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『こぐこぐ自転車』伊藤礼
・ロードバイクは人生を変える
「そんな長距離なんてとてもとても」と思うかもしれない。でも、あなたがロードレーサーを手に入れたならば、50kmがたやすく走れる距離であること、100kmが手の届く距離であることにすぐに気がつくだろう。そしていずれは200km、300kmという距離を走ることも不可能ではないと気がつくはずだ。
今は信じてもらえないかもしれないが(東京近郊に住んでいる人ならば)その気になれば1日で往復200km、東伊豆で海鮮丼を食べて帰ってくることも、片道300km、日本海まで走って夕焼けを眺めることさえできる。そして、その距離を走る間に見ることができる景色は、エンジン付きの乗り物から見る景色とはまったく違うものだ。もちろん辿り着いた目的地で見る景色もまったく違って見えるはずだ。
ロードレーサーとはそういう乗り物だ。
僕はロードレーサーに出会って、生活が一変した。見たことのなかった景色をたくさん見た。走ったことのなかった道をたくさん走った。自転車仲間という多くの新しい友人も得た。体型もずい分変わった。そして何より、僕の心の奥底の何かが大きく変わった。再生した、と言ってもいい。(中略)
自転車で遠くへ行きたい。
その「遠く」とは物理的な距離だけではない。ロードレーサーはあなたの心も「遠く」へ連れていってくれるはずだ。
【『自転車で遠くへ行きたい。』米津一成〈よねづ・かずのり〉(河出書房新社、2008年/河出文庫2012年)】
自転車は移動そのものを喜びに変える不思議な乗り物だ。慣れるまでは確かに苦しい。前傾姿勢とケツの痛みは拷問といってよいほどだ。最初の関門は1000kmである。私は2ヶ月半で達成した。体が自転車に馴染んでくると周囲の景色がよく見えるようになる。
ロードバイクの定義は様々あるようだが、目方が10kg以下で、サドルの位置がハンドルより高く、タイヤ幅が28cm以下の自転車と考えればよい。もっと簡単明瞭にいえば「荷物を載せない自転車」である。ハンドルはドロップが望ましいが、フラットバーでも
バーエンドバーを付ければ姿勢を変えることができる。街乗りメインだとブレーキを掛けやすいフラットバーの方が安全だ。
私は55歳で乗り始めたのだが4回目で50kmを走行した。軽い衝撃を覚えた。原付バイクで50km走ることもそう滅多にあるものではない。それを人力で成し遂げたのだ。文明の利器これに優(すぐ)るものなし。寒くなってくると案の定乗る機会は減ってきたが、現在の総走行距離は1337kmである。最長距離は77kmで100kmまで手が届きそうだが今はまだ脚作りが先だ。
自転車の難点は二つある。まず盗難リスクである。自宅保管は当然ながら、飲食をする際にも十分留意する必要がある。二つ目は飲食代が嵩(かさ)むことだ。ここ数年、殆ど使ってこなかった自動販売機を多用する羽目になった。で、カロリーを消費するわけだから当然食べる量が増える。脚力をつけるためにもタンパク質の摂取が欠かせない。これはガソリン代と考えてよかろう。
最大のリスクは交通事故であるがこれについては稿を改める。
颯爽と風を切る。風を浴びるのではない。私が風になるのだ。
米津 一成
河出書房新社
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