。悪徳企業が淘汰されるシステムをネット上に構築する必要があるだろう。ただしGoogle八分という言葉があるように、Googleは巨大企業に与(くみ)する傾向がある。

 134冊目『キャリー』スティーヴン・キング:永井淳訳(新潮社、1975年/新潮文庫、1985年)/キング作品を読むのは『ファイアスターター』以来のこと。本書がデビュー作である。下積みが長かったとはとても思えない。母親から抑圧され、学校ではいじめられている少女の怒りがサイコキネシスとなって荒れ狂う。単なるホラー作品として扱うのは誤りだ。抑圧された少年少女の怒りには社会を破壊するほどの力が秘められているに違いない。DVDも見る予定。

 135冊目『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』原田伊織(毎日ワンズ、2012年/歴史春秋出版、2015年1月/毎日ワンズ改訂増補版、2015年)/完全に予想が外れた。びっくりするほど面白かった。近頃こういう読書体験は珍しい。ただし原田は広告屋なので注意が必要だ。一言でいえば「司馬史観に物申す」との内容である。原田のいうテロリズムとは武士道に悖(もと)る殺生行為を意味する。とはいうものの先祖が武士である原田のダンディズムは青臭くて好きになれない。広告屋の物議を醸(かも)す目的は見事に果たされている。磯田道史あたりが本書をどう読むか気になるところだ。

 136冊目『大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか』加瀬英明(ベスト新書、2015年)/加瀬の父・俊一は外交官で、連合国軍の戦艦ミズーリ上で行われた降伏文書調印で重光葵外相に随行している。戦後は初代国連大使を務める。本書を読んでびっくりしたのだがオノ・ヨーコが従姉であるという。生前のジョン・レノンとも親しくしていた。全体的によくまとまっている。出典を明示していないところが難点。東京裁判史観を脱却するためにも本書が国民の常識となることを願う。

コンデジのマクロモードに関するポポティの教え


 せっかくなんで保存しておく。









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2015-10-18

子は親の「心の矛盾」もまるごとコピーする/『子は親を救うために「心の病」になる』高橋和巳


『3歳で、ぼくは路上に捨てられた』ティム・ゲナール
『生きる技法』安冨歩
『子ども虐待という第四の発達障害』杉山登志郎

 ・子は親の「心の矛盾」もまるごとコピーする
 ・「心の病」という訴え

『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳
『生ける屍の結末 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』渡邊博史
『累犯障害者 獄の中の不条理』山本譲司
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
必読書リスト その二

 12歳のころまでは、子どもは無心に親を真似て、生き方を学び、それに従っていく。親を信じて疑わない。すべては親が基準である。それは、やがて大人になって生きていくときの大切な心の基盤となる。
 しかし、親も完璧な人間ではないから、気持ちの偏りや悪い心、嘘、辛い気持ち、間違った生き方をかかえている。子どもはそういった親の「心の矛盾」もまた無心に、まるごとコピーする。
 親の「心の矛盾」がそれほど大きくなければ、子は幸いである。コピーした生き方は、辛いものではなく、心の矛盾にも大して煩わされることなく、親の庇護の元で、安心して自分の興味を広げ、能力を伸ばしていくことができる。
 一方、親の「心の矛盾」が大きいと、それを取り込んだ子どもは親と同じ苦しみを生き始める。もちろん、子どもは無理なことを教えられているとは気づかずに、それに従う。(中略)
 かかえ込んだ心の矛盾は、しかし、次の思春期になって爆発する。

【『子は親を救うために「心の病」になる』高橋和巳〈たかはし・かずみ〉(筑摩書房、2010年/ちくま文庫、2014年)】

 我が身を振り返る。幼児期に埋め込まれた価値観、形成される反応、それが個性なのか? 兄弟が似ていないのは親の接し方が違ったせいなのか? 親だって人間なのだから子によって好き嫌いが分かれることもあるだろう。ほんのわずかな心の配り方で子供の人生は翻弄される。苗木についた傷は消えることがない。若木の枝が折れれてしまえば樹木の形は変わる。

 私の驚くほど飽きっぽい性格は、きっと親に褒めてもらうことが殆どなかったことに起因するのだろう。粘り強さを発揮する前に、粘るだけの価値がないことを異様な速さで見極めてしまう。読書、スポーツ、友人からの相談事を除けば私の情熱を掻き立てるものはない。サラリーマン時代に月給が100万円を超えた時も「こんなもんか」と冷めた気持ちになったことを覚えている。カネも情熱の対象にはなり得なかった。

 その代わりと言っては何だが、人助けとなると尋常ならざる能力を発揮する。知恵と悪知恵を巡らせながら、暴力的な示威行為も平然とやってのける。これは完全に父親譲りの気質だ。

 上記リンクの安冨本を読んだ時、両親の愛情の薄さをはっきりと自覚した。そもそも愛情を感じたことがなかった。そのおかげだと思うが私には寂しいという感情が欠落している。もちろん友人や同僚が転居をした時など「あいつがいなくなると寂しくなるな」と口にすることはある。しかし心の中では「仕方がない」と割り切っている。

 親というモデルを子供は疑うことができない。これは重要な事実である。私は既に五十の坂を越える年齢となったが、いまだに「親の心の矛盾」を理解したとは言い難い。そう考えるとたぶん「平凡な家庭」など存在しないのだろう。千差万別の矛盾を抱えたそれぞれの家庭があるのだ。

 あれこれ考えると、まともな親なんて存在しないような気になってくる。ま、親に理想を求めてもしようがないのだが。



目撃された人々 73

加治将一、岸見一郎、古賀史健、西尾幹二、藤原美子、溝口敦、小林よしのり、他


 8冊挫折、6冊読了。

眠りなき狙撃者』ジャン=パトリック マンシェット:中条省平〈ちゅうじょう・しょうへい〉訳(河出文庫、2014年)/中条翻訳ということで読んでみたが文体の癖についてゆけず。

毒になる親  生苦しむ子供』スーザン・フォワード:玉置悟〈たまき・さとる〉訳(講談社+α文庫、2001年)/良書。親子関係がすっきりしない人は読むといいだろう。私には必要なかった。

国家は「有罪(えんざい)」をこうして創る』副島隆彦〈そえじま・たかひこ〉、植草一秀、高橋博彦(祥伝社、2012年)/二度の植草事件を検証する内容。個人的な印象としてはやはり冤罪の可能性が高いように思う。当時の小泉改革に反対する専門家として植草と紺谷典子〈こんや・ふみこ〉が有名だが二人ともテレビから締め出されている。

