2017-08-24

呼吸をコントロールする/『ストレス、パニックを消す! 最強の呼吸法システマ・ブリージング』北川貴英


『火の呼吸!』小山一夫、安田拡了構成

 ・恐怖心をコントロールする
 ・呼吸法(ブリージング)
 ・呼吸をコントロールする

武の思想と知恵 平直行✕北川貴英
『火の呼吸!』小山一夫、安田拡了構成
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖
『BREATH 呼吸の科学』ジェームズ・ネスター
『釈尊の呼吸法 大安般守意経に学ぶ』村木弘昌

悟りとは

 恐怖心は筋肉を緊張させます。これこそが恐怖心が肉体にもたらす最大の足かせです。皆さんも突然の大きな音に驚いてビクッ! とすくみ上がった経験があるかと思います。人間は何かに驚くと、反射的に筋肉が緊張し、呼吸が浅くなります。

【『ストレス、パニックを消す! 最強の呼吸法システマ・ブリージング』北川貴英(マガジンハウス、2011年)以下同】

「交感神経の興奮が抑えられ、副交感神経の働きが優位になっている状態」(Wikipedia)をリラクゼーションという。自律神経系の一部を構成する副交感神経系を古来、日本では「肚」(はら)とか「肝」(きも)と呼んだのだろう。泰然自若として動かない落ち着きに人物の大きさが表れる。

 リラクゼーションの本意にかなうのは瞑想・ヨガ・呼吸法であると私は考える。ま、かじった程度しかやってないのにでかい顔をするのはいつもの悪い癖だが付き合ってくれ給え。

「短気は損気」というが瞑想やヨガをやってみるとよくわかる。体が硬い私にとって結跏趺坐(けっかふざ)は苦痛以外の何ものでもないし、ヨガのまったり感を堪(た)えるのは難しい。そこで目をつけたのが歩く瞑想である。

「100%今を味わう生き方」~歩く瞑想:ティク・ナット・ハン
歩く瞑想/『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール

 だがこれも長続きしなかった。歩くスピードがどんどん速くなるのだ。もちろん筋力をつけるためで、現在を犠牲にして未来を目指す行為は瞑想の否定である。

 ところがシステマブリージングはやってみると中々よい。動きと呼吸のマッチングに面白味があるのだ。

 もう少し強い負荷が欲しい人には「スクエアブリージング」をおすすめします。息を吸う時と吐く時の間に息を止めるプロセスをはさむのです。

1.吐きながら1歩歩きます。
2.止めながら1歩歩きます。
3.吸いながら1歩歩きます。
4.止めながら1歩歩きます。
5.これを1~3分続けたら、同じことを2歩のペースでやります。つまり2歩吐き、2歩止め、2歩吸い、2歩止めるサイクルを繰り返すのです。
6.1~3分ほど続けたら、3歩、4歩~10歩と徐々に歩数のサイクルを増やし、10歩まで行ったら9歩、8歩と徐々に歩数を戻します。
7.1歩まで戻ったらおしまいです。


 歩数が増えるほど息を止めるのが苦痛になってきます。吸い過ぎでも吐き過ぎでもない、一番楽に息を止めていられる空気の量を見出しましょう。するとこれまでよりも厳密に自分の呼吸と姿勢をチェックすることができるはずです。息を止めることで緊張が生まれたら、その部位を軽く動かしたりして緊張を分散させるようにしましょう。息を止めるという負荷の中で快適さを保ち、かつ冷静に回復するのがこのエクササイズのポイントです。

 早速実践したところ「お、いい感じだな」という手応えがあった。悟れそうな気になった(笑)。これを応用してストレッチや筋トレを行う際に「呼吸を見つめる」ことを意識するようになった。体をコントロールするのは意識であるが、呼吸をコントロールするには意識と無意識の間を行ったり来たりする必要がある。

