2019-05-29

学者の凡庸さ/『認知症の人の心の中はどうなっているのか?』佐藤眞一


 ・学者の凡庸さ

『アルツハイマー病は治る』 ミヒャエル・ネールス
『アルツハイマー病 真実と終焉 “認知症1150万人”時代の革命的治療プログラム』デール・ブレデセン

 見当識に障がいがある状態を理解してもらうために、私はよく、「眠っている間に、知らない場所に連れて行かれてしまったら?」と尋ねます。
 もしもあなたが、眠っている間に、知らない場所に連れて行かれてしまったら、目が覚めたとき、どんな気持ちがするでしょうか?
 自分の部屋だと思っていたのに、どこかわからない別の部屋の中にいる。今が朝なのか昼なのか、夕方なのかもわからない。親しげに声をかけてくる人がいるけれど、誰なのかわからない。あなたは誰? ここはどこ? 今はいつ? 私はなぜ、こんなところにいるの?
 と、そんな風に、不安で不安で仕方がないはずです。自分が置かれた状況が理解できあにと、私たちはとても不安になるのです。
 しかも認知症になると、記憶にも障がいが出ます。もしも知らない場所で目覚めたら、私たちは必死で、眠る前の状況を思い出そうとするはずです。昨夜は友人と飲みに行って、最後はカラオケで、疲れが出て眠ってしまったんだった。かすかに、友人と一緒にタクシーに乗ったような記憶が……。とすると、ここは友人の家か? といった具合です。
 ところが認知症が進むと、眠る前の状況を思い出そうとしても、思い出せません。

【『認知症の人の心の中はどうなっているのか?』佐藤眞一〈さとう・しんいち〉(光文社新書、2018年)以下同】

 時間的・空間的・社会的な自分の位置を正しく認識するのが見当識である。見当違いの見当が語源。失見当識は記憶喪失の状態と変わらない。記憶の糸を辿ることができなくなる。

 佐藤は、日常会話によって認知機能を評価する尺度(スクリーニング方法)の「CANDy」(キャンディ)を開発した一人。15項目の合計点が6点以上の場合、認知症の疑いがある。ただし飽くまでもふるい分けの尺度に過ぎないので専門医に診てもらう必要がある。


 初めに述べておくと、現在、認知症予防にいいとされているもので、認知症を予防できるという科学的な証拠があるものはありません。研究は世界中でなされていますが、まだ結果が出ていないのです。ではなぜ、認知症予防にいいと言われるものがあるのでしょうか?
 計算ドリルなどに認められる効果は、「認知機能の低下予防」であって、「認知症予防」ではないのですが、それが混同されているのです。

 ミヒャエル・ネールスは初期~中期のアルツハイマーは治ると指摘している。日本だと河野和彦によるコウノメソッドも知られている。佐藤は「予防」と書いているが、受け身の姿勢が凡庸さをよく表している。誰かが道を拓いてくれるのを待っているのだろう。

 自分の恩師である大学教授が介護施設では「さん付け」で呼ばれていた事実にショックを受ける。

 答えは、ケースバイケースで考えていくことの中にしかないでしょう。単純に、「みんな平等だから、さん付けでいい」というのでは、認知症の人の世界を大事にすることはできません。

 この件(くだり)はいかにも現場を知らない学者が馬脚を露(あら)わしたもので、公私混同も甚だしいと言わざるを得ない。佐藤は認知症を知っているのかもしれないが、認知症患者を知らないのだろう。お笑い草である。

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佐藤眞一
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2019-05-26

煩悩即菩提/『新板 マーフィー世界一かんたんな自己実現法』ジョセフ・マーフィー


『ニューソート その系譜と現代的意義』マーチン・A・ラーソン
『「言葉」があなたの人生を決める』苫米地英人
『アファメーション』ルー・タイス
『「原因」と「結果」の法則』ジェームズ・アレン
『「原因」と「結果」の法則2 幸福への道』ジェームズ・アレン

 ・煩悩即菩提

『未来は、えらべる!』バシャール、本田健
・『バシャール・ペーパーバック1 ワクワクが人生の道標となる』ダリル・アンカ、バシャール
『潜在意識をとことん使いこなす』C・ジェームス・ジェンセン
『こうして、思考は現実になる』パム・グラウト
『こうして、思考は現実になる 2』パム・グラウト
『自動的に夢がかなっていく ブレイン・プログラミング』アラン・ピーズ、バーバラ・ピーズ
『あなたという習慣を断つ 脳科学が教える新しい自分になる方法』ジョー・ディスペンザ
『ソース あなたの人生の源はワクワクすることにある。』マイク・マクナマス

