2019-02-28

「ブードゥー教の呪いで人が死ぬ」ことは科学的に立証されている/『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン


 ・精神疾患は本当に脳の病気なのか?
 ・「ブードゥー教の呪いで人が死ぬ」ことは科学的に立証されている
 ・相関関係=因果関係ではない

『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス
『〈正常〉を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告』アレン・フランセス
『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』イーサン・ウォッターズ
『コレステロール 嘘とプロパガンダ』ミッシェル・ド・ロルジュリル
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『うつ消しごはん タンパク質と鉄をたっぷり摂れば心と体はみるみる軽くなる!』藤川徳美
『闇の脳科学 「完全な人間」をつくる』ローン・フランク

必読書リスト その二

 生理的変化の原因として、心理社会的要因も重要であることを認めない人は、次のような例をどう説明するのか。ユダヤ教徒(あるいはイスラム教徒)たちは豚肉を食べることが禁じられている。敬虔なユダヤ教徒(あるいはイスラム教徒)が知らずに豚肉を食べ、何時間もたってから、それがなんと禁じられている豚肉だったと知らされると、身体に激しい異変が生じるという。また、「ブードゥー教の呪いで人が死ぬ」ことも、立証されている。ハーバード大学の著名な生理学者ウォルター・キャノンがこれを研究し、のちにジョンズ・ホプキンズ大学の心理生物学者のカート・リクターも調査した。ブードゥー教の信仰が行われている国では、いたって健康な人でさえ、呪いが自分にかけられたことを知ると、衰弱して死に至るということが実際に起きる。

【『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン:功刀浩〈くぬぎ・ひろし〉監訳、中塚公子訳(みすず書房、2008年/新装版、2018年)】

 これは脳機能によるものと個人的に考えている。多分、「これ以上生きてはいけない」というスイッチが遺伝子レベルで入ってしまうのだろう。時に思想が人を殺すという例証である。

「文をもって化す」ことで同じ物語が共有される。それが死に至る場合もあることは武士の切腹を思えば不思議なことではない。ただ呪いと恥の違いがあるだけだ。どちらも物理的な実体があるわけではなく、ユヴァル・ノア・ハラリ流に言えば「虚構」である。もっとわかりやすい例を挙げよう。

 99年12月、タンクローリーが交差点で軽トラックと激突する交通事故が起こった。軽トラックは大破し、乗っている人が出てこなかったことからタンクローリー運転手は死亡事故を起こしたと思い込み、動転して約200メートル離れた鉄塔に上ってそこから飛び降り自殺した。しかし、実際には軽トラックの運転手に怪我はなく、無免許運転だったためその発覚を恐れて車外に出てこなかっただけのことだった。(※後に事故のショックによる急性ストレス反応の発病が認められ労災認定された)

【『自殺のコスト』雨宮処凛〈あまみや・かりん〉(太田出版、2002年)】

 この運転手は勘違いによって死んだわけだ。嘲笑ってしまえばそれまでである。よくよく考えてみよう。思想・哲学・宗教は勘違いを体系化したものだろう。飛行機はおろかロケットや人工衛星が飛び交う時代になっても「天にまします我らの父」を見た人はいない。にもかかわらずそんな物語を信じている人々が世界には20億人以上もいるのである。脳とは五感情報を統合して虚構(=勘違い)を作り出す装置なのだろう。

 もう一つ紹介しよう。

 エピジェネティック効果や母性効果の不思議について、ニューヨークの世界貿易センターとワシントン近郊で起きた9.11テロ後の数か月のことを眺めてみよう。このころ、後期流産の件数は跳ね上がった――カリフォルニア州で調べた数字だが。この現象を、強いストレスがかかった一部の妊婦は自己管理がおろそかになったからだ、と説明するのは簡単だ。しかし、流産が増えたのは男の胎児ばかりだったという事実はどう説明すればいいのだろう。
 カリフォルニア州では2001年の10月と11月に、男児の流産率が25パーセントも増加した。母親のエピジェネティックな構造の、あるいは遺伝子的な構造の何かが、胎内にいるのは男の子だと感じとり、流産を誘発したのではないだろうか。
 そう推測することはできても、真実については皆目わからない。たしかに、生まれる前も生まれたあとも、女児より男児のほうが死亡しやすい。飢餓が発生したときも、男の子から先に死ぬ。これは人類が進化させてきた、危機のときに始動する自動資源保護システムのようなものなのかもしれない。多数の女性と少数の強い男性という人口構成集団のほうが、その逆よりも生存と種の保存が確実だろうから。(1995年の阪神大震災後も同様の傾向が出ている)

【『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス:矢野真千子訳(NHK出版、2007年)】

 私は「自殺」だと考える。母親の体を通して伝わるストレスを胎児は「戦争」と認識したのだろう。男児であればゆくゆく兵士となるのは確実だ。兵士とは国家のために死ぬ存在である。どうせ生まれても死ぬ運命にあるのならば、さっさと死んで無駄な養育コストを回避することが親のためになる。もっと言ってしまえば、生まれて生きるほどの価値もない世界だから胎児は自ら死ぬのだろう。

「それは、あんたが勝手に思い描いた物語だろう?」――その通り。この世は人の数だけ物語が存在する摩訶不思議な世界なのだ。



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パーキンソン病、始まりは腸から? 虫垂切除で発症リスク19~25%減


2018年11月1日 14:11 発信地:タンパ/米国 [ 米国 北米 ]

【11月1日 AFP】これまで脳の病気と考えられてきたパーキンソン病は、腸内、特に虫垂から始まる可能性がある。成人早期に虫垂を切除すると、パーキンソン病の発症リスクが大幅に下がることを、米国の研究者らが突き止めた。論文は10月31日、米医学誌「サイエンス・トランスレーショナル・メディシン(Science Translational Medicine)」に発表された。

