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2019-04-19

我々が知り得るのは「脳に起こっていること」/『養老孟司の人間科学講義』養老孟司


『唯脳論』養老孟司
『カミとヒトの解剖学』養老孟司
『希望のしくみ』アルボムッレ・スマナサーラ、養老孟司

 ・我々が知り得るのは「脳に起こっていること」

『人類が生まれるための12の偶然』眞淳平:松井孝典監修

情報とアルゴリズム
必読書リスト その三

 科学は宇宙の起源や星の進化を論じ、物質の基礎をなす単位について語る。ヒトの遺伝子はすべて塩基配列がすべて解読された。われわれはそういう時代に生きている。
 それならわれわれが知っていることは、つまりなにか。
 自分の脳のなかだけである。われわれが世界について、なにか知っていると思っているとき、それは自分の脳のなかにある「なにか」を指している。脳を消せば、その「なにか」が消えてしまうからである。それだけではない。脳のなかにないものは、その当人にとって、存在しない。私が知っているさまざまな昆虫は、多くの人にとって、まさに「存在しない」のである。
 歯が痛いとき、われわれは当然、歯のことを直接に「知っている」と思っている。しかし、実際に知っているのは、脳のなかの知覚に関わる部位の、歯に相当する部分に、歯の痛みに相当する活動が起こっている、ということだけである。なぜなら歯から脳に至る知覚神経を麻酔してやると、もはや歯が痛くなくなる。それどころか、主観的には歯がなくなってしまう。だから歯医者に歯を抜かれても、「なにも感じない」。しかし歯では相変わらず炎症が進行しており、歯に生じている実際の事情は、なんら変化したわけではない。だから「歯が痛い」と思っているとき、「歯に起こっていること」を知っているわけではない。「脳に起こっていること」を知っているだけである。

【『養老孟司の人間科学講義』養老孟司〈ようろう・たけし〉(ちくま学芸文庫、2008年/筑摩書房、2002年『人間科学』改題)】

 関連する書評をはてなブログから移動しているのだがとにかく面倒臭い。当ブログのアクセス数や私の年齢を思うと無駄な行動にしか思えない。見知らぬ誰かが本を手繰り寄せる時に道標(みちしるべ)を示すことができればとの思いだけで、よくもまあ20年も駄文を綴(つづ)ってきたものだ。

 書評リンクを一々貼るのも煩わしいので今後は「ラベル」を活用しようと目論んでいる。記事タイトルの一覧表示ができればいいのだが、無料ブログなので多くを求めるまい。

 脳化社会(『カミとヒトの解剖学』養老孟司、1992年)では人生の万般が脳内現象に収まる。これを仏教では「識」(しき)と名付ける(唯識)。

 一冊の本を読んでも感想は人によって異なる。受け取るメッセージも様々だ。ある風景に心を奪われる人もいれば、漫然と見過ごす人もいる。すべての情報は受け手によって解釈され、一つの経典やバイブルから教義を巡って数多くの教団が派生する。その意味から申せば人が人を理解することは不可能だ。不可能という現実を受け入れた上で互いに歩み寄る努力が必要なのだろう。

 脳内現象をアイドリング状態に戻すのがスポーツで、脳内現象をゼロに向かわしめるのが瞑想なのだろう。

 人々の妄想をより大きな妄想に収束させるのが政治と宗教だ。

 そして現代の妄想は資本主義の発達によってマネーを媒介とした欲望の解放に向かう。神をも恐れぬ我々がカネの価値だけは信じているのだから、もはやマネー教と言ってよいだろう。

 人類がいつの時代も戦争を欲するのは種としてのヒトが一体感を感じるためなのだろう。祭りにもまた同様の効果がある。それを超えたコミュニケーションは可能だろうか? もっと静かでもっと知的でもっと和(なご)やか一体感を得る道はあるのだろうか? ある、とは思う。どこに? ここに、とまだ答えることのできぬ自分が歯痒(がゆ)い。

2019-03-12

自己組織化、適応的、ダイナミズム/『複雑系 科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』M・ミッチェル・ワールドロップ


 ・自己組織化、適応的、ダイナミズム

『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン
『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン
『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』(旧題『ティッピング・ポイント』)マルコム・グラッドウェル

必読書リスト その三

 たとえば、
(中略)
● 1987年10月のある月曜日、たった1日で株式市場が500ポイントも急落したのはなぜか。コンピュータ化した株取引に原因があったとする説が多い。だがすでにコンピュータが登場して何年も経っていた。はたして、急落がその特定の月曜日に起こった特別な理由はなかったか。
● 太古の種やエコシステムが、しばしば、化石の記録中に何百万年間と安定した姿をとどめているのはなぜか。その後それらが、地質学的には一瞬のうちに死滅するか新しいものに進化するのはなぜか。恐竜の絶滅は小惑星の衝突によるものかもしれない。だが、当時それほど多くの小惑星は存在しなかった。何かほかのことが進行してはいなかったか。
(中略)
● アミノ酸などの単純な分子からなる最初の液体は、約40億年前、どのようにして最初の細胞にその姿を変えたのか。分子がランダムに組み合わさってそうなったとは考えられない。特殊創造論者が好んで指摘するように、それが起こる確率はばかばかしいほど小さい。では、生物の創造は奇跡だったのか。それとも原初の液体の中でわれわれの理解を超える何かが起きていたのか。
(中略)
● つまるところ、生命とはなにか。それは特別に複雑な炭素化合物にすぎないのか。それとも、もっと精妙なものか。またコンピュータ・ウイルスのような創造物を、われわれはどう解釈したらよいのか。人騒がせな生命の模倣にすぎないのか。それともある根本的な意味で、本当に生きているのか。
● 心とは何か。脳という3ポンドのただの物質の塊はどのようにして感情、思考、目的、自覚といった、言葉にしがたい特質をもたらすのか。
● そしておそらくもっとも根本的なことだろうが、なぜ無ではなく何かが存在するのか。宇宙はビッグバンという無形の爆発体からはじまった。そしてそれ以来、熱力学第二法則が説くように、宇宙は無秩序、崩壊、衰退へと向かう無情な傾向に支配されつづけている。にもかかわらず、宇宙はさまざまな規模の構造を生み出してもいる。銀河、恒星、惑星、バクテリア、植物、動物、脳。いったいどのようにして? 無秩序への宇宙の欲求は、秩序、構造、組織への同じぐらい力強い欲求と釣り合っているのだろうか。もしそうなら、どうしてその二つのプロセスは同時に進行し得るのか。

 一見すると、これらの問いに共通する唯一のことは、答えはみな同じ、「だれにもわからない」ということであるように思える。中にはまったく科学的とは思えないような問いさえある。しかし、少しくわしく見てみると、じつはそこに多くの共通点がある。たとえば、これらの問いのすべてが〈複雑な〉システムと関連しているということ。(中略)
 さらに、どの場合も、まさにこうした相互作用の豊穣さが、システム全体の自発的な自己組織化を可能にしているということ。(中略)
 さらに、こうした複雑な自己組織化のシステムは〈適応的〉である。(中略)
 最後にもう一つ、こうした複雑で自己組織的な適応的システムには一種のダイナミズムがあり、それによってそのシステムは、コンピュータ・チップや雪片のようにただ複雑であるだけの静的な物体とは質的にちがったものになっている。複雑系(Complex System)はそうしたものより、より自発的、より無秩序的、そしてより活動的である。

【『複雑系 科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』M・ミッチェル・ワールドロップ:田中三彦〈たなか・みつひこ〉、遠山峻征〈とおやま・たかゆき〉訳(新潮文庫、2000年/新潮社、1996年『複雑系 生命現象から政治、経済までを統合する知の革命』改題)】

 著者の名前は英語だと「M. Mitchell Waldrop」となっている。「M」は何なのだろう。気になるが判明せず。

 複雑系といえば、自己組織化や非平衡、散逸系、非線形、カオス理論といった専門用語で行き詰まりやすいが、大雑把にエントロピー増大則を理解すればそれでよろしい。「覆水盆に返らず」である。そしてコーヒーに入れたミルクは広がってゆく。更に風呂のお湯は時間が経つと冷める。形あるものは必ず滅びる。宇宙全体で見ればエントロピーは増大しているのだが、ミクロレベルでおかしな現象が生じる。生命体だ。生物は外部からエネルギーを取り込み平衡状態を保つ。これが自己組織化である。

 フレッド・ホイルは単細胞がランダムな過程で発生する確率は「がらくた置き場の上を竜巻が通過し、その中の物質からボーイング747が組み立てられる」ようなものだと言った。批判を目的とした極言ではあるが自己組織化を巧く言い表している。

非線形非平衡系の物理学 非平衡統計力学から見る生命現象

 複雑系ではゆらぎが未来を大きく変える。「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?」(エドワード・ローレンツ)。ビッグバンも生命誕生もゆらぎから生まれた。何もないところから何かが生まれる時、相転移というダイナミズムが働く。

 サンタフェ研究所そのものが天才たちが織りなす複雑系に見えてくる。

複雑系―科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち (新潮文庫)
M.ミッチェル ワールドロップ Mitchell M. Waldrop 田中 三彦 遠山 峻征
新潮社
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2019-02-17

腸内細菌で自閉症の症状を緩和することができる/『できない脳ほど自信過剰 パテカトルの万脳薬』池谷裕二


『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二
『脳はなにかと言い訳する 人は幸せになるようにできていた!?』池谷裕二
・『脳はなにげに不公平 パテカトルの万脳薬』池谷裕二

