2018-10-28

43年間に及んだサバイバル/『洞窟オジさん』加村一馬


『たった一人の30年戦争』小野田寛郎

 ・43年間に及んだサバイバル

・『失われた名前 サルとともに生きた少女の真実の物語』マリーナ・チャップマン
『メンデ 奴隷にされた少女』メンデ・ナーゼル、ダミアン・ルイス

必読書リスト その二

 なだらかな斜面を、持ってきたスコップを杖(つえ)代わりに登った。岩肌のところは四つんばいになってかけ登る。足場が悪く、小石が転がり落ちる。シロが前になり後ろになっておれを守ってくれる。
「シロ、大丈夫か。頑張れっ、頑張れっ! もう少しだ!」
 家を飛び出してからほぼ1週間、ほとんど寝ないで歩いてきた。13歳のおれには体力はもう残っていなかった。ただ、気力で岩肌を登るだけだ。シロに声をかけ続けたのは自分自身への励ましだったのかもしれない……。
(中略)
 加村一馬さん、57歳。昭和21年8月31日、群馬県の大間々町で生まれた。8人きょうだいの4男坊だった。両親のたび重なる折檻に耐え切れず、13歳で家出をし、後を追ってきた飼い犬のシロと足尾鉱山で獣や山菜を採って空腹を満たしながら生きる生活を選んだ。以来43年間、栃木、新潟、福島、群馬、山梨の山中などを転々としてきた。人里離れた山の洞窟で、ときには川っぺりで、ときには町でホームレスをしながら人とかかわることを避けて生き抜いてきた。子供のころの虐待やいじめ体験がトラウマとなっていた。後年、人の情けに触れることはあっても、結局は43年間人間社会から逃げ出すことしかできなかった。

【『洞窟オジさん』加村一馬〈かむら・かずま〉(小学館、2004年『洞窟オジさん 荒野の43年 平成最強のホームレス驚愕の全サバイバルを語る』改題/小学館文庫、2015年)】

 昔は折檻(せっかん)と言って親の虐待が罷(まか)り通っていた。雪が積もる外へ裸で投げ出されたり、物置に閉じ込められたりということが珍しくなかった。物置の中から外を覗いていた子供が慌てて扉を占めたために首を挟んで死亡した事故もあった。江戸時代の日本では子供が大切にされた。野放し状態の子供を避けるため往来では馬から人が降りたという。戦争や工業化の影響か。巨大な集団は多くの人々に様々なストレスを与える。

 加村はそれでも尚生きた。そして生き延びた。彼の命を救ってくれたシロは間もなく死んだ。43年間に及んだサバイバルを可能にしたのは彼に生きる知恵があったからだ。私なら10日間ほどで死んでいるだろう。火を熾(おこ)すこともできなければ、山菜の見分け方も動物の捌(さば)き方も知らないのだから。

 ある時、山の中で見知らぬ夫婦から声を掛けられる。おばさんが「黒い三角の物体」をくれた。生まれて初めて見たオニギリだった。親切なおじさんとおばさんは加村を家に招き、風呂に入れ、ご飯を食べさせた。人の情に触れ加村は涙を流し続けた。おじさんは「ずっといていいんだよ」と言った。ところが数日後、加村は去ることにした。この辺りの心の揺れはナット・ターナーや鹿野武一〈かの・ぶいち〉と通じている(ナット・ターナーと鹿野武一の共通点)。論理で探れば複雑であるが、情緒で読み解けば腑に落ちる。目の前の幸せを拒絶したところに加村の自由があったのだ。

 サバイバルは適応能力に左右される。加村は周囲のちょっとした情報から生き延びるヒントを得た。文字を書くことすらできなかった彼が商売をするまでになる。

 小学校の課程にサバイバルを設けてはどうか。家庭科・図工・理科・社会の要素も含まれている。何があっても一人で生きることのできる力が備われば、国力も大いに上がることだろう。併せて、いじめや虐待に遭遇した時の作法も教えるべきだろう。生きることを学ぶ。生きる能力を磨く。そこに生きる喜びが生まれるはずだ。

2018-10-27

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鎖国の意味を書き換える新たな視点/『戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略』平川新