 前向きに考えるための基本を身につけてください。「思考が道具であること」「心で感じたものが引き寄せられてくること」「人間は、心で想像したとおりになること」、この三つがわかれば、何でも前向きに考えられるようになります。

【『新板 マーフィー世界一かんたんな自己実現法』ジョセフ・マーフィー:富永佐知子〈とみなが・さわこ〉訳(きこ書房、2012年/きこ書房、2003年『マーフィー 世界一かんたんな自己実現法 驚異のイメージング』)以下同】

 原著刊行は1952年(昭和27年)。GHQの日本占領が終わった年である。新しい思考は余暇から生まれる。文明発達の目的は自由な時間の獲得、すなわち余暇にある。枢軸時代の思想家を生んだのは鉄器であったと武田邦彦が指摘している。鉄器によって農業の生産性が格段に上がり、余剰を蓄えることが可能となった。

 願望実現のベクトルが内側に向けられると自己啓発となり、外側に向かうとマーケティング理論になるというのが私の考えだ。ジョセフ・マーフィーの後塵を拝すようにしてヴァンス・パッカードマーシャル・マクルーハンが登場している。

 マーケティング理論には心理学が悪用され深層心理に働きかけることで消費者の購買意欲を煽った。広告、広告、広告だ。戦争と好景気を背景に人々は物欲を満たした。

 あなたが心で考えていること、それがあなたです。
「信頼」は、考え方や感じ方、つまり心構えや志のひとつです。人間は成功を「信頼」することも、失敗や不運、貧しさを「信頼」することもできます。そして、こうした心の状態はすべて人生にあらわれます。「信頼」が外に押し戻されるのです。そもそも、信頼するということは、心の中で何かをじっくり眺め、納得して受け入れるということです。もとより「信頼」は思考のひとつで、思考にはものを作る力があるので、考えていることを外部に作り出してしまいます。人間とは、心の中の思いが形を取ってあらわれ出たものだからです。わたしたちは、本当に信じていることを現実に作り上げます。心の底で何を信じているかが重要なのであって、通りいっぺんに納得するだけではだめです。

 結局何を信じるかである。信心・信仰・信念といっても一緒である。我々は何かを信じずには生きられない。そして自分が信じている多くのことが実は誤っている。人は解釈された世界を歩み、妄想の中を生きるのだ。

 年を重ねるに連れて自分の中に制限を見出す人が多い。仕事は学歴や資格で選択肢が狭まれ、能力や適性を発揮することもないまま中年期に至る。人生が何となく先細りになってゆくことを避けられない。

 加齢に伴う自己制限が不幸の大きな原因の一つであるように思える。

 自己実現が欲望の実現を目指しているならば実にわかりやすい煩悩即菩提の構図である。所願満足といってもよい。そう考えると後期仏教(大乗)が多くの人々を乗せることができる乗り物に喩えられたのは、欲望充足の巧みなデッサンを提示したためか。より多くの人々が信じられるものは、より易しくてわかりやすい教えだ。

 つまり自己啓発の思想は大乗の香りを放ち、鎌倉仏教のビートを奏(かな)でているのだ。神智学協会(1875年-)というコネクター(『仏教と西洋の出会い』フレデリック・ルノワール)が登場するのも偶然ではない。これはキリスト教世界における神仏習合なのだ。

 人類の思想史は肯定と否定の波を繰り返し、自己実現と諸法無我の間を彷徨(さまよ)い続けるのだろう。

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2019-05-25

密教化/『「原因」と「結果」の法則』ジェームズ・アレン


『「言葉」があなたの人生を決める』苫米地英人
『アファメーション』ルー・タイス

 ・密教化

『「原因」と「結果」の法則2 幸福への道』ジェームズ・アレン
『新板 マーフィー世界一かんたんな自己実現法』ジョセフ・マーフィー
『未来は、えらべる!』バシャール、本田健
『潜在意識をとことん使いこなす』C・ジェームス・ジェンセン
『こうして、思考は現実になる』パム・グラウト
『こうして、思考は現実になる 2』パム・グラウト
『自動的に夢がかなっていく ブレイン・プログラミング』アラン・ピーズ、バーバラ・ピーズ
『あなたという習慣を断つ 脳科学が教える新しい自分になる方法』ジョー・ディスペンザ
『ソース あなたの人生の源はワクワクすることにある。』マイク・マクナマス

