2018-08-29

過去の歴史を支配する者は、未来を支配することもできる/『大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか』加瀬英明


『学校では絶対に教えない植民地の真実』黄文雄

 ・過去の歴史を支配する者は、未来を支配することもできる

『世界が語る大東亜戦争と東京裁判 アジア・西欧諸国の指導者・識者たちの名言集』吉本貞昭
『人種戦争 レイス・ウォー 太平洋戦争もう一つの真実』ジェラルド・ホーン
『人種差別から読み解く大東亜戦争』岩田温
『植民地残酷物語 白人優越意識を解き明かす』山口洋一

日本の近代史を学ぶ

 過去の歴史を支配する者は、未来を支配することもできる。日本は先の戦争に敗れてから、自国の歴史を盗まれた国となってしまった。
 歴史は記憶だ。記憶を喪失した人は、正常な生活を営むことができない。国家についても、同じことである。

【『大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか』加瀬英明〈かせ・ひであき〉(ベスト新書、2015年)以下同】

 著者は加瀬俊一〈かせ・としかず〉の子息である。名前は知らなくても誰もが必ず一度は見たことがあるはずだ。日本が大東亜戦争に敗れ、ミズーリ号で降伏を調印した際、重光葵〈しげみつ・まもる〉外相に付き添っていた外交官である(※当時42歳、Wikipedia、右上の画像)。

 加瀬英明の著作や言論にはやや脇の甘さがあるものの貴重な証言が多い。

「(小学3年生の)私は『東京がこんなにめちゃくちゃになったが、日本は大丈夫なのか』とたずねた。父は『アメリカは日本中壊すことができるが、日本人の魂を壊すことはできない』といった」「(ミズーリ号降伏文書調印式の)その前夜、祖母が父を呼んで、『あなた、ここにお座りなさい』といった。座ると、『母はあなたを降伏の使節にするために、育てたつもりはありません』と叱って、『行かないでください』といった。父は『お母様、この手続きをしないと、日本が立ち行かなくなってしまいます』と答えて、筋を追って説明した。祖母は納得しなかった。『私にはどうしても耐えられないことです』といって立つと、嗚咽(おえつ)しながら、父の新しい下着をそろえたという」(【戦後70年と私】加瀬英明氏 ミズーリ号で降伏文書調印に臨んだ父の無念と誇りを胸に - 政治・社会 - ZAKZAK)。

「私は重光さんに晩年まで可愛がられました。よく存じ上げて、いろいろ話を伺う機会がありました。重光さんは私の父とミズーリの艦上に立ったときのことを、次のように述懐されました。『あの日、敗れたという屈辱感よりも、日本が今度の戦争で多くの犠牲を払ってアジアを数世紀にわたった白人・西洋の植民地から解放したという高い誇りを胸に抱きながら、ミズーリ号の甲板を踏んだ』」(戦艦ミズーリ号上での降伏文書調印と戦争犯罪(加瀬英明氏のコラム) - 東アジア歴史文化研究会)。

 冒頭の指摘はジョージ・オーウェルと完全に一致している。「そして他の誰もが党の押し付ける嘘を受け入れることになれば――すべての記録が同じ作り話を記すことになれば――その嘘は歴史へと移行し、真実になってしまう。党のスローガンは言う、“過去をコントロールするものは未来をコントロールし、現在をコントロールするものは過去をコントロールする”と」(『一九八四年』ジョージ・オーウェル)。

 オーウェルの『一九八四年』や『動物農場』は社会主義国家の風刺といわれるが敗戦後の日本と重なって仕方がない。GHQの半分が左翼であったことが判明しているが、マッカーサー以下GHQの総意として、白人に歯向かった日本の歴史を書き換える必要があったのは確実だ。上書き更新された歴史は半世紀に渡って日本を蝕み続け、今もなお余燼(よじん)がくすぶっている。

 ルーズベルト大統領が中国を愛して、日本を疎(うと)んでいたことが、日米戦争の大きな原因となった。
 ルーズベルトの母サラの父は、帆船(クリッパー)時代の清朝末期に、阿片貿易によって巨富を築いて、香港にも豪邸を所有していた。サラは少女時代に香港に滞在して、中国を深く愛するようになった。(中略)
 多くのアメリカ国民が、中国をアメリカの勢力圏のなかにあると、みなしていた。
 中国は、多くのキリスト教宣教師をアメリカから受け入れていたし、アメリカ国民が“巨大な中国市場”を夢みて、中国に好意を寄せていた。ところが、日本は市場が地位さすぎたし、伝統文化を守って、キリスト教文明に同化することを拒み、アメリカに媚(こ)びることがない、異質な国だった。(中略)
 ルーズベルトはそれにもかかわらず、日本が中国を侵略したとみなした。(中略)
 ルーズベルトは盧溝橋事件も、第二次上海事変も、日本が中国を計画的に侵略したと、曲解した。
 日華事変は、日本から仕掛けたのではなかった。
 戦後になって、日華事変は日中戦争と呼ばれるようになったが、日本も中国も、日米戦争が始まるまで、互いに宣戦布告をしなかった。事変と呼ぶのが正しい。
 ルーズベルト政権は、日本がアメリカに対して、いささかの害も及し(ママ)ていなかったのにもかかわらず、日本を敵視した。(中略)
 ルーズベルト政権は、中国へ惜しみなく、援助資金と、兵器、軍需物資を注ぎ込んだ。
 多くのアメリカ国民が、蒋介石総統とその宋美齢夫人がキリスト教徒だったために、キリスト教国である中国が、異教の日本による侵略を蒙(こうむ)っているとみなした。
 蒋政権はアメリカの世論を工作するために、アメリカのマスコミや、大学、研究所に、ふんだんに資金をばら撒(ま)いた。
 翌年、シェンノートは大佐として、中華民国空軍航空参謀帳に任命された。
 シェンノートは、蒋介石政権に戦闘機と、アメリカ陸軍航空隊のパイロットを、「義勇兵」(ボランティア)として、偽装して派兵する案を、ルーズベルト政権に提出した。ルーズベルト大統領はこの提案を、ただちに承認した。
 これは、重大な国際法違反だった。シェンノートの航空機は、機首に虎の絵を描いていたので、「フライング・タイガース」として知られた。アメリカが戦闘機を供給した。中国の「青天白日」のマークをつけて、アメリカの「義勇兵」が操縦する「フライング・タイガース」は、アメリカで大きく報道された。

