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2017-08-05

池田大作の実像/『杉田』杉田かおる


『カルト村で生まれました。』高田かや
『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広
『カルトの子 心を盗まれた家族』米本和広
『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』佐藤典雅

 ・池田大作の実像

『小説 聖教新聞 内部告発実録ノベル』グループS
『乱脈経理 創価学会 VS. 国税庁の暗闘ドキュメント』矢野絢也

『月の砂漠』(ママ/正しくは『月の沙漠』)以来、身近で接することはあったが、いつも緊張していて、わたしは一言も話すことができなかった。そもそもこちらから声をかけるなど、とんでもなく畏れ多いこと、彼こそは雲の上の人であった。
 食事が始まった。その席上、最高指導者が、「男はうそつきだから気をつけろ」とか「先々代の最高指導者は金儲けが下手だった」とか、あまりにも俗っぽい話題を出すので、わたしは自分の耳を疑った。何かの間違いだろうとまで思った。
 が、そんな疑問など吹っ飛ぶような出来事が続いて起こった。デザートにメロンが出たのである。一皿に半月形に切ったメロンが載っていた。なんの変哲(へんてつ)もないメロンだと思って見ていた。すると、最高指導者がいった。
「このメロンは天皇陛下と私しか食べられない」
 はあ? という目でわたしはメロンを見た。そんなに貴重なメロンなんだ。と、彼はそのメロンをひとさじすくいとって口に含んだ。そして、「みんなにも食べさせてあげたい」といった。わたしは、同じメロンがみんなの前にも出てくるものと期待し、貴重なメロンをみんなと分かち合おういう彼の思いやりに心が動かされた。
 ところが、彼はその食べかけのメロンを隣の席の人に渡した。うやうやしく受け取った人は、同じスプーンで同じようにすくって口に入れた。そしてまた隣の人へ。スプーンをしゃぶるようにする中年の幹部もいた。
 悪夢のようだった。最高指導者にすれば、善意かもしれないが、わたしにはただ気持ち悪さが背筋を走った。その順番がわたしにも近づいてくる。どうしよう、どうしよう。動揺が顔に出てしまったらしい。隣の女性がわたしを睨(にら)みつけた。そうこうするうちに、ついにわたしのところへ恐怖のメロンが来た。もうほとんど食べつくされて、更には果汁がどろんとよどんでいた。
 わたしは覚悟を決めて、皮に近いところを少しだけすくった。ところが、スプーンがすべって、ほんのすこしのつもりが、結構な量がすくえてしまった。うまくいかないものだ。周囲は注目している。わたしは目をつぶって、味わわないように素早く飲み込んだ。
 お下げ渡しと称して、こんなばかげた不潔なことをさせるのが、最高指導者なのか。わたしの中で少しずつ不信感が芽生えていく。

【『杉田』杉田かおる(小学館、2005年)】

 過去に「『月の砂漠』(ママ)を歌いなさい」「ヘタクソだねえ。もう一度歌いなさい」というやり取りがあった。池田大作に心酔していた杉田は「それでも嬉しかった」と振り返る。

 私の世代だと杉田かおるはチー坊役で知られる。


 その後『3年B組金八先生』、『池中玄太80キロ』とキャリアを積み上げ、歌(「鳥の詩」)もヒットした。ヘアヌード写真集でも話題をさらった。2000年からはバラエティ番組にもよく登場した。傍(はた)から見ると順風満帆の人生だが実生活は異なっていた。

 ネット上では創価学会告発本として取り上げられることが多い著作だが驚くほど面白かった。詐欺を繰り返す父親との愛憎、精神を病んだ母親との確執。創価学会で一級の活動家となったものの、池田大作の実像に幻滅し脱会するに至る。そして24時間100kmマラソンでは奇しくも「自分の過去そのもの」と言ってよいコースを走る。

 誤読しやすいと思われるが創価学会批判に目的があるわけではなく、ただ忠実に自らの体験を書いている。『杉田』とのタイトルは父親の姓で既に戸籍も変えたという。中年に差し掛かった女性が過去への訣別を綴る。あけすけ過ぎてやや病的に思えるほどだが嘘の臭いはない。結婚という幸せに向かって本書は結ばれているがその後破局している。

 日蓮の遺文に「一代の肝心は法華経、法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり。不軽菩薩の人を敬ひしはいかなる事ぞ。教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞ひにて候けるぞ。穴賢穴賢。賢きを人と云ひ、はかなきを畜といふ」(「崇峻天皇御書」建治3(1277)年9月11日、真蹟曽存)とある。食べかけのメロンを下げ渡す振る舞いに「賢さ」はない。

 佐藤典雅著『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』と併読すれば直ちにわかるが、姿勢としては杉田かおるの方が上だ。佐藤は被害者の立場に甘んじているが、杉田は自分の選択に責任を持っている。

 しかしながら、やはりエホバ信者には佐藤本が受け入れらないだろうし、創価学会員なら杉田本を拒絶することだろう。信仰は事実を歪める。もしも事実を認めれば別のフィクション(物語)が必要となる。

 尚、別の書籍によれば池田は北條浩第四代会長に対し、唐辛子で真っ赤にした蕎麦を「食べよ」と命じたエピソードもある。弟子の忠誠心を試すのは疑心暗鬼によるものか。

 それでも尚、数百万人もの信者が池田を敬愛している事実を軽んじてはならないだろう。創価学会が日本最大のマンモス教団となり得たのは「下位集団の社会化」に成功したためであろう。

杉田
杉田
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杉田 かおる
小学館
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2014-01-16

飼い犬だとみくびっていたら実は眠れる獅子であった/『黒い手帖 創価学会「日本占領計画」の全記録』矢野絢也


『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし

 ・飼い犬だとみくびっていたら実は眠れる獅子であった

『「黒い手帖」裁判全記録』矢野絢也
『乱脈経理 創価学会 VS. 国税庁の暗闘ドキュメント』矢野絢也

 矢野絢也は元公明党委員長である。1989年、明電工事件への関与が取り沙汰されて委員長を辞任。1993年には政界から引退し政治評論家に。テレビ番組にもよく登場していた。

 悪い言い方をすれば「創価学会の飼い犬」だ。ただし本書を読むと「番犬」であったことが窺える。創価学会は何を血迷ったか突然番犬を叩いた。飼い主は手を噛(か)まれて「眠れる獅子」であったことに気づいた。ま、そんなところだ。

 私は2008(平成20)年5月12日、半世紀以上にわたり所属してきた創価学会ならびに同会の幹部7名を、東京地方裁判所に民事提訴した。それに先立つ5月1日に私と家内、息子夫妻とその娘3人は創価学会を退会した。
 提訴内容は以下の三つである。
(1)2005(平成17)年5月14日、学会青年部幹部5名が私を威迫して、政治評論家としての活動を中止させた。これは憲法で保障された表現の自由ならびに職業選択の自由を侵す違法な行為である。
(2)同年6月15日、学会幹部3名が私との会談の際、私に自宅を売却して2億円、3億円という莫大な金額の寄付をするよう執拗(しつよう)に強要した。
(3)創価学会は機関紙『聖教新聞』などで、私への誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)記事を継続して掲載した。これは名誉毀損にあたる。
 こうした一連の人権侵害行為を行ったことについて、創価学会および同会の幹部に5500万円の賠償を求めている。

【『黒い手帖 創価学会「日本占領計画」の全記録』矢野絢也〈やの・じゅんや〉(講談社、2009年)以下同】

 教団の体質を象徴する内容と見てよい。そもそも宗教自体が束縛の道具であるゆえ、縛(いまし)めを解いて自由になろうとする者を教団が許すはずもない。これは何も宗教に限った話ではあるまい。濃密な人間関係を基(もと)にしたムラ的コミュニティすべてに共通している。いかがわしい商売でなくとも、ある種の宗教と化している企業やサークルも存在する。

 見逃せないのは多額の寄付を強要している点である。しかも「自宅を売れ」と命じているのだ。

 矢野本人に黒い噂が絶えなかったこととこれとは別問題だ。

 創価学会は日蓮正宗総本山大石寺と二度目の紛争以降、聖教新聞を使って猛烈なキャンペーンを張ってきた。教団がターゲットとして選んだ人物の個人情報をさらし、徹底的な攻撃を加えてきた。そのたびに裁判沙汰を起こしている。創価学会寄りの識者からも問題視された(渡辺武達〈わたなべ・たけさと〉著『聖教新聞の読み方 創価学会・機関紙のエネルギー源を探る』)。

 私は学会が巻き込まれた厄介事(やっかいごと)の処理を、学会首脳から、ほぼすべて依頼され、各方面に対応してきた。それらの多くは、およそ口にできないような内容だったが、「学会を守る」「池田先生を守る」という、当時の生きる目的ともいえる思いが私を動かしていた。
 たとえば、私が関わった代表的な出来事を挙げると、学会による言論出版妨害事件創価学会と共産党との協定、池田大作名誉会長の女性問題を記事にした『月刊ペン』との裁判本山大石寺(たいせきじ)との二度にわたる紛争ルノアール絵画疑惑捨て金庫事件、国税庁による学会への税務調査などである。
 それ以外にも諸々の事件の顛末(てんまつ)が手帖には記載されている。そのような極秘資料が外部に流出すれば、学会のみならず、政界など多方面に多大な迷惑をかけるだろう。
 多くの事件は既に時効を迎えている。今さら、それを蒸(む)し返し、真相を暴露したところで、多くの人が傷つくだけである。私の心積もりとしては、世間に口外せずに、墓場まで持っていこうと思っていた。ところが、学会はそうは考えず、このような物騒(ぶっそう)な極秘メモを持つ私を危険人物とみなしたようである。

 散々汚れ仕事をやらされた結果がこのザマだった。矢野が告訴に踏み切るのも当然だろう。

 創価学会は青年部幹部を使って矢野を脅迫し、公明党OBを使って矢野から100冊を超える「黒い手帖」を取り上げた。まるで暴力団のような手口である。本丸には傷つかないよう細心の注意を払っている。使い走りにするのは「いつでも切って捨てる」ことのできる連中だ。

 創価学会の会長にさしたる権限はない。とすればやはり池田大作の意向で矢野を封じ込めようとしたのだろう。

 自分自身の神格化のために邪魔者は葬る――そんな魂胆が見えてくる。先日、北朝鮮で処刑された張成沢〈チャン・ソンテク〉の姿が矢野と重なる。

 尚、矢野絢也はその後も立て続けに書籍を上梓しているが、『乱脈経理 創価学会vs.国税庁の暗闘ドキュメント』が一番お薦めできる。

黒い手帖 創価学会「日本占領計画」の全記録闇の流れ 矢野絢也メモ (講談社プラスアルファ文庫)私が愛した池田大作 「虚飾の王」との五〇年乱脈経理 創価学会VS.国税庁の暗闘ドキュメント

