2021-12-14

民主政の欺瞞/『自由と民主主義をもうやめる』佐伯啓思


『国家の品格』藤原正彦
『日本人の誇り』藤原正彦
『日本の敵 グローバリズムの正体』渡部昇一、馬渕睦夫

 ・左翼と保守の顛倒
 ・米ソ冷戦後、左右の構図が変わった
 ・民主政の欺瞞

・『反・幸福論』佐伯啓思 2012年
・『さらば、資本主義』佐伯啓思 2015年
・『さらば、民主主義 憲法と日本社会を問いなおす』佐伯啓思 2017年
・『「脱」戦後のすすめ』佐伯啓思 2017年
・『「保守」のゆくえ』佐伯啓思 2018年
・『死と生』佐伯啓思 2018年
・『死にかた論』佐伯啓思 2021年

日本の近代史を学ぶ

 結局、民主主義的な討論の場では、ひとたびある方向に流れができると、誰もなかなか反対できない、いかにももっともらしい言葉だけが通用し、流通することになります。たいていの場合、表層的に立派なことや、情緒的なことが、まかり通っていきます。一見反対しづらい形だけの正論がまかり通る、あるいは、声の大きいものの意見が通っていきます。
 これが、私が民主主義を信頼できない大きな理由です。その意味で私は、民主的な政治の「公的」な場面で発せられる言辞よりも、「私」の微妙な感情や事情のほうが気になるのです。

【『自由と民主主義をもうやめる』佐伯啓思〈さえき・けいし〉(幻冬舎新書、2008年)以下同】

 何度も書いてきたが「民主主義」という誤訳がまずい。デモクラシーに「イズム」は付いていない。民主政あるいは民主制とするのが当然だ(『民主主義という錯覚 日本人の誤解を正そう』薬師院仁志)。佐伯は具体例として政治とカネや談合を挙げている。言いたいことはわかるが、まずは政策本位で投票するエートスを涵養するのが先だ。選挙が政策競争となっていないところに最大の問題がある。地盤・看板・カバンを投票する側が無視しないことには始まらない。

 世の中には「非合理的なものの効用」ということがあります。「あいまいなものの効用」もあるのです。大声では言えないが、大事だと思うことがある。私には、非合理的なものを改めれば世の中が豊かになるという、近代主義的・進歩主義的な考え方ですべてがうまくいくとは、とても思えませんでした。

 規制緩和をした後に言うべきことだ。自由競争を阻む規制を一掃し、既得権益を全部潰してからの話である。

 イギリスに入ってすぐ感じるのは、イギリスが、いかに近代なるものを警戒しているかということです。「近代」や「進歩」なるものを、無視こそしないものの、軽信する姿勢を、可能なかぎり避けようとする。逆に、古いものや伝統的なものをいかに守るか、それぞれの時代に合わせてどううまく活かすか、そのことに非常に腐心している。

 イギリスには古いものを尊(たっと)ぶ伝統がある。ご存じのようにイギリス車はモデルチェンジすることも少ない。よい物を長く使う文化がある。一方同じ島国でありながら日本の場合はどうか? 温故知新という言葉はあるが生活空間に占める物は新しいものばかりだろう。新奇なもの(特に舶来品など)を好む性質もあるが、雨の多さと湿度の高さが影響しているように思う。建物もそうだが100年単位で保つことは難しい。カビや腐敗には逆らえない。

 価値観が多様化すると「非合理さ」や「曖昧さ」はコミュニケーションの妨げとなる。「察する」ことも大切だが、「はっきり言いたいことを述べる」技術も必要だろう。

 民主政の欺瞞は左翼政党の政策に現れる。平和を説きながら他国を利し、人権を主張しながら外国人に行政サービスを受けさせようとする。彼らが「日本を破壊したい」「天皇制を妥当したい」と率直に語ることはない。

米ソ冷戦後、左右の構図が変わった/『自由と民主主義をもうやめる』佐伯啓思


『国家の品格』藤原正彦
『日本人の誇り』藤原正彦
『日本の敵 グローバリズムの正体』渡部昇一、馬渕睦夫

 ・左翼と保守の顛倒
 ・米ソ冷戦後、左右の構図が変わった
 ・民主政の欺瞞

・『反・幸福論』佐伯啓思 2012年
・『さらば、資本主義』佐伯啓思 2015年
・『さらば、民主主義 憲法と日本社会を問いなおす』佐伯啓思 2017年
・『「脱」戦後のすすめ』佐伯啓思 2017年
・『「保守」のゆくえ』佐伯啓思 2018年
・『死と生』佐伯啓思 2018年
・『死にかた論』佐伯啓思 2021年

日本の近代史を学ぶ

 この図式が意味することは何なのでしょうか。
 憲法にせよ、教育基本法や戦後教育システムによせ、戦後日本の体制の基軸です。戦後日本の国の柱は、公式的に言えば、国民主権、基本的人権、平和主義を三本柱とする憲法、そして、自由と平等、個性尊重を掲げる戦後教育です。
「左翼」は、この戦後体制を守ろう、もしくは、その理念をもっと実現しようと言っている。戦後の認識について言えば、左翼は徹底して「体制派」です。いわば「戦後体制」の優等生が「左翼」ということになります。
 これに対して、むしろ、「保守」のほうが「反体制的」と言えます。少なくとも心情的には、戦後社会に強い違和感を持ち、憲法や戦後教育に対して批判的です。
 左翼=反体制派、保守=体制べったり、と多くの人が思っています。だが、これはかつての話、冷戦体制時代のことです。冷戦体制のもとでは、確かに、左翼は、あわよくば革命でも起こして社会主義を実現したい、と考えていた。これは確かに反体制的でしょう。これに対して、保守のほうは、自由主義的な資本主義陣営を守りたい、と考えている。その意味では、体制派でした。
 しかし、冷戦は終わりました。すなわち、もうこのような図式は成り立たない、ということです。実際、「左翼」が「サヨク」に変わったとき、進歩主義運動は、もはや、体制を変革して、社会主義のような新たな社会をつくり出すのではなく、自由や民主主義、人権、平和主義などを謳(うた)った戦後日本を全面的に肯定し、ともかくも、戦後日本というその枠組みを守っていくという体制的なものへと変わってしまったのです。
 それに比べ、冷戦以降、いわゆる「保守」の側からこそ、戦後日本を変えていこうという様々な問題が提示されてきました。近年、もっとも真正面から「保守」と唱えた安倍元首相の掲げたテーマからして、「戦後レジームからの脱却」だったのです。
 これは、「戦後体制」の根本的変革、ということです。これほどまでに正面から、「現体制」の変革を唱えた政治家はいません。しかも政権政党の党首で、一国の首相が、「現体制」の変革を訴えるという、驚くべき提案です。
 しかし、「左翼」はこれに反対した。ある左翼のコメンテーターが、テレビで「いったい、体制を変える、などということをしてもいいのでしょうか」などというコメントをしていました。左翼と言えば「反体制」の代名詞だった時代を思うと、冗談のような話です。