 検索したのだが中々これだという情報が見つからない。フライング・タイガースと日本軍の初戦が1941年(昭和16年)12月25日(加藤隼戦闘隊 VS フライングタイガース - かつて日本は美しかった)だとすれば、Wikipediaの「実際に戦闘に参加し始めたのは日米開戦後であったため、このような経緯から『義勇軍』の意義もうやむやになった」という指摘は正しい。正しいのだが、「昭和16年7月23日、ルーズベルト大統領は、陸海軍長官の連名で(7月18日付)提出された合同委員会の対日攻撃計画書『JB355』にOKのサインをした」(「宣戦布告」をせずに戦争を仕掛けたのはアメリカだった。 真珠湾攻撃、その真実の歴史  正しい日本の歴史 | 正しい日本の歴史 | 正しい歴史認識)のだから、先に戦争を始めたのはアメリカだったという見方ができるのだ。

 しかも戦後、毛沢東率いる共産党に敗れつつあった蒋介石を根本博中将が助けるのである。歴史というものはつくづく厄介だと思われてならない。個人的には孫文や蒋介石を評価する気にはなれない。

 ナチス・ドイツがポーランドに進攻して第二次世界大戦の幕が開く。イギリス、フランスは2日後ドイツに宣戦布告をし、2週間後にはソ連も参戦した。ヨーロッパで死闘が繰り広げられる時に、ルーズベルトは反戦・孤立主義の公約を掲げて3選目の大統領選挙に勝利したのだった(1940年)。大衆はいつの時代も愚かだ。世論なんぞは雰囲気や感情で一夜にして変わる性質のものである。そもそも大衆には責任がないのだから。そして世論は常に誘導・操作される。

 インディアンを大量虐殺し、黒人を奴隷にして栄えたアメリカが、黄色人種の国日本に原爆を2発落とした。アメリカの歴史を1行に要約すればこうなる。

 せめて我々の世代が「正しい記憶」を取り戻し、子々孫々が「正しい判断」をできるようにしておくことが責務であると強く思う。

大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか (ベスト新書)
加瀬 英明
ベストセラーズ
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2018-08-28

「人種差別」こそが大東亜戦争の遠因/『人種差別から読み解く大東亜戦争』岩田温


『インディアスの破壊についての簡潔な報告』ラス・カサス
『生活の世界歴史 9 北米大陸に生きる』猿谷要
『ナット・ターナーの告白』ウィリアム・スタイロン
『学校では絶対に教えない植民地の真実』黄文雄
『人種戦争 レイス・ウォー 太平洋戦争もう一つの真実』ジェラルド・ホーン
『大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか』加瀬英明
『世界が語る大東亜戦争と東京裁判 アジア・西欧諸国の指導者・識者たちの名言集』吉本貞昭

 ・「人種差別」こそが大東亜戦争の遠因
 ・ポルトガル人の奴隷売買に激怒した豊臣秀吉

『植民地残酷物語 白人優越意識を解き明かす』山口洋一
・『パール判事の日本無罪論』田中正明

・『だから、改憲するべきである』岩田温

日本の近代史を学ぶ
必読書リスト その四

 何故、日本人は戦争を選んだのでしょうか。驕っていたとの批判は甘受しても構いません。何故に、日本人は戦争を選んだのでしょうか。この問いこそが重要です。
 戦争を選択した日本側の動機を探っていく上で極めて参考になるのが、昭和天皇の御指摘です。
 昭和天皇は、独白録の冒頭で、「大東亜戦争の原因」について次のように指摘しています。

「この原因を尋ねれば、遠く第一次世界大戦后の平和条約の内容に伏在している。日本の主張した人種平等案は列国の容認する処とならず。黃白の差別感は依然残存し加州移民拒否の如きは日本国民を憤慨させるに充分なものである。又青島還附を強いられたこと亦然りである。かかる国民的憤慨を背景として一度、軍が立ち上がった時に、之を抑へることは容易な業ではない。」
(『昭和天皇独白録』文藝春秋)

 昭和天皇は、大東亜戦争の遠因が、第一次世界大戦の平和条約、すなわちベルサイユ条約の中に存在していることを指摘しています。そして、国際連盟設立の際に日本が主張して、アメリカ、イギリスによって退けられた「人種平等案」について言及しています。さらに、アメリカのカリフォルニア州における排日移民法の存在についても言及しているのです。
 ここで昭和天皇が指摘しているのは、一言でいえば「人種差別」の問題です。昭和天皇は「人種差別」こそが大東亜戦争の遠因であったと指定記してえいるのです。
 大東亜戦争と人種差別。
 普段、意識されることの少ない組み合わせなのではないでしょうか。
 何故に、大東亜戦争が人種差別と深く関わっているのか。それは、大東亜戦争が、「人種平等」という理念を掲げた戦争であったからです。「侵略戦争」というイメージが先行する大東亜戦争ですが、当時の日本人が掲げた大義は「人種平等」だったのです。

【『人種差別から読み解く大東亜戦争』岩田温〈いわた・あつし〉(彩図社、2015年/オークラNEXT新書、2012年『だから、日本人は「戦争」を選んだ 』改訂改題)】

『人種戦争 レイス・ウォー 太平洋戦争もう一つの真実』(ジェラルド・ホーン著)の直後に読んだのはタイミングがドンピシャリだった。本と本がつながる快感は何ものにも代え難い。脳内の配線がすっきりする。

 人種差別が大東亜戦争の導火線となったことを知らない日本人が大半であろう。私もそうだった。「どうしてこれほど大切な歴史を学校で教えないのか?」という率直な疑問が強い怒りと共に湧いてきた。

 簡単に歴史を振り返ってみよう。

 大東亜戦争(1941-45年〈昭和16-20〉:※日中戦争〈1937:昭和12年-〉を含まず)は自衛目的で始め、後にアジアを植民地から解放することを目指した戦争であった。

