2017-11-28

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2017-11-23

「改革」を疑え/『平成経済20年史』紺谷典子


『円高円安でわかる世界のお金の大原則』岩本沙弓
『国債は買ってはいけない! 誰でも儲かるお金の話』武田邦彦
『税金を払う奴はバカ! 搾取され続けている日本人に告ぐ』大村大次郎

 ・「改革」を疑え

『消費税減税ニッポン復活論』藤井聡、森井じゅん

必読書リスト その二

 小泉改革が、景気回復をもたらしたというのは、ほとんど嘘である。戦後最長のいざなぎ景気を抜いた「最長の景気回復」と政府は言ったが、そういう政府自身、デフレ経済からの脱却を宣言できなかった。

 米国とならんで、裏で改革を後押ししてきたのは財務省だ。「改革」と言われてきたものの多くが、財政支出の削減でしかなかったことを見ても、それは明らかだ。
 年金改革も医療保険改革も、保険料の値上げと、年金の削減、医療の自己負担の増加でしかなかった。国民に安心を与えるための社会保障改革は、逆に国民の不安を拡大した。財政危機が実態以上に、大げさに語られてきたからである。しかし、年金や医療の財政危機は、事実ではなかった。
 社会保障の削減はすでに限度を超している。その結果、世界一と評価されたこともある日本の医療は、もはや崩壊寸前である。
 小泉改革の「官から民へ」は行政責任の放棄であり、「中央から地方へ」移行されたのは財政負担だけだった。「郵政民営化」は、保険市場への参入をめざす米国政府の要望である。小泉首相の持論と一致したのは、米国にとっては幸運でも、国民にとっては不運だった。
 改革のたびに国民生活が悪化してきたのは、改革が国民のためのものではなかった証左である。私たちは、そろそろ「改革」とされてきたものを疑ってみるべきではないだろうか。

【『平成経済20年史』紺谷典子〈こんや・ふみこ〉(幻冬舎新書、2008年)】

 紺谷典子は小泉政権の天敵と言われ、いつしかテレビから抹殺された人物である。まずは動画をご覧いただこう。

博士も知らないニッポンのウラ:紺谷典子

 時間のない人は58分30秒から10分ほどだけでも必ず見てほしい。様々な圧力や美味しい話に振り回されることなく、専門家としての矜持(きょうじ)をさらりと語っている。紺谷が抜いた真剣の光に照らされて宮崎哲弥や水道橋博士の軽薄さがくっきりと見える。豊かでありながら抑制された声も今時珍しい。更に誰かが口を開くと自分の話をやめて耳を傾ける姿勢も謙虚さの表れだろう。

 番組の配信が2008年3月15日である。前年の7月末にサブプライム・ショックがあり、そして2008年の9月にリーマン・ショックがマーケットを襲う。日経平均は7000円を割り込んだ。そして2009年9月に民主党政権が産声をあげる。3年間の迷走と混乱が国民を保守に回帰せしめて今日に至る。わずか9年前の番組でありながら隔世の感がある。

 amazonレビューを見ると専門的な勉強をした人ほど低い評価のようだ。ただし具体性に欠け説得力が弱い。国民全体が貧しくなった原因と解決策を示さなければ所詮言葉遊びに過ぎない。

 大蔵省-財務省にメスを入れることのできる政治家が登場しない限り、この国の政治は旧態依然のまま利権の巣窟と化す。去る総選挙で安倍首相は消費税増税分の使途を変更する公約を掲げた。やはり長期安定政権であっても財務省には逆らえないのだろう。

2017-11-21

国家が堂々と行う詐欺/『国債は買ってはいけない! 誰でも儲かるお金の話』武田邦彦


『金持ち父さん 貧乏父さん アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学』ロバート・キヨサキ、シャロン・レクター
『金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント 経済的自由があなたのものになる』ロバート・キヨサキ、シャロン・レクター
『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方2015 知的人生設計のすすめ』橘玲
『世界にひとつしかない「黄金の人生設計」』橘玲、海外投資を楽しむ会
『なぜ投資のプロはサルに負けるのか? あるいは、お金持ちになれるたったひとつのクールなやり方』藤沢数希

 ・国家が堂々と行う詐欺

『平成経済20年史』紺谷典子
・『給料を2倍にするための真・経済入門』武田邦彦
『円の支配者 誰が日本経済を崩壊させたのか』リチャード・A・ヴェルナー

 庶民が国債を100万円買ったとする。そのお金はいくらになって戻ってくるのだろうか?
 この世ではじめて「庶民から見た国債」ということが明らかになるのだから、その結果をすぐには納得できないと思うが、次のような結果になる。
 100万円の国債を1回買うだけなのに庶民は5回にわたってお金を支払い、その合計は実に405万円以上になる。そして、受け取りは200万円になるので、差し引き最低でも205万円のマイナスとなる。
 つまり「100万円の国債を庶民が買ったらマイナス205万円」と覚悟しておかなければならない。それが「庶民から見た国債会計」だ。