 ・腸内細菌で自閉症の症状を緩和することができる

『脳はバカ、腸はかしこい』藤田紘一郎

 腸内細菌で自閉症の症状を緩和することができる――。そんなネズミの実験データが発表されました。カリフォルニア工科大学のマツマニアン博士らが先々月の「セル」誌に発表した論文です。
 腸と脳は密接に関係しています。腸内細菌も精神状態に影響を与えることはすでに知られています。しかし、自閉スペクトラム症(ASD)はいわゆる発達障害の一種です。つまり生まれつきの症状です。これが腸内細菌で治療できるとはどういうことでしょうか。今回の発見を私なりに消化するまでに時間を要しました。
 発見の端緒は「合併症」の丹念な調査にあります。2年前にハーバード大学のコハネ博士らは1万4000人のASDの方を集め、彼らが他にどんな病気を患っているかを調べたのです。すると炎症性腸疾患という慢性の腸炎を併発している率が高いことがわかりました。腸炎の原因は十分にはわかっていませんが、一因は腸内細菌であろうと考えられています。
 この発見に、近年のミクロビオーム研究が加担します。最新の検査技術を用いると、大量の腸内細菌を一斉に調べ上げることができます。腸内にどんな細菌が住んでいるか(ミクロビオーム)が一網打尽にわかります。その結果、ASDの方のミクロビオームは健常者のものとは異なっていました。
 もちろん、これだけでは、ミクロビオームが原因でASDになったのか、あるいは逆に、ASDの方に偏食があるからミクロビオームが変化しているのかはわかりません。ヒトでこれを確かめるわけにはゆきません。そこでマツマニアン博士らは、ネズミの実験に切り替えることにしました。その結果、ミクロビオームこそがASDの症状の一因だという結論を得たのです。もう少し詳しく説明しましょう。
 ASDの原因の一つは感染です。生まれる前、まだ母親の胎内にいるときに感染すると、ASDの危険率がぐんと上昇します。その証拠に、妊娠中の母ネズミに感染炎症を生じさせると、生まれてきた仔はヒトのASDにそっくりな症状を示します。社交的な行動が減っているだけでなく、なんとミクロビオームまで変化しているのです。
 そこで博士らは、大腸炎を改善することが知られている「バクテロイデスフラジリス」という細菌を、生まれてきたばかりの仔マウスに与えました。するとマクロビオームが改善され、驚くべきことに、成長してもASDの症状を示さなかったのです。
 炎症性腸疾患は、ASDだけでなく、うつ病やある種の知的障害などにも見られる症状です。今回のデータは、これまで対処が難しかった精神疾患や発達障害への治療の糸口になるかもしれません。

【『できない脳ほど自信過剰 パテカトルの万脳薬』池谷裕二〈いけがや・ゆうじ〉(朝日新聞出版、2017年)】

『週刊朝日』に連載された科学コラム「パテカトルの万脳薬」の2013年9月6日号~2014年12月26日号掲載分で、『脳はなにげに不公平 パテカトルの万脳薬』の続篇。

瓢箪から駒が出る」とはこのことか。「ランプから魔神」でもよい。

 我々の思考はどうしても特定の部位に目を向けてしまう。脳、血管、神経、臓器など。腸内細菌は口から入ったもので作られる。お腹の中の赤ちゃんは無菌状態である。帝王切開の出産が問題なのは産道を通る時に口から入る母体の菌を取り入れることができないためだ。

 私が子供の時分は菌といえばバイ菌を意味したが、ヨーグルトでお馴染みのビフィズス菌が善玉菌として菌のイメージを書き換えた。人体の細胞は60兆個といわれる(最新の説では37兆個→気になる数字をチェック! 第9回 『37,000,000,000,000(37兆)個』|北キャンレポート|R&BPマガジン|北大リサーチ&ビジネスパーク推進協議会/同数説もあり→「体内細菌は細胞数の10倍」はウソだった | ナショナルジオグラフィック日本版サイト)。しかし実はそれを上回る数の細菌が人体を構成している。

「私」という存在を固定化し確定したものと考えるところに思考の過ちがあるのだろう。もっと淡くて曖昧な状態・現象が統合されて「私」という仮想が現実の姿に見えているだけなのだ。これを諸法無我という。

 精神疾患や知的障碍は人体のみならず家族や社会との関係にも大きな影響を及ぼす。悩みや苦しみが関係性から生じ、喜びや楽しみもまた関係性から生じる。今ここにあるのは関係性だけなのかもしれない。

できない脳ほど自信過剰
池谷 裕二
朝日新聞出版 (2017-05-19)
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脳はなにげに不公平 パテカトルの万脳薬
池谷裕二
朝日新聞出版 (2016-03-18)
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2018-12-05

人がうつ状態になるのは感染症から身を守るため/『脳はバカ、腸はかしこい』藤田紘一郎


・『笑うカイチュウ』藤田紘一郎

 ・人がうつ状態になるのは感染症から身を守るため

『あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた』アランナ・コリン
『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』キャスリン・マコーリフ
『したたかな寄生 脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち』成田聡子
『土と内臓 微生物がつくる世界』デイビッド・モントゴメリー、アン・ビクレー
『失われてゆく、我々の内なる細菌』マーティン・J・ブレイザー

必読書リスト その三

 ところが腸は脳のように、だましたり、だまされたり、勘違いなどはしません。なぜなのでしょうか。
 それは腸と脳の発生の歴史が違うからでしょう。脳ができたのは生物にとってずいぶん最近の話なのです。地球上で最初に生物が生まれたのは約40億年前でした。生物にははじめに腸ができ、脳を獲得したのは現在から5億年くらい前のことです。つまり生物の歴史上、8~9割の期間は生物は脳を持っていなかったのです。
 したがって、私たち人類は腸をうまく使っていますが、歴史の浅い脳をうまく使いこなせていないのです。脳は人間の身体にはまだ馴染んでいないということです。

【『脳はバカ、腸はかしこい』藤田紘一郎〈ふじた・こういちろう〉(三五館、2012年/知的生きかた文庫、2019年)以下同】

「5億年くらい前」ということはカンブリア紀である。ここで、「ハハーン、そうか」と一つ腑に落ちる。『眼の誕生』(アンドリュー・パーカー、2006年)と脳の誕生はセットだな、と。「眼は、実は脳の一部なのだ」(『共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人』リチャード・E・サイトウィック)から当然といえば当然か。

 話を単純化してエイヤッと押し出すのが藤田紘一郎のプレゼンテーションの特徴だろう。わかりやすいのだがいささか浅い。読後の余韻に欠ける。それでも尚、腸の優位性について読者を納得させる気魄に満ちているのはさすがとしか言いようがない。マーケティング上手。

「人がうつ状態になるのは、感染症から身を守るための免疫システムの進化の結果」だと述べている研究者がいます。米国・エモリー大学のA・ミラー博士とアリゾナ大学のC・レイソン博士は、2012年の「モレキュラーサイカイアトゥリー」のオンライン版に、人間は病原体による感染から身を守るために、免疫システムが進化する過程でうつ状態を発症するようになったのではないか、との学説を発表しています。
 彼らの研究班は、うつ状態になると感染症にかかっていなくても炎症反応が起きやすいことから、うつ状態が免疫システムと関係しているのではと考えました。また、アメリカではうつ病がありふれた精神疾患であることから、もともと脳内に組み込まれた反応なのではないかと仮定し、なぜ人間の遺伝情報の中でうつ状態と免疫システムが結びついたのかを考察しました。
 私たちの人類史において、近代までは抗生物質もワクチンもない環境で生きてきました。人類の長い歴史の中で感染症は特に命を脅かすものであり、新たな感染症に罹患することは死を意味し、家族や集団システムの崩壊に直結するものでした。感染症から身を守り、大人になるまで生き抜き、遺伝子を子孫へと繋げることがとても重要だったのです。(中略)
 ストレスを受けてうつ状態になると、動作が緩慢になり食欲も落ち、社会活動から疎遠になります。このうつ状態が、感染症に罹患している人に接触しないようにするため有効だったのではないか、ということです。
 私は、これらの学説で言われていることにも腸が大いに関係しているのではないか、と考えています。なぜなら、腸は免疫システムの要であり、そしてストレスによるうつ状態では、胃腸疾患の症状を訴える人がとても多いからです。
 食堂から胃、腸まで一本につながっている消化管は独自の神経系を有し、脳とは独立して機能しています。消化管は脳から指令を受けるだけではありません。逆に、消化管から脳への情報伝達量のほうがはるかに多いのです。この腸神経系は「腸の脳」と研究者の間で呼ばれています。腸の脳は神経を通じ、すい臓や胆のうなどの臓器をコントロールしていてい、消化管で分泌されるホルモンと神経伝達物質は肺や心臓といった臓器と相互作用しています。
 つまり、ストレスによる食欲不振や胃痛、腹痛など消化管の不快な反応が、脳へうつ状態になるよう命令し、結果的に行動を緩慢にさせたり、社会的活動から疎遠にさせたりしているのではないか、と私は思っています。

「モレキュラーサイカイアトゥリー」は分子精神医学(Molecular Psychiatry)という雑誌名らしい。考え方は進化医学(『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』ランドルフ・M・ネシー&ジョージ・C・ウィリアムズ)に該当すると思われる。進化の果てに残っているのだから何らかの優位性があるのだろうという見方だ。

 ただし「感染症回避」との理由に説得力はない。むしろストレスそのものを回避するシステムとして理解すべきだろう。もしも社会が歪んでいるのであれば、そこで耐えて生きてゆくことが死につながるかもしれない。事故・病気・怪我は死因たり得るし、自殺に追い込まれることも珍しくはない。狂った世界に対する正常な身体反応がうつ病だとすれば、うつ病には生存率を高める可能性がある。

 健康な人でも極端に暑い日や寒い日は外に出る気が起こらない。同様に時代が戦争に向かいつつある時は外交的な人間よりも内向的な人間の方が生存率が高まるのだろう。戦時において勇敢な者は真っ先に死ぬ(『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』)。引きこもり、草食系男子、少子化、未婚の増加といった社会現象は戦争のサインであると私は考えている。

 腸優位との指摘が我々にとって一定の説得力があるのは日本の文化が頭よりも腹(肚)に重きを置いているためか。それは「腹蔵なく」「肚(はら)を決める」という表現や、肝(きも)が心を表し(肝胆相照らす)、武士の切腹に極まる。更に相撲では腰の動きを重視し、そしてアルコールは五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染み渡る。

「身」という漢字は妊婦の体を表したものだ。文字通り「中身の詰まった状態」を示す。つまり身とは腹なのだ。

 頭はどちらかといえば位や礼儀にまつわる表現が多いように思う。頭部であれば頭よりも眼や口に関する表現の方が多彩だろう。ついでに言っておくと武道では筋肉よりも骨を重視する。

 更に牽強付会を恐れず申し上げれば、腸はミミズなどの紐形動物を想起させ「脳なんかなくったって生きてゆける」(厳密にはあるのだが)という希望が湧いてくる。

 尚、藤田は70代でありながら男性機能が健在だと豪語している。で、本書で紹介されている土壌菌とは「マメビオプラス」のことである。さて、こちらは中高年の希望となるか?(笑) 失われつつある機能を維持するためにはやはりカネがかかるようだ(ニヤリ)。

