2019-07-03

文明とエントロピー/『ほんとうの環境問題』池田清彦、養老孟司


『やがて消えゆく我が身なら』池田清彦

 ・石油とアメリカ
 ・文明とエントロピー

『正義で地球は救えない』池田清彦、養老孟司
『生物にとって時間とは何か』池田清彦

●文明とエントロピー

 ですから、環境問題の根本とは、文明というものがエネルギーに依存しているということです。そしてそのときに、議論に出ない重要な問題があります。それは、熱力学の第二法則です。
 文明とは社会秩序ですよね。いまだったら冷暖房完備というけれども、普通の人は夏は暑いから冷房で気持ちがいい。冬は寒いから暖房で気持ちがいいというところで話が止まってしまう。しかし根本はそうではない。夏だろうが冬だろうが温度が一定であるという秩序こそが文明にとっては大切なのだと考えるべきなのです。しかし秩序をそのように導入すれば、当然のことですが、どこかにそのぶんのエントロピーが発生する。それが石油エネルギーの消費です。
 端的に言えば文明とは、ひとつはエネルギーの消費、もうひとつは人間を上手に訓練し秩序を導入すること、このふたつによって成り立っていると言えます。人間自体の訓練で秩序を導入する際のエントロピーは人間の中で解消されるから、自然には向かいません。文明は必ずこの両面を持っています。さきほども述べたように、古代文明があったところでは、石油に頼らずとも文明が作れるという意識があったため、石油に対する意識は鈍かった。しかしアメリカは荒野だったし、そこに世界中からバラバラの人間が集まってきた。そういうところでなぜ文明ができたのかと言えば、まさに秩序を石油によって維持したためです。秩序を維持することは、エントロピーをどこで捨てるかという問題であり、それを1世紀続けたら炭酸ガス問題になったのです。アメリカ文明のいちばん端的な例は、アパートの家賃が光熱費込みだということです。これではエネルギーの節約に向かうはずがない。だから、恐ろしく単純な問題なんですよ。それを認めずに何かを言っても意味がない。
 僕が代替エネルギーを認めないというのは、どんな代替エネルギーを使おうが、エントロピー問題には変わりがないからです。(養老孟司)

【『ほんとうの環境問題』池田清彦、養老孟司〈ようろう・たけし〉(新潮社、2008年)】

 一般的にエントロピーは「乱雑さの度合い」と解釈されている。厳密ではないが熱力学第一法則がエネルギー保存則で熱力学第二法則がエントロピー増大則と覚えておけばよい。

 熱いスープは時間を経るごとに冷める。熱が空気中に分散した状態を「乱雑さ」と捉えるのである。つまり冷めたスープはエントロピーが増大したのだ。コーヒーに入れたミルクは渦を巻きながら拡散し、掻き混ぜることで全体に行き渡る。このように秩序から無秩序への変化は逆行することがない(不可逆性)。

「ホイルは、最も単純な単細胞生物がランダムな過程で発生する確率は『がらくた置き場の上を竜巻が通過し、その中の物質からボーイング747が組み立てられる』のと同じくらいだという悪名高い比較を述べている」(Wikipedia)。フレッド・ホイルのよく知られた喩え話もエントロピーという概念に裏打ちされている。

 出来上がったカレーを元の材料に戻すことは不可能だ。混ぜた絵の具を分離することも無理だ。砂で作ったお城は波に洗われて崩れる。テーブルから落ちて砕け散った茶碗が元通りになることはない。「覆水盆に返らず」という言葉は見事にエントロピー増大則を言い表している。

 やがて太陽も冷たくなり、宇宙はバラバラになった原子が均一に敷かれた砂漠と化す(熱的死)。

 冷房を効かせると熱い部屋が涼しくなる。一見するとエントロピー増大則に反しているようだが室外機の排熱とバランスすれば、やはりエントロピーは増大している。




 武田邦彦はエントロピー増大則に照らしてリサイクルを批判しているが、養老孟司の代替エネルギー批判も全く一緒である。エントロピー増大則は永久機関を否定する。

 エントロピーに逆らう存在が生物であるが、熱や排泄物(≒エントロピー)を外に捨てている。

 物理世界の成住壊空(じょうじゅうえくう/四劫)・生老病死がエントロピーなのだろう。



エントロピー増大の法則は、乱雑になる方向に変化するというものではない。 | Rikeijin
エントロピーとは何か | 永井俊哉ドットコム日本語版
エントロピーとは何か(1) エネルギーの流れの法則
宇宙のエントロピー
槌田敦の熱学外論 | 永井俊哉ドットコム日本語版