 盲腸の下部にある虫垂は、不要な臓器と言われることも多いが、腸内細菌の貯蔵場所で、免疫反応と関連があるとされる。さらに、パーキンソン病に関連する主要たんぱく質「αシヌクレイン」が蓄積する場所ともみられている。

 研究チームは今回、スウェーデンと米国の患者データベースを調査。その結果、成人早期に虫垂を切除した人のパーキンソン病発症リスクが、切除していない人よりも19%低いことを突き止めた。

 スウェーデンの農村部ではその効果が特に顕著で、リスクは25%も低かった。農村部では、パーキンソン病の一因とされる農薬への暴露量が多いとされる。

 論文の共著者、米バンアンデル研究所(Van Andel Research Institute、ミシガン州)のビビアン・ラブリー(Viviane Labrie)助教は電話会見で「パーキンソン病を発症した人では、虫垂切除によって発症年齢が平均3.6年遅れていた」と話した。

 ラブリー氏は研究成果について「虫垂がパーキンソン病の初期症状、または発症に影響を及ぼす組織部位の一つであることを示唆している」と指摘した。

 パーキンソン病は難病の神経変性疾患で、世界に大勢の患者がいる。著名人でも米俳優のマイケル・J・フォックス(Michael J. Fox)さん、アラン・アルダ(Alan Alda)さん、米歌手のニール・ダイアモンド(Neil Diamond)さん、ボクシングの故モハメド・アリ(Muhammad Ali)さんらがこの病気を患っている。(c)AFP/Kerry SHERIDAN

曲がった背骨を伸ばす/『ベッドの上でもできる 実用介護ヨーガ』成瀬雅春


『足裏を鍛えれば死ぬまで歩ける!』松尾タカシ、前田慶明監修

 ・曲がった背骨を伸ばす

『5秒 ひざ裏のばしですべて解決 壁ドン!壁ピタ!ストレッチ』川村明
『心身を浄化する瞑想「倍音声明」CDブック 声を出すと深い瞑想が簡単にできる』成瀬雅春

 ヨーガのポーズのことをサンスクリット語でアーサナといいますが、この意味は「坐り方」ということです。ヨーガは本来、解脱に至るための瞑想法として生み出されました。瞑想のために長時間坐っていても疲れない快適な坐り方が必要となり、さまざまな坐法が生まれ、同時に瞑想に専念できるように、健康を保つためのさまざまなポーズが生み出されたのです。このように、「坐る」ことはヨーガの基本であり、その重要性をいろいろなアプローチで説いています。
 寝たままの生活をしている人のなかには、本人の気力が衰え「寝たまま」になっている場合や、周囲が「寝かせたまま」になってしまっているケースがあります。そうした人たちは、本人や周囲が坐らせる努力をすれば坐れるようになるケースが多いです。
 寝たままと坐れることの間には雲泥の差があります。寝たままの生活で大きな問題となる床ずれは、坐ることができるようになれば治ります。また坐ることで排便も用意になり、食事も楽にできるようになります。寝たままの食事と坐っての食事では、同じものを食べても味も違います。
 坐ることで深い呼吸ができるようになり、換気量も増えます。坐っている時間が増えるだけで、呼吸が深くなるものです。呼吸が深くなれば、当然血液の還流もよくなり、血圧も安定します。単に坐るだけですが、それでも筋力トレーニングになっているのです。身体を起こした状態を維持することで首の筋肉が鍛えられ、咀嚼がしっかりとできるようになり、誤飲も防げます。

【『ベッドの上でもできる 実用介護ヨーガ』成瀬雅春〈なるせ・まさはる〉(中央アート出版社、2007年)】

 背中の曲がったオバアサンを何とかしようと思って読んだ本である。当の本人は「九十近いんだから無理」と言ったが、我が辞書に不可能という項目はない。身体障碍者の運動に関する書籍では私が知る限り本書がベストである。特に冒頭の足指・手指の運動は認知症にも十分な効果を発揮することだろう。

 私がヨガに注目したのは以下の記事による。

背中が曲がったおばあちゃん、よくある健康法で…ここまで変わる!? – grape [グレイプ]

 腰痛の原因は頭の重さにある。背骨が曲がってしまえば下がった頭を抑えるべく腰の位置が後傾せざるを得ない。その結果腰はどんどん曲がってゆくという悪循環に陥る。アフリカ人の姿勢がいいのは頭に物を載せて運ぶためだ。スマホ首(ストレートネック)も頭の重量を無視した悪い姿勢の結果である(いま日本人の8割がスマホ首!? テニスボールで改善できる治し方とは? - モバレコ)。

 私が試そうとしたのは次のポーズであった。



 背中の曲がったオバアサンは仰向けで寝ることができない。うつ伏せになることもできない。曲がった背中を逆方向へ引っ張るためには背筋が必要だ。厳密にはこのポーズはできなかったが近い姿勢にはなった。現在、ボール投げとチューブトレーニングも組み合わせて背筋を鍛えている。

 こうした営みを通して見えてきたのは背筋・体幹・股関節周りの重要性であり、健常者にとっても鍛えるべき急所はここにある。日本の文化でいえば所謂(いわゆる)「肚」(はら)の周りだ。背骨と骨盤の間に鍵が潜んでいるように思う。

 次のステップは肩甲骨周りである。


 肩甲骨を自由に動かすことができれば空を飛んでいた祖先の記憶が蘇るに違いない。例えば水泳、木登り、ロッククライミングやスポーツクライミングは「飛ぶ」感覚に近いのではないか。