2018-11-26

人生を変える発見/『人類を変えた素晴らしき10の材料 その内なる宇宙を探険する』マーク・ミーオドヴニク


『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン

 ・自己治癒コンクリート
 ・人生を変える発見

『世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史』スティーブン・ジョンソン

必読書リスト その三

 そのあと書類に記入する段になったとき、隣に座っていた両親が心配そうに、私が何を躊躇しているのかといぶかった。自分の名前と住所を忘れでもしたのか? 実は1枚目の上部に止(ママ)められていたステープラー(ホチキスなどの閉じ〈ママ〉金)の針に目を奪われはじめていたのだ。これも鋼鉄でできているに違いない。一見何の変哲もないこの銀色の金属片は、手際よく正確に紙を貫いている。書類は裏返してみると、針の両端をきれいに揃えて折り曲がり、数枚の用紙をきつく抱きかかえて束ねている。宝石職人もこれほどうまくはできないはずだ(あとで知ったことだが、最初のステープラーはフランス国王ルイ15世のために手づくりされたもので、針1本1本に記章が刻まれていた。王侯の血が流れていたとは誰が想像しただろう?)。私が「なんとも美しい」と言って指さすと、両親は不安げに顔を見合わせ、この子はノイローゼになったに違いないと思った。
 実際そうだったのだろう。何かとても奇妙なことがはじまったのは確かだ。あれは私の材料に対する執着が生まれた瞬間だった――鋼鉄を手はじめに、私は突然、どこへ行っても鋼鉄の存在にめざとく気づくようになった。あなたも意識して探せば気づくはずだ。鋼鉄は、警察で書類の記入に使っていたボールペンの先にあった。落ち着かない様子で待つ父のキーホルダーでじゃらついて、私をせかした。そのあと、私を中に入れて家まで連れ帰った――葉書ほどの厚みの層として車の外部を覆って、変な話だが、いつもならうるさいとしか思わないわが家の鋼鉄のミニ(MINI)が、その日はつとめて神妙に平謝りしているように感じた。家に着くと、私は台所のテーブルで父と並んで座り、母のつくったスープを黙って食べた。ふと、食器を持つ手が止まった。自分が鋼鉄を口に含みさえすることに気づいたのだ。そこで、食べるのに使っていたステンレスのスプーンを意識してなめ、口から出して光沢のある外観をしげしげと眺めた。表面はぴかぴかで、自分のゆがんだ顔がスプーンのくぼみに映る。私は「この材料、何?」と言って父に向かってスプーンを振り、「それに、味がしないのは何で?」と尋ねると、確かめるために口の中に戻して熱心になめまわした。
 それをきっかけに膨大な数の疑問が沸(ママ)いてきた。自分たちのために大活躍しているこの材料を、私たちはどうしてほとんど話題にしないのか? 鋼鉄とは暮らしのなかでずいぶん親しくしているのに、口に含むし、余計な髪を切るのに使うし、乗り込んで走り回ったりもする。いちばん信義に篤い友人なのに、その性質の出自についてはほとんど知らない。なぜカミソリの刃は切れ、ゼムクリップ(ペーパークリップ)は曲がるのか? そもそもなぜ金属には光沢があるのか? さらに言えば、なぜガラスは透明なのか? なぜ誰もがコンクリートを嫌ってダイヤモンドを好むのか? そして、なぜチョコレートはあれほどおいしいのか? どんな材料についても、なぜそれぞれの外見と振る舞いを見せるのか?

【『人類を変えた素晴らしき10の材料 その内なる宇宙を探険する』マーク・ミーオドヴニク:松井信彦訳(インターシフト、2015年)】

 著者のマーク・ミーオドヴニクが若い頃、暴漢にカミソリで襲われた事件のエピソードである。彼はまず薄いカミソリの刃が重ね着していた5枚の衣服を貫いたことに心底興味を抱いた。押収された証拠品を眺めながら彼は忽然(こつぜん)と「鉄」を発見した。それは人生を変える発見だった。「見る」ことは「感じる」ことでもあった。そして「感じる」ことが「観じる」ことに戻り現在世が押し拡げられる。「先が見えない」状況は未来への展望に固執するあまり、現在性が見えなくなっているところに問題があるのだろう。一つの発見が次の発見につながり、豊かな世界に気づく様が生き生きと描かれている。

 鉄の他には紙、コンクリート、チョコレート、フォーム(泡)、プラスチック、ガラス、グラファイト、磁器、インプラントが取り上げられている。どれ一つとして私の興味を掻き立てる物はない。ところがマーク・ミーオドヴニクという人間を通すと色とりどりの鮮やかな世界が見えてくるのだ。我々の身の回りに存在するありふれた何の変哲もない物が実は科学技術の粋を凝らした製品なのだ。

 松井信彦の翻訳はこなれているのだが誤字が多い。このテキストでいえば、「止められて」→留められて、「閉じ金」→綴金、「沸いて」→湧いて、と三つもある。以前は出版社に直接教えてやったのだが、年を取ると面倒になってきてやめた。これは翻訳者というよりもインターシフト社の校正に責任がある。私は小学生の時分に新聞の誤字・誤植を見つけてからというもの誤字にはうるさいのだ。

2018-10-31

「書く」行為に救われる/『往復書簡 いのちへの対話 露の身ながら』多田富雄、柳澤桂子


『免疫の意味論』多田富雄
『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』渡辺一史
『寡黙なる巨人』多田富雄
『わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか』多田富雄

 ・「書く」行為に救われる

『逝かない身体 ALS的日常を生きる』川口有美子
『ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う』日野晃、押切伸一

必読書リスト その二

 先生は一晩にして、声が出ないためにお話ができない(構音障害)という状態になられました。これはどんなにかお辛いことだったと存じますが、失語症(言葉が理解できなくなる)になられなくてほんとうに良かったと存じます。言葉を失うということは、人格を否定されるのと同じくらい辛いことではないかと思います。
 それに致しましても、たおられてから半年も経たないうちに、この「文藝春秋」の原稿を書き上げられるというのは、何というエネルギーでしょう。
 私は思わず字数を数えてしまいました。6000字余り、原稿用紙にして15枚。先生は右半身麻痺になられ、左手しかお使いになれないはずです。左手でワープロを打つと書いておられますが、6000字全部を左指で打ち込まれるご苦労はどんなだったでしょうか。それに締め切りのある原稿は、健康な人にとってもきついものですのに。
 何かに憑かれたように、左手でワープロを打っておられる先生のお姿が目に浮かびます。お座りになることはできるのでしょうか。先生も書くということの不思議を強く感じられたと存じます。
 私も次第に動けなくなり、たいせつにしてきたマウスの研究もやめなければならなかったときに、書くということがどれだけ私を救ってくれたかしれません。私は先生のように有名ではなかったので、書いた原稿が本として出版されるかどうかはまったくわかりませんでした。それでも、書いて書いて、書くことが生きることだったのです。(柳澤桂子)

【『往復書簡 いのちへの対話 露の身ながら』多田富雄〈ただ・とみお〉、柳澤桂子〈やなぎさわ・けいこ〉(集英社、2004年/集英社文庫、2008年)】

 幾度となく読むことを躊躇(ためら)った本である。高齢・病気・障碍(しょうがい)というだけで気が重くなる。ブッダは生老病死という人生の移り変わりそのものを苦と断じた(四苦八苦の四苦)。まして功成り名を遂げた二人である。落魄(らくはく)の思いがあって当然だろう。「露の身」というタイトルが露命の儚(はかな)さを象徴している。

 恐る恐るページを繰った。指の動きがどんどん速度を増して気がついたら読み終えていた。私の懸念は完全な杞憂であった。むしろ自分の浅はかさを暴露したようなものだ。人間の奥深さを知れば知るほど謙虚にならざるを得ない。人の偉大さとは何かを圧倒することではなく、真摯な姿を通して内省を促すところにある。

 私はまず老境のお二方が男と女という性の違いを豊かなまでに体現している事実に驚いた。男の優しさと女の気遣いが際立っている。しかも尊敬と信頼の情に溢れながらも慎ましい静謐(せいひつ)さが漂う。エロスではない。プラトニックラブでもない。これはもう「日本の男と女」としか形容のしようがない。

 老いとは衰えの季節である。老いとは弱くなることで、今までできたことができなくなることでもある。そして「死んだ方がましだ」という病状にあっても尚生きることなのだ。

 多田富雄は脳梗塞で一夜にして構音障害失語症とは別)、嚥下障害、右麻痺の体となった。臨死体験から生還した彼は雄々しく「新しい生」を生き始める。過去の自分と現在の自分を比較するのではなく、ただ現在の自分をひたと見据えた。

「書く」行為に救われたと柳澤桂子が書いているが、我々が普段当たり前にできることの中に実は本当の幸せがあるのだろう。話すこと、聞くこと、書くこと、読むこと……。ひょっとすると生そのものが幸福なのかも知れない。私は生きることをどれほど味わっているだろうか? 美酒を舐め、ご馳走に舌鼓を打つように瞬間瞬間を生きているだろうか? 渇きを癒やすように生の水を飲んでいるだろうか? そんな疑問が次々と湧いて止まない。

「詩は、『書くまい』とする衝動なのだ」と石原吉郎〈いしはら・よしろう〉は書いた(『石原吉郎詩文集』)。多田富雄と柳澤桂子は「動くまい」とする体の衝動と戦うために書いたのだ。

2018-07-26

科学革命を推進し、現代文明を支えるガラス/『世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史』スティーブン・ジョンソン


『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
『人類を変えた素晴らしき10の材料 その内なる宇宙を探険する』マーク・ミーオドヴニク

 ・科学革命を推進し、現代文明を支えるガラス

必読書リスト その三

 これはグーテンベルクの発明がたどった不思議に並行する道筋である。印刷が長年、科学革命と結びつけられている理由はいくつかある。ガリレオのような異端者とされる人たちの小論文や専門書が、教会の批判にとらわれることなくアイデアを広めることができ、最終的にその権威を弱体化させた。同時に、グーテンベルクの聖書から数十年を経て発展した引用と参照のシステムは、科学的手法を応用するにあたって不可欠のツールになった。しかしグーテンベルクの発明は、別のあまり知られていないところでも、科学の前進を促している。すなわち、レンズ設計の可能性、ガラスそのものの可能性を広げたのだ。私たちは二酸化ケイ素の特異な物理的特性を、自分の目ですでに見えていたものを見るのに初めて利用しただけでなく、持って生まれた人間の視力の限界を超越してものを見ることができるようになった。