【『国債は買ってはいけない! 誰でも儲かるお金の話』武田邦彦(東洋経済新報社、2007年)以下同】

 武田邦彦の近著は文章が酷い。たぶんブログ記事を出版社が編集しているだけなのだろう。わかりやすさを強調して内容が劣る結果となっている。それでも「必読書」に入れたのは経済のインチキ手法を見事に明かしているためだ。上記テキストでも「受け取りは200万円になる」という部分が理解に苦しむ。国債償還分100万円+金利分とインフラ整備や社会保障などによる還元を意味するのだろう。つまり「国民が政府に100万円を貸し出すと、205万円の税負担が増える」ということだ。

 政府に返す気がないのをハッキリさせるのは簡単だ。庶民の代表が政府に行って「まあ、政府にもいろいろな事情はあるだろうが、そろそろ国債を返して下さい」と言えばよい。
 そうすると、思わぬ答えが返ってくる。普通なら「すみません。もう少し待って下さい」と言うだろうがそうではない。政府の高官はすでに次のように発言している。
「赤字国債がたまり国の財政が不安定になったので、消費税を上げて国債の償還に充てたい」
 なかなか素直な発言で、その点では評価できる。でもハッキリと「国債」が借金ではない、だから返さないと言っている。そのカラクリは次のようなものだ。
 まず100万円の国債を国民に売ったとしよう。それは高速道路の建設などに使い切ってしまうのでお金を貸した国民が債権を持ってきて「100万円返して下さい」と言うと、国は「使ってしまいましたので手元にはありません。返しますから100万円を税金として納めて下さい」と答える。
 確かに国はお金を使ってしまったのだから、返せるはずはない。こんな簡単なトリックがまかり通るのは国民が一人ではなく1億2000万人もいるからである。

 トリックを見破るために、まず国民がAさん、Bさんの二人しかいないとしよう。
 政府は、国民Aさんに利率1%で100万円の国債を売り「期限の5年が来たら必ず返します」と約束する。でもこのお金は使ってしまうので、Aさんの国債を返す期限が来ると「税金」という名前でAさんとBさんから利子を含めて半分ずつ取って105万円をAさんに返す。そういう仕組みが国債である。
 明らかに一種のサギであるが、民法には引っかからない。
 なぜなら民法はもともと個人を対象にしているので、Aさんから借りたお金をAさんも含めた関係者一同から取るケースなど現実的にあり得ないので考えてもいないからである。

 吃驚仰天である。なぜこんな簡単な道理を学者や経済評論家、新聞、テレビが明かしてこなかったのか? こうした事実を思えば、やはり安易な気持ちで自民党を支持するのはどうかと思う。まして財務省に操られる政治家など言語道断だ。

 国が行う事業は基本的に利益が出るものは少ない。利益が見込めれば民間がやるわけだし、利益がないからこそ国家が行うのである。とすると赤字国債発行は国家にとって麻薬のような存在となる。まずは増税する前に国の資産を売却するのが筋だろう。

「国民1人当たり830万円詐欺」には気をつけよう - シェイブテイル日記

 国民を騙し続ける財務官僚を罰する法律が必要だ。彼らこそは国家を蝕む獅子身中の虫である。

2017-11-20

お金持ちになる方程式/『なぜ投資のプロはサルに負けるのか? あるいは、お金持ちになれるたったひとつのクールなやり方』藤沢数希


『金持ち父さん 貧乏父さん アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学』ロバート・キヨサキ、シャロン・レクター
『金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント 経済的自由があなたのものになる』ロバート・キヨサキ、シャロン・レクター
『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方2015 知的人生設計のすすめ』橘玲
『世界にひとつしかない「黄金の人生設計」』橘玲、海外投資を楽しむ会

 ・お金持ちになる方程式
 ・ギャンブルは「国家が愚か者に課した税金」

『国債は買ってはいけない! 誰でもわかるお金の話』武田邦彦

必読書リスト その二

 お金持ちになる方法はたったひとつの方程式で完全に記述できます。

 資産形成=(収入-支出)+利回り×資産

 もう少し具体的に書くと、次のようになります。

 1年間で増える財産=(年間総収入-年間総支出)+年率運用利回り×運用資産

 このお金持ちになるための秘密の方程式にあいまいな点は全くありません。完全に正しい方程式です。要するに、お金持ちになるためには、(1)収入を増やすか、(2)支出を減らすか、(3)利回りを上げて投資からの収入を増やすという、みっつの方法しかないことがわかります。
 作家の橘玲さんによると、世の中の「金持ち本」は、すべてこのみっつのうちのどれかに分類できるそうです。