 体には動くことへの衝動がある。姿勢を正して動け。跳び、遊べ。

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2019-02-24

ウォーキングの極意/『高岡英夫の歩き革命』、『高岡英夫のゆるウォーク 自然の力を呼び戻す』高岡英夫:小松美冬構成


『だれでも「達人」になれる! ゆる体操の極意』高岡英夫
『病気の9割は歩くだけで治る! 歩行が人生を変える29の理由 簡単、無料で医者いらず』長尾和宏
『ウォーキングの科学 10歳若返る、本当に効果的な歩き方』能勢博
『「体幹」ウォーキング』金哲彦

 ・ウォーキングの極意

『あらゆる不調が解決する 最高の歩き方』園原健弘
『あなたの歩き方が劇的に変わる! 驚異の大転子ウォーキング』みやすのんき
ナンバ歩きと古の歩術
『すごい!ナンバ歩き 歩くほど健康になる』矢野龍彦
『本当のナンバ 常歩(なみあし)』木寺英史
『健康で長生きしたけりゃ、膝は伸ばさず歩きなさい。』木寺英史
『常歩(なみあし)式スポーツ上達法』常歩研究会編、小田伸午、木寺英史、小山田良治、河原敏男、森田英二
『スポーツ選手なら知っておきたい「からだ」のこと』小田伸午
『トップアスリートに伝授した 勝利を呼び込む身体感覚の磨きかた』小山田良治、小田伸午
『寝たきり老人になりたくないなら大腰筋を鍛えなさい』久野譜也
『人生、ゆるむが勝ち』高岡英夫
『究極の身体(からだ)』高岡英夫

身体革命

 私は2004年に、『高岡英夫の歩き革命』(弊社刊)を舞台に、人の理想の歩きとして、「ゆるウォーク」を提示した。
 ゆるウォークとは、体をゆるめて、コリやムダな力を取り除き、もって生まれた自然の力を取り戻し、快適に歩くことである。つまり、この本は、観念的に正しいとされる歩き方に人の体をはめ込むという、これまでなされてきたすべての歩き方の理論と指導に、警鐘を鳴らす本でもあった。
 そして「この本は、とても奥の深い内容を、懇切丁寧に、わかりやすく説いている。これこそ、快適な歩きをものにするためのバイブルだ」との声を、数多くいただいた。
 しかし、ゆるウォークを、どこまでも正確に理解していただきたいという思いが強すぎたのか、その内容は少々ヘビーなものになってしまった。そこで、このヘビーな本を手にした多く(ママ)方々から、今度は、もっと気軽に取り組めるやさしい本を出版してほしいというご希望をいただき、本書は生まれた。

【『高岡英夫のゆるウォーク 自然の力を呼び戻す』高岡英夫:小松美冬〈こまつ・みふゆ〉構成(学習研究社、2006年)】

 臆面もなく自画自賛を綴(つづ)る神経が図太い。病的といってもいいほどだ。自己愛性人格障害か、もしくは自分を高く売りつけようとする詐欺師のどちらかだろう。『高岡英夫の歩き革命』の焼き直しにすらなっていない著作で、半分ほどの量を費やしてゆる体操を紹介している。かえって手の内を隠すような体裁となっているのが疑問である。2008年には同じく学研から『楽しくなるゆるウォーク DVD付き』を刊行しており、著者と出版社にとっては「一粒で三度おいしい」マルチ出版となっている。

 理想の歩きでは、脚に重みが感じられるものの、軽く動くようになる。脚に重みを感じるというのは、脚の脱力が進んだ証拠。軽く感じるのは、股関節のまわりの筋肉がゆるんできたということで、大腿骨がパッとスムーズに前に振り出されるようになってきた証拠である。
 さらに股関節まわりの筋肉の脱力が進むと、腸腰筋(ちょうようきん)が使われ始めてくる。腸腰筋(下図)は、股関節と骨盤及び背骨をつなぎ、大腿骨をポンと前に振り出す働きのある筋肉なので、さらに脚は軽く感じられるようになる。

【『高岡英夫の歩き革命』高岡英夫:小松美冬〈こまつ・みふゆ〉構成(学習研究社、2004年)】


 人品が卑(いや)しくとも理論が優(すぐ)れているのは確かだ。ただし体に関することは本書に限らず鵜呑みにするのは危険である。飽くまでも参考にしながら自分自身で創造的な手法を編み出すのが正しい。体も心も千差万別なのだから。注意深く体の声に耳を傾けることだ。

 腸腰筋を使うというのは要は振り子の原理である。もともとウォーキングに関心はあったのだが、近所のおばあさんの歩行訓練を手伝うことになり真剣の度合いが一気に増した。歩けない人が歩けるようになる課程に私は歩行の合理性を見出した。

 次に「Lesson 4 のおもなワーク」を紹介する。


 歩行障害があるとどうしても足先に意識が向かう。これが躓(つまづ)きの原因となる。介護の場合はまず「膝を高く上げる」ことを促し、少しずつ腿(もも)から腸腰筋を意識させるのがいいだろう。腸腰筋を使うには膝を曲げずに歩いてみればよい。

 続いてウォーキングに関する私の試行錯誤をいくつか紹介しよう。

 








「大股で歩くことにまったく意味はない」(田中尚喜)という。また「時速8kmを超えたら、歩いた方がエネルギー消費量が大きく」なるそうだ(園原健弘)。とすれば高速小股歩行は最強の運動となる。

 色々と調べているうちに踵(かかと)への衝撃がダメージを蓄積することがわかってきた。クリストファー・マクドゥーガル(近藤隆文訳、NHK出版、2010年)のベストセラー『BORN TO RUN 走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族"』でヒール・ストライク(踵着地)走法が怪我の要因となることが広く認知された。またララムリ(タラフマラ族)のサンダル(ワラーチ)ランニングが世界のランナーに衝撃を与えた。








