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2017-08-10

エホバの証人による折檻死事件/『カルトの子 心を盗まれた家族』米本和広


『カルト村で生まれました。』高田かや
『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広

 ・エホバの証人による折檻死事件

『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』佐藤典雅
『杉田』杉田かおる
『小説 聖教新聞 内部告発実録ノベル』グループS
『マインド・コントロール』岡田尊司
『服従の心理』スタンレー・ミルグラム

 しかし、智彦だけはうまくいかなかった。そのために父親は智彦に暴力を振るい、なんとか更生させようと努めてきた。智彦の父親だけがとりわけ暴力的というわけではない。父親は教団が強調する聖書の次の言葉を忠実に実行してきただけのことである。
「子どもを懲らしめることを差し控えてならない。むちで打っても、彼は死ぬことはない。あなたがむちで彼を打つなら、彼のいのちをよみから救うことができる」(箴言〈しんげん〉23章)
 他のキリスト教団は箴言特有の誇張した表現と解釈するが、エホバの証人は字句通りに受けとめる。

【『カルトの子 心を盗まれた家族』米本和広(文藝春秋、2002年文春文庫、2004年/論創社、2021年)以下同】

『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』の続篇的内容でオウム真理教、エホバの証人(ものみの塔聖書冊子協会)、統一教会、幸福会ヤマギシ会を取り上げる。ヤマギシ会は宗教団体ではないが、その閉鎖性や洗脳を考慮すればカルトの名に十分値する。正義を掲げる彼らの暴力性は弱者である子供に向けられる。そして正しいがゆえに全く手加減されない。

「ある姉妹(女性信者)が目撃したところによれば、所沢(埼玉県所沢市)の長老は鉄のパイプや自転車のチェーンで叩いていたそうです」

 長老とはエホバの証人における会衆のリーダーで、地域の集まりは教会単位となっている。

「当時の長老は、『泣く、ということは悔い改めていない、反抗の表れだ。泣くのをやめるまで叩きなさい』と教え諭した。それで私もそうした」

 宗教的な正しさはいともたやすく邪悪に結びつく。キリスト教の暴力性は歴史を振り返れば誰もが理解できよう。異端とされるエホバの証人が正当性を示すためには教義や行動を過激化するしかない。

 事件が起きたのは、今から7年前の93年11月23日のことだった。
 広島市の北警察署に、市内に住むAが自首してきた。
 北署員が現場に急行したところ、4歳の二男がA宅の脱衣場で死亡していた。検死を行ったところ、両頬やくるぶしなどに数ヵ所の痣や内出血が認められた。血が滲んだ新しい傷痕のほか、数日は経っていると思われる痣も多くあった。このため、Aを殺人容疑で逮捕するとともに、折檻を知りながら放置していた妻も保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕した。
 夫婦が属していた会衆は広島市の安佐南区にあった祇園会衆(現在は発展して三つの会衆に分かれている)だった。ここでの懲らしめのムチは長さ50センチのゴムホースだった。当時この会衆にいた元女性信者は「子どもが集会中に居眠りをすれば、親はトイレに連れていき、ゴムホースで叩きました。“体罰”は日常的でした」と語る。

 信者とは他人に操られることを自ら選ぶ生き方を意味する。ま、洗脳希望者といってもよい。

 事件前日の夜、Aはゴムホースで血が滲むほどに二男を叩いたあと、家から閉め出した。翌朝様子を見に行くと、息子の息は止まっていた。そのあとあわてて脱衣場に運んだという。
 判決はAに保護背筋者遺棄致死罪は適用して懲役3年(執行猶予4年)の刑を申し渡し、事件は終わった。
 この折檻死事件は、エホバの証人の中では特異なケースである。私が恐ろしいと思ったのは、事件そのものよりもそのあとの会衆の空気である。同じ会衆に属していた当時はまだ信者だった人が語ったところによれば、一人の子どもが死んだというのに、自分を含め会衆の誰一人としてムチによる懲らしめを反省せず、「組織と教えは正しいが、あの人が個人的にやりすぎたんだ」と仲間うちで話しただけで終わった。事件をきっかけに組織を離れた人は一人もいなかった。祇園会衆の長老も「不幸な事件が起きた。今後Aさんの家に近づかないように」と報告しただけだった。不幸な事件ゆえにA一家を支えるのが宗教の役割だと思うのだが、Aと仲の良かった信者が拘置所に面会に行くと、長老が自宅にやってきて、「なぜ指示を守らないのか。Aさんには会ってはなりません」と叱責した。
 事件後、一つだけ会衆内で変わったことがある。それはムチがゴムホースからアクリル樹脂の棒に変わったことだ。

 自分の中で一番最初に芽生えた小さな疑問を手放した瞬間から人は判断力を奪われる。もちろん何を信じようが自由ではあるが、信じることによって情報処理能力が狂うのだ。信者の脳は現実よりも教団の正しさを証明することを重視する。そしてより大きな善のために小さな悪がまかり通るようになる。

 社会の価値観は時代によって移り変わるが道徳には時代を経てきた人間の良心がある。徳を拒む人がいないのはやはりそこに普遍性があるためだろう。宗教が興(おこ)る時、必ず社会的価値との衝突がある。多くの人々を苦しめる手垢まみれの常識を否定するのが宗教の役割であると思うが、道徳まで否定すれば単なる反社会的集団に転落してしまうだろう。そのようなあり方が人々の共感を得るのは難しい。

 いつの時代も子供は殺されてきたがエホバの証人による折檻死事件は教義が事件を教唆(きょうさ)した可能性が窺える。

 これに対するエホバ信者の反論が以下のページにある。

「エホバの証人せっかん死事件の嘘」:エホバの証人を攻撃する道具にされてしまうブロガー達

 信者は事実に目をつぶる。彼が見つめているのはエホバの正義だけだ。余談になるが偶像を否定するエホバのくせにマイケル・ジャクソンの肖像をアイコンにしていて笑った。親がエホバ信者であるのは広く知られているがマイケル本人もそうだったのだろうか?

 閉鎖的なカルト集団が行う児童虐待は「現代のミルグラム実験」(『服従の心理』スタンレー・ミルグラム)といってよい。

 尚、本書は万人が読むべき秀逸なノンフィクションであると思うが、米本和広と統一教会に妙な関係があるようなので必読書には入れていない(やや日刊カルト新聞:本紙記者を誹謗中傷する自称“ルポライター”米本和広氏、その社会的問題性に迫る)。

2017-08-07

ヤマギシ会は児童虐待の温床/『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広


『カルト村で生まれました。』高田かや

 ・ヤマギシ会は児童虐待の温床

『カルトの子 心を盗まれた家族』米本和広
『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』佐藤典雅
『杉田』杉田かおる
『小説 聖教新聞 内部告発実録ノベル』グループS

『マインド・コントロール』岡田尊司

(※ヤマギシ会の集団農場へ)いま話題の「船井総合研究所」は94年の10月に「岐阜県庁の職員と岐阜市内の中小企業経営者34人」を従えてやってきているし、96年11月には評論家の鶴見俊輔が訪問している。
 EM菌や『脳内革命』の春山茂雄を絶賛してやまない船井幸雄を長とする総合研究所の面々が訪れ、その一方日本を代表する評論家が訪れる。ただ面食らうばかりだが、日本の社会がヤマギシ会に幻惑されているのではないかとすら思えるほど、多士済々たる人物が集団農場を見学しているのだ。
 53年に発足したヤマギシ会(当時は山岸会)は、そもそも養鶏家である山岸巳代蔵(1901~61年)が提唱したヤマギシズムを実践し、〈無所有一体〉の〈ヤマギシズム社会〉を実現せんとする団体である。

【『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広(洋泉社、1997年/宝島社文庫、1999年/新装版、2007年)以下同】

 船井幸雄はスピリチュアル系で鶴見俊輔は進歩的文化人(=左翼)の筆頭である。資本主義に嫌気が差すと誰もが自給自足コミュニティを思いつくことだろう。トルストイも実際に行った(トルストイ運動)。人が集まる事実を思えば何らかの魅力があるのは確かだろう。目新しいものを好む著名人が評価することも決して珍しくはない。島田裕巳〈しまだ・ひろみ〉に至っては今でも評価している(「ヤマギシ会はまだやっていた」島田裕巳)。

 正式名称は幸福ヤマギシ会である。「売り上げ規模では農事組合法人のトップに位置している」(Wikipedia)というのだから侮れない。ヤマギシズム社会実顕地は全国に展開。幸か不幸か私はヤマギシ会の商品を見たことがない。

 出発点で掲げた理想はどのような団体であれ正当性がある。集団を運営してゆく過程で邪教化するのだ。正しさを強制する瞬間から誤った手段がまかり通るようになる。

 ヤマギシ会の悲惨さは子供たちの姿を見ればわかる。

 健二も思い出を口にするようになった。
「ヤマギシ会では上級生に首をしめられたり、ぶっ殺す、と脅された。いつもいつもいじめられていた」
「6年生に首を締められたんだよ」
「お腹が痛くても、病院に連れていってくれなかった」
「宿題ができないと、(施設の)廊下に正座させらたんだ」
「世話係(学園の担当者)がものすごく怖かった」
「親しい友だち同士で話をするときは、『俺たちは親から捨てられた子』と言っていたんだ」
 自殺を企てた健二の親はいったい、どう感じているのか。そのことを口にすると、教師の顔は暗くなった。
 授業参観のあとで、両親を校長室に呼び、ひととおりの経過を説明したが、母親は動揺した素振りを見せず、平然とした態度で、こう話したという。
「ヤマギシ会でのびのび育ち、自分で自分を見つめられるようになって欲しいと願って、ヤマギシに入れたのです。ヤマギシに入れたことをもって、親の愛情不足と思われては困ります」「(健二が)飛び降りてもいいし、死んでも構いません。家の中でも、そんなに死にたいのなら死ねばいいと言っています。あの子はみんなの気を引こうとしただけなのです」
 近くにいた教師が食い止めていなかったら、わが子は確実に怪我をしていたか、死んでいたというのに、である。

「正しさ」が人々を抑圧し、そのはけ口が弱者に向かう。子供たちは満足に食事も与えられない。実顕地に入った途端、私有財産は没収され、親子は離れ離れで生活することになる。虐待された児童は誰にも助けを求めることができない。

 幸福への願いは不幸の反動である。幸福を追い求め続ける人々に真の幸福が訪れることはないだろう。欲望は果てしなく強化され、どこまで行っても満たされることはない。ヤマギシ会の人々は生活の保障を手に入れる代わりに子供たちの幸福を犠牲にしている。

 ヤマギシ会の生産品を購入する人々は児童虐待に加担していることを自覚すべきだろう。

2017-06-06

ヤマギシ会というフィクション/『カルト村で生まれました。』高田かや


『カルトの島』目黒条

 ・ヤマギシ会というフィクション

『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』米本和広
『カルトの子 心を盗まれた家族』米本和広
『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』佐藤典雅
『杉田』杉田かおる
『小説 聖教新聞 内部告発実録ノベル』グループS
『マインド・コントロール』岡田尊司

