2019-06-20

マネーによる民主政/『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー


『エンデの遺言 「根源からお金を問うこと」』河邑厚徳、グループ現代

 ・マネーによる民主政

・『今だからこそ、知りたい「仮想通貨」の真実』渡邉哲也
『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ

 新しいタイプの通貨を創るなどという考えは、多くの人には奇異で無意味な企てに思えるだろう。現代に生きるほとんどの人は当たり前のように、通貨とは各国が発行する紙幣や硬化だと思っている。通貨を発行する権限こそ、国家の有するもっとも重要な力の一つであり、それはバチカン市国やミクロネシアなどの小国であっても変わらない。
 しかし、これは比較的新しい現象なのだ。アメリカも南北戦争までは流通している貨幣の多くは民間銀行が発行したものであり、多種多様な貨幣が混在していた。そして発行元の銀行が倒産すれば紙屑になった。当時は多くの国が、他国が発行した硬貨を使っていた。
 金(きん)、貝殻、石片、桑白皮(ソウハクヒ)など、人類が飽くことなく通貨のよりよい形態を探すなかでは、こうした状況が長いあいだ続いてきた。
 通貨のよりよい形態を探すことは、身のまわりのモノの価値を測るための、より信頼性の高い、そして統一的方法を見つけることである。材木1本、1日分の大工仕事、森を描いた絵画など、さまざまなモノの価値を信頼性のあるかたちで比較できる単一の指標である。社会学者ナイジェル・ドッドの言葉を借りれば、よい通貨とは「さまざまなモノの質的違いを量的違いに転換し、交換できるようにするもの」だ。
 サイファーバンクのめざす通貨は、通貨のもつ標準化という特徴をとことん追求し、どこでも使える普遍的なものった。国境を越えるたびに両替しなければならないなどの制約の多い国ごとの通貨とは違う。

【『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー:土方奈美〈ひじかた・なみ〉訳(日本経済新聞出版社、2016年)以下同】

 読んで直ぐ必読書に入れた。しばらくして外した。ビットコインの理念は崇高なものだが現在の金融システムを支配している連中が黙って見過ごすわけがない。実際に私は本書を読んで仮想通貨を購入し、更に渡邊本を読んでから売却した。直後に私が利用していた取引所のZaifで不正アクセスによる70億円の不正出金が発覚した。

 大衆消費社会では神を信じる人も神を信じないも、お金の価値だけはしっかりと信じている。マネーこそは現代の神であり誰もが疑うことのない常識だ。ところが我々は財布の中の紙幣や硬貨がどのような仕組みで生まれているかを知らない。金融機関に勤めている人でも信用創造を理解する人は稀だ。

 1971年8月15日のニクソン・ショックによってブレトン・ウッズ体制は崩壊した。兌換(だかん)紙幣の終焉はマネーの仮想化を意味する。金(ゴールド)の裏づけを失った紙切れを信用の名の下で交換する行為はまさに宗教的である。

 エリックがビットコインの世界に飛びこんだ理由はカネであってカネではなかった。フェイスブックの投稿でビットコインの存在を知った直後から、その価値が天文学的ペースで成長するだろうと予測できた。しかしそうした成長は、ビットコインの複雑なソースコードによって、ウォール街の金融機関や各国政府など既存の権力構造が覆(くつがえ)された結果、実現するものだとずっと信じていた。インターネットが郵便制度やメディ業界にもたらした変化が、金融世界でも起きると思っていた。ビットコインが成長すれば金持ちになれるだけでなく、政府が勝手に戦争にカネを出すようなまねはできなくなり、個人が自分のおカネと運命を管理できる、もっと正しく平和な社会が実現するのだと見ていた。

 つまりビットコインの理念はマネーによる民主政といってよい。インターネットは距離と時間の革命であった。通貨を管理するのは国家であり、国内で使用すれば税が課され、外国と取引すれば為替レートに振り回され、更に両替手数料が発生する。第二次世界大戦以降は米ドルが基軸通貨となっておりオイルや兵器の支払いは米ドルで行われれる。サダム・フセインは原油のユーロ決済を認めたことで殺された。