【『なぜ投資のプロはサルに負けるのか? あるいは、お金持ちになれるたったひとつのクールなやり方』藤沢数希〈ふじさわ・かずき〉(ダイヤモンド社、2006年)以下同】

「あ!」と思った人は金持ちになれる。「なーんだ」と思えばそれまでのこと。所詮、足し算引き算なのだ。そして資産形成を左右するのは利回りである。利回りは時間を経るごとに大きな力を発揮する。つまり若いうちからマネーの勉強をするのが正しい。

『金持ち父さん 貧乏父さん アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学』から順番で読めば投資のリスク(不確実性)をすんなりと理解できる。素人の甘い考えは呆気なく吹き飛ばされる。これがファイナンシャル・リテラシーの第一歩である。

 このように借金をして何かに投資することを、ファイナンス用語で「レバレッジをかける」といいます。(中略)

 所持金の何倍に値する株式を持っているかを、レバレッジ倍率といいます。
 3倍のレバレッジをかけていれば、持っていた株が30%上がると、3倍の90%もうかります。100万円の所持金で、レバレッジなしで株を100万円買っていたら30万円しかもうからなかったのが、3倍のレバレッジをかけていれば一気に90万円もうかるのです。
 逆に30%下がるとどうなるでしょうか? レバレッジなしだと30万円の損失です。しかし、3倍のレバレッジをかけると損も3倍になるので90万円の損失になります。(中略)

 さて、マイホームの話に戻りましょう。実は自分の全財産の何倍もの借金をして家を買うというのは、レバレッジをかけているのと同じことなのです。例えば、頭金1000万円で5000万の物件を買うというのは、レバレッジ5倍に相当しますし、頭金が500万円ならレバレッジ10倍になります。ファイナンスの常識から考えると、非常にハイリスクな投資といえます。
 マイホームを買うという行為は、投資という意味では、株を買うのとまったく同じです。損することもあれば、得することもあります。
 買った後に、土地の値段や家賃の相場が上がり不動産価格が上昇すれば、投資は成功したことになりますし、逆に下がれば、投資は失敗でお金を損したことになります。

「レバレッジ」とはレバー(梃子〈てこ〉)の作用を意味する。証拠金に対して現物(株式)の信用取引は3倍、外国為替証拠金取引(FX)は25倍、商品先物・指数先物は30倍前後となっている。リーマンショック以降法規制が進み、かつては100倍ほどだったレバレッジも25倍前後で落ち着いている。また多くの証券会社は有効比率が100%を割り込むとストップ(強制執行)するシステムを導入しており、昔のように投資で借金を背負い込むことはほぼない(※最近ではスイスフランショックという例外あり)。

 マイホームは借金が残っている間の所有者は銀行である(『金持ち父さん 貧乏父さん アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学』)。ここを錯覚させるところが貸し方のマジックである。20年、30年とローンを組んでいる間は借家と何ら変わりがない。

 尚、上記テキストの損得は注意が必要で、決済(マイホームを売る)しなければ損得は実現されない。手っ取り早く言ってしまえば買値よりも高く売れることが資産価値であり、これを投資と名づける。不動産は流動性リスク(=買い手が少ない)が高く、売りたい時に直ぐ売れるとは限らない。バブル景気以前の土地神話は復活するべくもなく、少子高齢化という現状を見れば不動産市場は長期的に低迷を避けるのが難しいだろう。

 先程ツイッターで以下の記事を知った。

株高の今「資産100万円」の人が株式投資で成功するための戦略とは?=鈴木傾城(すずき・けいせい)

 さすが世界の闇を見つめているだけのことはある。やはり投資で成功する人は目の付け所が違う。

 若い人に投資の優位性があるのはドルコスト平均法を長期展開できるからだ。株式であればインデックス(日経平均、ダウ平均など)に妙味がある。資本主義の未来を信じる人は株式に投資すればよい。ま、わたしゃ信じないけどね(笑)。米株もそろそろバブルだろう。何と言っても米ドルが信用ならない。東アジアの戦争→米ドル失墜→新通貨体制発足という青写真をアメリカが描いているような気がする。そもそもニクソンショックで紙幣という紙幣は裏づけを失い、ただの紙切れになったことを踏まえると実に危うい信用世界である。

 個人的にお勧めするのは金現物かビッドコインの積み立てである。紙(紙幣・株式・債権)の価値が下がれば商品(コモディティ)の価値が上がる。ただしゴールドは戦争となれば国家に押収される可能性が高まる。いずれにせよリスクを取らない者はリターンを得ることができない。

安くて軽いジェットヘルメット


 シールド&サングラス付き。XLとXXLサイズがあるのが嬉しい。カラーは9色。中国製で届いたダンボール箱は埃だらけであったが文句を言うつもりはない。3000円で送料別。この値段に安全性を求める人はちょっとどうかしていると思う。バイクのヘルメットは消耗品で数年もすると必ずヘタってくる。ミニバイクならこれで十分だ。