 黄金やダイヤモンドは、ねばり強い調査と試掘のあとで、はじめて発見されます。そして私たちは、自分の心の鉱山を十分に深く掘り下げたときに、はじめて自分自身に関する真実を発見できます。
 もしあなたが、自分の思いの数々を観察し、管理し、変化させながら、それらが自分自身に、またほかの人たちに、さらには自分の人生環境に、どのような影響をおよぼすものなのかを入念に分析したならば……忍耐強い試みと分析によって、日常的で些細(ささい)な出来事をも含む、自分のあらゆる体験の「原因」と「結果」を結びつけたならば……「人間は自分の人格の制作者であり、自分の環境と運命の設計者である」という真実に必ず行き着くことになるでしょう。

【『「原因」と「結果」の法則』ジェームズ・アレン:坂本貢一〈さかもと・こういち〉訳(サンマーク出版、2003年/山川紘矢・山川亜希子訳、角川文庫、2016年)】

 原著は1902年に刊行されたという。デール・カーネギーに大きな影響を与えたらしい。とすると自己啓発本の嚆矢(こうし)に位置すると考えていいだろう。

 個人的には、イギリス経験論~プラグマティズム~ニューソート~自己啓発という流れで把握しているのだが、思想的な系譜よりも時代の動きを捉えた方がよく見えてくるものがある。更に私はこれを「密教化」と解釈する。飛躍するようではあるが、仏教の日本化とよく似ているように思われてならない。

 そしてまたブッダの教えも初期仏教~後期仏教(大乗)~密教という変貌を遂げた。仏教の密教化にはヒンドゥー教の匂いがプンプンしているがそれでも密教化の先祖返りという側面を見落としてはなるまい。

 では密教化とは何か? それは他人の言葉(テキスト)から離れて自分自身の内なる声に耳を傾ける営みであろう。加持祈祷はさほど重要ではない。答えを外に求めるのではなくして内側に見出す姿勢が肝要なのだ。

 世界を変えようとするのではなくして、世界を見つめる眼差しを変えるところに変容の鍵がある。



人は自分が探しているものしか見つけることができない/『心晴日和』喜多川泰

2019-05-19

牧馬入口(青野原)


 土山峠から宮ヶ瀬湖を周遊して牧馬〈まきめ〉峠を目指したのだが入口で断念。昨夜行ったスクワットが意外なダメージとなって残っている。土山峠で既に「こりゃダメだな」と自覚した。宮ヶ瀬湖は先週以上に水位が低くなっていた。






 明後日が大雨の予報なので水位が戻ればいいのだが。

 県道64号伊勢原津久井線は木陰が涼しくとても走りやすい。交通量も比較的少ない。


 山を見上げると筆を掃(は)いたような黄緑色がところどころに点在している。新緑の色は初々(ういうい)しく滴り落ちるような生気を湛(たた)えている。

 登坂で私がダンシングをしていると、若いのがシッティングのまま軽く抜き去った。「マジ?」と唸(うな)り、唖然とした。その後女性にも抜かれた。我が愛車のコンポはSORA(2×9速)なのだがインナーのギアが結構重いのだ。この間なんか、格安フラットバーロードが私よりもはるかに軽々とペダルを回していてショックを受けた。ま、いいよ。回せるようになればこっちの方が速いわけだから。

 あちこちで田植え前の田んぼが少し寂しそうに青空を映していた。

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2019-05-18

栄養学の無責任を嗤(わら)う/『「食べもの神話」の落とし穴 巷にはびこるフードファディズム』高橋久仁子


・『「食べもの情報」ウソ・ホント 氾濫する情報を正しく読み取る』高橋久仁子

 ・栄養学の無責任を嗤(わら)う

『給食で死ぬ!! いじめ・非行・暴力が給食を変えたらなくなり、優秀校になった長野・真田町の奇跡!!』大塚貢、西村修、鈴木昭平
『伝統食の復権 栄養素信仰の呪縛を解く』島田彰夫
『シリコンバレー式自分を変える最強の食事』デイヴ・アスプリー
『医者が教える食事術 最強の教科書 20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方68』牧田善二
『医者が教える食事術2 実践バイブル 20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方70』牧田善二
『DNA再起動 人生を変える最高の食事法』シャロン・モアレム

 食べものが健康や病気に与える影響を誇大に評価したり信奉することを「フードファディズム:Food faddism」といいます。もちろん、食と健康は深く関連しますが、それを過大評価することです。ただし、どこまでは適正で、どれ以上が過大なのかを判断することもむずかしいですし、過小評価もまた問題です。(中略)
 この言葉は私の造語ではありません。れっきとした英語です。