 フォアフット走法とミッドフット走法については判断するほどの材料を私は持たないが、足の形状が縦長であることを踏まえるとミッドフットに動力性の軍配が上がると思われる(正しくは「ミッドフット」 - Great Life)。

 検索したところ『「つま先歩き」で腰の痛みが消える』(宮崎義憲)との記事を見つけた。試しに5kmほど歩いてみた。何と寝る前から筋肉痛が出た。ふくらはぎから太腿に至るまで足全体が鈍い痛みに包まれた。

 実際にやってみると直ぐにわかることだがスニーカーだと歩きにくい。ギョサンも踵部分が高いので向いていない。ソール(靴底)は薄い方がよさそうだ、と気づいた瞬間に地下足袋が思い浮かんだ。案の定同じ考えの人がいた。

地下足袋ウォーキング ~正しい足運びを身に付けよう 『それいいな!』の山道具

 ワラーチの作成もそれほど難しくはなさそうだ(コルクマットワラーチがすごすぎるので作り方教えます! - 裸足と瞑想の日々)。また足型をファックスやメールで送るオーダーサービスもある(2700円:ランニングサンダル・ワラーチを作ります!! - クローズアップ源内)。

 では今日現在でのウォーキングの極意を開陳しよう。家の中を歩く時の動きをよくよく吟味すれば踵をつけていないことがわかる(踵をついている人はよほど運動神経が鈍いか、体のバランスが狂っている)。裸足の動きを再現するためにはソールの薄い履物(←シューズとは書かないぞ)が望ましい。イメージとしては足袋(たび)や草鞋(わらじ)である。

 爪先ウォーキングの肝は指の付け根部分を後ろから前に向かって半回転運動をさせるところにある。現実には土踏まずから着地することはできないわけだから、これがミッドフット歩行ということになる。

 で、ここからが問題なのだが、腸腰筋を使って脚を動かすと爪先から着地するのが極めて難しい。慣れないうちは小股で爪先を内側へ向けると歩きやすい。そう、和服姿の女性の歩き方だ。

 これをマスターすれば「歩くスローステップ運動」が完成する。筋肉に負荷が掛かる分だけ関節や骨のダメージは軽減されるはずだ。

 ヒトと猿とを分けるのは二足歩行である。だったらきちんと歩きたいものである。



疲れない、きれいな歩き方は、腰から歩く、フラットに着地する | 笛吹きおじさんの、中高年が健康で快適に生きるための情報
その2「大転子を引き上げるイメージ」|にぎりこぷし|note
X脚、O脚の子を救う 歩き方&立ち方 | プレジデントオンライン

2019-02-22

腕は後ろに振る/『「体幹」ウォーキング』金哲彦


『ウォーキングの科学 10歳若返る、本当に効果的な歩き方』能勢博

 ・腕は後ろに振る

『高岡英夫の歩き革命』、『高岡英夫のゆるウォーク 自然の力を呼び戻す』高岡英夫:小松美冬構成
『すごい!ナンバ歩き 歩くほど健康になる』矢野龍彦
『本当のナンバ 常歩(なみあし)』木寺英史
『健康で長生きしたけりゃ、膝は伸ばさず歩きなさい。』木寺英史
『常歩(なみあし)式スポーツ上達法』常歩研究会編、小田伸午、木寺英史、小山田良治、河原敏男、森田英二
『トップアスリートに伝授した 勝利を呼び込む身体感覚の磨きかた』小山田良治、小田伸午

 黄色人種である日本人は、骨格的に大きなハンディがあります。
 黒人選手の骨格で特徴的なのは、骨盤がしっかり前傾していることです。そのため、骨盤が動きやすく、骨盤を動かすインナーマッスルの腸腰筋も非常に発達しています。つまり、生まれつき体幹が機能しやすいのです。黒人アスリートの、パワフルでダイナミックなフォームは、骨格からくる体幹の力によるものなのです。
 これに対し、日本人をはじめとする黄色人種は、骨盤がもともと後継ぎみ。そのため、腸腰筋やお尻の筋肉が発達しにくく、油断すると体幹がすぐに眠った状態になってしまいます。黄色人種の私たちが黒人に対抗するには、トレーニングによって強靭な体幹を作り上げることが必須条件なのです。

【『「体幹」ウォーキング』金哲彦〈きん・てつひこ〉(講談社、2010年)】

 実に危うい記述である。人種の違いを指摘することすら差別と受け止められかねない時代情況を思えば編集が甘すぎる。著者の視野も狭い。「骨格的に大きなハンディ」としているが、日本人の骨盤は稲作や山歩き(峠越え)に応じて進化したものと私は考える。江戸時代は「男十里、女九里」と言われた。男性なら40km、女性でも36km程度歩くのが普通だった。健脚の飛脚であれば100km以上の距離を移動したという。

 最近の若者を見ると日本人の脚もずいぶんと長くなった。床から椅子に坐るようになった生活スタイルの変化が影響しているのだろう。胴長・短足・眼鏡・出っ歯・首からカメラという日本人のイメージは既に過去のものだ。

 ウォーキングで大きく手を振ることには意味がないと書かれている。肩甲骨を動かすために腕は後ろに振るのが基本で、「肩甲骨に羽がある」というイメージを持つ。これは読んでから直ぐに実践した。

2019-02-21

「聖書とガス室」/『人間について 私の見聞と反省』竹山道雄


『竹山道雄と昭和の時代』平川祐弘
『昭和の精神史』竹山道雄
『見て,感じて,考える』竹山道雄
『西洋一神教の世界 竹山道雄セレクションII』竹山道雄:平川祐弘編
『剣と十字架 ドイツの旅より』竹山道雄
『ビルマの竪琴』竹山道雄

 ・「聖書とガス室」

『竹山道雄評論集 乱世の中から』竹山道雄
『みじかい命』竹山道雄
『歴史的意識について』竹山道雄
『主役としての近代 竹山道雄セレクションIV』竹山道雄:平川祐弘編