知られざる真実 勾留地にて』植草一秀(イプシロン出版企画、2007年)/こちらが事件後に刊行された第一号となる。大手出版社は忌避したのか? 冤罪を訴える内容と思いきや、短文のエッセイ集でびっくりした。巻末資料として50ページ余りで事件の経緯が記されている。冤罪や国策操作に興味のある人は必見のこと。

帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」』関岡英之(祥伝社、2010年)/ダライ・ラマの記述から始まり肩透かしを食らった。

日本近代史 「明治維新」という嘘』原田伊織監修(別冊宝島、2015年)/原田著『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』の人気にあやかる宝島の商魂は不問に付す。冒頭に登場する原田の人相が悪すぎる。死神がダンディを気取っているようにしか見えない。絵の構図がさほどよくない。部分的な明治維新批判にとどまっている。加治将一(※後述)の足元にも及ばない。

祖父たちの零戦 Zero Fighters of Our Grandfathers』神立尚紀〈こうだち・なおき〉(講談社、2010年/講談社文庫、2013年)/「写真週刊誌『FRIDAY』のカメラマンとして報道の仕事に従事していた戦後生まれの私」(2ページ)という文章を読んで本を閉じた。『FRIDAY』が報道の仕事とは知らなんだ。

新編 知覧特別攻撃隊 写真・遺書・遺詠・日記・記録・名簿』高岡修編(ジャプラン、2010年/村永薫編、ジャプラン、1991年『知覧特別攻撃隊 写真・遺書・日記・手紙・記録・名簿』が旧版か)/本書は写真に価値がある。書籍としては構成が施されていないため息苦しさが延々と続く。しかし写真の笑顔が、そして雄渾なる筆致が胸を打ってやまない。

 127冊目『ゴーマニズム宣言SPECIAL パール真論』小林よしのり(小学館、2008年)/書くのを失念していた。中島岳志が『パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義』で小林に喧嘩を売った。で、小林が「喧嘩上等」と買ったのが本書である。学者vs.漫画家の勝負は完膚なきまでに小林の勝利と見てよい。amazonレビューの低い評価がいずれも濃い内容となっていて注目に値する。更に中島は西部邁と『パール判決を問い直す「日本無罪論」の真相』を著すが的外れな議論を展開しているようだ。また第18章では田中正明の改竄問題(※『「南京事件」の総括』)を検証。意図的な改竄部分は少なからず散見されるが、資料誤読によるミスが多いとし、朝日新聞報道をミスリードと断じる。テキストがメインなので私のように小林の画風が苦手でも十分堪能できる。「日本の近代史を学ぶ」に追加。

 128冊目『池田大作 「権力者」の構造』溝口敦(講談社+α文庫、2005年/三一新書、1972年『池田大作 権力者の構造 堕ちる庶民の神』改題)/ペンに悪意があり、至るところに憎悪が垣間見える。「あとがき」で言いわけせざるを得なかったのも自覚があったためだろう。読み物としては二流三流のレベルだが引用文献などの資料的価値は高い。

 129冊目『我が家の流儀 藤原家の闘う子育て』藤原美子〈ふじわら・よしこ〉(集英社文庫、2007年)/結婚と子育てを巡るエッセイ集。秀逸。筆致の軽やかさが亭主の藤原正彦よりも抜きん出ている。毒のあるユーモアは五分五分。藤原美子は2冊読んだが外れがない。

 130冊目『GHQ焚書図書開封 1 米占領軍に消された戦前の日本』西尾幹二(徳間文庫カレッジ、2014年)/飛ばし読みするつもりであったのだが一気に読み終えてしまった。驚くほど読みやすい。それもそのはずチャンネル桜で放送した番組の文字起こしに加筆したもの。GHQは何と7000冊以上もの書籍を没収していた(個人所蔵は除く)。つまり焚書の内容にGHQが抹殺を目論んだ日本文化のエッセンスがある。老境に達した西尾の無謀な試みであるが、既に第5巻まで刊行されている。その学者魂に頭を垂れる。

 131冊目『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』岸見一郎、古賀史健〈こが・ふみたけ〉(ダイヤモンド社、)/一気読み。これは驚天動地の一書である。脳みそが激しく揺さぶられる。「どうせベストセラーだろ」と侮っていた。マズローの自己実現理論とは一線を画す。古賀のライティングが巧みすぎて最初は胡散臭さを感じるほど。だが一旦脳が撹拌(かくはん)されると次々と心地良い刺激が満ち溢れる。本書の後にバイロン・ケイティを読むといいだろう。昨日読み終えたのだが脳の痺れがいまだに止まらない。

 132冊目『龍馬の黒幕 明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン』加治将一〈かじ・まさかず〉(祥伝社文庫、2009年)/面白かった。巻を措(お)く能(あた)わずで一気読み。危うい文章が散見されるが歴史の暗部に迫る良書。「やりすぎ都市伝説外伝」は本書を叩き台にしている。加治は想像力を駆使しして龍馬の暗殺犯を断定する。私は坂本龍馬にさほど興味を持っていないが、それでも度肝を抜かれた。よくよく考えてみれば下級武士であった坂本や勝海舟が何の背景もなく活躍できたわけがない。若干物足りなかったのは幕府側を支持したとされるフランスのフリーメイソンについて触れていない点である。「日本の近代史を学ぶ」に追加。

2015-10-15

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2015-10-12

ユネスコ拠出金見直しへ 「断固たる措置取る」日本政府


 中国が申請していた「南京大虐殺文書」が記憶遺産への登録が決まったことに対し、日本政府筋は「断固たる措置を取る」と述べ、ユネスコの分担金拠出などの一時凍結を検討する構えを見せている。

 平成26(2014)年度のユネスコ予算の日本の分担率は米国の22%に次ぐ10・83%で、金額は約37億1800万円。米国が支払いを停止しているため、事実上のトップだ。さらに分担金以外でも、さまざまな事業に対する任意拠出金があり、同年度のユネスコ関係予算は計約54億3270万円に上る。

 外務省首脳は「日本の分担金はトップクラス。(ユネスコ側が)日本からの申し入れに真剣に耳を傾けることに期待したい」として、中国の申請案件の登録が認められた場合は拠出金の凍結もあり得るとのシグナルを送り、慎重な審査を求めていた。

