2021-07-30

踵を踏む/『常歩(なみあし)式スポーツ上達法』常歩研究会編、小田伸午、木寺英史、小山田良治、河原敏男、森田英二


『病気の9割は歩くだけで治る! 歩行が人生を変える29の理由 簡単、無料で医者いらず』長尾和宏
『病気の9割は歩くだけで治る!PART2 体と心の病に効く最強の治療法』長尾和宏
『ウォーキングの科学 10歳若返る、本当に効果的な歩き方』能勢博
『ランニングする前に読む本 最短で結果を出す科学的トレーニング』田中宏暁
『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード
『アルツハイマー病は治る 早期から始める認知症治療』ミヒャエル・ネールス
『一流の頭脳』アンダース・ハンセン
『ウォークス 歩くことの精神史』レベッカ・ソルニット
『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』ロバート・ムーア
『「体幹」ウォーキング』金哲彦
『高岡英夫の歩き革命』、『高岡英夫のゆるウォーク 自然の力を呼び戻す』高岡英夫:小松美冬構成
『あらゆる不調が解決する 最高の歩き方』園原健弘
『あなたの歩き方が劇的に変わる! 驚異の大転子ウォーキング』みやすのんき
ナンバ歩きと古の歩術
『表の体育・裏の体育』甲野善紀
『「筋肉」よりも「骨」を使え!』甲野善紀、松村卓
『ナンバ走り 古武術の動きを実践する』矢野龍彦、金田伸夫、織田淳太郎
『ナンバの身体論 体が喜ぶ動きを探求する』矢野龍彦、金田伸夫、長谷川智、古谷一郎
『ナンバ式!元気生活 疲れを知らない生活術』矢野龍彦、長谷川智
『本当のナンバ 常歩(なみあし)』木寺英史
『健康で長生きしたけりゃ、膝は伸ばさず歩きなさい。』木寺英史

 ・踵を踏む

『スポーツ選手なら知っておきたい「からだ」のこと』小田伸午
『トップアスリートに伝授した 勝利を呼び込む身体感覚の磨きかた』小山田良治、小田伸午
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖

身体革命
必読書リスト その二

 身体が前に出るということは、「踵(かかと)を踏む」ことです。前に出るのに「踵を踏む」と言われても、ピンとこないかもしれません。「つま先で蹴るのでは?」と思った人もいるでしょう。しかし、踵から接地してつま先(拇指球あたり)で蹴る動きは、中心軸感覚による走歩行の典型的な特徴です。実際に、剣道の打突や陸上競技など、スポーツの現場では、何の疑いも持たずに拇指球で蹴っている人が多く見受けられます。しかし、それは「つま先を蹴れば前に行ける」という先入観によるもので、実際はまったく逆の動きによって前に出ているのです。
 では、わかりやすい実験をしてみましょう。立った姿勢から、徐々に身体を前に倒してみてください。もうすぐ倒れるというギリギリの状態まで身体を倒し、そこで止めます。足裏の感覚を確かめてみてください。つま先で踏みとどまっていることがわかるでしょう。
 これは、基本的な人間の姿勢調節に関する話です。バスや電車に乗っていて、前に倒れそうになったら、踵を上げてつま先を踏み、後ろに居直ります。このつま先で踏むという動作は、重心の位置を、つま先より前へ越えないようにするためのものです。そうやって地面を前に蹴り、後ろへの反力をもらって姿勢を調節しているのです。このとき、身体は前傾しているように感じますが、重心点は身体を支える支持点(拇指球)の真上にあり、決してそれより前には出ていません。つまり、「つま先で踏む」ことは、前に行く動きにブレーキをかけているのです。速く走りたいのに、ブレーキをかける人はいないはずです。スピードを殺さずに走るためには、つま先で蹴る動作をなくし、ブレーキを最小限に抑えなければならないのです。

【『常歩(なみあし)式スポーツ上達法』常歩研究会編、小田伸午〈おだ・しんご〉、木寺英史〈きでら・えいし〉、小山田良治〈おやまだ・りょうじ〉、河原敏男〈かわはら・としお〉、森田英二〈もりた・ひでじ〉(スキージャーナル、2007年)】

 小田、木寺、小山田の3人で交わしたメールは7000~8000通にもなるという。それ自体がシナプスの発火や軸索の伸びを示している。人と人とのつながりは本来そうあるべきだろう。脳が活性化するような付き合いでなければ時間の無駄だ。

 踵を踏むことはさほど難しくはない。実際にやってみるとわかるが、拇指球の力を抜くことが難しいのだ。更に踵を残すという一連の行為ができるまでは時間を要する。長年にわたって染み付いた思い込みが体を束縛しているのだ。

 大衆がスポーツに熱狂するのは力と技を純粋に競い合うためだろう。社会は社会性を重んじるあまり実力勝負の場面が乏しい。出自や損得で動くことも決して少なくない。それどころか誰の紹介で入社したかで平然と差別がまかり通る。そのスポーツをも商業主義で地に貶めたのがオリンピックだ。もはやスポーツ選手を利用した金儲けの舞台に過ぎない。

 同じ行為の繰り返しが身体の機能を損なうとすれば、人間の体が不自由になったのは農業社会に移行したのが大きいと考えられる。その上、食生活が一変した(『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット)。

 拇指球で蹴らない効用は直ぐ実感できた。ギョサンで5km以上歩いても足裏が痛むことがなくなった。それまでは滑り止めと思われるゴムの小さな突起で歩くのが厭(いや)になるほど痛くなった。たぶん部分的な負荷が消えたのだろう。

 もう一度常歩(なみあし)を確認しよう。

 腕の動きも外旋となる。上から見た場合、腕は逆ハの字に振る。しかも通常のパワーウォークと異なり、前方向への振りを意識する。ほんの少しボクシングのアッパーカット気味にすると感覚をつかみやすい。