   I

 聖書とガス室
 キリスト教とユダヤ人問題

   II

 ペンクラブの問題
 『竹山道雄の非論理』
 ものの考え方について

   III

 ソウルを訪れて
 高野山にて
 四国にて
 西の果の島

   IV

 死について
 人間について

 あとがき

【『人間について 私の見聞と反省』竹山道雄(新潮社、1966年)以下同】

 初出誌については「あとがき」に記載されている。

(ゴッドを神と訳したことから、たいへんな誤解や混同がおこったので、キリスト教の神をゴッドと書くことにする。ゴッドと古事記にでてくる神とは、まったく別物である。また、教皇とか回勅とかいうのはいい訳語ではなく、これは天皇を擬似絶対者としたころの政治的風潮のまちがった絶対者観をあてはめたのだろう。さらに、神父というのも奇妙な言葉で、自分は神なる父であると名のる人があるのはおかしい。牧師というのはひじょうにいい言葉だと思うが)(「聖書とガス室」/『自由』昭和38年7月)

「聖書とガス室」は本書以外だと、『竹山道雄著作集5 剣と十字架』(福武書店、1983年)と『西洋一神教の世界 竹山道雄セレクションII』平川祐弘〈ひらかわ・すけひろ〉編(藤原書店、2016年)にも収められている。

 私が竹山道雄を敬愛してやまないのは文学者でありながらもキリスト教を鋭く見据えたその眼差しにある。文明史的な批判は「西洋に対する極東からの異議申し立て」といっても過言ではない。

 昭和38年(1963年)7月は私が生まれた月である。「7月」と表記されているが多分「7月号」なのだろう。内容もさることながら私を祝福してくれているような錯覚に陥る。

 カミの語源は「隠れ身」であるという(『性愛術の本 房中術と秘密のヨーガ』2006年)。漢字の「神」はツクりの「申」が稲妻を表す。闇を切り裂く雷光を神の威力と見ることは我々にとっても自然だ。「申」が「もうす」という意味に変わったため、お供えを置く高い台を表す「示」(示偏〈しめすへん〉)を添えて「神」という文字ができた(第3回 自然に宿る神(1) | 親子で学ぼう!漢字の成り立ち)。

 キリスト教は砂漠から生まれたが、日本人は豊かな自然に恵まれている。彼らは過酷な環境を憎み支配の対象としたが、我々は大自然と共生しながら大地と海の恵みに感謝を捧げた。一神教と多神教を分けるのは環境要因なのだろう。

キリスト教における訳語としての「神」

 フランシスコ・ザビエルは当初、ゴッドを「大日」と約し、その後「デウス」に変えた(日本のカトリックにおけるデウス)。「キリスト教は、聖書に基づく人間観、世界観、実在観を教義として整備していくために、主にプラトンとアリストテレスの哲学を摂取して利用した 」(キリスト教54~プラトンとアリストテレス - ほそかわ・かずひこの BLOG)。それゆえ「大日」との訳はそれほど見当違いであったわけではない。大日とは仏教におけるイデア思想であろう。

 日本人からすれば一神教(=アブラハムの宗教)は異形の宗教である。

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竹山道雄著作集 (5)
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2019-02-20

ジョン・ガードナー、徳岡孝夫、ミヒャエル・ネールス


裏切りのノストラダムス』ジョン・ガードナー:後藤安彦〈ごとう・やすひこ〉訳(創元推理文庫、1981年)/数十年ぶりに再読。訳文に少々乱れあり。ま、責めは出版社の校正が負うべきだろう。ドイツがフランスを陥落した後、フランス人女性がドイツ兵と性的関係(具体的な記述はない)を結ぶことを「この種の『協力』」と書いている(180ページ)。またドイツが非戦闘員を殺傷する場面あり。フィクションだから嘘と考えるのは短絡的だ。こうした記述を受け入れるヨーロッパの世相を理解すべきだろう。

「戦争屋」の見た平和日本』徳岡孝夫〈とくおか・たかお〉(文藝春秋、1991年)/著者は三島由紀夫が最後に連絡を取った記者の一人。毎日新聞、サンデー毎日の元記者。「『ビルマの竪琴』と朝日新聞の戦争観」(313ページ)。1985年7月に書かれたもの。米軍の原子力空母エンタープライズの佐世保入港に賛成した竹山道雄を朝日新聞が叩きまくった出来事の概要がわかる。投書も紹介している。嘘と捏造(ねつぞう)を繰り返し、言論弾圧をしてきたのが朝日新聞の歴史といってよい。

アルツハイマー病は治る 早期から始める認知症治療』ミヒャエル・ネールス:鳥取絹子〈とっとり・きぬこ〉訳(筑摩書房、2018年)/翻訳がよくスリリングな内容だ。記憶を司る海馬は死ぬまで成長し続けるという。アルツハイマー病が海馬を破壊する原因は文明にありとしている。「食べ物、運動、知的活動、社会との接触」における欠乏を補うことで初期アルツハイマーは改善できる。

2019-02-19

トイレ掃除は高度な動き/『人生、ゆるむが勝ち』高岡英夫


『悲鳴をあげる身体』鷲田清一
『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴
『だれでも「達人」になれる! ゆる体操の極意』高岡英夫
『高岡英夫の歩き革命』、『高岡英夫のゆるウォーク 自然の力を呼び戻す』高岡英夫:小松美冬構成