矢野絢也

2014-03-29

教団内部の政争/『乱脈経理 創価学会 VS. 国税庁の暗闘ドキュメント』矢野絢也


『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし
『杉田』杉田かおる
『小説 聖教新聞 内部告発実録ノベル』グループS
『黒い手帖 創価学会「日本占領計画」の全記録』矢野絢也
『「黒い手帖」裁判全記録』矢野絢也

 ・教団内部の政争

 創価学会にまつわる数々の事件で汚れ仕事をやらされてきた著者が赤裸々に舞台裏を綴った手記である。矢野絢也のネゴシエーター振りは国税庁との攻防で見事に発揮されており、政治家としての力量が窺える。

 教団内部の政争が醜悪極まりない。それでも優れた読み物になっているのは著者の筆致が抑制されているからだ。声高に創価学会を糾弾することもなく、事実を淡々と綴っている印象が強い。

 創価学会の体質は巨大企業というよりは暴力団に近い。さしずめ創価一家といったところだろう。組長である池田大作を守るためなら、どの幹部であろうとも鉄砲玉のように扱われるのだ。矢野絢也も結果的にその一人となった。

 マンモス教団の乱脈経理にメスを入れるべく国税庁は池田大作の公私混同を問題視していた。全国の創価学会会館に設置されている池田のプライベートルームや、実質的に池田の別荘と化している各地の研修道場、そして海外要人への高価なプレゼントや公明党議員への報奨金および創価学会員への小遣いなど。


 国税庁との窓口は矢野が担当し、矢野はあらかじめ竹下元首相などに国税庁への働きかけを依頼していた。

 その5日後の4月18日、竹下元首相からの一本の電話は私を狂喜させた。竹下氏のちからをまざまざと見せつけるものだった。竹下氏は、事実上、(※第二次税務調査の)税金をゼロにするよう国税庁首脳部を説き伏せていたのだ。
「国税庁には“心にまで課税できない”と言っておいた。源泉徴収義務を怠った程度の扱いで収める。学会の山崎尚見〈やまざき・ひさみ〉副会長には“矢野さんの力でできたことだ”と話しておく。だが、山崎には、今後も注意するようにと言っておく」
 山崎氏は学会の政治担当で、公明党だけでなく、自民党首脳らとも接触していた。山崎氏は、竹下氏に以前から米などを付け届けしていた。このときはおそらく池田氏と秋谷氏の指示で、私とは別に念押しのために竹下氏と接触していたようだ。
 私は竹下氏に「ありがとうございました。ご恩は忘れません」と繰り返しお礼を言い、電話機に向かって何度も頭を下げた。

【『乱脈経理 創価学会 VS. 国税庁の暗闘ドキュメント』矢野絢也〈やの・じゅんや〉(講談社、2011年)】

 元々創価学会は困ったことがあると自民党代議士に泣きついてきた。言論出版妨害事件の際は田中角栄に仲裁を依頼している。

 ところがあろうことか公明党と創価学会はあっさりと竹下を裏切る。

 世論の激しい批判にさらされた金丸氏は10月14日、遂に議員辞職に追い込まれ、竹下派会長も辞任。竹下派では後任の会長を巡り、会長代行の小沢氏のグループと反小沢の小渕副会長のグループが激しく対立し、年末の竹下派分裂に突き進む。
 一方、皇民党事件に関連して、金丸、竹下両氏の国会証人喚問を求める声が高まり、竹下氏に対して議員辞職を求める声が政界から沸き起こった。
 竹下氏の議員辞職要求の先頭に立ったのは、こともあろうに学会への第二次税務調査潰しを竹下氏に頼んだ公明党の石田委員長だった。
 石田氏は14日の記者会見で「総裁選への暴力団関与は、民主政治の根幹に関わる問題だ」として、竹下、金丸両氏の証人喚問による真相解明に全力を上げることを表明、あわせて竹下氏の進退に言及し「議員辞職に値する」と言い切った。野党党首が竹下氏に議員辞職を求めたのは初めてで、これをきっかけに他の野党や自民党内からも竹下氏の議員辞職を求める声が相次いだ。
「公明党は竹下にきつい」という宮沢首相側近の指摘どおりの展開になったわけで、竹下氏の側近からさっそく私に抗議が来た。
「お宅の石田委員長がいちばん先に竹下辞任の口火を切ったが、どういうつもりか。恩知らずとはこのことを言うんだ」
 私は「マスコミに聞かれて、つい言ってしまったようだ」と苦しい弁明をしたが、私自身も石田氏の発言に腹を立てていた。私はすぐ竹下氏に連絡して謝罪した。石田発言によって追い詰められた竹下氏は不機嫌で「なぜ、よりによって石田に言われなければならないのか」と憮然としていた。(中略)
 しばらくすると竹下氏から電話があった。竹下氏は、懸命に心を静めようとしているらしく、いつもの淡々とした口調に戻っていた。竹下氏は私と話す前に学会の山崎副会長と話したという。
「山崎に私のほうから電話をして、自分の心境を話した。山崎は、石田に事情を聞いて連絡をすると話していた。学会との関係は変えたくないと思っている」
 だが翌日になっても山崎副会長は竹下氏に電話一本かけなかったという。
 山崎氏は、学会の政治担当として、第二次税務調査をはじめ問題があるたびに竹下氏にすがっていた。池田名誉会長個人の脱税問題では、竹下氏の力添えで脱税をもみ消してもらい、山崎氏も竹下氏に感謝していた。
 ところが竹下氏が政治的に追い込まれるや態度を一変させ、助け舟を出すどころか逆に追い落としにかかった。学会・公明党の首脳たちは冷酷、非情と言われても仕方がなかろう。

 創価学会は下衆の勘繰りをし「国税は竹下がけしかけたのではないか」と考えたのが真相のようだ。平然と恩を仇で返すところに創価学会の政治性があり、その後公明党が与党入りをしたことも納得がゆく。

 学会の裏切りを目のあたりして、さすがの竹下氏も「学会もわからないところだ」と憮然たる様子で私に愚痴を言った。
「山崎から連絡が来ない。私は文句を言った訳ではなく心境を話しただけなのになあ」
 私が言葉に窮していると、竹下氏は、国税庁の坂本前本部長が竹下氏のところに押しかけてきたことを明かした。
「坂本が私のところに来た。“我慢して便宜を図ってやったのに学会は許せない”といきりたっていた。私は“宗教は心の問題だから課税しないでいい”となだめておいた」
 それでも坂本氏は収まらず「ルノワール事件は今後、問題になる」と仕返しをほのめかすなど、怒り心頭だったそうだ。

「マムシの坂本」の異名を持つ坂本導聡〈さかもと・みちさと〉国税庁直税部長は竹下の側近であった。

 創価学会内部から国税庁に投書が寄せられているというのだから教団の腐敗ぶりが目に浮かぶ。日本一のマンモス教団が凋落するのも時間の問題だろう。私は戦後から高度経済成長期にかけて創価学会と日本共産党には一定の役割があったと考えているが、既に双方とも役割は果たし終えたものと見ている。

 公明党は大衆福祉を掲げて設立されたわけだが、国民の見えないところで消費税導入にも賛成していた事実が書かれている。政界で魑魅魍魎(ちみもうりょう)に魂を売ってしまった宗教者の成れの果てが哀れだ。権力が腐敗するように、巨大化する組織も腐敗を免れないのだろう。

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検察庁と国税庁という二大権力/『徴税権力 国税庁の研究』落合博実

2015-11-23

朝倉慶、落合莞爾、井上章一、他


 3冊挫折、2冊読了。

つくられた桂離宮神話』井上章一(弘文堂、1986年/講談社学術文庫、1997年)/批判のあり方としては王道を歩む本である。「桂離宮の発見者」と目されているブルーノ・タウトだが、その前後の美術界における言動を詳細に検証する。この手法は歴史や宗教にも応用されてしかるべきだ。中ほどまで読むも、同じような話の繰り返しが目立つ。併読する書籍が少なければ読み終えたことだろう。

フライパンでつくる 美腸 グラノーラ』小林暁子〈こばやし・あきこ〉(角川SSCムック、2014年)/本の構成が悪い。判型も妙に横幅が長い。テキストのバランスが悪く読むに堪えないクソ本である。やたらと店の紹介をするのもおかしい。立ち読みで十分だ。

堕ちた庶民の神 池田大作ドキュメント』溝口敦(三一書房、1981年)/『池田大作 「権力者」の構造』の増補版であった。池田の会長辞任を巡って再商品化したのだろう。

 156冊目『逆説の明治維新』落合莞爾監修(別冊宝島、2015年)/なかなか面白かった。明治維新の全体的な流れがよくわかった。落合は徳川慶喜を高く評価する。戊辰戦争(1868-69)については薩長土の低い身分の者どもを士族に引き上げる報奨を与える目的があったと指摘。いくばくかの疑問あり。

 157冊目『もうこれは世界大恐慌 超インフレの時代にこう備えよ!』朝倉慶〈あさくら・けい〉(徳間書店、2011年)/この人の情報は部分的に読むのが正しいと思われる。とにかく芸風が酷い。ひたすら投資家の不安を煽る手口で怪文書並みの文体となっている。「奥さん、大変ですよ!」ってな感じだ。その軽さが信用ならない。まして巻末で船井幸雄を持ち上げるに至っては何をか言わんやである。炎上商法の亜流か。

2018-04-21

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2015-10-18

加治将一、岸見一郎、古賀史健、西尾幹二、藤原美子、溝口敦、小林よしのり、他


 8冊挫折、6冊読了。

眠りなき狙撃者』ジャン=パトリック マンシェット:中条省平〈ちゅうじょう・しょうへい〉訳(河出文庫、2014年)/中条翻訳ということで読んでみたが文体の癖についてゆけず。

毒になる親  生苦しむ子供』スーザン・フォワード:玉置悟〈たまき・さとる〉訳(講談社+α文庫、2001年)/良書。親子関係がすっきりしない人は読むといいだろう。私には必要なかった。

国家は「有罪(えんざい)」をこうして創る』副島隆彦〈そえじま・たかひこ〉、植草一秀、高橋博彦(祥伝社、2012年)/二度の植草事件を検証する内容。個人的な印象としてはやはり冤罪の可能性が高いように思う。当時の小泉改革に反対する専門家として植草と紺谷典子〈こんや・ふみこ〉が有名だが二人ともテレビから締め出されている。

知られざる真実 勾留地にて』植草一秀(イプシロン出版企画、2007年)/こちらが事件後に刊行された第一号となる。大手出版社は忌避したのか? 冤罪を訴える内容と思いきや、短文のエッセイ集でびっくりした。巻末資料として50ページ余りで事件の経緯が記されている。冤罪や国策操作に興味のある人は必見のこと。

帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」』関岡英之(祥伝社、2010年)/ダライ・ラマの記述から始まり肩透かしを食らった。

