2014-09-18

キリスト教と仏教の時間論/『死生観を問いなおす』広井良典


『完全教祖マニュアル』架神恭介、辰巳一世

 ・キリスト教と仏教の「永遠」は異なる
 ・時間の複層性
 ・人間とは「ケアする動物」である
 ・死生観の構築
 ・存在するとは知覚されること
 ・キリスト教と仏教の時間論

『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎

 キリスト教の場合には、「始めと終わり」のあるこの世の時間の先に、つまり終末の先に、この世とは異なる「永遠の時間」が存在する、と考える。さらに言えば、そこに至ることこそが救済への道なのである(死→復活→永遠という構図)。他方、仏教の場合には、先に車輪のたとえをしたけれども、回転する現象としての時間の中にとどまり続けること、つまり輪廻転生の中に投げ出されていることは「一切皆苦」であり、そこから抜け出して(車輪の中心部である)「永遠の時間」に至ることが、やはり救済となる(輪廻→解脱→永遠という構図)。
 念のために補足すると、ここでいう「永遠」とは、「時間がずっと続くこと」という意味というよりは、むしろ「時間を超えていること(超・時間性)、時間が存在しないこと(無・時間性)」といった意味である。(中略)こうした「永遠」というテーマは、そのまま「死」というものをどう理解するかということと直結する主題である。だからこそ、あらゆる宗教にとって、というよりも人間にとって、この「永遠」というものを自分のなかでどう位置づけ、理解するかが、死生観の根幹をなすと言ってもよいのである。

【『死生観を問いなおす』広井良典(ちくま新書、2001年)】

 死を、もっと具体的にいえば「死の向こう側」をどう設定するかで人の生き方は変わる。「今さえよければいい」という態度を刹那的(せつなてき)と切り捨てるのは、国家や社会が揺らぐのを防ぐためだ。「将来のために現在を犠牲にすることが正しい」との価値観を刷り込まれると、知らず知らずのうちに奴隷的な生き方を強いられる。

 宗教と科学を根本で支えているのは時間であり、時間論という軸で宗教と科学は完全に結びつく。時間こそがこの世を解き明かす一大テーマである。

 宗教は「あの世の論理」(苫米地英人)であり、科学は「この世の論理」である。今気づいたのだが日蓮が政治(この世の論理)にコミットしたのは、一世を風靡した浄土思想からこの世に引き戻す企てであったのかもしれない。アインシュタインが宗教を滅ぼしたと私は考える。観測者の運動状態によって時間の進み方が異なる(相対性理論)ことがわかった時点で、もろもろの宗教は単なる一観測者となったのだ。時間が絶対的なものではないという事実が宗教に鉄槌を加えた。ところがそれに気づいた宗教者はいない。

 時間という概念を有する我々は一生という限定された時間を超越することを望み、死後にまで延長しようと目論む。だが永遠って何だ? 永遠に続く映画を見たい人はいるのか? ドラマ『24 -TWENTY FOUR-』が『永遠 -FOEVER-』とタイトル変更をして120歳になっても戦うジャック・バウアーが想像できるか?

 永遠とは「終わりがない」ことを意味する。永遠のドラマが見たいならgif画像を見ればいい。その終わりがない、繰り返しの続く回し車を走るハムスターのような人生をブッダは六道輪廻と説いた。そう。六道回し車だ。

 永遠と無限は異なる。0と1の間に無限は確かに存在する。だが永遠は存在しない。なぜなら観測できる人がいないからだ。永遠の欺瞞を見抜け。特に「永遠の愛」。

2014-09-16

岩本沙弓、安冨歩


 2冊読了。

 62冊目『円高円安でわかる世界のお金の大原則』岩本沙弓〈いわもと・さゆみ〉(翔泳社、2009年)/迷うことなく必読書に指定。2冊買って1冊友人にプレゼントしたいくらいだ。これに優る為替入門書はない。ただし勘違いしないで欲しいのだが外国為替証拠金取引(FX)入門ではない。岩本は既に休筆宣言をしているが、英気を養って一日も早い執筆再開を願うものである。

 63冊目『生きる技法』安冨歩〈やすとみ・あゆむ〉(青灯社、2011年)/衝撃の一書だ。昨年は同い年ということで1位にした佐村河内守にまんまと騙されてしまったわけだが、何と安冨も同い年であった。そして本年の1位は本書となりそうだ。著者は東大教授という肩書をかなぐり捨てて、自分自身の魂の遍歴と精神の彷徨を綴る。『原発危機と「東大話法」』の柔らかな眼差しは自分自身と対峙することで手に入れたものだった。人生や生活で何らかの抑圧を感じている人は必ず読むこと。アダルトチルドレンやハラスメント被害者は本書を書写することで精神科の名医と同じ効果を得ることができるだろう。いかなる宗教者よりも安冨は真摯に自分と向かい合っている。その姿勢に頭を垂れる。なるべく早めに書評をアップする。