 一方、中国の分担率は6位の5・14%で日本のほぼ半分。任意拠出金も日本より少ない。しかし、中国の動きに詳しい関係者によると、中国は、記憶遺産の周知を図る名目で関係者を中国に招待するなどしているという。記憶遺産事業だけでなく、アフリカでの女子教育などにも中国は積極的に支援を行っており、「さまざまな形でボコバ事務局長の思いに応えている」との指摘もある。

 中国の登録申請を受け、“防戦”に回った日本も傍観していたわけではなかった。「審査を行う国際諮問委員会メンバーに対し、ユネスコ加盟国は働きかけられない」(日本外務省筋)ことから政府はその動きをつまびらかにしていない。しかし、「政府は関係する分野の専門家などと協力し、委員側に日本の主張を伝えてきた」(与党議員)という。民間団体もパリのユネスコ事務局を訪問し、英文の反論文を提出している。

 記憶遺産は、人類にとって歴史的価値のある貴重な文書の保護などを目的とする。中国が日本を貶(おとし)めるために利用する「南京大虐殺文書」の登録が本来の目的にそぐわないことは明らかだ。政府関係者は「今回の申請も受理も理解できない」と述べ、記憶遺産事業の見直しもユネスコに働きかけるべきだと強調した。

産経ニュース 2015年10月10日

日本は大きい

2015-10-10

保護された姉妹、1カ月ぶり入浴 親子が月4万円で生活 ”日本の将来を担う子どもたち”


■子どもと貧困

 6畳ほどの面談室に、すえた臭いが広がった。
 2年前の9月。関東地方にあるDV被害者のシェルターの職員は、39歳の母親と7歳の長女、4歳の次女を迎えた。
 差し出したオレンジジュースを、姉妹は一気に飲み干した。白とピンクの長袖シャツはあかで灰色に変わり、頭にはシラミがいた。
 一家の手荷物は、ランドセルとポリ袋二つ。サイズの合わないシャツ、穴の開いた靴下や下着が、汚れたまま詰め込まれていた。
 風呂は約1カ月ぶりだという。翌日から一緒に入り、姉妹の髪をとかし、数百匹のシラミをつぶした。
「お姉ちゃん、もうこれでいじめられなくなるね」。次女がそう言うのを何度も聞いた。
 いま、3人は母子生活支援施設で暮らし、自立を模索する。
 保護されるまでの暮らしぶりを、母親は振り返って語る。
 夫はトラック運転手や倉庫管理など10年で10回以上転職した。年収は200万円前後。家賃や光熱費以外は酒やたばこに消え、自分の事務職の給料などでやりくりしていた。
 9年前に長女が生まれてから、「頭が悪い」「ダメな女」などと毎日なじられた。洗濯物がたためない。ご飯を作りながら、子どもに気を配れない。酒が入ると、胸ぐらをつかまれ殴られた。後に分かることだが、母親には二つのことが同時にできない「広汎(こうはん)性発達障害」などがあった。
 6年前に次女が生まれた後、「能力不足」との理由で解雇された。次の職が見つからず、家計は悪化。夫の失業で約2年間は生活保護も受けたが、夫が再就職すると打ち切られた。夫は給料を家計に入れず、月約4万円で生活した。長女が小1になったころから電気、ガス、水道のどれかが止まるようになった。
 母(41)と姉妹の生活は、夫のDVや失業などでより一層苦しくなっていった。
 朝食はパン1枚。夕食はご飯と冷凍ギョーザか納豆。夏休みの学童保育のお弁当は、おにぎり1個だった。
「おなか痛い。今日は休む」。嫌がる長女を、集団登校の待ち合わせ場所に引っ張っていく日も増えた。そんな日は保健室登校になった。理由を聞くと「くさい、毎日同じ服って言われた」と泣かれた。
「シラミがいるみたいよ。駆除してあげて」。長女が小2になった夏、同級生の母親から指摘され、薬局に走った。薬は2千円。手が出なかった。
 夫の叱責(しっせき)は続き、うつ状態になった。警察署に通報したのは夫だった。「子どもの前で妻にDVしてしまう。彼女たちを保護してください」。シェルターにつながり、夫とは別れた。
「つらいことなんてなかったよ。学校もおうちも楽しかったんだよ」。そんな長女の言葉を、母は自分への気遣いだと推し量る。
 母は母子生活支援施設の職員から勧められ、精神障害者保健福祉手帳を取得した。生きづらさの訳がわかり、自分を責める気持ちは薄らいだ。長女からいろいろ要求されても、「一つずつ言ってね」と言えるようになった。  カレーライスや肉うどん。料理は苦手だが、職員と一緒に夕食を作り、一家3人で食卓を囲むようになった。ときどき姉妹が職員に「味見して」と料理を差し入れる。「よくできたね」と褒められると、跳びはねて喜んだ。「ここがいい。職員さんや他の子もいるから」と長女は言う。
 子どもが18歳まで施設にいられるのが原則だが、利用者の約6割が2年未満で退所する。生活保護を受け始める人が多く、施設の費用と二重措置になる期間を短くしたい行政の思惑もある。
 母も生活保護を受けながら週3回、障害者の作業所で働く。施設に来て2年。退所後の生活は描けていない。

■専門家「貧困から抜け出せない連鎖が広がっている」

 子どもの貧困に詳しい首都大学東京の阿部彩教授に現状や課題を聞いた。
 親の経済状況でいや応なく不利を背負った子どもが、大人になっても貧困から抜け出せない連鎖が広がっている。低所得の背景にある非正規労働は拡大している。
 親自身が抱える困難もある。労働政策研究・研修機構の調査では、子ども時代に、親の生活保護受給や離婚、虐待、父との死別を一つでも経験した母親は、未経験の母親に比べて貧困率が約2~3倍だった。母子世帯の母親のうつ傾向も、配偶者のいる母親の2~3倍だ。
 病気やうつ、失職、離婚などが一つでも起きると、今そうでない人も貧困になりうる。この母子のように、要因が複数になると深刻な事態に陥りやすい。
 子どもは、人権の剥奪(はくだつ)と言わざるを得ないほどの衣食住の不足、不健康、低学力、孤立やいじめ、非行、不登校、自尊心の低下などのリスクにさらされる。日本ではこうした問題について、何十年も親の資質やしつけなどの面から論じ、背後にある貧困をきちんと直視してこなかった。
 将来の社会の担い手である子どもの貧困を放置すると、社会的損失になる。児童扶養手当の拡充など経済的支援は必須だ。そのうえで、教育や医療面での支援など、親を含めた包括的対策が求められている。

