2021-07-30

踵を踏む/『常歩(なみあし)式スポーツ上達法』常歩研究会編、小田伸午、木寺英史、小山田良治、河原敏男、森田英二


『病気の9割は歩くだけで治る! 歩行が人生を変える29の理由 簡単、無料で医者いらず』長尾和宏
『病気の9割は歩くだけで治る!PART2 体と心の病に効く最強の治療法』長尾和宏
『ウォーキングの科学 10歳若返る、本当に効果的な歩き方』能勢博
『ランニングする前に読む本 最短で結果を出す科学的トレーニング』田中宏暁
『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード
『脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか 生き物の「動き」と「形」の40億年』マット・ウィルキンソン
『アルツハイマー病は治る 早期から始める認知症治療』ミヒャエル・ネールス
『一流の頭脳』アンダース・ハンセン
『ウォークス 歩くことの精神史』レベッカ・ソルニット
『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』ロバート・ムーア
『「体幹」ウォーキング』金哲彦
『高岡英夫の歩き革命』、『高岡英夫のゆるウォーク 自然の力を呼び戻す』高岡英夫:小松美冬構成
『あらゆる不調が解決する 最高の歩き方』園原健弘
『あなたの歩き方が劇的に変わる! 驚異の大転子ウォーキング』みやすのんき
ナンバ歩きと古の歩術
『表の体育・裏の体育』甲野善紀
『「筋肉」よりも「骨」を使え!』甲野善紀、松村卓
『ナンバ走り 古武術の動きを実践する』矢野龍彦、金田伸夫、織田淳太郎
『ナンバの身体論 体が喜ぶ動きを探求する』矢野龍彦、金田伸夫、長谷川智、古谷一郎
『ナンバ式!元気生活 疲れを知らない生活術』矢野龍彦、長谷川智
『本当のナンバ 常歩(なみあし)』木寺英史
『健康で長生きしたけりゃ、膝は伸ばさず歩きなさい。』木寺英史

 ・踵を踏む

『スポーツ選手なら知っておきたい「からだ」のこと』小田伸午
『トップアスリートに伝授した 勝利を呼び込む身体感覚の磨きかた』小山田良治、小田伸午
『間違いだらけのウォーキング 歩き方を変えれば痛みがとれる』木寺英史
『身体構造力 日本人のからだと思考の関係論』伊東義晃
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖

身体革命
必読書リスト その二

 身体が前に出るということは、「踵(かかと)を踏む」ことです。前に出るのに「踵を踏む」と言われても、ピンとこないかもしれません。「つま先で蹴るのでは?」と思った人もいるでしょう。しかし、踵から接地してつま先(拇指球あたり)で蹴る動きは、中心軸感覚による走歩行の典型的な特徴です。実際に、剣道の打突や陸上競技など、スポーツの現場では、何の疑いも持たずに拇指球で蹴っている人が多く見受けられます。しかし、それは「つま先を蹴れば前に行ける」という先入観によるもので、実際はまったく逆の動きによって前に出ているのです。
 では、わかりやすい実験をしてみましょう。立った姿勢から、徐々に身体を前に倒してみてください。もうすぐ倒れるというギリギリの状態まで身体を倒し、そこで止めます。足裏の感覚を確かめてみてください。つま先で踏みとどまっていることがわかるでしょう。
 これは、基本的な人間の姿勢調節に関する話です。バスや電車に乗っていて、前に倒れそうになったら、踵を上げてつま先を踏み、後ろに居直ります。このつま先で踏むという動作は、重心の位置を、つま先より前へ越えないようにするためのものです。そうやって地面を前に蹴り、後ろへの反力をもらって姿勢を調節しているのです。このとき、身体は前傾しているように感じますが、重心点は身体を支える支持点(拇指球)の真上にあり、決してそれより前には出ていません。つまり、「つま先で踏む」ことは、前に行く動きにブレーキをかけているのです。速く走りたいのに、ブレーキをかける人はいないはずです。スピードを殺さずに走るためには、つま先で蹴る動作をなくし、ブレーキを最小限に抑えなければならないのです。

【『常歩(なみあし)式スポーツ上達法』常歩研究会編、小田伸午〈おだ・しんご〉、木寺英史〈きでら・えいし〉、小山田良治〈おやまだ・りょうじ〉、河原敏男〈かわはら・としお〉、森田英二〈もりた・ひでじ〉(スキージャーナル、2007年)】

 小田、木寺、小山田の3人で交わしたメールは7000~8000通にもなるという。それ自体がシナプスの発火や軸索の伸びを示している。人と人とのつながりは本来そうあるべきだろう。脳が活性化するような付き合いでなければ時間の無駄だ。

 踵を踏むことはさほど難しくはない。実際にやってみるとわかるが、拇指球の力を抜くことが難しいのだ。更に踵を残すという一連の行為ができるまでは時間を要する。長年にわたって染み付いた思い込みが体を束縛しているのだ。

 大衆がスポーツに熱狂するのは力と技を純粋に競い合うためだろう。社会は社会性を重んじるあまり実力勝負の場面が乏しい。出自や損得で動くことも決して少なくない。それどころか誰の紹介で入社したかで平然と差別がまかり通る。そのスポーツをも商業主義で地に貶めたのがオリンピックだ。もはやスポーツ選手を利用した金儲けの舞台に過ぎない。

 同じ行為の繰り返しが身体の機能を損なうとすれば、人間の体が不自由になったのは農業社会に移行したのが大きいと考えられる。その上、食生活が一変した(『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット)。

 拇指球で蹴らない効用は直ぐ実感できた。ギョサンで5km以上歩いても足裏が痛むことがなくなった。それまでは滑り止めと思われるゴムの小さな突起で歩くのが厭(いや)になるほど痛くなった。たぶん部分的な負荷が消えたのだろう。

 もう一度常歩(なみあし)を確認しよう。

 腕の動きも外旋となる。上から見た場合、腕は逆ハの字に振る。しかも通常のパワーウォークと異なり、前方向への振りを意識する。ほんの少しボクシングのアッパーカット気味にすると感覚をつかみやすい。

 初めは着地脚の膝を曲げないことだけ意識すればよい。安来節(やすきぶし)の要領で構わない。大袈裟にやった方が動きの違いがわかりやすいだろう。

 常歩(なみあし)は誤った常識に縛られた体を解放してくれる。

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