2017-11-19

人間の知覚はすべて錯覚/『しらずしらず あなたの9割を支配する「無意識」を科学する』レナード・ムロディナウ


『デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳』アントニオ・R・ダマシオ:田中三彦訳
『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
『意識は傍観者である 脳の知られざる営み』デイヴィッド・イーグルマン
『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー
『たまたま 日常に潜む「偶然」を科学する』レナード・ムロディナウ
『感性の限界 不合理性・不自由性・不条理性』高橋昌一郎

 ・人間の知覚はすべて錯覚

必読書リスト その五

 哲学者は何世紀ものあいだ、「現実」の正体について、および、わたしたちが経験している世界は現実なのか幻影なのかという問題について論じてきた。しかし現代の神経科学によれば、人間の知覚はある意味、すべて錯覚とみなすべきだという。わたしたちは、知覚による生データを処理して解釈することで、この世界を関節的にしか認識しない。その作業は無意識による処理がやってくれていて、それによってこの世界のモデルがつくられている。あるいはカントが言うように、「物自体」と、それとは別に「わたしたちが知る物」が存在するのだ。
 たとえば、周囲を見回せば、自分は三次元空間を見ているという感覚を抱く。しかし、その三つの次元を直接感じ取っているのではない。網膜から送られた平坦な二次元のデータ配列を脳が読み取って、三次元の感覚をつくりだすのだ。無意識の心は映像をとてもうまく処理してくれるため、目のなかに映る映像を上下反転させる眼鏡をかけても、しばらくすると再び上下正しく見えるようになる。眼鏡を外すと再び世界が上下逆さまに見えるが、それもしばらくのあいだでしかない。このような処理がおこなわれているため、「私は椅子を見ている」という言葉は、実際には、「脳が椅子のメンタルモデルをつくりだした」という意味にほかならない。
 無意識は、知覚データを単に解釈するだけでなく、それを増幅する。増幅する必要があるということだが、それは、知覚から送られるデータがかなり質が悪く、使えるものにするには手を加えなければならないからだ。

【『しらずしらず あなたの9割を支配する「無意識」を科学する』レナード・ムロディナウ:水谷淳〈みずたに・じゅん〉訳、茂木健一郎解説(ダイヤモンド社、2013年)】

 53歳から54歳になってわかったことだが中年期後半の疲労がジワジワとはっきりした形で生活に現れる。疲れは気力を奪う。そして激しい運動をすると体のあちこちに痛みが生じる。私の場合だとバドミントンで右ふくらはぎを立て続けに3回肉離れを起こし、よくなったと思ったら膝痛が抜けなくなった。もう4ヶ月ほど経つ。更に左手親指の付け根が内出血したまま痛みが引かない。こちらもひと月以上になる。

 というわけで今年は読書日記もままならず書評も思うように書けなかった。ついでと言っては何だが、2017年に読んだ本を振り返ってみよう。

 1位は文句なしで『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ。

 2位は『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ、『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』ケヴィン・ケリー、そして本書が拮抗している。

 続いて『世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史』スティーブン・ジョンソン、『人類を変えた素晴らしき10の材料 その内なる宇宙を探険する』マーク・ミーオドヴニク、あたりか。

 その次に、『春宵十話』岡潔、『群れは意識をもつ 個の自由と集団の秩序』郡司ぺギオ-幸夫、『日本教の社会学』小室直樹、山本七平、『シドモア日本紀行 明治の人力車ツアー』エリザ・R・シドモア。

 武田邦彦が以前こう語った。「工学の世界はある程度のレベルに達すると女性がついてこれなくなる。そして更に高いレベルになると韓国人や中国人の男性もついてこれなくなる。世界を見渡すと工学の世界で通用するのは自動車産業が強いアメリカ人、ドイツ人、日本人に絞られる」。もちろん一般論として語ったものであるが「言われてみればそうだな」と私は思った。後で知ったのだがイギリスは産業革命以降、木材の工作機械までは世界をリードしていたが、鉄鋼の工作機械においてアメリカに水を開けられた(『「ものづくり」の科学史 世界を変えた《標準革命》』橋本毅彦〈はしもと・たけひこ〉)。マザーマシンとしての工作機械(機械の部品を作る工作機械)の分野はドイツと日本が世界を席巻している。また3ヶ国は戦争に強い共通点も見逃せない。

 日本語については言語環境の優位性を挙げることができよう。日本語は特殊な言語であるが世界の知が翻訳されており、別段英語を学ぶ必要がないと言われるほどである。たぶん250年余りに渡る鎖国の反動が今尚続いているのだろう。

 だが、1位や2位に挙げた本を読んでいるうちに一つの疑問が湧いてきた。「果たして日本人にこれほどの内容を書ける者がいるだろうか?」と。そして「文字禍」中島敦の書評を書きながら、「日本人は俳句や短歌に代表される文学性で勝負するしかなさそうだ」と思うにまで至った。

