2020-04-29

アフリカで誕生した人類はなぜ北へ向かったのか?/『コロンブスが持ち帰った病気 海を越えるウイルス、細菌、寄生虫』ロバート・S・デソウィッツ


 ・アフリカで誕生した人類はなぜ北へ向かったのか?

『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄
『飛行機に乗ってくる病原体 空港検疫官の見た感染症の現実』響堂新
『感染症と文明 共生への道』山本太郎
『感染症の世界史』石弘之

 一部の病気は、つねに熱帯地域にだけ発生してきた。そのすべてとはいわないまでも、大部分は寄生虫、細菌、そしてウイルスによる感染症だ。これらの病原体の多くは、蚊や巻貝など無脊椎動物との精妙な生物学的依存関係のなかで、宿主から宿主へ媒介される。(中略)
 これらの病原体が現在熱帯地域に限局しているのは、おもにその宿主の生息地域が地理的にかぎられているせいである。

【『コロンブスが持ち帰った病気 海を越えるウイルス、細菌、寄生虫』ロバート・S・デソウィッツ:藤田紘一郎〈ふじた・こういちろう〉監修、古草秀子〈ふるくさ・ひでこ〉訳(翔泳社、1999年)】

「黒人は温かい地域に住んでいるので鼻が低く横に広がっていて、白人は寒い場所で暮らしているので鼻が高くほっそりしている」。小学生のとき読んだ本にそう書かれていた。雑なイラスト付きで。私は中程度のショックを受けた。「なぜこんな簡単な事実に気づかなかったのだろう?」と。と同時に「アフリカで誕生した人類はどうして北へ向かったのか?」という疑問が群雲のように湧いてきた。約半世紀を経てやっとわかった。人類は感染症を避けて北へ向かったのだろう。目安になるのは食物が腐敗する速度だ。

 不思議なことだが日本と西欧の緯度はほぼ一致している。


 共に温暖の決め手となっているのは海流である。四季の色合いを思えば日本の気候が好ましいが、その代わり地震と津波のリスクがある。地震の少ないヨーロッパは石材を使った建築物が多い。

乾極と湿極の地政学/『新・悪の論理』倉前盛通

 倉前は更に「二十世紀以降の主要文明は、海流流線の集中点近くに栄えるであろう」という仮説のテーゼを示している(『悪の論理 ゲオポリティク(地政学)とは何か』倉前盛通)。

 色々と考え合わせると日本の首都が京都から江戸へ移ったのも得心がゆく。もしも遷都(せんと)をするなら次は東北か北海道が望ましい。無論、感染症対策だ。

 宿主(しゅくしゅ)であるヒトが長距離の移動を可能にするとウイルスも世界中に拡散する。ウイルスにとって人体は大地や海のようなものだ。科学技術によってウイルスを撲滅するよりは、ウイルスに適応する進化を遂げるのが自然の摂理にかなっているだろう。

2020-04-27

遺伝子多様性の小さい集団は伝染病に弱い/『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄


『コロンブスが持ち帰った病気 海を越えるウイルス、細菌、寄生虫』ロバート・S・デソウィッツ

 ・遺伝子多様性の小さい集団は伝染病に弱い

『飛行機に乗ってくる病原体 空港検疫官の見た感染症の現実』響堂新『感染症と文明 共生への道』山本太郎
『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝
『続・人類と感染症の歴史 新たな恐怖に備える』加藤茂孝
『感染症の世界史』石弘之