 初めは着地脚の膝を曲げないことだけ意識すればよい。安来節(やすきぶし)の要領で構わない。大袈裟にやった方が動きの違いがわかりやすいだろう。

 常歩(なみあし)は誤った常識に縛られた体を解放してくれる。

2021-07-29

小山田ウォーク/『トップアスリートに伝授した 勝利を呼び込む身体感覚の磨きかた』小山田良治、小田伸午


『病気の9割は歩くだけで治る! 歩行が人生を変える29の理由 簡単、無料で医者いらず』長尾和宏
『病気の9割は歩くだけで治る!PART2 体と心の病に効く最強の治療法』長尾和宏
『ウォーキングの科学 10歳若返る、本当に効果的な歩き方』能勢博
『ランニングする前に読む本 最短で結果を出す科学的トレーニング』田中宏暁
『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード
『アルツハイマー病は治る 早期から始める認知症治療』ミヒャエル・ネールス
『一流の頭脳』アンダース・ハンセン
『ウォークス 歩くことの精神史』レベッカ・ソルニット
『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』ロバート・ムーア
『「体幹」ウォーキング』金哲彦
『高岡英夫の歩き革命』、『高岡英夫のゆるウォーク 自然の力を呼び戻す』高岡英夫:小松美冬構成
『あらゆる不調が解決する 最高の歩き方』園原健弘
『あなたの歩き方が劇的に変わる! 驚異の大転子ウォーキング』みやすのんき
ナンバ歩きと古の歩術
『表の体育・裏の体育』甲野善紀
『「筋肉」よりも「骨」を使え!』甲野善紀、松村卓
『ナンバ走り 古武術の動きを実践する』矢野龍彦、金田伸夫、織田淳太郎
『ナンバの身体論 体が喜ぶ動きを探求する』矢野龍彦、金田伸夫、長谷川智、古谷一郎
『ナンバ式!元気生活 疲れを知らない生活術』矢野龍彦、長谷川智
『本当のナンバ 常歩(なみあし)』木寺英史
『健康で長生きしたけりゃ、膝は伸ばさず歩きなさい。』木寺英史
『常歩(なみあし)式スポーツ上達法』常歩研究会編、小田伸午、木寺英史、小山田良治、河原敏男、森田英二
『スポーツ選手なら知っておきたい「からだ」のこと』小田伸午

 ・小山田ウォーク

『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖

身体革命
必読書リスト その二

小田●じゃあいこうか。LSD。Long Slow Distance。良ちゃん(小山田)と出会ってもう20年たつけど、昔、小山田ウォークってありましたね。このなかで、やれる人いる? ちょっと小山田ウォークやってみて。ターンオーバーの一番いい練習なんだよ。

小山田●あ、浅井ができます。足関節の動きを抑えて、股関節の伸展と膝関節の伸展を同時にやるヤツ。後ろで膝が伸びて、前方では膝が曲がって着地する。前方は膝伸ばさなくて、後方で膝伸ばす(図166)。
小田●これがLSDの走り?

小山田●ハムストリングを一番効率よく使うトレーニングということで入ったのが小山田ウォークです。

小田●今回の本でハムストリングの話が出てくるけど、20年前にハムストリングから入ってるの。

小山田●はい。あの時から頭にあったことを、今回は細かく書きました。

小田●LSDの Slow に一番意味があるんですね。

小山田●そうです。 Slow に。

小田●何で Slow を考えたの?

小山田●雑に運動するんじゃなくて、一番低速で丁寧な動きをすることで、高速でもその丁寧な動きを維持できるんじゃないかというところが始まりなんです。

小田●浅井さん、山内さん、最初に小山田さんからLSDをどういう言葉で聞いた? 代々変わっていって、人によって聞いた言葉がちょっと違うと思うよ。

浅井●僕は12年前かな。この治療院へ来だした時ですね。まず前脛骨筋にテンションを入れながら、長い距離をゆっくり乗りなさいって言われました。

小田●これこれ。この「ゆっくり」が大事なんだ。

浅井●50kmの距離を3時間、4時間かけて載るぐらいの感じ。ふつうなら1時間半、2時間くらいでいけますよね。

小田●それはかえって難しいことなの?

浅井●難しいっていうか、スタートして10分くらいでもう足がつってきます。当時は脛のあたりと足の裏がつってましたね。

小田●脛骨筋と足底か。この話は、普通わからないよねえ。ゆっくりやる練習が一番楽なのかなって思いますよね。

小山田●ゆっくりやっていますが、その分、力を入れたものが抜けないじゃないですか。抜けない状態を長く続けなきゃいけないから、そこがまずはもう持久力ですよね。

小田●力を入れておくところと、入れておかないところがある。

小山田●そうですそうです。脱力と入力ですよね。

小田●入力は脛骨筋?

小山田●脛骨筋はずっと出力を掛けてなきゃいけないので。

小田●これも世間では珍しい話なんだよね。

【『トップアスリートに伝授した 勝利を呼び込む身体感覚の磨きかた』小山田良治〈おやまだ・りょうじ〉、小田伸午〈おだ・しんご〉(創元社、2019年)】

 競輪選手の山内卓也〈やまうち・たくや〉、浅井康太〈あさい・こうた〉を交えた座談会から。あちこちに火花を放つ言葉が出てくる。プロスポーツ選手の高い意識が高山の冠雪を思わせる。

 3ヶ月ほど要して私の常歩(なみあし)アプローチは、腿に手を置き、右足を前に出すタイミングで右肩甲骨を中央に寄せる(内旋)というやり方に落ち着いた。最初は矢野式ナンバで右胸骨を上げていた。肩甲骨を外旋するやり方もあるのだが、どうも歩きにくかった。

 そしてこのテキストに遭遇した。頭の中で電球が灯(とも)った。思わず「これだよ、これ!」と欣喜雀躍した。実践する前から得心した。疑問を手放さなければ答えは必ず見つかるものだ。

 BABジャパンで「小山田ウォーク」の本を企画してもらいたい。

 慣れるまでは少し難しく感じるが、実は当たり前のように行っていることに気づいた。我々は坂道の上り下りや、砂浜を歩く時、自然に小山田ウォークとなっているのだ。それゆえ平坦な道では膝抜きを大袈裟にやるくらいでいい。実際は階段を下りる時の足使いなのだが、腰を落として歩く意識で行えば感覚がつかめる。

 少し時間ができたので駆け足で紹介してきた。今となっては金哲彦~みやすのんきは読まなくてもいいように思うが、ナンバや常歩(なみあし)を理解するためには通っておくべき必要な道である。上記リンクで紹介した書籍は、ウォーキングを勧める医師ですら知らない情報である。政府が社会保障費の抑制を本気で考えているのであれば、常歩研究会に多額の助成金を出し、彼らが活躍できる場を用意するのが一番の近道である。