「生きる」とは「息する」の謂(いい)である。すなわち息を止めることは死に通じる。呼気と吸気の間で死を自覚すれば、瞬間瞬間に世界は新しく生まれ変わることだろう。多分それが事実なのだ。自我が永続するという錯覚が世界を永続させている。自我が消滅すれば世界は常に新しい。

2017-08-23

テーラワーダ仏教の歩み寄りを拒むクリシュナムルティ/『ブッダとクリシュナムルティ 人間は変われるか?』J・クリシュナムルティ


『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』アルボムッレ・スマナサーラ
『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ

 ・テーラワーダ仏教の歩み寄りを拒むクリシュナムルティ

クリシュナムルティ、瞑想を語る

ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト

仏教学者ワルポラ・ラーフラ、イルムガルト・シュレーゲル、及びデヴィッド・ボーム教授その他との第一の対話
          1978年6月22日、ブロックウッド・パークにて

ワルポラ・ラーフラ(以下WR):わたしは若いころからずっと、あなたの教え(と言ってよければ、ですが)を追い続けてきました。ほとんどの著書は多大な深い関心を持って読ませていただきましたし、長いあいだ、このような対話ができたらと願っていました。
 ブッダの教えをそれなりによく知っている者にしてみれば、あなたの教えはとても親近感があって、新奇なものではありません。ブッダが2500年前に教えたことを、あなたは今日、新しい言葉遣い、新しいスタイル、新しい姿で教えている。あなたの本を読んでいるとき、わたしはよく、あなたの言葉とブッダの言葉を比較して余白に書き込みをします。ときには1章あるいは偈をまるごと引用したりもします。それもブッダ自身の教えだけでなく、のちの時代の仏教哲学者の思想も含めて、です。それらについてもまた、あなたは同じやり方で取り上げておられるからです。あなたがそのような教えや思想を、どんなに見事に美しく表現しているかを思うと、驚くしかありません。

【『ブッダとクリシュナムルティ 人間は変われるか?』J・クリシュナムルティ:正田大観〈しょうだ・だいかん〉・吉田利子訳、大野純一監訳(コスモス・ライブラリー、2016年)以下同】

『ブッダが説いたこと』が2月17日で本書が3月1日の刊行となっており、微妙なタイミングのせいかラーフラ(Walpola Rahula)の日本語表記が異なる。対談は5回に渡っており、後半は1970~80年代の講話を収録している。

 ワルポラ・ラーフラは延々とクリシュナムルティを称え、ブッダとの共通点を示す。クリシュナムルティはわずか一言で応じる。

クリシュナムルティ(以下K):失礼でなければ、お尋ねしてもいいでしょうか。あなたはなぜ、対比するのですか?

 まさにけんもほろろ。そりゃないよなー、という対応である。最後までこんな調子で話が噛み合わない。実は以前、対談の動画を見ており私は次のように呟いた。


 ま、英語がわからないのでご容赦願おう。

 クリシュナムルティはブッダの権威を否定し、テーラワーダ仏教の伝統と知識を否定し、修行の時間性をも否定する。阿羅漢(アルハット)についてはこう述べる。

K:それ(※自我のかけらもない状態)は可能なのでしょうか? わたしは可能だとか可能でないとか言っているのではありませんよ。わたしたちは探究しているのです。信じる信じないではなく、探索や発見を通じて、わたしたちは前に進んでいるのです。

「信じる信じないではなく」の一言が鍵となる。クリシュナムルティは仏教を信じ、仏教の知識を通して自分が見られることを嫌ったのだろう。そこには「真の出会い」がない。特定のイメージが独り歩きしてしまう。

 正直に申し上げると期待外れであった。そこで「自分の勝手な期待」に気づくのだ。クリシュナムルティの真意は「私を権威に祭り上げてはならない」ということに尽きるのだろう。



2017-08-22

名づけることから幻想が始まる/『タオを生きる あるがままを受け入れる81の言葉』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル


『ものぐさ精神分析』岸田秀
『続 ものぐさ精神分析』岸田秀
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『未処理の感情に気付けば、問題の8割は解決する』城ノ石ゆかり
『マンガでわかる 仕事もプライベートもうまくいく 感情のしくみ』城ノ石ゆかり監修、今谷鉄柱作画
『ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー』由佐美加子、天外伺朗
『無意識がわかれば人生が変わる 「現実」は4つのメンタルモデルからつくり出される』前野隆司、由佐美加子
『ザ・メンタルモデル ワークブック 自分を「観る」から始まる生きやすさへのパラダイムシフト』由佐美加子、中村伸也
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
『人生を変える一番シンプルな方法 セドナメソッド』ヘイル・ドゥオスキン
『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ

 ・名づけることから幻想が始まる

『気づきの視点に立ってみたらどうなるんだろう? ダイレクトパスの基本と対話』グレッグ・グッド
『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』エックハルト・トール
『ニュー・アース』エックハルト・トール
『覚醒の炎 プンジャジの教え』デーヴィッド・ゴッドマン

悟りとは

 現実(リアリティ)というものを言葉で表現することはできません。言葉には限界があるのです。現実(リアリティ)を名詞や動詞、形容詞に押し込めようとすると、瞬間瞬間の流れが切断されます。語ることができるものは、不変の道(タオ)ではありません。なぜなら、語ろうとすることは、時間の中にもちこむことになるからです。まさに名前をつけようとすることそのものが、時間の中に留めることになります。いかなるものであれ、いったん名前をつけられたら、もはや不変ではなくなるのです。「不変」というのは「自由」という意味です。制限をもたず、時間や空間の中にない。妨げられることなく、生きるもの。
 名前をつけるということは、幻想の世界ないしは夢の世界をつくりあげているあらゆる個別のものの起源です。すべてであるものの一部を切り離し、それを「木」と呼ぶのは、「最初の夢(first dream)」です。私はそれを、「思考の第一世代」(first-generation thinking)と呼んでいます。それから考えが次の考えを生み、「高い木、美しい木、下に座りたい木、いい家具になる木、救う必要がある木」といったようになるのです。その夢はさらに続きます。子供は、言葉と物を結びつけたとたん、あっという間に、夢の世界(世界という夢)に入り込んでしまいます。一方、あなたがそれに問いを投げかけ、魔法を解き、あらゆるもの――木、木でないもの、世界、世界でないのも――の道(タオ)に感謝することもすぐにできます。
 頭がその考えを信じる時、名づけることができないものに名前をつけ、名前を通じて、リアルなものにしようとします。その名前はリアルなものであり、自分から分離した世界があると信じてしまうのです。それは幻想です。全世界は、投影されたものです。あなたが心を閉ざし、怯えている時、世界は敵意あるものに見えます。あなたがあるがままの現実を愛する時、世界中のあらゆるものが、愛されているものになります。内側と外側が、常に一致するのです――お互いが鏡なのですから。【世界は、あなたの考え(マインド)の鏡像です】。

【『タオを生きる あるがままを受け入れる81の言葉』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル:ティム・マクリーン、高岡よし子訳(ダイヤモンド社、2014年)】

 岸田秀とユヴァル・ノア・ハラリを事前に読んでおけば幻想性・フィクション性がより一層明らかになることだろう。孔子は「名を正す」と語った(『思想革命 儒学・道学・ゲーテ・天台・日蓮』湯浅勲)。儒教は官僚の道を説く。社会を安定させるためには言葉の共通理解が前提となる。

 バイロン・ケイティが指摘する「名前」はもっと奥が深い。「現実(リアリティ)」をクリシュナムルティは「名なきもの」と表現してる(『生と覚醒(めざめ)のコメンタリー クリシュナムルティの手帖より 1』)。

 夫君のスティーブン・ミッチェルが『老師 道徳経』の英訳を刊行しベストセラーとなった。それを読み聞かせ、バイロン・ケイティがコメントしたものを編んだのが本書である。否定からも肯定からも離れて自由闊達に語るケイティは、決して老子の言葉に固執する信者ではない。