日本近代史 「明治維新」という嘘』原田伊織監修(別冊宝島、2015年)/原田著『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』の人気にあやかる宝島の商魂は不問に付す。冒頭に登場する原田の人相が悪すぎる。死神がダンディを気取っているようにしか見えない。絵の構図がさほどよくない。部分的な明治維新批判にとどまっている。加治将一(※後述)の足元にも及ばない。

祖父たちの零戦 Zero Fighters of Our Grandfathers』神立尚紀〈こうだち・なおき〉(講談社、2010年/講談社文庫、2013年)/「写真週刊誌『FRIDAY』のカメラマンとして報道の仕事に従事していた戦後生まれの私」(2ページ)という文章を読んで本を閉じた。『FRIDAY』が報道の仕事とは知らなんだ。

新編 知覧特別攻撃隊 写真・遺書・遺詠・日記・記録・名簿』高岡修編(ジャプラン、2010年/村永薫編、ジャプラン、1991年『知覧特別攻撃隊 写真・遺書・日記・手紙・記録・名簿』が旧版か)/本書は写真に価値がある。書籍としては構成が施されていないため息苦しさが延々と続く。しかし写真の笑顔が、そして雄渾なる筆致が胸を打ってやまない。

 127冊目『ゴーマニズム宣言SPECIAL パール真論』小林よしのり(小学館、2008年)/書くのを失念していた。中島岳志が『パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義』で小林に喧嘩を売った。で、小林が「喧嘩上等」と買ったのが本書である。学者vs.漫画家の勝負は完膚なきまでに小林の勝利と見てよい。amazonレビューの低い評価がいずれも濃い内容となっていて注目に値する。更に中島は西部邁と『パール判決を問い直す「日本無罪論」の真相』を著すが的外れな議論を展開しているようだ。また第18章では田中正明の改竄問題(※『「南京事件」の総括』)を検証。意図的な改竄部分は少なからず散見されるが、資料誤読によるミスが多いとし、朝日新聞報道をミスリードと断じる。テキストがメインなので私のように小林の画風が苦手でも十分堪能できる。「日本の近代史を学ぶ」に追加。

 128冊目『池田大作 「権力者」の構造』溝口敦(講談社+α文庫、2005年/三一新書、1972年『池田大作 権力者の構造 堕ちる庶民の神』改題)/ペンに悪意があり、至るところに憎悪が垣間見える。「あとがき」で言いわけせざるを得なかったのも自覚があったためだろう。読み物としては二流三流のレベルだが引用文献などの資料的価値は高い。

 129冊目『我が家の流儀 藤原家の闘う子育て』藤原美子〈ふじわら・よしこ〉(集英社文庫、2007年)/結婚と子育てを巡るエッセイ集。秀逸。筆致の軽やかさが亭主の藤原正彦よりも抜きん出ている。毒のあるユーモアは五分五分。藤原美子は2冊読んだが外れがない。

 130冊目『GHQ焚書図書開封 1 米占領軍に消された戦前の日本』西尾幹二(徳間文庫カレッジ、2014年)/飛ばし読みするつもりであったのだが一気に読み終えてしまった。驚くほど読みやすい。それもそのはずチャンネル桜で放送した番組の文字起こしに加筆したもの。GHQは何と7000冊以上もの書籍を没収していた(個人所蔵は除く)。つまり焚書の内容にGHQが抹殺を目論んだ日本文化のエッセンスがある。老境に達した西尾の無謀な試みであるが、既に第5巻まで刊行されている。その学者魂に頭を垂れる。

 131冊目『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』岸見一郎、古賀史健〈こが・ふみたけ〉(ダイヤモンド社、)/一気読み。これは驚天動地の一書である。脳みそが激しく揺さぶられる。「どうせベストセラーだろ」と侮っていた。マズローの自己実現理論とは一線を画す。古賀のライティングが巧みすぎて最初は胡散臭さを感じるほど。だが一旦脳が撹拌(かくはん)されると次々と心地良い刺激が満ち溢れる。本書の後にバイロン・ケイティを読むといいだろう。昨日読み終えたのだが脳の痺れがいまだに止まらない。

 132冊目『龍馬の黒幕 明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン』加治将一〈かじ・まさかず〉(祥伝社文庫、2009年)/面白かった。巻を措(お)く能(あた)わずで一気読み。危うい文章が散見されるが歴史の暗部に迫る良書。「やりすぎ都市伝説外伝」は本書を叩き台にしている。加治は想像力を駆使しして龍馬の暗殺犯を断定する。私は坂本龍馬にさほど興味を持っていないが、それでも度肝を抜かれた。よくよく考えてみれば下級武士であった坂本や勝海舟が何の背景もなく活躍できたわけがない。若干物足りなかったのは幕府側を支持したとされるフランスのフリーメイソンについて触れていない点である。「日本の近代史を学ぶ」に追加。

2014-09-16

斉藤道雄、山田昭男、白川静、梅原猛、田沼武能、他


 2冊挫折、11冊読了。

渡邉哲也のポジショントーク未来予測法 「経済の先行き」「世の中の動向」がなぜこれほど明確にわかるのか』渡邉哲也(ヒカルランド、2013年)/今まで読んできた中では一番つまらなかった。多作が祟って自分に酔っているところが見受けられる。著者名をタイトルに付けるセンスを疑う。

これからすごいことになる日本経済』渡邉哲也(徳間書店、2013年)/これもダメだった。100ページくらいで挫ける。

 51冊目『儲(もうけ) 国益にかなえば経済はもっとすごくなる!』渡邉哲也(ビジネス社、2013年)/安倍晋三応援団と化しつつある渡邉だが本書では数々の政策提言が行われていて侮れない。

 52冊目『「瑞穂の国」の資本主義』渡邉哲也(PHP研究所、2014年)/世界経済の最新動向を鋭く読み解いている。丸紅が穀物メジャーの一角に食い込んだ事実を私は知らなかった。新自由主義は既に崩壊した。

 53冊目『戦後の子供たち 田沼武能写真集』田沼武能〈たぬま・たけよし〉(新潮社、1995年)/昭和30年(1955年)頃の子供たちの姿が生き生きと躍動している。田沼の写真が時に中途半端に見えるのはシャッターチャンスを待つことなく瞬間的に被写体を捉えているためだろう。飾ることのない生々しさが伝わってくる。決して明るいだけの写真集ではない。貧富の差をもありのままに浮かび上がってくる。

 54、55、56冊目『日本一社員がしあわせな会社のヘンな“きまり”』(ぱる出版、2011年)、『日本一社員がしあわせな会社のヘンな“きまり"2』(ぱる出版、2013年)、『日本でいちばん社員のやる気がある会社』(中経の文庫、2010年/中経出版、2004年『楽して、儲ける!』改題)山田昭男/山田昭男の訃報(7月30日)に接し取り寄せた。山田こそは真の実業家である。ブラック企業と正反対の王道を歩む経営者がいた事実が胸を打つ。文章が易しいため見落としがちだが至るところにビジネスのアイディアがある。ホウレンソウ(報告・連絡・相談)禁止、携帯電話禁止、営業ノルマ禁止、残業禁止(定時は16:45)。年刊休日は140、年末年始は20連休。全員が正社員でアルバイトは一人もいない。採用は面接順。未来工業は名証2部に上場しており、従業員1000人超、年商200億円規模。徹底して社員に考えさせる姿勢がまた凄い。山田は社員から知恵を引き出すことに成功したのだろう。

 57冊目『治りませんように べてるの家のいま』斉藤道雄(みすず書房、2010年)/必読書。浦河の赤十字病院で殺人事件が起こる。殺されたのはべてるの家のメンバーだった。そして殺した人物もまた統合失調症であった。斉藤の文章にはどこかキリスト教的な臭みを感じるが、それでも心の柔らかい部分を見事に描ききっている。どんな宗教よりも彼らは生と死を直視しているし、コミュニケーションを通してありのままに病気を受け入れいている。

 58冊目『呪の思想』白川静、梅原猛(平凡社、2002年/平凡社ライブラリー、2011年)/ハードカバーには「神と人との間」と付く。途中でやめようと思ったのだが読み終えてしまった。梅原が「先生」と呼ぶのだからやはり白川は凄い人物だ。白川の手書きによる甲骨文字も多数掲載されている。対談集だがこの二人から講義を受けていると思えば安いものだ。

 59、60、61冊目『創価学会と「水滸会記録」 池田大作の権力奪取構想』(第三書館、2004年)、『「月刊ペン」事件 埋もれていた真実』(第三書館、2001年)、『法廷に立った池田大作 続「月刊ペン事件」』(第三書館、2001年)山崎正友/資料として読んだのだが、読み物の出来としてはかなり悪い。明らかな悪意が窺え、事実と風聞が入り乱れている。そもそも著者自身の葛藤が描かれていない。

2017-08-06

創価学会というフィクション/『小説 聖教新聞 内部告発実録ノベル』グループS


『カルト村で生まれました。』高田かや
『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広
『カルトの子 心を盗まれた家族』米本和広
『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』佐藤典雅
『杉田』杉田かおる

 ・創価学会というフィクション

『乱脈経理 創価学会 VS. 国税庁の暗闘ドキュメント』矢野絢也
『創価学会秘史』高橋篤史

 学会本部とともに、この“学会村”の中核をなす聖教ビルの最上階7階が、聖教新聞社社主でもある沼田太作専用の“貴賓室”として生まれ変わったのは、58年8月のことだった。
『本社では、来客用の部屋が古くなったため、改装工事を進めていたが、このほど新装なり、この日、社主である名誉会長も、その模様を視察した』
 当時の聖教新聞紙上には、“貴賓室”についてたったこれだけの記事でしか触れられていない。だからこれを読んだ一般の学会員は、応接間をちょっと改装した、という程度にしか思わなかったことだろう。
 しかし、実際には、ビル中央のエレベーターホールの東側にあった記念館をとりこわし、それまでの沼田の執務室とあわせて、7階の全フロア約300坪を沼田太作専用フロアに改装するための工事に、半年間も費やしたのである。
 わざわざイタリアから取り寄せて、壁一面に張りめぐらした大理石は、重厚な光沢をたたえている。
 欧風の執務室と大会議室には、壮大なシャンデリア。フロア全体には、思わず体が沈みこんでしまうような感触をおぼえる、ぶ厚いペルシャ製のシャギーとジュウタンがしきつめられている。
 特注のテーブル、椅子、サイドボード、記帳台……すべてが“一流”好みの沼田の趣向によるものばかりだ。
 記帳台ひとつとってみても、皇居で天皇がお使いになっているものを「はるかにしのぐもの」というふれこみの、1000万円もしたという高価なものだ。
 それだけではない。南側に面した執務室の隣と北西の角部屋には、白木をふんだんに使った最高級の和室になっていて、大きな掘りごたつも作られ、沼田がゆっくりとくつろぐための部屋になっている。
 空調設備も、7階だけはビル本体と切り離して、沼田の体質にあわせて操作できるように作り変えられていた。
 当初、この改装工事の見積もりは7億1600万円だったが、沼田好みの贅(ぜい)をつくすうちに、追加追加で2億円もオーバーし、たった1フロアを沼田専用に改装するために、総額9億円もの費用が投じられたのである。

