2016-04-15
2016-04-14
日露戦争が世界に与えた衝撃/『世界が語る大東亜戦争と東京裁判 アジア・西欧諸国の指導者・識者たちの名言集』吉本貞昭
・『学校では絶対に教えない植民地の真実』黄文雄
・『大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか』加瀬英明
・日露戦争が世界に与えた衝撃
・『世界がさばく東京裁判』佐藤和男監修、江崎道朗構成、日本会議企画
・『人種戦争 レイス・ウォー 太平洋戦争もう一つの真実』ジェラルド・ホーン
・『人種差別から読み解く大東亜戦争』岩田温
・『植民地残酷物語 白人優越意識を解き明かす』山口洋一
・日本の近代史を学ぶ
【ファン・ボイ・チャウ(ベトナムの民族主義者)】
「日露戦争は私たちの頭脳に一世界を開かせた」
【ネルー(初代インド首相)】
「アジアの一国である日本の勝利は、アジアのすべての国ぐにに大きな影響を与えた。わたしは少年時代、どんなにそれに感激したのかを、おまえによく話したことがあったものだ。(中略)いまでもヨーロッパを打ち破ることもできるはずだ。ナショナリズムはいっそう急速に東方諸国にひろがり、(アジア人のアジア)の叫びが起こった」
【ウ・オッタマ僧正(インドの独立運動家)】
「日本の隆盛と戦勝の原因は、英明なる明治大帝を中心にして青年が団結したからである。われわれも仏陀の教えを中心に、青年が団結・決起すれば、必ず独立を勝ち取ることができる。長年のイギリスの桎梏からのがれるためには、日本にたよる以外に道はない」
【バー・モウ(初代ビルマ首相)】
「日本の勝利はアジアの目覚めの一歩」
【レーニン(ロシアの革命家)】
「旅順の降伏はツァーリズム降伏の序章。革命の始まり」
【デュボイウス(アフリカ解放の父)】
「有色人種は日本をリーダーとして従い、人種平等・民族独立を達成すべきである」
【シーラーズ(イラン解放の父)】
「日本の足跡をたどるならば、われわれにも夜明けがくるだろう」
以上の証言からも分かるように、この日露戦争の勝利は、単に日本と朝鮮半島の安全保障を確立しただけではなく、欧米列強やロシアの圧政に苦しむ人々に大きな影響を与えたことは確かであろう。(※証言者冒頭の数字を割愛した)
【『世界が語る大東亜戦争と東京裁判 アジア・西欧諸国の指導者・識者たちの名言集』吉本貞昭(ハート出版、2012年)】
日本の近代史は実に厄介である。精力的に読み漁ってきたが、ボヤけたままの全体像がいつまで経ってもすっきりと見えてこない。もちろん私の眼が悪い可能性もあるが、この手の本は細部や部分に固執する傾向が強い。明治維新だけ考えてみても、アヘン戦争に敗れた清国の惨状と黒船襲来による危機感が大きな動機になっているが、攘夷派がコロリと開国派に転じた背景がわかりにくい。そもそも下級武士がどのようにしてカネや武器を動かすことができたのか? 孝明天皇の意志がどこにあったかもつかみにくい。偽勅(ぎちょく/討幕の密勅)だけで済ませては会津藩が浮かばれない。
その後、日清・日露戦争~第一次世界大戦~第二次世界大戦と鎖国から帝国主義へ打って出たわけだが、意思決定すら不透明でよくわからない。関東軍の暴走(満州事変:昭和6年/1931年)、五・一五事件(昭和7年/1932年)、二・二六事件(昭和11年/1936年)を思えば、まともに統治された国家とは言い難い。確固たる権力が不在であった証拠といえよう。結局のところ「東亜百年戦争」は明治維新からの内乱を引きずった百年でもあった。官僚やマスメディアに巣食う痼疾(こしつ)の由来もここにあると私は考える。
日露戦争(明治37年/1904年-明治38年/1905年)を「20世紀最大の事件」に挙げる人は多い。第二次世界大戦よりも歴史的な意義があるのは、数世紀にわたる白人支配に一撃を与えたためだ。日本の勝利が後のアジア・中東・アフリカ諸国独立の遠因となったのである。
元を糾(ただ)せば日清戦争(明治27年/1894年-明治28年/1895年)もロシアの南下政策を防ぐ目的があった。更に義和団事変(1900年)におけるロシア兵の横暴・モラル欠如は目に余るものがあった。帝国主義時代において不凍港を獲得せんとするロシアと、遅れて世界に進出せんとした日本が衝突することは避けようがなかった。何にも増して日清戦争に対する三国干渉が全国民の不満となって鬱積していた。
知識人の多くが主戦論を唱えた。非戦論者ではクリスチャンの内村鑑三や社会主義者の幸徳秋水が知られるが、単なる感情的なもので国家の行く末を踏まえたものではない。また当時の世界を見据える視点は、日清戦争に反対した勝海舟(『氷川清話』)よりも福澤諭吉に軍配が上がると思う。
吉本貞昭は高校の非常勤講師をしながら本書を書き上げた。一読の価値ありと推すが、証言の詳細がないのが不備に映る。
世界が語る大東亜戦争と東京裁判―アジア・西欧諸国の指導者・識者たちの名言集
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吉本 貞昭
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・日露戦争に関しての発言など
2016-04-13
米軍機は米軍住宅の上空を飛ばない/『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』矢部宏治
・『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること 沖縄・米軍基地観光ガイド』須田慎太郎・写真、矢部宏治・文、前泊博盛・監修
・米軍機は米軍住宅の上空を飛ばない
・東京よりも広い沖縄の18%が米軍基地
・砂川裁判が日本の法体系を変えた
・『戦後史の正体』孫崎享
・『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』前泊博盛編著
下の図の米軍機の訓練ルート(2011年8月の航跡図)を見てください。中央に太い線でかこまれているのが普天間基地、その両脇の斜めの線が海岸線です。普天間から飛び立った米軍機が、まさに陸上・海上関係なく飛びまわっていることがわかる。
でも基地の上、図版の中央上部に、ぽっかりと白く残された部分がありますね。これがいまお話しした、米軍住宅のあるエリアです。ここだけは、まったく飛んでいない。
一方、普天間基地の右下に見える楕円形の部分は、真栄原(まえはら)という沖縄でも屈指の繁華街がある場所です。そうしたビルが立ち並ぶ町の上を非常に低空で軍用機が飛んでいる。さらに許せないのは、この枠のなかには、2004年、米軍ヘリが墜落して大騒ぎになった沖縄国際大学があることです。
【つまり米軍機は、沖縄という同じ島のなかで、アメリカ人の家の上は危ないから飛ばないけれども、日本人の家の上は平気で低空飛行する。】以前、事故を起こした大学の上でも、相変わらずめちゃくちゃな低空非行訓練をおこなっている。簡単に言うと彼らは、アメリカ人の生命や安全についてはちゃんと考えているが、日本人の生命や安全についてはいっさい気にかけてないということです。
これはもう誰が考えたって、右とか左とか、親米とか反米とか言っている場合ではない。もっとずっと、はるか以前の問題です。
【『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』矢部宏治〈やべ・こうじ〉(集英社インターナショナル、2014年)以下同】
米軍機の訓練ルート(2011年8月の航跡図)。 pic.twitter.com/0MsUG89jTw
— 小野不一 (@fuitsuono) 2016年4月12日
読書会にうってつけのテキストである。時の総理ですら知らなかった米軍基地と原発を巡る原理とメカニズムを明らかにしている。文章も意図的に砕けた調子で書いたのだろう。今日現在のamazonカスタマーレビュー数は209で、星四つ半という高い評価だ。時間があればインターネット上で読書会を開催したいところだが、如何(いかん)せんそれだけの余裕がない。
面倒なので手の内を晒(さら)してしまおう。言っていることは正しいのにどうしても好きになれない人がいる。私の場合だと佐藤優、金子勝、池田信夫、内田樹〈うちだ・たつる〉など。嫌いな理由はそれぞれだが、ブログの読み手を不愉快にしてしまうので敢えて書かない。矢部宏治も同じ匂いをプンプン発している。彼はたぶん心情左翼で内田樹と同じ民主党改め民進党支持者なのであろう。天皇陛下を軽んじる記述から私はそのように判断した。それでも読み終えることができたのは、やはり知らない事実がたくさん書かれていたためで、勉強になることは確かである。
以前、東京都下をクルマで走っていたところ、突然凄まじい轟音が響いた。「すわ、何事だ?」と思いきや、米軍機が上空を通過した。肝を冷やすほどの大音量と遭遇したのは横田基地付近であった。沖縄もまた窓ガラスがビリビリと震え、時には割れることもあると伝え聞く。劣悪な環境といってよい。昔、隣家のピアノがうるさいと一家が皆殺しにされた事件があった(ピアノ騒音殺人事件、1974年)。騒音は被害者からすれば日常的に暴力を振るわれているような心理に追い込む。ピアノが殺人に結びつくなら、米軍基地の周りでゲリラ戦が起こっても不思議ではない。
だがその米軍機は米軍住宅の上空は飛ばないという。地図上部の白い部分である。なぜか?