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2019-07-02

石油とアメリカ/『ほんとうの環境問題』池田清彦、養老孟司


『やがて消えゆく我が身なら』池田清彦

 ・石油とアメリカ
 ・文明とエントロピー

・『正義で地球は救えない』池田清彦、養老孟司
・『生物にとって時間とは何か』池田清彦

石油とアメリカ

 僕は常々、文化系の人が書かない大切なことがいくつかあると思っています。そのひとつが、環境問題に関しては、アメリカとは何かということを考えざるをえないということです。実は環境問題とはアメリカの問題なのです。つまりアメリカ文明の問題です。簡単に言えばアメリカ文明とは石油文明です。古代文明は木材文明で、産業革命時のイギリスは石炭文明ですね。そしてその後にアメリカが石油文明として登場するのだけれども、一般にはそういう定義はされていませんよね。
 1901年にテキサスから大量の石油が出て、1903年にはフォードの大衆車のアイデアが登場した。アメリカはそれ以来、石油文明にどっぷりと浸かってきました。普通に考えたら、ジョン・ウェインの西部劇の世界とニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンとはまったくつながらないですよ。つながる理由が何かと言えば、石油なのです。(中略)
 石油問題に関しては、アメリカが世界の中で最も敏感で、ヨーロッパはそれより鈍かった。日本のほうはさらに鈍かった。そして最もにぶかったのが、古代文明を作った中国でありインドだった。文明というのは石油なしでも作れるという考えが頭にあった順に鈍かったということです。
 アメリカが戦後一貫して促進してきた自由経済とは、原油価格一定という枠の中で経済活動をやらせることをその実質としていました。原油価格が上がってはいけないというのは、上がった途端にアメリカが不景気になっちゃうからね。ものすごく単純な話なんですよ。自然のエネルギーを無限に供給してけば、経済はひとりでにうまくいっていた。それを自由経済という美名でごまかしてきたのが、20世紀だったわけです。ひとり当たりのエネルギー消費では、日米の差は、僕が大学を辞めることには2倍あった。ヨーロッパ人の2倍、中国人の10倍です。科学の業績などをアメリカが独占するのは当たり前でしょう。戦争に強いとか弱いとかにしてもね、日本は石油がないのに戦争をしたのだから。9割以上の石油を敵国に頼って戦争をするのがどれだけ不利だったか、ということです。それだけのことなのです。
 それからこれも文化系の人は書かないことですが、ヒトラーがソ連に侵入した理由が、歴史の本を読んでもどうも分からない。答えは簡単なことです、石油です。当時もソ連は産油国だったのですよ。コーカサスの石油が欲しかったから、ドイツはスターリングラードを攻めた。そこをはっきり言わないから色々なことが分からない。日本の場合も、「持たざる国」と言い続けてきたけれども、根本にあるのは石油、つまりエネルギーの問題です。古代文明を見てもそうでしょう。木材に依存した文明の場合、最も大量に消費できたのは始皇帝時代の秦ですからね。木を大量に伐採したから万里の長城が作られたわけですよ。現在の砂漠化の要因をたどれば、この時代になるでしょうね。(養老孟司)

【『ほんとうの環境問題』池田清彦、養老孟司〈ようろう・たけし〉(新潮社、2008年)】

 文章から察すると書き下ろしならぬ語り下ろしか。池田清彦と養老孟司という組み合わせはその語り口の違いからすると泉谷しげると小田和正ほどの差がある。二人の共通項は虫採りだ。政治的な立場は池田が反権力で、養老はよくわからない。わからないのだが保守でないのは確かだろう。

「頭のよさ」は物事の本質を抉(えぐ)り出すところに発揮される。戦争とエネルギーと経済と歴史を「石油」というキーワードで解くのは実にすっきりとした方程式で、ストンと腑に落ちる。

 ここで新たな疑問が生じる。次のエネルギーシフトは石油から何に変わるのだろうか? またぞろ何かを燃やすのか? あるいは別の方法でコンプレッサーのように圧力を掛ける方法を開発するのか? いずれにせよそれは電気エネルギーに変換する必要がある。養老はエントロピーという観点から代替エネルギーに関しては否定的だ。燃焼から去ることができないのであれば効率化を目指すのが王道となる。

 科学は核分裂のエネルギー利用を可能にはしたがゴミの問題をまだ解決できていない。21世紀のエネルギー源として核融合による発電の開発が進められているが今世紀半ばに実現されるのだろうか?

 アメリカはシェール革命をきっかけに世界の警察官を辞めた(オバマ大統領のテレビ演説、2013年9月10日/トランプ大統領、2018年12月26日)。警察官が不在になれば悪者がはびこる。つまり中東と東アジアが安定することはあり得ない。

 つくづく残念なことだが革新的な技術は戦争を通して生まれる。利権なきエネルギーが誕生するまで人類は戦争を行い続けるのだろう。

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2019-07-01

目撃された人々 73


 失敗した過去、行き詰まる現在を赤裸々に語ることができるのは心が開かれている人に限られる。四十、五十と年を重ねるごとにこれができる人は少なくなる。資本主義の哲学は成功だ。大人はあたかも自分が成功したように見せ掛ける技能を磨く。

「あたしさ……」と彼女が言った。「そうか」と私は聴いた。「こんな風に考えてしまうのは更年期障害のせいかな」と呟いた。「多分」と答えた。10年、20年前の私なら全力で励ましたことだろう。悩みとは解決されるべきマイナス要因であって停滞に他ならないと考えていたからだ。

 ところがそうでもないらしい。一つの悩みが解消されると別の悩みが芽を出し、やがて大きく生長するのだ。悩みとは観念という妄想が構築する脳のアルゴリズムなのだろう。とすれば悩むというメカニズムを見極め、悩むよりも具体的な問題処理の行動を一歩踏み出した方がよい。