 ・トイレ掃除は高度な動き

『究極の身体(からだ)』高岡英夫

身体革命
必読書リスト その二

 おそらく大半の人が、掃除や洗濯は好きではないでしょう。
 私は毎日必ず、自宅の洗面所とトイレの掃除をしています。日によっては私が使うたび、多いときには1日に4~5回も掃除をすることがあります。
 そのたびに何をやっているかというと、便器の内側をブラシでササッと掃除するのです。1日4~5回もやると、洗剤を使わなくても水だけで汚れが落ちてしまいます。そして、トイレットペーパーのミシン目1間隔分だけを使ってトイレの床をすみずみまでふき掃除するのです。これを使ってサッサッサとふくだけで、床一面がピカピカになります。なぜかというと、床が汚れていないからなのです。
 ほこりはすみっこにたまりがちですが、毎日ふき掃除をしていればまったく汚れません。現実には汚れていないけれど、そうやってふいていくのです。
 突然トイレ掃除の話になって、何がいいたいのかとお思いでしょうが、もう少しおつきあいください。
 トイレ掃除はほとんどの人がイヤがることですよね。汚れやすいし、狭く、そのうえ便器の形が複雑だから、体をクネクネさせないと、便器の億までうまく掃除ができません。
 床のふき掃除だって、変に力んで力まかせにこすり過ぎるとトイレットペーパーが破れてしまいますし、便器もきれいになりません。
 つまり、トイレ掃除は、力加減を考えながら手を動かす、けっこう高度な動作なのです。あざやかに体をくねらせて、サッサとやるこの動作自体は、ゴルフでボールを打ったり、テニスでサーブを打ったりする難しい動きと同じぐらい、もしかすると勝るかもしれないほど高度な動きなのです。
 体を魚のようにくねらせるこの動作は、健康だけでなく、さらにはスポーツや高度な機能を開発していく体操に自然となっている。毎日、便器の複雑なところに、いかに鮮やかに体をサッと差し入れて、いかに短い時間の中できれいにするか。さっとふいて、さっとトイレから抜け出してくるか。こうしたことが自分の健康にも、若返りにも、高能力にも役立っているわけなのです。
 そう考えたら、トイレ掃除をやらないなんて、なんてもったいないことだろうと思うのです。

【『人生、ゆるむが勝ち』高岡英夫(マキノ出版、2005年)】

 掃除は努力が100%報われる稀(まれ)な行為だ。掃除はやった分だけ必ずきれいになる。物理世界ではエントロピーが増大し続けるが、これに逆らう唯一の存在が生命体である。乱雑さを整える(=エントロピーを逆行させる)掃除はその象徴的な行為といってよい。ブッダの弟子チューラパンタカ(周利槃特〈すりはんどく〉)は掃除をきっかけにして悟りを得たと伝えられる。

 掃除には体をゆるめるだけではなく、心をゆるめる効用もあります。汚いものに積極的にかかわっていきますから、そのぶんだけ心のバランスがとれてくる。人間としてのバランスがとれてくるから、周囲との人間関係もよくなります。
 人間には汚い部分、きれいごとではすまない部分がたくさんあります。
 そうした自分の汚いところに自分自身で触れないで、気がつかないようにフタをしてしまうのが、いまの社会のあり方だと思うのです。
 ですから、きれいごとですませるというか、とにかく汚いことには触れない、汚いものは避けて通るという人生を子どものころから送っていると、人としてのバランスが失われていきます。

 巧みな説明だが言い過ぎだ。清掃会社に勤める人々全員が善人というわけでもあるまい。それでも尚、心を打たれるのは部分的な真理があるためだろう。

 面接をするよりも部屋を見た方がその人物を理解できるという。ただし言いわけをさせてもらうと男は汚れに対する耐性が高い。いかに乱雑な家に住んでいたとしても悪臭が漂わなければ大目に見るべきだ。いや、大目に見てくれ(笑)。

 今日から喜んでトイレ掃除をすることをここに誓うものである。

2019-02-18

パンク対策:チューブ交換~CO2ボンベ(インフレーター)


ロードバイク~乗る前に必ずマスターしておくべきこと

 ・パンク対策:チューブ交換~CO2ボンベ(インフレーター)

 実はまだパンクの経験がないため繰り返しこれらの動画を見ている。尚、CO2は抜けやすいため、帰宅後は必ずガスを抜いて空気を入れ直すこと。






【タイヤのラベルをバルブの位置に合わせる】

2019-02-17

「あげる」と「やる」/『日本人の矜持 九人との対話』藤原正彦


『妻として母としての幸せ』藤原てい
『天才の栄光と挫折 数学者列伝』藤原正彦
『祖国とは国語』藤原正彦
『国家の品格』藤原正彦

 ・「あげる」と「やる」

『夫の悪夢』藤原美子
『日本人の誇り』藤原正彦

藤原●彼らも一種のエリートなのですから、日本の期待を背負っているんだという気概を少しは持ってくれないと困りますね。

曽野綾子●私もそう思います。彼らを送り出すために、税金も含めて、さまざまな人がさまざまなバックアップをしてきた。それを自覚した人間になってほしい。
「自分を褒めてあげたい」(※筆者註:有森裕子の発言が誤って伝わったもの)なんて、誰が最初に言い出したのか。気持ちが悪い言葉ですね。ああ言われたら、こちらは「ああ、そうですか」と言い返すしかない。自分自身への評価は沈黙のうちにするべきことです。そもそも「褒めてあげたい」という日本語が間違っている。正しくは「褒めてやりたい」ですよ。「子供にお菓子をやる」のであって、「子供にお菓子をあげる」のではない。

藤原●いい齢した大人の使う言葉ではありませんね。

曽野●それと、いまの日本の教育で欠けていると思うのは、「人を疑え」ということですね。それは他人を拒絶せよ、ということではない。むしろ、人間を信じ、人間とかかわりを持つためには、まず疑わなくてはならないのです。たとえば、子供が知人に誘拐されたり、殺されたりする事件が起きると、必ず「人を信じられないとはなんと悲しいことでしょう」というコメントが登場しますが、人はもともと信じられないものなんです。

