2022-01-19

訓練の目的/『自覚 隠蔽捜査5.5』今野敏


『隠蔽捜査』今野敏
『果断 隠蔽捜査2』今野敏
『疑心 隠蔽捜査3』今野敏
『初陣 隠蔽捜査3.5』今野敏
『転迷 隠蔽捜査4』今野敏
『宰領 隠蔽捜査5』今野敏

 ・訓練の目的

『去就 隠蔽捜査6』今野敏
『棲月 隠蔽捜査7』今野敏
・『空席 隠蔽捜査シリーズ/Kindle版』今野敏
『清明 隠蔽捜査8』今野敏
・『選択 隠蔽捜査外伝/Kindle版』今野敏
『探花(たんか) 隠蔽捜査9』今野敏

 甘えるな、と叱られるかもしれないと思った。
 だが、竜崎は、拍子抜けするほどあっさりとした口調で言った。
「みんなの足を引っぱっていると言ったな? それが、私には理解できない」
「どうしてです? 私のせいで、みんなはいらいらしているはずです」
「訓練というのは、他人のためにやるものではない。たいていは単独で、非常事態に対処しなければならない。他の者が何を考えているかなど、気にする必要はない」
「それはそうですが、ある程度結果を出さなければならないと思います。ですが、他のメンバーと私の実力や体力が、あまりにも違い過ぎるのです」
「女性だから、仕方がないだろう」
「それが悔しいのです」
「悔しがる理由がわからない」
「それは、竜崎さんが、女性になったことがないからです」
「当たり前だろう」
「体力でも、技術でもかなわない。それが悔しいのです」
「不思議だな」
「何が不思議なんですか?」
「どうして、女性であることを利用しないのか、不思議なんだ」
 美奈子は、一瞬言葉を失った。
「言ったでしょう? 府警本部長や警備部長とお酒を飲みに行ったって……」
「それは、彼らが君を利用したに過ぎない。君が女性であることを利用したわけじゃない」
「私には、同じことのように思えますが……」
「腹を立てているようだから、はっきりと言っておく。私が女性だったら、それを最大限に利用するよ。それだけじゃない。キャリアの立場も利用するし、今なら、署長という立場も利用する。利用できるものは、何だって利用する。それが、人の特質というものだ」
「特質?」
「特質というのは、その人に与えられるものだ。訓練で周囲は男ばかりだと言ったな。それならば、君が女であることが特質だ。体力や技術で劣っていると、君は言った。劣っているところばかり見ていると、訓練の本質を見誤るだろう」
「訓練の本質ですか?」
「そうだ。訓練の目的は、疑似体験を通して新たな能力を身につけることだ。そして、先ほども言ったが、訓練は、自分自身のためにやるものだ。だから、人それぞれに成果は異なる。一つだけ言えるのは、体力を使うより頭を使うほうが、ずっと大切だということだ。頭を使ってこそのキャリアであり、体力を補うために頭を働かせてこその女性ではないのか?」
 それを訊いたとたんに、憑(つ)き物が落ちたように気分が軽くなった。

【『自覚 隠蔽捜査5.5』今野敏〈こんの・びん〉(新潮社、2014年/新潮文庫、2017年)】

「3」で竜崎が想いを寄せていた畠山美奈子が特殊訓練に耐えかねて電話で相談する場面だ。短篇集としては「3.5」より出来がいい。

 目的を見失うと余計なことが目につき始める。仕事の悩みは職場の人間関係に尽きる。待遇が問題であれば転職すればいいだけのことだ。その判断すらできないような人々は、家庭や交友関係も上手くいくことはないだろう。

 竜崎の合理主義は周囲の妄想を明らかにする効用がある。彼の言葉が「魔法」のように感じられるのは、複雑さを無視して、問題のテーマを単純化するためだ。

 10年ほど前に茂木健一郎がやたらと「プリンシプル」なる言葉を使っていたことがある(茂木健一郎(@kenichiromogi)さんの「プリンシプルなき者が、匿名性の裏に隠れる」 - Togetter)。たぶん白洲次郎著『プリンシプルのない日本』(新潮文庫、2006年)あたりの影響だったのだろう。原理原則を曖昧にして、なあなあでやっていくのが村社会の慣行である。二・二六事件の原因もそこにあった。

 談合文化は日本人の知恵から生まれたのだろう。だが国際競争に晒されるとそれは通用しなくなる。バブル景気崩壊をきっかけにして護送船団方式は終焉を告げた。終身雇用も破壊され、雇用が不安定となった結果、結婚する若者が激減した。少子化にも拍車がかかる。失われた20年のダメージは深刻だ。その間、国民は二度の大震災にも耐えてきた。