動きの「細分化」/『月刊「秘伝」特別編集 天才・伊藤昇と伊藤式胴体トレーニング「胴体力」入門』月刊「秘伝」編集部編


『究極の身体(からだ)』高岡英夫
『フェルデンクライス身体訓練法 からだからこころをひらく』モーシェ・フェルデンクライス
『運動能力は筋肉ではなく骨が9割 THE内発動』川嶋佑
『ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う』日野晃、押切伸一
『大野一雄 稽古の言葉』大野一雄著、大野一雄舞踏研究所編
『武学入門 武術は身体を脳化する』日野晃
『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴
『スーパーボディを読む ジョーダン、ウッズ、玉三郎の「胴体力」』伊藤昇
『気分爽快!身体革命 だれもが身体のプロフェッショナルになれる!』伊藤昇、飛龍会編

 ・柔軟性よりも胴体力
 ・動きの「細分化」

・『棗田式 胴体トレーニング』棗田三奈子
・『火の呼吸!』小山一夫、安田拡了構成
・『新正体法入門 一瞬でゆがみが取れる矯正の方程式』佐々木繁光監修、橋本馨
・『仙骨姿勢講座 仙骨の“コツ”はすべてに通ず』吉田始史
『ストレス、パニックを消す! 最強の呼吸法システマ・ブリージング』北川貴英

身体革命
必読書リスト その二

伊藤●胴体の三つの動きの質がよくなると、身体の動きが、全く変わります。それは、力が出るようになるとか、元気になるとか、動きが速くなる等、ただ動けるようになるだけではありません。胴体が動くようになると、肩、胸、骨盤が更に動くようになり、動きの「細分化」が生まれます。そこまでゆくことがひとつのポイントなのです。
 骨盤や肋骨をどう動かすか、鎖骨と肩甲骨はどうするのか、といったことが分かってくると、身体の軸が分かってくるようになります。軸が分かるようになると、身体の緊張がスーッととれて、人との距離関係がハッキリしてくるので、気配や間合いなどが簡単に感じられるようになります。逆にこの感覚がなければ、格闘技としても、護身術としても不完全なわけですから。

【『月刊「秘伝」特別編集 天才・伊藤昇と伊藤式胴体トレーニング「胴体力」入門』月刊「秘伝」編集部編(BABジャパン出版局、2006年/新装改訂版、2021年)】

 朗報である。明日(7月30日)、新装改訂版が出る。しかも1760円と価格も据え置き。伊藤昇は55歳で逝去した。努力の果てに才を花開かせた人物だ。少林寺拳法と沖ヨガを通して独創的な運動理論に辿り着いた。アスリートが体幹トレーニングに注目する遥か以前から胴体力を解明した。

 意識するのは筋肉ではなく骨である。細分化とは骨を動かすことだ。すると全身は鞭のようにしなりが出る。我々の意識は手足という抹消に向かいがちだが、胴体から力を伝えることで筋肉に負荷をかけない動きが実現する。

 丹田を中心に骨盤・胸骨・肩甲骨を自在に動かすことができれば水中を泳ぐ魚のようにしなやかな体を手に入れることができる。

民は由らしむべし,知らしむべからず


 封建時代の政治原理の一つ。出典は『論語』泰伯編。「人民を従わせることはできるが,なぜ従わねばならないのか,その理由をわからせることはむずかしい」という意味である。つまり,人民は政府の法律によって動かせるかもしれないが,法律を読めない人民に法律をつくった理由を納得させることは困難である,といっているにすぎない。ところが江戸時代には,法律を出した理由など人民に教える必要はない,一方的に法律(施政方針)を守らせればよいという意味に解されて,これが政治の原理の一つとなった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

2021-07-28

常歩(なみあし)は文殊の知恵/『本当のナンバ 常歩(なみあし)』木寺英史


『病気の9割は歩くだけで治る! 歩行が人生を変える29の理由 簡単、無料で医者いらず』長尾和宏
『病気の9割は歩くだけで治る!PART2 体と心の病に効く最強の治療法』長尾和宏
『ウォーキングの科学 10歳若返る、本当に効果的な歩き方』能勢博
『ランニングする前に読む本 最短で結果を出す科学的トレーニング』田中宏暁
『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード
『アルツハイマー病は治る 早期から始める認知症治療』ミヒャエル・ネールス
『一流の頭脳』アンダース・ハンセン
『ウォークス 歩くことの精神史』レベッカ・ソルニット
『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』ロバート・ムーア
『「体幹」ウォーキング』金哲彦
『高岡英夫の歩き革命』、『高岡英夫のゆるウォーク 自然の力を呼び戻す』高岡英夫:小松美冬構成
『あらゆる不調が解決する 最高の歩き方』園原健弘
『あなたの歩き方が劇的に変わる! 驚異の大転子ウォーキング』みやすのんき
ナンバ歩きと古の歩術
『表の体育・裏の体育』甲野善紀
『「筋肉」よりも「骨」を使え!』甲野善紀、松村卓
『ナンバ走り 古武術の動きを実践する』矢野龍彦、金田伸夫、織田淳太郎
『ナンバの身体論 体が喜ぶ動きを探求する』矢野龍彦、金田伸夫、長谷川智、古谷一郎
『ナンバ式!元気生活 疲れを知らない生活術』矢野龍彦、長谷川智

 ・常歩(なみあし)は文殊の知恵

『健康で長生きしたけりゃ、膝は伸ばさず歩きなさい。』木寺英史
『常歩(なみあし)式スポーツ上達法』常歩研究会編、小田伸午、木寺英史、小山田良治、河原敏男、森田英二
『スポーツ選手なら知っておきたい「からだ」のこと』小田伸午
『トップアスリートに伝授した 勝利を呼び込む身体感覚の磨きかた』小山田良治、小田伸午
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖

身体革命
必読書リスト その二

 さて、それでは「なんば」の考察から常歩(なみあし)が生まれてきた経緯を述べてみます。私は剣道の打突動作の考察から「なんば」、さらに常歩(なみあし)へと進んできましたが、私が意見交換に加わる前から、小田先生は「ターンオーバー」、小山田氏は「二直線歩行」などを考察し提唱されていました。(中略)
 最初に常歩(なみあし)のヒントを得たのは、ゆっくり走るという動作からです。当時、ゆっくりながらさまざまな上肢の動きを繰り返していました。ある日、上肢(腕)をだらりと下げて肩の力を抜き走っていますと、同側の足と手がほぼ同時に同方向に振られていることに気づきました。
 皆さんも試してみてください。腕をだらりと下げてゆっくり走り、充分に肩甲骨周辺が脱力していると、足と手が同方向に振れてきます。このときの足と体幹の動きを観察してみましょう。肩の動きに注目すると、「左右の半身を繰り返す」という誤解された「なんば」とは違うことがわかります。振り出される足と同側の肩が前方に動くのではなく、【振り出される足の逆側の肩が前方へ動きます】。つまり、着地している足と同側の肩が前方へ動くのです。私はこの走り方を「なんばジョギング」と名づけました。
「なんばジョギング」を繰り返していますと、もう一つ肩の動きで重要なことがわかってきます。それは、着地足側の肩が前方へ動くだけでなく、【下方向に引き込まれる】のです。これも、肩甲骨周辺の柔軟性と脱力が条件ですが、肩甲骨が腕の重さで着地足側へ引っ張られます。この「なんばジョギング」を毎日続けました。すると、徐々に身体の左右に軸感覚が生まれてきました。

【『本当のナンバ 常歩(なみあし)』木寺英史〈きでら・えいし〉(スキージャーナル、2004年)以下同】

 常歩(なみあし)誕生までの試行錯誤が綴られている。木寺のホームページを見た小田伸午〈おだ・しんご〉がメールを送った。続いて小田と交友のあった小山田良治〈おやまだ・りょうじ〉からも木寺宛てにメールが寄せられた。試行錯誤を続けていた三人が寄り集まった時、文殊の如き知恵が生まれた。どこか桃園の誓いを思わせるエピソードである。

 上記テキストはかなりわかりにくい。動作を言葉で伝える難しさがここにある。常歩(なみあし)の基本動作は、二軸、着地する足の膝を伸ばさない、踵(かかと)は残す、の3点である。骨盤歩きを行えばたちどころに理解できる。慣れない内は小走り気味に歩いてみるといい。

 そこで重要な役割をするのが股関節なのです。股関節が外旋する、または外旋力が働くことにより、この骨盤の動きが誘導されることがわかってきました。股関節が外旋するというのは股関節が膝と足先が外側を向くように動くことをいいます。

 私にとってはこれが難しかった。指で地面をつかもうと意図的に内旋させていたためだ。だが数日間歩いて直ぐに理解できた。アイススケートの滑り方と一緒なのだ。足裏の動きは通常のウォーキングと一緒で踵から外側に体重を載せ、最後は親指側から抜ける。この時、拇指球に力を入れてはならない。飽くまでも推進力は踵である。

 もっとわかりやすく説明しよう。立ったまま右足を上げて、足指側は浮かせたままで静かに踵を着く。着地した瞬間に左足を上げる。すると恐ろしいほど前に進む力が現れる。しかも踵を使うことで脚の裏側の筋肉が作動する。推進力となるのは体の後ろ側の筋肉だ。

 二軸動作についてはまだ感得していない。ただし中心軸動作は既に脱却している。ここに至るまで2~3ヶ月を要した。常歩(なみあし)は実に奥が深い。

骨で歩く/『すごい!ナンバ歩き 歩くほど健康になる』矢野龍彦


『病気の9割は歩くだけで治る! 歩行が人生を変える29の理由 簡単、無料で医者いらず』長尾和宏
『病気の9割は歩くだけで治る!PART2 体と心の病に効く最強の治療法』長尾和宏
・『ウォーキングの科学 10歳若返る、本当に効果的な歩き方』能勢博
『ランニングする前に読む本 最短で結果を出す科学的トレーニング』田中宏暁
『「体幹」ウォーキング』金哲彦
『高岡英夫の歩き革命』、『高岡英夫のゆるウォーク 自然の力を呼び戻す』高岡英夫:小松美冬構成
『あらゆる不調が解決する 最高の歩き方』園原健弘
『あなたの歩き方が劇的に変わる! 驚異の大転子ウォーキング』みやすのんき
ナンバ歩きと古の歩術
『表の体育・裏の体育』甲野善紀
『「筋肉」よりも「骨」を使え!』甲野善紀、松村卓
『ナンバ走り 古武術の動きを実践する』矢野龍彦、金田伸夫、織田淳太郎
『ナンバの身体論 体が喜ぶ動きを探求する』矢野龍彦、金田伸夫、長谷川智、古谷一郎
『ナンバ式!元気生活 疲れを知らない生活術』矢野龍彦、長谷川智

 ・骨で歩く

『本当のナンバ 常歩(なみあし)』木寺英史
『常歩(なみあし)式スポーツ上達法』常歩研究会編、小田伸午、木寺英史、小山田良治、河原敏男、森田英二

身体革命

 ナンバ歩きのメリットは、以下のとおりです。

・長く歩いても疲れない
・腰や膝、かかとが痛くならない
・身体の調子がよくなる
・歩いているうちに気分が向上する
・集中力があっぷする
・うつ気味な気持ちが解消する
・やせる

(中略)ひと言でいい表せば、【現代ウォーキングは「筋肉を酷使(こくし)した“頑張り感”がある歩き方」で、ナンバ歩きは「骨を動かして全身を運動させ、無理なく使う歩き方」】だと言えます。

【『すごい!ナンバ歩き 歩くほど健康になる』矢野龍彦〈やの・たつひこ〉(河出書房新社、2016年)】

 具体的な歩き方はこうだ。

・上半身を捻らない。
・歩幅は狭く、摺り足気味。蹴らない。
・腕は肩に“ぶら下げる”。
・踵から着地しない。

 盆踊りの動きを取り入れた歩き方が一番実践しやすい。

 動画「ナンバ歩きと古の歩術」を参照せよ。

 以前からナンバには興味があり試行錯誤してきたのだが、さっぱりわからなかった。私の志向は伊藤式胴体トレーニング~初動負荷理論~スロージョギングを経て、再びウォーキングに回帰し、ナンバ~常歩(なみあし)に辿り着いた。

 本書を読んで、「あ!」と気づいた。ナンバの正体が見えた瞬間だ。私は腿(もも)に手を置くナンバ歩きを直ぐ実践した。膝と同じ側の肩を連動させるのだ。右膝を上げる時は右肩を同時に上げる。体は正面を向いたままだ。骨盤を振る必要はない。もう少しテクニカルなことを言うと、【骨盤と胸骨】の動きを一体化させるのだ。短い距離を歩いただけで腑に落ちた。