つまりアメリカでは法律によって、米軍機がアメリカ人の住む家の上を低空飛行することは厳重に規制されているわけです。それを海外においても自国民には同じ基準で適用しているだけですから、アメリカ側から見れば沖縄で米軍住宅の上空を避けて飛ぶことはきわめて当然、あたりまえの話なのです。
だから問題は、その「アメリカ人並みの基準」を日本国民に適用することを求めず、自国民への人権侵害をそのまま放置している日本政府にあるということになります。
つまり米軍は日米双方の法律を遵守しているというのだ。アメリカ側からすれば日米安保は長らく片務条約であったため、「俺たちが守ってやっている」くらいの思い上がりがあっても不思議ではない。いざとなれば命を危険にさらすのは彼らなのだから。
一番の問題は戦後の矛盾を抱えたままの政治を、「仕方がない」と無気力に見つめる国民の姿勢にあるのではないか。
GHQの大きな占領目的の一つは「日本を二度と戦争のできない国にすること」であった。敗戦という精神的空白期間を突いて、この任務は完璧に遂行されたと見てよい。日本は軍事力を完全に奪われ、長らく航空機の製造すら許されなかった。更にアメリカの余剰小麦を買わされ、学校給食にパンを採用。食糧安全保障も崩壊した。原発導入もエネルギー問題というよりは、むしろ安全保障に重きがある。日本の安全保障はアメリカからの要望でクルクルと変わり続けた。
イラク戦争後、アメリカに軍事的な余裕はなくなった。現在も国防費は削減されている。米軍が沖縄から撤退するのは時間の問題であろう。米軍基地は確かに問題があるのだが、「では日本の安全保障をどうするのか?」といった議論がいつまで経っても成熟しない。平和憲法万歳という輩が多過ぎる。知性と危機意識を眠らせてきたツケはあまりにも大きい。
ワールポラ・ラーフラ、M・ミッチェル・ワールドロップ、アルボムッレ・スマナサーラ、村上譲顕、福島源次郎、マリン・カツサ、他
5冊挫折、6冊読了。
『漂流老人 ホームレス社会』森川すいめい(朝日新聞出版、2013年/朝日文庫、2015年)/精神科医らしいが妙な著者名の上、著者近影が正面を向いていないのを見てやめた。
『河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙』河北新報社(文藝春秋、2011年)/『神戸新聞の100日 阪神大震災、地域ジャーナリズムの戦い』(神戸新聞社著、プレジデント社、1995年)の二番煎じか。もはや災害時に求められる情報は新聞ではないと思う。しかも被災者にとって切実な情報とは家族の安否というミクロ情報だ。新聞社は即時性のなさを自覚した上で、もっと特化した情報を発信すべきだろう。
『無為について』上田三四二〈うえだ・みよじ〉(講談社学術文庫、1988年)/西尾幹二が、上田三四二の作品・人柄がもつ死生観に非常に大きな影響を受けたと最近知った。文学的なあざとさが前面に出ていて苦手なタイプの本だ。
『粗食のすすめ』幕内秀夫〈まくうち・ひでお〉(東洋経済新報社、1995年/新潮文庫、2003年)/単行本19ページに「この生徒の家庭は両親が離婚し、母親は水商売をしているような家庭環境の子どもだった」とある。職業蔑視もさることながら、因果関係の捉え方に明らかな問題がある。編集者も見過ごしたとすれば致命傷といってよい。「子供に問題があるのは親の責任だ」と私も思う。しかしそれが親の職業に由来するかどうかは全くの別問題だ。「書き間違えた」レベルの文章ではない。
『金色夜叉』尾崎紅葉〈おざき・こうよう〉(新潮文庫、1969年)/初出は読売新聞の連載で、1897年(明治30年)1月1日~1902年(明治35年)5月11日に渡る。前編、中編、後編、続、続続、新続の6編から成るが未完で終わっている。言文一致運動の代表的作品らしいが、ルビがなければ歯が立たない。頑張れば読めそうだが、頑張るだけの気力が湧かず。「未(ま)だ宵ながら松立てる門は一様に鎖籠(さしこ)めて、真直(ますぐ)に長く東より西に横(よこた)はれる大道(だいだう)は掃きたるやうに物の影を留(とど)めず、いと寂(さびし)くも往来(ゆきき)の絶えたるに、例ならず繁(しげ)き車輪(くるま)の輾(きしり)は、或(あるひ)は忙(せはし)かりし、あるは飲過ぎし年賀の帰来(かえり)なるべく、疎(まばら)に寄する獅子太鼓(ししだいこ)の遠響(とほひびき)は、はや今日に尽きぬる三箇日(さんがにち)を惜むが如く、その哀切(あわれさ)に小さき腸(はらわた)は断(たた)れぬべし」とこんな感じだ。
40冊目『コールダー・ウォー ドル覇権を崩壊させるプーチンの資源戦争』マリン・カツサ:渡辺惣樹〈わたなべ・そうき〉訳(草思社、2015年)/北野幸伯〈きたの・よしのり〉の本で紹介されていたと記憶する。著者はエネルギー産業に特化した投資ファンドマネージャーだ。非常に面白かったが、ポジショントークを割り引く必要があるだろう。ドル覇権を崩壊させるのは飽くまでもFRBの判断であり、プーチンが仕掛ける資源戦争は加速要因でしかないと思われる。FRBは多分ドル基軸体制を終わらせる判断を既に下している。
41冊目『蘇生への選択 敬愛した師をなぜ偽物と破折するのか』福島源次郎(鷹書房、1990年)/福島は創価学会の青年部長・副会長を務めた人物で後に離反した人物である。間近で池田大作を見てきただけあって、批判にも並々ならぬ迫力が溢れる。長らく師と信じた人物の虚飾が剥がれた時、黙って見過ごすことはできなかった。池田に直接提出した諫言書も併録。かなり重要な指摘が散見されるが、他の創価学会本で引用されていないのが不思議である。
42冊目『日本人には塩が足りない! ミネラルバランスと心身の健康』村上譲顕〈むらかみ・よしあき〉(東洋経済新報社、2009年)/村上は海の精株式会社の取締役である。「海の精 あらしお」が有名だ。マクロビオティック実践者でもある。判断の難しい本だ。参考になる所見はたくさんあるのだが科学的検証に耐えるかどうかは微妙な感じ。例えば長野県では30年以上も前から減塩運動に取り組み、男女共に平均寿命日本一となったがこれにはどう答えるのか? 健康本は宗教本と同じ匂いがする。
43冊目『原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟』アルボムッレ・スマナサーラ(佼成出版社、2005年)/『一日一話』より1ページあたりの文字数は多いが切れ味は劣る。切り文ではなく、きちんとまとめて編んでほしいところ。
44冊目『複雑系 科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』M・ミッチェル・ワールドロップ:田中三彦〈たなか・みつひこ〉、遠山峻征〈とおやま・たかゆき〉訳(新潮文庫、2000年/新潮社、1996年『複雑系』改題)/文庫化されたのを知らなかった。ハードカバーは3400円である。複雑性科学は本書から入るのがよかろう。サンタフェ研究所を舞台としためくるめく群像劇である。世界最高峰の知性に触れることができる。「必読書」入り。
45冊目『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ:今枝由郎〈いまえだ・よしろう〉訳(岩波文庫、2016年)/今枝が精力的に本を出している。本書も目のつけどころがよい。ワールポラ・ラーフラはテーラワーダ仏教の僧侶で、セイロン大学に進み哲学博士号を取得。マハーヤーナ(いわゆる大乗)仏教の研究にも着手する。1950年代後半、パリ大学に留学。そこで著されたのが本書である。原書は英語で1959年間。仏教研究の泰斗であるオックスフォード大学のR・F・ゴンブリッジ教授が「現時点で入手できる最良の仏教書」と評価する。訳者解説に神智学協会が出てきて驚いた。今枝はブータンに生きた仏教を見出しているようだ。西水美恵子著『国をつくるという仕事』でもブータンは絶賛されているが、伝統と近代化の狭間で揺れている現状も窺える。少し検索してみたところ、ワールポラ・ラーフラがクリシュナムルティと対談した僧侶であったことが判明。こりゃグッドタイミングだ。『ブッダとクリシュナムルティ 人間は変われるか?』に収録されている。
2016-04-11
ブッダの教えを学ぶ
・キリスト教を知るための書籍
・宗教とは何か?