 1924年(大正13年)にアメリカで排日移民法が成立する(日本のほっぺたをひっぱたいた排日移民法 - かつて日本は美しかった)。低賃金でも黙々と真面目に働く日本人移民をアメリカ人労働者は許せなかった。そして日本人児童を差別のターゲットにしたのだ。

 1921-22年(大正10-11)ワシントン海軍軍縮条約ワシントン海軍軍備制限条約)で日英同盟が失効した(日英同盟破棄)。

 1919年(大正8年)1月14日、第一次世界大戦後に開かれたパリ講和会議において日本は人種的差別撤廃提案を行った。「国際会議において人種差別撤廃を明確に主張した国は日本が世界で最初である」(Wikipedia)。賛成11票、反対・保留5票という結果となったが議長を務めたウッドロウ・ウィルソン米大統領が「全会一致でないため提案は不成立である」とちゃぶ台返しをする。最も強く反対したのは白豪主義を唱えるオーストラリアであった。

 第一次世界大戦(1914-18年)で日本は勝利した連合国側に加わった。国際的な地位は格段に上がり、国際連盟の常任理事国入り(列強の仲間入り)を果たす。

 1904-05年(明治37-38)日露戦争。歴史上初めて有色人種が白人を打ち破った戦争で、世界中の有色人種が狂喜した。後に白人帝国主義を倒す最大の要因となる。日本は明治開国以来の不平等条約を克服する(日露戦争が世界に与えた衝撃/『世界が語る大東亜戦争と東京裁判 アジア・西欧諸国の指導者・識者たちの名言集』吉本貞昭)。

 1894-95年(明治27-28)日清戦争。日本は戦勝国となり、イギリスに治外法権を撤廃させる。ところが三国干渉ロシアの南下政策と三国干渉について | 日本の歴史についてよく分かるサイト)があり、日本国民の間で「臥薪嘗胆」(がしんしょうたん)が合言葉となる(三国干渉における臥薪嘗胆 | 日本の歴史についてよく分かるサイト)。

 19世紀半ば-20世紀前半に欧米豪で黄禍論(おうかろん/こうかろん)が唱えられる。日露戦争に勝利したことで黄色人種脅威論が欧州全体に広まる。

 1853年(嘉永6年)黒船来航砲艦外交の末に1854年(嘉永7年)日米和親条約締結日本の開国)。日本は開国するも不平等条約に長く苦しめられることになる。

 1639-1854年(寛永16-嘉永7)鎖国。鎖国体勢は徳川家光が完成させたが、発端はキリシタン禁制(禁教令)で豊臣秀吉のバテレン追放令(1587年:天保15)までさかのぼることができる(『戦国日本と大航海時代 秀吉・家康・政宗の外交戦略』平川新〈ひらかわ・あらた〉)。

 最低でもこの程度の流れは踏まえておくべきである。豊臣秀吉はポルトガル、スペインを中心とする大航海時代(15世紀半ば-17世紀後半)の動きを鋭く察知していた。明治維新も阿片戦争(1840年)という背景があった。すなわち日本は辺境でありながらも国際情報に対して敏感な危機感を持って対応してきたのだ。

 昨今の日本史本ブームに対して、「またぞろ江戸万歳本ですか」みたいな揶揄(やゆ)を飛ばす者がいるが、植民地の悲惨を知らぬ底の浅さを露呈している。同じ時代に黒人やインディアンがどんな目に遭ったと思っているんだ?

 東京裁判(極東国際軍事裁判/1946-48年〈昭和21-23〉)は500年も続いた白人帝国主義を崩壊させた日本人に対する公開処刑であった。そのために日本は大量虐殺を行ったナチスと同列にさせられたのだ。我々の父祖が大東亜戦争で立ち上がったことによって世界の植民地は白人の手から解放された。米国内の黒人も日本に続いて立ち上がったのである。

2018-08-27

日本の憲法学が憲法を殺した/『日本人のための憲法原論』小室直樹


『いちばんよくわかる!憲法第9条』西修
『平和の敵 偽りの立憲主義』岩田温
・『だから、改憲するべきである』岩田温

 ・日本の憲法学が憲法を殺した

『日本の戦争Q&A 兵頭二十八軍学塾』兵頭二十八
『「日本国憲法」廃棄論 まがいものでない立憲君主制のために』兵頭二十八
『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』伊藤祐靖

小室直樹
必読書リスト その四

 現在の日本には、さまざまな問題があふれかえっています。
 10年来の不況、財政破綻(はたん)、陰惨(いんさん)な少年犯罪、学級崩壊、自国民を拉致(らち)されても取り返さない政府……実はこうした問題の原因をたどっていくと、すべては憲法に行き着くのです。
 現在日本が一種の機能不全に陥(おちい)って、何もかもうまく行かなくなっているのは、つまり憲法がまともに作動していないからなのです。
 こんなことを言うと、みなさんはびっくりするかもしれませんが、今の日本はすでに民主主義国家ではなくなっています。いや、それどころか近代国家ですらないと言ってもいいほどです。
 憲法という市民社会の柱が失われたために、政治も経済も教育も、そしてモラルまでが総崩れになっている。これが現在の日本なのです。
 では、なぜ日本の憲法がちゃんと作動しなくなったのか。
 その理由は憲法学そのものにあると、私は考えます。
 たしかに大学の法学部に行けば、そこでは憲法の講義が行われています。しかし、その中身はといえば、要するに司法試験や国家公務員試験を受験するためのもの。憲法の条文をどのように解釈すれば、試験に合格できるかが講じられているに過ぎません。こんな無味乾燥(むみかんそう)な「憲法学」に誰が興味を持つでしょう。こんなことで、誰が憲法に関心や理解を示すでしょう。(まえがき)

【『日本人のための憲法原論』小室直樹(集英社インターナショナル、2006年/集英社インターナショナル、2001年『痛快!憲法学 Amazing study of constitutions & democracy』改題、愛蔵版)】

