・自由の問題 1
・自由の問題 2
・自由の問題 3
・欲望が悲哀・不安・恐怖を生む
・教育の機能 1
・教育の機能 2
・教育の機能 3
・教育の機能 4
・縁起と人間関係についての考察
・宗教とは何か?
・無垢の自信
・真の学びとは
・「私たちはなぜ友人をほしがるのでしょうか?」
・時のない状態
・生とは
・習慣のわだち
・生の不思議
・クリシュナムルティ著作リスト
・必読書リスト その五
白川静によれば「教」の字は、左上が建物の千木(ちぎ)を象(かたど)り、その下に子、右側は鞭を振り上げる教師を表すとのこと。
・週刊鉄学「絵で読む漢字のなりたち」
当時の鞭にどのような意味があったのか私は知らない。文字から浮かび上がってくる印象は「叩き込む」ことであり、武道のような趣があったのかもしれぬ。
知っている者が知らない者に何かをマスターさせるという意味では現在の教育も変わらない。児童らは「無知なる者」として扱われ、社会の規格にあった人間として成型される。教育とは国家の定めた鋳型(いがた)に精神をはめ込む作業である。
本書の大部分はクリシュナムルティ・スクールに通う生徒への講話と質疑応答である。当時はインド、イギリス、アメリカの3ヶ国にあったと記憶している。細かいことはわからぬが、全寮制で小学校高学年から高校生までの生徒を擁する学校だ。
本書は「教育の機能」と題する講話から始まる。
君たちは教育とは何だろう、と自分自身に問うたことがあるのでしょうか。私たちはなぜ学校に行き、なぜさまざまな教科を学び、なぜ試験に受かり、より良い成績のために互いに競争し合うのでしょう。このいわゆる教育とはどういうことで、どのようなものであるのでしょう。これは生徒だけではなく、親や教師やこの地球を愛するすべての人にとって、本当にとても重要な問題です。なぜ苦労して教育を受けるのでしょう。それはただ試験に受かり、仕事を得るためなのでしょうか。それとも若いうちに、生の過程全体を理解できるように準備することが教育の機能でしょうか。仕事を持ち、生計を立てることは必要ですが、それですべてでしょうか。それだけのために教育を受けているのでしょうか。確かに生とは単なる仕事や職業だけではありません。生はとてつもなく広くて深いものなのです。それは大いなる神秘、広大な王国であり、私たちはその中で人間として機能します。もし単に生計を立てる準備をするだけなら、生の意味はすべて逃してしまうでしょう。それで、生を理解することは、単に試験に備えて、数学や物理や何であろうと大いに上達することよりもはるかに重要です。
【『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ:藤仲孝司〈ふじなか・たかし〉訳(平河出版社、1992年)】
私は雷に打たれたような衝撃を覚えた。英知の光を放つ言葉から慈愛が滴(したた)り落ちてくる。胸の奥深くで低く脈打っていた人間の鼓動を高鳴らせる響きがある。
政治の支配下に置かれた学校は社会人養成所にすぎない。社会のルールを叩き込む以上、学校は社会の縮図と化す。ヒエラルキーと役割分担、協同と自治を旨(むね)とする。
クリシュナムルティはこれを完膚なきまでに否定し破壊することで自由へといざなう。「君たちよ、断じて奴隷であってはならない!」との烈々たる雄叫(おたけ)びが行間からほとばしる。
現代の教育現場には様々な形をした鞭が振るわれる。なぜなら集団におけるルールとは罰則規定を意味するからだ。昔と比べると体罰は影をひそめたが、目に見えない柔らかなファシズムが横行している。線から少しでも足をはみ出せば直ちにホイッスルが吹かれ、冷たい視線にさらされる。
クリシュナムルティは晩年に至るまで子供たちとの対話を続けた。形だけの演説ではない。本当に平等な立場で自由に何でも話し合ったのだ。その慈愛に私はただ圧倒される。そして、もう一歩人間を信頼していこうという気持ちが湧き上がってくる。(続く)
・■(サイ)の発見/『白川静の世界 漢字のものがたり』別冊太陽
・血で綴られた一書/『生きる技法』安冨歩
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