 実に不思議なことだがその人の悩みは往々にして自分で自分を罰しているような側面がある。特に親子関係の複雑さが原因となっていることが多い。

 率直な言葉を通して相手の輪郭がくっきりと浮かび上がってくる。それは一人泣いている母親を見ていた幼い彼女の姿だ。母親を尊敬する彼女は自分が幸福になることを許さない。

子は親の「心の矛盾」もまるごとコピーする/『子は親を救うために「心の病」になる』高橋和巳

2019-06-29

死の恐怖を免れる簡単な方法/『やがて消えゆく我が身なら』池田清彦


 ・死の恐怖を免れる簡単な方法

『ほんとうの環境問題』池田清彦、養老孟司
『正義で地球は救えない』池田清彦、養老孟司
・『生物にとって時間とは何か』池田清彦

 死の恐怖を免れる最も簡単な方法は、体は滅んでも心は不滅であると信ずることだ。言わずと知れたことだが、これは宗教である。すべての宗教はその教説の中に死後の世界についてのお話が入っている。天国(あるいは極楽)に行くにしても地獄に行くにしても、死んだ後もとりあえず心の存在は保証される。宗教とは、脳が巨大化して死の恐怖などという余計なことを考えるようになった人間が発明した、心が安楽になるための極めて優秀な装置である。死の恐怖も宗教も脳の発明品であることでは共通している。こういうのもマッチポンプと言うのだろうか。

【『やがて消えゆく我が身なら』池田清彦(角川書店、2005年/角川ソフィア文庫、2008年)】

 生と死にまつわるエッセイ集だ。テレビで見受ける酔っ払いみたいな口調とは打って変わって文章は端正である。

 私も生命は永遠だと長らく思っていたのだが10年ほど前に考えを改めた。スマナサーラ長老が「テーラワーダ仏教では最初に過去世を悟る」みたいな話を書いていたが私としては腑に落ちない。過去世だろうが来世だろうがその情報は現在の脳に収まっている。つまり何を語ろうとも現在の脳内情報であって、それを生前や死後にまで延長するのはどう考えても無理がある。

 よくインドあたりで生まれ変わり伝説がまことしやかに喧伝されているが、私は生まれ変わりというよりも何か生命の波長みたいなものがピタッと合致して、強く死者の生命を観じる(※「感じる」ではない)ことがあるのだろうと推察する。

 大体我々が思う生まれ変わりなんてえのあ身内や歴史上の有名人に限られていて、去年の夏に死んだ蝉や、日々食卓に上がる畜類の来世を思うことはない。

 本音を言えば死後の生命はあって欲しい。若い頃に後輩を亡くしているので彼らと会いたいからだ。ルワンダで殺戮された多くの人々も怨霊となって無慈悲な人類を祟(たた)ればいいと本気で思う。でも多分そうはならない。

 私は死と眠りは極めて似た状態だと考える。眠ってしまえば私という存在はなくなる。夢を見ているのは脳が半分覚醒しているためで完全に死んではいない。ま、幽霊なんてのがこの状態なのだろう。眠れば私は消える。これが答えだ。

 本当は永続する何かがあるかもしれないが、それは我々が考えているような「私」ではない。エネルギーの慣性みたいなものが働く可能性はある。ただし生まれ変わるような性質ではないだろう。

 諸法無我とは「物語から離れる」生き方である。因果応報で死後の極楽行きや地獄行きが決まるというのはいい物語だとは思うが、所詮物語の領域を出ていない。善因善果・悪因悪果は飽くまでも現在に収まるのである。私は死後の存在を否定するようになってから「死ねば仏」という言葉は案外正しいのかもしれないと考えるようになった。「死の瞬間に脳は永遠を体験する」(『スピリチュアリズム』苫米地英人、2007年)なら時間が止まる可能性もある。

やがて消えゆく我が身なら (角川ソフィア文庫)
池田 清彦
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2019-06-28

おからナゲット


 元々おからは好きなのだがテレビでおからパウダーの存在を知った。コーヒーやヨーグルトに混ぜることでダイエット効果があるようだ。大豆は腹持ちがいいので満腹中枢を騙すことができるのだろう。あちこち調べているうちに乾燥おからが安いことに気づいた。これはおからパウダーに比べると粒子が粗(あら)い。つまりコーヒーには溶けないがヨーグルトであればさほど問題はない。で、乾燥おからを買ったところ「おからナゲット」なるレシピが紹介されていた。

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 今日現在の価格は1kg780円、4kg2220円でともに送料は340円となっている。コーヒーに溶けるのは超微粉だ。



 では、おからナゲットのレシピを紹介しよう。私は何でも大量に作る癖があるので2人分を4人分に換算しておいた。

【おからナゲット】のレシピをお教え致します。 ケチャップとマスタードを添えて熱々のまま食卓に出せば、ほとんどの人は普通のナゲットと疑わず、パクパク食べてしまいますよ。 是非、お試し下さいね。

材料 2人分/ 4人分
・薄力粉 … 50g(小さじ3g、大さじ9g)計量カップ200cc=110g
・おからパウダー … 50g(小さじ2g、大さじ6g)計量カップ300cc=110g
・水 … 125cc *2.2=275cc
コーヒー用ミルク … 3個
・コンソメ … 1個
・にんにく(すりおろし) … 1かけ
・塩コショウ … 少々