 村では大人と子供の生活空間がはっきり分かれています

 そして基本、親子は別々の村に住んでいます

 別の村で暮らしている親のもとへ年に数回だけ泊まりに行くことができる

【『カルト村で生まれました。』高田かや(文藝春秋、2016年)】

 文藝春秋社『CREA WEB』の「コミックエッセイルーム」に投稿したのがデビューのきっかけとなった。

 著者はヤマギシ会(幸福会ヤマギシ会)のコミューン(村)で生まれ育ち、19歳で村を出た。結婚相手に自分の過去を語ったことで客観的な視点を得たように見える。

 毎朝5時半に起床し、ニワトリの飼育やトイレ掃除などの労働。食事は昼と夜のみ。あらゆるものが共有されている。髪型も決められている。親戚や友人からの手紙は検閲される。テレビやマンガは禁止だが『日本昔ばなし』だけは許される。食事抜きや体罰が常態化している。

 和製アーミッシュとするのは間違いだ。ヤマギシ会は新興宗教に倣(なら)っていえば新興共産主義といえよう。

 日常的に繰り返される体罰が淡々と描かれている。呼び出されると必ず平手打ち、人通りのある道路に立たされる、裸で立たされる、暗いところに閉じ込められる、髪の毛を掴んで引きずり回して壁に打ちつける、などなど。


「淡々と描かれている」のは絵のタッチもさることながら、幼児期から常態化した暴力が判断力を奪ったためだろう。家庭内の暴力は感情に任せて振るわれることが多いが、コミュニティ内の暴力はシステマティックな作業として行われる。そして暴力は必ず激化する。

 近藤(衛/フリーライター)によると、「怒り研鑽」における数時間にわたる反復の中で、怒りを覚えた動機を全面的に否定し、むしろ自分のほうが謝罪したいと涙ながらに語る参加者が現れた。さらに会場内には連鎖反応的に恍惚の表情を浮かべ、「もう腹は立ちません」と語り出す者が現れた。そのような反応に対し、進行役は頷く素振りをみせたという。近藤は「まるで集団催眠にかかったような光景だった」と述懐している。

Wikipedia:ヤマギシズム特別講習研鑽会

 巧い仕組みを考えたものだ。自発的なマインドコントロールに駆り立てる効果があるのだろう。

 精神科医の斎藤環〈さいとう・たまき〉が次のような指摘をしている。

 ところで、僕自身はカルトを次のように定義している。それは「カネのかかる信仰」であり、言い換えるなら、奉仕活動と集金システムによって幹部クラス以上に富や利権が集中するような信仰のこと。

 ヤマギシはカルト。なぜなら「参画」時に全財産没収が条件で、脱会時に返還されないから。「特講」はあきらかに洗脳。所有欲の否定は立派な教義でしょう。ニワトリの社会を理想とするから、あれは「ニワトリ憑き」集団だと断じたひとがいておかしかった。憑依も解離だからあながちデタラメではない。

 米本和広『カルトの子』によれば、エホバ、オウム、統一教会、ヤマギシ、みな児童虐待集団。カルトがやたらと学校を作りたがるのは子どもに汚れた外部の社会と接点を持たせたくないため。

 1998年、ヤマギシ学園の計画書が提出され、三重県は異例の実態調査に乗り出した。407人のヤマギシの小・中学生を対象に、アンケート形式の調査を行ったところ、世話係に暴行を受けたとする回答が80%以上、また逃げ出したいと思ったことがあるものが、やはり80%以上を占めていた。

 子供たちが記した暴行の内容。平手打ち、往復ビンタ、足蹴にする、鼻血が出るまで殴る、壁に頭を叩きつける、体を持ち上げて床に投げおろす、棒で叩く、食事を抜かれる、バットで尻を叩く、プロレス技をかける、コンクリート張りの部屋に監禁する、裸のまま屋外に放置される、などなど。

斎藤環氏 ヤマギシ会について語る

 私がヤマギシ村で育ったとしたら、二十歳を超えた時点で必ず復讐を遂げるだろう。金属バットが1本あれば十分だ。二度と暴力を振るうことができない体にしてやるところだ。相手が50人や100人であろうと何の問題もない。大人たちが目を覚ますか、あるいは二度と目を覚ますことがなくなるかのどちらかだ。

「正しい理想」が「誤った手段」を正当化する。組織やコミュニティのつながりが強いほど同調圧力も高まる。

 島田裕巳が懲(こ)りることなくヤマギシ会を称(たた)えている。

ヤマギシ会はまだやっていた

 例えば社会からドロップアウトした人々や生活困窮者を積極的に受け入れているならば一定の社会貢献は認められよう。ただし、それをもってしても児童虐待を正当化することはできない。

 ヤマギシ会というフィクションに老後の生活保障はあっても、真の自由や幸福はあり得ないだろう。

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「本当の孤独」と「前向きの不安」/『孤独と不安のレッスン』鴻上尚史

2017-05-16

戦後に広まった新興宗教の秀逸なルポ/『巷の神々』(『石原愼太郎の思想と行為 5 新宗教の黎明』)石原慎太郎


『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ 若き医師が死の直前まで綴った愛の手記』井村和清

 ・戦後に広まった新興宗教の秀逸なルポ

『対話 人間の原点』小谷喜美、石原慎太郎
『折伏 創価学会の思想と行動』鶴見俊輔、森秀人、柳田邦夫、しまねきよし
『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節
『ローリング・サンダー メディスン・パワーの探究』ダグ・ボイド

悟りとは
宗教とは何か?

 私は昨年の暮、弁天宗(※辯天宗)教団の感謝祭に宗祖に面会し、長時間話を聞いたが、その時、家族に連れられて5~6歳の女の子供が来ていた。
 宗祖は談話の内に、その子供を指し、
「あの子供の話をしましょうか」
 と言って、宗祖とその彼女の期せぬ巡(めぐ)り合いについて話してくれた。
 昨年のある日、宗祖が東京支部の行事のために上京し、それをすませて大阪に帰るために東京駅から新幹線に乗ろうとした時、丁度、団体客か何かで混み合っていた八重洲側の中央改札口にさしかかった。
 見ると、母親連れの5~6歳の女の子が、人波にもまれてはずみで親と手が離れ、親の方は先に改札をすませて中へ入ってしまったが、子供のほうはまだ外にとりのこされている。
 親は内側で、「早くおいで」と招いて待ち、子供は親のいるところへいこうと改札口を入ろうとするが、混み合った大人の人波に入り切れず、二、三度入り口に近づいてははじき出される。
 それを見ていた宗祖が、子供に近づき、
「小母ちゃんと一緒にいきましょうね」
 とその手をとった。
 子供は言われるまま、こっくりして、その手を見知らぬ、優しそうな小母さんに預けた。
 そのまま少女は手を曳かれて無事に改札口を入った。
 待っていた母親が宗祖に礼を言ったが、相手が荷物を持っているので、
「ついでにこのまま上までお連れしますよ。お嬢ちゃん、小母ちゃんと一緒にいこうね」
 と、恐縮する母親の前で手をとり直して、そのまま上のプラットホームまで上った。
 手をつないで階段を上り切り、列車の前まで来て、
「それじゃここでさようなら。はい、いい子でね」
 と子供に言って頷(うなず)き、その手を離した。
 子供はこっくりと頷くと、宗祖の見ている前で踵(きびす)を返し、側で待っていた母親のところへ
「アキ子、あの小母ちゃんに、手を曳いてもろうた」
 言って駈け戻った。
 とたん、母親は仰天して腰を抜かした。
 その筈である。その少女は、生まれてから6年この方、薬石効なく、どう尽しても直(ママ)らなかった、生れながらの唖(おし)だったのだ。
 母親は、娘の手を曳いてくれた人が誰であるかを質し、その場で信者になったと言う。天王寺の下駄屋の母娘の実話である。

【『巷の神々』石原慎太郎(サンケイ新聞出版局、1967年/産経新聞出版、2013年『石原愼太郎の思想と行為 5 新宗教の黎明』)以下同】

 驚愕した。石原慎太郎といえば功罪の相半ばする政治家であるが教養人としても知られる。それにしても34歳前後で日本の新興宗教をここまで俯瞰できる能力は並大抵の代物ではない。しかも文学者でありながら科学的懐疑の精神で検証し、各教団の教祖とも実際に会って話をしている。注目すべきは創価学会に関する記述で、その近代的な組織のあり方や政治進出を積極的に評価している。石原が後に「悪しき天才、巨大な俗物」(『週刊文春』平成11年3月25日号)と池田大作を評したことを思えば隔世の感がある。ほんのわずかな誤謬は見受けられるが、全体的に記述は正確で独創性もある。まだ学生運動が激しい中で戦前戦後の新興宗教に目をつけたのは卓見といってよい。それぞれの教祖の神通力も日本的なアニミズム(先祖崇拝)を探る上で大変参考になった。「宗教とは何か?」「悟りとは」に追加。長らく絶版で古書価格も数千円から1万円という高値がついていたが産経新聞出版から再刊された。旧版は9ポイントほどの活字で上下二段450ページの分量である。(読書日記より)

「悟りとは」に入れたのはわけがある。それは新興宗教の教祖は一様に神懸(がか)りともいうべき体験をしており特異なためだ。敢えて「統合失調症タイプ」(『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ)と極言してもいいだろう。卑弥呼の延長線上に位置している。


 私が親だったとしても信者になるのは確実だ(笑)。奇蹟には逆らえない。宗教の基本は「病気を治す」ところにある。これがない宗教は絶対に広まらない。教祖と呼ばれる人々は必ず何らかの奇蹟を起こしていると考えてよい。奇蹟は瞬間的に死の不安を解消する。神通力とは言い得て妙だ。

 栄える宗教には、それなりの魅力があり、その指導者には人間の現実に及ぼす力がある。それはただうらやんでも、自らにそなわるものではない。その魅力その力が何故自らにはないか、と言うことを多くの坊主どもは知るべきだ。それは彼らが信奉する教えが、現代では古くなった、と言うことでは決してない。
 卑俗なたとえだが、人間と宗教との最初の結びつきは、蟻と砂糖のようなものだ。蟻は己の味覚触感で敏感に塩と砂糖をより分け、砂糖にしかたからない。
 人間でも、味の良い店と悪い店をより分け、旨(うま)い店は繁昌する。信徒も人間であり、人間は現金なものだ。
 人間は現実にいろいろな不幸を持つ。転んだり金を喪くしたり、病気したり。しかし転んで痛い膝はさすれば直(ママ)るし、喪くした金は、稼げばとり戻せる。
 しかし人間は誰でも、自分の注意や願望に反して、何故こんな不幸不運が起るのか、と思い疑う。
 それについて、転んだのはただの過失であり、不運は不運でしかない。その内に運も向くだろう、と言うのでは答にならぬし、人々も満足はしまい。
 そうした原因については、訳がある。その訳を極め、それを正せば、それから抜け出すことが出来る、と言うことで初めて、人間の求めている救いがある。
 宗教は、その訳を、即ち、眼に見えぬものの力、即ち、神、心霊の力に依るものであるとし、ジェイムズの言うが如くに、その力の秩序に順応することで、安心立命があり、救済がある、とする。
 その秩序への順応、即ち信仰と言っても、それにはいろいろな段階があろうが、その初めは矢張り、一つの体験によって、その力の秩序の存在を感じ、知ると言うことに他ならない。
 信仰と言うのは、或る意味であくまでも一つの観念操作だが、しかし、その基点となるものは、あくまでも一個の現実認識である。
 それを欠く信仰は、砂の上にかけた梯子のように、上るにつれ、足元がぐらついて来る。
 その、信仰の出発点、第一段階の基礎固めを、人間に与えることの出来ぬ宗教は、最も根源的な力を欠いていると言われるべきだ。