【『小説 聖教新聞 内部告発実録ノベル』グループS(サンケイ出版、1984年)以下同】

 意外と知られていない書籍である。私も偶然知った。池田大作が沼田太作という仮名になっているが、登場人物の殆どがこんな調子で実名を少し変えただけの名前となっている。

「坊主丸儲け」とはよく言ったもので、税制を優遇されている宗教法人が贅沢(ぜいたく)三昧をするならば国民は課税を望むに違いない。創価学会員は真面目な人が多い。彼らが爪に火を灯すように蓄えてきたお金を喜捨し、教団トップが湯水のように散財する。まるで資本主義を絵に描いたような構図である。


 聖教新聞社に勤務する中堅幹部複数名が内部告発した体裁となっているがもちろん正体は不明だ。ただし詳細に渡る内部情報を鑑みると極めて妥当性が高い。他の関連本に引用されていないのが不思議なほどである。例えば上記テキストでも天皇に「陛下」という敬称を付けていないところがいかにも学会員らしい(笑)。

 沼田の原稿は、ふつう、下書きを専門にしている文書課の者が元になる原稿を書く。それを第一庶務(沼田の秘書室)を通して沼田に提出するのである。
 聖教新聞に随時連載している『忘れ得ぬ同志』をはじめ、月刊誌『潮』などに掲載される沼田の原稿は、その大半が文書課所属の編集メンバーの手によるものだ。
 沼田の原稿を代作する編集メンバーには、聖教新聞社別館の4階にある専用室が与えられている。専用室には、沼田がこれまでに“書いた”著作類がそろえられており、歳時記などの参考文献がズラリとならんでいる。すぐ下の2階、3階は聖教新聞の資料室だ。編集メンバーは必要に応じて、資料室から資料をふんだんに持ち出し、これまでの沼田の著作物との間に、内容や文体上、矛盾や違和感がないように心をくばりながら、執筆に当たるのである。
 こうして元原稿ができあがる。
 原稿の内容が核軍縮問題など、国際政治への提言といったようなものであった場合は、論説委員長の松原正がアンカー役としてチェック、そのうえで第一庶務に渡すのである。日常的な学会内部に関する原稿の場合は、編集局長の佐川祐介がアンカーを務めている。

 ゴーストライターの実態については更に詳しく述べられている。

 沼田の一般的な文章は、聖教新聞の文書課のメンバーがすべて代筆していたが、思想的なものや教学に関するものなどは、彼ら教学畑の人間たちがそのほとんどを代筆していた。
 昭和45年に沼田が出した『私の人生観』は、全文桐谷康夫の書き下ろしだったし、50年発刊の『法華経を語る』は、原山直と野川弘元と沼田の対話集という形になっているが、実際は、そのほとんどを野川が書いたものだ。そのくせ本の著作者は沼田一人だけになっている。
 また、沼田がこれまで自分の勲章のように自慢してきた、トインビー博士との対話集『二十一世紀への対話』も、実は沼田自身はまったくタッチしていないのと同じだった。
 沼田は47年にトインビー博士とたしかに対面はしたのだが、そこで出た話はほんのあいさつ程度。ところが、沼田としてはとにかく実際に合ったという事実をなんとか利用して、自分のステイタスを高めるPRのために使いたいと思い、桐谷に「対話集を作れ」と命じたのだった。
 しかし、トインビー博士と沼田太作の間には、つっこんだ“対話”など実際には行われてはいない。そこで桐谷は、長文の書簡をトインビー博士との間で交わし、それを対談形式にまとめあげたのである。
 もちろん桐谷とて、一人で世界有数の知性であるトインビー博士と“対等”に渡りあえるわけがない。実際には、これもまた野川と現在SGI(創価学会インターナショナル)グラフの編集長をしている麻生孝也、それに聖教新聞社会部長の吉田雄哉らが学会本部3階の一室に1年以上も閉じこもり、ぼう大な数の本や資料を参考にしながら書いたものを、桐谷がまとめて書簡という形にしたのだった。

 実際に池田が書いているのは句歌の類いのみという。こうなると大川隆法の霊言を嘲笑うわけにはいかない。過去にもゴーストライター説はあったが推測や風説でしかなかった。ここまで具体的に言及した例はない。尚、『二十一世紀への対話』は池田の代表的な著作でかつて東北のローカル紙が一面コラムで絶賛したこともある。

 一読して伝わってくる雰囲気は昭和期の創価学会が池田崇拝主義に陥っていない事実である。職員の間では平然と池田批判がまかり通っていた。ところが1979年(昭和54年)に会長を勇退した池田は、平成に入り日蓮正宗との抗争をテコに再び権力を手中にした。

 学会本部の中枢にいる幹部は当然こうした事実を知っていることだろう。とすると偽りの姿に目をつぶってもついてゆきたいほどの人間的な魅力があるか、あるいは何らかの見返りがあるのだろう。かつて諫言したことのある人物は元教学部長の原島嵩〈はらしま・たかし〉ただ一人である。

 創価学会が毎年財務で集める金額は2000~3000億円で総資産は10兆円に上る。学会員の経済的負担は1970年代後半から増大し始めた。書籍の購入や聖教新聞の多部数購読も目に余る。かつて「拝み屋」と呼ばれた学会員は現在、「選挙屋」「新聞屋」に変貌してしまった。

 創価学会というフィクションにはまだ力がある。しかしながらかつて「宗教革命」を標榜して世直しに挑んだ情熱は翳(かげ)りを帯びている。

小説 聖教新聞―内部告発実録ノベル
グループS
サンケイ出版
売り上げランキング: 788,572

2015-12-11

紺谷典子、山崎正友、他


 2冊挫折、2冊読了。

骨風』篠原勝之(文藝春秋、2015年)/第43回泉鏡花文学賞受賞作品。あまりピンと来なかった。父親に虐待された過去と見舞いに行った現在とが混沌としていてわかりにくい。「オレ」とか「ゲージツ」という言葉も耐え難い。

声に出して読みたい日本語 1』齋藤孝(草思社、2001年/草思社文庫、2011年)/良書。センスがよい。飛ばし読みで終わったが半分以上は読んでいる。齋藤はプレゼンテーション能力が高い。

 168冊目『闇の帝王、池田大作をあばく』山崎正友(三一新書、1981年)/著者は元創価学会顧問弁護士。矢野絢也著『乱脈経理』を軽々と超える内容だ。こなれた文章で自分が携わってきた汚れ仕事を赤裸々に暴露している。創価学会の政治力は集票力もさることながら、池田の札束攻勢にあることがよくわかる。宗教団体というよりは手口が広域暴力団に近い。毎日新聞の内藤国夫が池田にインタビューしている事実を初めて知った。

 169冊目『平成経済20年史』紺谷典子〈こんや・ふみこ〉(幻冬舎新書、2008年)/やっと読み終えた。新書ながら400ページのボリューム。専門家の矜持が静かな怒りの焔(ほのお)となってメラメラと燃え上がる。小泉政権時代にテレビから抹殺された一人である。小泉・竹中コンビによる日本経済破壊の失政に鉄槌を落とす。日本の政治とマスコミの現状を知るための教科書といってよい。住専問題については私も当時、総合雑誌の特集号などを読んでフォローしているつもりであったが、まるでわかっていなかった。明治維新から小泉政権に至る近現代史の解明が待たれる。「必読書」入り。

2015-07-19

藤原肇、アーノルド・J・トインビー、若泉敬


 2冊挫折。

未来を生きる トインビーとの対話』アーノルド・J・トインビー、若泉敬〈わかいずみ・けい〉:毎日新聞社外信部訳(毎日新聞社、1971年)/京都産業大学教授の若泉敬とトインビーとの対談であるが、実際は若泉による質問とトインビーの回答集といった内容。人生・学問、国際問題とテーマは多岐にわたる。碩学(せきがく)のトインビーですら時代の波には勝てなかったようで、やはり古いと言わざるを得ない。1971年といえばまだ日本でも「気違い」や「びっこ」などの言葉が日常で使用されていた時代であるから致し方ない側面もある。私はつくづくクリシュナムルティの偉大さを思わずにはいられなかった。クリシュナムルティの講話は第二次世界大戦前のものでも古さを感じないし、世俗でまかり通っていた差別感がどこにも見当たらない。トインビーの言葉はものの見方としては参考になるが、抜き難いキリスト教の影響が先入観として働いてしまっている。例えば「高等宗教と低次宗教」というネーミングなど。100ページほどでやめた。その後トインビーは創価学会会長の池田大作との対談集『二十一世紀への対話』(文藝春秋、1975年)を刊行しているが、池田をトインビーに紹介したのも若泉だった。

虚妄からの脱出 経済大国の没落と日本文化』藤原肇(東明社、1980年)/読みにくい文章である。「石油開発の弁証法」と「富国強兵と経済大国のソフトウェア」までしか読めず。小室直樹が説くところの「アノミー」(無連帯)を藤原は「ヤマトニズメーション」(空洞化から発狂へのプロセス)と表現したが、ネーミングが悪いと思う。

2014-06-28

岩本沙弓、原島嵩、ブライアン・ジョセフソン、安保徹、他


 5冊挫折、3冊読了。

プリーモ・レーヴィへの旅』徐京植〈ソ・キョンシク〉(朝日新聞社、1999年)/前々から読みたかった一冊であっただけに期待外れ感が大きい。在日朝鮮人によるユダヤ人利用としか読めない。

検事失格』市川寛〈いちかわ・ひろし〉(毎日新聞社、2012年)/佐賀市農協事件で冤罪をつくりあげた検事が内情を暴露した本。良書だが弱い。

夢見られた近代』佐藤健志〈さとう・けんじ〉(NTT出版、2008年)/遂に佐藤の著作は一冊も読了できず。

ノーベル賞科学者ブライアン・ジョセフソンの科学は心霊現象をいかにとらえるか』ブライアン・ジョセフソン:茂木健一郎、竹内薫訳(徳間書店、1997年)/読めず。

免疫革命』安保徹〈あぼ・とおる〉(講談社インターナショナル、2003年/講談社+α文庫、2011年)/典型的なトンデモ本。相関関係を因果関係に摩り替えた代物。体験談に基づく手法が健康食品販売を思わせる。新潟大学医学部教授という肩書に驚かされる。

 37冊目『最後のバブルがやってくる それでも日本が生き残る理由 世界恐慌への序章』岩本沙弓〈いわもと・さゆみ〉(集英社、2012年)/36冊目と順番を間違えた。こちらを先に読了。岩本沙弓に外れなし。