 私はかなり運動神経がいいので直ぐ理解できたが、これは一筋縄ではいかない。盆踊り式の手を動かすやり方が確実だ。それでもわからなければロボット歩きをしてみるといい。

 本書を通ってから常歩(なみあし)に至るのが正道である。

サンセベリアの葉挿し


サンセベリアの植え替え
サンセベリアの土を考える
サンセベリアの根腐れ
サンセベリアの用土はこれで決まり
サンセベリアの裸苗
サンセベリアの肥料

 ・サンセベリアの葉挿し



 梅雨明けのタイミングでいくつか芽が出てきた。10ヶ月もかかるとは思わなかった。それだけに嬉しさも一入(ひとしお)である。


 時折横に伸びる葉がある。これを挿すのがいいだろう。上下を間違えないようにマジックなどで必ず矢印を書くこと。株分けする場合は切り口をしっかりと乾燥させてから植えないと菌が侵入してしまう。今年は鉢を外に出すのが1週間ほど早かったようで、ほぼ全ての葉が傷んでしまった。貸し出してあった鉢が大きく育ったので持ち帰って二つに分けた。今日現在、全部で8鉢にまで育った。命を育むことが人間にとって最大の喜びではないだろうか。教育やマネジメントもこの一点を欠けば、社会に適合するロボットを作る作業となってしまうだろう。

ストレスの一番の害は楽しさを奪い去ってしまうこと/『ナンバ式!元気生活 疲れを知らない生活術』矢野龍彦、長谷川智


『ウォーキングの科学 10歳若返る、本当に効果的な歩き方』能勢博
ナンバ歩きと古の歩術
『表の体育・裏の体育』甲野善紀
『「筋肉」よりも「骨」を使え!』甲野善紀、松村卓
『ナンバ走り 古武術の動きを実践する』矢野龍彦、金田伸夫、織田淳太郎
『ナンバの身体論 体が喜ぶ動きを探求する』矢野龍彦、金田伸夫、長谷川智、古谷一郎

 ・ストレスの一番の害は楽しさを奪い去ってしまうこと

『すごい!ナンバ歩き 歩くほど健康になる』矢野龍彦
『本当のナンバ 常歩(なみあし)』木寺英史
『健康で長生きしたけりゃ、膝は伸ばさず歩きなさい。』木寺英史
『常歩(なみあし)式スポーツ上達法』常歩研究会編、小田伸午、木寺英史、小山田良治、河原敏男、森田英二
『スポーツ選手なら知っておきたい「からだ」のこと』小田伸午
『トップアスリートに伝授した 勝利を呼び込む身体感覚の磨きかた』小山田良治、小田伸午
『足裏を鍛えれば死ぬまで歩ける!』松尾タカシ、前田慶明監修

身体革命

 そもそも健康法というものも、すべての人に当てはまるものではありません。まず、自分で試してみて、自分にあったものだけを取りいれるようにすればいいのです。
「~するべきだ」「~してはいけない」というのは、心にとってかなり強い縛(しば)りとなって相当なストレスになりますから、注意しなければいけません。それが証拠に、健康を意識すると、食べること運動することから途端に楽しさが奪われてしまいます。
【ストレスの一番の害は、楽しさを奪い去ってしまうこと】です。楽しめないということは、要注意です。健康を意識するというストレスが、結果として健康を害しているのも皮肉な話です。
 そもそも「健康を求める」ということが間違っているのかもしれません。「健康」というものは求めるものではなく、結果的にそうなるというもの。こういう生活をしていたから、結果的に健康になったというものです。生活の仕方が反映されたものが、健康ということの尺度だろうと思います。
 あなたも、「健康」に振りまわされていないか、ふりかえってみましょう。

【『ナンバ式!元気生活 疲れを知らない生活術』矢野龍彦〈やの・たつひこ〉、長谷川智〈はせがわ・さとし〉(ミシマ社、2008年)以下同】

 パラパラとページをめくってガックリきた。具体的な体操の数があまりにも少なかったからだ。気が乗らないまま読み始め、そのまま読み終えた。矢野龍彦は桐朋学園大学教授で体育の専門家だ。桐朋高校バスケット部コーチも務め、バスケットボールにナンバの動きを導入した。本書はナンバの概念をわかりやすく教える優れたエッセイである。

 ストレスについてはガボール・マテ著『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』が詳しいが、「ストレスの一番の害は楽しさを奪い去ってしまうこと」という簡にして要を得た一言が見事に本質を言い当てている。仕事も人間関係も楽しくなければ苦しみに変わる。

「痩せたい」という気持ちも魔物です。
「なぜ痩せたいか」
 と自分に問うてみてください。もっといい服が着られる、人から魅力的に見られるなどというのは動機が不純であるし、まさに邪心です。外見を気にしている人は、いつも不安を持っています。人からどう見られるか、人にどう思われるかというのは、自分ではどうしようもないから不安の種になります。ですから、動機に明るさが感じられません。
「人によく思われたい」という邪心はストレスとなり、ますます痩せにくくなります。結局、そういうあなたは、何度も痩せようと挑戦して、いつも失敗しているのではないでしょうか。いい加減に目を覚まさなくてはいけません。
 痩せたら世界が変わるというのは、あなたの間違った思い込みです。あなたが痩せても、世界はそんなあなたに気がつかず、何も変わらない。
【あなたの中身が変わらないかぎり、世界は変わらない】。
「肥っているから~だ」と言い訳をしているあなたが、肥っているなどということを何も気にもしなくなったとき、初めて世界は変わる。そして、自然にあなたにあった適正体重になってきます。

 さすが体育系だけあってズバリと痛いところを突いている。「痩せたい」という思いは世間への迎合に他ならない。もう一つは、食べ過ぎもまたストレスの現れであることだ。スナック菓子など栄養の乏しい食べ物はいくら食べても食欲が満たされない。砂糖は味覚を操作し、「食べられる時に食べておかないと飢えるぞ」とDNAに埋め込まれた記憶を呼び覚ます。

 美の基準が自分の外側にある人はどうしても流される。自分らしく溌剌(はつらつ)と生きるところに美は滲み出るものだ。私は道端で掃き掃除をしている女性を見ると心の底から美しさを感じる。老若は関係ない。箒(ほうき)で掃き清める所作には、地神(ちじん)をも鎮(しず)める効果があると考えている。

