2019-11-16

イスラエル人歴史学者の恐るべき仏教理解/『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ


物語の本質~青木勇気『「物語」とは何であるか』への応答
『ものぐさ精神分析』岸田秀
『続 ものぐさ精神分析』岸田秀
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ

 ・読書日記
 ・目次
 ・マクロ歴史学
 ・認知革命~虚構を語り信じる能力
 ・イスラエル人歴史学者の恐るべき仏教理解

・『ハキリアリ 農業を営む奇跡の生物』バート・ヘルドブラー、エドワード・O・ウィルソン
『身体感覚で『論語』を読みなおす。 古代中国の文字から』安田登
『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』ジョセフ・ヘンリック
『家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか』リチャード・C・フランシス
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン
『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』ユヴァル・ノア・ハラリ
『われわれは仮想世界を生きている AI社会のその先の未来を描く「シミュレーション仮説」』リズワン・バーク

世界史の教科書
必読書リストその五

 以上のような立場から、宗教や哲学の多くは、幸福に対して自由主義とはまったく異なる探求方法をとってきた。なかでもとくに興味深いのが、仏教の立場だ。仏教はおそらく、人間の奉じる他のどんな信条と比べても、幸福の問題を重要視していると考えられる。2500年にわたって、仏教は幸福の本質と根源について、体系的に研究してきた。(中略)
 幸福に対する生物学的な探求方法から得られた基本的見解を、仏教も受け容れている。すなわち、幸せは外の世界の出来事ではなく身体の内で起こっている過程に起因するという見識だ。だが仏教は、この共通の見識を出発点としながらも、まったく異なる結論に行き着く。
 仏教によれば、たいていの人は快い感情を幸福とし、不快な感情を苦痛と考えるという。その結果、自分の感情に重要性を認め、ますます多くの喜びを経験することを渇愛し、苦痛を避けるようになる。脚を掻くことであれ、椅子で少しもじもじすることであれ、世界大戦を行なうことであれ、生涯のうちに何をしようと、私たちはただ快い感情を得ようとしているにすぎない。
 だが仏教によれば、そこには問題があるという。私たちの感情は、海の波のように刻一刻と変化する、束の間の心の揺らぎにすぎない。5分前に喜びや人生の意義を感じていても、今はそうした感情は消え去り、悲しくなって意気消沈しているかもしれない。だから快い感情を経験したければ、たえずそれを追い求めるとともに、不快な感情を追い払わなければならない。だが、仮にそれに成功したとしても、ただちに一からやり直さなければならず、自分の苦労に対する永続的な報いはけっして得られない。(中略)
 喜びを経験しているときにさえ、心は満足できない。なぜなら心は、この感情がすぐに消えてしまうことを恐れると同時に、この感情が持続し、強まることを渇愛するからだ。
 人間は、あれやこれやのはかない感情を経験したときではなく、自分の感情はすべて束の間のものであることを理解し、そうした感情を渇愛することをやめたときに初めて、苦しみから解放される。それが仏教で瞑想の修練を積む目的だ。(中略)
 このような考え方は、現代の自由主義の文化とはかけ離れているため、仏教の洞察に初めて接した西洋のニューエイジ運動は、それを自由主義の文脈に置き換え、その内容を一転させてしまった。ニューエイジの諸カルトは、しばしばこう主張する。「幸せかどうかは、外部の条件によって決まるのではない。心の中で何を感じるかによってのみ決まるのだ。富や地位のような外部の成果を追い求めるのをやめ、内なる感情に耳を傾けるべきなのだ」。簡潔に言えば、「幸せは身の内に発す」ということだ。これこそまさに生物学者の主張だが、ブッダの教えとはほぼ正反対だと言える。
 幸福が外部の条件とは無関係であるという点については、ブッダも現代の生物学やニューエイジ運動と意見を同じくしていた。とはいえ、ブッダの洞察のうち、より重要性が高く、はるかに深遠なのは、真の幸福とは私たちの内なる感情とも無関係であるというものだ。事実、自分の感情に重きを置くほど、私たちはそうした感情をいっそう強く渇愛するようになり、苦しみも増す。ブッダが教え諭したのは、外部の成果の追求のみならず、内なる感情の追求をもやめることだった。