《子どもの貧困》厚生労働省によると、日本の子どもの貧困率は16・3%(2014年発表)で、過去最高を更新している。実数換算すると約328万人。貧困率とは、世帯収入から国民一人ひとりの所得を子どもを含めて試算し、順に並べたとき、まん中の人の所得の半分に届かない人の割合。ひとり親など大人が1人の家庭に限ると54・6%と、先進国でも最悪の水準に達する。中でも深刻なのは母子世帯だ。母子世帯になる原因の8割は離婚で、養育費が払われているのは約2割。8割の母親は働いているが、同居親族も含めた年間世帯収入は平均291万円(10年)。

【朝日新聞DIGITAL 2015年10月10日】

日本に関する動画3本





虐待と知的障害&発達障害に関する書籍


     ・キリスト教を知るための書籍
     ・宗教とは何か?
     ・ブッダの教えを学ぶ
     ・悟りとは
     ・物語の本質
     ・権威を知るための書籍
     ・情報とアルゴリズム
     ・世界史の教科書
     ・日本の近代史を学ぶ
     ・虐待と精神障害に関する書籍
     ・時間論
     ・身体革命
     ・ミステリ&SF
     ・必読書リスト

「必読書リスト」の順番がちょっと怪しくなってきたので別項目としてまとめておく。

『メンデ 奴隷にされた少女』メンデ・ナーゼル、ダミアン・ルイス
『囚われの少女ジェーン ドアに閉ざされた17年の叫び』ジェーン・エリオット
『3歳で、ぼくは路上に捨てられた』ティム・ゲナール
『累犯障害者 獄の中の不条理』山本譲司
『自閉症裁判 レッサーパンダ帽男の「罪と罰」』佐藤幹夫
『生きる技法』安冨歩
『子は親を救うために「心の病」になる』高橋和巳
『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳
『生ける屍の結末 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』渡邊博史
『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』M・スコット・ペック
『夜中に犬に起こった奇妙な事件』マーク・ハッドン
『くらやみの速さはどれくらい』エリザベス・ムーン
『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『悩む力 べてるの家の人びと』斉藤道雄
『治りませんように べてるの家のいま』斉藤道雄
『ベリー オーディナリー ピープル とても普通の人たち 北海道 浦川べてるの家から』四宮鉄男
『べてるの家の「当事者研究」』浦河べてるの家
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル

毛利恒之、神坂次郎、中原圭介、筆坂秀世、他


 4冊挫折、4冊読了。

国富消尽 対米隷従の果てに』吉川元忠、関岡英之(PHP研究所、2005年)/編集された対談か。それぞれの発言が長い。規制緩和批判であるがやや内容が古い印象を受けた。吉川は『マネー敗戦』で知られる人物。それを踏まえて岩本沙弓が『新・マネー敗戦 ――ドル暴落後の日本』を著した。

売国者たちの末路』副島隆彦〈そえじま・たかひこ〉、植草一秀(祥伝社、2009年)/漂うルサンチマンに耐えられず。自民党内で竹中平蔵を引きずり下ろして植草を金融担当大臣にという動きがあった、と副島が指摘。植草は「りそな問題」を追求して不当逮捕の餌食となる。

不幸にする親 人生を奪われる子供』ダン・ニューハース:玉置悟〈たまき・さとる〉訳(講談社、2008年/講談社+α文庫、2012年)/翻訳の文体が馴染まず。教科書調。

ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来』広井良典(岩波新書、2015年)/レイ・カーツワイルの『ポスト・ヒューマン誕生』が叩き台になっている。目のつけどころがいい。広井は文体が冗長でまったりしている。思考回路が慎重なのだろうか。いつも着想は素晴らしいのだがスピードに欠ける。こちらの思考が疾走できない。

 123冊目『日本共産党と中韓 左から右へ大転換してわかったこと』筆坂秀世〈ふでさか・ひでよ〉(ワニブックスPLUS新書、2015年)/意外と常識的な範囲で書かれている。興味深い内部情報は特にない。やや小ぢんまりとした印象。歴史的な記述よりもエッセイを読んでみたい。

 124冊目『石油とマネーの新・世界覇権図 アメリカの中東戦略で世界は激変する』中原圭介(ダイヤモンド社、2015年)/中原の新著。渡邉哲也は読まなくなったが中原からは目が離せない。それにしてもよく勉強している。中東の宗教&エネルギー入門といってよい。アメリカとイランの和解が世界のエネルギー地図を塗り替える。中原の展望は明るい。そして漁夫の利を最大に享受するのが日本である。ロシア、アフリカは凋落。エネルギー価格の低迷によって資源国も行き詰まる。2050年に向かって繁栄するのはアメリカ、日本、そしてASEAN諸国と予告。

 125冊目『今日われ生きてあり』神坂次郎〈こうさか・じろう〉(新潮社、1985年/新潮文庫、1993年)/特攻隊の遺書と彼らにまつわる証言集。まとまりを欠いた印象を受けるのは残された資料の少なさによるものだろう。米兵の報復を恐れた日本人は敗戦と同時に大量の書類や手紙を焼却した。敗色が濃くなった日本は10代の少年たちに「神風」の名のもとで自爆攻撃を命じた。多くの特攻隊は鹿児島の知覧(現在南九州市)から沖縄を目指して飛び立った。著者の神坂も特攻隊員であった。彼らの短い人生は清冽(せいれつ)としか表現し得ない。国家の仕打ちとあまりにも対照的だ。うどん屋の鉄ちゃんの話(第十二話 約束)が特に印象深い。「日本の近代史を学ぶ」に追加。

 126冊目『月光の夏』毛利恒之〈もうり・つねゆき〉(汐文社、1993年/講談社文庫、1995年)/涙が噴き出した。戦争の矛盾とメディアのあり方を問うた小説。実話に基づく。神坂本を先に読むと理解が深まる。特攻前日に二人の隊員が小学校を訪れ「ピアノを弾かせてほしい」と頼む。ピアニストを志望していた隊員が小学生の前で『月光』を流麗なタッチで披露した。彼らを見送る児童たちが『海ゆかば』を歌う。伴奏はもう一人の隊員が行った。この二人は誰だったのか? そして本当に実在したのか? 戦後の長い時を経て小学校のピアノは廃棄処分されることになった。彼らを迎えた女性代用教員(当時)が思わず「譲り受けたい」と申し出る。彼女が語ったエピソードは全校生徒の前で紹介され、地元マスコミも大きく報じた。毛利自身は「三池」という名前の構成作家。彼女の話をラジオ・ドキュメンタリーとして放送した。ところがその直前に放送された他局のラジオ番組で女性の話は「作り話」という印象を与えてしまった。二人の存在もさることながら、「振武寮」(しんぶりょう)を明らかにしたところに本書の最大の価値がある。軍統制、官僚などの問題と根は一緒であろう。本書は後に映画化され200万人の観客を動員した。「必読書」入り。