・ブッダの教えを学ぶ
・悟りとは
・物語の本質
・権威を知るための書籍
・情報とアルゴリズム
・世界史の教科書
・日本の近代史を学ぶ
・虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
・時間論
・身体革命
・ミステリ&SF
・必読書リスト
「仏教」と呼んでしまえば教条主義(ドグマティズム)に陥る。仏教哲学というのもピンと来ない。やはり「ブッダの教え」とすべきであろう。仏教徒とは教団に額づく者の異名であり、仏教を行じる者は仏教者・仏法者を名乗るべきか。個人的には「ブッダの教えに耳を傾ける者」で構わないと考える。
・『シッダルタ』ヘルマン・ヘッセ
・『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン
・『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』友岡雅弥
・『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』草薙龍瞬
・『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
・『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ
・『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳
・『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳
・『原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章』アルボムッレ・スマナサーラ
・『スッタニパータ[釈尊のことば]全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳
・『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ
2016-04-10
大東亜戦争の理想/『F機関 アジア解放を夢みた特務機関長の手記』藤原岩市
・『たった一人の30年戦争』小野田寛郎
・日下公人×関岡英之
・大東亜戦争の理想
・『自衛隊「影の部隊」 三島由紀夫を殺した真実の告白』山本舜勝
・『革命家チャンドラ・ボース 祖国解放に燃えた英雄の生涯』稲垣武
・『昭和陸軍謀略秘史』岩畔豪雄
・日本の近代史を学ぶ
私は同行の将校を一室に集めて、総長の意向を説明し私の決意を【ひれき】した。私は特に若輩未経験かつ不徳の者であることを皆にわびた。しかし、私はかねがね私が信念とする日本思想戦の本質を、万難を排し身をもって実践することを皆に誓った。そして皆に協力と補佐を願った。私は信ずる日本思想戦の本質を【じゅんじゅん】と説いた。「敵味方を超越した広大な陛下の御仁慈を拝察し、これを戦地の住民と敵、特に捕虜に身をもって伝えることだ。そして敵にも、住民にも大御心に感銘させ、日本軍と協力して硝煙の中に新しい友情と平和の基礎とを打ち建てねばならない。われわれはこれを更に敵中に広めて、味方を敵の中に得るまでに至らねばならぬ。日本軍は戦えば戦うほど消耗するのでなくて、住民と敵を味方に加えて太って行かなくてはならない。日本の戦いは住民と捕虜を真に自由にし、幸福にし、また民族の念願を達成させる正義の戦いであることを感得させ、彼らの共鳴を得るのでなくてはならぬ。武力戦で勝っても、この思想戦に敗れたのでは戦勝を全うし得ないし、戦争の意義がなくなる。なおこの種の仕事に携わる者は、諸民族の独立運動者以上にその運動に情熱と信念とをもたねばならぬ。そしてお互いは最も謙虚でつつましやかでなくてはならぬ。大言壮語したり、いたずらに志士を気取ったり、壮士然としたりするいことを厳に慎まねばならぬ。そんな人物は大事をなし遂げ得るものではない。われわれはあくまで縁の下の力持で甘んずべきだ。われわれは武器をもって戦う代りに、高い道義をもって戦うのである。われわれに大切なものは、力ではなくて信念と至誠と情熱と仁愛とである。自己に対しても、お互いは勿論、異民族の同志に対しても、また日本軍将兵に対してもそうでなければならぬ。そしてわれわれは絶対の信頼を得なければならぬ。最後に、お互いは今日から死生を共にする血盟の同志となり、君国のために働こう」と申しでた。一同は私の決意と所信に、心から感銘してくれたように見受けられた。
【『F機関 アジア解放を夢みた特務機関長の手記』藤原岩市〈ふじわら・いわいち〉(バジリコ、2012年/原書房、1966年『F機関』/原書房、1970年『藤原機関 インド独立の母』/番町書房、1972年『大本営の密使 秘録 F機関の秘密工作』/振学出版、1985年『F機関 インド独立に賭けた大本営参謀の記録』)】
日本の近代史にまつわる書物を取り上げる時、キーボードを叩こうとする指が宙で止まる。常に躊躇(ためら)いが付きまとうのは近代史に数多くの嘘が紛(まぎ)れているためだ。GHQの抑圧に対する反動、デタラメ極まりない左翼史観への対抗もさることながら、「過ぎたことは水に流す」「負け戦をあれこれ考えても仕方がない」といった日本人気質が混じり合って、混沌の様相を呈している。そのため、「必読書」に入れる近代史本は厳選しているつもりだ。
藤原岩市は33歳の時(当時少佐)、大東亜戦争勃発に備え、東南アジアのマレイ・北スマトラ民族工作の密命を受けた。10人余りの陣容で出発し、後に現地で日本人をリクルートし30名の体制となる。F機関の「F」とは、フリーダム、フレンドシップ、藤原の頭文字を取ったものである。「アジア人のアジア」「大東亜の共栄圏」建設を目指した。
机上の作戦だけで物事は進まない。そこには必ず実務を遂行する「人」がいる。F機関は藤原という人物を得て、八紘一宇(はっこういちう)の輝かしい足跡(そくせき)を残した。
藤原が大東亜戦争を「思想戦」と捉えていた事実が興味深い。民族工作とは現地住民に国家独立を促し、白人のもとで戦う現地兵士を寝返らせる任務であった。後に「マレーのハリマオ(虎)」と呼ばれた谷豊もF機関に加わる。妹を惨殺された谷は復讐の鬼と化して盗賊団の首領に納(おさ)まっていた。サイドストーリーではあるが谷の短い一生(享年30歳)に涙を禁じ得ない。音信の途絶えていた日本の家族に藤原は谷の活躍を伝えた。
藤原岩市著『F機関』書影。 pic.twitter.com/OLHY55iro5
— 小野不一 (@fuitsuono) 2016年4月10日
F機関は、シーク族(シーク教徒か?)の秘密結社IILと連携し、次々と人心をつかみシンガポールを中心にマレイ、タイ、ビルマ、スマトラの広大な地域に拡大。遂にはインド独立の機運をつくり、チャンドラ・ボースにバトンを渡す。藤原は大東亜共栄圏の理想に生きた。だが大本営はそうではなかった。シンガポールでは日本軍が華僑を虐殺している。藤原は歯噛みをしながら上官に意見を具申する。高名な山下奉文〈やました・ともゆき〉陸軍大将の振る舞いもスケッチされている。英軍探偵局長(階級は大佐)の取り調べに対して藤原は堂々とアジア民族の共存共栄を語る。局長はイギリスが人種差別感情を払拭できなかった本音を吐露する。昭和36年(1961年)、F機関の慰霊祭が初めて挙行された。巻末の「慰霊の辞」を涙なくして読むことのできる者はあるまい。
大日本帝国の領土。7の部分は、現在の北マリアナ諸島・パラオ・マーシャル諸島・ミクロネシア連邦に相当する地域。 pic.twitter.com/vxlBM76c50
— 小野不一 (@fuitsuono) 2016年4月10日
大日本帝国、1942年当時の最大版図。 pic.twitter.com/sn93mOfD0x
— 小野不一 (@fuitsuono) 2016年4月10日
上の地図が戦前の領土である。海洋面積を見れば半分以下になっている。結局のところ明治維新当時に戻ってしまった。日本が帝国主義に敗れた現実がひしひしと迫ってくる。
『忠臣蔵』、幕末の会津藩、神風特攻隊、そして敗戦後の国体護持。ここに日本の精神風土が浮かんでくるように思う。我々は破滅的な身の処し方を美化し、合理的な戦略を導き出すことを決してしない。
— 小野不一 (@fuitsuono) 2016年4月10日