 その無味乾燥な憲法学を学び教える憲法学者が数年前に平和安全法制関連法案(いわゆる安保関連法案)は「違憲である」と表明した。憲法学の中身は知らないが憲法学者の飯の種であることはわかる。憲法で飯を喰っている以上、憲法を金科玉条と奉(たてまつ)り解釈の違いを訳知り顔で解説し、学問の世界で徒弟関係を構築しているのだろう。もちろん彼らに国家の行く末を案じるような責任感はない。日本の憲法学が憲法を殺したとの指摘はあまりにも重い。

 小室直樹は世の混乱を「憲法がまともに作動していない」ためだと喝破(かっぱ)する。なぜ作動していないのか? まともな日本語じゃないからだよ。元が英語だからおかしな日本語になっているのだ。占領期間中に、しかも多くの人々が公職追放される中でマッカーサーの指示でアメリカ人が作った憲法が作動するわけがない。

「憲法とは、統治の根本規範(法)となる基本的な原理原則に関して定めた法規範をいう(法的意味の憲法)」(Wikipedia)。その根本規範がどのような経緯で作られたかを教えられることもなく、我々日本人は経済成長の中で漫然と憲法を軽んじてきた。私自身、数日前に生まれて初めて憲法全文を読んだ。憲法に対する無関心は大東亜戦争敗北に対する無関心と深く響き合っている。

 憲法の本義を思えばいたずらにテクニカルな文言を盛り込むより、五箇条の御誓文(ごせいもん)を軸として抽象度の高い格調ある文章にするのが望ましい。解釈の余地を多く残した方が安易な憲法改正を防げるだろう。

2018-08-26

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平和の敵 偽りの立憲主義
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2018-08-25

大数学者、野良犬と跳ぶ/『風蘭』岡潔


『春宵十話』岡潔

 ・大数学者、野良犬と跳ぶ

『紫の火花』岡潔
『春風夏雨』岡潔
『人間の建設』小林秀雄、岡潔
『天上の歌 岡潔の生涯』帯金充利

必読書リスト その四

 ちかごろアメリカにジャンポロジーという学問――跳躍学とでもいうのでしょうか――ができて、こういう本が出ている、といって見せてもらいました。これは、ある週刊誌の記者が東京からふたり来て、それを見せてくれたのです。それで、写真にとりたいからとんでくれ、とわたしにいうのです。
 なさけないことを頼まれるものだ、犬に頼んでくれないかなあ、と思ったのですが、東京からわざわざ見えたのだから、それじゃとぼうかな、と思って外に出ました。
 すると、近所のなじみののら犬がやってきて、いっしょにとんでくれたのです。

【『風蘭』岡潔(講談社現代新書、1964年/角川ソフィア文庫、2016年)以下同】

天上の歌 岡潔の生涯』(帯金充利著)の表紙にもなっている有名な写真がそれだ。

天上の歌―岡潔の生涯

 わたしはこの犬が飼われているという実感のわく家をほしがり、わたしのうちをこんなふうにたよっているのだから飼ってやらないか、といったのですが、犬を飼うといろいろとわたしにはよくわからない弊害がともなうらしく、家内と末娘が反対するのです。だから飼ってやるわけにもいきません。
 しかし、なんとかしてやりたいな、と思っていました。おおげさにいうとそれが負担になっていました。
 さてわたしがカメラに向かっていやいやとんだところ、その犬も来てとんだのです。それが、すこしおくれてとんだものですから、写真にはまさにとぼうとしているところがうつっています。それがひどくいいのです。
 やがてその週刊誌を見た人たちのあいだで評判になりました。つまりいちばんよくとぼうとしているのは犬である、ということになったのです。
 こうしてだいぶん有名になったおかげで、近所のうちの一軒で飼ってやろうということになりました。それで、わたしもおおげさいにいえばすっかり重荷をおろすことができ、やはりとんでよかったと思いました。

 岡潔はネクタイを嫌い、長靴を愛用した。いずれも身体(しんたい)に関わる影響を顧慮してのことである。文化勲章親授式(1960年、写真)の際もモーニング姿に長靴を履こうとして慌てた家族が説得したというエピソードがある。夏は長靴を冷蔵庫で冷やした。天才は常識に縛られることがない。常軌を逸するところに天才らしい振る舞いがある。

 それにしても、と思わざるを得ないのは週刊誌記者やカメラマンの不躾(ぶしつけ)なリクエストである。結果的にはチャーミングな写真となったわけだが、偉大な数学者に対する非礼に嫌悪感が湧いてくる。

 それでも岡は「とんでよかった」と言う。私は何にも増して岡の情緒がよく現れている出来事だと感じ入るのである。

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2018-08-23

楽園の現実/『エデン』近藤史恵


『サクリファイス』近藤史恵

 ・楽園の現実

『サヴァイヴ』近藤史恵
・『キアズマ』近藤史恵
・『スティグマータ』近藤史恵
・『逃げ』佐藤喬

 時速90キロの風の中、慎重にハンドルを切る。
 勝てるかどうかわからない。だが、はじめて知った。そのわからないことが希望なのだと。

【『エデン』近藤史恵〈こんどう・ふみえ〉(新潮社、2010年/新潮文庫、2012年)以下同】

 チカこと白石誓〈しらいし・ちかう〉がツール・ド・フランスで活躍する。無論、エースではなくアシストだ。

「新潮ケータイ文庫DX」で連載されたようだ。ウェブサイトが見つからないので既に撤収か。連載物は読者の興味をつなぎ留めるため通俗的な内容になりやすい。新聞小説など分量が短ければ短いほど難しいような気がする。

 時折光る文章がちりばめられていて軽い読み物で終わらせない執念が窺える。

「賢いとは言えないが、尊敬に値するな」

「サクリファイスシリーズ」は全てのタイトルがカタカナ表記になっており意味がわかりにくい。巻頭に説明があった方がいいだろう。

 プロ自転車レース最高峰のツール・ド・フランスは楽園ではなかった。複雑な駆け引き、敵チームへの妨害、勝つためには薬物にも手を伸ばすことも辞さない修羅闘諍(しゅらとうじょう)の世界であった。