2015-10-09

自分が変わると世界も変わる/『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳


『3歳で、ぼくは路上に捨てられた』ティム・ゲナール
『生きる技法』安冨歩
『子は親を救うために「心の病」になる』高橋和巳

 ・被虐少女の自殺未遂
 ・「死にたい」と「消えたい」の違い
 ・虐待による睡眠障害
 ・愛着障害と愛情への反発
 ・「虐待の要因」に疑問あり
 ・「知る」ことは「離れる」こと
 ・自分が変わると世界も変わる

『生ける屍の結末 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』渡邊博史
『累犯障害者 獄の中の不条理』山本譲司
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
虐待と知的障害&発達障害に関する書籍

「あれから何かが変わりました。
 それが何かというと、うーん、よく分からないけど、ここ2カ月、心が盛り沢山で、私のキャパを超えていた。体も限界で、体が反応して腸が動いたり、家に帰ってからは脳みそが反応して、頭の中がポップコーン状態で、自分がどこかに行ってしまいそうだった。
 この変化は、先生が言うように、いいことだろうけど、その変化に抵抗してみたりもしていた。
 この1週間、普通の状態が見えていたり、違うものが見えていたりだった。
『解決はあなたの中にあるのでしょう』って先生に言われて、その言葉が残った。
 そうして自分の中に、宇宙が広がった。
 突然、それが現れて、訳も分からず大泣きした。そうだったのかって、今、私がここに『在る』、それだけ。
 今まで何度も本で読んで、そうなのかなと思ってきたけど、それを実際に感じたら衝撃的だった。なんだか花火のしだれ柳みたいにダイヤモンドが降り注いでくるようで、今、ここに『在る』だけで、幸せなんだと思った。そうしたら美術館で急に色彩が押し寄せてきた時みたいに、幸せが押し寄せてきて、受け止めきれなくて、分からなくなった」

【『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳〈たかはし・かずみ〉(筑摩書房、2010年/ちくま文庫、2014年)以下同】

 ブッダは最後の旅でこう語った。「それ故に、この世で自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ」(『ブッダ最後の旅 大パリニッバーナ経』中村元訳)と。やはり「答え」は自分の中にあるのだ。高橋という触媒を得て親からの虐待に苦しみ、のた打ち回ってきた子供の瞳に全く新しい世界が立ち現れる。自分が変わると世界も変わる。「あなたは世界だ」とクリシュナムルティが語った理由もここにあるのだろう。

 それはたった一人に起こった「小さな悟り」である。だが彼女に起こったことは誰にでも起こり得る可能性がある。彼女の変化が私を変え、あなたを変え、そして世界を変えるかもしれない。真の幸福とは「ただ在る」ことだった。その奇蹟を自覚し得ないところに我々の不幸がある。余命を宣告された病人や、特攻に向かう若者の言葉が胸を打つのは彼らが「生きる不思議」を悟っているためだ。

「電車の中で、人がなつかしく見える。世界は今まで以上に、色彩豊かで、ずっと立体的で、厚みがある。みんながんばってそれを生きている。
 筋が見えてきた。道理が立っている。子を叱る大人の筋と、それに抵抗する子どもの筋、しっかり見える。それぞれがんばっているな、と思った。
 以前は人が怖かった。電車が怖かった。親が子どもを叱るのを聞くと、その場から逃げ出した。でも、今は落語を聞いているような感じだ。それはきれいに筋を追っていけるという意味だ」

 新しい世界に立った新しい自分が新しい言葉を放つ。「筋が見えてきた。道理が立っている」とは、愛着関係を結んでもらえなかった彼女がコミュニケーション世界を発見した言葉であろう。視界から恐怖の縞模様が消え去った様子がありありと伝わってくる。

 飲んだり食べたりすることの楽しみと、人にほめてもらうことの楽しみ、その二重の楽しみを官女は飲み会で味わう。生命的存在と社会的存在の二重の楽しみだ。
「世間」というのはもともとは仏教用語で、「出世間」とは社会から離れて悟りを得る意味であるという。被虐者はもともと半分は「出世間」に生きているようなものだった。だから、普通の人よりは社会的存在から離れやすいのかもしれない。
 離れることによって楽しみが二重になる、知ることで世界が広がるのである。
 存在についての探求がここにまで及んでくると、彼らの悩みは被虐待ゆえの悩みを越えて人として生まれてきたことの悩みになり、「普通」と「被虐」の違いを超えた解決にまで到達したように思う。
 これが私が被虐者=異邦人から教えてもらった存在の秘密である。

 しかしながら被虐者は自ら出世間の道を選んだわけではない。彼らは出家者以上に困難多き道を歩んだといってよい。幸福に対する感度は確かに高いだろうが幸福になる確証はない。むしろ不幸と不遇に苦しみ続ける人の方が多いことだろう。

 まだまだ書きたいことはある。それほど心が揺さぶられた一書であった。高橋は立派な精神科医であると思う。精神科や心療内科は玉石混交の世界でデタラメな医者も山ほどいる。高橋と出会わなければ救われなかった患者も多かったことだろう。にもかかわらず私の心の温度は沸点に達しない。被虐者たちの言葉に感動すればするほどナイフのように冷めた思いがよぎる。

 なぜか? 患者と高橋のコミュニケーションがカネを介したものであるからだ。それを恥じる言葉がどこにもない。わかっている。確かに言い過ぎだ。この世は親切やボランティアで食っていけるほど甘い世界ではない。それでも尚私は「カネを支払わなければならない関係性」に一抹の寂しさを禁じ得ないのだ。

 カネは技術に対して支払われる。我々の世界では芸術も音楽も文化も「対価を支払うもの」となってしまった。マネーという通行手形なしで我々は世界を歩くことができない。そんな現実を思い知らされた。たとえ今直ぐ治療すれば助かる命があったとしても優先されるのは支払い能力だ。飢えた人間に施されるパン屋のパンはない。一切は商品なのだ。