 女性はすべからく見た目の美醜よりも、生き方の美醜を問うべきである。テレビを見よ。可愛い顔をした醜い女どもがウヨウヨしている。

中野正剛の雄弁


東條英機への反発

 内閣総理大臣東條英機が独裁色を強めるとこれに激しく反発するようになる。1942年(昭和17年)に大政翼賛会を権力強化に反対するために脱会している。同年の翼賛選挙に際しても、自ら非推薦候補を選び、東条首相に反抗した。東方会は候補者46人中、当選者は中野のほか、本領信治郎(早大教授)、三田村武夫たち7人だけであった。それでも翼賛政治会に入ることを頑強に拒み、最終的には星野直樹の説得でようやく政治会に入ることを了承した。

 そして、同年11月10日、早稲田大学大隈講堂において、「天下一人を以て興る」という演題で2時間半にわたり東條を弾劾する大演説を行った。

 諸君は、由緒あり、歴史ある早稲田の大学生である。便乗はよしなさい。歴史の動向と取り組みなさい。天下一人を以て興る。諸君みな一人を以て興ろうではないか。日本は革新せられなければならぬ。日本の巨船は怒涛の中にただよっている。便乗主義者を満載していては危険である。諸君は自己に目覚めよ。天下一人を以て興れ、これが私の親愛なる同学諸君に切望する所である。

 この正剛の呼びかけに、学生たちは起立し、校歌「都の西北」を合唱してこたえた。演説会場には東條の命を受けた憲兵隊が多数おり、中野の演説を途中制止しようと計画していたが、中野の雄弁と聴衆の興奮熱気はあまりにすさまじく、制止どころではなくなってしまった。当時、早稲田第一高等学院の学生であった竹下登は、この演説を聴いて感動し政治家の道を志している。このエピソードにみられるように、中野は雄弁家の資質をもった人物であった。

Wikipedia

2021-07-27

マルクス思想の圧倒的魅力/『左翼老人』森口朗


『「悪魔祓い」の戦後史 進歩的文化人の言論と責任』稲垣武
『こんな日本に誰がした 戦後民主主義の代表者・大江健三郎への告発状』谷沢永一
『悪魔の思想 「進歩的文化人」という名の国賊12人』谷沢永一
『誰が国賊か 今、「エリートの罪」を裁くとき』谷沢永一、渡部昇一
『いま沖縄で起きている大変なこと 中国による「沖縄のクリミア化」が始まる』惠隆之介
『北海道が危ない!』砂澤陣
『これでも公共放送かNHK! 君たちに受信料徴収の資格などない』小山和伸
『ちょっと待て!!自治基本条例 まだまだ危険、よく考えよう』村田春樹
『自治労の正体』森口朗
『戦後教育で失われたもの』森口朗
『日教組』森口朗

 ・左翼とは何か
 ・「リベラル」と「左翼」の見分け方
 ・マルクス思想の圧倒的魅力

・『売国保守』森口朗
『愛国左派宣言』森口朗
『知ってはいけない 金持ち 悪の法則』大村大次郎

必読書リスト その四

 日本は欧米に並ぶ先進国のはずです。それなのに何故、アメリカのリベラルやヨーロッパの社会民主主義のような健全な左派が存在しなのでしょうか。それは、戦前からインテリの間に共産主義ブームがあり、1933年から1945年の間だけ弾圧されましたが、戦後すぐに息を吹き返したために、ほとんどの人が共産主義者の枠組みで思考するという悪弊から抜け出せていないからだと考えます。
 そして、恐ろしいことに、その思考スタイルは中等教育(中学・高校)や高等教育(大学以降)を通じて、今でもほとんどの人の意識下に浸透しています。その代表例が「資本主義VS共産主義」という思考スタイルです。
 高校の政治経済だけでなく、大学の教育でさえも資本主義と共産主義が対立的なものと教えます。しかし、資本主義と共産主義は決して対立的なものではありません。なぜなら、資本主義は人類の歴史の中で徐々に形成された現在の経済の仕組みであるのに対して、共産主義はマルクスの思想とそれを信じた人々が創った人工国家の理念の中にしか存在しない、つまりこの世に一度も存在したことのない妄想だからです。
 アダム・スミスは近代経済学の祖と言われますが、資本主義はアダム・スミスが考えたものでも提唱したものでもありません。これに対しマルクス経済学はマルクスが提唱した考え方やその発展を学ぶ学問です。近代経済学は先に「経済という現実」があるのに対し、マルクス経済学は先に「理念」があり、この二つはまったく異なる学問です。事実、この二つを対立的に考えるのは、先進国の中では日本だけです。他の先進国においてマルクス経済学など、ほとんど相手にされない「経済学を自称する一派」にすぎません。
 これは、残念ながら欧米先進国と異なり近代日本にとって、資本主義も自然発生的なものではなく、外来の人工的な香りのするものだったかもしれません。渋沢栄一をはじめとする天才的な実業家が、ほとんど一代で欧米資本主義国家に近い仕組みを創り上げることができたのだから、共産主義者が政権を取れば数十年で「労働者の楽園」を創れると夢想しても無理はありません。
 もう一度書きますが、資本主義と共産主義が対立するという思考スタイルは、資本主義社会の次に共産主義社会が到来すると信じる共産主義者だけです。確かに冷戦時代は資本主義国家群と社会主義国家群は対立しましたが、これは軍事外交上の対立にすぎません。
 日本以外の先進国の住人にとって資本主義は所与であり、それゆえに改良し続けるべきものです。それは右派自由主義者も左派平等主義者も同じです。ところが、日本はインテリ層のほとんどが(資本主義の側に立つ人まで)共産主義的思考スタイルの中でモノを考えるので、今の社会を所与として改良を重ねるというこ健全な思考が苦手です。

【『左翼老人』森口朗〈もりぐち・あきら〉(扶桑社新書、2019年)以下同】

 なるほど。進歩史観だと資本主義が共産主義の前提となるわけだ。Wikipediaにも「ただし、現実には合ってなく、社会主義・共産主義国で経済学とは社会を分析する道具でなく、理念を擁護するプロパガンダのため、マルクス経済学を学んでも経済をまともに理解するのは難しい」とある。高橋洋一は「学生時代にマルクスの『資本論』を読んで、こいつは馬鹿だなと思った」と語った。需給関係を無視した労働価値説を嘲笑ったものだ。