現代人は木を見つめることができない/『瞑想と自然』J・クリシュナムルティ

 言葉が脳を縛る。縛られた脳は現実が見えなくなる。ポイントはここにある。例えば怒り、憎しみ、恨み、嫉(ねた)みといったマイナス感情は名づけることで固着化する。本来であれば流れては去る感情が実体を伴ったリアリティに昇格するのだ。かくして我々は苦悩に打ちひしがれる。

 ま、百聞は一見に如(し)かずだ。毒親に苦しめられてきた女性のワークをご覧いただこう。


 どう。凄いでしょ? 長年にわたる苦悩をわずか5分で引っ繰り返している。しかもバイロン・ケイティが行ったのは問い直しと置き換えだけだ。私は今まで数千人に及ぶ人々から相談を受けてきたが、静かに耳を傾け力強く励ますパターンが殆どである。問題を整理し、感情を解きほぐし、前向きにさせるのが常であった。結局、相手を心理的に誘導しているだけに過ぎない。ま、一種の煽りだわな。

「ワーク」は違う。自分でアプローチをし、自分で答えを見つけるのだ。バイロン・ケイティはただ事実を指摘する。決して相手の感情に巻き込まれることがない。「ブッダの対機説法もこんな感じだったのだろうな」と思うほどである。

 もしも長年にわたって解決できない苦しみを抱えているならば、どんな教師も宗教も必要ない。ただ「ワーク」を実践すればよい。

タオを生きる---あるがままを受け入れる81の言葉
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ダイヤモンド社
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神通力のオンパレード/『あるヨギの自叙伝』パラマハンサ・ヨガナンダ


・『ローリング・サンダー メディスン・パワーの探究』ダグ・ボイド
『人類の知的遺産 53 ラーマクリシュナ』奈良康明

 ・神通力のオンパレード

『クリシュナムルティの神秘体験』J・クリシュナムルティ

悟りとは

(1)魂の進化を霊的に指導する師をグル(guru)という。サンスクリットの語源は「やみ(gu)を追放するもの(ru)]
(2)「ヨガ」を行ずる者を「ヨギ」という。「ヨガ」はサンスクリットの“一体になる”の意で、神との意識的合一を得るための、インド古来の瞑想の科学である。(※脚註より)

【『あるヨギの自叙伝』パラマハンサ・ヨガナンダ:SRF日本会員訳(森北出版、1983年)以下同】

 原書が刊行されたのは1946年。パラマハンサ・ヨガナンダ(1893年1月5日-1952年3月7日)はアメリカでクリヤ・ヨガを広めた人物である。数年前に一度挫折しているのだが今回は読了できた。人によっては受け入れることが難しい本である。神通力のオンパレードで、クリシュナムルティと正反対に位置するといってよかろう。ヴァガバット・ギータースッタニパータ、ヨガナンダとクリシュナムルティという構図だ。迷いに迷った挙げ句、「必読書」に入れた。これにまさるスピリチュアリズムはない。ヨガナンダが創設したSRF(セルフ・リアリゼーション・フェローシップ)の目的の一つに「イエス・キリストの教えとバガヴァン・クリシュナが教えたヨガの根本的な一致を明らかにする」とある。八百万(やおよろず)の神のモデルはヒンドゥー教にあるのかもしれない。いずれにしても悟りを開いたと思われる人物が陸続と登場する。彼らの言葉に耳を傾けることは決して無駄ではない。(読書日記より)

 本書はスティーブ・ジョブズがこよなく愛した一書として広く知られるようになった。10代の時に出会い、毎年読み返していたという。エルヴィス・プレスリーやビートルズにも強い影響を与えた。『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のアルバムジャケットにはヨガナンダと師匠のスリ・ユクテスワ・ギリが描かれている。

(上段左端がスリ・ユクテスワ・ギリ)

(ボブ・ディランの左下がヨガナンダ)