必読書リスト その一


     ・キリスト教を知るための書籍
     ・宗教とは何か?
     ・ブッダの教えを学ぶ
     ・悟りとは
     ・物語の本質
     ・権威を知るための書籍
     ・情報とアルゴリズム
     ・世界史の教科書
     ・日本の近代史を学ぶ
     ・虐待と精神障害&発達障害に関する書籍
     ・時間論
     ・身体革命
     ・ミステリ&SF
     ・クリシュナムルティ著作リスト
     ・必読書リスト その一
     ・必読書リスト その二
     ・必読書リスト その三
     ・必読書リスト その四
     ・必読書リスト その五

『私の身に起きたこと とあるウイグル人女性の証言』清水ともみ
『命がけの証言』清水ともみ
『書斎の鍵  父が遺した「人生の奇跡」』喜多川泰
『あなたを天才にするスマートノート』岡田斗司夫
『たった1分で人生が変わる片づけの習慣』小松易
『メッセージ 告白的青春論』丸山健二
『父、坂井三郎 「大空のサムライ」が娘に遺した生き方』坂井スマート道子
『新・人は皆「自分だけは死なない」と思っている』山村武彦
『人が死なない防災』片田敏孝
『あの時、バスは止まっていた 高知「白バイ衝突死」の闇』山下洋平
『「疑惑」は晴れようとも 松本サリン事件の犯人とされた私』河野義行
『彩花へ 「生きる力」をありがとう』山下京子
『彩花へ、ふたたび あなたがいてくれるから』山下京子
『証拠調査士は見た! すぐ隣にいる悪辣非道な面々』平塚俊樹
『臓器の急所 生活習慣と戦う60の健康法則』吉田たかよし
『医学常識はウソだらけ 分子生物学が明かす「生命の法則」』三石巌
『シリコンバレー式自分を変える最強の食事』デイヴ・アスプリー
『医者が教える食事術 最強の教科書 20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方68』牧田善二
『医者が教える食事術2 実践バイブル 20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方70』牧田善二
『免疫力が10割 腸内環境と自律神経を整えれば病気知らず』小林弘幸、玉谷卓也監修
『調子いい!がずっとつづく カラダの使い方』仲野孝明
『裸でも生きる 25歳女性起業家の号泣戦記』山口絵理子
『将棋の子』大崎善生
『地下足袋の詩(うた) 歩く生活相談室18年』入佐明美
『通りすぎた奴』眉村卓
『13階段』高野和明
『隠蔽捜査』今野敏
『果断 隠蔽捜査2』今野敏
『ボーン・コレクター』ジェフリー・ディーヴァー
『レイチェル・ウォレスを捜せ』ロバート・B・パーカー
『鷲は舞い降りた』ジャック・ヒギンズ
『女王陛下のユリシーズ号』アリステア・マクリーン
『狂気のモザイク』ロバート・ラドラム
『生か、死か』マイケル・ロボサム
『ぼくと1ルピーの神様』ヴィカス・スワラップ
『ユゴーの不思議な発明』ブライアン・セルズニック
『日日平安』山本周五郎
『ビルマの竪琴』竹山道雄
『運転者 未来を変える過去からの使者』喜多川泰
『鳥 デュ・モーリア傑作集』ダフネ・デュ・モーリア
『廃市・飛ぶ男』福永武彦
『中島敦 ちくま日本文学12』中島敦
『雷電本紀』飯嶋和一
『孟嘗君』宮城谷昌光
『楽毅』宮城谷昌光
『千日の瑠璃』丸山健二
『人生論ノート』三木清
『ナポレオン言行録』オクターブ・オブリ編
『読書について』ショウペンハウエル:斎藤忍随訳
『魂の錬金術 エリック・ホッファー全アフォリズム集』エリック・ホッファー
『13日間で「名文」を書けるようになる方法』高橋源一郎
『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯』中丸美繪
『アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール
『たった一人の30年戦争』小野田寛郎
『台湾を愛した日本人 土木技師 八田與一の生涯』古川勝三
『知的好奇心』波多野誼余夫、稲垣佳世子
『自動車の社会的費用』宇沢弘文
『山びこ学校』無着成恭編