【『「食べもの神話」の落とし穴 巷にはびこるフードファディズム』高橋久仁子〈たかはし・くにこ〉(ブルーバックス、2003年)】

 悪い本ではない。狙いはいいのだがバイアス(認知科学)や行動経済学、はたまた心理学的アプローチを駆使する企業広告や宗教に関する知識が乏しい。

 この手の本を読むたびに思うのは、「散々デタラメを広めてきた栄養学の無反省ぶり」である。戦後はキッチンカーで油炒めを推奨し、肉・卵・牛乳の摂取を推し進め、1日30品目という馬鹿げた数を示して国民の食生活を混乱させてきた。その栄養学が今になってフードファディズムを語っているのである。

 高橋の文章はどっちつかずで腰が据(す)わっていない。ファディズムとは「流行へののめり込み」(Wikipedia)を意味する。その最大の原因は栄養学がきちんとした情報提供を怠ったことにあるといってよい。しかも高橋は居丈高にエビデンス(検証結果)を口にするが、食品メーカーの巨大さを思えば科学が厳密に食品を調べることはまずない。

 簡単な例を示そう。骨粗鬆症の原因は牛乳を始めとする乳製品摂取によるカルシウム・パラドックスである。骨粗鬆症は戦後になってから目立つようになった病気であり、牛乳を飲むようになったのもまた戦後のことである。

悪いとされる食品・調味料・食品添加物」を見てみよう。私が避けているものが列挙されている。例外はうま味調味料くらいだ。「実際に科学的な根拠に基づいたリスクがあるかどうかとは無関係である」とご丁寧に書いてあるが、重要なことは「健康によい」という科学的根拠も示されていない点である。このリストを見る限りでは、むしろフードファディズムに軍配を上げてもいいだろう(笑)。

 五十の坂を越えると体力は衰え病気がちになり食に対する意識が高まる。我々は無知を自覚すればこそテレビや書籍の情報に飛びついてしまうわけだが、もっともっと自分自身のセンサー(味覚)を信頼すべきだろう。ただし加工食品は避けるのが賢明だ。

 もしも私に幼い子供がいれば、人工甘味料・マーガリン・小麦やトウモロコシを原料とするお菓子・ファストフードは忌避する。現在でもそうだが食用油は胡麻油しか使わない。

2019-05-17

母と子の物語/『壊れた脳 生存する知』山田規畝子


『「自分で考える」ということ』澤瀉久敬

 ・病気になると“世界が変わる”
 ・母と子の物語

・『壊れた脳も学習する』山田規畝子
『「わかる」とはどういうことか 認識の脳科学』山鳥重
『脳は奇跡を起こす』ノーマン・ドイジ
『脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線』ノーマン・ドイジ
『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー

必読書 その五

 もとを正せば、山鳥重〈やまどり・あつし〉先生の本の「人間の行動は『記憶』である」という言葉に衝撃を受け、神経生理学というものにかみついてみた結果が、この本だ。
 その山鳥先生に解説をしていただけるなんて、先生の解説を読んで、涙が出た。親にもほめられたことのない私をこんなにほめてくださり、事細かな解説をしてくださった。恥ずかしながら、自分の症状に「ああ、あれはそういうことだったのですか」と、今さら納得してうなずいている。人間、生きていれば、こんなにいいことも、うれしい出会いもある。
 生死を画する一線から、こちら側に引き込んでくれたのは、姉夫婦、片木良典〈かたぎ・りょうすけ〉・留美子〈るみこ〉両氏だ。親子二人の生活を、折に触れて明るいものにしてくれてありがとう。
 この本は、私がよたよたと生きてきた40年目の記念碑でもある。最愛の息子・真規〈まさのり〉には、母が生きた証(あかし)、彼を世界中の誰よりも愛した証として、近くに置いておいてもらいたい。

【『壊れた脳 生存する知』山田規畝子〈やまだ・きくこ〉(講談社、2004年)/角川ソフィア文庫、2009年)以下同】

必読書」を精査するために再読した。二度目の方が感動が深かった。山田の父親も医師だった。少々複雑な家庭環境であったようだがあっけらかんと本音をさらしている。裏表のない性格が行間から伝わってくる。

「当たり前のこと」ができなくなった時にこそ生きる姿勢が問われる。少し前に知り合った男性の老人は「何もすることがない」「寝るのが仕事だ」「生きているのがイヤになってくる」と独りごちた。心が暗くなってしまえば暗い世界が現出する。自己否定に傾く心を否定する精神力が求められる。