 石原はウィリアム・ジェームズ著『宗教的経験の諸相』(原書は1901年/星文館、1914年/警醒社、1922年/誠信書房、1957年/岩波文庫、1969年)を軸に各新興宗教を読み解く。何の先入観もなく、直接自分の目と耳で判断する姿勢にはある種の勇ましさが窺える。

 信仰を「一つの観念操作」と言ってのける鋭さが侮れない。認知科学的な視点すら垣間見える。

 私が石原慎太郎を見直したのは「小林秀雄を諌めたエピソード」(今だから話せるこの国への思い(後編) 石原慎太郎氏(作家)×德川家広氏)を知ったことが大きい。石原が『太陽の季節』で文壇デビューしたのは1955年(昭和30年)のこと。文士劇が1962年だったとすれば(文士劇)、小林(1902-1983年)が60歳で石原(1932-)は30歳である。小林は若い時分から遠慮を知らぬ男で、酔っ払って正宗白鳥(1879-1962年)に絡んだり、対談で柳田國男(1875-1962年)を泣かせたりしている。たぶん小林は若い石原に自分と同じ匂いを嗅ぎ取ったのだろう。

石原愼太郎の思想と行為〈5〉新宗教の黎明宗教的経験の諸相 上 (岩波文庫 青 640-2)宗教的経験の諸相 下 (岩波文庫 青 640-3)

2016-09-05

当事者研究/『治りませんように べてるの家のいま』斉藤道雄


『死と狂気 死者の発見』渡辺哲夫
『オープンダイアローグとは何か』斎藤環著、訳
『悩む力 べてるの家の人びと』斉藤道雄

 ・当事者研究

『ベリー オーディナリー ピープル とても普通の人たち 北海道 浦川べてるの家から』四宮鉄男
『べてるの家の「当事者研究」』浦河べてるの家
『石原吉郎詩文集』石原吉郎

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
必読書リスト

 そうした事業や活動を通して、べてるの家は数ある精神障害者グループのなかでも際だつ異彩の集団として全国に知られるようになった。それは彼らが毎年開催する「幻覚妄想大会」といった人目を引くイベントや、「そのままでいい」という標語に象徴される一見自由奔放な生き方、「当事者研究」や「SST」などとよばれるミーティングの独自性や数の多さのせいだけではない。精神疾患の当事者として日々抱えなければならないあらゆる困難や問題を、彼ら自身の立場から捉え直そうとする「当事者性」を一貫して追い求め、その当事者性を見失わないためのさまざまなくふうを積み重ねてきたからだ。そこで彼らが見据えようとしたのは、日々山のような問題をかかえ、際限のないぶつかりあいと話しあいをくり返すなかで実感される、苦労の多い当たり前の人間としての当事者のあり方だった。精神障害者である前に、まず人間であろうとした当事者性だったのである。彼らは人間が人間であるがゆえにかかえる問題を精神障害に代弁させることなく、自らに引き受けようとしたのであり、問題だらけであることをやめようとしなかったがために、そこに浮かびあがる人間の姿をたいせつにしようとしたのである。

【『治りませんように べてるの家のいま』斉藤道雄(みすず書房、2010年)】

 まずは当事者研究をご覧いただこう。






 間延びした北海道弁が懐かしい。肯定・受容・傾聴・共感が直ちに見て取れる。確かなコミュニケーションが成立している。むしろ健常者コミュニティの異常性が浮かび上がってくるほどだ。

 当事者研究は自分の障碍(しょうがい)を客観視することで自ら立つことを目的としているのだろう。学者や医者に研究を任せていれば、実験モルモットのような存在になってしまう。当事者には専門家が気づかない「日常の現実」が見える。精神障碍を治療すべき病状と捉えるのではなくして、長く付き合わねばならぬ特性と受け止めれば、具体的な対処の仕方も明らかになる。現実を克服しようと力めば力むほど苦しくなる。それは我々も同じだ。

 社会が高度にシステム化されると人間の姿が見えなくなる(『遺言 桶川ストーカー殺人事件の深層』清水潔)。我々は能力や役割でしか評価されない。しかも労働力というレベルで見れば、いつでも取り換え可能な存在となった。そんな「社会の不毛さ」が指摘されたのは高度成長期であった。やがて数年間のバブル景気を経て、日本経済は「失われた20年」に喘ぐ。一億総中流は完膚なきまでに破壊され、働いても貧困から脱出できない人々が現れる。果たして彼らは人間扱いをされているのだろうか?

 精神障碍の世界に新風を巻き起こしたべてるの家に事件が起こる。あろうことか殺人事件だった。入院患者が見舞い客に刺殺されたのだ。犯人もまた統合失調症であった。事件の詳細、マスコミのクズぶり、そして葬儀の模様が描かれている。べてるの精神は殺人事件をも受容した。被害者の親御さんの言葉が心に突き刺さる。

2016-09-03

精神障碍者の自立/『悩む力 べてるの家の人びと』斉藤道雄


『死と狂気 死者の発見』渡辺哲夫
『新版 分裂病と人類』中井久夫
『オープンダイアローグとは何か』斎藤環著、訳

 ・精神障碍者の自立

『治りませんように べてるの家のいま』斉藤道雄
『ベリー オーディナリー ピープル とても普通の人たち 北海道 浦川べてるの家から』四宮鉄男
『べてるの家の「当事者研究」』浦河べてるの家
『石原吉郎詩文集』石原吉郎

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
必読書リスト

 けれど、これがべてるの転機となる。
 先の見えない苦労がつづくなかで、いやもうそんな苦労を10年もつづけてきたところで、彼らは知らず知らずのうちにそれなりの力を身につけていた。泥沼のなかで、それでも萌え出ようとする芽が彼らのなかには生まれはじめていた。沈黙の10年の間、べてるの問題だらけの人たちは、ただ漫然と暮らしていたわけではない。ぶつかりあいと出会いをくり返しながら、そこにはいつしかゆるやかで不確かで気まぐれでありながら、肌身で感じることのできるひとつの「場」が作り出されていたのである。それはけっして強固な連帯に支えられた場でも、明晰な理念に支えられた場でもなかった。規則や取り決めや上下関係によって規定されたわざとらしい場でもなかった。ただ弱いものが弱さをきずなとして結びついた場だったのである。それはこの世のなかでもっとも力の弱い、富と地位と権力からいちばん遠く離れたところにいる人びとが作り出す、およそ世俗的な価値と力を欠いた人間どうしのつながりだった。
 けれどそこでは、だれが決めたわけでもなく、まためざしたわけでもなく、はじめから変わることなく貫き通されてきたひとつの原則があった。それは、けっして「だれも排除しない」という原則である。落ちこぼれをつくらないという生き方である。そもそも彼らのなかでは排除ということばが意味をなさない。彼らはすでに幾重にも、幾たびもこの社会から排除され落ちこぼれてきた人びとだったのだから。おたがいにもうこれ以上落ちこぼれようがない人びとの集まりが、弱さをきずなにつながり、けっして排除することなくまた排除されることもない人間関係を生きてきたとき、そこにあらわれたのは無窮の平等性ともいえる人間関係だった。そのかぎりない平等性を実現した「けっして排除しない」という関係性こそが、べてるの場をつくり、べてるの力の源泉になっていた。その力が、昆布内職打ち切り事件のさなかで発揮されようとしていた。

【『悩む力 べてるの家の人びと』斉藤道雄(みすず書房、2002年)以下同】

 後輩から勧められて読んだ一冊。べてるの家の名前は知っていたが、「どうせキリスト教だろ?」との先入観があった。斉藤道雄はガラスのように透明な文体で微妙な揺れや綾(あや)を丹念に綴る。本書で第24回講談社ノンフィクション賞を受賞した。

「三度の飯よりミーティング」がべてるの家のモットーである。彼らは話し合う。どんなことでも。生活を共にする彼らの言葉は生々しい。企業で行われる会議のような見せかけは一切ない。読み進むうちにハッと気づくのは「社会が機能している」事実である。私は政治に関しては民主政よりも貴族政を支持するが、組織や集団には民主的な議論が不可欠であることは言うまでもない。1990年代から正規雇用が綻(ほころ)び始め、格差が拡大した。普通のサラリーマンがあっという間にホームレスとなり、女子中高生が給食費や修学旅行費を納めるために売春行為に及んだ。親の遺体を放置したまま年金を受け取る家族や、生活保護の不正受給がニュースとなる裏側で、社会保障が切り詰められていった。弱者が切り捨てられるのは社会が機能していない証拠である。

 学級崩壊やブラック企業という言葉が示すのは集団のリスク化であろう。そして社会はおろか家族すら機能不全を起こしている。バラバラになってしまった人々が健全な社会を取り戻すことは可能だろうか? そんな疑問の答えがここにある。

 なにか仕事はないものか、倒れたり入院したりする仲間でもできることはないだろうか。メンバーは向谷地(むかいやち)さんとともに、道内の各所にある精神障害者の作業所も見学にいった。そこでさまざまなことを学んだが、帰るとまた延々と話しあいをくり返すばかりだった。そうした話のどこで、いつ、だれがいい出したのだろうか。ひとつのアイデアがミーティングに集う人びとのこころのなかに輝きはじめていた。
「どうだ、商売しないか」
 内職ではなく、自分たちで昆布を仕入れ、売ってみよう。
「そうだ、金もうけをするべ!」
 このひとことが、みんなの心を捉えていった。精神障害者であろうがなかろうが、金もうけと聞いて浮き立たないものはいない。人にいわれてするのではなく、内職なんかではなく、自分たちで働いて売って金もうけに挑戦してみよう。1袋5円の昆布詰めをいくらやっても仕事はきついし先は見えない。おなじ苦労をするなら、仕入れも販売も自分たちでやって商売した方がよほど納得できる。そうだ、やってみよう……。

 ケンちゃんが出入り業者と喧嘩をする。昆布詰めの内職は打ち切られた。そして彼らは自分の足で立つことを決意する。「精神障碍者の自立」と書くことはたやすい。だがその現実は決して甘くはない。本書に書かれてはいない苦労もたくさんあったことだろう。彼らは小規模共同作業所「浦河べてる」を設立した(※現在は社会福祉法人)。

 社会はコミュニケーションによって機能する。何でも話し合える組織は発展する。問題を隠蔽(いんぺい)し、陰で不平不満を吐き出すところから組織は腐ってゆく。斉藤道雄がべてるの家に見出したのは「悩む力」であった。我々は悩むことを回避し、誰かに責任を押しつけることで問題解決を図る。困っている人々は多いが本気で悩んでいる人は少ない。悩む度合いに心の深さが現れる。そして悩まずして知恵が出ることはない。

 家族に統合失調症患者がいる方はDVDも参照するといいだろう。



2016-08-12

弁護士を信用するな/『証拠調査士は見た! すぐ隣にいる悪辣非道な面々』平塚俊樹


『桶川ストーカー殺人事件 遺言』清水潔

 ・弁護士を信用するな

『実子誘拐ビジネスの闇』池田良子

必読書リスト

 また、これも重要なことだが、弁護士をすぐに信用しないことだ。いまだに日本人はこの職業名に弱いようだが、クズみたいな弁護士が世の中には山ほどいることを知っておいてほしい。
 なにしろ、こやつらの悪さは言語に絶する。私も悪いやつはたくさん見てきたが、この地球上で一番悪いのは、ヤクザでもない、詐欺師でもない、間違いなく(悪辣な)弁護士である。これは仕事でつきあいのある警察幹部や探偵、他の弁護士などとも一致した意見だ。これほど人の心をもてあそんで平気でいられる生き物を私は他に知らない。
 しかも、その目的がただの金だというのだから、その愚劣さは筆舌につくしがたい。やつらの悪さと比較したら暴力団などはまだ善良……なんていうとまたクレームがきそうだが、そう言いたいほど、鬼畜生にも劣る外道だ。断じて許すことはできない。