【『日本人の矜持 九人との対話』藤原正彦(新潮社、2007年/新潮文庫、2009年)】

 齋藤孝、中西輝政、曽野綾子、山田太一、佐藤優、五木寛之、ビートたけし、佐藤愛子、阿川弘之らとの対談集。どれも滅法面白い。佐藤優に冴えがないのは保守派の藤原を警戒したためだろう(笑)。五木寛之なんぞは自虐史観の持ち主だが、古い歌謡曲を巡るやり取りには阿吽(あうん)の呼吸すら感じた。

 記憶があやふやなのだが冒頭の「彼ら」とは多分オリンピック選手のことだろう。私が曽野綾子と接するのは実に『誰のために愛するか』(青春出版社、1970年)以来のことである。クリスチャンと左翼の親和性が高いのはつとに指摘されるところだが、曽野綾子は珍しく保守論客である。しかも多くの物議を醸(かも)してきた。あまり好きな人物ではないが藤原が選ぶのだからそれなりの理由があるのだろう。

 先程「誰々に物をあげる」という場合の「あげる」が「上げる」でいいのかどうかを調べていた。

人に物をあげるの、「あげる」にはどの漢字を使うのが正しいですか??上げる... - Yahoo!知恵袋

 で、ふと曽野の指摘を思い出したというわけ。読んだ時、ハッとした。意外と気づかないものである。その気づかないところに不明の不明たる所以(ゆえん)があるのだろう。

 私が長らく曽野綾子を敬遠してきたのは、まだ保守が右翼と思われていた時代背景の影響が強い。ま、注目を集めるために極論を述べることは決して珍しいことではない。また保守系女性論客は明らかに叩かれやすい傾向があり、普段は言論の自由を声高に主張する左翼どもが平然と言論を抑圧している。

「あげる」と「やる」という言葉遣いの狂いにも、戦後の悪しき平等主義が影を落としている。

日本人の矜持―九人との対話 (新潮文庫)
藤原 正彦
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腸内細菌で自閉症の症状を緩和することができる/『できない脳ほど自信過剰 パテカトルの万脳薬』池谷裕二


『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二
『脳はなにかと言い訳する 人は幸せになるようにできていた!?』池谷裕二
・『脳はなにげに不公平 パテカトルの万脳薬』池谷裕二

 ・腸内細菌で自閉症の症状を緩和することができる

『脳はバカ、腸はかしこい』藤田紘一郎

 腸内細菌で自閉症の症状を緩和することができる――。そんなネズミの実験データが発表されました。カリフォルニア工科大学のマツマニアン博士らが先々月の「セル」誌に発表した論文です。
 腸と脳は密接に関係しています。腸内細菌も精神状態に影響を与えることはすでに知られています。しかし、自閉スペクトラム症(ASD)はいわゆる発達障害の一種です。つまり生まれつきの症状です。これが腸内細菌で治療できるとはどういうことでしょうか。今回の発見を私なりに消化するまでに時間を要しました。
 発見の端緒は「合併症」の丹念な調査にあります。2年前にハーバード大学のコハネ博士らは1万4000人のASDの方を集め、彼らが他にどんな病気を患っているかを調べたのです。すると炎症性腸疾患という慢性の腸炎を併発している率が高いことがわかりました。腸炎の原因は十分にはわかっていませんが、一因は腸内細菌であろうと考えられています。
 この発見に、近年のミクロビオーム研究が加担します。最新の検査技術を用いると、大量の腸内細菌を一斉に調べ上げることができます。腸内にどんな細菌が住んでいるか(ミクロビオーム)が一網打尽にわかります。その結果、ASDの方のミクロビオームは健常者のものとは異なっていました。
 もちろん、これだけでは、ミクロビオームが原因でASDになったのか、あるいは逆に、ASDの方に偏食があるからミクロビオームが変化しているのかはわかりません。ヒトでこれを確かめるわけにはゆきません。そこでマツマニアン博士らは、ネズミの実験に切り替えることにしました。その結果、ミクロビオームこそがASDの症状の一因だという結論を得たのです。もう少し詳しく説明しましょう。
 ASDの原因の一つは感染です。生まれる前、まだ母親の胎内にいるときに感染すると、ASDの危険率がぐんと上昇します。その証拠に、妊娠中の母ネズミに感染炎症を生じさせると、生まれてきた仔はヒトのASDにそっくりな症状を示します。社交的な行動が減っているだけでなく、なんとミクロビオームまで変化しているのです。
 そこで博士らは、大腸炎を改善することが知られている「バクテロイデスフラジリス」という細菌を、生まれてきたばかりの仔マウスに与えました。するとマクロビオームが改善され、驚くべきことに、成長してもASDの症状を示さなかったのです。
 炎症性腸疾患は、ASDだけでなく、うつ病やある種の知的障害などにも見られる症状です。今回のデータは、これまで対処が難しかった精神疾患や発達障害への治療の糸口になるかもしれません。

【『できない脳ほど自信過剰 パテカトルの万脳薬』池谷裕二〈いけがや・ゆうじ〉(朝日新聞出版、2017年)】

『週刊朝日』に連載された科学コラム「パテカトルの万脳薬」の2013年9月6日号~2014年12月26日号掲載分で、『脳はなにげに不公平 パテカトルの万脳薬』の続篇。

瓢箪から駒が出る」とはこのことか。「ランプから魔神」でもよい。

 我々の思考はどうしても特定の部位に目を向けてしまう。脳、血管、神経、臓器など。腸内細菌は口から入ったもので作られる。お腹の中の赤ちゃんは無菌状態である。帝王切開の出産が問題なのは産道を通る時に口から入る母体の菌を取り入れることができないためだ。