 障碍(しょうがい)を背負うことになった山田はやがて離婚し、一人息子と二人三脚で雄々しく生きる。

〈いつもお母ちゃんを助けれくれたまあちゃんへ〉
 雨の日、風の日、いつもいっしょに歩いたね。でこぼこ道、暗い道、まあちゃんはお母ちゃんの手を引いてくれたね。
 まあちゃんがいてくれたから、お母ちゃんは天国に行かなくてすんだよ。いっしょに救急車に乗って、手を握っていてくれたね。真冬の夜中、暗い大学病院の待合室で、お母ちゃんが手術室に入ったあと、おばあちゃんが来るまでひとりで待っててくれたね。
 まあちゃんが寒くないかなって気になって、お母ちゃんは帰ってこられたよ。
 お母ちゃんのところに生まれてきてくれたのがまあちゃんだったから、お母ちゃんは生きてこられたよ。ほかの子だったらだめだったかもしれない。(以下略)

 この部分を5回読んで5回泣いた。巻末見開きに掲載されている真規〈まさのり〉君は賢そうな顔つきで笑っている。

 山田は友人にも恵まれ、本書自体が多くの医師仲間に支えられて出版の運びとなった。医師も捨てたものではないと思いたいところだが現実は異なる。ま、私が知る限りでは7~8割の医師は人間のクズだ。まともな常識すらないのが大半である。年がら年中病人と接しているから連中の精神も病んでいるのだろう。



ラットにもメタ認知能力が/『人間らしさとはなにか? 人間のユニークさを明かす科学の最前線』マイケル・S・ガザニガ

2019-05-13

「わかった」というのは感情/『「わかる」とはどういうことか 認識の脳科学』山鳥重


『「自分で考える」ということ』澤瀉久敬
『壊れた脳 生存する知』山田規畝子

 ・「わかった」というのは感情
 ・人間の心は心像しか扱えない

・『「気づく」とはどういうことか』山鳥重
『脳は奇跡を起こす』ノーマン・ドイジ
『脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線』ノーマン・ドイジ

 わかったというのは感情なのです。
 知らない花を見つけて、名前を教えてもらい、実はそれが前から知っていた花だったりすると、そうかと納得します。わかったと感じるのです。

【『「わかる」とはどういうことか 認識の脳科学』山鳥重〈やまどり・あつし〉(ちくま新書、2002年)以下同】

 山鳥重〈やまどり・あつし〉は神経内科医で高次脳機能障害研究の第一人者である。私は山田規畝子〈やまだ・きくこ〉の著書で知った。「わかったというのは感情」という指摘が鋭く胸に突き刺さる。山鳥は臨床で「わからなくなってしまった人々」(高次脳機能障害)を相手にしている。時計の針が読めない、階段は見えているのだが昇りか下りかがわからない、靴の向きを間違えるなどが具体的な症状だ。わからなくなってしまった不思議を思えば、わかることもまた不思議なのである。

「わかった」という体験は経験のひとつの形式であって、事実とか真理を知るということとは必ずしも同じではありません。
 真理を発見して興奮出来る人は古今東西を問わず、わずかな人たちにすぎません。しかし、「わかった!」「わからん!」はすべての人が毎日繰り返し繰り返し経験することです。わかったからといって、その都度、真実に近づいているわけではありません。わからなかったからといって、その都度、真実から遠ざかっているわけでもありません。「わかった!」からと言って、それが事実であるかどうかは、実はわからないのです。わかったと感じるのです。あるいはわからないと感じるのです。

 特定の思想や哲学・宗教を信じる人々は皆が皆、「わかった気に」なっている。彼らは自分こそが正しいと「わかって」いるのだ。しかも閃(ひらめ)きや悟りに近い経験をする人も少なくない(例えばパウロ)。人間が誤謬(ごびゅう)から脱却できないのは「わかった」という実感を合理性と錯覚するためなのだろう。

誤った信念は合理性の欠如から生まれる/『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ

 限られた脳内情報が結び合い、つながった瞬間に「わかった」との自覚が生まれるのだろう。きっとシナプス結合がすっきりしたのだろうが、それが事実かどうかはわからないのだ。家の中の整理整頓をしたところで世界が片づいたわけではない。

 わかるためには「わからない何か」がなくてはなりません。「わからない何か」が自分の中に立ち現れるからこそ、「わかろう」とする心の働きも生まれるのです。

 人生で最も大切な姿勢は「問う」ことである。問いの中身にその人の生き様が表れる。疑問をウヤムヤにしてしまうと眼が曇り、心は鈍くなってしまう。問わずして悩む姿を煩悩と名付ける。