【『証拠調査士は見た! すぐ隣にいる悪辣非道な面々』平塚俊樹(宝島社、2012年)】

 証拠調査士(エビデンサー)とは「警察や弁護士が手を出せないトラブルの解決に向けて調査をし、証拠を集め、最終的に解決を図る仕事」とのこと。海外ではメジャーな仕事らしい。警察は事件が起こった後でしか動けない。弁護士は正義を証明するわけではない。法律に適っているか違(たが)っているかを争うだけの仕事である。

 その弁護士に悪い連中が蔓延(はびこ)っているという。具体的に触れているのは所謂(いわゆる)「別れさせ屋」という仕事で、会社を経営している資産家の夫とその妻がターゲットである。手口としては会社の乗っ取り・カネ・別居状態で莫大な養育費を請求するなど。で、妻に対してイケメンの弁護士・コンサルタント・医師・ベンチャー企業社長を紹介し肉体関係を持たせる。籠絡(ろうらく)された奥方は引くに引けなくなるという寸法だ。紹介した男は性交渉だけが目的のヤリチン野郎だ。

 弁護士は既に需給関係が逆転し無職弁護士が増加している。法科大学院制度も失敗した。仕事のない弁護士が悪知恵を働かせる構図はいかにもあり得る。法に精通しているがゆえに彼らの悪徳がやくざを凌駕するのも当然だろう。

 本書では証拠調査士が見てきた数々の驚くべき事件が紹介されている。現代社会の危険を知るためにも広く読まれるべき一冊である。



売春に罰則があるのは管理売春のみ/『紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男』野崎幸助

2016-07-29

製薬会社による病気喧伝(疾患喧伝)/『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』イーサン・ウォッターズ


『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン
『〈正常〉を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告』アレン・フランセス

 ・製薬会社による病気喧伝(疾患喧伝)

『依存症ビジネス 「廃人」製造社会の真実』デイミアン・トンプソン
『快感回路 なぜ気持ちいいのかなぜやめられないのか』デイヴィッド・J・リンデン
『もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』ダニエル・Z・リーバーマン、マイケル・E・ロング
『闇の脳科学 「完全な人間」をつくる』ローン・フランク
『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード
『あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた』アランナ・コリン
『土と内臓 微生物がつくる世界』デイビッド・モントゴメリー、アン・ビクレー
『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『うつ消しごはん タンパク質と鉄をたっぷり摂れば心と体はみるみる軽くなる!』藤川徳美

身体革命

 19世紀後半、新しい症状をヒステリーの貯蔵庫へと追加する手順は、次のように進められた。少数の興味深い症例をもとに、医者が公表して議論を重ね、病的な行動を体系化する。新聞や学術誌などがその医学的な新発見を記事にする。一般女性が無意識にその行動を表して、助けを求めはじめる。それから、医者や患者がいわゆる「病気の取り決め」をし、それによって患者の行動に関する互いの認識を作り上げていく。この取り決めにおいて医者は、症状が正当な疾病分類に当てはまるかどうかを科学的に検証する。一方、患者の増加に伴い、メディアがふたたびこれを報じ、その正当性がさらに確立されるという文化的なフィードバックが繰り返されるようになる。そして、この反復のあとに、拒食や足の麻痺などの新しいヒステリー症状が広く受け入れられるようになるわけだ。

【『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』イーサン・ウォッターズ:阿部宏美訳(紀伊國屋書店、2013年)】

 人類史を振り返ると文明がダイナミックに移り変わる時期があった。伊東俊太郎は人類革命(二足歩行、言語の発明、道具の製作)・農業革命・都市革命・精神革命(枢軸時代)・科学革命(産業革命、活版印刷〈=情報革命〉を含む)と分けた(PDF「環境問題と科学文明」伊東俊太郎)。

 社会のあり方や一人ひとりのライフスタイルは緩やかに変わり続ける。例えば農業革命によって農産物の保存が可能となり、「富」の創出によって戦争が開始されたとの指摘もある。また近代以降は金融・メディアの発達、通信・移動のスピード化、目まぐるしい電化製品の誕生など、変化の潮流が激しい。

 いつの時代も世の中の変化についてゆけない人や、社会に違和感を覚える人は存在する。精神医学のグローバル化が地域性や文化に基づく要因を否定し、アメリカ単独の価値観が疾患を特定するに至った。情報は脳のシナプス構造をも変えてしまう。「昔々、製薬会社は病気を治療する薬を売り込んでいました。今日では、しばしば正反対です。彼らは薬に合わせた病気を売り込みます」(マーシャ・エンジェル)。始めに病気喧伝(疾患喧伝とも〈PDF「特集 双極スペクトラムを巡って 双極性障害と疾患喧伝(diseasemongering)」井原裕〉)ありきで症状はどうあれ、投薬・服薬が目的と化す。

 病気喧伝(疾患喧伝)は孔子の「名を正す」とは正反対に向かう。名づけること・命名することで人々の不安を搦(から)め捕る戦略といってよい。うつ病・PTSD・自律神経失調症・パニック障害・ADHD(注意欠陥多動性障害)・発達障害などが出回るようになったのは、ここ20~30年のことだ。本書では具体的に摂食障害が取り上げられている。

 尚、ADHD(注意欠陥多動性障害)については「作られた病である」(ADHDは作られた病であることを「ADHDの父」が死ぬ前に認める)との怪情報がネット上に出回っているが、「『ADHDの父』が言いたかったのは、『診断基準の甘さ』『薬の過剰投与』であって、『ADHDが架空のもの』ってことじゃない」(「ADHDは作られた病である」という記事について)との指摘もある。英語原文は「セカオワ深瀬の精神病(発達障害ADHD)は病気でない?」で紹介されている。「ADHDに関する論争」に書かれていないので眉唾情報だろう。PDF「精神医療改善の為の要望書」も参照せよ。

 例えばうつ病という疾患が設定されると、その上下左右に位置する症状もうつ病に引き寄せられる。我々は名づけることのできない不安状態を忌避する。うつ病と認定されれば処方箋があると錯覚する。

 DSM-IVの作成から小児の障害は、注意欠陥障害3倍、自閉症20倍、双極性障害20倍となった(DSMの功罪 小児の障害が20倍!)。医学は医療をやめて病気創出に余念がない。



現実の虚構化/『コレステロール 嘘とプロパガンダ』ミッシェル・ド・ロルジュリル

2016-04-02

殺される子供たち/『自殺の9割は他殺である 2万体の死体を検死した監察医の最後の提言』上野正彦、『無縁社会』NHKスペシャル取材班


『自殺死体の叫び』上野正彦

 ・殺される子供たち

「いじめをなくそう」と言いながら、一向にいじめ自殺がなくならないのは、そもそも学校も教育委員会も警察も、誰ひとりとしていじめと自殺の因果関係についての、しっかりとした事実確認を行わず、曖昧にしたまま放置してきたからではないのか?
 このような現状をこれ以上、見過ごすことはできない。いじめがあり、それを苦に子どもが自殺したとしたら、その子を死に追い詰めた原因は、紛れもなく、「いじめた側」にある。
 いじめ自殺は自己責任で死んだのではない。いじめの加害者たちによって追い詰められ、殺されたのだ。自殺だから俺たちは関係ないと、他人事で済まされてはたまらない。厳しい言い方かもしれないが、そのような表現をして、周囲の人々にも理解を求めないと自殺の予防にはつながらないと考える。
 もちろん、これは学校のいじめ自殺だけに限った話ではない。長時間の過酷な労働や職場でのストレス、家庭内暴力や身内からの疎外、恋愛のもつれなど、人が自殺を選ぶ背景には、必ずその人を精神的に追い詰めた外的な要因が存在している。

【『自殺の9割は他殺である 2万体の死体を検死した監察医の最後の提言』上野正彦(カンゼン、2012年)以下同】

 83歳(※刊行時)の上野の本気を見た思いがする。静かな怒りとともに、やむにやまれぬ思いが沸々と伝わってくる。子供の死に対する大人の無責任が暴力の連鎖を助長する。尚、私は「子供」という表記に差別的な印象を抱いていないため敢えて「子供」と書く(※「子供」を「子ども」と表記するようになったいわれや時期について調べている。文部省の文書などではいつ頃からか)。

 私は「自殺は他殺である」ということを、もっと広く世間に訴えていく必要があると考える。特にいじめの場合は、いじめっ子が遊び感覚で弱い者を攻撃し、挙句の果てに死に追いやっているわけで、法的にはともかく、道義上は許されない行為として処理されることを啓蒙していくべきであろう。
 いじめて遊んでいるお前らこそ、卑屈で卑怯で、恥ずべき最低の人間である。弱者を助ける者が格好よい立派な人間である。こうした強いメッセージを社会に打ち出すことが、子どもを守るために必要なのではないだろうか。

 上野は元監察医である。司法解剖・行政解剖の専門家だ。上野は物言わぬ遺体に残された様々な痕跡から死者のメッセージを読み取る。やや乱暴な表現となっているが、我々はこれを「祖父の教え」として受け継いでゆくべきだ。いじめは動物の世界にもある。人間が知性よりも本能に支配されている間は、いじめを根絶することはできないだろう。ただし「弱者を助ける者」が増えるに連れて、いじめの数は少なくなるはずだ。

 先日、両親から虐待されている中学生が死亡した。正確に書くと2014年11月に首吊り自殺を図り意識不明となる。そして先月亡くなった。神奈川・相模原市児童相談所に保護を求めた時点ではまだ小学6年生だったという。以下に情報をピックアップする。

「私はその時点、その時点での(児相の)対応は間違ってなかったというふうに思っております」鳥谷明所長(相模原市児童相談所)。

 児相によると、2013年11月、生徒の顔がはれているなどと、市の担当課から通報があった。児相は当初、学校などを通じて対応していたが、14年6月の深夜に生徒がコンビニに駆け込み、警察官に保護される事案が発生。生徒が「親から暴行を受けた」などと説明したことから、以降は定期的に両親と生徒への直接指導を続けていた。
 だが、14年10月に母親の体調不良で両親への指導ができなくなった。児相は学校で生徒への指導は続けてきたが、生徒は11月中旬に親族宅で自殺を図った。その後、意識不明の状態が続いていたが、今年2月に死亡した。

朝日新聞DIGITAL 2016年3月22日

「あさチャン!」の取材に母親はこう答えている。「手を上げるようなことはなかったは言いません。でも、家で決めることを守らなかった。それが悪いことなんだと分かってもらえなかった時ってどうしたらいいんですか」「(子どもが)施設に行きたいみたいな話はしていたけど、それがどこまで本音だったんですかね。親に心を開かなくなったのは児相に通い始めてからです」。虐待は「しつけの範囲内」で、子どもが頑なになったのは児相のせいだと母親はいう。