【『世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史』スティーブン・ジョンソン:大田直子訳(朝日新聞出版、2016年)以下同】

 これは気がつかなかった! 印刷技術には誰もが注目するがガラス(二酸化ケイ素)が科学革命の推進力であったとは。眼鏡の発明が1284年頃のイタリアとされているので、ルネサンス(14世紀イタリア発)の導火線となった可能性も高そうだ。

 現在、あなたが住んでいる部屋を見回せば、二酸化ケイ素があるからこそ存在するもの、もっと言えばケイ素という元素そのものに依存しているものが、軽く100個は手の届くところにあるだろう。窓や天井にはまっているガラス、カメラつきスマホのレンズ、コンピューターの画面、マイクロチップやデジタルクロックが入っているものすべて。1万年前の日常生活の化学に登場する主役を選ぶとしたら、上位の序列は現在と同じになるだろう。私たちは炭素、水素、酸素のヘビーユーザーである。しかしケイ素はクレジットタイトルにさえ出てこないかもしれない。ケイ素は地球上にふんだんにある――地殻の90パーセント以上がケイ素化合物でできている――が、地球上の生命体の自然な代謝にはほとんどなんの役割も果たさない。私たちの体は炭素に依存しているし、私たちのテクノロジーの多く(化石燃料やプラスチック)も同じ依存関係にある。しかしケイ素の必要性は現代になってから強まったものだ。

 細いガラスの糸を作る実験が繰り返され、チャールズ・ヴァーノン・ボーイズが19世紀末に約27メートルのガラス繊維を作り出した。驚くべきはその繊維の強靭さであった。次の世紀の半ばにはガラス繊維が撚(よ)り合わされてグラスファイバーとなる。奇蹟の新素材は「家の断熱材、衣類、サーフボード、クルーザー、ヘルメット、最新のコンピューターのチップを接続する回路基板、エアバスの主要ジェット機」に使われている。そしてインターネットをつなぐ光ファイバーもまたガラス繊維でできている。「ワールド・ワイド・ウェブはガラスの糸で織り上げられているのだ」。

「ガラス」「冷たさ」「音」「清潔」「時間」「光」の六つに焦点を当て、全く新たな角度から文明を切り取ってみせる手並みが鮮やかである。こうした良書を読むと、白人の説明能力の高さにたじろいでしまう。私が知る限りではポピュラーサイエンスの分野だと日本人に勝ち目はない。

自己治癒コンクリート/『人類を変えた素晴らしき10の材料 その内なる宇宙を探険する』マーク・ミーオドヴニク


『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン

 ・自己治癒コンクリート
 ・人生を変える発見

『世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史』スティーブン・ジョンソン

必読書リスト その三

 自己治癒コンクリートには、このバクテリアとその餌になるデンプンの一形態が混ぜ込まれている。バクテリアは普通の環境下ではケイ酸カルシウム水和物フィブリルに閉じ込められて休眠状態を続ける。だがひびが入るとバクテリアがフィブリルの結合から解放され、水の存在によって目を覚まして餌を探しはじめる。そしてコンクリートに加えられていたデンプンを見つけると、それを食べて成長し、増殖する。その過程で炭酸カルシウムの一形態である方解石を排泄する。この方解石がコンクリートと結合し、ひびをつなぐような鉱物構造をつくりはじめ、ひびのさらなる成長を止めてふさぐのである。

【『人類を変えた素晴らしき10の材料 その内なる宇宙を探険する』マーク・ミーオドヴニク:松井信彦訳(インターシフト、2015年)】

生物でひび割れを直すコンクリートが日本上陸(前編) | 日経 xTECH(クロステック)
生物でひび割れを直すコンクリートが日本上陸(後編) | 日経 xTECH(クロステック)
ひび割れを自ら修復!自己治癒・自己修復コンクリートへのバイオ技術の活用 | コンクリートメディカルセンター

 一種の創発技術と言えそうだ。生命の不思議を利用して人工物を長く活かす発想がユニークだ。

 人体が老化する原因は二つ考えられており、一つは遺伝情報で、もう一つは細胞のコピーミスである。しかしながら今の段階ではまだ特定するに至っていない。ひょっとすると体にバクテリアを投与する医学が出てくるかもしれない。ま、もともと人体はバクテリアだらけだし、DNAにもウイルスの影響が色濃く残っている。


【右下の左側にある「字幕」をクリック】

 自分が合成物であるとはにわかに理解し難いが、それは意識によって統合されていると錯覚しているためだろう。内蔵を移植した人は食べ物の好みが臓器提供者のそれに変わることが報告されている。

 傷や骨折などに対しては治癒メカニズムが働くが、精神や価値観の治癒は難しい。ま、病の自覚症状がないのだから致し方ないとも言えるが(笑)。

2018-07-25

はかることと分けること/『〈はかる〉科学 計・測・量・謀……はかるをめぐる12話』阪上孝、後藤武


『なんでも測定団が行く はかれるものはなんでもはかろう』武蔵工業大学編

 ・はかることと分けること

「はかる」ことは分けること(分類)とともに、人間が外界に適応し、働きかけて生きていくうえでもっとも基本的な営みの一つである。

【『〈はかる〉科学 計・測・量・謀……はかるをめぐる12話』阪上孝〈さかがみ・たかし〉、後藤武(中公新書、2007年)】

 そして科学の基本でもある。「はかる」能力が緻密であったからこそ道具を作ることができた。「分ける」能力はリンネ、ダーウィンを経て量子論にまで至った。

 ふと気づいたのだが政治もまた「はかる」ことと「分ける」ことが基礎となっている。徴税や公共事業など。司法も同様か。目隠しをした正義の女神テミスは剣と秤(はかり)を持っている。

 19世紀の科学的心理学を形づくったどの説でも、われわれが世界から得ているセンスデータは不十分であるということが前提にあり、この刺激という単位を採用したおかげで心理学は刺激の貧しさを克服しなければならなかった。どうやらそのときにある種の「心」の働きが構想された。ギブソンは、この手の知覚論を関節知覚論と呼んでいる。

 これはアフォーダンス理論を解説した箇所である。ギブソンは直接知覚論を説いた。アフォーダンスについては勉強不足のためよく理解していない。大体私が理解しにくいのは西洋の伝統的な思考を知らないためだ。

ギブソンの生態学的知覚論とは何でしょうか。 感覚と知覚について、遠くギリシャのアリストレテスからギブソンに至るまでの経緯の中で、 生態学的知覚論の特徴を検討してみました。

 ま、要は環境からの働きかけを情報として読み取る行為を指しているのだが、仏教だと依報(えほう/環境)・正報(しょうほう/主体)の相互性が説かれているので我々にとっては親和性の高い考え方なのだが、ギブソンはもう一歩具体的な次元に踏み込む。

 多分、「つかまりやすい枝」あたりから始まっているような気がするよ。我々のご先祖様がまだ猿だった時代の話だ。

“はかる”科学―計・測・量・謀…はかるをめぐる12話 (中公新書)
阪上 孝 後藤 武
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2018-07-23

「はかる」という漢字の多さ/『なんでも測定団が行く はかれるものはなんでもはかろう』武蔵工業大学編


 ・「はかる」という漢字の多さ

『〈はかる〉科学 計・測・量・謀……はかるをめぐる12話』阪上孝、後藤武

 そうした世界統一単位の構想の実現に向けて、まず動き出したのは革命さなかのフランスだった。1790年、政治家で外交官であったタレーランは、統一単位の必要性を説き、パリ科学学士院がこれに取り組むこととなった。新しい単位は、ギリシャ語【原語略】(測定)から「メートル」とした。(中略)
 1792年から1799年にかけて、天文学者のメシェンとドゥランブルが子午線の測定をし、地球子午線全周の4000万分の1の長さを1メートルとした。これをもとに1メートルの長さをもつ白金でできた幅25.2ミリ、厚さ4ミリのメートル原器がつくられた。総裁政府は、この原器に基づくメートル法を含む法律を公布したがなかなか一般には普及せず、メートル法が強制実施されたのは、1840年以降である。

【『なんでも測定団が行く はかれるものはなんでもはかろう』武蔵工業大学編(講談社ブルーバックス、2004年)以下同】

 ウム、やはりフランス革命(1789-99年)は時代を画(かく)す大事件であったことが窺える。ヨーロッパが教会の束縛から自由になったのも多分この頃だろう。1760年代にはイギリスで産業革命が起こった。アメリカ独立戦争が1775年のこと。近代の幕開けだ。因みに明治元年が1868年である。

「はかる」という言葉はたくさんの漢字で表されることでよく知られている。「測・量・計・図・謀・諮」が代表的なところで、そのほかにも「忖・画・度・称・秤・料・評・詢・衡……」など、数多い。要するに、大昔から使っていた「はかる」という言葉に、輸入された漢字を適当に当てているわけだが、この適当ぶりを見てみるとなかなか興味深い。(清水由美子)

「所体のなかにおいて、軽重を権(はか)る。これを権という」(墨子/『孟嘗君』宮城谷昌光)。はかるという訓読みの漢字は34もある(みんなの名前辞典)。

 脳を情報処理装置と考えれば、生きるとは「はかる」ことを意味する。情報処理とは【計】算(≒演算)である。我々の行動は必ず予【測】に基づく。一寸先は闇であるが五感を駆使して測っているのだ。手探りしながら未来を手繰り寄せているようなものだろう。

 図・謀・諮は集団内におけるコミュニケーションである。「謀る」には悪巧みのイメージが強いが、実際は騙す側に生存の優位性がある。ただし集団規範を崩壊させるゆえに課罰のリスクが伴う。

 また、「慮(おもんぱか)る」とは思いをはかる謂(いい)である。情けの深さが人の心を動かす。

 工業と科学技術は計算能力を格段に進歩させ、文明の力は時空を圧縮する。そして我々は現在性を見失った。「はかる」行為をやめて、現在というゼロ地点にとどまるのが瞑想である。止まって観るがゆえに止観と名づける。