 武田の言葉が正しいとすればそれは能力の問題ではない。きっと教育環境の劣悪さが彼我の差を生んでいるのだ。

 認知科学が面白いのは人の数だけ世界があることが示されているためだ。仏教用語の世間とは差別・区別の謂(いい)である。それをレナード・ムロディナウは「世界とは個々人の脳が五感情報をモデル化したもの」と表現する。つまり文字通り「あなたは世界」(クリシュナムルティ)なのだ。

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2017-11-12

400年周期で繰り返す日本の歴史/『日本文明の主張 『国民の歴史』の衝撃』西尾幹二、中西輝政


『国民の歴史』西尾幹二

 ・比類なき日本文明論
 ・400年周期で繰り返す日本の歴史

日本の近代史を学ぶ

《中西》もう一つ、こういう切り方もあると思います。国際関係や社会における戦争や暴力の頻度、人間の移動、社会的モビリティや文化の体質といった視点から見ていくと、400年ぐらいの周期を切り口として考えることもできるのではないでしょうか。(中略)
 戦国期は16世紀ですから、明治の近代化や日清・日露戦争までまさに400年になるわけです。
 そして、20世紀は前半が大概戦争の連続で、後半は高度成長です。いずれも、人間のエネルギーをほとばしらせ、また世の中がハイ・テンションに推移した世紀でした。こんな100年を、日本史はときどき経験するのです。戦国時代から400年遡ると12世紀で、これは古代社会の崩壊とか源平合戦の時代になります。さらに400年遡ると8世紀で、大宝律令をはじめ律令が取り入れられます。非常に論理的なかたちで社会の再構築が始まる時代です。さらに、その30年ほど前には、朝鮮半島から白村江の戦いで敗れた日本軍が引き揚げてきています。大陸から唐が攻めてくるかもしれないという危機感も高まります。戦乱の時代であり、古代の氏族社会が解体するという、内外ともに強い改革のインパクトが働いた時期というわけです。
 さらに400年遡ると、ちょうど弥生末期から古墳期へ移るころです。クニとクニとが争う「倭国大乱」の時代から、大和国家が確立してゆく時代であり、朝鮮半島に初めて出ていくのこのころです。3世紀末から5世紀にかけて応神朝、仁徳朝などがくり返し朝鮮へ進出してゆきます。
 このように日本の文明史的サイクルの一つとして、400年周期で歴史はくり返していると考えられるのではないか、というのが、私の「400年周期説」です。そして各400年の内訳を見ていくとおもしろいことがわかります。400年のうち、最初の約100年は先に見た戦国時代やこの20世紀のような「激動の世紀」になります。しかしその時代が終わると、次の100年は一気に「癒(いや)し」や「落ち着き」を求める働きが歴史をリードするようになる。

【『日本文明の主張 『国民の歴史』の衝撃』西尾幹二、中西輝政(PHP研究所、2000年)】

 ブログの「下書き」から引っ張り出した。半年以上前のもので何を書こうとしたのかすら覚えていない。たぶん巨視的な歴史スケールに感銘したのだろうが、今となっては印象もかなり変わって読める。

 歴史をマクロ視点で俯瞰する醍醐味は自分が極小化されるところにある。宇宙の場合はもっとスケールがでかいがそこを支配するのは物理現象であって人間はいない。

「歴史は繰り返す」(ローマの歴史家クルチュウス=ルーフス)――私もそう思う。でも本当は違うのだろう。我々の外部環境(地球の自転・公転、水の循環など)や体内メカニズム(心臓の鼓動や血液の循環、腸のぜん動など)に思考が引きずられて「サイクル」を見つけてしまうのだ。

 景気循環の波動も同様で我々の目にはそう「見える」だけの話だろう。

「歴史は繰り返すように見える」「歴史には相関性の強い動きがある」というあたりが真相ではないか。

 西尾著『国民の歴史』を読んで衝撃を受けた中西輝政から対談を申し出たという。古くから保守論客を代表する二人であるが実は初めての対談である。学生運動が鎮火した後も我が国では左翼が論壇を牛耳ってきた。1989年にベルリンの壁が、1991年にソ連が崩壊した。時節を符合するかのように日本ではバブル景気が崩壊した(1991年)。世界中で共産圏がドミノ倒しになる中で日本も価値観の転換を迫られた。そして「新しい歴史教科書をつくる会」が生まれた(1996年)。西尾幹二は設立者の一人である。実に敗戦から51年後のことであった。設立当初は「右翼かぶれのオッサンたちが妙なことを始めたぞ」と世間から思われていた。つくる会はその後迷走を続けるが、戦後の自虐史観を打ち破った功績は広く語り継がれることとなろう。