藤原岩市は大東亜共栄圏の理想に生きた。インド独立の影の功労者といっても過言ではない。だがそれは大東亜戦争の一部であったが全部ではない。同様にパール判事の主張や神風特攻隊の美しいエピソードを強調して大東亜戦争を美化することは戒めるべきだろう。歴史は細部の集合体ではあるが、細部にとらわれてしまえば全体を見失う。
日本は戦争に負けた。本来であれば「なぜ負けたのか」「どうすれば勝てるか」というところから復興しなければならなかったはずだ。ところが現実の政治は国体護持のみに腐心して、経済一辺倒で進んでしまった。日本人の誇りも結構だが、この国にまず必要なのは「戦略」である。
尚、本書の文章が粗(あら)く、平仮名表記が目立つのは、1947年(昭和22年)にシンガポールのイギリス軍刑務所から解放されて帰国し、一気呵成に認(したた)めたせいである。校訂の不備には目をつぶり、筆の勢いを味わうべきだ。
・果たし得てゐいない約束――私の中の二十五年/『決定版 三島由紀夫全集 36 評論11』三島由紀夫
2016-04-09
2016-04-06
戦争は制度である/『新戦争論 “平和主義者”が戦争を起こす』小室直樹
・『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』小室直樹
・戦争は文明である
・戦争は制度である
・『悪の戦争学 国際政治のもう一つの読み方』倉前盛通
・『日本教の社会学』小室直樹、山本七平
・『封印の昭和史 戦後50年自虐の終焉』小室直樹、渡部昇一
・『日本国民に告ぐ 誇りなき国家は、必ず滅亡する』小室直樹
・『世紀末・戦争の構造 国際法知らずの日本人へ』小室直樹
・『日本の敗因 歴史は勝つために学ぶ』小室直樹
・『新世紀への英知 われわれは、何を考え何をなすべきか』渡部昇一、谷沢永一、小室直樹
国家とか経済とか家とか学校とか、われわれの社会は、多くの制度を生みだした。制度とは、何かの目的を達成するための枠組みである。戦争も同じ制度なのだ。その目的は、国際紛争の解決、ということにある。(中略)
戦争は高度に【文明】的な【制度】である。この大前提を、ひとりひとりが、しっかりと把握することなくして、われわれの社会から、戦争がなくなることはないだろう。
【『新戦争論 “平和主義者”が戦争を起こす』小室直樹(カッパ・ビジネス、1981年/光文社文庫、1990年/ビジネス社、2018年『国民のための戦争と平和』改題)】
戦争は単なる喧嘩ではない。戦争とは政治であり、外交における一つの手段である。
「戦争は制度である」との指摘は感情の次元では容認しかねる。わかりやすい例を挙げるならスポーツである。スポーツは元々「狩り」を制度化したものだが、チーム同士が戦う競技は極めて戦争と似ている。オリンピックを始めとする国際大会ではチームが国家を代表しており、代理戦争の様相を呈している。それぞれの国民が熱狂する様も戦争とそっくりだ。
生物学的に見れば「限られた資源を巡る競争」である。ただし軍事力の強大な国家が長く繁栄するわけではない。ローマもモンゴルも滅び、スペイン・オランダ・イギリスは没落し、そして今、アメリカも沈みつつある。
戦争に勝つ力も必要だが、戦争を避ける英知もまた必要なのだ。
かつて日本はアメリカから石油の禁輸措置を受け、ABCD包囲網で経済封鎖をされ、戦争に打って出た。石油の備蓄は2年分しかなかった。つまり2年以上戦う構想はなかったと見てよい。その後、蘭印(オランダ領東インド、現在のインドネシア)を攻略し、石油を獲得するも、米軍によってタンカーの殆どが沈められた。物量もさることながら戦略の時点で既に敗れていた。日本軍の戦没者230万人のうち60%が餓死・戦病死であった。
敗戦後、日本は安全保障を米軍に委ね、経済発展を遂げる。GHQの占領を通して歴史は途絶え、敗戦を振り返ることなく日本人は働いて働いて働きまくった。負けた戦争を真摯に見つめる政治家も私は見たことがない。天皇陛下の戦争責任よりも重要なことは、エネルギーと食糧の安全保障をどうするかである。1965年には73%であった食料自給率が2014年には39%(カロリーベース)まで落ち込んでいる(※生産額ベースでは64%:農林水産省)。
選挙権は兵役とセットである。18歳選挙権に関して左翼が「徴兵制導入の布石」だと騒いでいるが、私は正反対の位置から考えるべきだと思う。北朝鮮が日本に向けてミサイルを発射しても、政府や自衛隊は戦争をする構えすら見せない。この事実は軍事的責任の欠如を示すものだ。日本の軍事における責任を担っているのは米軍である。つまりこの国の真の主権者はアメリカだと見なすことができる。そしてアメリカの意図によってこれから憲法改正が行われ、アメリカからの指示によって日本は戦争に巻き込まれるのだろう。
新戦争論―“平和主義者”が戦争を起こす (1981年) (カッパ・ビジネス)
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2016-04-05
戦争は文明である/『新戦争論 “平和主義者”が戦争を起こす』小室直樹
・『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』小室直樹
・戦争は文明である
・戦争は制度である
・『悪の戦争学 国際政治のもう一つの読み方』倉前盛通
・『日本教の社会学』小室直樹、山本七平
・『封印の昭和史 戦後50年自虐の終焉』小室直樹、渡部昇一
・『日本国民に告ぐ 誇りなき国家は滅亡する』小室直樹
・『世紀末・戦争の構造 国際法知らずの日本人へ』小室直樹
・『日本の敗因 歴史は勝つために学ぶ』小室直樹
・『新世紀への英知 われわれは、何を考え何をなすべきか』渡部昇一、谷沢永一、小室直樹
・『戦争と平和の世界史 日本人が学ぶべきリアリズム』茂木誠
それゆえ“野蛮な戦争はもうごめんだ”という主張は、自己矛盾をはらんでいる。戦争は野蛮な行為ではないからである。
第一次大戦と第二次大戦の戦間期に、パシフィズムといわれる運動が、ヨーロッパを席巻(せっけん)したことがあった。パシフィズムとは「平和主義」という意味だ。学生も労働者も野蛮な戦争はもういやだ、絶対に銃はとらないと叫んだ。(中略)
それでは平和がもたらされたか。歴史は皮肉なことになった。パシフィズムは、世界史上、もっとも悲惨な、もっとも大きな戦争をもたらした。彼らの平和運動は、ヒットラーの揺籃(ようらん/ゆりかご)となったのだ。なぜ、そんな馬鹿なことになったのか。それは、一(いつ)にかかって、全員が、戦争を野蛮な行為と誤解した点にある。
本質を誤った運動は、たいへんな副作用をもたらす。平和をとなえ、願えば、平和がくるという、心情的な「念力主義」は、役にたたないだけでなく、危険だ。戦争を、人類が生みだした最高の文明として、とらえ直し、論理をそこから再出発させる必要がある。
【『新戦争論 “平和主義者”が戦争を起こす』小室直樹(カッパ・ビジネス、1981年/光文社文庫、1990年/ビジネス社、2018年『国民のための戦争と平和』改題)】
迂闊(うかつ)であった。読書日記に記していなかった。昨年の8月に読了している。小室作品における戦争もの・国家論の筆頭に位置すると考えてよい。
ひとつ言いわけをさせてもらうと、一方でクリシュナムルティやブッダの初期教典を読みながら、他方で歴史認識の再構築やリアリズムを追求することは離れ業といってよい。クリシュナムルティ流にいえば「分離の過程」そのものである。理想と現実の狭間(はざま)で時折、混乱気味になることもあると思われるが、ご了承願いたい。
複数の国家が連合する大きな戦争の原因は地球の寒冷化にあると私は考える。この環境史に基づくスケールを超える視点はまだ出てきていない。具体的には食糧とエネルギーを巡る争いであると見なすことができよう。21世紀になった今日においても尚、アメリカの国防戦略は原油を中心に構築されている。中東はその犠牲者である。
小室の場合は文明史的かつ社会科学的な視点である。ヒトの脳は宇宙を思わせる領域で膨大な情報と精密なシステムから成る。エリック・J・チェイソンは、ヒトの脳よりもはるかに複雑なシステムが「文明化した社会」であると指摘する。これは複雑系科学の創発・自己組織化・相転移などを踏まえると納得できる(『通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!』ジェームズ・リカーズ、2012年)。