 1.ボールに全ての材料を入れて混ぜ合わせる。
 2.手て丸めて潰し、ナゲットの形にする。 厚さを均一に。 フォークの背を使って、ナゲット模様を入れる。
 3.180度の油でカラリと揚げたら出来上がり。 敏感肌の方用に完全無添加で安心な入浴剤としても、 ご愛用頂いております。

 貧乏性のため少ない油で揚げてみたのだが悪くない出来だ。味はインパクトが弱いが工夫のしようはいくらでもあるだろう。尚、コーヒー用ミルクとはコーヒーフレッシュのことだと思われるが、これは植物油に水を混ぜて乳化剤で色を付けたゲテモノなので使わない。牛乳や豆乳で構わないだろう。

 参考のためにいくつかリンクを貼り付けておく。

・おから、豆腐、マヨネーズ、片栗粉、ガラムマサラ、粉チーズ、ケチャップ(【5分でできるおつまみレシピ】おからナゲット|@DIME アットダイム
・おから、豆腐、片栗粉、パン粉、鶏ガラスープの素(もっちり☆おからと豆腐のチキンナゲット風 by ゆあなママ 【クックパッド】
・おから、木綿豆腐、にんにく、こしょう、顆粒鶏ガラスープ、顆粒コンソメ、マヨネーズ、片栗粉、揚げ油(おからナゲット♪ レシピ・作り方 by ちーたまちー|楽天レシピ
・おから、豆腐(絹でも木綿でも)、スライスチーズ、片栗粉、塩コショウ(おからと豆腐のチーズナゲット~離乳食にも by Mikko6 【クックパッド】

2019-06-26

『チャイルド44』のノンフィクション版/『子供たちは森に消えた』ロバート・カレン


『チャイルド44』トム・ロブ・スミス

 ・『チャイルド44』のノンフィクション版

『標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの記録』ジョージ・ジョナス

 2周間後、ブハノフスキーはブラコフのために7ページにわたるレポートを書き上げた。レポートのなかでブハノフスキーは、捜査員たちが捜査の拠(よ)りどころとしている仮説を徹底的に批判した。この事件は、性的な人格異常が原因と考えてほぼまちがいない、と彼は断言した。犯人は、他人に苦痛を味わわせることによってのみ性的な満足をおぼえるサディストである。精神医学の文献にも、ナイフや針を使って他人に浅い傷を負わせることに快感を見いだすサディストの例が載っている――ブハノフスキーはそうつづけた。
 犯人は強い強迫観念に悩まされている。犯人の胸に殺人の衝動がいったん生じたら、ちょうど飢えた人間が食べ物を食べずにはいられず、渇きに苦しむ人間が水を飲まずにはいられないように、だれかを殺さずにはいられなくなるのだ。犯人は獲物を見つけ出すために計画を練り、そしてその計画に従って行動することができる。たとえそれが、いかに複雑で微妙な計画であっても。しかし、殺人によって開放感を得た場合をのぞき、犯人は鬱屈と苛立ちに悩まされる。頭痛や不眠症にも苦しんでいるかもしれない。月の満ち欠けや天候といった周期的な事象が、犯人の殺人衝動の引き金となっている可能性もある。

【『子供たちは森に消えた』ロバート・カレン:広瀬順弘〈ひろせ・まさひろ〉訳(早川書房、1993年/ハヤカワ文庫、2009年)以下同】

 読書は次のタイプに分かれる。1.読みたい本、2.資料、3.参考書、4.類書である。テーマを決め、腰を据えて20~30冊ほど読み込めばどんな分野でも輪郭程度はつかめる。ま、ハズレをつかむことも多いのだが、修行を積むとハズレの見極めが早くなる。このようにして読書の枝は分かれ、2~4の本を読むことが増えるわけだが、決して楽しい読書体験とはいえない。それでも珠玉のような一冊と巡り合うためには長い道のりを歩くことが必要なのだ。

 本書は類書である。『チャイルド44』に描かれた事件のノンフィクションである。1978年から1990年にかけて52人もの人々を殺害した連続殺人犯を追う物語だ。

 文章は硬質で飾り気がなく、骨太のノンフィクションとなっている。何となくジョージ・ジョナス著『標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの記録』と作風が似ている。

 猟奇殺人を犯すサイコキラーを理解しようとすれば精神の平衡を失う。異常な事実を見極めればいいのであって、そこから先へ進んでしまうと自分も闇に飲み込まれてしまう。犯罪をおかさずに済んだ可能性も考慮する必要はない。なぜなら犯行は本人が選択した結果なのだから。

 かつて進歩的文化人が礼賛したソ連の実態が見事に描かれているので教科書本とした。社会主義は進歩ではなく退化であることがよくわかる。いまだに赤い旗を掲げている人々の気が知れない。

「おれが? 証言台に立たせろ! 弁護士を呼べ!」チカチーロはアクブジャノフの説明を聞くと絶叫した。「おれは何も告白しなかったぞ! 死体があるんなら見せてみろ!」と、チカチーロは檻の鉄棒に頭を押しつけて叫んだが、兵士たちにまた地下に連れていかれた。
 傍聴席では血の復讐を求める声が渦巻いた。「あいつを犬っころのように切り裂いておくれ」と、アレクセイ・ホボトフの母リージャ・ホボトヴァが言った。「うちの息子のように、これ以上ないというくらい恐ろしい死に方をすればいいんだ」
「この手であいつをバラバラにさせて!」と、別の女性が叫んだ。