「自我があらゆる無秩序の原因ではないでしょうか?」(動画3分39秒/クリシュナムルティ:心の本質 第1部「心理的無秩序の根源」)との問いを思えば、病んだ心は程度問題であって万人に共通するものと私は考える。悩みは尽きることがない。浅い位置で生きている限りは。

「私が20年刑務所に行くから被告人を殺させてください」


入間女子大生殺害 無期懲役を求刑 遺族は死刑望む 埼玉

 入間市で昨年10月、同市豊岡の大東文化大3年、佐藤静香さん=当時(21)=が刺殺された事件で、殺人罪などに問われた同市豊岡、無職、沼田雄介被告(21)の裁判員裁判論告求刑公判が29日、さいたま地裁(片山隆夫裁判長)で開かれた。検察側は無期懲役を求刑した。

 論告で検察側は、「人生をリセットしたかった」などとした沼田被告の犯行動機について「理解不能で極めて身勝手」などと指摘し、被害者が1人の殺人事件の中で最も重く処罰されるべき事案だと主張。事件後の出頭も反省や後悔に基づくものではなく、減刑の理由にはならないとした。弁護側は沼田被告が深く反省しているとして、懲役18年が妥当と主張した。

 被害者参加制度を利用して公判に参加した佐藤さんの父(54)は「被告は自分が死刑にならないことを前提で静香を殺した。自分の命を保証された形で人を殺すことが許されていいのか。私が20年刑務所に行くから被告人を殺させてください」と涙ながらに心情を述べた。佐藤さんの弟(21)は「被告と同じような考えをもった別の犯人を出さないためにも、被告には死刑を求める」と訴えた。

産経ニュース 2015-09-30

2015-10-08

映画『子宮に沈める』/『ニッポンの貧困 必要なのは「慈善」より「投資」』中川雅之


 ・映画『子宮に沈める』

『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳
・『生ける屍の結末 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』渡邊博史

 これは、誰もが目にすることがなかった光景だ。大阪二児遺棄事件の母親も、その周囲にいる人も、誰も。
 その密室の中にいたのは、餓死した2人の子供だけだった。その中で何があったのかを知ることは、もはや誰もできない。科学捜査で一部、推測できることはあるのかもしれないが、我々が知りたいことの多くには、たどり着けない。
 緒方監督は、フィクションという想像力でそれを「見よう」とした。生き残った母親や、その周囲の証言をどれだけ探っても、明らかにできるのはその密室の外部にあったものだけだ。取材報道という、記者である私が置かれた立場からはどうやっても提供できない情報を、緒方監督は社会に届けようとした。

【『ニッポンの貧困 必要なのは「慈善」より「投資」』中川雅之(日経BP社、2015年)】

 気骨を感じさせるルポルタージュだ。書く姿勢と書かれた文章に清々(すがすが)しさがある。人としての正しい資質は、両手に抱えた荷物の重みに耐えるバランス感覚に現れる、というのが私の持論だ。中川は自ら重いテーマを掴んだ。

 早速DVDを借りた。1週間ほど見て見ぬ振りを決め込んだ。やはり気が重い。意を決してDVDプレイヤーのボタンを押した。平凡な親子の日常が描かれていた。だが私は最初から二人の幼子が餓死することを知っている。カットに工夫があった。意図的に顔を映さない。夫婦が諍(いさか)うシーンでは下半身しか見えない。その後間延びしたカットが延々と続く。母親の子供の抱き方が不自然だ。子育て経験のない女優を起用したのか? そもそもこの母子関係から育児放棄(ネグレクト)に至る必然性がまったく見えてこない。

 というわけで見るのをやめた。そう。本当は怖くなっただけだ。3歳の女児が包丁で缶詰を開けようと試みるシーンなど見たくない。実際の事件で発見された子供の遺体は腐敗・白骨化が進み、一部はミイラ化していた。母親(当時23歳)には懲役30年の実刑判決が下った。

 私の所感を述べよう。「こういう人間もいるのだな」以上、である。何も付け加えることはない。心理学的なアプローチをする必要もないだろう。それは「殺す物語」の正当化につながりかねないからだ。いかなる理由があろうとも許すべきではない。世界中の人々が許しても私は許さない。

 昔、社会への復讐を目的に罪なき4人を射殺した男が「無知の涙」(合同出版、1971年)を流した。10代で読んだ時は感動したが、今になって考えると無知が無恥に思える。恥知らずにも程がある。そもそも「人生はやり直し可能」という大いなる誤解に基いているのだろう。人生は引き返すことができない以上、やり直せるわけがないのだ。

 経済的な貧困も怖ろしいが精神の貧困はもっと恐ろしい。貧困は確実に社会を侵食する。そして親子の絆すらあっさりと断ち切ってみせるのだ。

ニッポンの貧困 必要なのは「慈善」より「投 資」子宮に沈める [DVD]

意味のない苦役/『シーシュポスの神話』カミュ


 神々がシーシュポスに課した刑罰は、休みなく岩をころがして、ある山の頂まで運び上げるというものであったが、ひとたび山頂にまで達すると、岩はそれ自体の重さでいつもころがり落ちてしまうのであった。無益で希望のない労働ほど怖(おそ)ろしい懲罰はないと神々が考えたのは、たしかにいくらかはもっともなことであった。

【『シーシュポスの神話』カミュ:清水徹訳(新潮文庫、1982年/『新潮世界文学49 カミュ2 カリギュラ・誤解・戒厳令・正義の人々・シーシュポスの神話・反抗的人間』清水徹訳、新潮社、1969年)】

 原書刊行は1942年(昭和17年)というのだから第二次世界大戦の真っ只中である。アルベール・カミュ(1913-1960)は繰り返される戦争の中で不条理を見つめたのだろうか。彼は立ち木に衝突する交通事故で死んだ。KGBによる暗殺説もある。不条理を説いた男の不条理な死。

 このギリシア神話は輪廻を圧縮したような趣の恐ろしさに満ちている。ひょっとするとドストエフスキーの翻案かもしれぬ。『死の家の記録』(原書1862年)に「穴を掘って埋める」懲罰の話が出てくる。意味のない苦役が重罪人を発狂させるだろうと。

 社会的動物である我々は意味に生きる。大義を与えられれば死ぬことさえできる。世のため人のためとあらば艱難辛苦(かんなんしんく)にも耐えることが可能だ。ただしその基準は時代によって異なる。

 帝国主義でイギリスと共に世界中を支配してきたフランス人が説く不条理は不条理に満ちている。アフリカの殆どの国の言語は英語かフランス語である。カミュは一度でもその不条理を見つめたのだろうか?