2017-10-12

可用性バイアス/『たまたま 日常に潜む「偶然」を科学する』レナード・ムロディナウ


『デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳』アントニオ・R・ダマシオ:田中三彦訳
『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
『意識は傍観者である 脳の知られざる営み』デイヴィッド・イーグルマン
『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー
『本当にあった嘘のような話 「偶然の一致」のミステリーを探る』マーティン・プリマー、ブライアン・キング

 ・可用性バイアス

『感性の限界 不合理性・不自由性・不条理性』高橋昌一郎
・『しらずしらず――あなたの9割を支配する「無意識」を科学する』レナード・ムロディナウ

 しかしたとえ、確率論者は一流数学者に値する、と信じるギリシア人がいたとしても、広範な記録がなされる以前の当時にあっては、なかなか一貫した理論をつくれないで困ったかもしれない。なぜなら話が過去の出来事の頻度の評価――それゆえ確率の評価――ということになると、人間の記憶力はあまりにもお粗末だからだ。
 5番目にnがくる6文字の英単語と、ingで終わる6文字の英単語では、どちらの数が多いだろうか。ほとんどの人間がingで終わる6文字の英単語を選ぶ。なぜだろうか。ingで終わる単語は、5番目にnがくる6文字の英単語より思いつきやすく、数が多いように思えるからだ。
 しかし、その推測が間違っていることを証明するのに『オックスフォード英語辞典』を調べる必要はないし、勘定の仕方を知る必要さえない。というのは、5番目にnがくる6文字の英単語のグループには、ingで終わる6文字の単語が含まれるからだ。心理学者はこの種の間違いを「可用性バイアス」と呼んでいる。われわれは過去を再構築する際、もっとも生き生きした記憶、それゆえもっとも回想しやすい記憶に、保証のない重要性を授けてしまうのだ。
 可用性バイアスの好ましくないところは、過去の出来事や周囲の状況に対するわれわれの認識をゆがめることで、いつのまにか世の中の見方をゆがめてしまうことだ。

【『たまたま 日常に潜む「偶然」を科学する』レナード・ムロディナウ:田中三彦訳(ダイヤモンド社、2009年)】

 ランダムネス(偶然性、雑然性、不作為性)を解き明かす好著。株価の値動きは予測不可能であるとするのがランダム・ウォーク理論だ。株価は酔っ払いの千鳥足の如く次の一歩を予測することができない。仮に予測できる人がいたとするならば、世界の富をあっという間に独り占めできる。予言者に対して「だったら株価を当ててみせろ」と反論するのは本質を衝いている。

 元々確率論の世界で注目されていたランダム性だが2001年前後から量子力学や情報理論のトピックとして大きく扱われるようになった。もちろん熱力学におけるエントロピー増大則も関連している。

 日本語だと偶然性が一番ピンとくるように感じるが、エントロピーを考えると雑然性の方が正確だし、運命や宿命に対しては不作為性がしっくり来る。というわけでランダムネスに巧く対応する日本語がないので「ランダム性」と表記するのがよかろう。接尾辞の「‐ness」は性質や状態を表す。

 ヒューリスティクスソマティック・マーカー仮説ジェームズ=ランゲ説などの知識があれば面白さが倍増する。

 ロボット工学でにわかにヒューリスティクス(直感的な意思決定)が注目された。当初、ロボットが目的に沿った行動をするためにはあまりにも多くの情報が必要とされた。ドアを開けて部屋に入るだけでも、「ドアを壊さない」ことをプログラミングしなければならない。こうして「学習するロボット」が誕生した。

 ところがどうだ。認知心理学はヒューリスティクスの誤りを暴いてしまった。身も蓋もないとはこのことだ(笑)。我々の先祖は直感に頼って逃げなければ猛獣に食べられてしまったことだろう。文明が未発達な時代において「考える人」は死ぬ。だが差し迫った生命の危険が日常から薄れた現代社会においては「考えない人」が貧乏くじを引くのだ。

 宗教が往々にして「生きる実感」を人々に与えるのは可用性バイアスを強化するためだ。功徳と罰、祝福と断罪(=「保証のない重要性」)といった幸不幸の線引を自覚することで生活体験に重みを与えているのだ。

 美しい思い出は風化しない。ハハハ、そんなこたあ嘘だよ(笑)。美しい思い出は脳内で更に美しく脚色され、再構成を施され、全く別の物語になってゆく。昨日の記憶でさえ感情によって歪められ、事実から懸け離れているのだ。

 バイアス(歪み)は英知の欠如から生じる。我々の人生が労働と消費についやされる間はバイアスを免れることはないだろう。

たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する
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偶然か、必然か/『“それ”は在る ある御方と探求者の対話』ヘルメス・J・シャンブ

2017-08-18

サイクリックモデル/『サイクリック宇宙論 ビッグバン・モデルを超える究極の理論』ポール・J・スタインハート、ニール・トゥロック


『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
『ホーキング、宇宙を語る ビッグバンからブラックホールまで』スティーヴン・ホーキング
『エレガントな宇宙 超ひも理論がすべてを解明する』ブライアン・グリーン
『ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い』レオナルド・サスキンド
『物質のすべては光 現代物理学が明かす、力と質量の起源』フランク・ウィルチェック

 ・サイクリックモデル

カーター・エマート:三次元宇宙地図のデモ
『宇宙が始まる前には何があったのか?』ローレンス・クラウス

 本書では、サイクリックモデルと呼ばれる、そのもっと大胆な説について説明する。この描像によれば、ビッグバンは時間と空間の始まりでなく、原理的には物理法則を使って完全に記述できる。しかもビッグバンは一度きりではない。宇宙は進化のサイクルを繰り返す。その各サイクルにおいて、ビッグバンが高温の物質と放射を生み出し、それが膨張冷却して今日見られる銀河や恒星が形成される。その後、宇宙の膨張が加速して物質は散り散りになり、空間はほぼ完全な真空へと近づく。そして1兆年ほど経った頃、新たなビッグバンが起こって再びサイクルが始まる。宇宙の大規模構造を作り出した出来事は、一つ前のサイクル、つまり一番最近のビッグバン以前に起こったことになる。
 このサイクリックモデルは、WMAPの結果をはじめ最近のあらゆる天文学的観測結果をインフレーションモデルと同じくらい正確に説明するが、その意味合いは大きく異る。サイクリックの描像によれば、WMAPの画像はクラークのモノリスと同じくらい奇妙だ。われわれを文字通り次元を超えた旅路へと連れていき、ビッグバン以前から遠い未来までにわたる数々の出来事を見せてくれるのだ。

【『サイクリック宇宙論 ビッグバン・モデルを超える究極の理論』ポール・J・スタインハート、ニール・トゥロック:水谷淳〈みずたに・じゅん〉訳(早川書房、2010年)】

 WMAPはNASAの宇宙探査機で宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の温度を測定している。WMAPの画像は衝撃的だった。手っ取り早く言えばビッグバンから40万年後の状態がそのまま膨張した姿で写っているのだ。


 ゆらぎからビッグバンが生じ、ビッグバンから宇宙のゆらぎが生じたことを思えば「ゆらぎ第二章」と名付けてよさそうだ。WMAPの調査によって宇宙の年齢(137億年)や、大きさ(780億光年以上)、組成(4%が通常の物質、23%が正体不明のダークマター、73%がダークエネルギー)などが導き出された。

 サイクリック宇宙論多元宇宙論の一つで、宇宙は無限に連続する自立的な循環を行うという理論である。

 宇宙の大規模構造は泡構造とも呼ばれるが、宇宙それ自体も泡を形成している可能性がある。


 しかも宇宙は動いている。脳には物事を止まった状態で考える癖がある。初めて太陽系の運行を知った時は度肝を抜かれた。


 まるで卵子を目指して進む精子のようだ。DNAも宇宙も螺旋状態があるべき姿なのだろう。時空は螺旋状に進む。

仏教的時間観は円環ではなく螺旋型の回帰/『仏教と精神分析』三枝充悳、岸田秀

 仏教やヒンドゥー教を始めとするアジアの時間論もサイクリックモデルである。我々にとっては親和性が高い。ひょっとすると一つひとつの宇宙に人間原理が働いているのかもしれない。

2015-05-10

限られた資源をめぐる競争/『複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する』ニール・ジョンソン


『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン

 ・限られた資源をめぐる競争

 現実世界に見られる複雑性は、多くの場合、系の構成要素が限られた資源――たとえば、食べ物、空間(スペース)、エネルギー、権力、富――をめぐって互いに競争を繰り広げているという状況がその核心をなしている。このような状況では、群集の出現が非常に重要な実際的影響を及ぼすことがある。金融市場や住宅市場を例にとると、手持ちの金融商品や物件を売りたい群集――彼らは互いに買い手を求めて競争している――が自然に形成されると、暴落につながって市場価格が短期間のうちに劇的に下がってしまうことがある。同じような群集現象は、同じ時間帯に通る道路上の空間をめぐって競争している車通勤者たちでも生じる。その結果が交通渋滞で、これは市場の暴落の道路交通版なのだ。このほかの例としては、インターネットにおける過負荷、停電をあげることができる。前者は利用者のアクセスが一時に集中したために特定のコンピューター・システムが使えなくなった状況だし、後者もやはり電気の利用が一時的に集中して、電力網による供給が追いつかなくなった状況なのである。戦争やテロさえも、異なる勢力どうしの暴力的な集団行動であり、同じ資源(たとえば、土地や領土や政治的権力)の支配をめぐって競争が繰り広げられていると見なせる。

 複雑性科学の究極の目標は、こうした創発現象――とりわけ重要なのは、恐ろしい結果をもたらしかねない市場の暴落、交通渋滞、感染症の世界的流行、癌をはじめとする病気、武力衝突、環境変化など――を理解し、その予測と制御を行なうことである。これらの創発現象の予測は可能なのだろうか。それとも、これらの現象は何の前触れもなく、どこからともなく姿を現わすのだろうか。さらに、いったん生じてしまったとき、われわれはその現象を制御したり操作したりできるのだろうか。

【『複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する』ニール・ジョンソン:阪本芳久訳(インターシフト、2011年)】

 1+1が2+αというよりは、2xになるような事象を創発という。「がらくた置き場の上を竜巻が通過し、その中の物質からボーイング747が組み立てられる」(フレッド・ホイル)確率と似ている。分子を並べただけでDNAはできないし、同じ数の細胞を並べただけで人体とはならない。創発という概念は自己組織化散逸構造非線形科学などとセットになっている。