 本書が官僚小説の域を超えるとすれば、竜崎は何らかの政治的行動を取って、日本が独立するためにアメリカと対峙せざるを得ない。

2022-01-18

竜崎伸也の流儀/『宰領 隠蔽捜査5』今野敏


『隠蔽捜査』今野敏
『果断 隠蔽捜査2』今野敏
『疑心 隠蔽捜査3』今野敏
『初陣 隠蔽捜査3.5』今野敏
『転迷 隠蔽捜査4』今野敏

 ・竜崎伸也の流儀

『自覚 隠蔽捜査5.5』今野敏
『去就 隠蔽捜査6』今野敏
『棲月 隠蔽捜査7』今野敏
・『空席 隠蔽捜査シリーズ/Kindle版』今野敏
『清明 隠蔽捜査8』今野敏
・『選択 隠蔽捜査外伝/Kindle版』今野敏
『探花(たんか) 隠蔽捜査9』今野敏

 溜め息をつく音が聞こえる。
「無事に解決したからいいようなものの、失敗していたら、おまえも俺も首だぞ」
「そんなに首が怖いのか?」
「何だって?」
「俺は、首よりも、やるべきことをやれないような事態のほうが恐ろしい」

【『宰領 隠蔽捜査5』今野敏〈こんの・びん〉(新潮社、2013年/新潮文庫、2016年)以下同】

 小説の書評は粗筋(あらすじ)を書くべきではないと考える。そんな信念が強固なため、読んだそばからストーリーを失念することが多い。感情の振幅が激しいこともあって細部に意識が向いて、全体を見失っている可能性もある。そこで隠蔽捜査シリーズの概要を振り返ってみたい。

 1:足立区で起こった女子高生コンクリート詰め殺人事件(1988年)の復讐劇。
 2:家族の不祥事で竜崎は大森署に左遷させられる。立てこもり事件。SITとSATが登場する。
 3:アメリカ大統領が来日。竜崎は警備の一翼を担う。テロ計画。そして竜崎が恋に落ちる。
 3.5:竜崎の幼馴染である伊丹俊太郎を主役にした短篇集。
 4:大森署管内でひき逃げ事件、放火事件、殺人事件が発生する。殺人の背景には南米の麻薬が絡んでいた。外務省との駆け引き。
 5:国会議員の誘拐事件が起こる。更に神奈川県警との合同捜査で警察同士が縄張り争いに固執する。
 5.5:短編集だが主役がそれぞれ違う。3.5よりずっとよい。
 6:ストーカー事件。ストーカー対策チームで戸高善信と根岸紅美がタッグを組む。
 7:ハッキング事件と少年犯罪。
 空席:Kindle版。未読。
 8:神奈川県警の刑事部長に栄転。不法入国した中国人が殺害される。警察OBや公安との確執。横浜中華街の変遷。

 驚くべきことだが似たような内容が一つもない。まだまだ書けそうな印象を受ける。ファンとしては20冊くらいを目指して欲しいと思う。シリーズ8冊目までで累計300万部を達成しているようだ。

 また全体を通して必ずキャリアとノンキャリアや省庁間などが反目する様相が描かれている。竜崎伸也がトリックスター的な位置にいるのは階級と役職が異なるためだ。彼の階級は警視長で、警察庁長官官房総務課課長~警視庁大森警察署署長~神奈川県警刑事部長と異動する。警視庁とは言い方を換えれば東京都警である(警察法の警察階級と役職及び警察組織図-キャリア・ノンキャリア情報)。

「やるべきことを断乎としてやる」のが竜崎伸也の流儀であり、いい意味での原理主義者・合理主義者である。彼を貫くのは「国家・国民のため」という価値観であり、そこからブレることがない。清濁を併せ呑む伊丹とは異なり、濁を真っ向から否定する。必要とあらば泣かずに馬謖(ばしょく)を斬ることもできるだろうし、自らを斬ることすら厭(いと)わない。

 なるほど、そのための呼び出しか。
 竜崎は思った。
 神奈川県警の面子を保つために、本部長と刑事部長が打ち合わせをしていたというわけだ。誘拐事件が進行中にもかかわらず、だ。
 それが、警察幹部の仕事だと思っているのだろうか。竜崎は、あきれてしまった。
 そんなことは、被疑者を確保した後に考えればいいことだ。おそらく、それでは警視庁に後れを取ると考えてのことだろう。
 彼らは政治をやりたいのだ。警察官の仕事は政治ではない。
 被疑者の身柄を、警視庁に持っていこうが、神奈川県警が押さえようが、竜崎はどうでもよかった。どうせ、送検してしまえば警察の手を離れるのだ。