 この件(くだり)は動画があるので一番下に貼り付けておく。銃殺では死者が浮かばれないことだろう。

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ロシア52人虐殺犯 チカチーロ [DVD]
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2019-06-25

倒れた人を起こす方法

 ・倒れた人を起こす方法

いざという時に人を一瞬で担ぎ上げられる「ファイヤーマンズキャリー」という担ぎ方

 前々回のサイクリングで家を出た直後に尻餅をついているオジイサンを見掛けた。直ぐに自転車を降りて声を掛けた。「大丈夫ですか? 起き上がれます?」と。ジイサンは「すみませんが手を貸してもらえますか」と答えた。「助けて下さい」と言わないところがさすがである。

 年寄りを立たせることは私にとって赤子の手をひねるようなものだ。「ハイ、じゃあ力を抜いて下さい。上半身を少し前屈みにして、腕を胸の前で組んで下さい」。で、一瞬にして立たせた。この時、直ぐに手を離してはいけない。目眩(めまい)でまた倒れる可能性があるためだ。きちんと立てたら打撲と骨折の確認をする。手・肘・尾骨・背骨に痛みや傷があるかどうか。特に高齢者の場合、頭を打っているかどうかを厳密に調べる必要がある。打撲による脳血管障害があった場合、症状が数日後に現れるケースがあるためだ。

 起こし方については必ず覚えておくこと。家族がいる人は実際にやってもらいたい。少し想像力を働かせればわかることだが、災害や、線路・道路などでの人命救助でこれを知っているのと知らないのとでは天地雲泥の差が出る。


 私が更に詳しい解説をして進ぜよう。相手の腕を握るのではなく、中指・薬指・小指の3本を第2関節で曲げて引っ掛けるようにして持ち上げるのが正しい(※動画の腕の位置はよくない。相手の手首と肘の間に指を引っ掛ける)。人差し指は不要だ。自分の腕には力を入れない。持ち上げる腕に力を入れれば相手の体もそれに応じて緊張してしまう。そして体を相手の背中にぴったり密着させ、一度後ろ側に揺すってから真っ直ぐに自分の腰を上げる。この時、特に非力な女性にありがちなのだが、絶対に上半身を前に倒してはならない。前屈みから垂直方向の動きが腰痛をもたらすからだ。感覚としてはスクワットと全く同じで踵(かかと)はしっかりと地面につける。

 何かあってからオロオロするよりも、普段から有事に備えて準備をしておくことが大切だ。他にも色々な方法はあるのだが一番汎用性の高いやり方を紹介した。

2019-06-24

国民に納税しろと命じるずうずうしい日本国憲法/『反社会学講座』パオロ・マッツァリーノ


 ・笑い飛ばす知性
 ・時は金なり
 ・国民に納税しろと命じるずうずうしい日本国憲法

『税金を払わない奴ら なぜトヨタは税金を払っていなかったのか?』大村大次郎
『ピーターの法則 創造的無能のすすめ』ローレンス・J・ピーター、レイモンド・ハル
『パーキンソンの法則 部下には読ませられぬ本』C・N・パーキンソン
『新版 人生を変える80対20の法則』リチャード・コッチ

必読書リスト その三

 日本の憲法には「納税は国民の義務」という条文がありまして、例によってお上に従うのが大好きな日本人は、これをありがたく遵守しています。一方、アメリカ合衆国憲法には「議会は税を課し徴収することができる」としかありません。
 欧米諸国において憲法とは、国民の権利と国家の義務を規定したものなのです。日本はまるっきり逆。国民に納税しろと命じるずうずうしい憲法は世界的に見てもまれな例です。
 スペインの憲法には「納税の義務」が記されていますが、税は平等であるべしとか、財産を没収するようなものであってはならぬなど、国家に対する義務も併記されています。日本では納税しないと憲法違反となじられますが、役人が税金を湯水のごとくムダ遣いしても憲法違反にはならず、はなはだ不公平です。
 一方的に国民に納税を要求する取り立て屋のような憲法があるのは、日本・韓国・中国くらいものですから、こんな恥ずかしい憲法はもう、即刻改正しなければいけません。

【『反社会学講座』パオロ・マッツァリーノ(イースト・プレス、2004年/ちくま文庫、2007年)以下同】

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 憲法改正といえば9条を巡る議論となりがちだが、こうした角度を変えた視点が新たな問題意識を与えてくれる。日本が源泉徴収制度を採用したのは戦前のこと。確かナチス・ドイツが最初で日本がそれに続いた。ドイツは敗戦によって源泉徴収をやめたが日本は維持し続けた。時折、「世界最古の源泉徴収制度国家」と書いてある本があるのはこのためだ。

 源泉徴収は本来であれば納税者と税務署が行う仕事を事業者に押しつける暴挙で、税務署の負担を減らし、納税者から納税意識を奪う。むしろそれが目的なのであろう。

 日本の租税負担率(所得税+国税+地方税+消費税+社会保障費)は42.5%(平成30年/2018年)である。財務省はこれを知らせたくないようで定期的にURLを変えている。