 自転車に興味がなくとも十分楽しめる内容だ。

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2018-08-22

昭和20年代製造の自転車を米国人が執念の修復


 偶然見つけた動画である。「磨けば光る」――そんな単純な道理が長い理窟よりもわかりやすく伝わってくる。こうした作業を教育現場で紹介すれば、いじめも激減するのではなかろうか。皆が「光る何か」を持っていることに気づくからである。私がこよなく愛する「カノン」(パッヘルベル)をBGMにしているのも心を震わせる。何気なく検索したところブログも発見した。最初のページには大久保製作所社長のお孫さんのコメントがあり小さなドラマが生まれている。


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【海外の反応】 パンドラの憂鬱 海外「感動に震えた」 昭和20年代製造の自転車を米国人が執念の修復

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「血管力」で若返る! (生活シリーズ)

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純粋直観と慈悲/『紫の火花』岡潔


『春宵十話』岡潔
『風蘭』岡潔

 ・純粋直観と慈悲

『春風夏雨』岡潔
『人間の建設』小林秀雄、岡潔
『天上の歌 岡潔の生涯』帯金充利

 数学の研究は、主として純粋直観の働きによって出来るのです。ところで、私が数学の研究に没入している時は、自然に生きものは勿論殺さず、若草の芽も出来るだけ踏まないようにしています。だから純粋直観は、慈悲心に働くのです。
 私は本当によい数学者が出て来てほしいと思います。数より質が大事です。闇との戦いにはぜひ働いてほしいからです。(「新義務教育の是正について」)

【『紫の火花』岡潔(朝日新聞社、1964年)】




 昨日ツイッターでこのようなやり取りがあった。今朝開いたページにドンピシャリの記述が出てきたので紹介しよう。間もなく読了。

 nipox25氏は論理的思考の陶冶(とうや)を指摘したのだろう。気が短い私なんぞはついつい罰のあり方を思うが、原因を探り罪の芽を除くことに想像が及ばない。何にも増して少年犯罪に対して「数学だ!」と断言するセンスが侮れない。

 本書は殆ど『風蘭』と重なる内容で幼児と10代の教育に主眼が置かれている。情緒に関しては5歳から「人の喜びを我が喜びとする」よう育てよと教える。天才数学者は老境に入り国家の行く末に深刻な危機感を抱いた。かつて奇行で知られた岡が仏教や脳科学を紐解きながら恐るべき情熱をもって教育を説く。

 30年前に「価値観の多様化」という言葉が蔓延(はびこ)った。それから10年くらい経つと「モラルハザード」という言葉が飛び交った。道徳とは社会における一定(最低)の基準であろう。その間にオバタリアンが登場し、援助交際をする少女が現れた。

 青少年はいつの時代も問題なのだが、昨今の場合は戦後生まれの親が最大の原因だろう。既に祖父母となっている。子や孫を猫可愛がりし、甘やかしてきたツケが回ってきているのだ。しかも子供は甘やかしただけでは心が満たされない。しっかりと自分が育つことで生まれる信頼関係が必要なのだ。まして他人は甘くない。甘やかされた者同士の衝突が「いじめ」という形に転化することも十分考えられる。

 戦後生まれは「学生運動の世代」でもある。勝手気ままに革命を叫んでいた彼らの影響が影を落としているのも確かだろう。

 幼児期の獣性を抑えるためにはダメなことをダメだと教える必要がある。いわゆる躾(しつけ)だ。ところが今どきは躾けられていない子供がそのまま親になってしまったから手のつけようがない。

 昔の学校教育には学ぶ厳しさがあったという。岡と同級の秀才は皆夭折(ようせつ)したそうだ。学問も命懸けなのだ。

紫の火花 (1964年)
紫の火花 (1964年)
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岡 潔
朝日新聞社
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2018-08-20

ツール・ド・フランス/『サクリファイス』近藤史恵


 ・ロードバイクという名のマシン
 ・ツール・ド・フランス

『エデン』近藤史恵
『サヴァイヴ』近藤史恵
・『キアズマ』近藤史恵
・『スティグマータ』近藤史恵
・『逃げ』佐藤喬

 世界でいちばん有名なレースであるツール・ド・フランスでは、3週間にわたって、1日150キロ以上の距離を走り続け、その間、何度も峠を越える。走行距離は3000キロを越え、高低差は富士山を9回上り下りするのに匹敵する。しかも、2日ある休養日を除けば、1日たりとも休むことは許されない。休んだ時点で、リタイアとなる。

【『サクリファイス』近藤史恵〈こんどう・ふみえ〉(新潮社、2007年/新潮文庫、2010年)以下同】

 本州縦断(※青森県下北半島の大間町から山口県下関南霊園まで)の距離が太平洋側で紀伊半島をぐるっと回っても2000km少々である。富士山を9回上れば3.4万mだ(因みにエベレストの標高は8848m)。実際は自転車だと5合目(2305m)までしかゆけないので15回上る高さである。我が家から富士山5合目までの距離は約100kmだから、15往復すればツール・ド・フランスを体感することができる。現状ではまだ道志みちにすら辿り着いていない(笑)。ツール・ド・フランスの道も一漕ぎから始まることを銘記しておく。

 プロレーサーの足は獣(けもの)さながらのスピードを出し、自動車にも匹敵する。ツール・ド・フランスの平均速度は時速40kmを超え、平地では70km、下りだと120kmに迫る。凄い。全く凄いとしか言いようがない。オリンピック、サッカーワールドカップと合わせて世界3大スポーツと呼ばれるのも納得できる。


 近藤史恵は自転車を買おうと色々調べているうちに競技レースを知り、すっかりハマってしまったという。一度もロードバイクに乗ったことがないにもかかわらず、これだけのストーリーを練り上げるのだから、やはり作家の創造力恐るべしと唸(うな)らされる。私自身はレースにとんと興味がない。ギャラリーがクズ過ぎてレースの障害となることが少なくないからだ。また、クラッシュシーンを見るたびにスタートを時間差にするなど何らかの工夫をするのが先だと思う。

 また初めて知ったのだが自転車レースでは他チーム選手と力を合わせることも珍しくないそうだ。高専柔道が軍事的であるとすれば、自転車レースは極めて政治的である。1チームは8人で編成されるがエース以外は全員がアシストだ。