【『自由と民主主義をもうやめる』佐伯啓思〈さえき・けいし〉(幻冬舎新書、2008年)】

 テキストは前回の続き。戦後教育は「日本を嫌いにするための教育」だった。特に愛国心はタブーであった。愛国は右翼の看板だった。で、右翼とは街宣右翼を意味した。民族派の台頭も功を奏したとは言い難い。

 GHQによる占領期間が日本史の空白期間であったとしても、それだけで戦後の動きを全部GHQにするのはお門違いだ。戦前に大いなる嘘があったのだろう。そう考えなければ平仄(ひょうそく)が合わない。「戦後体制」を敷いたのはGHQだが、それをよしとしたのは戦後の日本人である。

 政府与党は、日教組や日弁連、あるいは新聞社やテレビ局を長らく放置してきた。竹島も放置し、尖閣諸島も放置しつつある。極めつけは拉致被害者の放置だ。そして今、虐殺され、生きながら臓器を抜かれるウイグル人をも放置しようとしている。

左翼と保守の顛倒/『自由と民主主義をもうやめる』佐伯啓思


『国家の品格』藤原正彦
『日本人の誇り』藤原正彦
『日本の敵 グローバリズムの正体』渡部昇一、馬渕睦夫

 ・左翼と保守の顛倒
 ・米ソ冷戦後、左右の構図が変わった
 ・民主政の欺瞞

・『反・幸福論』佐伯啓思 2012年
・『さらば、資本主義』佐伯啓思 2015年
・『さらば、民主主義 憲法と日本社会を問いなおす』佐伯啓思 2017年
・『「脱」戦後のすすめ』佐伯啓思 2017年
・『「保守」のゆくえ』佐伯啓思 2018年
・『死と生』佐伯啓思 2018年
・『死にかた論』佐伯啓思 2021年

日本の近代史を学ぶ

 今日の両者(※左翼と保守)の争点は、しいて言えば、憲法問題、あるいはナショナリズムや歴史問題と言ってよいでしょう。ある意味、奇妙なことなのですが、冷戦後、90年代のグローバリズムの時代になって、ナショナリズムや歴史認識が人々の大きな関心事になってきたのです。
 憲法改正を含めて、日本の国の防衛問題をどうするのか。国際社会で日本がバカにされずに責任を果たすにはどうすればよいのか。90年代の後半あたりから、こうしたテーマが浮上します。
 また、中国、韓国の動きとも連動した形で、あらためて、「あの戦争」についての解釈問題が出てきます。アジアへの謝罪をどうするか、という問題が提示され、それとともに、「あの戦争」についての歴史観論争、さらには、歴史教育の問題、と続いていきます。
 むろん、「左翼」は憲法改正に反対、歴史教科書の見直しにも反対です。これに対して、「保守」は、憲法を改正して集団的自衛権を認めよ、と言う。歴史認識の見直しを要求して、「新しい歴史教科書」を作ったりします。
 なんとも、妙な構図ができてしまったものです。もともとは「革新」や「進歩」を唱えていた「左翼」が、徹底して新しい動きに抵抗し、憲法にせよ、教育によせ、基本的に現状維持を訴える。むしろ、「保守」の側が変革を唱える、というねじれた図式です。

【『自由と民主主義をもうやめる』佐伯啓思〈さえき・けいし〉(幻冬舎新書、2008年)】

 わかりやすい文章で丁寧に説くのが佐伯流である。保守にありがちな威勢のよさは全く見受けられない。真のリベラルは静かだ。竹山道雄中西輝政の間に位置する印象を受けた。

 1990年代の時代の動きを簡潔に素描(そびょう)している。無論、これは2000年代から振り返って初めて見える風景である。私が気づいたのは2010年代のこと。90年代はまだまだ左翼が優勢であった。新しい歴史教科書をつくる会は右翼扱いされていたし、私なんぞは友人と「谷沢永一も変わり果ててしまったな」と嘆いたものだ。保守反動という感覚はそれほど根強かったのだ。90年代のテレビ番組の動画を見れば一目瞭然である。筑紫哲也〈ちくし・てつや〉や本多勝一、加藤周一が、まだもてはやされていた。『週刊金曜日』の創刊が1993年である。94年には村山富市が首相となり、村山内閣総辞職に伴い社会党は社民党に名前を変える。1989年参院選(土井ブーム)と1990年衆院選あたりを絶頂期と見ていい。

 当時、私は6人の後輩を喪ったこともあり、世情のことはよく覚えていない。テレビを持っていなかったし、寝しなのアルコールが記憶を洗い流した感がある。きっと多忙すぎたのだろう。

 ネトウヨ(ネット右翼)という言葉を目にするようになったのは2000年代に入ってからのことである。多分、新しい歴史教科書をつくる会の動きを理解する人々が増え初めた頃だろう。ほぼ同時に自虐史観というキーワードが散見されるようになったと記憶している。第一次安倍政権の「戦後レジームからの脱却」というメッセージも大きな影響を及ぼした。

 その後、2005年の中国における反日活動が報じられると、日本人の反中国感情が一気に高まった。嫌韓本が次々と発行されたのもこの頃からだ。中韓の反日行動が、日本人を覚醒させ近代史に目を向けたさせたのだ。

 2000年代になり左翼はサヨクと変質しリベラルを名乗り始める。90年代の混乱は米ソ冷戦構造の終焉(91年、ソ連崩壊)がもたらした結果であった。それから10年を経て、左翼は環境・人権・フェミニズムに舵を切る。その有り様は「言論のゲバ棒化」といってよい。理論武装というヘルメットを着用しながら。左翼弁護士や活動家は国連や中国・韓国を焚き付け、日本の戦争責任を追求させる。そうした反日行動を全面的にバックアップしてきたのが朝日新聞であり岩波書店であった。

2021-12-13

ナポレオン率いるフランスは人口で勝った/『世界史で読み解く「天皇ブランド」』宇山卓栄


『三島由紀夫と「天皇」』小室直樹
『ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論』小林よしのり
『愛国左派宣言』森口朗
茂木誠:皇統の危機を打開する方法