「お金とは何か?」を我々は教えられてこなかった。税についても同様である。日本国憲法では納税が国民の義務と規定されているが、政府や官僚には何の義務も課されておらず血税を湯水の如く無駄遣いする温床となっている。

 アメリカの金融とメディアを牛耳っているのはユダヤ資本である。アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備銀行)は日銀などとは異なり完全な民間会社である。アメリカ政府は一株も持っていない。FRBがドルを印刷して米国債を購入する。FRBは紙と印刷代だけで国債の利息を手に入れるのである。つまり発行されるドルはそのまま米国民の債務となる。銀行券ではなく債券証書なのだ。

 大統領のリンカーンやケネディは政府による通貨発行を企てて暗殺された。とすればビットコインがどれほど優れた技術に裏づけられたとしてもドル基軸体制を揺るがすことは考えにくい。

 正真正銘の良書である。ただし仮想通貨には手を出すな。

デジタル・ゴールド──ビットコイン、その知られざる物語
ナサニエル・ポッパー
日本経済新聞出版社
売り上げランキング: 98,889

2019-06-18

地獄の牧馬峠(相模湖側)


牧馬峠に挨拶
牧馬峠(道志みち側)を制覇

 ・地獄の牧馬峠(相模湖側)

雨の牧馬峠

 敢えて昨日一日を疲労回復のために空けて早朝5:00前に出発した。途中で太陽が顔を出したがまだ肌寒い。ペダルを踏む脚も何となく重かった。


【宮ヶ瀬湖。朝早く手前はまだ暗い】


 ファミリーマート津久井宮が瀬店で補給。道路を登ってくるダンプカーが多い。しかも運転が荒っぽい。いつも食べているミニシュークリームが売り切れていたため気分が優れない。当初は意気揚々と牧馬峠を往復するつもりであったが道志みち側から攻めると明らかに形勢は不利だ。三ケ木(みかげ)から相模湖側を目指すことにした。


【串川】

 反対側の牧馬峠(まきめとうげ)は地獄と化した。「よもや彼女にこんな裏の顔があったとは……」――そんな気分になった。最初の厳しさはまだ受け容れられるものだった。そして恐れていた輪っか(真空コンクリート滑り止め舗装)が現れた。



 それまで振るわれていたのは愛の鞭であったが、ここからはSMプレイの鞭に変わった。「さほど長くないはずだ」と思ったのは下り道の錯覚だった。速度は4km台前半。歩くスピードと変わらない。ちょっとよろめくと足を着いてしまうだろう。輪っかの振動が登坂を一層困難にする。ローソクを垂らされているような感覚に陥る。牧馬峠が「ひざまずいて私の足をお舐め」と囁いた。辛うじて呼吸法は保っているが酸欠で目眩(めまい)がした。と、その時、峠の看板が見えた。一羽の鳥が低い位置を滑空してきて道路に留まった。生まれて初めて見るオオルリだった。世一〈よいち〉が出迎えてくれたのだろうか(『千日の瑠璃』丸山健二)。私にとっては忘れ得ぬドラマとなった。

 峠で止まることなく一気に下った。道志みち手前では長い上り坂が待ち構えている。


【青馬橋(あおばばし)から道志川を見下ろす】


 最後の坂は大したことがなかった。最近多いのだが峠道を走っているとサグ部で登りの勾配が急に見える。眼の錯覚だと思うが「あちゃー」とか「ドッヒャ~~っ」と口にする割には意外とすんなり走れてしまうのだ。

神奈川県のヒルクライムランキング

 私の実感とはかなり違う。折角なんで発表しておこう。

 1位 牧馬峠(相模湖側)
 2位 半原越往復(愛川町から)
 3位 半原越(愛川町経由)
 4位 牧馬峠(道志みち側)
 5位 大山
 6位 土山峠
 7位 半原越(清川村経由)
 8位 八菅神社
 番外 相模野カントリークラブ(道路崩落のため途中までしか登れず)