平成30年度の国民負担率を公表します : 財務省
負担率に関する資料 : 財務省


国民負担率(対国民所得比)の国際比較(OECD加盟35カ国)

「国民負担率の内訳の国際比較」は単純にそのまま比較するわけにはいかない。なぜなら法人税の違いがわからないからだ(主要税目の税収(一般会計分)の推移)。

 2015年で赤字法人の比率は64.3%である(梶原一義)。厳密には赤字でも法人税を支払うケースはある(三井啓介)が、実際には節税を目的とした赤字化が多い。

「一番うれしいのは納税できること。社長になってから国内では税金を払っていなかった」(2014年3月期の決算発表)――豊田章男社長の衝撃的な発言を覚えているだろうか? トヨタは2009年から2013年までの5年間にわたって法人税を支払ってこなかった(『税金を払わない奴ら なぜトヨタは税金を払っていなかったのか?』大村大次郎)。メガバンク3行は10年以上法人税を収めてなかった。「諸々の制度の活用により、大企業の税負担率は、名目上の税率よりも実際には低いものとなっている」(村井隆紘)。

 一方、源泉徴収されるサラリーマンの場合、見なし経費として給与所得控除が設けられている(No.1410 給与所得控除|所得税|国税庁)。改正された特定支出控除はそれほど旨味がある制度ではない(宮塚達夫)。税法上は収入-必要経費=所得となるが、サラリーマンの場合、一律の給与所得控除が悪平等になってしまうケースもある。

 チンパンジーの世界でも「所有と分配の両方が行なわれている」(『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール)。最後は全員に餌が行き渡るというのだから我々はチンパンジー以下かもしれない。

 かつてこう書いた。「もしも完璧な政府が生まれ、完璧な税制を行えば、支払った税金は100%戻ってくるはずだ。否、乗数効果を踏まえれば増えて戻ってくるのが当然である」(借金人間(ホモ・デビトル)の誕生/『〈借金人間〉製造工場 “負債"の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート)。平均以下の収入の人々には該当すると思うがどうか?

 元々たばこ税は印紙税として始まり、日清・日露戦争の戦費調達を目的に対象を広げた歴史がある(Wikipedia)。戦争と税金には切っても切れない縁がある。

 要はこうだ。国民は「欲しがりません勝つまでは」と酷税に耐える。で、戦争に勝てば国家は富み栄えて国民に恩恵を施す。じゃあ負けたらどうなるんだ? その時は民主政あるいはGHQによって政府がすげ替えられる。それでもかつての日本が高度経済成長を遂げたのはアメリカの戦争に便乗したためだ。

 鎌倉幕府は二度にわたる蒙古襲来(元寇)を斥けたが、借金をして馳せ参じた武士に恩賞を施すことができず、苦肉の策として徳政令(永仁5年/1297年)という借金棒引き政策を行ったが結局失敗して滅んだ。延(ひ)いては徳政令を求める土一揆が多発し遂には応仁の乱に至るのである。政治の根幹が経済と戦争であることが理解できよう。



税を下げて衰亡した国はない/『税高くして民滅び、国亡ぶ』渡部昇一

2019-06-23

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ミドルワールド 動き続ける物質と生命の起原
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2019-06-20

マネーによる民主政/『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー


『エンデの遺言 「根源からお金を問うこと」』河邑厚徳、グループ現代

 ・マネーによる民主政

・『今だからこそ、知りたい「仮想通貨」の真実』渡邉哲也
『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正
『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
『パーソナルデータの衝撃 一生を丸裸にされる「情報経済」が始まった』城田真琴
『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー
『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ
『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓
『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール
『シリコンバレー最重要思想家ナヴァル・ラヴィカント』エリック・ジョーゲンソン

情報とアルゴリズム
必読書リスト その三

 新しいタイプの通貨を創るなどという考えは、多くの人には奇異で無意味な企てに思えるだろう。現代に生きるほとんどの人は当たり前のように、通貨とは各国が発行する紙幣や硬化だと思っている。通貨を発行する権限こそ、国家の有するもっとも重要な力の一つであり、それはバチカン市国やミクロネシアなどの小国であっても変わらない。
 しかし、これは比較的新しい現象なのだ。アメリカも南北戦争までは流通している貨幣の多くは民間銀行が発行したものであり、多種多様な貨幣が混在していた。そして発行元の銀行が倒産すれば紙屑になった。当時は多くの国が、他国が発行した硬貨を使っていた。
 金(きん)、貝殻、石片、桑白皮(ソウハクヒ)など、人類が飽くことなく通貨のよりよい形態を探すなかでは、こうした状況が長いあいだ続いてきた。
 通貨のよりよい形態を探すことは、身のまわりのモノの価値を測るための、より信頼性の高い、そして統一的方法を見つけることである。材木1本、1日分の大工仕事、森を描いた絵画など、さまざまなモノの価値を信頼性のあるかたちで比較できる単一の指標である。社会学者ナイジェル・ドッドの言葉を借りれば、よい通貨とは「さまざまなモノの質的違いを量的違いに転換し、交換できるようにするもの」だ。
 サイファーバンクのめざす通貨は、通貨のもつ標準化という特徴をとことん追求し、どこでも使える普遍的なものった。国境を越えるたびに両替しなければならないなどの制約の多い国ごとの通貨とは違う。