 スリ・ユクテスワが謎めいた言い方をされることはめったになかった。私が先生の意中をはかりかねていると、先生は、私の心臓のあたりを軽くたたかれた。
 とたんに、私のからだは根が生えたように動かなくなってしまった。そして、肺の中の空気が、何か巨大な磁石にでも吸い寄せられるようにすっかり抜き取られたかと思うと、魂と心はたちまち肉体の監禁から解き放されて、透過性の光の流れとなって全身の気孔から外に流れ出てしまった。肉体は生気を失って抜けがらのようになってしまったが、私の意識は逆にはっきりとして、生きているという実感がかつてないほど強く感じられた。今まで肉体という小さな殻に限定されていた感覚の領域が拡大されて、周囲のいっさいの原子までも自分のからだとして感じられるようになった。遠くの道を行く人々も、私自身の中でゆっくり移動しているように見えた。そして、地中の草や木の根が薄暗い透かし絵のように透けて見え、その樹液の流れまでが見分けられた。
 近くのものは、すべてあらわに見ることができた。ふつう前方のみに限られている視野が、今や広大な全方位的視野に変わって、上下左右前後のいっさいのものが同時に知覚された。頭の後ろの方には、ライ・ガート小路(レーン)を散歩する人々の姿がはるかに見下ろせ、一頭の白い牛がゆっくりとこちらへ近づいて来るのが見えた。牛が僧院のあけ放たれた門の前まで来たとき、私には、それが肉眼で見るのと同じように観察された。そして、それが門の前を通り過ぎて、れんが塀の向こう側へ行ったあともなおはっきりと見るこができた。
 私が見つめているパノラマのような光景は、映画の画像のように、たえず小刻みに振動していた。私のからだ、先生のからだ、柱に囲まれた中庭、家具と床、樹木と陽光――これらはときおり激しく動揺したが、やがてすべてが一つの光の海に溶け込んでいった。それはちょうど、コップの水に砂糖を入れてかきまぜたときしだいに溶けてゆく結晶のありさまに似ていた。一方また光の海からは、同じ光の素材によって次々と新しいものが形成された。そして移り行くそれらの変化は、創造活動における因果の法則を示していた。
 突然、大海のうねりのような歓びが、私の魂の静かな岸辺に押し寄せて来た。『神の霊は尽きることのない至福だ!』私は悟った。『そしてそのみからだは、無数の光の織物だ!』。内なる栄光はしだいに膨張して私の町を包み、大陸をおおい、さらに地球、太陽系、銀河系、希薄な星雲、浮遊する島宇宙をも包含しはじめた。全宇宙はやわらかな光を放ち、無限に広がった私自身の中で、遠い町の灯のようにちかちかとあちこちで明滅している。そしてその外周を、明瞭な球形の輪廓を描いて、まばゆい光の層が取り巻いていた。さらにその外側のやや輝きの衰えたところに、一つのやわらかな美しい光が見えた。その光は、終始落ち着いたえも言われぬ霊妙な光で、これに比べると、星座を織りなしている光は、はるかに質の粗い光であった。
 永遠なるものの源から放射される聖なる光が燃えあがって星座を形成すると、それはたえなる霊光(オーラ)に変貌していった。私は何度も見た――創造の光が凝縮して星座をつくり出し、そしてそれがやがて透明な炎の広がりの中に溶け込んでゆくのを――。幾億兆とも知れぬ無数の世界が、律動的な周期とともに、透明な炎の輝きの中に溶け込むと、その炎の広がりは大空となった。
 私は、その大空の中心が、自分の心の奥底にある直覚の先端であることを認識した。壮麗な光は、私自身の中心から宇宙組織のあらゆる部分に放射されていた。永遠の至福の甘露が、私の体内を水銀のように流れながら脈打っている。そして、神の創造のみ声が、宇宙原動機の振動音オームとなって鳴りひびくのが聞こえた。
 突然、息が肺に戻って来た。私は、自分の無限の広大さが失われてしまったことを知って、耐えがたいほどの大きな失望に襲われた。