【『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ:柴田裕之〈しばた・やすし〉訳(河出書房新社、2016年)】

 読みながら思わずタップした。少なからず30年ほど仏教を学んできたつもりであったが、私のやってきたことは他人の言葉をただなぞっていただけであったと思い知らされた。変質した日本仏教(特にマントラ系)の信徒であれば理解することさえ難しいだろう。

 たった今、Wikipediaを見たところハラリはヴィパッサナー瞑想の実践者らしい。そりゃそうだろう。歴史学者の知識だけで推し量れるほど仏教の世界は浅くない。

 ブッダは繰り返し「捨てよ」と説いた。不幸の原因である欲望や執着の虜となっている我々が一歩前進するためには自ら「つかんで放す」行動が必要となる。しかしながら実態としては、ただ「放す」「落とす」というニュアンスの方が正確だろう。肩に積もった雪を振り払うように執着を払い落とすことができれば苦悩は行き場を失う。

 本書は「21世紀の古典」であり、学問的常識に位置づけられる作品となるに違いない。

2019-11-15

国際法成立の歴史/『「戦争と平和」の世界史 日本人が学ぶべきリアリズム』茂木誠


『新戦争論 “平和主義者”が戦争を起こす』小室直樹
『日本国民に告ぐ 誇りなき国家は滅亡する』小室直樹
『日本の敗因 歴史は勝つために学ぶ』小室直樹
『悪の戦争学 国際政治のもう一つの読み方』倉前盛通
『経済は世界史から学べ!』茂木誠
『世界のしくみが見える 世界史講義』茂木誠
『ゲームチェンジの世界史』神野正史

 ・国際法成立の歴史
 ・無責任な戦争アレルギー

『「米中激突」の地政学』茂木誠
『世界史講師が語る 教科書が教えてくれない 「保守」って何?』茂木誠

世界史の教科書
必読書リスト その四

 1856年、広州沖で海賊船アロー号が清朝官憲に拿捕されます。拘束された乗組員12名は中国人でしたが、イギリス領香港の船籍を示すため船尾に英国国旗ユニオン・ジャックを掲げていたのです。
 実はアロー号は船籍登録期限が過ぎており、ユニオン・ジャックを掲げること自体が違法だったのですが、清朝の官憲がこれを引きずり下ろしたとの報を受けたイギリスの広州知事パークスは、「英国国旗に対する侮辱である」として謝罪を要求。清朝側がこれを拒否すると、香港総督ボーリングは現地のイギリス艦隊を動員して広州一帯の砲台を占領します。
 首相となっていたパーマストン卿は本国から5000人を増派し、フランスも共同出兵しました。北京の外港である天津(てんしん)を占領した英・仏連合軍は、外国公使の北京常駐、賠償金の支払い、キリスト教の布教の自由などを認める天津条約を強要しました。大使・行使の相手国首都への常駐は、英・仏はもはや朝貢国ではなく、清朝と対等に扱われることを意味します。イギリスは、清朝をウェストファリア体制に引き込もうとしたのです。

【『「戦争と平和」の世界史 日本人が学ぶべきリアリズム』茂木誠〈もぎ・まこと〉(TAC出版、2019年)】

 国際法成立の歴史がよくわかる一冊。戦争といじめは人類の大好物であるがヒトという種が絶えてしまうことを防ぐ知恵が大きな戦争のたびに発揮されてきた。アロー号事件は第二次アヘン戦争に発展する。長らく愛国心を持つことを許されなかった我々は国旗の上げ下げが戦争の原因となり得る歴史をよくよく考える必要がある。朝貢国だった朝鮮はこうした歴史を知っていることだろう。その上で韓国人は日本国旗を切り裂き、燃やし、土足で踏みつけているのだ。彼らは戦争をしたがっている。そして日本が戦争できない事実を知悉している。少し前に日本人女性観光客が韓国で暴行された。挑発は限りなくエスカレートしてゆくことだろう。いつまで指をくわえて眺めているのだろうか。いつまで握り拳に力をこめながら「仕方がないさ」と冷笑しているのだろうか。国家の誇りを失えば国は必ず亡びる。