シーシュポスの神話 (新潮文庫)
カミュ
新潮社
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2015-10-06

アメリカは世界経済に寄生


「あの国(米国)は借金暮らしをしている。だが、収入に見合った生活をせずに、責任の重さを他国に移している。いわば『パラサイト(寄生生物)』のような生き方だ」(ウラジミール・プーチン)ロシア中部のセリゲル湖畔で行われた与党支持・青年運動組織「ナーシ」のサマーキャンプにおける講演(AFP 2011年08月02日

2015-10-05

渡邊博史、他


 10冊挫折、1冊読了。

決定力を鍛える チェス世界王者に学ぶ生き方の秘訣』ガルリ・カスパロフ:近藤隆文訳(NHK出版、2007年)/やはりルールがわからないのが難点。

宇宙論と神』池内了〈いけうち・さとる〉(集英社新書、2014年)/文章が冴えない。

もう日は暮れた』西村望〈にしむら・ぼう〉(立風書房、1984年/徳間文庫、1989年)/霧社事件を描いた小説。ぱっとせず。

ギリシア人ローマ人のことば 愛・希望・運命』中務哲郎〈なかつかさ・てつお〉、大西英文(岩波ジュニア新書、1986年)/これほど酷い箴言集は初めてのこと。見開き冒頭に掲げた言葉にさほど価値を見出だせない。岩波ジュニア新書は当たり外れが大きい。

シッダールタ』ヘルマン・ヘッセ:岡田朝雄〈おかだ・あさお〉訳(草思社、2006年)/手塚富雄訳を超えるものではない。

白川静さんに学ぶ漢字は怖い』小山鉄郎〈こやま・てつろう〉(共同通信社、2007年/新潮文庫、2012年)/半分ほど読む。前著より勢いに欠ける。

働かないアリに意義がある』長谷川英祐〈はせがわ・えいすけ〉(メディアファクトリー新書、2010年)/冗長。

最後の言葉 戦場に遺された二十四万字の届かなかった手紙』重松清、渡辺考〈わたなべ・こう〉(講談社、2004年/講談社文庫、2007年)/NHKのテレビ番組を書籍化したもの。一粒で二度おいしいってわけだ。実は重松清が苦手である。ま、茂木健一郎との対談しか読んだことがないのだが。テレビ局としてはいい仕事をやり遂げたとの手応えがあったのだろう。書籍に価値は感じられない。

インドネシアの人々が証言する日本軍政の真実 大東亜戦争は侵略戦争ではなかった。』桜の花出版編集部(桜の花出版、2006年)/イデオロギーに基づく出版社と判断した。今後「桜の花出版」の本は読まない。デヴィ夫人の文章だけ読む。

子ども虐待という第四の発達障害』杉山登志郎〈すぎやま・としろう〉(学研のヒューマンケアブックス、2007年)/杉山は発達障害の権威らしい。海外の研究や事例も豊富だ。しかし人間性が伝わってこない。そもそも書籍タイトルが致命的な失敗で本来なら「被虐という第四の発達障害」にすべきである。私は当初「児童虐待をする親が発達障害なのか」と思い込んだ。高橋和巳と一緒に読んだのが運の尽きであった。

 122冊目『生ける屍の結末 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』渡邊博史〈わたなべ・ひろふみ〉(創出版、2014年)/昨日の夕方手に取ってそのまま読了。まさに「巻を措く能(あた)わず」状態。お笑い芸人が芥川賞を受賞する時代である。犯罪者に直木賞を与えてもよかろう。それほどの衝撃があった。私はネットで渡邊の最終意見陳述書を知り、あまりの面白さに目を剥(む)いた。そして本書を開きシンクロニシティに驚愕した。渡邊は私が今紹介している高橋和巳著『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』を拘留中に読み、自分の過去の物語を上書き更新したのだ。彼は親から虐待され、学校ではいじめられ続けた。いじめは塾でも行われたという。『創』編集長の篠田博之から本の差し入れの相談を受けた香山リカが薦めたのが上記杉山本と高橋本であった。渡邊は高橋本を読むことで秋葉原無差別殺傷事件の加藤被告の動機まで理解できたと語る。高橋が「異邦人」というキーワードで被虐者の心象を示したのに対し、渡邊は「生ける屍」「埒外の民」「浮遊霊」「無敵の人」という造語に置き換える。彼が犯罪に手を染めるきっかけになったのは「上智大学」という言葉であった。言ってみれば言葉に翻弄された男が言葉によって過去から解放されるドラマが描かれている。説明能力の高さ、語彙の豊富さからも渡邊の頭のよさが伝わってくる。時折見せる剽軽(ひょうきん)さに終始笑いを抑えることができなかった。私が渡邊だったら、いじめた相手か小学校の教師を殺しに行ったことだろう。

2015-10-04

「知る」ことは「離れる」こと/『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳


『3歳で、ぼくは路上に捨てられた』ティム・ゲナール
『生きる技法』安冨歩
『子は親を救うために「心の病」になる』高橋和巳

 ・被虐少女の自殺未遂
 ・「死にたい」と「消えたい」の違い
 ・虐待による睡眠障害
 ・愛着障害と愛情への反発
 ・「虐待の要因」に疑問あり
 ・「知る」ことは「離れる」こと
 ・自分が変わると世界も変わる

『生ける屍の結末 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』渡邊博史
『累犯障害者 獄の中の不条理』山本譲司
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
虐待と知的障害&発達障害に関する書籍

 今まで気づかなかった自分を知ることこそが真の「自己受容」になり、それによって古い認知や生き方の中で悩んでいた自分が解放され、治療されるのだ。
 では、心にとって「知る」とはどういうことかといえば、それは、「離れる」ことである。
 子どもが生まれ育った自分の家(住宅)を知るのは、歩けるようになって外から家を見た時である。家から離れて初めて自分の家が友だちの家と違うと分かり、自分の家を知る。何かを「知る」ことは、それから「離れる」ことである。

【『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳〈たかはし・かずみ〉(筑摩書房、2010年/ちくま文庫、2014年)以下同】

 離れなければ見えない、との指摘に眼から鱗が落ちる。37歳の男性の体験談が紹介されている。彼は高橋の指摘で初めて自分が虐待されてきたことを理解した。そして母親に知的障害があることを知った。その日の夜は眠れなかった。妻には「とてもショックなことがあった。でも、それは悪いことじゃないから心配はいらない、もう少し一人にさせておいてくれ」と告げた。男性はベッドで横になったまま次の日も眠れなかった。妻が救急車を呼ぼうとすると「大丈夫だ。心は死んだけど、体は生きているから」と応じた。そのまま4日間もの間、一睡もしなかった。