J-CASTニュース > テレビウォッチ > ワイドショー通信簿 > あさチャン! 2016-03-22

相模原市男子中学生虐待自殺 母親「殴ったが虐待ではない」

 ・相模原市の中2自死事件で、虐待したとされる母親のインタビューが酷い! 2ch「なんか逆ギレしてね?」

 親の承諾なしに強制的に子どもを引き離す権限を持っているのが児相だ。子ども本人からのSOSを生かせないのでは、結果的に見殺しにしたのと同じだ。

社説/毎日新聞 2016年3月25日東京朝刊

 昨年、児童虐待があるとして県警が児童相談所に通告した子どもが前年比百一人増の四千二百九十人に上り、二〇〇〇年の児童虐待防止法施行以降で最多となったことが二十四日、県警のまとめで分かった。全国では大阪に次いで二番目に多かった。
 通告には書面によるものと、虐待がひどく親と引き離して保護するものがあり、三百六十二人が保護された。児童虐待に関係する検挙件数は三十件で、殺人、殺人未遂が計四件、傷害が八件、性的虐待などの児童福祉法違反が六件だった。

東京新聞 2016年3月25日


【NPO法人「シンクキッズ-子ども虐待・性犯罪をなくす会」代表の後藤啓二弁護士の話】男子生徒からSOSがあったのに保護しなかった対応はあり得ない。生徒の両親が「(児童相談所に)もう来られない」と指導に応じなくなったのは虐待がより深刻化するサインだった。親と対立しないよう配慮するあまり、子どもの命を守れないのは本末転倒だ。

東京新聞 2016年3月23日朝刊

 小学生がコンビニに駆け込んだ事実を思えば、生命の危険にさらされていたと考えてよい。よほどのことである。

 ここでもう一度、上野の冒頭の言葉を読み直してみよう。本来責任のある人々が「いじめを放置」してきた。世間の関心を思えばマスコミは両親、少年が訴えた保護を黙殺した児相担当者、ならびに児相所長を徹底的に取材し、責任と罪の所在を明らかにすべきである。刑事罰に問われない情況を考えれば人権蹂躙を犯しても構わない。可能であれば彼らが死ぬまで追い詰めて欲しい、というのが私の願いである。右翼だって本当はこういう時こそ街宣活動をするべきなのだ。

 少し冷静になって考えてみよう。児相に限らず役所は機能本位で人間の顔を持つ者はいない。役所は書類で動く。つまり児相の動きや判断は厚生労働省の方針に基づくものと考えてよい。そして相模原市児相の鳥谷明所長は「その時点、その時点での(児相の)対応は間違ってなかった」と語る。これは我々が考える「人道的な判断」ではなく「役所としての判断」であろう。つまり児相に保護を求める子供は否応なく殺される羽目となるのだ。

 いわゆるワーキングプアといわれる人たちが巷にあふれるようになった現在、ささいなきっかけで転げ落ちるように路上生活にまで転落する人たちの声を聞くうちに、“つながり”について考えるようになった。
 男性は、インタビューの機会があるたびに同じような言葉を発していた。
「これ以上、自分のことで誰かに迷惑をかけたくない」
 男性は、生活保護も受けずに路上生活をしながら仕事を探し続けていた。あきらめず、誰にも頼らず、生きようとしていた。
 そもそも“つながり”や“縁”というものは、互いに迷惑をかけ合い、それを許し合うものではなかったのだろうか――。その疑問は、取材チームの内に突き刺さり、解消されることはなかった。
「迷惑をかけたくない」という言葉に象徴される希薄な“つながり”。
 そして、“ひとりぼっち”で生きる人が増え続ける日本社会。
 私たちは「独りでも安心して生きられる社会、独りでも安心して死を迎えられる社会」であってほしいと願い、そのために何が必要なのか、その答えを探すために取材を続けていった。

【『無縁社会』NHKスペシャル取材班(文春文庫、2012年/文藝春秋、2010年、NHK「無縁社会プロジェクト」取材班『無縁社会 “無縁死”三万二千人の衝撃』改題)】

 平成26年度のNHK職員平均年収は1160万2859円となっている。「取材班」の給与は当然もっと上だろう。「そもそも“つながり”や“縁”というものは、互いに迷惑をかけ合い、それを許し合うものではなかったのだろうか――」。恵まれた待遇の彼らが放つ正論が虚しく響く。NHKスペシャル取材班は相模原市児童相談所を取材してはどうか?

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2015-12-30

ネルソン・マンデラは「世界の警察」を拒否/『アメリカの国家犯罪全書』ウィリアム・ブルム


『人間の崩壊 ベトナム米兵の証言』マーク・レーン
『動くものはすべて殺せ アメリカ兵はベトナムで何をしたか』ニック・タース
・『だれがサダムを育てたか アメリカ兵器密売の10年』アラン・フリードマン
『9.11 アメリカに報復する資格はない!』ノーム・チョムスキー
『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』ジョン・パーキンス
『アメリカ民主党の崩壊2001-2020』渡辺惣樹

 ・ネルソン・マンデラは「世界の警察」を拒否

『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クライン
『人種戦争 レイス・ウォー 太平洋戦争もう一つの真実』ジェラルド・ホーン

必読書リスト その二

ネルソン・マンデラ 1997年

 なぜ傲慢にも、どちらへ行くべきか、どの国と友好関係を結ぶべきか、われわれに指図できるのだろう。カダフィは私の友人だった。われわれが孤立していたときに、支援の手をさしのべてくれた。一方、今日、私がここに来ることを阻止しようとした人々は私の敵だ。そうした人々は何の道徳ももっていない。一つの国が世界の警察としてふるまうことを、われわれは受け入れることはできない。
(Wahington Post, November 4, 1997, p.13,)

【『アメリカの国家犯罪全書』ウィリアム・ブルム:益岡賢〈ますおか・けん〉訳(作品社、2003年)】

【ワシントン西田進一郎】オバマ米大統領はシリア問題に関する10日のテレビ演説で、「米国は世界の警察官ではないとの考えに同意する」と述べ、米国の歴代政権が担ってきた世界の安全保障に責任を負う役割は担わない考えを明確にした。

 ただ、「ガスによる死から子供たちを守り、私たち自身の子供たちの安全を長期間確かにできるのなら、行動すべきだと信じる」とも語り、 自らがシリア・アサド政権による使用を断言した化学兵器の禁止に関する国際規範を維持する必要性も強調。 「それが米国が米国たるゆえんだ」と国民に語りかけた。

 大統領は、「(シリア)内戦の解決に軍事力を行使することに抵抗があった」と述べつつ、8月21日にシリアの首都ダマスカス近郊で化学兵器が使用され大量の死者が出たことが攻撃を表明する動機だと説明した。「世界の警察官」としての米国の役割についても「約70年にわたって世界の安全保障を支えてきた」と歴史的貢献の大きさは強調した。

【毎日新聞 2013年9月11日】

 ソース(オバマ大統領の演説のトランスクリプト)だと「アメリカは世界の警察ではない」となっている。わざわざ「同意する」を付け足した西田進一郎の狙いは何だったのか? しかも「the world's policeman」だから「世界の警察官」とすべきだろう。


「世界の警官」は「世界の暴力団」でもあった。警察は公権力だがアメリカの場合は単なる武力(暴力)に過ぎない。大統領となったネルソン・マンデラがどれほどアメリカに苦しめられたかは、ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』に詳細がある。

 約半年後の2014年4月、オバマ大統領が来日した。それ以降、安倍政権がやったことといえば、特定秘密保護法と集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法の成立である。きっと「自分の国は自分で守れや」とでも言われたのだろう。で、当然のように中国が前へ出てくる。かつて核保有国同士が戦争をしたことはないから、アメリカとしては日本を中国にぶつけるつもりだろう。南シナ海か尖閣諸島あたりで。

 アメリカが警官をやめたのはカネがないからだ。アメリカの国防予算は2012-2021年まで削減が義務づけられている。とすれば世界は多極化か極のない世界に向かわざるを得ない。アメリカが一歩下がることでヨーロッパの地政学的リスクが高まれば、たぶん中国・ロシアが台頭する。

 そして米国の利上げ政策によって新興国マネーはアメリカに集まる。どこをどう考えてみても「世界は沈む」と結論せざるを得ない。「沈める」ところにアメリカの戦略があるのだろう。2016年は「暴落の年」と考えてよい。

アメリカの国家犯罪全書
ウィリアム ブルム
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ヒロシマとナガサキの報復を恐れるアメリカ/『日本最後のスパイからの遺言』菅沼光弘、須田慎一郎
誰も信じられない世界で人を信じることは可能なのか?/『狂気のモザイク』ロバート・ラドラム

2015-10-08

映画『子宮に沈める』/『ニッポンの貧困 必要なのは「慈善」より「投資」』中川雅之


 ・映画『子宮に沈める』

『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳
・『生ける屍の結末 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』渡邊博史

 これは、誰もが目にすることがなかった光景だ。大阪二児遺棄事件の母親も、その周囲にいる人も、誰も。
 その密室の中にいたのは、餓死した2人の子供だけだった。その中で何があったのかを知ることは、もはや誰もできない。科学捜査で一部、推測できることはあるのかもしれないが、我々が知りたいことの多くには、たどり着けない。
 緒方監督は、フィクションという想像力でそれを「見よう」とした。生き残った母親や、その周囲の証言をどれだけ探っても、明らかにできるのはその密室の外部にあったものだけだ。取材報道という、記者である私が置かれた立場からはどうやっても提供できない情報を、緒方監督は社会に届けようとした。

【『ニッポンの貧困 必要なのは「慈善」より「投資」』中川雅之(日経BP社、2015年)】

 気骨を感じさせるルポルタージュだ。書く姿勢と書かれた文章に清々(すがすが)しさがある。人としての正しい資質は、両手に抱えた荷物の重みに耐えるバランス感覚に現れる、というのが私の持論だ。中川は自ら重いテーマを掴んだ。

 早速DVDを借りた。1週間ほど見て見ぬ振りを決め込んだ。やはり気が重い。意を決してDVDプレイヤーのボタンを押した。平凡な親子の日常が描かれていた。だが私は最初から二人の幼子が餓死することを知っている。カットに工夫があった。意図的に顔を映さない。夫婦が諍(いさか)うシーンでは下半身しか見えない。その後間延びしたカットが延々と続く。母親の子供の抱き方が不自然だ。子育て経験のない女優を起用したのか? そもそもこの母子関係から育児放棄(ネグレクト)に至る必然性がまったく見えてこない。

 というわけで見るのをやめた。そう。本当は怖くなっただけだ。3歳の女児が包丁で缶詰を開けようと試みるシーンなど見たくない。実際の事件で発見された子供の遺体は腐敗・白骨化が進み、一部はミイラ化していた。母親(当時23歳)には懲役30年の実刑判決が下った。

 私の所感を述べよう。「こういう人間もいるのだな」以上、である。何も付け加えることはない。心理学的なアプローチをする必要もないだろう。それは「殺す物語」の正当化につながりかねないからだ。いかなる理由があろうとも許すべきではない。世界中の人々が許しても私は許さない。

 昔、社会への復讐を目的に罪なき4人を射殺した男が「無知の涙」(合同出版、1971年)を流した。10代で読んだ時は感動したが、今になって考えると無知が無恥に思える。恥知らずにも程がある。そもそも「人生はやり直し可能」という大いなる誤解に基いているのだろう。人生は引き返すことができない以上、やり直せるわけがないのだ。

 経済的な貧困も怖ろしいが精神の貧困はもっと恐ろしい。貧困は確実に社会を侵食する。そして親子の絆すらあっさりと断ち切ってみせるのだ。

ニッポンの貧困 必要なのは「慈善」より「投 資」子宮に沈める [DVD]

2014-12-29

映画『ミュンヘン』を見て/『標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの記録』ジョージ・ジョナス