 ・ナポレオン率いるフランスは人口で勝った

『〔復刻版〕初等科國史』文部省

世界史の教科書
必読書リスト その四

 一方、フランスでは、上流階級とブルジョワの妥協が成立しませんでした。ブルジョワは上流階級よりも、下層階級と協調する道を選んだのです。フランス王室が残らなかった最大の理由がここにあります。
 フランスでは、イギリスと異なり、下層階級の勢力が革命後も大きな役割を果たしました。フランス革命でルイ16世が処刑されると、周辺の王国は、革命が自国に波及することを恐れて、フランスに軍事介入しようとします。イギリスのような島国には、革命後、他国の介入がありませんでしたあ、大陸国のフランスは違います。
 フランスは、自国に介入しようとするプロイセン王やオーストリア帝国の軍を排斥するために強力な陸軍を必要としました。この陸軍兵士を構成していたのが下層階級の民衆でした。戦場で命を懸けて戦う彼らは強い政治的発言を持ち、誰も彼らを軽視できませんでした。クロムウェルは革命後、容赦なく、下層階級を弾圧しましたが、こんなことはフランスでは、絶対にできないことでした。
 他国の侵攻という危機に晒されていたフランスでは、下層階級の兵士たちこそが革命国家の第一の守護者であり、その権利や主張は絶対的なものでした。こうした兵士たちに担ぎ出され、のし上がったのが軍人のナポレオンなのです。ナポレオンは下層階級の代表者です。
 ブルジョワ勢力もナポレオンら下層階級の勢力を支援しました。フランスのブルジョワにとって、下層階級と手を組むことは必然であり、その意味において、王制が存続できる余地はありませんでした。
 ナポレオン時代の19世紀初頭において、陸軍の兵士の数が戦争の勝ち負けを左右しました。19世紀後半からは兵士の数よりも、装備や兵器の質が勝ち負けの主な要因になります。ナポレオンの強さの源泉は、ヨーロッパ随一を誇るフランスの人口でした。徴兵できる兵力数が他国を圧倒していたのです。そして、フランスの強大な軍事力を支えたのが下層階級の民衆だったのです。

【『世界史で読み解く「天皇ブランド」』宇山卓栄〈うやま・たくえい〉(悟空出版、2019年)】

 日本が今後、他国から攻められた場合を想定すると、「兵士の数よりも、装備や兵器の質」を格段に上げておく必要があろう。とはいうものの、人口減少時代に戦争となるリスクを思わざるを得ない。

 高度経済成長からバブル景気に至るまで、「今さえよければいい」との姿勢が政府と国民の間に蔓延していた。「今さえよければいい」から国防の備えを怠った。「今さえよければいい」から超高齢社会や少子化社会の手を打ってこなかった。そして今尚、現状維持・現状肯定の罠から抜け出すことができない。

 次の戦争で目を醒まさなければ日本の未来はない。

パニック・ボディ/『悲鳴をあげる身体』鷲田清一


 ・蝶のように舞う思考の軌跡
 ・身体から悲鳴が聞こえてくる
 ・所有のパラドクス
 ・身体が憶えた智恵や想像力
 ・パニック・ボディ
 ・セックスとは交感の出来事
 ・インナーボディは「大いなる存在」への入口

『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴
『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『日本人の身体』安田登
『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード
『ストレス、パニックを消す!最強の呼吸法 システマ・ブリージング』北川貴英
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖
『フェルデンクライス身体訓練法 からだからこころをひらく』モーシェ・フェルデンクライス
・『ニュー・アース』エックハルト・トール
『瞬間ヒーリングの秘密 QE:純粋な気づきがもたらす驚異の癒し』フランク・キンズロー

必読書リスト その二

 身体が過剰に観念に憑かれてしまい、観念でがちがちに硬直している、つまり身体に本質的なある〈ゆるみ〉を失っている、だからとても脆くなってすぐにポキッと折れそうなのだ……と。
 こういう状態にある現在の身体を、わたしは《パニック・ボディ》と名づけてみたい。そう、身体はいまいろんなところで悲鳴をあげているのだ。

【『悲鳴をあげる身体』鷲田清一〈わしだ・きよかず〉(PHP新書、1998年)】

 このテキストはダイエットや摂食障害に触れた件(くだり)であったと記憶する。摂食障害やパニック障害が登場したのは1980年代だろう。就中(なかんずく)、カレン・カーペンターの死(1983年)が世界に衝撃を与えた。1990年代に入ると軽度自閉傾向(発達障害)が顕著となる。

製薬会社による病気喧伝(疾患喧伝)/『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』イーサン・ウォッターズ

 ボディビル志向の筋トレも同様である。英語の「bodybuilding」を直訳すれば「肉体建築物」である。不自然な筋肉は動きを妨げる。つまり実用性も合理性もないわけだ。日本の武術は骨の動きを重視している。腹部は柔らかくなくてはいけない。鎧のような筋肉はかえって体幹の柔軟性を損なうのではあるまいか。

 メンタルは身体(しんたい)に表れる。ゆえにメンタルヘルスも体にアプローチするのがよいと私は考える。心は目に見えない。だから見える体に注目するのだ。基本は柔軟性とバランスである。部分的な凝りや不調は必ず運動で治すことが可能だ。むしろ体をきちんと使えないことによって心が病むケースもあると思う。

2021-12-12

身体が憶えた智恵や想像力/『悲鳴をあげる身体』鷲田清一


 ・蝶のように舞う思考の軌跡
 ・身体から悲鳴が聞こえてくる
 ・所有のパラドクス
 ・身体が憶えた智恵や想像力
 ・パニック・ボディ
 ・セックスとは交感の出来事
 ・インナーボディは「大いなる存在」への入口

『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴
『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『日本人の身体』安田登
『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード
『ストレス、パニックを消す!最強の呼吸法 システマ・ブリージング』北川貴英
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖
『フェルデンクライス身体訓練法 からだからこころをひらく』モーシェ・フェルデンクライス
・『ニュー・アース』エックハルト・トール
『瞬間ヒーリングの秘密 QE:純粋な気づきがもたらす驚異の癒し』フランク・キンズロー

必読書リスト その二

 なにか少年や少女の事件が起こるたびに、こころのケアやこころの教育がどうのこうのといった声があがるが、わたしはすぐにはそういう発想がとれない。ちょっと乱暴かもしれないが、お箸をちゃんともてる、肘をついて食べない、顔をまっすぐに見て話す、脱いだ靴を揃えるなどということができていれば、あまり心配ないのではないかと思ってしまう。とりあえず、ごはんはかならずいっしょに食べるようにしたら、と言ってみたくなる。なにか身体が憶えた智恵や想像力、身体で学んだ判断を信じたいと思うのだ。