・<パシフィズム(平和主義)は、臆病・『卑劣』を意味する>:チャンネル桜・瓦版、朝日廃刊が日本を救う
日本における平和主義は「文学」といってよい。心情的な物語が合理性を無視する。歴史を振り返れば一目瞭然だが、平和的な国家・民族は必ず侵略され、後に滅んだ。白人の奴隷にされたアフリカ人、突然やってきたヨーロッパ人に虐殺されたインディアン、ユダヤ人を受け入れたパレスチナを見よ。
江戸時代のミラクルピース(世界史的にも稀な長期的な平和時代)を可能にしたのは鎖国であった。しかし帝国主義の大波が押し寄せ、日本は内を守るため外に向かって打って出ざるを得なくなった。これが日清・日露戦争である。
「戦争は文明である」という事実は少し冷静になれば理解できよう。社会や組織が一つの目的に向かって進む時、集団は必ず軍隊性を帯びる。つまり意思決定に始まり計画立案~目的遂行というシステムが戦争に集約されている。日本が大東亜戦争に敗れたのは最初から最後まで合理性を欠いていたためだ。日清戦争における三国干渉(1895年)が国民の間に強いストレスとなって不満が溜まりに溜まっていた。尊王の精神も裏目に出たと言わざるを得ない。
戦争が文明であるならば、負ける戦争を絶対にしてはならないし、万が一戦争になっても最小限の戦闘で最大限の効果を得る戦略が求められる。相手が攻めてきた時に平和主義は通用しないのだ。
新戦争論―“平和主義者”が戦争を起こす (1981年) (カッパ・ビジネス)
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新戦争論―“平和主義者”が戦争を起こす (光文社文庫)
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・人種差別というバイアス/『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
2016-04-03
少女監禁事件に思う/『父、坂井三郎 「大空のサムライ」が娘に遺した生き方』坂井スマート道子
・『国民の遺書 「泣かずにほめて下さい」靖國の言乃葉100選』小林よしのり責任編集
・『大空のサムライ』坂井三郎
・日常生活における武士道的リスク管理
・少女監禁事件に思う
・高いブロック塀は危険
・『新編 知覧特別攻撃隊 写真・遺書・遺詠・日記・記録・名簿』高岡修編
・『今日われ生きてあり』神坂次郎
・『月光の夏』毛利恒之
・『神風』ベルナール・ミロー
・『高貴なる敗北 日本史の悲劇の英雄たち』アイヴァン・モリス
・日本の近代史を学ぶ
災いを招くような行動をしないように気をつけていても、災いはいつどこでふりかかってくるか分かりません。しかし、常に心を引き締めて、覚悟していれば、より冷静に対応できると、父は言います。
「辻斬りは必ず後ろから、自転車で来るぞ」(中略)
「自転車辻斬り」(父はひったくりのことをそう呼んでいました)に、ハンドバッグをひったくられそうになっている時、ただ「きゃあ!」と叫んでも、無駄なことです。
「そんな暇があったら、相手の自転車を蹴れ!」
反撃に驚いた相手が手を緩めたら、すかさずバッグを取り返し、逆方向に走れというのです。(中略)
もし「辻斬り」と格闘になってしまったら?
肥後守も懐剣も、持ち歩く時はバッグの底にあって、とっさには手に取れません。そういう場合は、ペンでも鍵でもハイヒールでも、手近のとがった備品で応戦できるように心の準備をしておくのが、父に言わせれば、サムライの娘のたしなみです。
「指輪もいいぞ!」
そして後は、気迫です。
「殺されても、相手を無傷で帰すな。相手の首も取る気合で戦え」
そのためにも、「手の爪は伸ばしておけ」と言われました。いざとなれば、それで相手をバリバリひっかくのです。その逆襲で相手を一瞬でもひるませたら、それこそバッグの底の懐剣や手近なとんがり備品でもって、首を取る気迫で応戦しろということです。
父から見れば、この10本の爪は、いつも身につけていられる格好の武器なのです。
【『父、坂井三郎 「大空のサムライ」が娘に遺した生き方』坂井スマート道子(産経新聞出版、2012年/光人社NF文庫、2019年)以下同】
坂井は娘の道子が小学校に上がるとナイフで鉛筆を削ることを教えた。長じてからは「護身用にもなる」と肥後守(ひごのかみ/折りたたみ式の片刃のナイフ)を渡した。学校もまだそれほどうるさくなかった時代の話である。それから刃渡り7cmほどの懐剣を持たせた。道子は現在でもベッド脇に置き、父からもらった砥石(といし)で手入れを行っているという。
窃盗犯は音を立てるバイクを使わないと坂井は言ったが、バブル崩壊以降はバイクによる窃盗の方が目立つようになった。外国人の犯罪集団や窃盗団が日本に侵入してくることまでは予想できなかったことだろう。
「相手の首も取る気合で戦え」との一言に娘を持つ父親の杞憂(きゆう)が窺える。女性は性犯罪の対象となる。人類が行ってきた戦争の歴史は強姦の歴史でもあった。
先日、大学生による少女監禁事件の被害者が2年振りに保護された。
娘を持つ父親は必ず本書を読むべきだ。
(2階から)駆け下りてきた父は、古くなって色焼けした新聞紙を食卓に広げます。一面に、大きく一枚の写真が載っていました。(中略)
「これは、社会党委員長の浅沼稲次郎を、17歳の山口二矢(おとや)が壇上で刺殺せんとするところの図だ」(中略)
なぜ時代劇から山口二矢の事件が飛び出してきたのか、父は熱心にその説明を始めました。山口が浅沼委員長を刺殺した動機について、世間では右翼思想にかぶれたためだと言われているが、そうではなくて、実のところは親の仇討ちだというのです。
山口の父親は自衛官でした。そして当時の社会党は、自衛隊廃止論を盛んに展開していました。自衛隊を廃止するということは、山口にとっては自分の父親が職を失うということです。
ここで父は改めて、写真の中の山口の姿を私に示しました。
「この足のふんばりを見てみろ」
父によれば、興奮して包丁を振り回すような人は全く腰が入っていませんが、山口は外足を直角にふんばり内足は相手に向け、短刀の束を腰骨にあてがい、戦闘の構えが理屈にかなっていると言うのです。武道の訓練を受けていたのかもしれませんが、それにしてもこの若さでこの構えはなかなかできない。山口の構えには覚悟が見えると。
父はこの写真を通じて、本当の覚悟というものを私に教えたかったのではないかと思います。(中略)
さて、このお説教の後、父は不意に「お前も練習だ」と言い出しました。「七つ道具」から出した竹の定規を私に握らせ、山口を同じ構えをせよ、と言います。
もう難しい話は終わったようだと見計らって戻ってきた母が、「まあ、そんなことまで娘にさせるなんて」と眉をひそめますが、父は耳を貸しません。
「士族の娘なら、十三を過ぎれば敵と刺し違える技や覚悟、乱れない死に方ぐらいは心得ているものだ」
その練習がしばらく続き、戸惑う自分と妙に興奮する自分に、不思議な感覚が走ったのを覚えています。嫌ではなかったのです。最後には、二人とも笑ったりしたものですが、山口二矢をお手本に「ふんばり」と「腰の突っ込み」を手ほどきしてくれた父の真剣な眼差しが忘れられません。
「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」(『葉隠』)。死ぬ覚悟は殺す覚悟とセットであろう。我々は微温的な生活の中で「殺される可能性」を見抜く力を失いつつある。DVやいじめなどで殺されるケースや自殺に追い込まれるのもそのためだ。
少女をさらった時点で相手は一線を踏み越えている。次の一線はもっと容易に踏み越えることだろう。この段階で「命に関わる問題」として受け止める必要がある。パワハラやいじめもそうだが、単に面子を潰されたとか、プライドを傷つけられたという次元を超える瞬間がある。そこを見極めることができないと殺される可能性が高まる。
オウム真理教などの宗教犯罪にも同じメカニズムが働いている。逆らうことのできない人々が犯罪に加担してしまうのだ。彼らの顔つきはいじめを傍観する者と変わりがないことだろう。