 ところが、高校の政治経済では「資本主義国家は市場の失敗から社会主義に近づき、社会主義国家も市場原理を導入して資本主義に近づいた」と教えているのです。「市場の失敗」という概念は存在しますし、20世紀の資本主義国家が福祉国家の理念の下に社会保障を充実させたのは事実ですが、それは資本主義国家が社会主義国家に近づいたのではありません。資本主義国家がより成熟したのです。これを「社会主義国家に近づいた」と称するためには、社会主義国家が資本主義国家以上に社会保障が充実していなければならないはずです。
 しかし、日本よりも医療保険制度が充実している社会主義国家など、どこにも存在しません。だからこそ、中国人がこの制度を悪用して日本の優れた医療を受けに来るのです。日本の年金制度は世界のトップレベルではありませんが、それでも老人が発展途上国で悠々自適の暮らしをするくらいはできます。旧ソ連や東ヨーロッパで悠々自適な老後を過ごせる人など共産党幹部くらいしかいなかったはずです。
 資本主義国家は社会主義、少なくとも共産主義者のいうところの社会主義(共産主義の前段階)などに近づいてはいません。ところが、リベラルや社会民主主義という穏健な左派が根付かず、「資本主義VS共産主義」という思考スタイルの者には、その現実が見えないのです。

 文科省の汚染は酷い。安倍晋三の肝煎りで萩生田光一〈はぎうだ・こういち〉が大臣に起用されたが、徹底的な文科省改革を断行してほしい。

 戦後、教科書を墨で塗ったことが想像以上に教育を軽んじる結果になったような気がする。昭和一桁生まれの少国民世代が反日に傾いたのもむべなるかな。そして戦後生まれが学生運動に没頭するのである。敗戦の影響は若い世代の心の傷となって長く国家を蝕む。

 なぜ、マルクスは戦前戦後を通じてインテリを魅了したのでしょう。私は、彼らが「神に挑戦したからだ」という仮説を持っています。マルクス思想が宗教だからと言い換えてもよいでしょう。言い古された表現ではありますが、それゆえ一面の真実を表しています。(中略)
 ちなみに、アメリカ国内の政治的左派を「リベラル」と呼ぶようになるきっかけについて、キリスト教的価値からの自由を指したことが始まりであるとする説が有力です。確かにアメリカの共和党と民主党が激しく対立する価値観の一つに「堕胎(だたい)の自由」(民主党が認め、共和党が認めない)があることを考えれば、この説には説得力を感じます。本当に日本にリベラリストが育つためには、その人たちこそがマルクス教からの自由を主張しなければ無理でしょう。

 これは卓見だ。ニーチェが「神は死んだ。神は死んだままだ。そして我々が神を殺したのだ」(『喜ばしき知恵』『悦ばしき知識』)と書いたのが1882年だが、マルクスはニーチェに先んじていた。「哲学が批判すべきは宗教ではなく、人々が宗教という阿片に頼らざるを得ない人間疎外の状況を作っている国家、市民社会、そしてそれを是認するヘーゲル哲学である」(『ヘーゲル法哲学批判序説』1844年)。

「1782年にスイスで行われた裁判と処刑が、ヨーロッパにおける最後の魔女裁判であるとされる」(Wikipedia)。マルクスが生まれたのは1818年である。ちょうど明治維新の半世紀前だ。魔女狩りの血腥(なまぐさ)い臭いはまだヨーロッパに立ち込めていたことだろう。宗教を阿片と切り捨てるには、まだまだ勇気を必要とした時代だ。その思い切った姿勢はマルティン・ルター以来のロックスターとして持ち上げる価値は十分にあったことだろう。

 森口は日本のリベラルを信用してはならないと警鐘を鳴らす。

「左翼」思想を「リベラル」と詐称するくらいの嘘つきですから、左翼集団の話の内容は基本的に嘘ばかりです。2018年に彼らが積極的に話題にしたLGBTなどはその代表でしょう。

 社会主義国では同性愛者がこれでもかと抑圧されてきた。結局、キリスト教の呪縛から脱却し得ていないことがわかる。

 まともな右派政党や左派政党が登場しないのは、それを求める民意がなかった証拠であろう。だが今、中国の軍事的脅威が高まるにつれて日本の輿論(よろん)も少しずつ変化している。親中派に対する批判は民意の成熟ぶりを示している。

 風頼みの国政選挙ではなく、地域に根を張った地方議会からコツコツと実績を上げ、卓越した政治理念を示すことが望ましいように感じる。

「リベラル」と「左翼」の見分け方/『左翼老人』森口朗


『「悪魔祓い」の戦後史 進歩的文化人の言論と責任』稲垣武
『こんな日本に誰がした 戦後民主主義の代表者・大江健三郎への告発状』谷沢永一
『悪魔の思想 「進歩的文化人」という名の国賊12人』谷沢永一
『誰が国賊か 今、「エリートの罪」を裁くとき』谷沢永一、渡部昇一
『いま沖縄で起きている大変なこと 中国による「沖縄のクリミア化」が始まる』惠隆之介
『北海道が危ない!』砂澤陣
『これでも公共放送かNHK! 君たちに受信料徴収の資格などない』小山和伸
『ちょっと待て!!自治基本条例 まだまだ危険、よく考えよう』村田春樹
『自治労の正体』森口朗
『戦後教育で失われたもの』森口朗
『日教組』森口朗

 ・左翼とは何か
 ・「リベラル」と「左翼」の見分け方
 ・マルクス思想の圧倒的魅力

・『売国保守』森口朗
『愛国左派宣言』森口朗
『知ってはいけない 金持ち 悪の法則』大村大次郎

必読書リスト その四

 日本の左翼は80年代初頭まで、これらの国(旧ソ連、東ヨーロッパ諸国、中国、北朝鮮)の後に続くことを模索してきましたが、とても不可能だと悟り、さらに「左翼」思想をむき出しにしていては自分たちの生活が成り立たないと考え、「リベラル」や「社会民主主義」に擬態したのです。そこで、先の井上氏のリベラリズムの基本的な考え方(※井上達夫『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは、嫌いにならないでください』)やアメリカにおける政治的リベラルの歴史を踏まえて、本当の「リベラル」とそれに擬態した「左翼」の見分け方を示しておきます。