【『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー:土方奈美〈ひじかた・なみ〉訳(日本経済新聞出版社、2016年)以下同】

 読んで直ぐ必読書に入れた。しばらくして外した。ビットコインの理念は崇高なものだが現在の金融システムを支配している連中が黙って見過ごすわけがない。実際に私は本書を読んで仮想通貨を購入し、更に渡邊本を読んでから売却した。直後に私が利用していた取引所のZaifで不正アクセスによる70億円の不正出金が発覚した。

 大衆消費社会では神を信じる人も神を信じないも、お金の価値だけはしっかりと信じている。マネーこそは現代の神であり誰もが疑うことのない常識だ。ところが我々は財布の中の紙幣や硬貨がどのような仕組みで生まれているかを知らない。金融機関に勤めている人でも信用創造を理解する人は稀だ。

 1971年8月15日のニクソン・ショックによってブレトン・ウッズ体制は崩壊した。兌換(だかん)紙幣の終焉はマネーの仮想化を意味する。金(ゴールド)の裏づけを失った紙切れを信用の名の下で交換する行為はまさに宗教的である。

 エリックがビットコインの世界に飛びこんだ理由はカネであってカネではなかった。フェイスブックの投稿でビットコインの存在を知った直後から、その価値が天文学的ペースで成長するだろうと予測できた。しかしそうした成長は、ビットコインの複雑なソースコードによって、ウォール街の金融機関や各国政府など既存の権力構造が覆(くつがえ)された結果、実現するものだとずっと信じていた。インターネットが郵便制度やメディ業界にもたらした変化が、金融世界でも起きると思っていた。ビットコインが成長すれば金持ちになれるだけでなく、政府が勝手に戦争にカネを出すようなまねはできなくなり、個人が自分のおカネと運命を管理できる、もっと正しく平和な社会が実現するのだと見ていた。

 つまりビットコインの理念はマネーによる民主政といってよい。インターネットは距離と時間の革命であった。通貨を管理するのは国家であり、国内で使用すれば税が課され、外国と取引すれば為替レートに振り回され、更に両替手数料が発生する。第二次世界大戦以降は米ドルが基軸通貨となっておりオイルや兵器の支払いは米ドルで行われれる。サダム・フセインは原油のユーロ決済を認めたことで殺された。

「お金とは何か?」を我々は教えられてこなかった。税についても同様である。日本国憲法では納税が国民の義務と規定されているが、政府や官僚には何の義務も課されておらず血税を湯水の如く無駄遣いする温床となっている。

 アメリカの金融とメディアを牛耳っているのはユダヤ資本である。アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備銀行)は日銀などとは異なり完全な民間会社である。アメリカ政府は一株も持っていない。FRBがドルを印刷して米国債を購入する。FRBは紙と印刷代だけで国債の利息を手に入れるのである。つまり発行されるドルはそのまま米国民の債務となる。銀行券ではなく債券証書なのだ。

 大統領のリンカーンやケネディは政府による通貨発行を企てて暗殺された。とすればビットコインがどれほど優れた技術に裏づけられたとしてもドル基軸体制を揺るがすことは考えにくい。

 正真正銘の良書である。ただし仮想通貨には手を出すな。

2019-06-18

地獄の牧馬峠(相模湖側)


牧馬峠に挨拶
牧馬峠(道志みち側)を制覇

 ・地獄の牧馬峠(相模湖側)

雨の牧馬峠

 敢えて昨日一日を疲労回復のために空けて早朝5:00前に出発した。途中で太陽が顔を出したがまだ肌寒い。ペダルを踏む脚も何となく重かった。


【宮ヶ瀬湖。朝早く手前はまだ暗い】


 ファミリーマート津久井宮が瀬店で補給。道路を登ってくるダンプカーが多い。しかも運転が荒っぽい。いつも食べているミニシュークリームが売り切れていたため気分が優れない。当初は意気揚々と牧馬峠を往復するつもりであったが道志みち側から攻めると明らかに形勢は不利だ。三ケ木(みかげ)から相模湖側を目指すことにした。


【串川】

 反対側の牧馬峠(まきめとうげ)は地獄と化した。「よもや彼女にこんな裏の顔があったとは……」――そんな気分になった。最初の厳しさはまだ受け容れられるものだった。そして恐れていた輪っか(真空コンクリート滑り止め舗装)が現れた。



 それまで振るわれていたのは愛の鞭であったが、ここからはSMプレイの鞭に変わった。「さほど長くないはずだ」と思ったのは下り道の錯覚だった。速度は4km台前半。歩くスピードと変わらない。ちょっとよろめくと足を着いてしまうだろう。輪っかの振動が登坂を一層困難にする。ローソクを垂らされているような感覚に陥る。牧馬峠が「ひざまずいて私の足をお舐め」と囁いた。辛うじて呼吸法は保っているが酸欠で目眩(めまい)がした。と、その時、峠の看板が見えた。一羽の鳥が低い位置を滑空してきて道路に留まった。生まれて初めて見るオオルリだった。世一〈よいち〉が出迎えてくれたのだろうか(『千日の瑠璃』丸山健二)。私にとっては忘れ得ぬドラマとなった。