誘拐された場合、とにかく直ぐに逃げ出す機会を伺うことだ。自動車であれば運転を邪魔したり、いっそのこと飛び降りる。次に軟禁されたとしても相手が単独犯であれば恐れる必要はない。寝込みを襲えばいいのだ。鈍器で思い切り頭部を殴るか、包丁で頸動脈を切るのが手っ取り早いだろう。これを躊躇(ちゅうちょ)すれば殺される。殺されてしまえば相手はまんまと逃げおおせるかもしれない。そして次の被害者が生まれる。閉ざされた環境に身を置くと判断力がどんどん低下してゆく。ゆえに最初の果断が大事なのだ。私に娘がいれば、「殺される可能性を感じたら、迷うことなく殺せ」と教える。また、「仮に強姦されたとしても生きる支障とはならない。ただし相手が罪の発覚を恐れて殺す可能性があるのだ」とも教える。
ジョナサン・トーゴヴニク著『ルワンダ ジェノサイドから生まれて』には強姦された後、便器のように扱われた女性の声が紹介されている。プーラン・デヴィ著『女盗賊プーラン』やジェーン・エリオット著『囚われの少女ジェーン ドアに閉ざされた17年の叫び』も参考図書として挙げておく。
2016-04-02
日常生活における武士道的リスク管理/『父、坂井三郎 「大空のサムライ」が娘に遺した生き方』坂井スマート道子
・『国民の遺書 「泣かずにほめて下さい」靖國の言乃葉100選』小林よしのり責任編集
・『大空のサムライ』坂井三郎
・日常生活における武士道的リスク管理
・少女監禁事件に思う
・高いブロック塀は危険
・『新編 知覧特別攻撃隊 写真・遺書・遺詠・日記・記録・名簿』高岡修編
・『今日われ生きてあり』神坂次郎
・『月光の夏』毛利恒之
・『神風』ベルナール・ミロー
・『高貴なる敗北 日本史の悲劇の英雄たち』アイヴァン・モリス
・日本の近代史を学ぶ
父は、事あるごとに「前後、左右、上下に注意しろ」と繰り返していました。外に出れば、危険はどこから来るか分からない。まさに「常在戦場」です。上から何が落ちてくるか分からないというのは、パイロットらしい立体的なものの考え方ではないでしょうか。
歩いていて角を曲がる時でさえ、「内側を曲がらずに、大きく外回りをしろ」というのです。死角には、どんな危険が潜んでいるか分からないからです。そして、ひったくりや暴漢から身を守るために、爪でさえ武器になるのだから、伸ばしておけとも言われました。
身の回りの道具一つをとってみても、そうでした。
父の口癖は、「撃てないピストルはただの鉄くずだ。いつでも撃てるようにしておけ」。よく使う道具は、いつでもすぐに手に取れるように一つの箱にまとめ、手近な場所に置き、常に手入れを欠かしませんでした。それどころか、さらに使いやすくするため加工さえする徹底ぶりでした。
【『父、坂井三郎 「大空のサムライ」が娘に遺した生き方』坂井スマート道子(産経新聞出版、2012年/光人社NF文庫、2019年)】
本書を読んでからクルマやバイクでアウト・イン・アウトすることをやめた。坂井は一人娘に徹底して武士道的な生き方を叩き込んだ。
危機管理能力は一朝一夕で身につくものではない。何に対して危険を感じるか、どこに危険を見抜くかは、やはり子を保護する親の生き方から自然に学ぶものだろう。私の場合は5人の弟妹がいたため、それなりに危険を見抜く視点は持ち合わせていた。しかし坂井の足元にも及ばない。
リスク管理という点で大切なことは「同じ過ちを繰り返さないこと」である。「気づく」ことは「変わる」ことを意味する。人は気づいた瞬間に変わっているのだ。時々、何度注意しても同じミスを繰り返す者がいる。周囲や時間に与える影響を理解していないのだろう。前頭葉に問題があるのかもしれないと本気で思う。
世情を見るに現在は「平和な時代」ではない。戦時ではないものの、社会のあらゆる分野で争いが絶えない。世界に目を転じても、中東での戦争・紛争、中国における少数民族の虐殺、パレスチナに対するイスラエルの横暴など、戦禍といっていい情況が続く。
ワーキングプア、老々介護、ブラック企業、パワハラ、セクハラ、学校でのいじめ、子虐待、ストーカー被害――これらは形を変えた戦争である。すなわち「殺される可能性が高い」。少しずつ時間をかけて扼殺(やくさつ)されているようなものだ。最初の接触で生命の危機を察知しない者は死と隣り合わせにいる。
弱い者は殺される。強くなくても構わないが、せめて賢くあれ。
・エキスパート・エラー/『新・人は皆「自分だけは死なない」と思っている 自分と家族を守るための心の防災袋』山村武彦
福岡伸一、アルボムッレ・スマナサーラ、ジェームズ・リカーズ、他
4冊挫折、3冊読了。
『評伝 若泉敬』森田吉彦(文春新書、2011年)/若泉敬の死について何か書いてあるのかと思ったが何もなかった。
『21世紀の貨幣論』フェリックス・マーティン:遠藤真美訳(東洋経済新報社、2014年)/遠藤の訳が悪い。「真逆」が何度も出てきたのでやめた。
近頃、「滑舌」なる言葉を聞くようになったが、巧みな弄舌を思わせて薄気味悪い。きちんと「歯切れ」と表現すべきだろう。私が絶対使わない言葉に「真逆」もあるが、これは本来「まさか」と読む。逆や正反対で間に合うし、「真」を付与する意味が理解できない。
— 小野不一 (@fuitsuono) 2013年1月6日
『3.11 慟哭の記録 71人が体感した大津波・原発・巨大地震』金菱清〈かねびし・きよし〉編、東北学院大学震災の記録プロジェクト(新曜社、2012年)/71人の被災者による手記である。一切手は加えられていない。金菱によれば「エスノグラフィー(民族誌)の応用」だという。記録に意味はあるだろう。学術的な価値も認められよう。ただし読むに堪(た)えない代物である。27ページで挫けた。「仮土葬という言葉に私は怒りを覚えた」(25ページ)とある。このような極めて個人的で瑣末な記述は読み物たり得ない。少なからず何らかの気づきや発見は見受けられるものの、被害の大きさを思えばあまりにも弱いと思う。結局、我々は同じことを何度も繰り返す生き方しかできないのだろう。輪廻からの脱却という視点が欲しかった。
『西欧近代を問い直す』佐伯啓思〈さえき・けいし〉(PHP文庫、2014年)/ジェームズ・リカーズ著『通貨戦争』の複雑性科学にまつわる文章を目にした後では読めた代物ではない。文学というものはスピードを欠いているのだろうか。ま、大学の講義を編んだものなので仕方がないが、丁寧に哲学史をフォローすることで、批判が弱まっているように感じられる。個人的には全く異なる価値観で頭から否定すべきだと思う。西欧の論理に乗っかった批判という印象を受けた。
37冊目『通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!』ジェームズ・リカーズ:藤井清美訳(朝日新聞出版、2012年)/一度挫けている。やはりこの人は桁外れに頭がよい。第10章の複雑性科学の件(くだり)だけでも必読である。その辺の科学本より説明が優れている。本書の続きは『ドル消滅 国際通貨制度の崩壊は始まっている!』で披露されている。FRBは既にドルを手放すつもりでいるようだ。あまりにも印刷しすぎたということなのだろう。基軸通過にあぐらをかいた借金経済がいつまでも回るわけがない。ドルが沈んで人民元が台頭する時、どのような経済的混乱が生じるのか? また人類はそれをコントロールし得るのか? 数年間のうちに結果が判明することだろう。波乱は今年の総選挙以降に始まる。
38冊目『原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ(佼成出版社、2003年)/三読目。書写も終了。
39冊目『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』福岡伸一(木楽舎、2009年)/相変わらず清新な文章である。分子生物学的な動的平衡は仏教で説かれる五蘊(ごうん)の色蘊(しきうん)を見事に説明していると思う。五蘊とは五つの集まりを意味する言葉であるが、存在論の文脈で語れば五蘊皆空(ごうんかいくう)である。その意味で動的平衡という言葉は空(くう)の本質を衝(つ)いている。尚、ももクロに「GOUNN」という歌があるようだが、歌詞を見る限りでは噴飯物の内容となっている(笑)。
殺される子供たち/『自殺の9割は他殺である 2万体の死体を検死した監察医の最後の提言』上野正彦、『無縁社会』NHKスペシャル取材班
・『自殺死体の叫び』上野正彦
・殺される子供たち
「いじめをなくそう」と言いながら、一向にいじめ自殺がなくならないのは、そもそも学校も教育委員会も警察も、誰ひとりとしていじめと自殺の因果関係についての、しっかりとした事実確認を行わず、曖昧にしたまま放置してきたからではないのか?