 生命も宇宙も熱力学第二法則に従う。エントロピーは増大するのだ。コーヒーの中に落としたミルクは拡散し、風呂の湯は必ず冷める。逆はあり得ない。時間の矢は過去から未来へ向かう。やがて人は死に、宇宙も死ぬ。分子は乱雑さを増し、一切が平均化してゆく。

 群集現象による創発は人文字を思えばよい。一人ひとりは色のついたパネルをめくっているだけだが、全体で見ると文字や絵が浮かぶ。先に書いた1+1=2xがおわかりいただけるだろう。

 交通渋滞と戦争やテロを同列に見なす視点が鋭い。特定秘密保護法や集団的自衛権に関する安倍政権批判は相変わらず「古い物語」を踏襲していて、平和を賛美する叙情的な文学のようにしか見えない。中華思想に弾圧されるチベットやウイグルの問題を正面から見据えれば、武力の裏づけを欠いた外交が実を結ぶとは思えない。戦争もできないような国家は国家たり得ない。そんな当たり前のことがこの国では忘れられているのだ。拉致問題が進展しないのも憲法の縛りがあるためだ。

 戦争はない方がいいに決まっている。だからといって反戦・平和を叫べばそれで済むというものではない。人類は数千年にわたって戦争を行ってきたわけだから、まず戦争は起こるという前提で考えるべきだろう。そして戦争に至る要因や条件を科学的に検証することで、戦争回避の手立てが見えてくるに違いない。

 複雑系科学は仏教の縁起を立証しているようで実に面白い。阪本芳久が訳した作品は外れが少ない。

複雑で単純な世界: 不確実なできごとを複雑系で予測する

2015-04-03

情報という概念/『宇宙を復号(デコード)する 量子情報理論が解読する、宇宙という驚くべき暗号』チャールズ・サイフェ


『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』チャールズ・サイフェ
『量子革命 アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突』マンジット・クマール
『量子が変える情報の宇宙』ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー

 ・情報という概念

『史上最大の発明アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理』デイヴィッド・バーリンスキ
情報とアルゴリズム

 熱力学の法則――物質のかたまりに含まれる原子の運動を支配する法則――は、すべての根底にある、情報についての法則だ。相対性理論は、極度に大きな速さで動いている物体や重力の強い影響を受けている物体がどのように振舞うかを述べるものだが、実は情報の理論である。量子論は、ごく小さなものの領域を支配する理論だが、情報の理論でもある。情報という概念は、単なるハードディスクの内容よりはるかに広く、今述べた理論をすべて、信じられないほど強力な一つの概念にまとめあげる。
 情報理論がこれほど強力なのは、情報が物理的なものだからだ。情報はただの抽象的な概念ではなく、ただの事実や数字、日付や名前ではない。物質とエネルギーに備わる、数量化でき測定できる具体的な性質なのだ。鉛のかたまりの重さや核弾頭に貯蔵されたエネルギーにおとらず実在するのであり、質量やエネルギーと同じく、情報は一組の物理法則によって、どう振舞いうるか――どう操作、移転、複製、消去、破壊できるか――を規定されている。宇宙にある何もかもが情報の法則にしたがわなければならない。宇宙にある何もかもが、それに含まれる情報によって形づくられるからだ。
 この情報という概念は、長い歴史をもつ暗号作戦と暗号解読の技術から生まれた。国家機密を隠すために用いられた暗号は、情報を人目に触れぬまま、ある場所から別の場所へと運ぶ方法だった。暗号解読の技術が熱力学――熱機関の振舞い、熱の交換、仕事の生成を記述する学問――と結びついた結果生まれたのが情報理論だ。情報についてのこの新しい理論は、量子論と相対性理論におとらず革命的な考えである。一瞬にして通信の分野を変容させ、コンピューター時代への道を敷いたのが情報理論なのだが、これはほんの始まりにすぎなかった。10年のうちに物理学者と生物学者は、情報理論のさまざまな考えがコンピューターのビットおよぎバイトや暗号や通信のほかにも多くのものを支配することを理解しはじめた。こうした考えは、原子より小さい世界の振舞い、地球上の生命すべて、さらには宇宙全体を記述するのだ。

【『宇宙を復号(デコード)する 量子情報理論が解読する、宇宙という驚くべき暗号』チャールズ・サイフェ:林大〈はやし・まさる〉訳(早川書房、2007年)】

 驚愕の指摘である。熱力学の法則と相対性理論と量子論を「情報」の一言で結びつけている。「振る舞い」とのキーワードが腑に落ちれば、エントロピーで読み解く手法に得心がゆく。『異端の数ゼロ』で見せた鮮やかな筆致は衰えていない。

 ロルフ・ランダウアーが「情報は物理的」と喝破し、ジョン・ホイーラーが「すべてはビットから生まれる」と断言した。マクスウェルの悪魔に止めを刺したのはランダウアーの原理であった。

 よくよく考えるとマクスウェルの悪魔自身が素早い分子と遅い分子という情報に基いていることがわかる。思考実験恐るべし。本物の問いはその中に答えをはらんでいる。

 調べものをしているうちに2時間ほど経過。知識が少ないと書評を書くのも骨が折れる。熱力学第二法則とエントロピー増大則がどうもスッキリと理解できない。この物理法則が社会や組織に適用可能かどうかで行き詰まった。結局のところ新たな知見は得られず。

物質界(生命系を含め)の法則:熱力学の第二法則

 エントロピー増大則は諸行無常を志向する。自然は秩序から無秩序へと向かい、宇宙のエントロピーは時間とともに増大する。コップの水にインクを1滴たらす。インクは拡散し、薄く色のついた水となる。逆はあり得ない(不可逆性)。つまり閉じたシステムでエントロピーが減少すれば、それは時間が逆行したことを意味する。風呂の湯はやがて冷める。外部から熱を加えない限り。

 生物は秩序を形成している点でエントロピー増大則に逆らっているように見えるが、エネルギーを外部から摂取し、エントロピーを外に捨てている。汚れた部屋に例えれば、掃除をすれば部屋のエントロピーは減少するが、掃除機の中のエントロピーは増大する。乱雑さが移動しただけに過ぎない。

 ゲーデルの不完全性定理は神の地位をも揺るがした。

 ニューヨーク州立大学の哲学者パトリック・グリムは、1991年、不完全性定理の哲学的帰結として、神の非存在論を導いている。彼の推論は、次のようなものである。

 定義 すべての真理を知る無矛盾な存在を「神」と呼ぶ。
 グリムの定理 「神」は存在しない。

 証明は、非常に単純である。定義により、すべての真理を知る「神」は、もちろん自然数論も知っているはずであり、無矛盾でもある。ところが、不完全性定理により、ゲーデル命題に相当する特定の多項方程式については、矛盾を犯すことなく、その真理を決定できないことになる。したがって、すべての真理を知る「神」は、存在しないことになる。
 ただし、グリムは、彼の証明が否定するのは、「人間理性によって理解可能な神」であって、神学そのものを否定するわけではないと述べている。

【『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎〈たかはし・しょういちろう〉(講談社現代新書、1999年)】

神の存在論的証明

 では熱力学第二法則はどうか? 仏教東漸の歴史を見れば確かに乱雑さは増している。ブッダの時代にあっても人を介すほどに教えは乱雑になっていったことだろう。熱は冷め、秩序は無秩序へ向かう。しかしその一方で人間の意識は秩序を形成する。都市化が典型である。そして生命現象という秩序は、必ず死という無秩序に至る。

 宇宙的な時間スケールで見た時、生命現象にはどのような意味があるのか? それともないのか? 思考はそこで止まったまま進まない。

宇宙を復号する―量子情報理論が解読する、宇宙という驚くべき暗号
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ゲーデルの哲学 (講談社現代新書)
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2015-03-30

アルゴリズムとは/『史上最大の発明アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理』デイヴィッド・バーリンスキ


『宇宙を復号(デコード)する 量子情報理論が解読する、宇宙という驚くべき暗号』チャールズ・サイフェ

 ・サインとシンボル
 ・アルゴリズムとは

『宇宙をプログラムする宇宙 いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?』セス・ロイド
情報とアルゴリズム

 アルゴリズムは、ひとつの有効な手続き、すなわち、有限個の別個のステップで何かをおこなうすべである。

【『史上最大の発明アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理』デイヴィッド・バーリンスキ:林大〈はやし・まさる〉訳(早川書房、2001年/ハヤカワ文庫、2012年)以下同】

 古代の人類を思い浮かべてみよう。狩り、農耕、石器(道具)の作り方などにアルゴリズムを見て取れる。学びとは「アルゴリズムの共有」を意味したと考えてもよさそうだ。デイヴィッド・バーリンスキは古代中国に始まる官僚を「複雑なアルゴリズムを実行してきた社会組織以外の何物でもない」と指摘する。戦争やスポーツにおける戦略もアルゴリズムである。経済が上手くゆかないのはアルゴリズムが見出されていないためか。

 今世紀になってはじめて、アルゴリズムという概念の全貌が意識されるようになった。この仕事は、60年以上前、4人の数理論理学者によっておこなわれた。その4人とは、繊細で謎めいたクルト・ゲーデル、教会どころか大聖堂にも劣らずがっしりとして堂々としているアロンゾ・チャーチ、モリス・ラフェル・コーエンと同じくニューヨーク市立大学に葬られているエミル・ポスト、そして、もちろん、20世紀の後半に不安に満ちた目をさまよわせているかのような、風変わりでまったく独創的なA・M・テューリングだ。

 アインシュタインの相対性理論とゲーデルの不完全性定理は世界の見方を完全に引っくり返した。哲学は過去の遺物と化した。キリスト教も色褪せた。二つの理論は現代における常識の最上位に位置する。絶対なるものは崩壊した。

 ドイツはユダヤ人を迫害することで知性を流出して第二次世界大戦に敗れた。その知性を受け入れたアメリカが勝利を収めたのは当然であった。日本も当時、原爆製造に着手していたがウランがなかった。ゼロ戦をつくるほどの技術力はあったものの、全体観に立つ指導者がいなかった。


 解読不可能と思われていたエニグマの息の根を止めたのがチューリングだった。大戦の中で科学は次々と大輪の花を咲かせた。これが歴史の真実である。戦争に勝利したアメリカはドイツから技術や人を盗み取って、戦後の発展を遂げた(『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』菅原出)。