斉藤道雄、山田昭男、白川静、梅原猛、田沼武能、他


 2冊挫折、11冊読了。

渡邉哲也のポジショントーク未来予測法 「経済の先行き」「世の中の動向」がなぜこれほど明確にわかるのか』渡邉哲也(ヒカルランド、2013年)/今まで読んできた中では一番つまらなかった。多作が祟って自分に酔っているところが見受けられる。著者名をタイトルに付けるセンスを疑う。

これからすごいことになる日本経済』渡邉哲也(徳間書店、2013年)/これもダメだった。100ページくらいで挫ける。

 51冊目『儲(もうけ) 国益にかなえば経済はもっとすごくなる!』渡邉哲也(ビジネス社、2013年)/安倍晋三応援団と化しつつある渡邉だが本書では数々の政策提言が行われていて侮れない。

 52冊目『「瑞穂の国」の資本主義』渡邉哲也(PHP研究所、2014年)/世界経済の最新動向を鋭く読み解いている。丸紅が穀物メジャーの一角に食い込んだ事実を私は知らなかった。新自由主義は既に崩壊した。

 53冊目『戦後の子供たち 田沼武能写真集』田沼武能〈たぬま・たけよし〉(新潮社、1995年)/昭和30年(1955年)頃の子供たちの姿が生き生きと躍動している。田沼の写真が時に中途半端に見えるのはシャッターチャンスを待つことなく瞬間的に被写体を捉えているためだろう。飾ることのない生々しさが伝わってくる。決して明るいだけの写真集ではない。貧富の差をもありのままに浮かび上がってくる。

 54、55、56冊目『日本一社員がしあわせな会社のヘンな“きまり”』(ぱる出版、2011年)、『日本一社員がしあわせな会社のヘンな“きまり"2』(ぱる出版、2013年)、『日本でいちばん社員のやる気がある会社』(中経の文庫、2010年/中経出版、2004年『楽して、儲ける!』改題)山田昭男/山田昭男の訃報(7月30日)に接し取り寄せた。山田こそは真の実業家である。ブラック企業と正反対の王道を歩む経営者がいた事実が胸を打つ。文章が易しいため見落としがちだが至るところにビジネスのアイディアがある。ホウレンソウ(報告・連絡・相談)禁止、携帯電話禁止、営業ノルマ禁止、残業禁止(定時は16:45)。年刊休日は140、年末年始は20連休。全員が正社員でアルバイトは一人もいない。採用は面接順。未来工業は名証2部に上場しており、従業員1000人超、年商200億円規模。徹底して社員に考えさせる姿勢がまた凄い。山田は社員から知恵を引き出すことに成功したのだろう。

 57冊目『治りませんように べてるの家のいま』斉藤道雄(みすず書房、2010年)/必読書。浦河の赤十字病院で殺人事件が起こる。殺されたのはべてるの家のメンバーだった。そして殺した人物もまた統合失調症であった。斉藤の文章にはどこかキリスト教的な臭みを感じるが、それでも心の柔らかい部分を見事に描ききっている。どんな宗教よりも彼らは生と死を直視しているし、コミュニケーションを通してありのままに病気を受け入れいている。

 58冊目『呪の思想』白川静、梅原猛(平凡社、2002年/平凡社ライブラリー、2011年)/ハードカバーには「神と人との間」と付く。途中でやめようと思ったのだが読み終えてしまった。梅原が「先生」と呼ぶのだからやはり白川は凄い人物だ。白川の手書きによる甲骨文字も多数掲載されている。対談集だがこの二人から講義を受けていると思えば安いものだ。

 59、60、61冊目『創価学会と「水滸会記録」 池田大作の権力奪取構想』(第三書館、2004年)、『「月刊ペン」事件 埋もれていた真実』(第三書館、2001年)、『法廷に立った池田大作 続「月刊ペン事件」』(第三書館、2001年)山崎正友/資料として読んだのだが、読み物の出来としてはかなり悪い。明らかな悪意が窺え、事実と風聞が入り乱れている。そもそも著者自身の葛藤が描かれていない。

2014-09-15

宗教の硬直化/『完全教祖マニュアル』架神恭介、辰巳一世


『カミとヒトの解剖学』養老孟司

 ・目指せ“明るい教祖ライフ”!
 ・宗教の硬直化

『死生観を問いなおす』広井良典

 宗教は軌道に乗ると硬直化します。そして、硬直化すると「基本に返ろうぜ!」という人が現れ、別の一派を作ります。しかし、それもそのうち硬直化します。この繰り返しは様々な伝統宗教で見られてきたことです。
 なぜ、宗教は硬直化するのでしょうか? それは宗教が組織化するからです。元々、宗教というのは個人の霊的体験がベースになっています。霊的な体験をした一人一人がまず先にあり、それが集まったのが教団だったわけです。しかし、教団が軌道に乗って大きくなってくると、今度は逆に個人の霊的体験を危険視し始めるようになります。指導者の言うことを聞かなくなったりしますからね。
 つまり、教団というのは本来、「個人の霊的体験」という本質を包む外殻だったのですが、この外殻が、本質である「個人の霊的体験」を押し出そうとし始めるわけです。すると、教団にがんじがらめにされて、「個人の霊的体験」が失われていきます。宗教活動が儀式化すると言い換えても良いでしょう。