このような現状をこれ以上、見過ごすことはできない。いじめがあり、それを苦に子どもが自殺したとしたら、その子を死に追い詰めた原因は、紛れもなく、「いじめた側」にある。
いじめ自殺は自己責任で死んだのではない。いじめの加害者たちによって追い詰められ、殺されたのだ。自殺だから俺たちは関係ないと、他人事で済まされてはたまらない。厳しい言い方かもしれないが、そのような表現をして、周囲の人々にも理解を求めないと自殺の予防にはつながらないと考える。
もちろん、これは学校のいじめ自殺だけに限った話ではない。長時間の過酷な労働や職場でのストレス、家庭内暴力や身内からの疎外、恋愛のもつれなど、人が自殺を選ぶ背景には、必ずその人を精神的に追い詰めた外的な要因が存在している。
【『自殺の9割は他殺である 2万体の死体を検死した監察医の最後の提言』上野正彦(カンゼン、2012年)以下同】
83歳(※刊行時)の上野の本気を見た思いがする。静かな怒りとともに、やむにやまれぬ思いが沸々と伝わってくる。子供の死に対する大人の無責任が暴力の連鎖を助長する。尚、私は「子供」という表記に差別的な印象を抱いていないため敢えて「子供」と書く(※「子供」を「子ども」と表記するようになったいわれや時期について調べている。文部省の文書などではいつ頃からか)。
私は「自殺は他殺である」ということを、もっと広く世間に訴えていく必要があると考える。特にいじめの場合は、いじめっ子が遊び感覚で弱い者を攻撃し、挙句の果てに死に追いやっているわけで、法的にはともかく、道義上は許されない行為として処理されることを啓蒙していくべきであろう。
いじめて遊んでいるお前らこそ、卑屈で卑怯で、恥ずべき最低の人間である。弱者を助ける者が格好よい立派な人間である。こうした強いメッセージを社会に打ち出すことが、子どもを守るために必要なのではないだろうか。
上野は元監察医である。司法解剖・行政解剖の専門家だ。上野は物言わぬ遺体に残された様々な痕跡から死者のメッセージを読み取る。やや乱暴な表現となっているが、我々はこれを「祖父の教え」として受け継いでゆくべきだ。いじめは動物の世界にもある。人間が知性よりも本能に支配されている間は、いじめを根絶することはできないだろう。ただし「弱者を助ける者」が増えるに連れて、いじめの数は少なくなるはずだ。
先日、両親から虐待されている中学生が死亡した。正確に書くと2014年11月に首吊り自殺を図り意識不明となる。そして先月亡くなった。神奈川・相模原市児童相談所に保護を求めた時点ではまだ小学6年生だったという。以下に情報をピックアップする。
「私はその時点、その時点での(児相の)対応は間違ってなかったというふうに思っております」鳥谷明所長(相模原市児童相談所)。
児相によると、2013年11月、生徒の顔がはれているなどと、市の担当課から通報があった。児相は当初、学校などを通じて対応していたが、14年6月の深夜に生徒がコンビニに駆け込み、警察官に保護される事案が発生。生徒が「親から暴行を受けた」などと説明したことから、以降は定期的に両親と生徒への直接指導を続けていた。
だが、14年10月に母親の体調不良で両親への指導ができなくなった。児相は学校で生徒への指導は続けてきたが、生徒は11月中旬に親族宅で自殺を図った。その後、意識不明の状態が続いていたが、今年2月に死亡した。
【朝日新聞DIGITAL 2016年3月22日】
「あさチャン!」の取材に母親はこう答えている。「手を上げるようなことはなかったは言いません。でも、家で決めることを守らなかった。それが悪いことなんだと分かってもらえなかった時ってどうしたらいいんですか」「(子どもが)施設に行きたいみたいな話はしていたけど、それがどこまで本音だったんですかね。親に心を開かなくなったのは児相に通い始めてからです」。虐待は「しつけの範囲内」で、子どもが頑なになったのは児相のせいだと母親はいう。
【J-CASTニュース > テレビウォッチ > ワイドショー通信簿 > あさチャン! 2016-03-22】
・相模原市男子中学生虐待自殺 母親「殴ったが虐待ではない」
・相模原市の中2自死事件で、虐待したとされる母親のインタビューが酷い! 2ch「なんか逆ギレしてね?」
親の承諾なしに強制的に子どもを引き離す権限を持っているのが児相だ。子ども本人からのSOSを生かせないのでは、結果的に見殺しにしたのと同じだ。
【社説/毎日新聞 2016年3月25日東京朝刊】
昨年、児童虐待があるとして県警が児童相談所に通告した子どもが前年比百一人増の四千二百九十人に上り、二〇〇〇年の児童虐待防止法施行以降で最多となったことが二十四日、県警のまとめで分かった。全国では大阪に次いで二番目に多かった。
通告には書面によるものと、虐待がひどく親と引き離して保護するものがあり、三百六十二人が保護された。児童虐待に関係する検挙件数は三十件で、殺人、殺人未遂が計四件、傷害が八件、性的虐待などの児童福祉法違反が六件だった。
【東京新聞 2016年3月25日】
東京新聞:相模原中2自殺 児相の担当者、暴行報告怠る 小6からSOS:社会(TOKYO Web) https://t.co/V7LbHfEzTU pic.twitter.com/dZXp2qnEEO
— 小野不一 (@fuitsuono) 2016年3月26日
【NPO法人「シンクキッズ-子ども虐待・性犯罪をなくす会」代表の後藤啓二弁護士の話】男子生徒からSOSがあったのに保護しなかった対応はあり得ない。生徒の両親が「(児童相談所に)もう来られない」と指導に応じなくなったのは虐待がより深刻化するサインだった。親と対立しないよう配慮するあまり、子どもの命を守れないのは本末転倒だ。
【東京新聞 2016年3月23日朝刊】
小学生がコンビニに駆け込んだ事実を思えば、生命の危険にさらされていたと考えてよい。よほどのことである。
ここでもう一度、上野の冒頭の言葉を読み直してみよう。本来責任のある人々が「いじめを放置」してきた。世間の関心を思えばマスコミは両親、少年が訴えた保護を黙殺した児相担当者、ならびに児相所長を徹底的に取材し、責任と罪の所在を明らかにすべきである。刑事罰に問われない情況を考えれば人権蹂躙を犯しても構わない。可能であれば彼らが死ぬまで追い詰めて欲しい、というのが私の願いである。右翼だって本当はこういう時こそ街宣活動をするべきなのだ。
少し冷静になって考えてみよう。児相に限らず役所は機能本位で人間の顔を持つ者はいない。役所は書類で動く。つまり児相の動きや判断は厚生労働省の方針に基づくものと考えてよい。そして相模原市児相の鳥谷明所長は「その時点、その時点での(児相の)対応は間違ってなかった」と語る。これは我々が考える「人道的な判断」ではなく「役所としての判断」であろう。つまり児相に保護を求める子供は否応なく殺される羽目となるのだ。
いわゆるワーキングプアといわれる人たちが巷にあふれるようになった現在、ささいなきっかけで転げ落ちるように路上生活にまで転落する人たちの声を聞くうちに、“つながり”について考えるようになった。
男性は、インタビューの機会があるたびに同じような言葉を発していた。
「これ以上、自分のことで誰かに迷惑をかけたくない」
男性は、生活保護も受けずに路上生活をしながら仕事を探し続けていた。あきらめず、誰にも頼らず、生きようとしていた。
そもそも“つながり”や“縁”というものは、互いに迷惑をかけ合い、それを許し合うものではなかったのだろうか――。その疑問は、取材チームの内に突き刺さり、解消されることはなかった。
「迷惑をかけたくない」という言葉に象徴される希薄な“つながり”。
そして、“ひとりぼっち”で生きる人が増え続ける日本社会。
私たちは「独りでも安心して生きられる社会、独りでも安心して死を迎えられる社会」であってほしいと願い、そのために何が必要なのか、その答えを探すために取材を続けていった。
【『無縁社会』NHKスペシャル取材班(文春文庫、2012年/文藝春秋、2010年、NHK「無縁社会プロジェクト」取材班『無縁社会 “無縁死”三万二千人の衝撃』改題)】
平成26年度のNHK職員平均年収は1160万2859円となっている。「取材班」の給与は当然もっと上だろう。「そもそも“つながり”や“縁”というものは、互いに迷惑をかけ合い、それを許し合うものではなかったのだろうか――」。恵まれた待遇の彼らが放つ正論が虚しく響く。NHKスペシャル取材班は相模原市児童相談所を取材してはどうか?