 竜崎もまたキャリアとしての出世を肯定するが、それは「使える権限が増える」からだ。彼にとっての権限とは道具のようなものだ。武器はたくさんあった方がいいに決まっている。しかし、たとえ降格人事を食らったとしてもそこに自らの使命を見出す。真のエリートは国家の捨て石となる道を選ぶ。その潔さが本書の魅力であり、主役が淡白なのは今野敏がしがらみの少ない道産子のためか。

2022-01-17

長芋フライドポテト&長芋唐揚げ


 ジャガイモはGI値が高いので断然オススメである。マックフライポテトが品薄だと? 呵々(笑)、長芋でお釣りがくらあ。簡単かつ絶品である。


封建制は近代化へのステップ/『世界のしくみが見える 世界史講義』茂木誠


『経済は世界史から学べ!』茂木誠
『自然観と科学思想』倉前盛通

 ・中国の女性は嫁入りをしても宗族に入ることはできない
 ・封建制は近代化へのステップ

『ゲームチェンジの世界史』神野正史
『「戦争と平和」の世界史 日本人が学ぶべきリアリズム』茂木誠

世界史の教科書
宗教とは何か?
必読書リスト その四

 ――封建制度って、江戸時代までの日本や、中世ヨーロッパにもありましたよね。

 そこがややこしいところです。
 実は、日本とヨーロッパの封建制は、中国のそれとはまったく違います。これはかなり大事なことで、「周の封建制とヨーロッパ、日本の封建制との違いを述べなさい」といったかたちで、入試問題にも出題されます。
 いずれの封建制も、主君と臣下の関係である点は同じです。主君(親分)が臣下(子分)に土地を与え、臣下は親分に対して戦争のときに助けに行く、ということも共通です。周の場合には、臣下からの貢納があるのがちょっと違う点ですか(ママ)、これは決定的な違いではない。
 重要なのは、周の封建制においては、主君と臣下のもともとの関係が血縁を媒介にしている、とういこと。兄と弟、従兄弟(いとこ)同士、おじと甥(おい)、舅(しゅうと)と婿(むこ)といった関係ですね。
 対してヨーロッパと日本の封建制はどうか。たとえば織田信長の臣下が豊臣秀吉ですが、二人の関係は血縁関係ですか?

 ――秀吉って確か、農民出身だったはず……。

 そう、赤の他人ですね。赤の他人がどうして主君・臣下になるんでしょう? 秀吉が信長に憧(あこが)れてずっと追っかけていって、冬の朝に信長の草履(ぞうり)を懐で温めたりして、信長が秀吉を気に入って、という個人的な関係からです。

 ――契約のような?

 そう、いわば契約関係ですね、これは。
 これはヨーロッパの場合も同じです。まったく赤の他人が相手を信用して、「おまえに○○とか✕✕の城を与えるから、俺のために忠誠を尽くしてくれ」という契約を結ぶ。その契約がちゃんと履行される社会、これがヨーロッパと日本なんです。
 逆に言いますと、中国はそれがない。つまり、血縁がない赤の他人だと信用できない、他人は平気で裏切るという社会です。
 この違いは非常に重要です。というのは、近代の資本主義の世の中になってから、契約というのがますます重要になるからです。たとえば納期はいつまで、代金はいくら、という約束をしょっちゅう破るようでは、資本主義経済は成り立ちません。
 それがいままさに中国で起こっていることです。中国に進出した日本起業が散々苦労しているのは、しょっちゅう納期遅れとか、代金のごまかしとかが起きるからです。これは「他人は騙(だま)されても仕方がない」という文化があるからです。中国の資本主義のいちばんの弱点はここでしょうね。

 ――中国の封建制には契約観念がなかった、というのは重要なわけですね。

 封建制というと何か悪いこと、遅れた体制のように考える傾向がありますが、実は逆なんです。日本やヨーロッパのように、契約関係としての封建制がちゃんと機能した地域は、実は近代化に成功している。一方、血縁に頼った中国式の封建制は、近代化の障害になった。

【『世界のしくみが見える 世界史講義』茂木誠〈もぎ・まこと〉(ヒカルランド、2014年)】

「世界で紋章を有する地域は西欧と日本のみである。これは正当な意味の封建社会の成立した地域であり、古代官僚制や古代帝王制が最近まで続いていた地域には紋章は発生しなかった」(『自然観と科学思想』倉前盛通)。西欧と日本はシーパワー国家である。一方、ランドパワーである大陸国は大規模な治水・灌漑工事が必要となるため中央集権的な官僚国家を形成する。海洋勢力と大陸勢力は地政学的に決まっており、これを変えるという考え方は存在しない。つまり、国家が有する位置エネルギーと捉えてよい。