2017-11-10

文章に創意がない/『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』伊藤公一朗


 文章が冗長で鋭さを欠く。例えもことごとくよくない。相関関係と因果関係の違いを説明しておきながら擬似相関に触れていないのも片手落ちだ。そもそも「ビッグデータが存在するだけでは、『因果関係』の見極めはできない」のは当然で、ビッグデータに関して誤った思い込みがあるとしか思えない(『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ)。認知バイアスヒューリスティクスの説明もせずに手垢まみれの例を引っ張り出してもしようがないだろう。数ページで挫ける。

データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)
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光文社 (2017-04-18)
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2017-11-09

自分の手に病を取り戻す営み/『べてるの家の「当事者研究」』浦河べてるの家


『死と狂気 死者の発見』渡辺哲夫
『オープンダイアローグとは何か』斎藤環著、訳
『悩む力 べてるの家の人びと』斉藤道雄
『治りませんように べてるの家のいま』斉藤道雄
『ベリー オーディナリー ピープル とても普通の人たち 北海道 浦川べてるの家から』四宮鉄男

 ・自分の手に病を取り戻す営み

『石原吉郎詩文集』石原吉郎

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
必読書リスト その二

「当事者研究」とは何か

 浦河で「当事者研究」という活動がはじまったのは、2001年2月のことである。きっかけは、統合失調症を抱えながら、“爆発”を繰り返す河崎寛くんとの出会いだった。入院していながら親に寿司の差し入れや新しいゲームソフトの購入を要求し、断られたことへの腹いせで病院の公衆電話を壊して落ち込む彼に、「一緒に“河崎寛”とのつきあい方と“爆発”の研究をしないか」と持ちかけた。「やりたいです!」と言った彼の目の輝きが今も忘れられない。
「研究」という言葉の何が彼の絶望的な思いを奮い立たせ、今日までの一連の研究活動を成り立たせてきたのだろう。その問いを別のメンバーにすると、「自分を見つめるとか、反省するとか言うよりも、『研究』と言うとなにかワクワクする感じがする。冒険心がくすぐられる」と答えてくれた。
「研究」のためには、「実験」が欠かせない。そして、その成果を検証する機会と、それを実際の生活に応用する技術も必要になってくる。その意味で統合失調症などの症状を抱える当事者の日常とはじつに数多くの「問い」に満ちた実験場であり、当事者研究で大切なことは、この「問う」という営みを獲得することにある。(向谷地生良〈むかいやち・いくよし〉)

【『べてるの家の「当事者研究」』浦河べてるの家(医学書院、2005年)以下同】

「精神科や心療内科ほどデタラメな仕事はない」――精神疾患となった十数人を見てきてた私の結論である。とにかく医師に何の見識もなく、ただ症状に薬を当てはめるだけの作業だ。これほど気楽な稼業もない。患者が通院先を変更すると薬の種類がガラリと変わることも珍しくない。しかも病状によっては数十種類の薬が処方される。エリオット・S・ヴァレンスタイン著『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』を読んで私の所感は確信となった。

 ソーシャルワーカーの向谷地生良〈むかいやち・いくよし〉はべてるの家を設立した一人でそのユニークさが異彩を放つ。浦河べてるの家は労働・生活・ケアを共有する精神障碍者のコミュニティである。自治を病状の寛解に結びつけた稀有な試みで、「先進的な取り組みがなされており、世界中から毎年2500人以上の研究者・見学者が訪れる」(Wikipedia)。

“「問う」という営みを獲得すること”は自分の手に病を取り戻す営みである。被害者意識にとらわれた浅い疑問であれば病院や医師あるいは薬物に依存することを避けられない。深刻な悩みを抱えた者同士であれば現実的な対応が可能となる。当事者研究は精神疾患を抱える者が自らの足で立ち上がろうとする行為であり、病院の無力さを郵便に物語っている。では具体的にご覧いただこう。

 今回、べてるしあわせ研究所では、経験者10名(男性2名、女性8名)による「摂食障害研究班」を立ち上げ議論を重ねた。その結果浮かび上がってきたのが、「どうしたら摂食障害になれるか」という視点であった。
 いままで、「いかに治すか」に腐心しながらも結果として食べ吐きに走り、罪悪感に苛まれてきた経験者たちにとって、「どうしたらなれるか」という視点は大いに受け、議論も盛り上がった。

 べてるを特徴づけているのはこの「センス」である。ユーモアは現実を笑い飛ばす精神の力から生まれる。エリート官僚が発想の転換を苦手とするのは彼らの精神が貧しいからだ。

 浦河ではみんなが自己病名をつけているので、ぼくも自分の苦労に合わせて「統合“質”調症・難治性月末金欠型」と名づけた。
 この“質”というのは「質屋」の質からとった。ぼくが浦河に来ていちばん最初にデイケアの仲間に聞いたのが「浦河って質屋はあるんですか?」だったのが、すっかり有名になってしまった。