【『悲鳴をあげる身体』鷲田清一〈わしだ・きよかず〉(PHP新書、1998年)】

 思索の人にありがちな「気取り」に鼻白むが、日常において精神性よりも生活所作に重きを置くのは賛成だ。

 私には信じ難いのだが、「我が子がいじめられていることに気づかなかった親」がそこかしこにいる。愚かな親元に生まれると死ぬ確率が高くなる。学校帰りの小学生を見れば一目瞭然だ。歩く姿が雄弁に物語っている。俯(うつむ)き加減で独りでトボトボと歩く小学生を見掛けるたびに胸が痛む。数年前、中学1年生くらいの少女が車止めの柵を蹴飛ばしている姿をベランダ越しに見たことがある。何か嫌なことがあったのだろう。家の前で蹴ったということはお母さんにも言えないようなことなのだろう。私でよければ話はいくらでも聞くし、何なら仕返しを手伝ってもいい。だが、それは私の役割ではない。人生には自分で乗り越えなければならない小さな坂がいくつもある。

 上記テキストの最後の部分は観念論だ。山野で生きてゆける程度の身体能力がなければ、智恵など出てくるはずもない。

死こそが永遠の本源/『出星前夜』飯嶋和一


『汝ふたたび故郷へ帰れず』飯嶋和一
『雷電本紀』飯嶋和一
『神無き月十番目の夜』飯嶋和一
『始祖鳥記』飯嶋和一
『黄金旅風』飯嶋和一

 ・死こそが永遠の本源

『狗賓童子(ぐひんどうじ)の島』飯嶋和一

キリスト教を知るための書籍

 キリシタンに対する火あぶりの刑は、1本の太柱に手足を後ろで縛りつけ、周囲に薪を積んで、初めは遠火にてあぶり、次第に薪を受刑者の縛られている柱へ寄せていく。後ろ手と両足に縛りつけた藁縄(わらなわ)は1本だけで、それも緩(ゆる)く、背後には薪を積まず、いつでも逃げ出せるように退路を確保してある。燃えさかる灼熱(しゃくねつ)の苦痛に逃げ出せば、それは棄教したことと見なされ、そこで刑の執行は取りやめられる。刑を受ける者にとっては何より殉教への意志が試されることとなっていた。マグダレナはもちろん、6人ともが逃げる素振りも見せず業火に身をよじりながら絶命したと秀助は青ざめた顔で語った。鯨脂を焼いたような臭いが胸に溜(た)まり、突き上げてきた嘔吐(おうと)感を抑えきれず恵舟〈けいしゅう〉はその場でもどした。

【『出星前夜』飯嶋和一〈いいじま・かずいち〉(小学館、2008年/小学館文庫、2013年)以下同】

 島原の乱を描いた時代小説だが天草四郎時貞は脇役である。主役は庄屋の鬼塚甚右衛門と医師の外崎恵舟〈とのざき・けいしゅう〉、そして弟子の北山寿安〈きたやま・じゅあん〉の3人である。

キリシタン4000人の殉教/『殉教 日本人は何を信仰したか』山本博文

 よく言われることだが、「交通事故でさえスローモーション映像にすればホラー映画たり得る」。死は恐ろしい。恐ろしいがゆえに生きる者は想像力を働かせてしまう。そこに罠がある。戦後教育を受けると「生きる権利」という錯覚にとらわれる。生きることが権利であれば、死ぬことはその権利を奪われることになる。だから我々は死を理不尽なものとして受け止める。なぜなら死は「生を奪う」からだ。死は終焉(しゅうえん)であり、不幸であり、悲劇である。そう考えてしまうところに現代の不幸があるのだろう。

「棄教すれば許す」というところに日本的な優しさがある。西洋の魔女狩りとは全く異なる精神風土である。ただし、少ならからぬ人々を殉教に走らせる社会的要因があったのは確かだろう。閉塞感や鬱積が日常から跳躍させるバネとして働く。それが殉教であったり、テロであったり、クーデターであったりするのだろう。

「寿安さん」喜平の幼子が呼んだ声音を思わず真似(まね)ていた。大勢の病んだ子どもらが皆そう呼んだ。今ここにいる「寿安」が、やっと現実(うつつ)のことに感じられた。幼い頃は耐えがたいものを感じていた呼び名は、いつの間にか少しの抵抗も感じられなくなっていた。蜂起でも、傷寒でも、赤斑瘡でも、多くの生命が目の前で消えて行った。死こそが実は永遠の本源であり、生は一瞬のまばゆい流れ星のようなものに思われた。その光芒(こうぼう)がいかにはかなくとも、限りなくいとおしいものに思えた。

 恵舟と寿安は感染症と戦った。飢餓と病気は人類史において最大のテーマである。それは死に直結しているためだ。私からすれば、「死は永遠」というよりも「死は無限」と感じる。既に亡い人は数百億人に及ぶだろうし、動植物や細菌を含めれば天文学的な数字になるだろう。量子世界で時間にはプランク時間という最小単位が切り取り線のように連なっている。信じ難いことだが時間は直線的につながってはいないのだ。ひょっとすると瞬きするたびに我々は生と死を繰り返しているのかもしれない。