 宗教的スーパービジョンといっていいだろう(※本来、スーパービジョンは教育方法を指す用語だが、敢えて「超視覚」の意味で使った)。ただし自力ではないのが気になるところだ(最初は「悟りの光景」という記事タイトルにしていた)。まだ天人五衰(てんにんのごすい)の域を脱していないようにも見える。

「見てみたい」と望むことも執着であるし、「再び見たい」と願うこともまた執着なのだ。不可思議を経験するよりも、ありのままを見つめることが正しい。

 上記リンクを私は「悟り四部作」と名づけたが、ラーマクリシュナやヨガナンダはヒンドゥー色が濃くて苦手である。単なる超能力者としか思えない(笑)。ま、ローリング・サンダーも超能力者だわな。

 ヨガナンダは胸が厚く堂々たる体躯の持ち主だが元々は痩せており、ある朝目覚めると体重が20kgも増えていたという。西洋世界に打って出るための変身であったと書かれている。

 2014年にはドキュメンタリー映画『永遠のヨギー ヨガをめぐる奇跡の旅』が公開された。


 高価な本であるにもかかわらずamazonでは89件のレビューが寄せられ、その殆どが星五つの評価をつけている。

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2017-08-20

社会は常に承認を求める/『「認められたい」の正体 承認不安の時代』山竹伸二


『孤独と不安のレッスン』鴻上尚史

 ・社会は常に承認を求める

『3歳で、ぼくは路上に捨てられた』ティム・ゲナール

 また、積極的にこうした排除に荷担することで、自分の存在価値をより一層高めようとする場合もある。仲間と一緒に他の人々の欠点をあげつらい、蔑視することで、自分たちだけは特別だ、というような一段高い位置に身を置くことができるからだ。先に例を挙げた女子中学生Hの地味なグループへの蔑視も、こうした心理から生じている。それは、自分とは無関係に思える人々を蔑(さげす)むことで、自らの存在価値の底上げを図ろうとする行為にほかならない。
 求められているのは「自分は価値のある人間だ」という証であり、その確証を得て安心したいがために、身近な人々の承認を絶えず気にかけ、身近でない人々の価値を貶め(おとしめ)ようとする。見知らぬ他者を排除することで、自らの存在価値を保持しようとする。たとえそれが悪いことだと薄々気づいていても、仲間から自分が排除されることへの不安があるため、それは容易にはやめられない。そして底なしの「空虚な承認ゲーム」にはまってしまうのだ。

【『「認められたい」の正体 承認不安の時代』山竹伸二(講談社現代新書、2011年)】

「いじめ自殺」という言葉が登場したのはは1979年だという(PDF:子どもの自殺の実態)。いつの時代もいじめはあったわけだが、その質が変わったと感じたのは鹿川君訴訟(中野富士見中学いじめ自殺事件、1986年)が報じられた時だった。近所の高校生に尋ねたところ、「自分の周囲ではそれほどでもないが、別の学校に通っている友達のクラスでは生卵をぶつけられたり、学校内のプールに落とされたり、ゴルフクラブで殴られている生徒がいる」という話であった。

 皆が不安を抱えているからこそ攻撃の度合いが苛烈さを増すのだろう。ボス猿(アルファオス)が強ければ群れは安定する。強さが法(基準)として機能するためだ。

 家族が機能不全に陥っているとどこかで誰かに認められる必要が生じる。「空虚な承認ゲーム」とあるが社会は常に承認を求める。「お前さんはどこの馬の骨だ?」ってわけだよ。

 親から愛情も受けず、友情も知らぬ子供が果たしてどんな大人になるのか。冷え冷えとした気持ちにならざるを得ない。

 人生は出会いによって色彩が変わる。人を求める気持ちがあれば必ず何らかの出会いはあるものだ。真の友は一人いればよい。そのために恥ずかしくない自分を築くべきだ。

「認められたい」の正体 ― 承認不安の時代 (講談社現代新書)
山竹 伸二
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