 遺伝子多様性の小さい集団は伝染病に弱い。特にウイルス病に対して弱い。通常、人がウイルスの感染を受けても、病気に(ママ)なりやすさは個人個人で異なる。個人個人の感染に対する遺伝的感受性が異なるからである。しかし、ウイルス感染を起こしやすくする遺伝子が個人個人で同じであった場合には、そのような人々が密集して居住する都市にいったんそのウイルスが侵入したら、あっという間に感染が広がってしまう。マクニールによれば、1520年、メキシコ地域の人口は2500万から3000万であったのが、100年後には10分の1以下になってしまった。これは戦争よりも、旧世界人が持ち込んだ天然痘および麻疹による死亡の影響の方が大なのである。
 新大陸文明の次の大きな特徴は、家畜がいなかったことである。牛、山羊、羊、馬、豚はいなかった。ヒト伝染病ウイルスは、もともとは動物から来たものと考えられる。新大陸には動物から人(ママ)へうつる病原体はたくさんあるが、ヒトだけに感染するように変化したウイルスはなかった。

【『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄〈いのうえ・さかえ〉(講談社現代新書、2000年)】

 感染症の本には大抵インディアンの歴史が書かれている。スペイン人を中心とするヨーロッパ人にインディアンは虐殺されたが、最も多かったのは感染症による死亡であった。家畜文明をもつヨーロッパ人はウイルスにさらされてきたのだろう。そのヨーロッパ人がアメリカで移されたのは梅毒であった。病気のフェアトレードだ。

 こうした歴史からも明らかなように感染症を起こす最大の原因は人の移動である。特に交通機関が発達してから人や食料、更には動物や昆虫の類いまでもが世界を駆け巡るようになった。日本が辺境(ヨーロッパから見て)の島国であることにネガティブな感情を抱く人も多いと思うが、人類が感染症と戦ってきた歴史を思えば海で隔てられているのは大きな利点である。また日本の国土は縦に長いため一定の遺伝子多様性があるようにも思う。

 動物由来の感染は触れたり食べることで移るケースと、ダニやノミを介して移るケースとがある。動物には害がなくとも人間を死に至らしめるウイルスも少なくない。

 ウイルスは生物と非生物の間に存在しており単独で生きることはできない。つまり人間を殺してしまえばウイルスも心中する羽目となるのだ。ウイルスと人間は共生系である。ウイルスを撲滅することは不可能ゆえ、互いに進化する他ない。

微生物の耐性遺伝子は垂直にも水平にも伝わる/『感染症の世界史』石弘之


『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『人類と感染症の歴史 未知なる恐怖を超えて』加藤茂孝

 ・人口過密社会と森林破壊が感染症拡大の原因
 ・微生物の耐性遺伝子は垂直にも水平にも伝わる

『感染症の時代 エイズ、O157、結核から麻薬まで』井上栄
『感染症と文明 共生への道』山本太郎
『ワクチン神話捏造の歴史 医療と政治の権威が創った幻想の崩壊』ロマン・ビストリアニク、スザンヌ・ハンフリーズ
『病が語る日本史』酒井シヅ
『あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた』アランナ・コリン
『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』キャスリン・マコーリフ
『土と内臓 微生物がつくる世界』デイビッド・モントゴメリー、アン・ビクレー
『失われてゆく、我々の内なる細菌』マーティン・J・ブレイザー
『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット

 抗生物質によってほとんどの細菌は死滅するが、耐性を獲得したものが生き残って増殖を開始する。細菌は抗生物質を無力化する酵素をつくりだし、自身の遺伝子の構造を変えて攻撃に耐えられるように変身できるからだ。
 とくに、人と微生物の世代交代の時間と変異の速度を考えると、抗生物質と耐性獲得のこの追いかけっこは圧倒的に微生物側に分がある。ヒトの世代交代には約30年かかるが、大腸菌は条件さえよければ20分に1回分裂をする。ウイルスの進化の速度は人(ママ)の50万~100万倍にもなる。現生人類の歴史はせいぜい20万年だが、微生物は40億年を生き抜いてきた強者(つわもの)だ。
 この耐性の獲得は「親から子へ」という「垂直遺伝」だが、非耐性の菌が別の菌から耐性遺伝子を受け取る「水平遺伝」も耐性菌の勢力拡大の強力な武器である。