2021-12-11

父は悪政と戦い、子は感染症と闘った/『狗賓童子(ぐひんどうじ)の島』飯嶋和一


『汝ふたたび故郷へ帰れず』飯嶋和一
『雷電本紀』飯嶋和一
『神無き月十番目の夜』飯嶋和一
『始祖鳥記』飯嶋和一
『黄金旅風』飯嶋和一
『出星前夜』飯嶋和一

 ・父は悪政と戦い、子は感染症と闘った

『日本の名著27 大塩中斎』責任編集宮城公子

日本の近代史を学ぶ

 奥座敷で供された二つの塗り物膳(ぜん)には、季節の飛び魚の吸い物から黒鯛(くろだい)の刺し身、あわびの膾(なます)、焼き茄子(なす)などが所狭しと並べられ、白米の飯と素麺(そうめん)、清酒まで出して庄三郎がもてなした。
 弥左衛門〈やざえもん〉にすすめられ常太郎〈じょうたろう〉は初めて酒を口にした。陣屋からここまでずっと己(おのれ)の身を案じてついてきた島民達といい、科人(※とがにん)として流されてきた先で思いがけないもてなしを受け、戸惑いばかりが深まっていた。
「……流人の身でありますのに、なにゆえ皆様方がこのように温かくお迎えくだされるのかがわかりません」
「貴殿は何の罪も犯していない。それに西村履三郎〈※にしむら・りさぶろう〉様の倅殿だから」
 常太郎は顔を上げて目を見開いた。はるばる流されてきたこの島の人々が、父親の名を知っていることに驚いたようだった。
「河内随一と言われる大庄屋だったお父上が、大塩平八郎先生とともに、なぜ何もかも捨てて挙兵されたか、それを島の者たちはよく知っています」(中略)
「誰のためにお父上は蜂起に身を投じたのか? 出鱈目な幕政の結果、困窮し飢餓に瀕している民のためだ。お父上は、民のためにすべてを捨てて戦ってくれた。この島の民も同じく困窮している。お父上は、自分たちのために戦ってくれた、言ってみれば恩人なのですよ。そして、それゆえに貴殿がこんな目に遭(あ)うこととなった。お父上に対する感謝と貴殿への申し訳ないとの思いです。大塩先生の檄文はご覧になったことは?」
「いいえ。……存じません」
「もちろん知るはずがない。周りにいた方々も常に監視されて、とても常太郎さんにそれを伝えることなどできなかったはずだ。大塩先生の檄文には、『やむを得ず天下のためと存じ、血族の禍(わざわい)をおかし、この度、有志の者と申し合わせ、下民(かみん)を悩まし苦しめている諸役人をまず誅伐(ちゅうばつ)いたし、引き続き驕(おご)りに増長しておる大坂市中の金持ちの町人どもを誅戮(ちゅうりく)におよぶ』とある。『血族の禍をおかす』すなわち、貴殿や母上、親類縁者にも禍がおよぶことはお父上もわかっていた。貴殿は、当時数え六つ。可愛(かわい)い盛りだ。お父上も断腸も思いだったろう……。(後略)」

【『狗賓童子(ぐひんどうじ)の島』飯嶋和一〈いいじま・かずいち〉(小学館、2015年/小学館文庫、2019年)以下同】

 父親の履三郎は蜂起の後、伊勢から「仙台、江戸へと渡り、江戸で客死」した。幕府は墓所から遺骸を取り出し、大坂の地で処刑した(大塩ゆかりの地を訪ねて④「八尾に西村履三郎の故地を訪ねる」: 大塩事件研究会のブログ)。

10月例会・フィールドワーク「西村履三郎・常太郎ゆかりの地を訪ねる」: 大塩事件研究会のブログ

 御科書(ごとがしょ)には「十五歳」とある。満年齢だと十四歳か。西村家は土地を没収され、一家断絶となる。まだ幼かった常太郎と謙三郎は親戚預かりを経て、15歳で配流(流罪)の処置が下った。

 飯嶋作品は歴史的事実に基づく小説である。言わば事実と事実の間を想像力で補う作品である。それを可能にしてしまうところに作家の創造性が試されるのだろう。

 大塩平八郎の乱が鎮圧され、1か月後に潜伏先を探り当てられて大塩が養子格之助とともに自害した際、火薬を用いて燃え盛る小屋で短刀を用いて自決し、死体が焼けるようにしたために、小屋から引き出された父子の遺体は本人と識別できない状態になっていた。このため「大塩はまだ生きており、国内あるいは海外に逃亡した」という風説が天下の各地で流れた。また、大塩を騙って打毀しを予告した捨て文によって、身の危険を案じた大坂町奉行が市中巡察を中止したり、また同年にアメリカのモリソン号が日本沿岸に侵入していたことと絡めて「大塩と黒船が江戸を襲撃する」という説も流れた。これらに加え、大塩一党の遺体の磔刑をすぐに行わなかったことが噂に拍車をかけた。

Wikipedia

 幕府の恐れと影響力の大きさが窺い知れる。京の都が餓死者で溢れ、流民が大坂へ流れて治安が悪化したという。政治は無策から暴政へ様変わりしていた。大塩平八郎はもともと怒れる人物であった。激怒は憤激と焔(ほのお)を増し、自ずと立ち上がらざるを得なくなったのだろう。英雄とは民の心に火を灯す人物だ。その輝きこそが未来への希望となる。

「最後に言っておきますが、もうあなたが本土の土を踏むことはないと思います。赦免だの何だのを願えば、苦しむだけのことです。そんなことはありえないと、覚悟を決めるしかありません。もちろん全く道理に反することをわたしが申し上げていることもわかります。ただこの島へ来て苦しみ早く死ぬのは、本土へ戻ることばかりを願っている者たちです。それでは生きられない。苦しみしかないのです。本当の人生などどこかにあるものではありません。ここで生きていることが真のあなたの姿であり、あなたの本当の人生だと思ってください。まことに申しわけないことですが。
 もちろん、あなたがこれまで誰にも教えられなかったこと、大塩先生の蜂起に関して、わたしが知っている限りのことはお教えします。あなたには知る権限がある。なぜお父上が蜂起し、なぜあなた自身がここへ流されて、ここで生涯を送ることになったのかを。それを知らなくてはとても生きていけないこともわかります。わたしが知る以上のことを知りたければ、わたしの朋輩(ともがら)に託します。それは約束します」

「淡い期待は持つな」との戒めである。弥左衛門は「幼さを許さなかった」とも言える。つまり大人として遇したのだろう。現実が苦しくなると人の思考は翼を伸ばして逃避する。虐待された子供は幻覚が見える(『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳)。大人だって変わりはあるまい。苦しい現実から目を逸(そら)して都合のよい妄想に浸(ひた)る。弥左衛門は「生きよ」と伝えたのだ。「ただ、ひたすら生きよ」と。


 常太郎が流されたのは島後島(どうごじま)で、隠岐諸島(おきしょとう)の一つである。常太郎は狗賓童子(ぐひんどうじ/島の治安を守る若衆)としての訓育を受け、更に医学を学んだ。父は悪政と戦い、成長した子は感染症と闘った。

 私が全作品を読んだ作家は飯嶋和一だけである。丸山健二は途中でやめた。『神無き月十番目の夜』以降の作品を読むと、圧政-抵抗という図式が顕著で戦前暗黒史観(進歩の前段階と捉えるマルクス史観)と同じ臭いがする。「ひょっとしてキリスト教左翼なのか?」という懸念を払拭することができない。

