2018-08-20

ツール・ド・フランス/『サクリファイス』近藤史恵


 ・ロードバイクという名のマシン
 ・ツール・ド・フランス

『エデン』近藤史恵

 世界でいちばん有名なレースであるツール・ド・フランスでは、3週間にわたって、1日150キロ以上の距離を走り続け、その間、何度も峠を越える。走行距離は3000キロを越え、高低差は富士山を9回上り下りするのに匹敵する。しかも、2日ある休養日を除けば、1日たりとも休むことは許されない。休んだ時点で、リタイアとなる。

【『サクリファイス』近藤史恵〈こんどう・ふみえ〉(新潮社、2007年/新潮文庫、2010年)以下同】

 本州縦断(※青森県下北半島の大間町から山口県下関南霊園まで)の距離が太平洋側で紀伊半島をぐるっと回っても2000km少々である。富士山を9回上れば3.4万mだ(因みにエベレストの標高は8848m)。実際は自転車だと5合目(2305m)までしかゆけないので15回上る高さである。我が家から富士山5合目までの距離は約100kmだから、15往復すればツール・ド・フランスを体感することができる。現状ではまだ道志みちにすら辿り着いていない(笑)。ツール・ド・フランスの道も一漕ぎから始まることを銘記しておく。

 プロレーサーの足は獣(けもの)さながらのスピードを出し、自動車にも匹敵する。ツール・ド・フランスの平均速度は時速40kmを超え、平地では70km、下りだと120kmに迫る。凄い。全く凄いとしか言いようがない。オリンピック、サッカーワールドカップと合わせて世界3大スポーツと呼ばれるのも納得できる。


 近藤史恵は自転車を買おうと色々調べているうちに競技レースを知り、すっかりハマってしまったという。一度もロードバイクに乗ったことがないにもかかわらず、これだけのストーリーを練り上げるのだから、やはり作家の創造力恐るべしと唸(うな)らされる。私自身はレースにとんと興味がない。ギャラリーがクズ過ぎてレースの障害となることが少なくないからだ。また、クラッシュシーンを見るたびにスタートを時間差にするなど何らかの工夫をするのが先だと思う。


 また初めて知ったのだが自転車レースでは他チーム選手と力を合わせることも珍しくないそうだ。高専柔道が軍事的であるとすれば、自転車レースは極めて政治的である。1チームは8人で編成されるがエース以外は全員がアシストだ。

 栄光のツール・ド・フランスはランス・アームストロング(1999年から2005年まで7連覇を成し遂げたアメリカ人選手)のドーピングによって失墜した。

 自己輸血。それはドーピングの一種だ。
 なにもないときに、自分の血液を抜いておき、それを冷凍保存する。そしてレースの前に輸血するのだ。そうすれば赤血球の量も普段より増え、パフォーマンスが上がる。もちろん禁じられているが、ものは自分の血液だ。ヘマトクリット値の上限にさえ気をつければ、一般のドーピングテストではまだ発見することが難しい。

 手口がここまで巧妙になると単なるインチキというよりは、各国で軍事的な研究が行われているような気がしてくる。ロボット兵器の研究開発費用を思えば、兵士の耐性をドラッグで高める方が安上がりだと考えても不思議ではない。

 ランス・アームストロングが史上最強と思いきやそうではなかった。区間優勝回数ではエディ・メルクス(ベルギー)が34回で、アームストロングの22回を軽々と上回っている。


 主人公がかつて交際していた初野香乃〈はつの・かの〉という女性が出てくるのだが、女性としての魅力が全くない。しかも障碍者スポーツマンと恋愛関係となった後のことが描かれておらず、単なる馬鹿女で終わってしまっている。更に名前がよくない。凝ったネーミングを付けるには相当なセンスが必要で、風変わりな印象にとどまっている。

 既にサクリファイスシリーズは全部読んだので先走って結論を書いてしまうが、近藤史恵は「男」が描けていない。チカの柔らかな印象は巻を重ねることにイライラさせられる。なぜか? それは彼が男ではなくて女だからだ。で、チカのキャラクターを確立させすぎて香乃の影が薄くなっている。

 それでも本書が面白いことに変わりはない。

サクリファイス (新潮文庫)
近藤 史恵
新潮社
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