 いかなる名医であってもこれほど秀逸な病名は思い浮かばないだろう。いつも金欠病の彼は借金の仕方をレクチャーする。マイナスをプラスに捉え直すのがべてる流だ。幼い子をもつ親御さんに是非とも読んで欲しい所以である。

 幻聴さんにジャックされる人とされない人の違いについて、仲間同士の議論のなかから出た意見を★2にまとめてみた。
 幻聴ジャックに苦しむ人は、左欄のような状態に陥っている人たちであるというのが、わたしたちの経験から出た結論である。このような話し合いができるところに、幻聴さんレスキュー隊の存在意義がある。(※以下左欄のみ)

【ジャックされる人】
 自分に自信がない人
 つけこまれるスキがある人
 幻聴とのなれあい状態……依存
 自分に無関心
 いつも自分を責める
 理解者がいない
 人間関係が悪い
 自分を大事にできない
 淋しさや孤独感が強い
 対処方法を知らない
 自分が嫌い

 幻聴は統合失調症に顕著な症状であるが、他人の意見に左右されやすい人も参考になるのではないか。ま、私からすればテレビを見て泣いたり笑ったりしているような人々はテレビに心をジャックされたも同然で、知らぬ間に価値観までテレビに毒される。

 この項目の反対ならよいのかというと決してそうではあるまい。精神が統合された状態は中庸を目指す。

 べてるが精神疾患を笑いと研究にまで高めた功績は大きい。多数のイラストも実に素晴らしい。文章がこなれているのは編集をした医学書院の白石正明の功績だろう。

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「文字禍」/『中島敦』中島敦


『廃市・飛ぶ男』福永武彦
『物語の哲学』野家啓一

 ・「文字禍」

必読書 その一

 ナブ・アヘ・エリバは最後にこう書かねばならなかった。「文字ノ害タル、人間ノ頭脳ヲ犯シ、精神ヲ麻痺セシムルニ至ッテ、スナワチ極マル。」文字を覚える以前に比べて、職人は腕が鈍り、戦士は臆病になり、猟師は獅子を射損なうことが多くなった。(中略)ナブ・アヘ・エリバはこう考えた。埃及(※エジプト)人は、ある物の影を、その物の魂の一部と見做(みな)しているようだが、文字は、その影のようなものではないのか。(「文字禍」)

【『中島敦』中島敦(ちくま日本文学、2008年)以下同】

 新潮(218ページ)・角川(256ページ)・岩波(421ページ)からも文庫版が出ているが筑摩(480ページ)以外の選択肢はない。なぜなら「文字禍」が収められているからだ。

 中島は旧制一高(現在の東大)に入ってから小説を書き始めた。喘息の発作に苦しみながらもペンを執(と)った情熱を思わずにはいられない。その後高校の教員をしながら書き続けた。活字となったのは、『山月記』、『文字禍』、『光と風と夢』のわずか3作品で、亡くなる直前に2冊の本が刊行された。喘息のため33歳で逝去。名を遂げることはなかったが作品は今も尚生き続け、多くの人々が親しむ。本物の芸術家は時代に先駆けるゆえ正当な評価は遅れてやってくる。

「文字を覚える以前に比べて、職人は腕が鈍り、戦士は臆病になり、猟師は獅子を射損なうことが多くなった」――1942年(昭和17年)の『文學界』5月号に掲載されたということは多分31歳で書いた作品だと思われる。文明の発達と肉体の衰えを捉えて見事な一文である。漢籍の素養が日本語の抽象度を高め、矢の如く一直線に迫ってくる。しかもメタフィクション的な手法を使いながら、学者が文字を否定するというジレンマがユーモラスな興趣を添える。

 至為(しい)は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし(「名人伝」)

 こうなると老荘思想や仏教の空に近い。中島敦にとって小説とは書くことで完結した行為であったのだろう。名誉やカネ目当てでは戦争の真っ最中に小説を書くことなど出来ない。

 そんなある日、敦が珍しく台所にいる妻に創作の報告をした。「人間が虎になった小説を書いたよ」。何て恐ろしいことと感じたが、後にこの小説「山月記」を読む度に妻は夫を思った。「あの虎の叫びが主人の叫びに聞こえてなりません」

中島敦「何故こんな運命になったか……」/YOMIURI ONLINE 2016年08月08日

 しかし、なぜこんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きものの【さだめ】だ。(山月記)

 中島の中には虎が生きていたのだろう。抑え切れない猛々しさが彼を原稿に向かわせたのだ。ペンは剣(つるぎ)と化した。その自在な動きの痕跡を我々は読むことができるのだ。偉大な人物は偉大であるというだけで人々を幸福にする。