2021-12-08

自律神経免疫療法/『実践「免疫革命」爪もみ療法 がん・アトピー・リウマチ・糖尿病も治る』福田稔


『足裏を鍛えれば死ぬまで歩ける!』松尾タカシ、前田慶明監修
『血管マッサージ 病気にならない老化を防ぐ』妹尾左知丸
『いつでもどこでも血管ほぐし健康法 自分でできる簡単マッサージ』井上正康
『「血管を鍛える」と超健康になる! 血液の流れがよくなり細胞まで元気』池谷敏郎

 ・自律神経免疫療法

・『効く!爪もみ』鳴海理恵、一般社団法人気血免疫療法会監修
『自律神経が整う 上を向くだけ健康法』松井孝嘉
『人は口から死んでいく 人生100年時代を健康に生きるコツ!』安藤正之

身体革命
必読書リスト その二

 じっさい、福田先生ほど欲のない人物を、私は知りません。
 一般に大病院で医師の職についていると、当たり前に仕事を続けていれば、それなりの地位が保証されているものです。ましてや福田先生は、新潟では腕利(うできき)きとして知られた外科医です。おとなしく普通に仕事をしていれば、輝かしい地位が約束されていたことでしょう。しかし、福田先生は、そんなものには、まったく拘泥(こうでい)することなく、自らが正しいと思う道を歩き続けているのです。その心の強さにはただただ頭が下がります。(安保徹〈あぼ・とおる〉)

【『実践「免疫革命」爪もみ療法 がん・アトピー・リウマチ・糖尿病も治る』福田稔〈ふくだ・みのる〉(講談社+α新書、2004年)以下同】

 安保徹は武田邦彦が「本物の医師」と太鼓判を押した人物である。専門は免疫学。著作が多いのでご存じの方もいるだろう。

 そうして(※浅見鉄男が主催する井穴刺絡〈せいけつしらく〉療法の勉強会に参加して)新潟に帰った私は、自律神経の動きを調べ、まずはアトピーやリウマチに悩まされている知人、友人数名を対象におそるおそる治療を始めたのである。治療というと何やら、大仰(おおぎょう)に聞こえるかもしれないが何のことはない、注射針を用いて頭や背中、それに手足の指の爪の生え際など、自律神経のツボをチクチクと刺激するだけのことである。
 するとどうだろう。それまで何年病院に通っても、効果らしい効果が現れなかった彼らの症状が、この簡単な治療をほんの数回、施すだけで、ほとんどの症例で、目に見えて好転しはじめたのである。「ほんとに効くんだ」――予想を上回る効果に患者も驚き、私自身も驚いた。
 そして、その結果に気をよくして私は、すべての病気にこの治療法で立ち向かおうと、固く心に決めたのである。こうして、注射針で自律神経を刺激する「チクチク療法」、いや「自律神経免疫療法」が誕生した。

 つけ加えておくと、私は長年、持ちなれたメスを捨てることにも、それまで最低でも週に2~3回はこもっていた手術室に足を向けないことにも、いささかのためらいも感じなかった。方法論なんぞ関係ない。患者がよくなればそれでいいのだ。

 そしてセルフ療法として編み出されたのが「爪もみ」である。やり方は簡単だ。


 爪の生え際の両際(2mm離れたあたり)を、反対側の親指と人差し指の爪で挟む。あるいは爪楊枝などで押す。10秒間を2~3回繰り返す。薬指は行わない。たったこれだけだ。足の指も同様に行う。

 私は耳鳴りが酷いので直ちに行った。まだ効果は現れないが気長に構えている。風呂上がりや寝る前に行うのがよい。

悟りとは認識の転換/『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ


『悟りの階梯 テーラワーダ仏教が明かす悟りの構造』藤本晃
『無(最高の状態)』鈴木祐
『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー
『未処理の感情に気付けば、問題の8割は解決する』城ノ石ゆかり
『マンガでわかる 仕事もプライベートもうまくいく 感情のしくみ』城ノ石ゆかり監修、今谷鉄柱作画
『ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー』由佐美加子、天外伺朗
『無意識がわかれば人生が変わる 「現実」は4つのメンタルモデルからつくり出される』前野隆司、由佐美加子
『ザ・メンタルモデル ワークブック 自分を「観る」から始まる生きやすさへのパラダイムシフト』由佐美加子、中村伸也
『左脳さん、右脳さん。 あなたにも体感できる意識変容の5ステップ』ネドじゅん
『わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと』サリー・ボンジャース

 ・「私」という幻想
 ・悟りとは認識の転換

ジム・キャリー「全てとつながる『一体感』は『自分』でいる時は得られないんだ」
『二十一世紀の諸法無我 断片と統合 新しき超人たちへの福音』那智タケシ
『無自己の体験』バーナデット・ロバーツ
『すでに目覚めている』ネイサン・ギル
『今、永遠であること』フランシス・ルシール
『プレゼンス 第1巻 安らぎと幸福の技術』ルパート・スパイラ
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
『人生を変える一番シンプルな方法 セドナメソッド』ヘイル・ドゥオスキン
『タオを生きる あるがままを受け入れる81の言葉』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル
『覚醒の炎 プンジャジの教え』デーヴィッド・ゴッドマン

悟りとは
必読書リスト その五

 実は、「悟り」とは、解脱でも、完成でもなんでもなく、認識の転換なのです。

【『悟り系で行こう 「私」が終わる時、「世界」が現れる』那智タケシ〈なち・たけし〉(明窓出版、2011年)以下同】

「必読書」に入れた。なんとはなしに、この手の本を軽んじることが、あたかも知性的であるかのような思い込みがあった。

「認識の転換」とは見る(≒感じる)位置が変わることである。ただ、それだけのことだ。そこが凄い。世界とは、「私から見える世界」を意味する。「私が見る世界」と言ってもよい。見ているのは「私」だ。これをどうやって換えるのか? 例えば自分が映った鏡、写真、動画を見る時、我々の視点は外側に位置する。「離れて見る」のが瞑想のスタートだ。

 私は断言するのですが、もしも真に悟りの認識を得る――私は悟ったという言葉は使いたくありません。それは完成を意味するからです――ことができたら、その人の言葉は必ず、仏教とはかけ離れて感じられるような独自な響きを持つのです。独自な形式を持つのです。これだけは間違いのないことです。