 断トツで牧馬峠(相模湖側)がきつい。帰宅後シャワーを浴びて横になったら2時間も寝ていた。腕には薄くじん麻疹が出ていた。疲労困憊というよりはボロボロである。何もする気が起きない。このまま廃人になるかもしれない。

牧馬峠[相模湖]~勾配12%の看板に騙されてはいけない

2019-06-16

牧馬峠(道志みち側)を制覇


牧馬峠に挨拶

 ・牧馬峠(道志みち側)を制覇

地獄の牧馬峠(相模湖側)

 何か食べてから出発しようと思ったのだが、卯の花(おから)しかなかった。冷凍にした魚と野菜はあるが調理をするのが面倒だ。朝食は卯の花とコーヒー2杯で終了。もちろん砂糖は多目に入れる。

 今日はサイクリストが多かった。土山峠で30人ほどに抜かれた。みんな速いよね。まあ、いい。他人と競争しているわけではないのだから。脚が少し出来てきた実感はあるのだが、どうも土山峠が楽にならない。とにかく自分で編み出した呼吸法をしっかりと意識し、フォームを崩さず、蟻を踏まないよう細心の注意を払いながら登っていった。

 ファミリーマート津久井宮が瀬店で補給をしようとしたところ物凄い人で賑わっていた。満員御礼だ。自転車ラックにはロードバイクがずらりとぶら下がり、外のテーブルではカラフルなサイクルウェアを身にまとったローディー達が歓談していた。人混みが苦手なので通り過ぎた。県道64号と道志みちの丁字路にある自販機コーナーも人で溢れていた。「確かこの先にセブン-イレブンがあったはずだ」と牧馬峠入口をやり過ごして道志みちを走った。

 どんどん人里離れて周囲は明らかに山また山となった。


 この橋を見て「まずいな」と呟いた。間もなく神奈川と山梨の県境に差し掛かる。しっかりと地図を確認しなかった私が悪い。何となく見た覚えはあったのだが(帰宅して確認したところ、もうちょっと先だった)。取り敢えず引き返した。補給しないと大変なことになる。通りすがりにチェックしていた自動販売機ですかさずコカ・コーラを飲んだ。

 折角だから牧馬峠(まきめとうげ)を途中まで行ってみることにした。コカ・コーラには角砂糖10ヶ分ほどの糖分が入っているからハンガーノックにはなるまい。最初は緩い下りが続く。下り切ると結構な坂が立ちはだかる。慎重にゆっくりとペダルを踏む。左側はほぼ崖である。時折清流が見える。途中から下りとなった。「エ、もう終わり?」と思いきや、その先にまだ登りがあった。峠の位置がわからないので騙し討ちに遭う。

 何とか登り切った。この峠はインターバルがあるのでトレーニングにうってつけだ。半原越よりも情けを感じた。峠から相模湖方面に向かった途端、輪っかのコンクリート舗装が続く。これは逆方向からの方がはるかにきつそうだ。


【沢の跡】



【沢の跡から見上げた空】



【篠原川】


 道路脇を篠原川が流れており涼風が肌を冷やしてくれる。ガードレールがないため少しハンドル操作を誤れば渓流の中に突っ込むことも可能だ。峠を越えた後もアップダウンが続く。



 あまり綺麗に撮れてないのだが、どうもこういう景色に騙されてしまうんだよね。木々の隙間から空が見えたら普通は頂上だと思うわな。

 国道412号に出ると正面にさがみ湖リゾート プレジャーフォレストの高速インターみたいな入口が見えた。国道を南下し最初に見つけたファミリーマートで補給をする。一息ついた途端、極度の疲労に襲われた。意を決してサドルにまたがる。

 412号は無情にも登りで私を迎え入れた。一瞬だが生まれてきたことを後悔した。きつい、辛い、苦しい。「生きることは苦である」というのが仏教の命題である。「何のために走っているんだ?」と自分に問いかけながら、「走るために走ってんだよ!」と即答する自分がいる。

 今日は6時間で85km。今はまだ距離よりも坂を優先したい。

しおいんですけど : 峠超えたら雪国、 “ヒルクラわんこそば”の末に現れた牧馬峠に挑む!!