【『感染症の世界史』石弘之〈いし・ひろゆき〉(角川ソフィア文庫、2018年/洋泉社、2014年『感染症の世界史 人類と病気の果てしない戦い』を加筆修正)】

 遺伝子の水平伝播は初めて知った。こりゃ、かなわんな。我々人類はウイルスに対してまず白旗を掲げるのが正しい所作なのかもしれない。

 恋愛感情を支えているのは遺伝子だ。美人(あるいはハンサム)がモテるのは顔が遺伝的優位性を示しているためだ(『なぜ美人ばかりが得をするのか』ナンシー・エトコフ)。体型も同様である。多くの男性がくびれた腰を好むが、「ウェストとヒップの黄金比率は7対10。この比率、実は女性の健康と深い相関関係がありました。この比率から離れれば離れるほど、女性は病気にかかりやすくなり、妊娠力にも深い関係があることがわかっています」(女性の魅力…男性が「腰のくびれ」を好む深い理由! | NotesMarche (ノーツマルシェ))。

 口づけの真の目的は細菌の交換にある。それでもヒトの遺伝子が水平に伝わることはない。せいぜいエピジェネティックな変化が関の山だ。

 結局のところ大小の犠牲を払いながらウイルスに適応するしか道はなさそうだ。

進化における平均の優位性/『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ


 ・進化医学(ダーウィン医学)というアプローチ
 ・自然淘汰は人間の幸福に関心がない
 ・痛みを感じられない人のほとんどは30歳までに死ぬ
 ・進化における平均の優位性
 ・平時の勇気、戦時の臆病

『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス
『失われてゆく、我々の内なる細菌』マーティン・J・ブレイザー

 たとえば、鳥の翼は、空にうまく舞い上がれるだけの長さがなければならず、鳥がコントロールを保てるほど短くなければならない。大嵐のあとで死んだ鳥の翼の長さを測ってみると、並外れて長いか、並外れて短いか鳥が期待値よりも多かった。生き残った鳥は、中間の(より最適に近い)長さの翼をもつ鳥に偏っていたのである。

【『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ:長谷川眞理子〈はせがわ・まりこ〉、長谷川寿一〈はせがわ・としかず〉、青木千里〈あおき・ちさと〉訳(新曜社、2001年)以下同】

 以前、抜き書きで紹介したテキストだが再掲。平均には優位性がある。よく知られた事実だが多くの人の顔のパーツの平均値でモンタージュされた画像は必ず美人(ハンサム)となる(ただし「絶世の」とはならない)。

 自然現象も社会現象もグラフ化すると正規分布に従うものが多い。グラフの線はベルカーブ(釣り鐘型)を描く。


 例えば極端に大きい人は着る物に困る。ま、両国に行けばその手の店はあるが。また戦争になれば的になりやすいことだろう。草食動物が肉食獣に襲われる時、真っ先に狙われるのは小さな子供である。動きも鈍いため直ぐ捕まる。

 知能や性格はどうだろう? 平均的であれば嫌われることが少ないだろう。突出した個性は嫌われやすい。「能ある鷹は爪を隠す」といった俚諺(りげん)や「韜晦」(とうかい)という言葉は平均を志向している。

 グッピーを、コクチバスと出会わせたときの反応によって、すぐ隠れる個体を「臆病」、泳いで去る個体を「普通」、やってきた相手を見つめる個体を「大胆」と、三つのグループに分ける。それぞれのグループのグッピーたちをバスと一緒に水槽に入れて放置しておく。60時間ののち、「臆病」なグッピーたちの40パーセントと「普通」なグッピーたちの15パーセントは生存していたが、「大胆」なグッピーは1匹も残っていなかった。

 戦時には臆病者が、平時には勇者が生き伸びるのだろう。英雄的人物は死ぬ確率が高い(『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー)。むしろ英雄は死ぬことで魂を残しているのだろう。

武田邦彦「コロナ顛末記」