 栄光のツール・ド・フランスはランス・アームストロング(1999年から2005年まで7連覇を成し遂げたアメリカ人選手)のドーピングによって失墜した。

 自己輸血。それはドーピングの一種だ。
 なにもないときに、自分の血液を抜いておき、それを冷凍保存する。そしてレースの前に輸血するのだ。そうすれば赤血球の量も普段より増え、パフォーマンスが上がる。もちろん禁じられているが、ものは自分の血液だ。ヘマトクリット値の上限にさえ気をつければ、一般のドーピングテストではまだ発見することが難しい。

 手口がここまで巧妙になると単なるインチキというよりは、各国で軍事的な研究が行われているような気がしてくる。ロボット兵器の研究開発費用を思えば、兵士の耐性をドラッグで高める方が安上がりだと考えても不思議ではない。

 ランス・アームストロングが史上最強と思いきやそうではなかった。区間優勝回数ではエディ・メルクス(ベルギー)が34回で、アームストロングの22回を軽々と上回っている。


 主人公がかつて交際していた初野香乃〈はつの・かの〉という女性が出てくるのだが、女性としての魅力が全くない。しかも障碍者スポーツマンと恋愛関係となった後のことが描かれておらず、単なる馬鹿女で終わってしまっている。更に名前がよくない。凝ったネーミングを付けるには相当なセンスが必要で、風変わりな印象にとどまっている。

 既にサクリファイスシリーズは全部読んだので先走って結論を書いてしまうが、近藤史恵は「男」が描けていない。チカの柔らかな印象は巻を重ねることにイライラさせられる。なぜか? それは彼が男ではなくて女だからだ。で、チカのキャラクターを確立させすぎて香乃の影が薄くなっている。

 それでも本書が面白いことに変わりはない。

サクリファイス (新潮文庫)
近藤 史恵
新潮社
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真のエリートとは/『隠蔽捜査』今野敏

2018-08-19

三島への愛惜と厚情/『三島由紀夫の死と私』西尾幹二


『国民の歴史』西尾幹二
『決定版 三島由紀夫全集 36 評論11』三島由紀夫
『三島由紀夫が死んだ日 あの日、何が終り 何が始まったのか』中条省平

 ・三島への愛惜と厚情

『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』中川右介

 彼(※保守系知識人)らは過激な死を嫌って、逃げ腰でした。

【『三島由紀夫の死と私』西尾幹二(PHP研究所、2008年)以下同】

 西尾幹二は一時期よくテレビに出演していた。一見して小柄で表情の乏しい大きな顔と傲岸な話しぶりが悪印象として残った。かつての保守系は強面(こわもて)タイプが多かったように思う。映画に出てくるアメリカ南部のオヤジみたいで、信念を論理的に述べるのではなく思い込みをでかい声でまくし立てるのが所謂「右」であった。

 前にも書いたが私が西尾を見直したのは東北大震災後、原発推進派から反対に転じたことだ。インターネット番組で語る西尾は思想ではなく事実を通して過去の意見を翻した。「君子(くんし)は豹変(ひょうへん)し、小人(しょうじん)は面(おもて)を革(あらた)む」(『易経』革卦〈かくか〉/『中国古典 リーダーの心得帖 名著から選んだ一〇〇の至言』守屋洋)とはこのことである。

 文芸評論家として登場した無名の若き西尾を三島は見逃さなかった。一流の人物はやはり目の付けどころが違う。デビュー作『ヨーロッパ像の転換』(新潮選書、1969年)に三島は推薦文を寄せた。

 本書は西尾の告白である。三島文学を論じたものではなく、三島の死から受けた衝撃を赤裸々に述べている。ここには岡潔が新しい生命を吹き込んだ「情緒」が流れ通っている。

 三島由紀夫氏にお会いしたのは一度だけである。昭和43年の秋であったと思うが、ある人が橋渡しをしてくれて、特徴のあるあのお宅を訪問することになった。多忙な氏が、無名の外国文学者の最初の仕事(その頃私はある雑誌にヨーロッパ論を連載していた)に関心を持っているとある編集者から伝え聞いていた。そこへ橋渡しをしてくれる人が別に現われたので、若干とも私のことを氏が知っていて下さるという安心感から、ようやくお訪ねする気になったのだと思う。世の中は大学紛争で騒然としていたころのことであった。
 階段をぐるぐる昇って三島邸の一番高いところに位置した、白壁の明るい部屋に通された。橋渡しの知人と一緒にしばらく待っていると、やがて大きな、元気のいい声がした。氏は椅子から立ち上がった私の正面にきちんと姿勢を正し、三島です、と明晰な発音で挨拶された。それから円卓をはさんで、私にビールを注いでくれた。氏は年下の、まだたいした仕事もしていない文学青年を相手にしているという風ではなかった。物の言い方は遠慮がなく、率直であったが、客である私には礼儀正しく、外国の作家のことが話題になると、まず私の見解を質した。男らしく、さっぱりした人だと私は思った。日本の文化人の誰彼が話題にのぼると、氏はそうとうに辛辣なことをずけずけ言ったが、陰湿なところがまるでなく、からっとしていた。たった今怒りの言葉を述べて、次の瞬間にはもうそれにこだわっていないという風だった。私もまた、怒りはときに大切だと思っている方だが、氏の前に出ると勝負にならなかった。そう私が述べると氏はとても愉快そうに爽快な笑い声をあげた。私がしばらくしてトイレに立とうとすると、氏はすばやく私を先導し、階段を三つも跳ぶようにして降りて、なんのこだわりもなく便所のドアを開いてくれた。私はこのときの氏の偉ぶらない物腰と、敏捷な身のこなしをいつまでも忘れられないでいる。そのときはなんでもないことだと思っていたが、あとでよく考えてみると、年下の無名の人間を、このように友人のように扱う率直さはじつは大変なことだと思った。私は大学関係の先生や先輩を訪問して、こんな風にわけへだてなく遇されたことはたえて一度もなかったからである。

 巷間に流布している三島像と全く違う。肉体改造(ボディビル)から自決に至るまでコンプレックスの裏返しとして戯画的に描かれることが珍しくない。ところがどうだ。西尾が綴る第一印象のスケッチは過激とは無縁な日常の三島をものの見事に捉えている。