 ある種の悟り体験といってよい。虐待と知的障害とのキーワードが彼の人生の不可解だった部分を理由のある物語に変えたのだろう。それまでの人生の構成が劇的に転換された。物語には一本の筋が通ったものの、それは悲劇であった。

 幼い日に身につけた自己防衛の術(すべ)が大人になっても尚、認知を歪める。避けることなどでき得なかった矛盾であろう。

「母とのつながり」、愛着関係を信じようとしてきたファンタジーが崩壊した。ないものを「ある」と思って生きてきた。でも、「ない」と分かったら、同時に義務感が消え、自分を責めなくなった。彼を縛ってきた規範がその力を失ったのだ。
 しかし、その代わりに頼るべきもの、人生の指針となるものもなくなった。人生を理解できなくなり、「ただ見ている」という視点だけが残った。宙に浮いた心はただ現実を見ていた。愛着や自己愛や信頼の中から自分と人とのつながりをみ(ママ)るのではなく、そこに戻れない彼は、いつの間にか心理カプセルからも辺縁の世界からも離れて人生を見ていた。

 心は宙に浮いたままであったが、もう一人の自分が実況中継をするようになっていた。つまり彼は誰から教わることなくヴィパッサナー瞑想(『希望のしくみ』アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司、宝島社、2004年)を実践していた。クリシュナムルティが説く「見る」とも合致している。

 瞑想とは
 あるがままに ものを見ることであり
 それを超えていくことです

【『瞑想』J・クリシュナムルティ:中川吉晴訳(UNIO、1995年)】

 ところが、どんなにわずかでも、自分を知りはじめたとたんに、創造性のとてつもない過程がすでに始まっているのです。それは、実際のありのままの自分がふいに見えるという発見です――欲張りで、喧嘩好きで、怒って、妬んで、愚かなものなのです。事実を改めようとせずに見る、ありのままの自分をただ見るだけでも、驚くような啓示です。そこから深く深く、無限に行けるのです。なぜなら、自覚に終わりはないからです。

【『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ:藤仲孝司〈ふじなか・たかし〉訳(平河出版社、1992年)】

 知識や概念、はたまた哲学・宗教を通せば、ありのままの自分は見えない。【あるべき】自分は本当の自分ではない。社会は様々な役割を押し付けるが十分な演技力がないと抑圧される。役が身分を決めるのだ(安冨歩/『日本文化の歴史』尾藤正英、岩波新書、2000年)。

 彼は突然手に入れた自由に戸惑い、そして怯えた。だがその後、全く新たな存在となる。彼は過去から離れ、欲望から離れることで変容したのだ。

2015-10-01

小室直樹、高橋和巳、中川雅之、加藤祐三、小山鉄郎、小林よしのり、田原総一朗、他


 2冊挫折、7冊読了。

科学の考え方・学び方』池内了〈いけうち・さとる〉(岩波ジュニア新書、1996年)/講談社科学出版賞受賞。文章に切れがない。

日本の独立』植草一秀(飛鳥新社、2010年)/「悪徳ペンタゴン」という言葉がよくない。視点が明らかに偏っている。行間にルサンチマンが漂う。

 115冊目『戦争論争戦』小林よしのり、田原総一朗(ぶんか社、1999年/幻冬舎文庫、2001年)/今読むとやはり小林に軍配が上がる。田原総一朗はジャーナリストというよりも、ただのテレビマンであり、本質は言論プロレスラーにすぎないことがよく理解できる。この世代でこれほど礼儀を欠く人間も珍しいし、極めて罪悪感に乏しいタイプの人物である。単なる戦争嫌いが近代史の俯瞰を困難にしている。主要番組がテレビ朝日であるのも腑に落ちる。

 116冊目『日本を貶めた10人の売国政治家』小林よしのり編(幻冬舎新書、2009年)/保守系論客による座談会。アンケートは一見の価値あり。国益を損なう首相の多さに目を覆いたくなる。

 117冊目『白川静さんに学ぶ漢字は楽しい』白川静監修、小山鉄郎〈こやま・てつろう〉編(共同通信社、2006年/新潮文庫、2009年)/意外にも硬派な内容で、ページ上部の古代文字と図が参考になる。連載記事らしいが毎回白川に取材したとのこと。部首ごとにまとめられていて漢字の関係性がよくわかる。

 118冊目『幕末外交と開国』加藤祐三(講談社学術文庫、2012年)/某テレビ番組は本書を題材にしていることがわかる。ペリーと林大学頭〈はやしだいがくのかみ〉とのやり取りは実にスリリングで当時のインテリジェンス能力の高さを示す。幕末の首脳は現代の政治家よりもはるかに外交能力に長(た)けていた。文章もよく、内容も濃く類書を圧倒している。「日本の近代史を学ぶ」に加えた。

 119冊目『ニッポンの貧困 必要なのは「慈善」より「投資」』中川雅之(日経BP社、2015年)/新刊。これは良書。中川は日経新聞社からの出向組のようだが、かような良心をもつ人物がいることに驚く。文章に切れがあり、インタビューする人物も選り抜きといってよい。日経BP社では企画の段階から反対されたという。読者層を考慮すればそれも当然だろう。しかし中川はたった一人で優れた新聞連載を上回る仕事を成し遂げた。ジャーナリストの魂をもつ若い記者がいる事実に快哉を上げたい。

 120冊目『子は親を救うために「心の病」になる』高橋和巳(筑摩書房、2010年/ちくま文庫、2014年)/摂食障害は母子関係に原因があるという。初めて知った。確かイーサン・ウォッターズ著『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』では、ほぼ世界同時進行で広まったと書いてあったように記憶する。最終章の悟り体験が忘れられず。必読書入り。

 121冊目『日本人のための憲法原論』小室直樹(集英社インターナショナル、2006年/同社、2001年『痛快!憲法学 Amazing study of constitutions & democracy』改題)/編集の勝利。小室特有の文体的臭みをほぼ完璧に脱臭(笑)。講義形式にすることで驚くほど読みやすくなっている。しかも憲法論にとどまらず宗教学・歴史・社会学・経済学をも網羅。結果的には8割方のページに付箋をつける羽目となった。本年度暫定2位。これまた必読書入り。