『西洋一神教の世界』竹山道雄:平川祐弘編
『火縄銃から黒船まで 江戸時代技術史』奥村正二

 ・鎖国の意味を書き換える新たな視点

『鉄砲を捨てた日本人 日本史に学ぶ軍縮』ノエル・ペリン
『繁栄と衰退と オランダ史に日本が見える』岡崎久彦
『幕末外交と開国』加藤祐三

キリスト教を知るための書籍
日本の近代史を学ぶ
必読書リスト その四

 ポルトガルとスペインに続いて、オランダとイギリスがアジア世界に進出してきた。インドや東南アジアの港湾都市に一定の地歩を築いた両国が日本にやってきたのは、1600年頃のことである。ポルトガルとスペインに遅れること、およそ半世紀であった。カトリック(旧教)国であるポルトガル・スペインと、プロテスタント(新教)国であるオランダ・イギリスは、ヨーロッパでの宗教的対立だけではなく、植民地支配や貿易の主導権をめぐって、アジアの海でも、この日本でも激しく対立した。

【『戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略』平川新〈ひらかわ・あらた〉(中公新書、2018年)】

竹山道雄に読ませたかった」というのが率直な感想である。豊臣秀吉の朝鮮出兵は誇大妄想の取り憑かれた一方的な侵略とされてきたが、実は軍事大国日本を世界に宣言することで西欧の侵略を阻んだことを論証している。200年以上に及んだ鎖国(1639年〈寛永16年〉-1854年〈嘉永7年〉)も武士という存在があればこそ成し得た政策で、日本は有色人種国家としては唯一植民地となることを避けられた。鎖国の意味を書き換える新たな視点が読者の脳にまで突き刺さる。日本の近代史は秀吉から始まったと考えるべきだ。

 オランダがプロテスタントだとは知らなかった。というか考えたこともなかった。オランダは八十年戦争(1568-1648年)を経てスペインから独立したわけだから、宗教的対立があったのはむしろ自然なことだろう。対立から発展を築くのがヨーロッパ文明の流儀である。

 大航海時代とは、15世紀におけるポルトガルとスペインの海外進出を先鞭(せんべん)とし、16世紀後半には両国に加えてイギリス、オランダ、フランスなどが、非ヨーロッパ世界における領土獲得と植民地交易をめぐって覇権を争った時代である。1648年にヨーロッパ諸国によって締結され、領土の相互尊重と内政干渉を控えることを約したウェストファリア条約をもって、大航海時代の区切りとされることが多い。(中略)
 そうしたヨーロッパ列強とアジアおよび日本との関係をか考えるさいに、歴史的大前提としてふまえておかなければならないことがある。それは1494年に、スペインとポルトガル両国がトルデシリャス条約を締結して、デマルカシオン(世界領土分割)体制を確立させたということである。(中略)
 この条約を承認したローマ教皇は、両国に新世界住民のキリスト教化を委託したということになる。

 平川新は1950年生まれだが、漢字表記を減らす心憎い配慮をしている。

 このデマルカシオン体制という発想が二度の大戦に受け継がれ、更には米ソ冷戦構造や米中G2体制にまで引き継がれているのだろう。つまり大国の「覇権」意識である。ところがオバマ大統領やトランプ大統領が「アメリカはもはや世界の警察ではない」と言い出した。とすれば世界はグローバルからローカルに向かうことが予想される。中国の膨張が懸念されるが日本が軍事的に独立すれば封じ込めることが可能だろう。きっとアメリカもそれを望んでいるはずだ。

 地中海の出入り口イベリア半島に盤踞(ばんきょ)するスペインとポルトガルは、世界征服をめざして競合しつつも、世界領土分割条約を結んで共存の道を歩んだ。とはいえ、境界ゾーンとなった東南アジアや日本では国益がぶつかりあった。また同じカトリック国ではあったが、宣教組織であるイエズス会はポルトガル系、フランシスコ会やドミニコ会はスペイン系であったことから、日本宣教をめぐっては宗派の対立も表面化することになった。

 極東の位置でよかったとつくづく思った。ま、ヨーロッパから見りゃ極東ってなだけで、これからは太平洋を中心とした文明圏を見つめるべきだろう。アメリカ中心のバランス・オブ・パワーが揺らぐのは大いに結構なことである。国家は軍事的独立を勝ち得なければ自立できない。経済力は軍事の後に続くものである。