 38冊目『経済は「お金の流れ」でよくわかる: 金融情報の正しい読み方』岩本沙弓〈いわもと・さゆみ〉(徳間ポケット、2013年)/アベノミクスの盲点は資源高という指摘が腑に落ちる。元為替ディーラーだけあって浮ついた理論に流されない足腰の強さが窺える。

 39冊目『誰も書かなかった池田大作・創価学会の真実』原島嵩〈はらしま・たかし〉(日新報道、2002年)/創価学会の元教学部長による告発手記。矢野絢也の著作と比べるとかなりレベルが落ちる。池田の女性問題にまつわる部分は印象に傾きすぎていて危うい。

2014-02-06

数億円単位の寄付を強要する創価学会/『「黒い手帖」裁判全記録』矢野絢也


『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし
『黒い手帖 創価学会「日本占領計画」の全記録』矢野絢也

 ・数億円単位の寄付を強要する創価学会

『乱脈経理 創価学会 VS. 国税庁の暗闘ドキュメント』矢野絢也

 2009年の控訴審判決で矢野側(矢野絢也と講談社)が逆転勝訴した。敗訴したのは公明党OBの大川清幸〈おおかわ・きよゆき〉元参議院議員、伏木和雄〈ふしき・かずお〉元衆議院議員、黒柳明参議院議員の3名である。裁判では彼らの脅迫行為が認定された。

 矢野は2008年に創価学会を退会している。まあ、とにかく酷い話だ。公明党の代議士を務めた連中が裁判の証拠改竄(かいざん)までやってのけるのだから。彼らはただ創価学会の指示通りに動いているだけなのだろう。訴訟費用も創価学会の本部が捻出しているのではあるまいか。

 創価学会が行っていることは魔女狩りに等しい。疑心暗鬼に駆られて誰かが「あいつは魔女だ!」と言えば魔女と認定されてしまう構造だ。同じ教団に所属する信者を目の敵(かたき)にすることが教団内部の功績となるのだ。左翼のリンチと同じメカニズムといってよい。

 手口としてはこうだ。まず青年部首脳を使って矢野に政治評論家を辞めさせることを強要。そして翌日にはかつて公明党の同僚議員であった3名が自宅に押し寄せ、矢野の手帖100冊以上を押収した。

 それまで創価学会の汚れ仕事をやらしてきた矢野の手帖は一歩間違えれば池田大作の命取りになりかねない。そんな不安が透けて見える。青年部幹部にしても公明党OBにしても創価学会の手駒に過ぎない。仮に法を犯して表沙汰となっても切り捨てればいいだけのことだ。

 創価学会はかつて言論出版妨害事件(1969年)を起こしているが、その体質はまったく変わっていない事実が浮かび上がる。きっと創価学会にとって「都合の悪いこと」が山ほどあるのだろう。

 公明党OBは一旦は矢野宅を去り、1時間後に再び訪問する。

 驚いてわけを聞くと、3人はあれから公明党本部へ行ったが、そこで藤井富雄元公明党代表(元都議)と大久保直彦元公明党書記長(元衆議院議員)の二人に叱責されたらしい。

【『「黒い手帖」裁判全記録』矢野絢也〈やの・じゅんや〉(講談社、2009年)】

 藤井も専ら創価学会の汚れ仕事専門で山口組幹部とも親交があった事実を後藤忠政が『憚(はばか)りながら』(宝島社、2010年/宝島社文庫、2011年)で明らかにした。

 要は藤井と大久保に手帖強奪を指示されて公明党OBの3名は再度矢野宅を訪れたのだ。組長とチンピラの関係を彷彿(ほうふつ)とさせる。そして伏木が創価学会への多額の寄付を強く促した。

 寄付についてはこれだけではなかった。矢野は既に詫びを入れさせられるたびに寄付を強要されていた。

 私が海外出張へ行く時、文春の手記の県で戸田記念国際会館で西口良三〈にしぐち・りょうぞう〉副会長らに脅しと泣き落としで謝罪文を書かされたとき、100万円の寄付を求められている。「それが矢野さんのためです」と言われ、数日後、創価学会本部第一庶務室長で池田名誉会長側近の長谷川重夫氏(現副理事長)に100万円を渡した。そのとき長谷川氏から「罪滅ぼしには財務寄付しかない。寄付をすれば青年部の怒りもおさまるから」と言われた。
 その後、海外出張をへて青年部による吊るし上げ、OB3人の手帖奪取と家探し、寄付の強要という流れである。そして寄付については、この後長谷川氏から「罪滅ぼしのために2億~3億円の寄付をすべきだ」などと繰り返し求められることになるが、それについては後述しよう。

 正義と世界平和を声高に叫ぶ彼らも一皮めくればただの宗教屋であった。

 創価学会は矢野をみくびっていた。ちょっと脅せば組織の言いなりになって寄付も差し出すことだろうと踏んでいたはずだ。実は矢野絢也は創価学会の敵ではなかった。彼らは枯れすすきを幽霊に見立てるように判断を誤った。そして正真正銘の敵を彼ら自身の手で作り上げてしまったのだ。矢野の著作が創価学会の衰亡を決定的なものとしたように思えてならない。

 尚、本書は前著との重複が多く、どうせ読むなら『黒い手帖 創価学会「日本占領計画」の全記録』の方がお薦めできる。

「黒い手帖」裁判全記録
矢野 絢也
講談社
売り上げランキング: 50,934

2016-04-13

ワールポラ・ラーフラ、M・ミッチェル・ワールドロップ、アルボムッレ・スマナサーラ、村上譲顕、福島源次郎、マリン・カツサ、他


 5冊挫折、6冊読了。

漂流老人 ホームレス社会』森川すいめい(朝日新聞出版、2013年/朝日文庫、2015年)/精神科医らしいが妙な著者名の上、著者近影が正面を向いていないのを見てやめた。

河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙』河北新報社(文藝春秋、2011年)/『神戸新聞の100日 阪神大震災、地域ジャーナリズムの戦い』(神戸新聞社著、プレジデント社、1995年)の二番煎じか。もはや災害時に求められる情報は新聞ではないと思う。しかも被災者にとって切実な情報とは家族の安否というミクロ情報だ。新聞社は即時性のなさを自覚した上で、もっと特化した情報を発信すべきだろう。

無為について』上田三四二〈うえだ・みよじ〉(講談社学術文庫、1988年)/西尾幹二が、上田三四二の作品・人柄がもつ死生観に非常に大きな影響を受けたと最近知った。文学的なあざとさが前面に出ていて苦手なタイプの本だ。

粗食のすすめ』幕内秀夫〈まくうち・ひでお〉(東洋経済新報社、1995年/新潮文庫、2003年)/単行本19ページに「この生徒の家庭は両親が離婚し、母親は水商売をしているような家庭環境の子どもだった」とある。職業蔑視もさることながら、因果関係の捉え方に明らかな問題がある。編集者も見過ごしたとすれば致命傷といってよい。「子供に問題があるのは親の責任だ」と私も思う。しかしそれが親の職業に由来するかどうかは全くの別問題だ。「書き間違えた」レベルの文章ではない。

金色夜叉』尾崎紅葉〈おざき・こうよう〉(新潮文庫、1969年)/初出は読売新聞の連載で、1897年(明治30年)1月1日~1902年(明治35年)5月11日に渡る。前編、中編、後編、続、続続、新続の6編から成るが未完で終わっている。言文一致運動の代表的作品らしいが、ルビがなければ歯が立たない。頑張れば読めそうだが、頑張るだけの気力が湧かず。「未(ま)だ宵ながら松立てる門は一様に鎖籠(さしこ)めて、真直(ますぐ)に長く東より西に横(よこた)はれる大道(だいだう)は掃きたるやうに物の影を留(とど)めず、いと寂(さびし)くも往来(ゆきき)の絶えたるに、例ならず繁(しげ)き車輪(くるま)の輾(きしり)は、或(あるひ)は忙(せはし)かりし、あるは飲過ぎし年賀の帰来(かえり)なるべく、疎(まばら)に寄する獅子太鼓(ししだいこ)の遠響(とほひびき)は、はや今日に尽きぬる三箇日(さんがにち)を惜むが如く、その哀切(あわれさ)に小さき腸(はらわた)は断(たた)れぬべし」とこんな感じだ。

 40冊目『コールダー・ウォー ドル覇権を崩壊させるプーチンの資源戦争』マリン・カツサ:渡辺惣樹〈わたなべ・そうき〉訳(草思社、2015年)/北野幸伯〈きたの・よしのり〉の本で紹介されていたと記憶する。著者はエネルギー産業に特化した投資ファンドマネージャーだ。非常に面白かったが、ポジショントークを割り引く必要があるだろう。ドル覇権を崩壊させるのは飽くまでもFRBの判断であり、プーチンが仕掛ける資源戦争は加速要因でしかないと思われる。FRBは多分ドル基軸体制を終わらせる判断を既に下している。

 41冊目『蘇生への選択 敬愛した師をなぜ偽物と破折するのか』福島源次郎(鷹書房、1990年)/福島は創価学会の青年部長・副会長を務めた人物で後に離反した人物である。間近で池田大作を見てきただけあって、批判にも並々ならぬ迫力が溢れる。長らく師と信じた人物の虚飾が剥がれた時、黙って見過ごすことはできなかった。池田に直接提出した諫言書も併録。かなり重要な指摘が散見されるが、他の創価学会本で引用されていないのが不思議である。

 42冊目『日本人には塩が足りない! ミネラルバランスと心身の健康』村上譲顕〈むらかみ・よしあき〉(東洋経済新報社、2009年)/村上は海の精株式会社の取締役である。「海の精 あらしお」が有名だ。マクロビオティック実践者でもある。判断の難しい本だ。参考になる所見はたくさんあるのだが科学的検証に耐えるかどうかは微妙な感じ。例えば長野県では30年以上も前から減塩運動に取り組み、男女共に平均寿命日本一となったがこれにはどう答えるのか? 健康本は宗教本と同じ匂いがする。

 43冊目『原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟』アルボムッレ・スマナサーラ(佼成出版社、2005年)/『一日一話』より1ページあたりの文字数は多いが切れ味は劣る。切り文ではなく、きちんとまとめて編んでほしいところ。

 44冊目『複雑系 科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』M・ミッチェル・ワールドロップ:田中三彦〈たなか・みつひこ〉、遠山峻征〈とおやま・たかゆき〉訳(新潮文庫、2000年/新潮社、1996年『複雑系』改題)/文庫化されたのを知らなかった。ハードカバーは3400円である。複雑性科学は本書から入るのがよかろう。サンタフェ研究所を舞台としためくるめく群像劇である。世界最高峰の知性に触れることができる。「必読書」入り。