 三島への愛惜と厚情が彼の末期(まつご)を嘲笑する世間を許すことができなかった。

 江藤淳のこの「『ごっこ』の世界が終ったとき」は明らかな生存中の三島さんへの批判です。そして江藤淳は、三島さんが死んだときにも嘲ったのです。それが私には許せなかった。三島さんの死後に書いた「不自由への情熱」のなかで、私は江藤淳のこの点を避難しました。それを引いてみます。

 三島氏の死に到った行動について、ある著名な評論家が、まるで白昼夢を見ているようで、死んでもなお本気でないようにみえるところがあるなどと、気楽なことを言っていたが、こういうことでは孤独な心の謎などはなにひとつ見えないし、時代のニヒリズムにも初めから目をふさいでいるようなものである。
(「不自由への情熱」『新潮』昭和46年2月号)

 西尾は「江藤が三島を殺した」とまで書いている。つまり江藤の嘲(あざけ)りが三島を決起へと駆り立てたという見方である。江藤淳は西尾より早く論壇に登場したエースで、小林秀雄亡き後は文芸時評の第一人者と目された人物である。その江藤に噛み付く勇気が西尾の気概を示して余りある。傍証として西尾は小林と江藤の対談を挙げる。

小林秀雄●三島君の悲劇も日本にしかおきえないものでしょうが、外国人にはなかなかわかりにくい事件でしょう。

江藤淳●そうでしょうか。三島事件は三島さんに早い老年がきた、というようなものなんじゃないですか。

小林●いや、それは違うでしょう。

江藤●じゃあれはなんですか。老年といってあたらなければ一種の病気でしょう。

小林●あなた、病気というけどな、日本の歴史を病気というか。

江藤●日本の歴史を病気とは、もちろん言いませんけれども、三島さんのあれは病気じゃないですか。病気じゃなくて、もっとほかに意味があるんですか。

小林●いやァ、そんなこというけどな。それなら、吉田松陰は病気か。

江藤●吉田松陰と三島由紀夫は違うじゃありませんか。

小林●日本的事件という意味では同じだ。僕はそう思うんだ。堺事件にしたってそうです。

江藤●ちょっと、そこがよくわからないんですが。吉田松陰はわかるつもりです。堺事件も、それなりにわかるような気がしますけれども……。

小林●合理的なものはなんにもありません。ああいうことがあそこで起こったということですよ。

江藤●僕の印象を申し上げますと、三島事件はむしろ非常に合理的、かつ人工的な感じが強くて、今にいたるまであまりリアリティが感じられません。吉田松陰とはだいぶちがうと思います。たいした歴史の事件だなどとは思えないし、いわんや歴史を進展させているなどとはまったく思えませんね。

小林●いえ。ぜんぜんそうではない。三島は、ずいぶん希望したでしょう。松蔭もいっぱい希望して、最後、ああなるとは、絶対思わなかったですね。
 三島の場合はあのときに、よしッ、と、みな立ったかもしれません。そしてあいつは腹を切るの、よしたかもしれません。

江藤●立とうが、立つまいが……?

小林●うん。

江藤●そうですか。

小林●ああいうことは、わざわざいろんなこと思うことはないんじゃないの。歴史というものは、あんなものの連続ですよ。子供だって、女の子だって、くやしくて、つらいことだって、みんなやっていることですよ。みんな、腹切ってますよ。(小林秀雄・江藤淳「歴史について」『諸君!』昭和46年7月号)

 江藤の見立ては通俗的すぎて、街角インタビューに出てくる主婦と遜色(そんしょく)がない。時代の常識に反するものはおしなべて狂気と受け止められるが、古い常識を覆して新しい常識へと誘(いざな)うのもまた狂気なのだ。無論、狂気とは世間の印象に過ぎなく、時代を揺り動かす人物にとっては正真正銘の正気である。

 その点、小林は傍観者的な冷めた見方ではなく、三島を理解しようとする苦衷(くちゅう)が垣間見える。

 割腹が狂気に映った時、日本の武士道は完全に死んだのだろう。

三島由紀夫の死と私
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西尾 幹二
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2018-08-17

三島由紀夫が憂えた日本の荒廃/『三島由紀夫が死んだ日 あの日、何が終り 何が始まったのか』中条省平


『決定版 三島由紀夫全集 36 評論11』三島由紀夫

 ・三島由紀夫が憂えた日本の荒廃

『三島由紀夫の死と私』西尾幹二
『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』中川右介

 三島由紀夫の死には、政治的な速効性はありませんでしたし、三島自身もそんなことは初めから思ってもいませんでした。しかし、30年以上たった今から考えると、彼の最後の行為は、戦後日本の精神的荒廃への生命を賭した警告という意味が際だって見えてきます。この日本の荒廃を、三島は一貫して、今のインタビュー発言にもあるとおり、「偽善」と呼んでいます。
「偽善」とは、民主主義の美名のもとに人間の生き方や国の政策に関する意思決定を自分でおこなおうとせず、個人と社会と国家のとりあえずの目的を経済成長(つまり金もうけ)のみに置き、精神の空虚を物質的繁栄で糊塗する態度にほかなりません。

【『三島由紀夫が死んだ日 あの日、何が終り 何が始まったのか』中条省平〈ちゅうじょう・しょうへい〉(実業之日本社、2005年)以下同】

 もともと三島由紀夫には興味がなかった。中条省平はフランス文学者だが書評や映画評を書いていて時折り目を惹(ひ)くものがあった。ところがどうだ。中条の文章を読むつもりだった私は完全に三島の虜(とりこ)となった。果たして今、「切腹してまで伝えたいメッセージ」を持つ人物がいるだろうか? 腹を切るのは日本男児として最高の責任の取り方である。政治家も学者も教師も責任逃れの言いわけばかり巧みになり、大人が無責任になってしまった時代のきっかけは、三島の声に耳を傾けなかったところに遠因があると思われてならないのだ。

 佐藤栄作首相(当時)は「憲法改正を考えるならば、他にいろいろな方法があるはずだ。暴力行為に訴える了見はわからない。気が狂っているとしか思えない」と語り、中曽根康弘防衛庁長官(当時)は「世の中にとってまったく迷惑だ」と言い放った。三島の行動を浅墓にもテロと見なした自民党政治は、学生運動の衰退に合わせて腐敗の度を増していった。