 なぜなら、彼らは他人の言葉で語るのではなく、自分の体内から赤子を生み出すように、自分の身体感覚に基づいて、自分の言葉で表現せざるを得ないからです。
 その言葉は、仏教的枠組みを大きく踏み外し、時に矛盾するものであるかもしれない。しかし、彼らはそれを恐れないのです。(中略)
 学者や僧侶は、仏教において悟りとは何かを語ることはできるかもしれません。しかし、彼らの中に悟り体験があるかどうかはまったく別の話です。むしろ、彼らの蓄積された宗教的知識こそが、悟りの認識を邪魔している可能性の方が強いと私は感じています。
 私も仏教の入門書なり専門書めいたものに目を通すことはありますあ、その中に著者独自の悟り観のようなものが感じられるケースはほとんどありません。それどころか、仏教の叡智を切り売りして、世間知に貶めてしまっているものがほとんどという有様です。それらはもはや悟りについての書物ではなく、世の中をうまく生きるための処世術でしかないのです。
 マスメディアは、叡智を世間知に陥(ママ)しめました。人は変わるためではなく、世の中を巧妙に上手く生きるために、こうした本を手に取るのです。
 悟りの認識を得ていないものが仏法を問いても、伝わるのは2500年に亘って蓄積された絢爛豪華な知識の断片だけです。なぜ断片になってしまうかというと、悟りの根幹を語り手が理解していないからです。そうした人の書いた仏教の解説書はいずれも処世術であり、悟りとは何ら関係がありません。こうしたものは、ある種の知識欲を満足させるかもしれませんが、断片的知識と悟りの認識は相反するものなのです。

 那智タケシはクリシュナムルティを手掛かりにして、6年間の動的瞑想を経て悟りに至った。彼自身の言葉が創意に溢(あふ)れている。何かを書くというよりも、泉から湧き出る水のような勢いがある。

 真理は常識や道徳を無視してしまう。真理は世間に迎合しない。そして真理は光を放っている。

 教義は真理の一部であったとしても真理そのものではない。なぜなら真理は言葉で表現できるものではないからだ。そういう意味では仏教が神学さながらにテキスト主義に陥ったのは、悟りから大きく乖離する要因となった。経典を重視したのは悟る人が少なくなったためだろう。言葉は象徴に過ぎない。犬という言葉は犬そのものではない。

 悟りが様式や知識に堕すと言葉が重視されるようになる。印刷技術がなかった時代を思えば、経典を持っていること自体が一つの権威となったことだろう。だが、経典を何度読んだところで悟りを得られない事実が経典の限界を示している。悟りから離れたブッダの教えは学問となった。

 仏弟子となった周利槃特〈しゅり・はんどく/チューラパンタカ〉は4ヶ月を経ても一偈(いちげ)すら覚えることができなかった。一説によれば自分の名すら記憶できなかったと伝えられる。ブッダは一枚の布を渡し、精舎(しょうじゃ)の清掃と比丘衆(びくしゅ)の履き物を拭かせた。唱えるのは「塵を除く、垢を除く」の一言である。やがて周利槃特は阿羅漢果を得る。

 ここで大事なのは行(ぎょう)がそのまま悟りにつながったのではなく、行を手掛かりにして悟りを開いたことだ。修行を重んじるのは悟れない人々である。鎌倉仏教に至っては悟りを離れ、「信」を説くようになってしまった。

心が弱くなるとオバケを創り出す/『株式会社タイムカプセル社 十年前からやってきた使者』喜多川泰


・『賢者の書』喜多川泰
・『君と会えたから……』喜多川泰
『手紙屋 僕の就職活動を変えた十通の手紙』喜多川泰
『心晴日和』喜多川泰
『「また、必ず会おう」と誰もが言った 偶然出会った、たくさんの必然』喜多川泰
『きみが来た場所 Where are you from? Where are you going?』喜多川泰
・『スタートライン』喜多川泰
・『ライフトラベラー』喜多川泰
『書斎の鍵 父が遺した「人生の奇跡」』喜多川泰

 ・心が弱くなるとオバケを創り出す

『ソバニイルヨ』喜多川泰
『運転者 未来を変える過去からの使者』喜多川泰

「人間が創り出す新しいものというのは、なにも、世の中に役立つ素晴らしい発明品ばかりではないということだと、僕は思っています」
「というと?」
「オバケです。僕たちは、あまりにも想像力がたくましすぎるので、自分が経験したことを総合して、この世に存在しないオバケを創り出してしまうのです。あんなことになっちゃうんじゃないか、こうなったらどうしよう、きっとこう思っているはずだって、起こったこともない、ほとんど起こりもしない状況を頭の中で想像しては、それを怖がることに人生を費やす。社会全体がオバケを創り出す雰囲気になっている時代っていうのは、エネルギーを、新しい発明や発見を進めるほうに使うよりもむしろ、別の新しいものを創り出すことに使われたんじゃないかと思うんです。たとえば、ありもしないオバケを創るのに忙しい時代だったとか……。今の森川さんのように」

【『株式会社タイムカプセル社 十年前からやってきた使者』喜多川泰〈きたがわ・やすし〉(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2015年)】

 バブル景気が弾けてからというもの日本全体をうっすらとした閉塞感が覆っている。雇用のあり方が変わったためと思われるが、努力が報われない・再チャレンジの機会が少ない・いつリストラされるかわからないといった心理情況と、非正規化や平均収入の低下に加えて増税の影響が大きい。つまり可処分所得が減り続けているわけだ。

 資本主義社会において「公務員の待遇を羨む」のは明らかにおかしい。まして小学生が将来「公務員になりたい」などと思うのは世も末と断言していい。今後、デジタルトランスフォーメーション(DX)によって雇用は縮小する。AIやロボットに仕事を奪われるのだ。経営者は人件費をコストと見なし、賃金を上げずに内部留保を溜め込んでいる。こうした動きや背景を踏まえると、世界の潮流は緩やかな社会民主主義を目指すように思われる。

 タイムカプセル社は10年後の自分に宛てた手紙を預かり、10年後にそれを届けることを業務にしている。人それぞれの10年がある。その変化が主題である。過去の自分と向き合った時、人は驚くほどたじろぎ、うろたえ、感慨の波に飲まれる。それを一つの結果ではなく、新たなスタートして描いているところに喜多川泰の技量がある。

聖書の間違いと矛盾/『イエス・キリストは実在したのか?』レザー・アスラン


 ・聖書の間違いと矛盾

キリスト教を知るための書籍

 わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。
 平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。
(「マタイによる福音書」10章34節)