世界史は陸と海とのたたかい/『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』水野和夫

 もう一つ大切なことは、伊藤博文がキリスト教の神に替わるものとして天皇を国家の中心に据えたことである。

伊藤博文の慧眼~憲法と天皇/『日本国民に告ぐ 誇りなき国家は滅亡する』小室直樹

 このような近代化の急所を伊藤博文が抑えることができたのも封建制を経験していたためなのだろう。

 前近代的なものを「封建時代」と揶揄(やゆ)していたのは1990年代まで続いた。マルクス史観の汚染が国を覆い尽くしていたことがわかる。進歩史観においては古い歴史は常に黒歴史と認定される。

100年以上の伝統がある乾布摩擦/『1分でよくなる新健康法 タオルこすり』


『実践「免疫革命」爪もみ療法 がん・アトピー・リウマチ・糖尿病も治る』福田稔
『自律神経が整う 上を向くだけ健康法』松井孝嘉

 ・100年以上の伝統がある乾布摩擦

医学が進歩した今もなお、現代人は【ひざ痛・腰痛】をはじめとした関節痛や【不眠・高血圧・物忘れ】など、慢性的な不調や病気から逃れられずにいます。その背景には、私たち現代人が見過ごしてきた2つの根本原因があります。
その根本原因とは、「【毛細血管の減少】」と「【自律神経の乱れ】」です。具体的に解説しましょう。

みなさんは、結果というと直径が1ミリ以上あるような太い血管をイメージする人が多いと思いますが、実際には血管の99%は、直径100分の1ミリ前後の毛細血管が占めています。そして、この毛細血管は【加齢や運動不足、食生活の乱れで減少してしまう】ことがわかっています。
近年、【この毛細血管の減少が、老化やさまざまな病気の根本原因ではないか】と指摘されています。

なぜなら、毛細血管は体内の各組織に酸素や栄養、ホルモンなどを運び、不要になった二酸化炭素や老廃物を回収する役割をしているからです。
つまり、【毛細血管が減少すると】、脳や内蔵、関節などのあらゆる細胞が酸素不足、栄養不足に陥って衰え、冒頭で述べた【不調や病気を招きやすくなる】のです。(末武信宏〈すえたけ・のぶひろ〉)

【『1分でよくなる新健康法 タオルこすり』(わかさ出版、2019年)以下同】

 乾布摩擦が自律神経を刺戟しているとは知らなかった。肌を鍛えているというよりは、肌を痛めつけて鈍感にしているのかと思い込んでいた。まったく浅墓な先入観ほど恐ろしいものはない。

 筋トレ~ストレッチ~体幹トレーニング~自律神経~口腔と読み進めてきて気づいたのだが、あらゆる運動の効果は血流促進の一点に収斂(しゅうれん)するといっても過言ではない。乾布摩擦やマッサージ・手技などは外部から血管や神経にアプローチしているのだろう。

 乾布摩擦の歴史は古く、約100年前に出版された健康本のベストセラー(『家庭における実践的看護の秘訣』、通称「赤本」)には、すでに記載があります。現在ほど医療が整っていない時代に、【心身を強化する健康法として、日本ではかなり昔から実践されてきた】のです。(中略)
【乾布摩擦を実践すると血流がよくなる】ことが、順天堂大学で行われた試験をはじめ、複数の研究でわかっています。

 日本文化の奥深さが窺える。明治近代化以前の文化を掘り起こす必要があるだろう。特に西洋式の体育が国軍の急整備のために導入されたことで失われた「体の動かし方」は少なくない。現在、武術家が先頭に立って様々な研究をしているが、仕事や職人技の中にも埋もれた宝庫があるに違いない。

 乾布摩擦というと裸になって早朝に行う印象がありますが、実際にはその必要はなく、【服を着たまま行ってもかまいません】。

 多分ね、下着や衣服そのものと肌の接触にも自律神経を刺戟する効果があるのだろう。鷲田清一〈わしだ・きよかず〉がそのようなことを書いていた憶えがある。

「服を着たまま」というのは例えば膝である。膝を曲げた状態でタオルをこする。

 実際に、ひざ痛のある人だけを集めて行った教室では、ひざタオルこすりを最初に行ってウォーキングの指導を1時間半したところ、その場でひざ痛が和らぐ人が続出しました。
【20人が杖をついてきていたのですが、なんと5人が帰りに杖を忘れて帰ってしまったのです。足を引きずってきた人が、スタスタと歩いて帰っていった姿がとても印象的でした。】

 これは凄い。安定した姿勢から自信が生まれて、普段抱えている不安が一掃されたのだろう。あるいは認知症の可能性も否定できないが(笑)。

 実際にはまだ行っていないのだが、風呂で注意深く体を洗うようになった。「体を洗う」のではなく「自律神経を刺激している」と自覚するようになった。強くこする必要はない。適度な強度で十分だ。