 45冊目『ブッダが説いたこと』ワールポラ・ラーフラ:今枝由郎〈いまえだ・よしろう〉訳(岩波文庫、2016年)/今枝が精力的に本を出している。本書も目のつけどころがよい。ワールポラ・ラーフラはテーラワーダ仏教の僧侶で、セイロン大学に進み哲学博士号を取得。マハーヤーナ(いわゆる大乗)仏教の研究にも着手する。1950年代後半、パリ大学に留学。そこで著されたのが本書である。原書は英語で1959年間。仏教研究の泰斗であるオックスフォード大学のR・F・ゴンブリッジ教授が「現時点で入手できる最良の仏教書」と評価する。訳者解説に神智学協会が出てきて驚いた。今枝はブータンに生きた仏教を見出しているようだ。西水美恵子著『国をつくるという仕事』でもブータンは絶賛されているが、伝統と近代化の狭間で揺れている現状も窺える。少し検索してみたところ、ワールポラ・ラーフラがクリシュナムルティと対談した僧侶であったことが判明。こりゃグッドタイミングだ。『ブッダとクリシュナムルティ 人間は変われるか?』に収録されている。

2016-06-29

核廃絶を訴えるアメリカの裏事情/『この国のために今二人が絶対伝えたい本当のこと 闇の世界権力との最終バトル【北朝鮮編】』中丸薫、菅沼光弘


『日本はテロと戦えるか』アルベルト・フジモリ、菅沼光弘:2003年
『この国を支配/管理する者たち 諜報から見た闇の権力』中丸薫、菅沼光弘:2006年
『菅沼レポート・増補版 守るべき日本の国益』菅沼光弘:2009年

 ・沖縄普天間基地は不動産の問題
 ・核廃絶を訴えるアメリカの裏事情

『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎:2010年
『この国の権力中枢を握る者は誰か』菅沼光弘:2011年
『この国の不都合な真実 日本はなぜここまで劣化したのか?』菅沼光弘:2012年
『日本人が知らないではすまない 金王朝の機密情報』菅沼光弘:2012年
『国家非常事態緊急会議』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄:2012年
『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』菅沼光弘:2012年
『誰も教えないこの国の歴史の真実』菅沼光弘:2012年
『この世界でいま本当に起きていること』中丸薫、菅沼光弘:2013年
『神国日本VS.ワンワールド支配者』菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄
『日本を貶めた戦後重大事件の裏側』菅沼光弘:2013年

 北朝鮮も、小なりといえども核兵器を持つことによって、政治的な独立あるいは自主性、民族の尊厳を中国からも守れる。だから、そういう政治的な意味を込めて核実験をやったということは間違いない。
 しかし、これまた不思議な話で、当時、一般的に北朝鮮の最初の核実験は失敗だったと言われた。我々日本人は核兵器についての知識があまりないものだから、それを信じてきたが、どうもそれは的はずれではないかと考えられます。というのは、北朝鮮はプルトニウム爆弾をつくっているが、これは10年くらいたつと、劣化して処理しなくちゃいけない。今、「核の廃絶」とかみんな言っている。アメリカのオバマ大統領もこの前言いました。あれも、我々はただ単純に、これはいいことだと言っているが、あの裏を見ますと、もうそろそろアメリカの兵器もみんな劣化し始めているんです。これを廃棄するとものすごく金がかかるわけです。したがって、大義名分がないと金が使えない。ロシアも同じことです。だから、「世界から核をなくそう」という名目でどんどん減らしていくことになる。
 最近になって、北朝鮮はもっと早い段階で既に核兵器を持っていたんじゃないか、それが劣化してきた。この第1回の核実験というのは、劣化した核兵器処理ではなかったか。だから、あの実験の本質は何かということをもっと究明する必要がある。それから、第2回の核実験は何か。これは恐らく核弾頭を小型化する実験に成功したんじゃないのかとも言われているんです。

【『この国のために今二人が絶対伝えたい本当のこと 闇の世界権力との最終バトル【北朝鮮編】』中丸薫、菅沼光弘(ヒカルランド、2010年)】

 本書は第20回日本トンデモ本大賞(2011年)の候補作品となった。

 宇宙人や地底人と交信している中丸薫さんが、北朝鮮に招かれ、北朝鮮は素晴らしい国だと絶賛します。対談相手の菅沼光弘氏もそれに同調し、北朝鮮を批判する日本人を非難したりしています。こういう人が、元公安調査庁調査第二部長だったというのが、いちばんトンデモないことかも……。

山本弘

 ま、無責任な嘲笑目的の賞なので力を込めて反論するだけ無駄だろう。個人的にはやはり中丸薫の人脈は侮れないと思う。例えば池田大作の場合は創価学会というマンモス教団の組織力・財力・政治力が背景にあるが、中丸の場合は完全に一個人である。それでいて池田を凌駕するほどの国際的な人脈を持っているのだ。

 菅沼も中丸やベンジャミン・フルフォードが相手だと、かなり踏み込んだ発言をしている。自らトンデモ系に近づくことで読者に与える衝撃を和(やわ)らげようとしているのだろう。

 オバマ大統領はプラハ演説(2009年)で核廃絶を訴え、同年のノーベル平和賞を受賞した。


 これが世紀のペテンであったとすればハリウッド映画さながらの演出である。あるいは産業廃棄物をお花畑に変えるようなマジックか。

 オバマよ、あんたは核爆弾の中古品を処分する目的で広島を訪れたのか? 平和を売り言葉にして軍産複合体への利益誘導を図ったのか? 利用できると見込んで広島の被爆者をも利用したのか?

 美しい言葉は感情を揺さぶる。そして我々は考えることをやめるのだ。オバマ万歳、広島万歳。めでたしめでたしである。

 政治は富の分配という本来の仕事を放棄して、明らかに富の誘導へとシフトしている。そもそも世界各国で莫大な量の金融緩和を行っているにもかかわらず、目に見えるバブルが発生していない。緩和マネーはどこへ行ったのか? 企業の内部留保の納まるような金額ではないと思うのだが。格差が拡大するとマネーは流動化を失い、持てる者に富が蓄積されてゆく。消費も低迷し、いつまで経ってもデフレを克服できない。

 情報公開と情報判断によって民主政は作動する。奇しくも核兵器廃絶と原発事故を通して我々は情報が秘匿されている事実を知った。そして我々にはロクな判断力がない。討論番組と称する言論プロレスを見て気勢を上げたり溜飲を下げる程度のレベルである。政府の予算を読み解くこともできなければ、法改正の意味も理解できない。本来であればそこにエリート(選良)が求められるわけだが、この国のエリートは官僚となっている(笑)。

 結局のところいい意味でも悪い意味でも、なるようにしかならないのだろう。安倍首相が真珠湾を訪問すれば、「アメリカと共に血を流す」覚悟を披瀝せざるを得なくなる。アメリカの軍産複合体にとっては一石二鳥というわけだ。

2017-05-17

大衆運動という接点/『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし


『巷の神々』(『石原愼太郎の思想と行為 5 新宗教の黎明』)石原慎太郎
『対話 人間の原点』小谷喜美、石原慎太郎

 ・恵まれた地位につく者すべてに定数がある
 ・大衆運動という接点

『仮面を剥ぐ 文闘への招待』竹中労
『黒い手帖 創価学会「日本占領計画」の全記録』矢野絢也
『「黒い手帖」裁判全記録』矢野絢也
『乱脈経理 創価学会 VS. 国税庁の暗闘ドキュメント』矢野絢也

 学会の用いる折伏は、単なる説得ではない。一個の人格を社会的、経済的、心理的諸要素、それも主として弱点から攻撃し、批判し、いわば逆さにふって血も出ないところまで追いつめる激しさと執拗さをもっている。背後には確固とした対話の技術を準備している。
 このことは、伝統的に対話の習慣に馴れていない、“ものいわぬ”日本の民衆を、驚愕させ、呆れさせ、果ては反発させる。人生の途上に現れた異質の体験なのだ。(柳田邦夫)

【『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし(産報ノンフィクション、1963年4月15日)以下同】

 古い書籍で――因みに私が生まれる3ヶ月前に刊行されている――創価学会員ですら読んでいる者が少ない。少し前まで入手困難であったため地元図書館にリクエストを申請し取り寄せてもらった。

 書き手の中心にいる鶴見俊輔(1922-2015年)は谷沢永一が「『ソ連はすべて善、日本はすべて悪』の扇動者(デマゴーグ)」と批判した(『悪魔の思想 「進歩的文化人」という名の国賊12人』)進歩的文化人の一人だ。

「鶴見氏は一九三七年に、一五歳でアメリカに留学して都留氏に出会って以来、『世界史の中の日本の動きについて、この七○年、時代の区切り目ごとに、私は都留重人から示唆を得てきた』」(季刊誌『考える人』二○○六年夏号)との文章を今見つけた。都留重人(1912-2006年)の妻は木戸幸一(1889-1977年)の姪(めい)で、木戸の戦争責任を回避するために暗躍したマルクス主義者である。

伊原吉之助教授の読書室:木戸幸一の保身

 上記論文で挙げられた書籍を私は一通り読んだ。確証を欠くのは確かだが状況証拠は揃っているように思われる。

 日本の近代史が今尚モヤモヤとしているのは左翼が果たした役割がまだ明らかになっていないためだ。GHQ内部の左翼は大半がニューディーラーであった。そもそもフランクリン・ルーズベルト(1882-1945年)大統領がソ連建国にエールを送り、スターリン(1878-1953年)と親しい間柄であった。ルーズベルトの周辺はコミンテルンのスパイだらけで、日本を戦争に追い込んだハル・ノートを起草したハリー・デクスター・ホワイト(1892-1948年)もその一人である。第二次世界大戦は左翼スパイが世界各国で暗躍した事実を忘れてはならない。

ルーズベルトの周辺には500人に及ぶ共産党員とシンパがいた/『日本の敵 グローバリズムの正体』渡部昇一、馬渕睦夫

 一方、創価学会は元々保守主義・民族主義的色彩が強かった。


 牧口常三郎(初代会長/1871-1944年)と戸田城聖(二代会長/1900-1958年)は大日本皇道立教会(1911年創立)に参加している。上の画像の後列左端が牧口で、後列の右から二人目が児玉誉士夫(1911-1984年)である。創価学会は戦時中に治安維持法と不敬罪で弾圧されたが、決して反天皇制というわけではなく学会員の行き過ぎた折伏が招いた結果であった。

 ところが池田大作(三代会長/1928-)の時代になると左方向に大きく旋回した。平和主義・国際主義を前面に打ち出し、共産主義と全く同じ手法で組織拡張に成功した。池田は卓越したオルガナイザーであった。

グローバリズムと共産主義は同根/『国難の正体 世界最終戦争へのカウントダウン』馬渕睦夫

 本書刊行が1963年で、松本清張(1909-1992年)の仲介による創共協定(日本共産党と創価学会との合意についての協定)が結ばれるのは1974年のこと。松本清張は偶然の産物としているが、とてもそうは思えない。