 ・読後の覚え書き
 ・映画『ミュンヘン』を見て

『暗殺者』ロバート・ラドラム
『子供たちは森に消えた』ロバート・カレン

 スティーヴン・スピルバーグ監督に関しては特に思い入れもなければ、さしたる偏見もない。映画そのものの出来は悪くないと思う。確か封切りを観たはずなのだが、殆ど憶えていなかった。ただしジョージ・ジョナスの原作を100点とすれば、映画は65点程度と言わざるを得ない。つまり及第点以下だ。

 致命的なのは「父と子の物語」が欠落している点である。アフナー(映画ではアブナー)の父親もまたモサド・エージェントであった。かつては英雄と称賛されながらも、不遇な晩年を過ごし、廃人同然になってゆく。

 映画では冒頭にミッション(特命)を伝えるシーンがあり、ゴルダ・メイア首相役のリン・コーエンが本物そのままの雰囲気を漂わせていて、鬼気迫るものがあった。それだけにこれ以降、どうしても原作との違いに目が向いてしまう。

 次にアフナーも父親も自分の仕事の内容を家族には教えていない。後は推して知るべしである。観客に「わかりやすく」伝える手法が仇となり、原作の香気が失われている。

 とはいうものの私が2回以上見る映画作品は極めて数が限られているので、それなりに評価すべき作品なのだろう。

 原作は細部が際立っており、その辺に転がっているスパイスリラーが逆立ちしてもかなわないほどの臨場感に溢れている。アフナーがジェイソン・ボーン(『暗殺者』ロバート・ラドラム)と化せば完璧だった。

 

2014-12-27

読後の覚え書き/『標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの記録』ジョージ・ジョナス


 1冊読了。

・読後の覚え書き
映画『ミュンヘン』を見て

 98冊目『標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの記録』ジョージ・ジョナス:新庄哲夫〈しんじょう・てつお〉訳(新潮文庫、1986年)/こんな面白い作品を見逃していたことに愕然とする。スピルバーグ監督『ミュンヘン』の原作である。映画は見たのだが、あまり記憶に残っていない。というわけで町山智浩の解説を聴いてもらおう。




 モサドチームが不安に駆られたのは、あまりにもミッション(「神の怒り作戦」)が順調に進んだためであった。6~7人のターゲットを殺害した時、彼らの頭に浮かんだことは、「敵が自分たちを殺すことも簡単かもしれない」という事実であった。チームのリーダーを務めるアフナーはまだ25歳の若者にすぎなかった。そうこうしている内に、チームの長老ともいうべき存在のカールが殺される。相手は女の殺し屋だった。アフナーは命令違反にもかかわらず直ぐさま報復する。


 ここにターゲットの何人かが登場する。尚、ガッサーン・カナファーニー爆殺はモサドの別チームによる作戦であったと本書では紹介されている。

黒い九月事件/『パレスチナ 新版』広河隆一

 1970年代、ゲリラといえばパレスチナゲリラのことで悪人を意味した。私が歴史の事実を知るようになったのもここ数年のことだ。私は筋金入りのイスラエル嫌いだが、本書は十分堪能できた。たった5人で構成されたモサドの精鋭チームは11人中、9人の殺害を成し遂げる。そして味方の3人が殺された。やがて命令が撤回される。モサド高官は単なる官僚であった。復帰を拒んだアフナーは貸金庫に預けておいた預金まで奪われる。自分たちは手を汚さず、用が済めばポイ捨てというわけだ。神の怒り作戦を発動したのはゴルダ・メイア首相であった。

 ノンフィクション作品ではあるが、スパイスリラーとしても十分通じるレベルの傑作である。

(最後のページの脚注に登場する)



ミュンヘン [DVD]ブラックセプテンバー ミュンヘン・テロ事件の真実 [DVD]

『ミュンヘン』の元ネタ①ブラックセプテンバー/五輪テロの真実:町山智浩

2014-10-14

サードマン現象は右脳で起こる/『サードマン 奇跡の生還へ導く人』ジョン・ガイガー


 どうやら極限状態で命と向き合った人びとに起こる共通の体験があるらしく、おかしな言い方かもしれないが、それまで耐えてきた艱難辛苦を思えば、その体験はおそろしくすばらしいことなのだ。人間の忍耐力の限界に達した人たちが成功したり生還したりした背景には見えない存在の力があったという、突飛とも思えるこの考えは、極限的な状況から生還した多数の人びとの驚くべき証言にもとづいている。彼らは口をそろえて、重大な局面で正体不明の味方があらわれ、きわめて緊迫した状況を克服する力を与えてくれたと話す。この現象には名前がある。「サードマン現象」というものだ。

【『サードマン 奇跡の生還へ導く人』ジョン・ガイガー:伊豆原弓(いずはら・ゆみ)訳(新潮文庫、2014年/新潮社、2010年『奇跡の生還へ導く人 極限状況の「サードマン現象」』改題)】

 別名は守護天使。ま、守護神と考えてよかろう。文庫本の改題は誤解を与える。「サードマン」が存在となっているためだ。飽くまでも「サードマン現象」と考えることが望ましい。

 山野井泰史の手記にもサードマンが現れる。しかし生還へと導いたわけではない。ただ現れただけだ。本書は「生還へと導かれた人々」の話を集めているが、必ずしもそうではないことを心に留めておく必要がある。

 これはたぶん右脳に起こる現象なのだろう。ジュリアン・ジェインズの理論(『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』)で解けそうな気がする。もっと強烈な体験をすると教祖になるのだ。現代社会は左脳に支えられているため我々には不可思議と映るが、言語の誕生以前は日常的にそのような出来事があったと想像する。

 例えとしてはよくないが幼児は夢と現実の区別がつかず、夜中に激しく泣き出すことがある。古代人であれば「夢のお告げ」と受け止めたことだろう。コンスタンティヌスもその一人だ(『「私たちの世界」がキリスト教になったとき コンスタンティヌスという男』ポール・ヴェーヌ)。

 あるいはサードマンが現れても生還できなかった人々もいるに違いない。8000メートル級の高所登山で幻覚・幻聴は頻繁に起こる。それが原因で山から飛び降りてしまう人もいる。たまたま幸運だったケースだけ取り上げるのはやはり問題がある。

 いずれにせよ右脳には知られざる豊かな世界が眠っている。ジル・ボルト・テイラー著『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』を読めば、人は瞬時に悟りに至ることが理解できる。

サードマン: 奇跡の生還へ導く人 (新潮文庫)

イエスの復活~夢で見ることと現実とは同格/『サバイバル宗教論』佐藤優

2014-05-25

検察庁と国税庁という二大権力/『徴税権力 国税庁の研究』落合博実


「国税は“経済警察”だ。大蔵省から分離すべきだ」
 金丸事件の忌まわしい記憶から、自民党の政治家は国税を恐れた。自民党からの圧力を弱めるため、新聞を味方につけようと思ったのだろう。大蔵省幹部の一人はわざわざ私を食事に誘い、4時間にわたって分離反対論をぶったあと、こう叫んだ。
「国税庁を切り離せというのは金丸事件の意趣返しなんだ」
 同じ年、事件当時、国税庁次長だった瀧川(哲男)は鈴木宗男から忘れられない一言を浴びせられている。瀧川は国税庁を退任後、沖縄開発庁振興局長に転出していたが、その後、事務次官在任中に鈴木宗男が長官として乗り込んできた。経世会に入り、次第に政治力を増していた鈴木から瀧川はこう声をかけられたという。
「カネさん(金丸)をやったのはお前だろう」
 鈴木は金丸子飼いの政治家の一人だった。

【『徴税権力 国税庁の研究』落合博実(文藝春秋、2006年/文春文庫、2009年)】

乱脈経理 創価学会 VS. 国税庁の暗闘ドキュメント』(矢野絢也)で引用されていた一冊。第一章の「金丸信摘発の舞台裏」が出色。その後明らかにトーンダウン。最終章の「国税対創価学会」も尻すぼみの感が拭えない。

 政治とカネの問題はロッキード事件(1976年)に始まり、リクルート事件(1988年)で検察は正義の味方というポジションを確立した。その後、皇民党事件(1987年)~東京佐川急便事件(1992年)、KSD事件(1996年)と続く。

 いずれも疑獄の要素が濃厚で特定の政治家を狙い撃ちにしているのは明らかだろう。どう考えてもすべての事件が検察の発意でなされたものとは考えにくい。何らかの形で米国の意志が関与していると見れば筋が通る。

 東京地検特捜部の前身は検察庁に設けられた「隠匿退蔵物資事件捜査部」である。「隠匿退蔵物資事件捜査部は、戦後隠された旧日本軍の軍需物資をGHQ(米国)が収奪するために作られた組織である」(犯罪の歴史-東京地検特捜部の犯罪)。


 検察は数々の横暴を犯してきた。袴田事件(1966年)、村木事件(障害者郵便制度悪用事件/2009年)、そして今なお有罪とされている高知白バイ事件(2007年)などが広く知られる。検察が数々の冤罪をでっち上げても取り調べ可視化の議論が本格化する様子はない。きっと政治家にとっても都合がいいのだろう。

 検察と双璧をなす権力が国税庁である。


 税の世界は我々素人が考えるほど厳密なものではない。そもそも法自体が解釈される以上、人によって判断が異なるのは当然だ。

 政治とは利益調整の技術を意味する。ある利益と別の利益がぶつかるところに疑獄が生まれるのだろう。すべての情報が開示されることはあり得ない。これが民主主義の機能を阻害する最大の要因だ。この国で叫ばれる国益とは米国の利益であることが多い。

2014-04-29

警察庁長官狙撃事件はオウム真理教によるテロではなかった/『警察庁長官を撃った男』鹿島圭介


 引き鉄はしなやかだった。大きな鉄板を高所から落したような凄まじい轟音が鳴り響いた。
 その瞬間、国松孝次・警察庁長官(当時=以下、特別のこだわりがないかぎり、肩書きはその当時のもの)は前のめりに突っ伏すように押し倒された。秘書官や地下にいた私服の警備要員は何事が起こったのか分からず、呆然とするよりほかない。続いて2発目の銃声がとどろき、國末の肉体が軋んだ。濡れた路面に、血に滲んだ雨水が広がっていく。
 狙撃――。秘書官は反射的に国松の体に覆いかぶさった。この身を挺した行為に、しかし狙撃者はまったく動揺を示さなかった。1発目、2発目と等間隔で放たれた第3弾は、秘書官が覆いきれず、わずかに露出していた国松の右大腿部の最上部を正確に射抜いたのである。
 秘書官は斃れた姿勢で国松の体を抱え込むと、そのまま傍らの植え込みの陰に引きずるように運び込んだ。狙撃者は、人間の盾に守られた国松に4発目の銃弾を撃ち込むことはしなかった。
 かわりに、視界の左端から駆け込んできた警備要員の鼻先ぎりぎりをかすめるように、追跡をひるませるための威嚇射撃を敢行。そして足元においていたスポーツバッグを拾い上げ、すぐ近くに立てかけてあった自転車に飛び乗った。バッグの中に入っていたのはKG-9短機関銃。多勢の敵と銃撃戦になった場合の非常時に備え、念のため装備していたのものだ。
 しかし、そんなものはまったく必要なかった。男は猛然と自転車をこいで、アクロシティの敷地をL字型に横断。公道に出ると、そのまま視界の彼方に消え去った。

