・『真剣師 小池重明 “新宿の殺し屋"と呼ばれた将棋ギャンブラーの生涯』団鬼六
・『聖(さとし)の青春』大崎善生
・「女性は男性より将棋が弱い」
・『将棋の子』大崎善生
・『泣き虫しょったんの奇跡 サラリーマンから将棋のプロへ』瀬川晶司
・病と闘う少年の高貴な優しさ
・『女流棋士』高橋和
・『決断力』羽生善治
・『フフフの歩』先崎学
・『先崎学の浮いたり沈んだり』先崎学
・『まわり将棋は技術だ 先崎学の浮いたり沈んだり2』先崎学
・『赦す人』大崎善生
今、思い出してみても、まるで天使が舞い降りたような日々であった。
一昨年の浅い春の日に、私たちの生活の中に突如一人の少年が舞い降りてきた。将棋ファンの9歳の少年は、どこで知ったのか私の妻の熱烈なファンだった。妻は高橋和(やまと)という女流棋士だ。子供のころに交通事故に遇い、何度も手術を繰り返していることを知っていた少年は、手紙の最後に必ず“高橋先生の足が痛くならないようにお祈りしています”と書き添えてくれたものだった。
その言葉は少年の清潔さと、高貴な優しさに満ち溢(あふ)れていた。
少年の父親からも、お礼のメールが届いた。そしてその手紙の中で、少年がほとんど快復する見込みのない病気に冒されていることを知らされた。医者からはいつどうなっても覚悟しておけといわれているような状況であることを。
妻と少年の手紙による交流は桜の季節に盛んなものとなった。妻は旅先から手紙や絵葉書を送り続け、少年は夢を書き付けてきた。まるで形見分けするように、父親から貰(もら)った宝物が次々と我が家に贈られてきたりもした。純白のテディベアやたまごっちなどなど。
少年は10歳の誕生日を迎え、大きな喜びに包まれた。本人を含めて、誰もがその歳(とし)まで生きることは不可能と考えていたからだ。
その直後に体調を崩し、最後に悲痛な手紙を妻宛(あて)に送ってきた。大きな乱れた字で、痛いです、助けてくださいと書かれてあり、末尾には最後の力を振り絞って書いたであろう“足が痛くならないようにお祈りしています”の言葉があった。
それから間もなく少年はこの世を去った。
わずか3カ月ではあったが、妻と少年の心の交流はまるでひとつの奇跡を見せらているようだった。(守られている 大崎善生)
【『傑作将棋アンソロジー 棋士という人生』大崎善生〈おおさき・よしお〉編(新潮文庫、2016年)以下同】
妙な音が聞こえた。私が漏らした嗚咽(おえつ)だった。苦しみのどん底で息も絶え絶えに喘(あえ)ぎながらもペンを執る少年の心を想った。高橋女流との交流は生きる糧だったのだろう。生の焔(ほのお)を燃やし尽くすように彼は文章を綴った。いかなる状況にあっても人は人を思うことができるのだ。その立派な生きざまに涙が溢れた。
高橋女流は四分六分の確率で切迫流産の可能性が高いとの診断が下った。だが彼女は産むことを決意した。
人の死とは新しい生のための場所を空けることなのだと、誰かから聞かされた。
いつの日かわが子に伝えようと思う。
君の場所を空けてくれた優しい少年の話を。10歳までしか行きられなかった少年が君のお母さんを守ってくれていたんだ。臨月を迎え、体重が増加し、おそらく持ちこたえられないのではないかと思われていたお母さんの傷だらけの足は、奇跡的にただの一度も痛むことはなかったんだ。本当に奇跡的に。あの心優しい少年が守ってくれていたんだ。
人生には少なからず不思議なことがある。それを「豊かさ」と言うのだ。起承を転じる不思議なドラマが確かにある。悲しみが深いほど喜びの大きな人生を歩むことができる。少年の短すぎた一生を悼(いた)むよりも、完全燃焼した人生を寿(ことほ)ぐべきだろう。