 わたしはあるチンドン屋の娘を知っている。チンドン屋夫婦の子として生れ育ったかの女には大きな劣等感が渦巻いていた。頭もいいほうではない。学校にも行けなかった。貧困が家庭を破壊していたのだ。くわえてかの女は弱身で蓄膿症をはじめいくつかの病気をかかえていた。わたしはそんなかの女と、ときおりあう。かの女は女中のごとく家の中のこまごまとした仕事やチンドン屋仲間の飯づくりに多忙であったが、映画や小説が好きで暇さえあれば楽しんでいた。
 わたしがそういう映画の感想をきいても、批評はおろか感想もいえなかった。ただ読み観るというだけの話だった。強い意見があるわけでもないかの女にはそれが、他のふつうのひとたちと同様、とうぜんのことであった。
 しばらくわたしはかの女と会わないでいた。わたしはかの女の存在を忘却していた。ふつうの、平凡な、ありきたりの娘だったので、軽い同情があっても、忘れるのがあたりまえだ。ところがしばらく会わないでいると、かの女のほうから訪ねてきた。顔がいきいきとしている。さては、恋人でもできて劣等感から解放されたのかな、と思った。映画の帰りだという。そうしてペラペラと、その映画の批評をする。わたしはあっけにとられる思いでかの女をみつめた。かの女は、その映画の主人公の生き方を痛罵しているのである。わたしは愉快になって、ひとつふたつ反問すると、まえにはわたしの説明を素直にきいた娘なのにむきになって、反論して、自説を固く守る。それでいて、つっけんどんな調子はまったくなく、柔軟な口調である。わたしはますます驚いた。劣等感で口もきけなかったあの娘が、いま面前で、にこやかに微笑してい、自信をもって、映画批評をしている。ひらかれた瞳は、まっすぐにわたしの眼に注がれ、まばたきもしないのだ。
 かの女は、やがて平和であるとか、ふつうの日本人のまず口にしない言葉を平気で使いだした。使命というようなききなれぬ言葉も使った。そのときはそれでかの女は去っていった。わたしは間もなく、かの女が創価学会にすでに入会している信者であることを知った。入会前のかの女と、入会後のかの女の、その見事な変貌ぶりに、わたしはあらためて創価学会のちからを知った。まさにかの女は、ふつうの人から、信念の人に、かわったのである。
 自殺でもしなければよいが、とわたしは思っていた。そんなかの女が、見事に、自分を回復したのである。あの暗い、蔭のような存在であった日本の娘が、平和を説き、仏法を説くのである。わたしには仏法のことなど、どうでもいい、一人の日本の娘が、自分でちゃんと大地に立った、という事実が感動をあたえるのだ。(森秀人)

 これが「人間革命」の姿である。1960年代という時代背景を思えば左翼のオルグ活動と創価学会の折伏がぶつかることは珍しくなかったに違いない。例えば石牟礼道子のこんな証言がある。

石牟礼●国も行政も地域社会も担いませんから、全部引き受け直して自覚的になって、もうゆるす境地になられました。未曽有な体験をなさいましたが、もう恨まず、ゆるす。ゆるさないとおもうと、きつい。もうきつい。いっそう担い直す。人間の罪をみなすべて引き受ける。こう言われるようになったのです。これは大変なことなのです。今まで水俣にいて考えるかぎり、宗教も力を持ちませんでした。創価学会のほかは、患者さんに係わることができなかった。

【『石牟礼道子対談集 魂の言葉を紡ぐ』石牟礼道子〈いしむれ・みちこ〉(河出書房新社、2000年)】

 水俣病は1952年から1960年代にかけて被害者を出した公害病である。石牟礼は心情左翼あるいは同調者である。デビュー作『苦海浄土 わが水俣病』(講談社、1969年)が傑作であることは確かだが、石牟礼は後にフィクションを盛り込んでいることを白状している。「必読書」に入れてないのもそのためだ。チッソ株式会社が当時の法律を遵守していた事実を見失ってはならない。

 創価学会はその進軍の度合いにおいて既に左翼を凌駕していた。学会員も貧病争を克服するために必死であったのだろう。だが単なるご利益信仰ではなく、教学を通した人材育成が強靭な組織を築き上げた。左翼が親近感を抱いたのは大衆運動という接点によるものだ。

 邪教であろうとなんであろうと、創価学会のいうとおり信心すれば人間とその社会が幸福になるものならば、それはいいことだ。商人の口車にのって買った品物がよいものならばそれはそれでいい。そうして、現実に、創価学会に入って自信をもち、明るく、幸福そうになった多くの人間がいるのである。すくなくとも創価学会は、自殺王国の日本にあって、自殺者の数をできるかぎりすくなくした第一の団体であることに間違いはない。学会がファシズムにおもむくことを恐れるまえに、われわれは、われわれの喪失した人間の原理について、もう一度ふかく反省しなければならない。果してわれわれは、あの信者たち以上に生きているのであろうか。あの信者たちのように自信をもって、感動し、欲求し、行動しているのであろうか。人間としてどちらが、解放されているのであろうか。戸田城聖ではないが、勝負してみなければならぬだろう。そうして負けたと思ったら一度は創価学会に入るべきである。負けぬと思った者は、自分の考える〈創価学会〉を創るべきである。どちらでもない者は、黙って沈黙していればいい。それが自然の掟なのである。(森秀人)

 こういう視点が侮れない。知性とは事実をありのままに見つめることだ。激しい折伏は世間から反発を買い、創価学会は白い目で見られていた。実際の姿を見たとしても簡単に先入観を払拭できるものではない。学生運動は血なまぐさい暴力闘争に向かうが、創価学会には確かな明るさがあった。これほどの理解を示すところに左翼の懐の深さを感じる。

 なぜ日蓮宗(※北一輝、石原莞爾、宮沢賢治、妹尾義郎、立正佼成会、創価学会、日本山妙法寺など)だけが近代日本において、思想としての活力を保ち得たのか。その答えは、ほかの仏教諸流派とちがって、日蓮宗が、外国人であるシャカから日本人である日蓮に、崇拝の対象を移し、日本の問題を宗教的関心の中心にすえたことにある。日本をどうやって救うか、それが宗教としてのもっとも重要な問題とされた。正しい方向から政府がそれた時には、政府をいさめ正さなければならぬ。国家をいさめ正すことを宗教者の任務とし、そのことに命をかけたところに、日蓮の本領があった。そしてこれは、近代の市民の政治的権利の自覚ときわめて近しいものなのだ。(鶴見俊輔)

 私は「市民」という言葉を見掛けたら眉に唾をつけることにしている。鶴見の文章は典型的なプロパガンダで日蓮を左翼的視線で眺めているだけのことだ。森秀人の率直さが鶴見にはない。

 その後、創価学会が作った公明党が先導して日中国交回復(1972年)が実現する。池田大作の民間外交は緊張関係にあったソ連と中国をも融和させた。日本共産党がやりたくても出来なかったことを果たしたのだ。一方的な礼賛でもなく、浅はかな誹謗中傷でもなく、きちんとした評価と批判を行うべきだろう。

折伏―創価学会の思想と行動 (1963年) (産報ノンフィクション)
鶴見 俊輔
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レッドからグリーンへ/『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男

2014-06-08

信ずることと知ること/『学生との対話』小林秀雄:国民文化研究会・新潮社編


『小林秀雄全作品 25 人間の建設』小林秀雄
『小林秀雄全作品 26 信ずることと知ること』小林秀雄

 ・信ずることと知ること

 僕は信ずるということと、知るということについて、諸君に言いたいことがあります。信ずるということは、諸君が諸君流に信ずることです。知るということは、万人の如く知ることです。人間にはこの二つの道があるのです。知るということは、いつでも学問的に知ることです。僕は知っても、諸君は知らない。そんな知り方をしてはいけない。しかし、信ずるのは僕が信ずるのであって、諸君の信ずるところとは違うのです。現代は非常に無責任な時代だといわれます。今日のインテリというのは実に無責任です。例えば、韓国の或る青年を救えという。責任を取るのですか。取りゃしない。責任など取れないようなことばかり人は言っているのです。信ずるということは、責任を取ることです。僕は間違って信ずるかも知れませんよ。万人の如く考えないのだから。僕は僕流に考えるんですから、勿論間違うこともあります。しかし、責任は取ります。それが信ずることなのです。信ずるという力を失うと、人間は責任を取らなくなるのです。そうすると人間は集団的になるのです。自分流に信じないから、集団的なイデオロギーというものが幅をきかせるのです。だから、イデオロギーは常に匿名です。責任を取りません。責任を持たない大衆、集団の力は恐ろしいものです。集団は責任を取りませんから、自分が正しいといって、どこにでも押しかけます。そういう時の人間は恐ろしい。恐ろしいものが、集団的になった時に表に現れる。本居宣長を読んでいると、彼は「物知り人」というものを実に嫌っている。ちょっとおかしいなと思うくらい嫌っている。嫌い抜いています。
 彼の言う「物知り人」とは、今日の言葉でいうとインテリです。僕もインテリというものが嫌いです。ジャーナリズムというものは、インテリの言葉しか載っていないんです。あんなところに日本の文化があると思ってはいけませんよ。左翼だとか、右翼だとか、保守だとか、革新だとか、日本を愛するのなら、どうしてあんなに徒党を組むのですか。日本を愛する会なんて、すぐこさえたがる。無意味です。何故かというと、日本というのは僕の心の中にある。諸君の心の中にみんなあるんです。会を作っても、それが育つわけはないからです。こんな古い歴史を持った国民が、自分の魂の中に日本を持っていない筈がないのです。インテリはそれを知らない。それに気がつかない人です。自分に都合のいいことだけ考えるのがインテリというものなのです。インテリには反省がないのです。反省がないということは、信ずる心、信ずる能力を失ったということなのです。(「講義 信ずることと知ること」昭和49年8月5日 於・鹿児島県霧島)

【『学生との対話』小林秀雄:国民文化研究会・新潮社編(新潮社、2014年)以下同】

 私が書き起こしたもの(集団行動と個人行動/『瞑想と自然』J・クリシュナムルティ)と比べると微妙に違うが、まあよしとしよう。小林秀雄の講演CDを聴いた者なら本書を待ち望んでいたことだろう。

 国民文化研究会が主催した「全国学生青年合宿教室」(4泊5日)に小林は5回参加している。

 実をいえば、この講義がこうしていまも聴けるということは、奇跡にちかいことなのです。小林秀雄は、講演であれ、対話・座談の類であれ、自分の話を録音することは固く禁じていました。(中略)小林が録音を禁じた理由のひとつは、自分の知らないところでそれが勝手に使われ、書き言葉ではない話し言葉をもとに小林秀雄論など書かれたりしては困るからです。(池田雅延)