【『警察庁長官を撃った男』鹿島圭介〈かしま・けいすけ〉(新潮社、2010年/新潮文庫、2012年)】

 警察庁長官狙撃事件を追ったルポである。文章に独特のキレがあり迫力を生んでいる。

 事件が起こったのは1995年のこと。2010年に公訴時効となった時、警視庁公安部長が記者会見を開き「オウム真理教の信者による組織的なテロである」とぶち上げた。組織的なテロ活動を行っていたのはむしろ公安であった。彼らはオウム真理教を犯人に仕立てようとして失敗した。

 本書の表紙を堂々と飾っているのが真犯人と目される人物だ。男の名を中村泰〈なかむら・ひろし〉という。彼は「特別義勇隊」を名乗った。右翼思想を有する武装集団である。彼は東大を中退したスナイパーであった。

 時折、文筆業者にありがちな軽薄な決めつけが見受けられるところが難点。

警察庁長官を撃った男 (新潮文庫)

ヒートの情報倉庫:中村泰

2014-04-07

大虐殺を見守るしかなかったPKO司令官/『なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか PKO司令官の手記』ロメオ・ダレール


 以下は、1994年ルワンダで起こったことをめぐる私の物語である。それは裏切り、失敗、愚直、無関心、憎悪、ジェノサイド、戦争、非人間性、そして悪に関する物語だ。強い人間関係が作られ、道徳的で倫理的かつ勇敢な行動がしばしば描かれるものの、それらは近年の歴史の中で最も迅速におこなわれ、最も効率的で、最も明白なジェノサイドには太刀打ちできない。80万人以上の罪のないルワンダの男たち、女たち、子供たちが情け容赦なく殺されるのにちょうど100日が費やされたが、その間、先進世界は平然と、また明らかに落ち着き払って、黙示録が繰り広げられているのを傍観するか、そうでなければただテレビのチャンネルを変えただけのことだった。私の父や妻の父はヨーロッパの解放に手を貸した――その時、絶滅収容所の存在が暴き出され、声を一つにして人類は「二度とこんなことはさせない」と叫んだ。それからほぼ50年たって、私たちは、この言葉にできない惨事が起こるのをふたたび手をこまねいて見ていたのだ。私たちはこれをやめさせる政治的意志もリソースも見出せなかった。以来、ルワンダを主題にして多くのことが書かれ、つい最近に起こったこのカタストロフはすでに忘れられつつあり、その教訓は無知と無関心に埋もれている、そのように私は感じている。ルワンダのジェノサイドは人類の失敗であり、それはまた疑いなく繰り返される可能性があるのだ。

【『なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか PKO司令官の手記』ロメオ・ダレール:金田耕一〈かなだ・こういち〉訳(風行社、2012年)】

武装解除 紛争屋が見た世界』で伊勢崎賢治を知った。伊勢崎の著作を数冊読み、ロメオ・ダレールを知った。

「私たちは大量虐殺を未然に防ぐ努力を怠ってきた」/『NHK未来への提言 ロメオ・ダレール 戦禍なき時代を築く』ロメオ・ダレール、伊勢崎賢治

 何と、映画『ホテル・ルワンダ』に登場した国際連合ルワンダ支援団(UNAMIR)の司令官であった。



 それから直ぐに以下の動画を見つけた。

ロメオ・ダレール、ルワンダ虐殺を振り返る

 ロメオ・ダレールは元カナダ軍中将であった。その彼が帰国後、自殺未遂をした。ダレールはルワンダという地獄に身を置きながら、国連の政治に翻弄された。彼は虐殺を見守るしかなかった。真の地獄は目撃者をも間接的に殺するのだろう。ダレールは生還した。ルワンダからも、自殺からも。タフという言葉はこの男のためにある。


 当時、第8代国連難民高等弁務官を務めたのは緒方貞子であった。

ルワンダ: Strings Of Life
特別対談 | 池上彰と考える!ビジネスパーソンの「国際貢献」入門 - JICA

 緒方に反省と悔恨が見えないのはどうしたことか。緒方もダレールを見捨てた一人ではなかったか?

 信じられるのは見捨てられ、傷ついた人間である。安全な位置や快適な空間にいる連中は信用ならない。戦争決定者が戦地へ赴くことはないのだ。紛争を支えるのは大国の無関心だ。彼らは原油やゴールドが埋蔵されていない地域には目もくれない。有色人種がいくら殺し合おうと知ったことではないのだ。

 この世界を肯定することは虐殺に加担する可能性がある。

なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか―PKO司令官の手記
ロメオ ダレール
風行社
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2014-03-17

横田夫妻とキム・ウンギョンさんの面会が実現/『家族』北朝鮮による拉致被害者家族連絡会


 何ということであろうか。横田夫妻が失った時間はあまりにも長かった。初めて孫の存在を知った時、彼女は失踪した当時のめぐみさんと同じ年頃であった。そして遂に面会が実現すると、孫には小さな娘ができていた。横田夫妻の時計はめぐみさんが13歳の時から止まったままであった。孫のキム・ウンギョン(※後述)さんは26歳になっていた。


 偶然にも私は本書を読んでいる最中であった。本書は手記ではなくノンフィクションである。やはり手記だと感情がまさってしまう。北朝鮮による拉致被害は1963年の寺越昭二〈てらこし・しょうじ〉、外雄〈そとお〉、武志さん失踪に始まる。横田めぐみさんが忽然(こつぜん)と姿を消したのは1977年のことであった。その後1983年まで被害は続いた。「めぐみさんが北朝鮮にいる」と横田夫妻が知らされたのは1997年。失踪から既に20年を経過していた。それ以降も苦労は深まる一方であった。動かぬ政府、まともに取り合ってくれない官僚、そして絶えざる噂。読みながらこれほど泣いたのは東京HIV訴訟原告団著『薬害エイズ原告からの手紙』(三省堂、1995年)以来か。

 安明進〈アン・ミョンジン〉氏は後に名前も出して、北朝鮮の実態を暴く著書を出している。その中には、件(くだん)の実行犯から聞いた話として次のような話も登場する。

《……体格も一見して子供のようには思えなかったから拉致したと(その教官は)言った。ところが船に乗せると彼女があまりにも騒がしく泣き叫び抵抗するので、彼らはたまらず船倉に閉じ込めて清津(チョンジン=編集部注)まで帰還したという。船倉でも少女はずっと「お母さん、お母さん」と叫んでおり、出入口や壁などをあちこち引っかいたので、着いてみたら彼女の手は爪が剥がれそうになって血だらけだったという。少女が暗黒の船倉に一人きりで40時間以上も閉じ込められていたことを考えると、どんなに恐ろしかったことかと思わずにはいられない》

 この部分を読んだとき、早紀江は嘔吐(おうと)しそうになった。めぐみは、こんな酷(ひど)い目に遭いながら、よく生きていた。どうやって我慢したんだろう。だが、涙は流さなかった。心の奥底からわいてきたのは、深い深い怒りだった。

【『家族』北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(光文社、2003年)】

 早紀江さんは20年間にわたって泣き明かしてきた。街角で娘と似た女性を見つけては声をかけた。娘とよく似た絵を見ては画家の元まで押し寄せた。いつめぐみさんが帰ってくるかわからないから家を空けることもできなかった。滋さんの転勤も引き延ばしてもらった。そしていよいよ引っ越す際には心を引き裂かれる思いで移転先の住所を貼りつけておいた。心の穴ではない。この人たちは文字通り穴の中で生きてきたのだ。闇はどこまでも暁(あかつき)を退けた。

 早紀江は、話を聞くうちに、この安明進氏もまた国家によって工作員に仕立てあげられ、いまは亡命して北朝鮮に残してきた両親と兄弟を案ずる、“体制の犠牲者”なのだと感じた。別れ際、早紀江は彼にこう声をかけた。
「めぐみのことを、よく話してくださいました。私は毎日めぐみちゃんのことを祈っていますが、これからは、安さんのご家族のことも一緒にお祈りさせていただきます」
 早紀江が後に聞いたところによると、この日、安明進氏は拉致被害者の両親に会わせられるのだということを直前に知って、その場から逃げ出そうとしたという。自分は実行犯ではないが、かつて同じ組織にいた経歴の持ち主として、とても両親には会えないという思いだったのだろう。そして、面会後、安明進氏は早紀江の最後の言葉に号泣したという。この出会いが彼が自分の顔を出して拉致を語ろうと決意する大きなきっかけとなった。

 早紀江さんはクリスチャンとなっていた。涼やかな声からも人柄がしのばれる。傷つき痛みを知る者は人を思いやることができる。そして出会いが人の心を変える。

 そのキム・ヘギョンちゃんとの対面をめぐって、滋と早紀江、滋と息子たちの意見は対立している。滋の言葉からは情が滲(にじ)み出る。「家族会としては訪朝しないということになっていますが、個人的には、孫ですから会いたいし、私が向こうに行って会えば、めぐみのことについても、何らかのことは聞けると思うんです。最善のケースは、私の帰国と一緒に日本に連れてこられることなのですが……」。


 キム・ウンギョンちゃんはめぐみさんとよく似ていた。今26歳となった彼女に横田夫妻は成長しためぐみさんの面影を見たに違いない。そしてウンギョンちゃんは母親になっていた。何という天の配剤であろうか。子を持ったことで彼女は横田夫妻の気持ちを察することができただろう。今回の面会についてあれこれ詮索すべきではないと私は思う。もうこれ以上被害者の家族を傷つけることはあるまい。真相は不明のままだ。しかし祖父母と孫が見つめ合う視線の中に自(おの)ずから明らかな何かが通ったことだろう。それだけでよい。ただそれだけで。

家族

2014-02-11

マンデラを釈放しアパルトヘイトを廃止したデクラークの正体/『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クライン


『9.11 アメリカに報復する資格はない!』ノーム・チョムスキー
『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』ジョン・パーキンス

 ・資本主義経済崩壊の警鐘
 ・人間と経済の漂白
 ・マンデラを釈放しアパルトヘイトを廃止したデクラークの正体

『アメリカの国家犯罪全書』ウィリアム・ブルム
『アメリカ民主党の崩壊2001-2020』渡辺惣樹

必読書リスト その二

 怒りに駆られ眠ることができなくなった。そして今、脱力感に覆われている。不屈の闘士ネルソン・マンデラは27年半にわたって獄につながれた(1962年8月5日、逮捕~1990年2月11日、釈放)。マンデラを釈放し、アパルトヘイトを廃止したのはデクラーク大統領だった。1993年、マンデラと共にノーベル平和賞を受賞している。1994年、マンデラ政権が発足。デクラークは副大統領として起用された。そしてデクラークはANC(アフリカ民族会議)が長年にわたって掲げてきた「自由憲章」を骨抜きにし、白人の資産を完璧に守り抜き、マンデラ大統領の手足に枷(かせ)をはめたのだ。南アフリカの希望は線香花火のようにはかないものだった。

ネルソン・マンデラ。人種差別主義を超えたアフリカの偉人

 ではなぜ偉大な大統領が誕生したにもかかわらず南アフリカの状況が変わらないのか?

