・『隠蔽捜査』今野敏
・『果断 隠蔽捜査2』今野敏
・『疑心 隠蔽捜査3』今野敏
・『初陣 隠蔽捜査3.5』今野敏
・『転迷 隠蔽捜査4』今野敏
・竜崎伸也の流儀
・『自覚 隠蔽捜査5.5』今野敏
・『去就 隠蔽捜査6』今野敏
・『棲月 隠蔽捜査7』今野敏
・『空席 隠蔽捜査シリーズ/Kindle版』今野敏
・『清明 隠蔽捜査8』今野敏
・『選択 隠蔽捜査外伝/Kindle版』今野敏
・『探花(たんか) 隠蔽捜査9』今野敏
溜め息をつく音が聞こえる。
「無事に解決したからいいようなものの、失敗していたら、おまえも俺も首だぞ」
「そんなに首が怖いのか?」
「何だって?」
「俺は、首よりも、やるべきことをやれないような事態のほうが恐ろしい」
【『宰領 隠蔽捜査5』今野敏〈こんの・びん〉(新潮社、2013年/新潮文庫、2016年)以下同】
小説の書評は粗筋(あらすじ)を書くべきではないと考える。そんな信念が強固なため、読んだそばからストーリーを失念することが多い。感情の振幅が激しいこともあって細部に意識が向いて、全体を見失っている可能性もある。そこで隠蔽捜査シリーズの概要を振り返ってみたい。
1:足立区で起こった女子高生コンクリート詰め殺人事件(1988年)の復讐劇。
2:家族の不祥事で竜崎は大森署に左遷させられる。立てこもり事件。SITとSATが登場する。
3:アメリカ大統領が来日。竜崎は警備の一翼を担う。テロ計画。そして竜崎が恋に落ちる。
3.5:竜崎の幼馴染である伊丹俊太郎を主役にした短篇集。
4:大森署管内でひき逃げ事件、放火事件、殺人事件が発生する。殺人の背景には南米の麻薬が絡んでいた。外務省との駆け引き。
5:国会議員の誘拐事件が起こる。更に神奈川県警との合同捜査で警察同士が縄張り争いに固執する。
5.5:短編集だが主役がそれぞれ違う。3.5よりずっとよい。
6:ストーカー事件。ストーカー対策チームで戸高善信と根岸紅美がタッグを組む。
7:ハッキング事件と少年犯罪。
空席:Kindle版。未読。
8:神奈川県警の刑事部長に栄転。不法入国した中国人が殺害される。警察OBや公安との確執。横浜中華街の変遷。
驚くべきことだが似たような内容が一つもない。まだまだ書けそうな印象を受ける。ファンとしては20冊くらいを目指して欲しいと思う。シリーズ8冊目までで累計300万部を達成しているようだ。
また全体を通して必ずキャリアとノンキャリアや省庁間などが反目する様相が描かれている。竜崎伸也がトリックスター的な位置にいるのは階級と役職が異なるためだ。彼の階級は警視長で、警察庁長官官房総務課課長~警視庁大森警察署署長~神奈川県警刑事部長と異動する。警視庁とは言い方を換えれば東京都警である(警察法の警察階級と役職及び警察組織図-キャリア・ノンキャリア情報)。
「やるべきことを断乎としてやる」のが竜崎伸也の流儀であり、いい意味での原理主義者・合理主義者である。彼を貫くのは「国家・国民のため」という価値観であり、そこからブレることがない。清濁を併せ呑む伊丹とは異なり、濁を真っ向から否定する。必要とあらば泣かずに馬謖(ばしょく)を斬ることもできるだろうし、自らを斬ることすら厭(いと)わない。
なるほど、そのための呼び出しか。
竜崎は思った。
神奈川県警の面子を保つために、本部長と刑事部長が打ち合わせをしていたというわけだ。誘拐事件が進行中にもかかわらず、だ。
それが、警察幹部の仕事だと思っているのだろうか。竜崎は、あきれてしまった。
そんなことは、被疑者を確保した後に考えればいいことだ。おそらく、それでは警視庁に後れを取ると考えてのことだろう。
彼らは政治をやりたいのだ。警察官の仕事は政治ではない。
被疑者の身柄を、警視庁に持っていこうが、神奈川県警が押さえようが、竜崎はどうでもよかった。どうせ、送検してしまえば警察の手を離れるのだ。
竜崎もまたキャリアとしての出世を肯定するが、それは「使える権限が増える」からだ。彼にとっての権限とは道具のようなものだ。武器はたくさんあった方がいいに決まっている。しかし、たとえ降格人事を食らったとしてもそこに自らの使命を見出す。真のエリートは国家の捨て石となる道を選ぶ。その潔さが本書の魅力であり、主役が淡白なのは今野敏がしがらみの少ない道産子のためか。