佐藤栄作と三島由紀夫/『絢爛たる醜聞』工藤美代子

 多くの人々が嘲笑う中で三島のメッセージを肚(はら)で受け止めた人も少ないながら存在した。作家の森茉莉はこう記した。

「首相や長官が、三島由紀夫の自刃を狂気の沙汰だと言っているが、私は気ちがいはどっちだ、と言いたい。現在、日本は、外国から一人前の国家として扱われていない。国家も、人間も、その威が失われていることで、はじめて国家であったり、人間であったりするのであって、何の交渉においても、外国から、既に、尊敬のある扱いをうけていない日本は、存在していないのと同じである。……三島はこの無風帯のような、日本の状態に、堪えられなかったのと同時に、文学の世界の駘蕩とした、(一部の優秀な作家、評論家は除いて)無感動なあり方にも堪えられなかった」

 敗戦から復興までは駆け足で進んだ。朝鮮特需(1950-55年)をテコにして日本は高度経済成長を迎える。暇な学生たちが大騒ぎをしたのも「食う心配」がなくなったためだろう。マスコミや知識人たちは学生運動の味方をすることで戦争責任の免罪を試みた。かつての軍人は肩身が狭く沈黙を保った。豊かになれば食べ物が余り、そして腐ってゆく。人の精神もまた。








 戦争を工事現場に例える感覚がまったく理解できない。そもそも戦争とは殺し合いなのだ。で、平河某は工事現場で300万人の死者が出ても同じ考え方をするのだろうか?

 戦後の戦争アレルギーが平和ボケとなり、平和ボケがより一層戦争アレルギーを強める。軍事力を持たないチベットやウイグルが中国共産党によって虐殺され、中国が領空・領海侵犯を繰り返し、北朝鮮が核弾頭を日本に向ける現状において、反戦・平和を唱える連中は頭がおかしいと言わざるを得ない。大体、戦争もできない国家が国民を守れるはずがないのだ。

 我々は今こそ三島由紀夫の遺言に耳を傾けるべきだ。

 私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。
 このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。
 日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう。

「果たし得ていない約束」三島由紀夫/サンケイ新聞 昭和45年7月7日付夕刊

 三島の演説に対して自衛官は野次と怒号で応えた。日本人は魂までGHQに占領されてしまったのだ。三島事件こそは東亜百年戦争のエピローグであった。

2018-08-15

数学は論理ではなく情緒である/『春宵十話』岡潔


『天上の歌 岡潔の生涯』帯金充利

 ・数学は論理ではなく情緒である

『風蘭』岡潔
『紫の火花』岡潔
『春風夏雨』岡潔
『人間の建設』小林秀雄、岡潔

必読書リスト その四

 人の中心は情緒である。情緒には民族の違いによっていろいろな色調のものがある。たとえば春の野にさまざまな色どりの草花があるようなものである。
 私は数学の研究をつとめとしている者であって、大学を出てから今日まで39年間、それのみにいそしんできた。今後もそうするだろう。数学とはどういうものかというと、自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術の一つであって、知性の文字版に、欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するものである。
 私は、人には表現法が一つあればよいと思っている。それで、もし何事もなかったならば、私は私の日本的情緒を黙々とフランス語で論文に書き続ける以外、何もしなかったであろう。私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと問う人に対しては、スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことだと答えて来た。(「はしがき」1963年1月30日)

【『春宵十話』岡潔(毎日新聞社、1963年光文社文庫、2006年/角川ソフィア文庫、2014年)】

 カテゴリーを「エッセイ」にしたが岡潔の口述を毎日新聞社の松村洋が筆記したものらしい。

 この噂を聞きつけた当時毎日新聞奈良支局にいた松村洋が、何度かにわたって岡にエッセイのようなものを書かないかとくどいたのである。
 ところが岡は、自分は世間とは没交渉しているので、またそれで研究時間がおかしくなるのも困るからと、何度も固辞した。そこを粘っているうちに、そこまでおっしゃるなら口述ならかまいませんということになって、陽の目をみたのが「春宵十話」の新聞連載だった。

947夜『春宵十話』岡潔|松岡正剛の千夜千冊

 昭和38年2月10日、岡先生の第一エッセイ集
 『春宵十話』(毎日新聞社)
が出版されました。定価380円。すでに公表された三つのエッセイ「春宵十話」「中谷宇吉郎さんを思う」「新春放談」に、新たに19篇のエッセイ(すべて口述筆記。口述は前年3月から9月にかけて行われました。記録者は松村記者)と一篇の講演記録を合わせて編集されました。「春宵十話」の採録にあたり、若干の加筆訂正が行われました。「はしがき」の日付は「一九六三・一・三○」。「あとがき」の日付は「一九六三年一月」で、執筆者は「毎日新聞大阪本社社会部松村洋」と明記されています。昭和38年を代表する話題作になり、この年、「第17回毎日出版文化賞」を受賞しました。

日々のつれづれ (岡潔先生を語る85)エッセイ集の刊行のはじまり

日々のつれづれ 岡先生の回想

 ダイヤモンドは磨かなければ光を発しない。松村記者の筆記・編集という行為が研磨作業となったのだ。いい仕事である。タイトルは「しゅんしょうじゅうわ」と読む。

 岡潔は「世界中の数学者が挑んでも、1問解くのに100年はかかる、といわれた3大難問を1人で解いた天才で、文化勲章受章者」(佐藤さん講演 | 高野山麓 橋本新聞)。更に「その強烈な異彩を放つ業績から、西欧の数学界ではそれがたった一人の数学者によるものとは当初信じられず、『岡潔』というのはニコラ・ブルバキのような数学者集団によるペンネームであろうと思われていたこともある」(Wikipedia)。つまり天才を二乗したような人物なのだ。

 私が生まれたのは1963年の7月である。『春宵十話』がある世界に生まれて本当によかったと思う。

 岡は戦後の日本に警鐘を鳴らし続けた。編まれた文章のどれもが「黙っておらるか」という気魄(きはく)に貫かれている。

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