南アフリカの若いチンピラたちがひとりの男を殺す一部始終(※18禁、閲覧注意)

 その答えが本書に書かれている。


 和解とは、歴史の裏面にいた人々が抑圧と自由の間の質的な違いを本当に理解したときに成立するものです。彼らにとって自由とは、清潔な水が十分あり、電気がいつでも使え、まともな家に住み、きちんとした職業に就き、子どもに教育を受けさせ、必要なときに医療を受けられることを意味します。言い換えれば、これらの人々の生活の質が改善されなければ、政権が移行する意味などどこにもないし、投票する意味もまったくないのです。
   ――デズモンド・ツツ大主教(南アフリカ真実和解委員会委員長、2001年)

【『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クライン:幾島幸子〈いくしま・さちこ〉、村上由見子訳(岩波書店、2011年)以下同】

 多くの黒人が望んだのはたったそれだけのことだった。最低限の人間らしい暮らしといってよい。ANCは1955年、5万人のボランティアを各地へ派遣し、「自由への要望」を集めた。ここから「自由憲章」が起草された。そこにはアパルトヘイトで奪われた富の再分配が高らかに謳われていた。ANC政権は権力を手に入れた代わりに経済政策を譲った。デクラークは白人保護の網を巧妙に張り巡らせ、マンデラは国際舞台へ登場するたびにワシントン・コンセンサスを頭に叩き込まれ、南アフリカはマーケットの動きに翻弄された。


 新政権発足後の数年間、マンデラ政権の経済顧問を務めたパトリック・ボンドは、当時、政府内でこんな皮肉が飛び交ったと言う――「政権は取ったのに、権力はどこへ行ってしまったんだ?」。新政権が自由憲章に込められた夢を具体化しようとしたとき、それを行なうための権限は別のところにあることが明らかになっったのだ。
 土地の再分配は不可能になった。交渉の最終段階で、新憲法にすべての私有財産を保護する条項が付け加えられることになったため、土地改革は事実上不可能になってしまったのだ。何百万もの失業者のために職を創出することもできない。ANCが世界貿易機関(WHO)の前身であるGATTに加盟したため、自動車工場や繊維工場に助成金を出すことは違法になったからである。AIDS(エイズ)が恐ろしいほどの勢いで広がっているタウンシップに、無料のAIDS治療薬を提供することもできない。GATTの延長としてANCが国民の議論なしに加盟した、WTOの知的財産権保護に関する規定に反するためだ。貧困層のためにもっと広い住宅を数多く建設し、黒人居住区に無料で電気を提供することも不可能。アパルトヘイト時代からひそかに引き継がれた巨大な債務の返済のため、予算にそんな余裕はないのだ。紙幣の増刷も、中央銀行総裁がアパルトヘイト時代と同じである以上、許可するわけはない。すべての人に無料で水道水を提供することも、できそうにない。国内の経済学者や研究者、教官など「知識バンク」を自称する人々を大量に味方につけた世銀が、民間部門との提携を公共サービスの基準にしているからだ。無謀な投機を防止するために通過統制を行なうことも、IMFから8億5000万ドルの融資(都合よく選挙の直前に承認された)を受けるための条件に違反するので無理。同様に、アパルトヘイト時代の所得格差を緩和するために最低賃金を引き上げることも、IMFとの取り決めに「賃金抑制」があるからできない。これらの約束を無視することなど、もってのほかだ。取り決めを守らなければ信用できない危険な国とみなされ、「改革」への熱意が不足し、「ルールに基づく制度」が欠けていると受け取られてしまう。そしてもし、これらのことが実行されれば通貨は暴落し、援助はカットされ、資本は逃避する。ひとことで言えば、南アは自由であると同時に束縛されていた。一般の人々には理解しがたいこれらのアルファベットの頭文字を並べた専門用語のひとつひとつが網を構成する糸となり、新政権の手足をがんじがらめに縛っていたのだ。
 長年にわたる反アパルトヘイト逃走の活動家ラスール・スナイマンは、こう言い切る。「彼らはわれわれを自由にはしなかった。首の周りから鎖を外しただけで、今度はその鎖を足に巻いたのです」。


 目に見えない経済という名の牢獄だ。米英を筆頭とする世界はかくも残酷だ。ハゲタカファンドではなく、ハゲタカが世界を支配しているのだ。貿易によって国家は栄え、そして今度は貿易に依存せざるを得なくなる。アメリカは軍需・金融・メディア・穀物、カルチャー、そして学問の大国である。更にアメリカの購買力が世界経済を支えている。第二次大戦後の国際的な枠組みは殆どがアメリカ主導で形成されてきた。既にIMFもシカゴ・ボーイズが自由に踊る舞台となった。

 それでも政権に就いて最初の2年間、ANCは限られた資産を用いて富の再分配という約束を実行しようと努めた。立て続けに公共投資が行なわれ、貧困層向けの住宅10万戸以上が建設され、数百万世帯に水道、電気、電話が引かれた。だがご多分に漏れず債務に圧迫され、公共サービスの民営化を求める国際的圧力がかかるなか、政府はやがて価格を上昇させ始める。ANC政権発足から10年経った頃には、料金を払うことのできない何百万もの人々が、せっかく引かれた水道や電気を利用できなくなった。2003年には、新しい電話線のうち少なくとも40%が使用されていなかった。マンデラが国営化すると約束した「銀行、鉱山および独占企業」も、依然として白人所有の4大コングロマリットに所有されたままであり、これらのコングロマリットはヨハネスブルク証券取引所上場企業の80%を支配していた。2005年には、同証券取引所上場企業のうち黒人が所有するものはたった4%にすぎなかった。2006年には、いまだに南アの土地の7割が人口の1割にすぎない白人によって独占されていた。悲惨きわまりないのは、ANC政権が500万人にも上るHIV感染者の生命を救うための薬を手に入れるより、問題の深刻さを否定するほうにはるかに多大な時間を費やしてきたことだ(2007年初めの時点では、いくらか前進の兆しが見られるが)。もっとも顕著にこのことを物語るのは、おそらく次の数字だろう。マンデラが釈放された1990年以降、南ア国民の平均寿命はじつに13年も短くなっているのだ。

 後にマンデラの後継となるムベキは公の場で言った。「私をサッチャー主義者と呼んでください」と。ANCは玉手箱を開けてしまった。革命の夢が実現した直後に志は崩れ去った。現実は変わらないどころか悪くなる一方だった。

 本書で次から次へと繰り出される衝撃の事実に感情が追いつかない。本物の事実は所感を拒絶する。我々はただありのままにそれを見つめる他ない。


 そのうえ、債務が具体的に何に使われている金なのかという問題がある。体制移行の交渉の際、デクラーク大統領側はすべての公務員に移行後も職を保障すること、退職を希望する者については多額の生涯年金を支給することを要求した。これは社会的なセーフティーネットと呼ぶべきものが存在しない国においては、まさに法外な要求だったにもかかわらず、ANCはこの要求をはじめとするいくつかの要求を「専門的」問題としてデクラーク側に委ねてしまったのだ。この譲歩によって、ANCは自らの政府と、すでに退職した影の白人政府という二つの政府のコストを負うことになり、これが膨大な国内債務としてのしかかっている。南アの年間の債務支払のじつに40%は、この大規模な年金基金に振り向けられ、年金受給者の大多数は、かつてのアパルトヘイト政権の政府職員で占められているのである。
 最終的に南アには、主客が逆転したねじれた状況が生じることになった。つまりアパルトヘイト時代に黒人労働者を使って膨大な利益を得た白人企業は【びた】一文賠償金を支払わず、アパルトヘイトの犠牲者の側が、かつての加害者に対して多額の支払いをし続けるという構図である。しかもこの多額の金額を調達するのに取られたのは、民営化によって国家の財産を奪うという方法だった。それはANCが交渉に同意するにあたって、隣国モザンビーク独立の際に起きたことをくり返さないために断固として回避しようとした「略奪」の現代版にほかならなかった。もっともモザンビークでは、旧宗主国の政府職員が機械類を破壊し、ポケットに詰められるだけのものを詰めて去って行ったのに対し、南アでは国家の解体と資産の略奪が今日に至るまで続いているのだ。

 マンデラの苦衷を思う。獄舎から放たれた後の方が苦しい人生だったのではあるまいか。

 昨夜から今朝にかけて私は密かに復讐を誓った。もちろん蟷螂の斧であることは自覚している。蟷螂の小野と呼んでくれ給え。寒い朝が白々と明けるなかで今日が2月11日であることに気づいた。24年前にマンデラが釈放された日だ。悲惨を生き続けるアフリカに太陽が昇る気配はまだない。地獄は続くことだろう。だが永遠に続く地獄は存在しない。マンデラの夢がかなうのはいつの日か。そして実現させるのは誰か。

2014-02-09

人間と経済の漂白/『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クライン


『9.11 アメリカに報復する資格はない!』ノーム・チョムスキー
『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』ジョン・パーキンス

 ・資本主義経済崩壊の警鐘
 ・人間と経済の漂白
 ・マンデラを釈放しアパルトヘイトを廃止したデクラークの正体

『アメリカの国家犯罪全書』ウィリアム・ブルム
『アメリカ民主党の崩壊2001-2020』渡辺惣樹

必読書リスト その二

 フリードマンはキャメロンと同様、「生まれながらの」健康状態に戻すことを夢のように思い描き、それを使命としていた。人間の介入が歪曲的なパターンを作り出す以前の、あらゆるものが調和した状態への回帰である。キャメロンは人間の精神をそうした原始的状態に戻すことを理想としたのに対し、フリードマンは社会を「デパターニング」(※パターン崩し)し、政府規制や貿易障壁、既得権などのあらゆる介入を取り払って、純粋な資本主義の状態に戻すことを理想とした。またフリードマンはキャメロンと同様、経済が著しく歪んだ状態にある場合、それを「堕落以前」の状態に戻すことのできる唯一の道は、意図的に激しいショックを与えることだと考えていた。そうした歪みや悪しきパターンは「荒療治」によってのみ除去できるというのだ。キャメロンがショックを与えるのに電気を使ったのに対し、フリードマンが用いた手段は政策だった。彼は苦境にある国の政治家に、政策という名のショック療法を行なうよう駆り立てた。だがキャメロンとは違って、フリードマンが抹消と創造という彼の夢を現実世界で実行に移す機会を得るまでには、20年の歳月といくつかの歴史の変転を要した。

【『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クライン:幾島幸子〈いくしま・さちこ〉、村上由見子訳(岩波書店、2011年)】

 ドナルド・ユーイン・キャメロンとミルトン・フリードマンに共通するのは「漂白」という概念だろう。人間も経済も真っ白にできるというのだ。そのためには洗濯機でグルグル回す必要があるわけだが。

 彼らが説く「ショック療法」は神の怒りに由来しているような気がする。なぜなら自分を神と同じ位置に置かなければ、そのような発想は生まれ得ないからだ。彼らは裁く。誤った人間と誤った経済を。そして鉄槌のように下されたショックは部分的な成功と多くの破壊を生み出す。

 人間をコントロール可能な対象とする眼差しを仏典では他化自在天(たけじざいてん)と説く。「他人を化する」ところに権力の本性があるのだ。親は子を、教師は生徒を、政治家は国民を操ろうとする。広告媒体と化したメディアが消費者の欲望をコントロールするのと一緒だ。マーケティング、教育、布教……。

 ミルトン・フリードマンはニクソン政権でチャンスをつかみ、レーガン政権で花を咲かせた。この間、シカゴ学派による壮大な実験が激しく揺れる南米各国で繰り広げられる。CIAの破壊工作と歩調を揃えながら。

 自由の国アメリカは他国を侵略し、彼らが説く自由を強制する。その苛烈さはスターリン時代のソ連を彷彿とさせる激しさで、オーウェルが描いた『一九八四年』の世界と酷似している。

 社会の閉塞感が高まると政治家はショック・ドクトリンを求める。新自由主義は津波となって我々に襲いかかり、瓦礫(がれき)だらけの世界を創造することだろう。