 日本の場合、軍事以前に国家意識が育っていない。GHQの占領政策は今も尚日本人の精神を蝕み続けている。日本人の意識には世間や社会はあっても国家がない。図らずも国家意識が芽生えたのは中国・韓国が反日の牙を剥き出しにした1990年代のことだ。日本の国旗を燃やしたり、首相の似顔絵を踏みつけたり、大使館を襲撃する行動は「戦争」と捉えるべきだろう。

 もしもアメリカが日米安保からも一歩退くとなれば、日本は核保有国の道を選ばざるを得ない。個人的には核保有を優先して、日中戦争を回避した方が賢明だと考える。でもまあ無理だろうね。戦争を経なければこの国は憲法改正すらできないよ。



『戦国日本と大航海時代』/平川新インタビュー|web中公新書
竹山道雄と松原久子/『日本の知恵 ヨーロッパの知恵』松原久子

2018-10-26

まだヒートテックを着てるの?


 おたふく手袋が最強である。




フレームの大きさ/『自転車の教科書 身体の使い方編』堂城賢


『ロードバイク初・中級テクニック』森幸春
『自転車の教科書』堂城賢

 ・フレームの大きさ

 サイズやメーカーによって、フレームのシート角やヘッド角は違います。私が小さなフレームを薦めない理由は、【フレームが小さくなるほどシート角が立ち、ヘッド角は寝ていて、ヘッドチューブが短い】からです。おじぎが深くなると、どうしてもサドルを後ろに引きたくなりますが、シート角が立っているフレームでは十分にサドルを後ろに引くことができないので、付けたい部分にサドルが付けられない、ということになってしまいます。

【『自転車の教科書 身体の使い方編』堂城賢〈たかぎ・まさる〉(小学館、2015年)】

【Eがヘッド角、Dがシート角、Cがヘッドチューブ。GIANT社から拝借】

 初心者にとってフレームのジオメトリーは小難しい。これからロードバイクを購入するのであれば、身重に対して少し大きめのフレームを選べばいいだろう。

「サドルを後ろに引きたく」なる、というのが凄い。素人は前傾姿勢が馴染まないため上体を起こしたくなる。つまり「サドルを前に出したくなる」のである。ジオメトリーに関するリンクをいくつか紹介しよう。

ロードバイクで腕が遠く感じる原因とスタックと前傾姿勢とポジションの関係について - Fertile-soil
フレームのジオメトリと材質で違う、クロス・フラットバーロード・ロードバイクのお話。 : 自己満足の自転車いじりと戯言。
ジオメトリの見方!ロードバイクの特性を読み解く:続き : 低身長でも貧脚でもロードバイクを楽しみたい!
なぜ700Cにこだわるのか、わかりません : 空まかせ~二輪歩行でいこう
ジオメトリの話 - K Frameworks

 おじぎ乗りのわかりやすいイラストがあった。


 私はひと目で嘘を見抜いた。猫背であっても頭を前に倒せば拇指球に荷重をかけることができる。つまり背の曲直にかかわらず前傾姿勢の深さが問題なのだ。更に足首の柔軟性が高まれば前傾が浅くても拇指球に体重を乗せることは十分可能だろう。

 登坂土踏まずペダリングをすると拇指球の意識も変わる。平地走行ではペダルに拇指球がかかるのは当然なのだが、拇指球に不要な力を入れる必要はない。むしろ意識としては足首を曲げないことが重要で、拇指球からは力を抜くべきなのだ。そう考えると平地でも土踏まずペダリングをしてハムストリングが使えるようになることを優先した方がいいかもしれない。

 歩く時のことを想像してみよう。踵(かかと)から地面に着地した時、拇指球に力は入らない。力を入れてしまえばブレーキと化す。足首を前方向に傾けるためには拇指球から力を抜かねばならない。力を入れるのは地面を蹴る瞬間だけである。

 古武術の移動法だともっとわかりやすい。通常の運動で体を左方向に移動する場合は一旦右足に体重を掛けて左方向に移動するが、古武術の場合は左膝を折ることで体を左方向に傾けてしまう。右足に体重を乗せれば1、2という2拍の運動だが、左膝を折ってしまえば1拍の動作で済む。しかも力を抜いているので筋肉の疲労がほぼない。

 スポーツにおける姿勢の問題は体の中心や軸・体幹に関わるテーマである。ヒトは脳を使い過ぎて体を使えなくなってしまったのだろう。体の刺激から脳を鍛え直す作業が求められる。

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