自殺の9割は他殺である 2万体の死体を検死した監察医の最後の提言
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上野正彦
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無縁社会 (文春文庫)
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NHKスペシャル取材班
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2016-03-28
玄米ご飯・味噌・塩
玄米ご飯を食べ始めてから頗る調子がよい。生まれて初めて味噌汁作りにも挑戦した。健康のことを考えれば、やはり基本となる調味料は厳選しておきたい。昨今の食べ物はとにかく腐らない。明らかに防腐剤まみれである。生き物が死ねば腐るのは当然だ。防腐剤には死を忌避する我々の生きざまが反映しているのかもしれない。昨今流行りのアンチエイジングという考え方もどこか防腐剤っぽい。老化に逆らったところで死を避けることはできない。生きとし生けるものは必ず死ぬのが真理である。我々は他人の死を悲しみながら自分の死を見失う。そこに人類の不幸があるとブッダは喝破した。
玄米ご飯は「結わえる」という会社の「寝かせ玄米レトルトパック」を食べている。amazon価格は高いので本家サイトで「お試しセット」を注文した。10食でも1食あたり300円弱と値段が張る。36食セットで250円、96食セットで220円前後となる。根が貧乏性なので私は一日置きに食べている。もちろん無農薬玄米を手に入れて、圧力釜で炊いた方が安上がりだが、それでも多分一食あたり100円程度になると思われる。
・結わえる 寝かせ玄米レトルトパック
味噌と塩は一つずつ試す予定である。
2016-03-26
「人類の法廷」は可能か?/『国民の歴史』西尾幹二
・白人による人種差別
・小林秀雄の戦争肯定
・「人類の法廷」は可能か?
・『日本文明の主張 『国民の歴史』の衝撃』西尾幹二、中西輝政
・『三島由紀夫の死と私』西尾幹二
・『国家と謝罪 対日戦争の跫音が聞こえる』西尾幹二
・日本の近代史を学ぶ
しかし、ニュルンベルク裁判を可能にする正義の視点とはいったいなんであろう。諸国家を超えた正義の視点は、はたして成り立つのか。 Humanity に当たるドイツ語 Menschlichkeit は人道であると同時に「人類」の意味である。 humanity も humankind の意味であり、まさに「人類に対する罪」と訳されるべきだろう。本稿の冒頭に掲げた「人類の法廷は可能か」以下の一連の問いがまさにここで初めて大規模な形式で地上に提起されたのであった。
しかしここで立ち停まってよく考えていただきたい。その正義の視点も、しょせんは戦勝国の力の結果であった事実は争えない。ドイツは力によって沈黙させられたのである。それが民主主義の勝利、理性と善の勝利であったなどというのは作り話であって、力が一定の効果を収めたあとの結果にすぎない。もし、ドイツが勝利していたなら、戦後の国際社会の正義のかたちと内容は、相当に大きく変わるほかなかったであろう。実際ソ連は、長いあいだ巧みに勝利者の顔をしつづけることができたため、スターリンの悪事はいまだに何%か正義の名前で隠されているのである。正義のフィクションをつくるだけでも、暴力なしでは成り立たないのだ。諸国家を超えた普遍的で絶対的な正義というのものは、はたしてあるのかという疑問がここから生じる。
すなわち、私が本稿の冒頭で掲げた「人類の法廷」は可能か、人は人類の裁き手になりうるのかというあの問いは、しょせんなんらかの力を前提とした相対的な判定によって得られるものであって、そうなれば、それらの力を行使しえた特定の国々の基準が、人類の名において正義として通るという矛盾を100%排除することはできない。ニュルンベルク裁判は、そのような矛盾を抱えた裁判だった。それを和(やわ)らげたのは、歴史上類を見ないナチスドイツによるむごたらしい大量殺戮の数々のデータと歴史によるのである。
【『決定版 国民の歴史』西尾幹二〈にしお・かんじ〉(文春文庫、2009年/単行本は西尾著・新しい歴史教科書をつくる会編、産経新聞社、1999年)】
敗者を裁く時、勝者は「人類」を名乗った。ニュルンベルク裁判で連合国はナチス・ドイツによるホロコーストを看過することはできなかった。そこで編み出したのが「人道に対する罪」と「平和に対する罪」であった。いずれも事後法である。
この論理が東京裁判にも持ち込まれる。日本は有色人種であるため「文明」の名において罰せられた。ただし日本の場合、ヒトラーのような独裁者は存在しなかったし、大量虐殺もなかった。アメリカは広島・長崎の原爆ホロコーストを糊塗するために、日本軍の南京大虐殺をでっち上げ、死者数もほぼ同数の30万人とした経緯がある。
第一次世界大戦で日本は勝った連合国側にいた。その後発足した国際連盟でも日本は最初から常任理事国であった。満州国建国を否定された日本が国連を正式に脱退するのは1935年のことである(※松岡洋右日本全権の国連演説「もはや日本政府は連盟と協力する努力の限界に達した」は1933年)。
国連でケツをまくった松岡を「連盟よさらば! 連盟、報告書を採択し我が代表堂々退場す」と朝日新聞は報じ、国民は松岡の帰国を大歓声で迎えた。
「人類の法廷」を可能にしたのは白人の傲(おご)りであった。なかんずく第二次世界大戦後のアングロサクソンの増長ぶりは目に余る。敗れた日本は義務教育で英語を学ばされる羽目となった。
日本の近代化そのものは奇蹟的な営みであったが、帝国主義の潮流に乗るのが遅すぎた。国家としての戦略も欠いていた。日清戦争における三国干渉(1895年)以降、国民の間には不満が溜まりに溜まっていた。
歴史は実に厄介なものである。日本の場合、進歩的文化人や日教組を中心とするマルクス史観が学校教育で教えられ、大東亜戦争以前の歴史は暗黒史として長らく扱われてきた。もちろん連中はGHQが日本を骨抜きにするための戦略に乗っかっただけのことである。ようやく自虐史観から目覚める人々が現れたのが1990年代だった。北朝鮮による拉致被害や、中国・韓国の反日運動をきっかけに日本の近代史を見直す機運が一気に高まった。ところが中には単純な「日本万歳本」も少なくない。
大東亜戦争は避けようがなかったとは思う。また日本が立ち上がったことによってアジア、中東、アフリカ諸国までもが独立に至ったことも間違いない。だからといって「大東亜戦争が正しかった」という結論にはならない。確かなことはGHQが日本から国家としての意志を剥奪(はくだつ)したという点である。日本は国体を死守するために他のすべてを犠牲にした。
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