ゲーデルの哲学 (講談社現代新書)ノイマン・ゲーデル・チューリング (筑摩選書)

『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎
嘘つきのパラドックスとゲーデルの不完全性定理/『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ

2014-11-09

大型ハドロン衝突型加速器(LHC)とスモール・ビッグバン














素粒子衝突実験で出現するビッグバン/『物質のすべては光 現代物理学が明かす、力と質量の起源』フランク・ウィルチェック
加速器の世界 |サイエンス チャンネル

2014-10-26

初めにビットありき/『宇宙をプログラムする宇宙 いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?』セス・ロイド


『史上最大の発明アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理』デイヴィッド・バーリンスキ

 ・初めにビットありき

『量子が変える情報の宇宙』ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー
『宇宙が始まる前には何があったのか?』ローレンス・クラウス
『宇宙を織りなすもの』ブライアン・グリーン

情報とアルゴリズム

「初めにビットありき」と私は話を切り出した。複雑系を研究するサンタフェ研究所が居(きょ)を構える17世紀建立(こんりゅう)の修道院の礼拝堂には、いつもと変わらぬ物理学者、生物学者、経済学者、数学者の集団と、それから数多くのノーベル賞受賞者に影響を与えた一人の人物がいた。私は、宇宙物理学と量子重力の大家であるジョン・アーチボルト・ホイーラーに、『Itはビットからなる』というタイトルで講演するよう求められ、それを引き受けたのだった。

【『宇宙をプログラムする宇宙 いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?』セス・ロイド:水谷淳〈みずたに・じゅん〉訳(早川書房、2007年)以下同】

「初めにビットありき」! 痺(しび)れた。「言葉」でも「光」でもない。「情報」だ。『Itはビットからなる』というのは、もちろんジョン・ホイーラーが提唱した「It from bit」を受けたものだろう。

宇宙を決定しているのは人間だった!?― 猫でもわかる「ビットからイット」理論

 ジョン・ホイーラー(最近は「ウィーラー」という表記も多い)は類稀な言葉のセンスの持ち主でブラックホールの命名者でもある。

「事物、すなわち“It”は、情報、すなわち“ビット”から生まれます」と、私は、緊張した手でリンゴを投げあげながら続けた。「このリンゴは“It”の良い例です。リンゴは昔から情報と結びつけられてきました。まず何よりも、“禁断の一口が世界に死とすべての苦悩をもたらした”知の果実として、リンゴによって運ばれる情報には、良いものも悪いものもあります。時が下り、リンゴの落下する軌道からニュートンが万有引力の法則を明らかにし、リンゴの表面はアインシュタインの説く歪(ゆが)んだ時空の喩(たと)えにもなりました。もっと直接には、リンゴの種の中に閉じ込められた遺伝暗号が、将来育つリンゴの木の構造をプログラミングしています。そして最後に、リンゴには自由エネルギー、すなわち、われわれの体を機能させるうえで必要な、ビットに富む何キロカロリーものエネルギーが含まれているのです」

「事物、すなわち“It”は、情報、すなわち“ビット”から生まれます」――つまり情報理論とは仏教の唯識なのだ。唯識は認識機能に立脚するが、認識対象はすなわち情報である。世界の本質は認知世界であり、世界はこれ情報であり唯識である。目の前に世界が広がっているわけではなく、世界は感覚器官に収まる。

「このリンゴには、当然さまざまな【タイプの】情報が含まれています。いったいこのリンゴには、【どれだけの】情報が含まれているのでしょうか? 1個のリンゴの中には、【どれだけの】ビットが存在するのでしょうか?」私はリンゴをテーブルに置き、ボードの方を向いてちょっとした計算をした。「面白いことに、1個のリンゴに含まれるビットの数は、20世紀初頭、“ビット”という言葉が誕生する前からわかっていました。ちょっと考えただけだと、1個のリンゴには無限個のビットが含まれていると思えるかもしれませんが、そんなことはない。実は、リンゴとその原子の微視的状態を特定するのに必要なビットの数は、あらゆる物理系を支配する量子力学の法則によって、有限とされています。1個1個の原子は、その位置と速度という形でわずか数ビットを記録しているにすぎないし、一つ一つの原子核が持つ核スピンは、たった1ビットしか記録していません。結果として、このリンゴには、原子の数のわずか数倍、すなわち10億の10億倍の数百万倍個の0と1が含まれているだけなのです」

 残念なおしらせだ。無限の可能性は否定された。ビットは有限なのだ。ただし我々の日常感覚からすればやはり無限に近い。そもそも観測可能な宇宙に存在する原子の総数が10の80乗個と推定されている。因(ちな)みに宇宙全体にある星の数は地球上の砂の数を上回る(「砂(すな)の数と星の数」)。

 セス・ロイドは量子コンピュータの第一人者で、本書において宇宙そのものが巨大コンピュータであるという驚くべき仮説を示す。情報処理という観点に立つと「計算」というキーワードが重要になる。

2014-08-11

化物世界誌と対蹠面存在否定説の崩壊/『科学と宗教との闘争』ホワイト:森島恒雄訳


『科学史と新ヒューマニズム』サートン:森島恒雄訳

 ・権威者の過ちが進歩を阻む
 ・化物世界誌と対蹠面存在否定説の崩壊

『時間の逆流する世界 時間・空間と宇宙の秘密』松田卓也、二間瀬敏史
『思想の自由の歴史』J・B・ビュァリ:森島恒雄訳
『魔女狩り』森島恒雄
『聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か』岡崎勝世
『世界史とヨーロッパ』岡崎勝世
『科学vs.キリスト教 世界史の転換』岡崎勝世

キリスト教を知るための書籍
必読書リスト その四

 神が保障した法皇の《無過失性》によってこの古い神学的見解はあらためて再確認され、人間は地球の片側だけに存在するものだという説はこれまで以上に正統的となり、教会にとっていっそう尊重すべきものとなった。(8世紀)

【『科学と宗教との闘争』ホワイト:森島恒雄訳(岩波新書、1939年)以下同】

 これを対蹠面(たいせきめん)存在否定説という。対蹠とは正反対の意で、対蹠地というと地球の裏側を指す。当時のヨーロッパではまだ地球が球形であるとの認識はなかった。そのため対蹠【面】との訳語になっているのだろう。ただしギリシャでは紀元前から地球は丸いと考えられていた。

 神が万物を創造したとする思考において世界とは聖書を意味する。つまり聖書に世界のすべてがあますところなく記述されており、あらゆる学問を神の下(もと)に統合した。これが本来の世界観である。決して世界が目の前に開いているわけではなく、価値観によって見える外部世界は大きく変わるのだ。

 当時、神の僕(しもべ)である人間はヨーロッパにしか存在しないものと考えられていた。そしてヨーロッパから離れれば離れるほど奇っ怪な姿をした化け物が棲息していると彼らは想像した。これを化物世界誌という(『聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か』岡崎勝世)。

ヘレフォード図(クリックで拡大)→化物世界誌を参照せよ

 しかし、1519年にいたって、科学は圧倒的な勝利を博した。マゼランがあの有名な航海を行なったのである。彼は地球がまるいことを実証した。なぜなら、彼の遠征隊は地球を一周したからだ。彼は対蹠面存在説を実証した。なぜなら、彼の乗組員は対蹠面の住民を目撃したのだから。だが、これでも戦いは終らなかった。信心深い多くの人々は、それからさに200年の間この説に反対した。

 これが世界観の恐ろしいところだ。ひとたび構築された物語があっさりと事実や合理性を拒絶するのだ。ただしマゼランの世界一周が化物世界誌と対蹠面存在否定説崩壊の端緒となったことは間違いない。

 クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸の島に上陸したのは1492年のこと。インディアンと遭遇した彼らが戸惑ったのは、インディアンの存在が聖書に書かれていなかったためであった。

 信心深い人々は妄想を生きる。ニュートンを筆頭とする17世紀科学革命はまだ神の支配下にあった。しかし魔女狩りの終熄(しゅうそく)とともに、科学は神と肩を並べ、やがて神を超える(何が魔女狩りを終わらせたのか?)。

 例外はアメリカで今尚ドグマに支配されている(『神と科学は共存できるか?』スティーヴン・ジェイ・グールド)。世界の警察を自認する国が妄想にとらわれているのだから、世界が混乱するのも当然だ。



「エホバの証人」と進化論

2014-07-02

アルゴリズムが人間の知性を超える/『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル


『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
・『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
・『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
・『人間原理の宇宙論 人間は宇宙の中心か』松田卓也
全地球史アトラス
『2045年問題 コンピュータが人類を超える日』松田卓也

 ・指数関数的な加速度とシンギュラリティ(特異点)
 ・レイ・カーツワイルが描く衝撃的な未来図
 ・アルゴリズムが人間の知性を超える

意識と肉体を切り離して考えることで、人と社会は進化する!?【川上量生×堀江貴文】
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗
『トランセンデンス』ウォーリー・フィスター監督
『LUCY/ルーシー』リュック・ベッソン監督、脚本
『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』イブ・ヘロルド
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー
『養老孟司の人間科学講義』養老孟司
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』ユヴァル・ノア・ハラリ
『文明が不幸をもたらす 病んだ社会の起源』クリストファー・ライアン
『われわれは仮想世界を生きている AI社会のその先の未来を描く「シミュレーション仮説」』リズワン・バーク

情報とアルゴリズム

 まず、われわれが道具を作り、次は道具がわれわれを作る。
  ──マーシャル・マクルーハン

【『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル:井上健〈いのうえ・けん〉監訳、小野木明恵〈おのき・あきえ〉、野中香方子〈のなか・きょうこ〉、福田実〈ふくだ・みのる〉訳(NHK出版、2007年)以下同】

 出たよ、マクルーハンが。本当にこの親父はもの思わせぶりな言葉が巧いよな。道具とはコンピュータである。

 われわれの起源を遡ると、情報が基本的な構造で表されている状態に行き着く。物質とエネルギーのパターンがそうだ。量子重力理論という最近の理論では、時空は、離散した量子、つまり本質的には情報の断片に分解されると言われている。物質とエネルギーの性質が究極的にはデジタルなのかアナログなのかという議論があるが、どう決着するにせよ、原子の構造には離散した情報が保存され表現されていることは確実にわかっている。