 小林はとにかく遠慮を知らぬ男で、酔っ払って正宗白鳥に絡んだり、対談で柳田國男を泣かせたりしている(『直観を磨くもの 小林秀雄対話集』)。

 講演CDの白眉をなすのが「信ずることと知ること」である。個と普遍、感情と理論を見事に語り切ってあますところがない。しかもそれを集団の力と結びつけることで個の喪失をも暴き出している。小林は「私」(わたくし)を重んじた。「信ずる心、信ずる能力を失った」という指摘は新興宗教にも向けられたものだ。小林が創価学会池田大作と会ったのは昭和46年(1971年)のこと。

 現代社会は信じる力も知る力も弱まった。どちらも強制されているためであろう。我が子がいじめられていた事実を自殺した後で親が初めて気づくような時代である。子が親を信じることもできず、親が子を知ることもない恐ろしさ。

 逆説的ではあるが信じる力は疑うことで養われる。懐疑を経ていない信は脆弱(ぜいじゃく)なものだ。信と疑は真偽に通じ、これを峻別することで感性が磨かれる。薄っぺらい信と知は軽薄な生き方を示すものだ。

学生との対話小林秀雄講演 第2巻―信ずることと考えること [新潮CD] (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 2巻)小林秀雄全作品〈26〉信ずることと知ること脳と仮想 (新潮文庫)小林秀雄講演 第1巻―文学の雑感 [新潮CD] (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 1巻)小林秀雄講演 第3巻―本居宣長 [新潮CD] (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 3巻)現代思想について―講義・質疑応答 (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第4巻)小林秀雄講演 第5巻―随想二題 本居宣長をめぐって [新潮CD] (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 5巻)小林秀雄講演 第6巻―音楽について [新潮CD] (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 6巻)小林秀雄講演 第7巻―ゴッホについて/正宗白鳥の精神 [新潮CD] (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 7巻)小林秀雄講演 第8巻―宣長の学問/匂玉のかたち [新潮CD] (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 8巻)

「長嶋茂雄っぽい感じ」とプラトンのイデア論/『脳と仮想』茂木健一郎
政党が藩閥から奪った権力を今度は軍に奪われてしまった/『重光・東郷とその時代』岡崎久彦

2021-06-29

昭和天皇に御巡幸を進言/『田中清玄自伝』田中清玄、大須賀瑞夫


『日本の秘密』副島隆彦
『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』石光真人
『守城の人 明治人柴五郎大将の生涯』村上兵衛
『自衛隊「影の部隊」 三島由紀夫を殺した真実の告白』山本舜勝
『消えたヤルタ密約緊急電 情報士官・小野寺信の孤独な戦い』岡部伸
『日本のいちばん長い日 決定版』半藤一利
『機関銃下の首相官邸 二・二六事件から終戦まで』迫水久恒
『昭和陸軍謀略秘史』岩畔豪雄

 ・会津戦争のその後
 ・昭和天皇に御巡幸を進言
 ・瀬島龍三を唾棄した昭和天皇
 ・田中清玄の右翼人物評

『陸軍80年 明治建軍から解体まで(皇軍の崩壊 改題)』大谷敬二郎
『徳富蘇峰終戦後日記 『頑蘇夢物語』』徳富蘇峰

日本の近代史を学ぶ
必読書リスト その四

 ――『入江日記』によれば、お会いになったのは、1945(昭和20)年12月21日ですね。

 ええ。場所は生物学御研究所の接見室で、石渡荘太郎宮内大臣、大金益次郎次官、藤田尚徳侍従長、木下道雄侍従次長、入江相政侍従、徳川義寛侍従、戸田康英侍従らがご臨席でした。大金さんは「君が思うことをお上にお話ししてくれて結構だ。君は思うことをズバズバ言う方だから、その通りにやってもらいたい」と言われた。

【『田中清玄自伝』田中清玄〈たなか・きよはる〉、インタビュー大須賀瑞夫〈おおすが・みずお〉(文藝春秋、1993年/ちくま文庫、2008年)以下同】

 これほど面白い人物はそうそういない。小室直樹池田大作を軽く凌駕していると思う。元々は瀬島龍三の部分だけ確認するつもりで読んだ。ところが一気に引きずり込まれた。大言壮語や嘘がつきまとう人物だが、それを割り引いても圧倒的な面白さがある。

 それから私は三つのことを申し上げた。一つは、
「陛下は絶対にご退位なさってはいけません。軍は陛下にお望みでない戦争を押し付けて参りました。これは歴史的事実でございます。国民はそれを陛下のご意思のように曲解しております。陛下の平和を愛し、人類を愛し、アジアを愛するお心とお姿を、国民に告げたいと思います。摂政の宮を置かれるのもいけません」
 ということ。当時、退位論が盛んでしたから、摂政の宮をおけという議論もあった。もう一つは、
「国民はいま飢えております。どうぞ皇室財産を投げ出されて、戦争の被害者になった国民をお救いください。陛下の払われた犠牲に対しては、国民は奮起して今後、何年にもわたって応えていくことと存じます」
 ということ。三つ目は、
「いま国民は復興に立ち上がっておりますが、陛下を存じ上げません。その姿を御覧になって、励ましてやって下さい」
 というものだった。

 ――それに対する昭和天皇のお答えは。

「うーん、あっ、そうか。分かった」と。そりゃあ、もう、びっくりしたような顔をされて、こっちがびっくりするぐらい大きく頷かれたなあ。その後、これを陛下はすべて御嘉納になられて、おやりになった。

 田中清玄(きよはる)が本当に日本のことを考えていたことがよくわかる。しかも自分を大きく見せようとする姿勢が微塵もない。昭和天皇の御巡幸を日本国民は伏し目がちに迎え、声の限りを尽くして万歳を叫んだ。この陛下と国民との邂逅(かいこう)が復興の転機となるのである。


 ――昭和天皇のほうからは、どんなお話があったのですか。

 次々と御下問がありました。私の出身の会津藩のことや、土建業をおこして、戦後の復興に携わっていることなど、いろいろ聞かれ、「田中、何か付け加えることはあるか」とおっしゃった。それで私は「昭和16年12月8日の開戦には、陛下は反対であったと伺っております。どうしてあの戦争をお止めにはなれなかったのですか」と伺った。一番肝心な点ですからね。そうしたら言下に、
「自分は立憲君主であって、専制君主ではない。憲法の規定もそうだ」
 と、はっきりそう言われた。それを聞いて私はびっくりした。我々は憲法を蹂躙(じゅうりん)して勝手なことをやって、俺なんか治安維持法に引っかかっている。そんなにも憲法というものは守らなければいかんものなのかと(笑)。最初は20~30分ということでしたが、結局、1時間余りですかねえ。それで僕は、お話し申し上げていて、陛下の水晶のように透き通ったお人柄と、ご聡明さに本当にうたれて、思わず「私は命に懸けて陛下並びに日本の天皇制をお守り申し上げます」とお約束しました。そうしたら、終わって出てきてから、入江さんに「あなた、大変なことを陛下にお約束されましたね」って言われたなあ。それと「我々が言えないことを本当によく言ってくれました」とね。

 これまた重要な歴史的証言である。田中の率直な問いに、陛下は率直な答えで応じている。天皇が神であるのは、一切の人間らしさを捨てて原理に生きているためなのだろう。私は「人間ではない」という意味において天皇陛下は神であると受け止めている。

2017-05-19

侠気と詭弁/『仮面を剥ぐ 文闘への招待』竹中労


『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし

 ・侠気と詭弁

『篦棒(ベラボー)な人々 戦後サブカルチャー偉人伝』竹熊健太郎

「自由な言論」はゆきつくところ、もの書く場を失っていく。

【『仮面を剥ぐ 文闘への招待』竹中労〈たけなか・ろう〉(幸洋出版、1983年)】

 コアなファンが多い竹中労だが元新左翼であることが見逃せない。左翼は元々暴力革命を標榜しているが、その既成左翼を批判し急進的な革命を目指すのが新左翼である。21世紀であれば立派なテロリストとして認定できる。その竹中が創価学会にエールを送る。創価学会が言論出版妨害事件(1960年代末-1970年代)や宮本顕治宅盗聴事件(1970年)を起こし、日蓮正宗宗門との紛争によって池田大作が会長辞任(1979年)に追い込まれた後のこと。創共協定(1974年)が事実上頓挫しこととも関係があるのかもしれない。

 竹中はその後『聞書・庶民烈伝 牧口常三郎とその時代』(全4冊、潮出版社、1983〜1987年)を月刊誌『潮』で連載するが、編集部の方針と相容れず中途半端な形で終わってしまった。

 読んでから10年近く経過しているためテキストを見ても文脈が思い出せない。どんどん紹介してしまおう。

 一方的な敵意をエスカレートさせるのみで、問題の本質に迫る論争が不在であるこのような力関係で、“勝敗”をきめるのは結局、物量の差でしかあるまい。
 ――「言論の自由」は、多数派工作で獲得される。それが、民主主義である。世論によって人々は判断し、善と悪とを弁別する。だが、その世論をつくるのはマス・コミュニケーション、大衆操作の力学である。圧殺されるマイノリティ、「自由な言論」は、ついに抵抗の手段を持たないのだ。

 更にこう続ける。

 中立公正を守ろうとすれば、そうした客観主義にジャーナリズムは純化していく。【そこに陥穽がある】。言論・思想の統制は、強権によるものとは限らない。言論と言論・思想と思想とが火花を散らして闘い、黒白を争うことを“表現の自由”というのだ。事実に是(これ)を求めて(実事求是)、主張を読者大衆に問うのが、ジャーナリズムの仕事(使命などとあえて言うまい)である。論理を失った感情のせめぎあい、根拠を持たぬ醜聞の氾【乱】と等しく、死灰のような自主規制は報道の頽廃である。

 旧ブログ(はてなダイアリー)に抜き書きをアップしていたのだが、『折伏 創価学会の思想と行動』との関連を考慮してこちらに移動した次第である。

 今読むともっともらしい詭弁に思える。また当時はインターネットがなかったことを考慮する必要があるだろう。1980年代には週刊誌が執拗に創価学会バッシングを繰り返していた。竹中の侠気(おとこぎ)は称賛に値するが、政党を有する750万世帯のマンモス教団を「マイノリティ」と同列に扱うのは無理がある。

 1980年代から90年代にかけての創価学会を巡る言論については以下のページが詳しい。

創価学会のこと(「創価学会批判」論序章)1

 時折、ジャーナリストが自虐的に売文業と自称することがある。新聞といえども商業ジャーナリズムであり、テキストは広告や金銭と交換される商品となったのが現実である。ゆえにジャーナリストは「書きたいこと」と「売れる商品」の間で揺れ、自分なりの折り合いをつけるしかない。

 ま、「ジャーナリズムは既に死んだ」と言っても差し支えないだろう。小さな範囲で取材をして、でかい顔をするのが連中の生態だ。