 私が子供の時分は菌といえばバイ菌を意味したが、ヨーグルトでお馴染みのビフィズス菌が善玉菌として菌のイメージを書き換えた。人体の細胞は60兆個といわれる(最新の説では37兆個→気になる数字をチェック! 第9回 『37,000,000,000,000(37兆)個』|北キャンレポート|R&BPマガジン|北大リサーチ&ビジネスパーク推進協議会/同数説もあり→「体内細菌は細胞数の10倍」はウソだった | ナショナルジオグラフィック日本版サイト)。しかし実はそれを上回る数の細菌が人体を構成している。

「私」という存在を固定化し確定したものと考えるところに思考の過ちがあるのだろう。もっと淡くて曖昧な状態・現象が統合されて「私」という仮想が現実の姿に見えているだけなのだ。これを諸法無我という。

 精神疾患や知的障碍は人体のみならず家族や社会との関係にも大きな影響を及ぼす。悩みや苦しみが関係性から生じ、喜びや楽しみもまた関係性から生じる。今ここにあるのは関係性だけなのかもしれない。

できない脳ほど自信過剰
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脳はなにげに不公平 パテカトルの万脳薬
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2019-02-16

果たし得てゐいない約束――私の中の二十五年/『決定版 三島由紀夫全集 36 評論11』三島由紀夫


三島由紀夫の遺言

 ・果たし得てゐいない約束――私の中の二十五年

『三島由紀夫が死んだ日 あの日、何が終り 何が始まったのか』中条省平
『三島由紀夫の死と私』西尾幹二
『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』中川右介
『三島由紀夫と「天皇」』小室直樹

 私の中の二十五年間を考へると、その空虚に今さらびつくりする。私はほとんど「生きた」とはいへない。鼻をつまみながら通りすぎたのだ。
 二十五年前に私が憎んだものは、多少形を変へはしたが、今もあひかはらずしぶとく生き永らへてゐる。生き永らへてゐるどころか、おどろくべき繁殖力で日本中に完全に浸透してしまつた。それは戦後民主主義とそこから生ずる偽善といふおそるべきバチルスである。

【果たし得てゐいない約束――私の中の25年
〈初出〉サンケイ新聞(夕刊)・昭和45年7月7日
 私の中の二十五年〈初刊〉「蘭陵王」・新潮社・昭和46年5月
『決定版 三島由紀夫全集 36 評論11』三島由紀夫(新潮社、2003年)
『文化防衛論』(ちくま文庫、2006年)以下同】

 三島由紀夫の文学に興味はない。国家が左翼に染まる中で日本の伝統と歴史を取り戻すために、一人立ち上がり、叫び、そして死んでみせた男の存在が、私の内部でどんどん大きくなってきた。三島が自刃したのは4ヶ月後の11月25日である。

 三島は大正14年(1925年)生まれなので年齢は昭和の年号と一致する。すなわち「私の中の二十五年」とは戦後の二十五年を意味する。

 民主という名の無責任が平和憲法の偽善と重なる。国家の要である国防を他国に委(ゆだ)ね、安閑と経済的繁栄にうつつを抜かす日本を彼は許せなかった。既に国際的な名声を確立し、国内では「天皇陛下の次に有名な人物」と評された。まさしくスーパースターといってよい。壮年期の真っ盛りにあって仕事は成功し、政治にコミットし、肉体を鍛え上げ、国防(民間防衛)のために青年たちを組織した。理想を実現した人物であった。

 そんな彼だからこそ満たされぬ渇(かわ)きは深刻だったのだろう。「鼻をつまみながら通りすぎた」との一言に哀切を感じるのは私だけではあるまい。人生という作品を成功だけで終わらせてしまえば陳腐なドラマになってしまう。

 それよりも気にかかるのは、私が果たして「約束」を果たして来たか、といふことである。否定により、批判により、私は何事かを約束してきた筈だ。政治家ではないから実際的利益を与へて約束を果たすわけではないが、政治家の与へうるよりも、もつともつと大きな、もつともつと重要な約束を、私はまだ果たしてゐないといふ思ひに日夜責められるのである。

 プライドは誇り・自尊心・自負心と訳される。「武士は食わねど高楊枝」というのはまさしくプライドであろう。その裏側には痩せ我慢が貼り付いている。責任はプライドよりも重い。世の中の混乱は無責任に端を発するといっても過言ではない。政治家や官僚の無責任はもとより、教師や親に至るまで自分の責任を真剣に考えることは少ない。

 三島が痛切に感じた自責の念は「日本人」として生まれた者の責任感であったのだろう。

 二十五年間に希望を一つ一つ失つて、もはや行き着く先が見えてしまつたやうな今日では、その幾多の希望がいかに空疎で、いかに俗悪で、しかも希望に要したエネルギーがいかに厖大であつたかに唖然とする。これだけのエネルギーを絶望に使つてゐたら、もう少しどうにかなつてゐたのではないか。
 私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行つたら「日本」はなくなつてしまふのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなつて、その代はわりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。それでもいいと思つてゐる人たちと、私は口をきく気にもなれなくなってゐるのである。

 最後の一言が長く私の心に引っ掛かっていた。これは多分、藤原岩市〈ふじわら・いわいち〉と山本舜勝〈やまもと・きよかつ〉に向けたものだろう。三島にとって最大の理解者でありながらもクーデターを共にすることはなかった。

「無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国」との予言に戦慄を覚える。三島の視線は現在をも射抜いている。

 三島の死後、自宅書斎の机上から、本文が掲載されたサンケイ新聞夕刊の切抜きと共に、「限りある命ならば永遠に生きたい. 三島由紀夫」と記した書置きが発見されている。

Wikipedia

 三島は死して永遠の存在となった。日本がある限り、三島の魂が朽ちることはないだろう。