 波であれば連続的で、量子であれば離散的になる。既に時間も長さも最小単位が存在する(プランク時間プランク長)。

生い立ちから「ディジタル」…「量子論」

 生物の知能進化率と、テクノロジーの進化率を比較すると、もっとも進んだ哺乳類では、10万年ごとに脳の容量を約16ミリリットル(1立法インチ)増やしてきたのに対し、コンピュータの計算能力は、今現在、毎年おおよそ2倍になっている。

 指数関数的に技術革新が行われることで進化スピードを凌駕するのだ。

 これから数十年先、第5のエポックにおいて特異点が始まる。人間の脳に蓄積された大量の知識と、人間が作りだしたテクノロジーがもついっそう優れた能力と、その進化速度、知識を共有する力とが融合して、そこに到達するのだ。エポック5では、100兆の極端に遅い結合(シナプス)しかない人間の脳の限界を、人間と機械が統合された文明によって超越することができる。
 特異点に至れば、人類が長年悩まされてきた問題が解決され、創造力は格段に高まる。進化が授けてくれた知能は損なわれることなくさらに強化され、生物進化では避けられない限界を乗り越えることになる。しかし、特異点においては、破壊的な性向にまかせて行動する力も増幅されてしまう。特異点にはさまざまな面があるのだ。

 アルゴリズムが人間の知性を超える瞬間だ。このあたりについてはクリストファー・スタイナー著『アルゴリズムが世界を支配する』が詳しい。人間がコンピュータに依存するというよりも、人間とコンピュータが完全に融合する時代が訪れる。

 今のところ、光速が、情報伝達の限界を定める要因とされている。この制限を回避することは、確かにあまり現実的ではないが、なんらかの方法で乗り越えることができるかもしれないと思わせる手がかりはある。もしもわずかでも光速の限界から逃れることができれば、ついには、超光速の能力を駆使できるようになるだろう。われわれの文明が、宇宙のすみずみにまで創造性と知能を浸透させることが、早くできるか、それともゆっくりとしかできないかは、光速の制限がどれだけゆるぎないものかどうかにかかっている。

 これが量子コンピュータの最優先課題だ。量子もつれが利用できれば光速を超えることが可能だ。

 この事象のあとにはなにがくるのだろう? 人間の知能を超えたものが進歩を導くのなら、その速度は格段に速くなる。そのうえ、その進歩の中に、さらに知能の高い存在が生みだされる可能性だってないわけではない。それも、もっと短い期間のうちに。これとぴったり重なり合う事例が、過去の進化の中にある。動物には、問題に適応し、創意工夫をする能力がある。しかし、たいていは自然淘汰の進み方のほうが速い。言うなれば、自然淘汰は世界のシミュレーションそのものであり、自然界の進化スピードは自然淘汰のスピードを超えることができない。一方、人間には、世界を内面化して、頭の中で「こうなったら、どうなるだろう?」と考える能力がある。つまり、自然淘汰よりも何千倍も速く、たくさんの問題を解くことができる。シミュレーションをさらに高速に実行する手段を作りあげた人間は、人間と下等動物とがまったく違うのと同様に、われわれの過去とは根本的に異なる時代へと突入しつつある。人間の視点からすると、この変化は、ほとんど一瞬のうちにこれまでの法則を全て破壊し、制御がほとんど不可能なくらいの指数関数的な暴走に向かっているに等しい。
  ──ヴァーナー・ヴィンジ「テクノロジーの特異点」(1993年)

 たぶんエリートと労働者に二分される世界が出現することだろう。いい悪いではなく役割分担として。その時、労働者はエリートが考えていることを理解できなくなっているに違いない。驚くべき知の淘汰が行われると想像する。

 超インテリジェント・マシンとは、どれほど賢い人間の知的活動をも全て上回るほどの機械であるのだとしよう。機械の設計も、知的な活動のひとつなので、超インテリジェント・マシンなら、さらに高度な機械を設計することができるだろう。そうなると、間違いなく「知能の爆発」が起こり、人間の知性ははるか後方に取り残される。したがって、人間は、超インテリジェント・マシンを最初の1台だけ発明すれば、あとはもうなにも作る必要はない。
  ──アーヴィング・ジョン・グッド「超インテリジェント・マシン1号機についての考察」(1965年)

 万能チューリングマシンの誕生だ。仮にコンピュータが自我を獲得したとしよう(「心にかけられたる者」アイザック・アシモフ)。マシンの寿命が近づけば自我もろともコピーすることが可能だ。そう。コンピュータは永遠の生命を保てるのだ。ここに至り、光速と同様に人間の寿命がイノベーションの急所であることが理解できよう。

 自我は個々人に特有のアルゴリズムと考えることができる。そんな普遍性のないアルゴリズムはノイズのような代物だろう。コンピュータが人類を凌駕した時、真実の人間性が問われる。

2014-05-15

「物質-情報当量」/『リサイクル幻想』武田邦彦


合理的思考の教科書
・「物質-情報当量」

『「水素社会」はなぜ問題か 究極のエネルギーの現実』小澤詳司

 ・情報とアルゴリズム

 電話が発明されてからすでに100年以上経っていますが、「電話帳と電話線と電話交換機」という「物質」の組合せには、それまでの通信手段と比べれば、膨大な「情報量」が含まれています。電話という「物質」が伝えることのできる情報量と、のろしや飛脚という「物質」のそれとはけた違いで、伝達の効率という点で、電話という「物質」は「情報」のかたまりといっていいわけです。仮に、電話で伝えるのと同量の情報をのろしや飛脚で伝えるとしたら、どれだけの火を起こし、どれだけの人間が往復しなければならないか、想像してみるといいでしょう。
 つまり、人間の活動を支えるものは、決して「物質とエネルギー」だけではなく、情報も、それらの活動を数倍にする価値を付与しているということがわかります。これを「物質-情報当量」と呼びます。「当量」とは、質的に異なってはいるけれども人間の活動に同じ効果を与えるものを、同一尺度で比較するための単位です。

【『リサイクル幻想』武田邦彦(文春新書、2000年)以下同】

 2000年にこれを書いていたのだから凄い。因みに今検索してみたが物質-情報当量でも情報当量でもヒットするページが見当たらない。本書を「必読書」としたのも、ひとえにこの件(くだり)が書かれているからだ。

「物質-情報当量」を使って、循環型社会を整理してみます。
 1972年から1998年までの間では、鉄1トンに対して10ギガビット、つまり鉄1トンが社会に与える影響と情報10ギガビットが同じであることがわかります。この26年間で、鉄の生産は伸びていませんが、日本社会全体の経済規模は情報分野の進展で増大しています。ごくおおざっぱにいえば、増大分の情報ビット数とそれを鉄に置き換えた場合の重量とをイコールすれば、右のような当量関係が得られるのです。鉄1トンが10ギガビットに当たるというのは、集積回路の集積度が現在より少し上がって10ギガビットになった場合、その小さな1チップが鉄1トンと同等の効果を社会に与えるということを意味してします。1チップを仮に10グラムとすると、物質の使用量は10万分の1になり、物質と文化の関係に革新的な変化を与えるでしょう。
 すでに情報革命が始まり、明確にこのような傾向が現われています。たとえば、銀行の窓口業務の多くは無人の現金出納機になりました。無人化は経費節減や人件費抑制のためと捉えられがちですが、環境面からみると、今まで数人がかりで多くの伝票や計算書類を要し処理していたことを、たった一つの機械で、しかも数倍の処理能力をもってこなすのだから、これも「物質-情報当量」による物質削減の効果です。
 じっくり目をこらせば、こうした例は数限りないくらいあります。現代日本はそれによって高い活動力を保っているとも考えられます。しかしながら、依然として経済成長率やGDPの計算では、物質生産を基準に計算が行われています。そのために、物質の生産が落ち込むと不景気になったという判断が下されますが、現実はすでにビットが物質のキログラムに代わりつつあるのです。
 ビットは人間生活に対して格段に効率が高いので、同じ当量での社会的負担が少なく(つまり物質やエネルギーを消費せず)、結果的にGDPの伸びには反映されていないといえます。GDPの計算方法が古いということ自体はさして問題ではありませんが、GDPが上がらないので「景気を回復させるためには物質生産量を上げなければならない」という結論になるのは問題です。

「現実はすでにビットが物質のキログラムに代わりつつある」ということは情報=物質なのだ。これについては『インフォメーション 情報技術の人類史』(ジェイムズ・グリック)の書評で触れる予定だ。地球環境や資源の限界性を思えば、生産量よりも「物質-情報当量」を上昇させることが望ましい。

 科学者の武田がGDPにまで目を配っているのに政治が無視するのはなぜか? 生産量至上主義が経団連を中心とする業界にとって都合がいいからとしか考えられない。そして官僚が天下りをすることで社会資本を寡占する(『独りファシズム つまり生命は資本に翻弄され続けるのか?』響堂雪乃)。

 私たち人間はなぜ百獣の王ライオンよりも強いのでしょうか? 筋骨隆々として運動神経も人間とは比べものにならないけれど、人間に捕らわれて檻の中にいること自体、理解できないのがライオンです。弱い筋肉と鈍い運動神経しかもっていないのに、人間がライオンを支配できているのは、「知恵」つまり「情報の力」に他ならないのです。
 情報は力であり、物質でもあります。それならば、これまで物質を中心として構築されてきたこの世界を、ビットを中心に組み立て直せばよい。ビットの技術は、地球の資源や環境が破壊される前に、私たち人類にもたらされた贈り物なのかもしれません。

 情報とは知恵なのだ。棒や斧という情報が動物に向けられた時、槍や弓矢という知恵の形となったに違いない。つまり知恵の本質は情報の組み換えにあるのだろう。人類の脳内で行われるシナプス結合が他の動物を圧倒したのだ。そしてシナプス結合は人と人とのつながりを生み、社会を育んだ。そこでは当然、物と情報が交換される。このようにして人類は文明を形成してきた。

「これまで物質を中心として構築されてきたこの世界を、ビットを中心に組み立て直せばよい」――実に痺れる言葉ではないか。どのような情報を得るかで人生は変わる。何を見て、何を聞いて、何を読むか。インターネットの出現によってその選択肢は無限に拡大した。その分だけ自分の選択に責任の重みが増している。また情報は受け取っただけでは死んでいる。それを自分らしく発信することが大切だ。