【『イエス・キリストは実在したのか?』レザー・アスラン:白須英子訳(文藝春秋、2014年/文春文庫、2018年)以下同】

「一人の人物が四つの異なった『履歴書』を持っているとしたら、あなたは、その人物を信頼することが出来るでしょうか」(『仏教とキリスト教 イエスは釈迦である』堀堅士)。できません(キッパリ)。聖書はその慈愛と暴力でもって読む者の精神を二つに切り裂く。このためクリスチャンには二重人格的な傾向が見られる。例えば十字軍救世軍など。帝国主義と社会福祉を両立させるのが彼らのやり方だ。「発見の時代」(Age of Discovery/大航海時代)において各国に派遣された宣教師は、戦争準備段階における斥候(せっこう/スパイ)の役割を担っていた。聖書では神が人間を殺しまくる。

 あまり熱心でないムスリムと、威勢のいい無神論者の入り交じる家庭で育った子供にとって、これは初めて聞く最高に偉大な物語だった。神の導きをこれほど身近に感じたことはそれまで一度もなかった。イランで生まれた私は、自分はペルシア人だからムスリムなのだという程度の自覚しかなかった。宗教と民族はたがいに相関関係にあるものだと思っていたのである。ある宗教的伝統の中に生まれた人の大半がそうであるように、自分の信仰は自分の肌の色と同じくらい生来のもので、とくに意識したこともなかった。イラン革命で家族が仕方なく故郷を脱出してからは、わが家では宗教全般、とりわけイスラームについての話題はタブーになった。(中略)通常の私たちの日常生活から、神の痕跡はほとんどかき消されてしまっていた。
 それは私にとって、むしろ好都合なことだった。1980年代のアメリカで、ムスリムであることは火星人みたいなものだったからである。

 距離があるからこそよく見えるものがある。イスラム教とキリスト教は同じ神を信じているわけだから「信じる土壌」は共通している。宗教とはフィルターのようなものだが、アブラハムの宗教は同系色だと考えてよかろう。

 少なくとも私が教わった福音派キリスト教の根底にあるのは、聖書の言葉の一つ一つが神の霊の導きのもとに真実を伝えるために書かれた、文字通りに呼んで間違いのないものであると無条件に信じることだった。ところがそう信じることは、どう見ても反駁の余地のないほど間違っており、聖書は数千年の間に大勢の人々によって書かれた文書であれば当然予想されるような、おびただしい明らかな間違いや矛盾が山のようにあることに突然気づいた私は、面食らい、精神的な拠りどころを見失ってしまったような気持ちになった。その結果、こういう経験をした多くの人々がそうであったように、私は騙されて高価な偽文書を買わされたような気分になって腹が立ち、キリスト教信仰を捨てた。

 レザー・アスランは宗教学者である。彼は聖書に出てくるイエスではなく、「ナザレのイエス」の生身に迫ろうとする。結論は――覚えていない。読んだのは5年前のことだ。興味のあることですら覚えていられないのに、さほど関心がないことを覚えるのは不可能だ。クリシュナムルティはかつて「イエスは実在したのか?」という質問に対して、「たぶん、いなかったでしょう」と答えた(『キッチン日記 J.クリシュナムルティとの1001回のランチ』マイケル・クローネン)。

 紀元前後はまだ紙がなかった時代である。情報の拡散は口コミによった。実在した「ナザレのイエス」を死後に脚色することは可能である。あるいは「ナザレのイエス」を「ドラえもん」のように創造することもできただろう。西洋哲学が存在や実存を巡る議論になるのもイエス実在の不安に根づいたものではあるまいか。

 しかしながら2000年を経た今、「いなかった」ことにはできない。「イエスという情報」が歴然としているからだ。キリスト教世界の歴史的合意を軽んじては差別の謗(そし)りを免れない。イエスという物語は脳神経と親和性があるのだろう。キリスト者は厖大な神学をもって大脳皮質をも制御した。

 西洋一神教と正反対に位置するのが日本の神道である。教祖も聖典も存在しない。つまり信徒を束縛するものが一つもないのだ。あるのは祭祀(さいし)と祈りだけだ。水のような淡白さであるが日本人にはしっかりと根づいている。

2021-12-07

エティ・ヒレスムの神 その二/『〈私〉だけの神 平和と暴力のはざまにある宗教』ウルリッヒ・ベック


『エロスと神と収容所 エティの日記』エティ・ヒレスム

 ・エティ・ヒレスムの神 その一
 ・エティ・ヒレスムの神 その二

キリスト教を知るための書籍

 オランダのユダヤ人女性エティ・ヒレスム[1914年生まれ。アムステルダム大学でスラブ学、法学を学んだ後、ナチ占領下のアムステルダムやヴェスターボルク収容所でユダヤ人のために活動。1943年11月、アウシュヴィッツで虐殺される。戦後、その手紙と日記が出版され大きな反響を呼んだ]はその日記に、彼女が探し求め、発見した「自分自身の神」の記録を残した。手書きの日記は1941年3月に始まり、1943年10月に終わっている。

【『〈私〉だけの神 平和と暴力のはざまにある宗教』ウルリッヒ・ベック:鈴木直訳(岩波書店、2011年)以下同】

 反響を呼ぶのは理窟ではない。真理が散りばめられた言葉である。これが悟りの証(あかし)である。

 エティはまるで自分自身に語りかけるように、神に語りかけた。彼女は何のこだわりもなく、直接、神に話しかけた。そして自己発見と神の発見、自己探求と神の探求、自己創造と神の創造はまるで当然のことのように一体化していた。彼女「自身」の神は、シナゴーグの神でも、教会の神でも、あるいは「無信仰な者たち」と一線を画す「信者たち」の神でもなかった。「彼女」の神は異端を知らず、十字軍を知らず、言語を絶する異端審問の残忍さを知らず、宗教改革も反宗教改革も知らず、宗教の名による大量殺戮テロも知らなかった。彼女自身の神は神学から自由で、教義を持たず、歴史に無頓着で、おそらくそれゆえにこそ慈愛に満ち、弱々しかった。彼女はいう。「祈るとき、私は決して自分自身のためには祈らず、いつでも他者のために祈る。あるいは私の内なるいちばん奥深いものと、時にはばかげた、時には子供っぽい、時には大まじめな対話をする。そのいちばん奥深いものを、私は簡便のために神と呼んでいる」。
 必要とされるのは、宗教的なもののこういした主観的次元を適切に扱いうる宗教社会学的視点だ。

 いや、そんなもんは要らない。個人の悟りを学問の枠組みにはめ込もうとするのが西洋世界の教父的伝統なのだろう。私としては、ただ言葉を味わい、真理の光を見つめ、自己観察の一助にするのが適切だと思う。

 私はブッダとクリシュナムルティの言葉に心酔する一人であるが、実はまだ瞑想を実践していない。エティ・ヒレスムに敬意を表して、今日から瞑想を実行する。彼女への哀悼の念を込めて。