アトゥール・ガワンデ


『新・人は皆「自分だけは死なない」と思っている』山村武彦
『人が死なない防災』片田敏孝
『無責任の構造 モラルハザードへの知的戦略』岡本浩一
『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』ジェームズ・R・チャイルズ
『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー
『死すべき定め 死にゆく人に何ができるか』アトゥール・ガワンデ
『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』マシュー・サイド

 ・読書日記
 ・ハリケーン・カトリーナとウォルマート

『集合知の力、衆愚の罠 人と組織にとって最もすばらしいことは何か』 アラン・ブリスキン、シェリル・エリクソン、ジョン・オット、トム・キャラナン
『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー

必読書リスト その二

「人」は誤りやすい。だが、「人々」は誤りにくいのではないだろうか。(79ページ)

【『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 重大な局面で“正しい決断”をする方法』アトゥール・ガワンデ:吉田竜〈よしだ・りゅう〉訳(晋遊舎、2011年)】

 内容に興味はなかった。ただガワンデを辿ってみただけだ。しかしながら彼の文才と着想に驚嘆した。凡庸なタイトル、意味不明な片仮名(アナタ)から受ける底の浅い印象が木っ端微塵となった。上に挙げた関連書は決して盛り込みすぎたわけではない。日本人に襲い掛かった現実問題として振り返り、本書まで読み進めば何らかの災害対応チェックリストの必然性が浮かび上がってくるのだ。ハリケーン・カトリーナに襲われた際にウォルマートがとった臨機応変の対応、そして「ハドソン川の奇跡」など、それぞれのエピソードが完成されたノンフィクションでありながら短篇小説の香りを放っている。ユヴァル・ノア・ハラリシッダールタ・ムカジー、そしてアトゥール・ガワンデはたぶん「進化した人類」に違いない。

2019-11-12

経済が宗教を追い越していった/『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」が生まれたとき』山極寿一、小原克博


『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
『あなたの知らない脳 意識は傍観者である』デイヴィッド・イーグルマン
『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ
『脳はいかにして〈神〉を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンス』アンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ロース:茂木健一郎訳
『なぜ、脳は神を創ったのか?』苫米地英人
『解明される宗教 進化論的アプローチ』 ダニエル・C・デネット
『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰』ニコラス・ウェイド
『神はなぜいるのか?』パスカル・ボイヤー
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男

 ・経済が宗教を追い越していった
 ・キリスト教の教えでは「動物に魂はない」

キリスト教を知るための書籍
宗教とは何か?
必読書リスト その五

山極●貨幣が、モノの流通が宗教を追い越していった。(90ページ)

【『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」が生まれたとき』山極寿一〈やまぎわ・じゅいち〉、小原克博〈こはら・かつひろ〉(平凡社新書、2019年)】

神は、脳がつくった 200万年の人類史と脳科学で解読する神と宗教の起源』(E・フラー・トリー:寺町朋子訳、ダイヤモンド社、2018年)がつまらなかったので、さほど期待してなかった。むしろ批判的に読もうとすら思っていた。ところがどっこい引きずり込まれた。これはキャスティングの勝利だろう。霊長類学者(山極)と神学者(小原)の組み合わせが弦楽器と鍵盤のようなハーモニーを生んでいる。若い小原が下手に出ているのが功を奏している(写真を見れば一目瞭然だ。顎の位置に注目せよ)。更に小原の正確なキリスト教知識が驚くほど勉強になる。『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』を直前に入れるのが私の独創性だ。