【『完全教祖マニュアル』架神恭介〈かがみ・きょうすけ〉、辰巳一世〈たつみ・いっせい〉(ちくま新書、2009年)】

 くだけた調子でありながらも洗練された説明となっている。キリスト教ではカトリックが制度宗教として極まった時、プロテスタントが産声をあげた。なぜ教団は組織化するのか? もちろん布教のためだ。布教とは上から目線で下々の連中を救うプロパガンダである。キリスト教の宣教師を見れば一目瞭然だろう。その本質は精神の征服にある。

 悟りから遠ざかる位置で組織化が始まる。悟っていない者が悟っていな者を支配する構図だ。そして教義こそは組織化の道具である。悟っていない連中は言葉にしがみつく。理屈で信者を縛りつけて自分たちの言いなりにする。

 組織的に行われるのは運動であって宗教行為ではない。教団内部の力学はビジネスと同じ様相を呈し、営業成績のよい者には心理的報酬を与える。硬直化した宗教は信者からカネと時間を巻き上げる。

「宗教は組織化された信念ではありません」(『クリシュナムルティの教育・人生論 心理的アウトサイダーとしての新しい人間の可能性』大野純一著編訳)。この一言が理解できれば呪縛は解ける。

 これは宗教に限ったことではない。仕事やサークル活動であっても「自分が利用されている」と少しでも感じたならば、そこから去る勇気をもつことだ。最悪の場合は家族の中でも起こり得ることだ。心や情の通わない世界にいると必ず部分的に殺されてゆく。

2014-09-13

脳化社会/『カミとヒトの解剖学』養老孟司


『唯脳論』養老孟司

 ・アナロジーは死の象徴化から始まった
 ・霊界は「もちろんある」
 ・夢は脳による創作
 ・自我と反応に関する覚え書き
 ・脳化社会

『完全教祖マニュアル』架神恭介、辰巳一世

 現代人はじつは脳の中に住んでいる。それは東京を歩いてみればすぐわかる。目に入るものといえば、人工物ばかりだ。人工物とはつまり脳の産物である。脳がさまざまなものを作りだし、人間はその中に住む。そこには脳以上のものはないし、脳以下のものもない。これを私は「脳化社会」と呼ぶ。大霊界がはやる根本の理由はそれであろう。大霊界もまた、脳の中にのみ存在するからである。われわれの社会では脳の産物は存在を許される。それを信仰の自由、表現の自由、教育の自由、言論の自由などと呼ぶ。他方、身体は徹底的に統制される。だから、排泄の自由、暴力の自由、性の自由、そういうものはない。許される場合は、仕方がないから許されているだけである。なぜか。脳は統御の器官だからである。脳は身体をその統御下に置く。さらに環境を統御下に置く。そうしてすべてを統御下に置こうとするのである。

【『カミとヒトの解剖学』養老孟司〈ようろう・たけし〉(法蔵館、1992年/ちくま学芸文庫、2002年)】

 つまり脳が社会に溢れだしているわけだ。身近な例で考えるとわかりやすい。私の部屋もパソコン内も脳の産物に他ならない。本棚はその筆頭に位置する。

 反対に東京という都市から日本人の脳を探ることは可能だろうか? 迷路のような首都高速道路、人を人とも思わぬ高層ビル、ひしめき合う住宅、広い道路は渋滞し、狭い道路は見通しが悪く危険極まりない。公害こそ少なくなったものの絶えることのない騒音。そして山がない(多摩方面を除く)。

 英雄や大物が出るような脳でないことは確かだろう。落語を聴いてもわかるが、とにかく東京人はせわしない。落語に登場するのも粗忽者(そこつもの)が多い。

 結局、何でも揃っているが歴史を変えるような新しい何かが生まれる場所ではないように思う。敗戦から高度成長にかけて必死で働いてきたわけだが、整然とした住みやすい街並みができることはなかった。

 雑然とした街と脳をすっきりさせるためにも、まず狭い道路をすべて一方通行にすることを提案したい。

カミとヒトの解剖学 (ちくま学芸文庫)
養老 孟司
筑摩書房
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存在と時間




川はどこにあるのか?