70年の時を経て、中島敦の遺稿を〝リマスタリング〟
人間の知覚はすべて錯覚/『しらずしらず あなたの9割を支配する「無意識」を科学する』レナード・ムロディナウ

2017-10-12

可用性バイアス/『たまたま 日常に潜む「偶然」を科学する』レナード・ムロディナウ


『デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳』アントニオ・R・ダマシオ:田中三彦訳
『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム
『意識は傍観者である 脳の知られざる営み』デイヴィッド・イーグルマン
『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー
『本当にあった嘘のような話 「偶然の一致」のミステリーを探る』マーティン・プリマー、ブライアン・キング

 ・可用性バイアス

『感性の限界 不合理性・不自由性・不条理性』高橋昌一郎
・『しらずしらず――あなたの9割を支配する「無意識」を科学する』レナード・ムロディナウ

 しかしたとえ、確率論者は一流数学者に値する、と信じるギリシア人がいたとしても、広範な記録がなされる以前の当時にあっては、なかなか一貫した理論をつくれないで困ったかもしれない。なぜなら話が過去の出来事の頻度の評価――それゆえ確率の評価――ということになると、人間の記憶力はあまりにもお粗末だからだ。
 5番目にnがくる6文字の英単語と、ingで終わる6文字の英単語では、どちらの数が多いだろうか。ほとんどの人間がingで終わる6文字の英単語を選ぶ。なぜだろうか。ingで終わる単語は、5番目にnがくる6文字の英単語より思いつきやすく、数が多いように思えるからだ。
 しかし、その推測が間違っていることを証明するのに『オックスフォード英語辞典』を調べる必要はないし、勘定の仕方を知る必要さえない。というのは、5番目にnがくる6文字の英単語のグループには、ingで終わる6文字の単語が含まれるからだ。心理学者はこの種の間違いを「可用性バイアス」と呼んでいる。われわれは過去を再構築する際、もっとも生き生きした記憶、それゆえもっとも回想しやすい記憶に、保証のない重要性を授けてしまうのだ。
 可用性バイアスの好ましくないところは、過去の出来事や周囲の状況に対するわれわれの認識をゆがめることで、いつのまにか世の中の見方をゆがめてしまうことだ。

【『たまたま 日常に潜む「偶然」を科学する』レナード・ムロディナウ:田中三彦訳(ダイヤモンド社、2009年)】

 ランダムネス(偶然性、雑然性、不作為性)を解き明かす好著。株価の値動きは予測不可能であるとするのがランダム・ウォーク理論だ。株価は酔っ払いの千鳥足の如く次の一歩を予測することができない。仮に予測できる人がいたとするならば、世界の富をあっという間に独り占めできる。予言者に対して「だったら株価を当ててみせろ」と反論するのは本質を衝いている。

 元々確率論の世界で注目されていたランダム性だが2001年前後から量子力学や情報理論のトピックとして大きく扱われるようになった。もちろん熱力学におけるエントロピー増大則も関連している。

 日本語だと偶然性が一番ピンとくるように感じるが、エントロピーを考えると雑然性の方が正確だし、運命や宿命に対しては不作為性がしっくり来る。というわけでランダムネスに巧く対応する日本語がないので「ランダム性」と表記するのがよかろう。接尾辞の「‐ness」は性質や状態を表す。

 ヒューリスティクスソマティック・マーカー仮説ジェームズ=ランゲ説などの知識があれば面白さが倍増する。

 ロボット工学でにわかにヒューリスティクス(直感的な意思決定)が注目された。当初、ロボットが目的に沿った行動をするためにはあまりにも多くの情報が必要とされた。ドアを開けて部屋に入るだけでも、「ドアを壊さない」ことをプログラミングしなければならない。こうして「学習するロボット」が誕生した。

 ところがどうだ。認知心理学はヒューリスティクスの誤りを暴いてしまった。身も蓋もないとはこのことだ(笑)。我々の先祖は直感に頼って逃げなければ猛獣に食べられてしまったことだろう。文明が未発達な時代において「考える人」は死ぬ。だが差し迫った生命の危険が日常から薄れた現代社会においては「考えない人」が貧乏くじを引くのだ。

 宗教が往々にして「生きる実感」を人々に与えるのは可用性バイアスを強化するためだ。功徳と罰、祝福と断罪(=「保証のない重要性」)といった幸不幸の線引を自覚することで生活体験に重みを与えているのだ。

 美しい思い出は風化しない。ハハハ、そんなこたあ嘘だよ(笑)。美しい思い出は脳内で更に美しく脚色され、再構成を施され、全く別の物語になってゆく。昨日の記憶でさえ感情によって歪められ、事実から懸け離れているのだ。

 バイアス(歪み)は英知の欠如から生じる。我々の人生が労働と消費についやされる間はバイアスを免れることはないだろう。

たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する
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偶然か、必然か/『“それ”は在る ある御方と探求者の対話』ヘルメス・J・シャンブ