 峠で止まることなく一気に下った。道志みち手前では長い上り坂が待ち構えている。


【青馬橋(あおばばし)から道志川を見下ろす】


 最後の坂は大したことがなかった。最近多いのだが峠道を走っているとサグ部で登りの勾配が急に見える。眼の錯覚だと思うが「あちゃー」とか「ドッヒャ~~っ」と口にする割には意外とすんなり走れてしまうのだ。

神奈川県のヒルクライムランキング

 私の実感とはかなり違う。折角なんで発表しておこう。

 1位 牧馬峠(相模湖側)
 2位 半原越往復(愛川町から)
 3位 半原越(愛川町経由)
 4位 牧馬峠(道志みち側)
 5位 大山
 6位 土山峠
 7位 半原越(清川村経由)
 8位 八菅神社
 番外 相模野カントリークラブ(道路崩落のため途中までしか登れず)

 断トツで牧馬峠(相模湖側)がきつい。帰宅後シャワーを浴びて横になったら2時間も寝ていた。腕には薄くじん麻疹が出ていた。疲労困憊というよりはボロボロである。何もする気が起きない。このまま廃人になるかもしれない。

牧馬峠[相模湖]~勾配12%の看板に騙されてはいけない

2019-06-16

牧馬峠(道志みち側)を制覇


牧馬峠に挨拶

 ・牧馬峠(道志みち側)を制覇

地獄の牧馬峠(相模湖側)

 何か食べてから出発しようと思ったのだが、卯の花(おから)しかなかった。冷凍にした魚と野菜はあるが調理をするのが面倒だ。朝食は卯の花とコーヒー2杯で終了。もちろん砂糖は多目に入れる。

 今日はサイクリストが多かった。土山峠で30人ほどに抜かれた。みんな速いよね。まあ、いい。他人と競争しているわけではないのだから。脚が少し出来てきた実感はあるのだが、どうも土山峠が楽にならない。とにかく自分で編み出した呼吸法をしっかりと意識し、フォームを崩さず、蟻を踏まないよう細心の注意を払いながら登っていった。

 ファミリーマート津久井宮が瀬店で補給をしようとしたところ物凄い人で賑わっていた。満員御礼だ。自転車ラックにはロードバイクがずらりとぶら下がり、外のテーブルではカラフルなサイクルウェアを身にまとったローディー達が歓談していた。人混みが苦手なので通り過ぎた。県道64号と道志みちの丁字路にある自販機コーナーも人で溢れていた。「確かこの先にセブン-イレブンがあったはずだ」と牧馬峠入口をやり過ごして道志みちを走った。

 どんどん人里離れて周囲は明らかに山また山となった。


 この橋を見て「まずいな」と呟いた。間もなく神奈川と山梨の県境に差し掛かる。しっかりと地図を確認しなかった私が悪い。何となく見た覚えはあったのだが(帰宅して確認したところ、もうちょっと先だった)。取り敢えず引き返した。補給しないと大変なことになる。通りすがりにチェックしていた自動販売機ですかさずコカ・コーラを飲んだ。

 折角だから牧馬峠(まきめとうげ)を途中まで行ってみることにした。コカ・コーラには角砂糖10ヶ分ほどの糖分が入っているからハンガーノックにはなるまい。最初は緩い下りが続く。下り切ると結構な坂が立ちはだかる。慎重にゆっくりとペダルを踏む。左側はほぼ崖である。時折清流が見える。途中から下りとなった。「エ、もう終わり?」と思いきや、その先にまだ登りがあった。峠の位置がわからないので騙し討ちに遭う。

 何とか登り切った。この峠はインターバルがあるのでトレーニングにうってつけだ。半原越よりも情けを感じた。峠から相模湖方面に向かった途端、輪っかのコンクリート舗装が続く。これは逆方向からの方がはるかにきつそうだ。


【沢の跡】



【沢の跡から見上げた空】



【篠原川】


 道路脇を篠原川が流れており涼風が肌を冷やしてくれる。ガードレールがないため少しハンドル操作を誤れば渓流の中に突っ込むことも可能だ。峠を越えた後もアップダウンが続く。



 あまり綺麗に撮れてないのだが、どうもこういう景色に騙されてしまうんだよね。木々の隙間から空が見えたら普通は頂上だと思うわな。

 国道412号に出ると正面にさがみ湖リゾート プレジャーフォレストの高速インターみたいな入口が見えた。国道を南下し最初に見つけたファミリーマートで補給をする。一息ついた途端、極度の疲労に襲われた。意を決してサドルにまたがる。

 412号は無情にも登りで私を迎え入れた。一瞬だが生まれてきたことを後悔した。きつい、辛い、苦しい。「生きることは苦である」というのが仏教の命題である。「何のために走っているんだ?」と自分に問いかけながら、「走るために走ってんだよ!」と即答する自分がいる。

 今日は6時間で85km。今はまだ距離よりも坂を優先したい。

しおいんですけど : 峠超えたら雪国、 “ヒルクラわんこそば”の末に現れた牧馬峠に挑む!!