・リベラルは常に言論の自由を重んじるが、左翼は自分たちが優勢な場合には言論弾圧を躊躇しない。
 社会主義独裁国家に権力分立が存在しないのは「正義」は一つしかなく、共産党は常に正義だからです。それゆえ、彼らに多様な言論を重んじる精神はありません。ただし、リベラルに擬態した左翼は自分たちが少数派の時には、「多様な言論」や「言論の自由」の重要性を訴えます。これに対して本物のリベラルは反転可能性(自分が相手の立場になることを許容できるか)という基本原則から、自分が言論弾圧される状況を想定するので、常に言論の自由を重んじます。
・リベラルには「嘘をつかない」というモラルがあるが、左翼には「嘘をつかない」というモラルがない。
 左翼は社会主義国家を樹立するためには暴力革命(つまり人殺し)さえ肯定しますし、事実、新左翼と呼ばれる人たちは数々のテロ行為を行ってきました。自分たちの「正義」のためには手段を選ばないのが左翼の特徴ですから「嘘」をつくことに良心の呵責は一切ありません。これに対してリベラルでは「反転可能性」が基本原則なので、政治的敵の殺害はもちろん、嘘で自説を補強することを拒否します。
・リベラルは妥協を当然と考えるが、左翼は妥協を敗北と捉える。
 リベラルは正義を求めますが左翼のような絶対的な正義ではなく、相手にも一理あることが前提になっています。それゆえ、徴兵制か志願兵制かといったオール・オア・ナッシングの命題を除けば政治的妥協は当然だと考えます。これに対し左翼では政治は常に闘争ですから、政府との妥協は常に敗北を意味します。
・リベラルは愛国心を敵視しないが、左翼は愛国心を敵視する。
 アメリカにおいてリベラルは、国家による経済への関与を肯定する思想として発展しました。そこには貧困で苦しむ同胞を見捨てることを不正義と考えるナショナリズムが横たわっています。ですからリベラルは決して愛国心を敵視しません。その強制をしないだけです。
 これに対して資本主義国家の打倒を目的とする左翼は愛国心そのものを敵視します。日教組は全教に牛耳られていた学校現場を知らない井上氏は、君が代斉唱の起立や伴奏を拒否する教師をリベラリズムの立場から擁護しますが、左翼組合が事実上支配していた学校でただ1人国歌を歌った私は、国旗国歌を否定する教師は「国旗国歌を敵視し、同僚にも不起立と不歌唱を事実上強要する左翼」であると断言します。日本人がクレバーになって左翼が少数派になって以降、リベラルに擬態して「戦争で使われた日の丸(国旗)は血に染まり、天皇崇拝の君が代(国歌)は民主主義の敵だ」から「国旗国歌の強制はよくない」と主張を変えただけなのです。
・リベラルは社会的弱者を救うが、左翼は社会的弱者を利用する。
 政治的リベラルは、大恐慌で苦しむ人々を見て自由を再定義したことに端を発するので、リベラリストにとって社会的弱者を救おうという課題は存在意義そのものです。これに対して左翼はプロレタリアートの憎悪こそが革命の言動力であり福祉は資本主義の延命策と捉えています。彼らにとって経済的弱者は大衆の政府憎悪を掻(か)き立てる道具にすぎません。

【『左翼老人』森口朗〈もりぐち・あきら〉(扶桑社新書、2019年)】

 一々納得できる解説である。森口が示した基準に当てはめると日本人の大半は「尊皇リベラル」と言ってよさそうだ。日本には奴隷が存在しなかったし、諸外国のような厳格な身分制もなかった(江戸時代の士農工商は兵農分離→職業世襲制)。

 前々から不思議に思っていたことがある。16万年前にミトコンドリア・イブから誕生したヒトは4万年前に極東の日本に辿り着いた(その後、アリューシャン列島を渡り北米~南米へ)。にもかかわらず世界最古の国で、更に世界最古の磨製石器、釣り針、土器、漆器、木造建築、木造塔、印刷物、企業、宿泊施設、商品取引所(先物取引)などがあることだ。少し前にはたと思い至った。アフリカから最も遠い地域へやって来た我々の祖先は進取の気性に富み、探検精神が旺盛であったことだろう。あるいは土地を追われてきた可能性もあるが、逃げるだけでは日本まで辿り着けまい。協力、協同、協働といった和の精神も自然と形成されていったのだろう。それぞれの土地で環境に適応する中でモノづくりのDNAが受け継がれていったに違いない。

 日本人がクリスマスやハロウィンなどの異文化をあっさりと受け入れるのも、長い旅路を通して排除よりも寛容に重きを置いたためだろう。世界でも稀な温暖湿潤気候が穏やかさを培い、世界一多い自然災害が淡白さを育てたのだろう。

「弱きを助け強きを挫く」「情けは人の為ならず巡り巡って己(おの)が為」「一寸の虫にも五分の魂」という諺(ことわざ)こそ日本の民族精神を表すものだ。「惻隠の心は仁の端なり」(孟子)。もののあはれを知らなくとも、児童の世界で「可哀想だろ!」という言葉は生きているはずだ。社会民主主義というよりは共同体民主主義が日本の伝統か。

 世界で初めて人種差別の撤廃を提唱したのも日本であった(1919年、『人種差別から読み解く大東亜戦争』岩田温)。これこそ真のリベラルであろう。

2021-07-26

左翼とは何か/『左翼老人』森口朗


『「悪魔祓い」の戦後史 進歩的文化人の言論と責任』稲垣武
『こんな日本に誰がした 戦後民主主義の代表者・大江健三郎への告発状』谷沢永一
『悪魔の思想 「進歩的文化人」という名の国賊12人』谷沢永一
『誰が国賊か 今、「エリートの罪」を裁くとき』谷沢永一、渡部昇一
『いま沖縄で起きている大変なこと 中国による「沖縄のクリミア化」が始まる』惠隆之介
『北海道が危ない!』砂澤陣
『これでも公共放送かNHK! 君たちに受信料徴収の資格などない』小山和伸
『ちょっと待て!!自治基本条例 まだまだ危険、よく考えよう』村田春樹
『自治労の正体』森口朗
『戦後教育で失われたもの』森口朗
『日教組』森口朗

 ・左翼とは何か
 ・「リベラル」と「左翼」の見分け方
 ・マルクス思想の圧倒的魅力

・『売国保守』森口朗
『愛国左派宣言』森口朗
『知ってはいけない 金持ち 悪の法則』大村大次郎

必読書リスト その四

 本書は、1人でも多くの高齢者が「左翼」であることを悔い改め、死にゆく前に祖国日本の発展に貢献していただくために書いた本です。
 ですから、その大前提として「左翼」とは何かを明らかにしておかなければなりません。ただし、定説と呼べるほどの学説はないので、これから述べることは、あくまで本書における「左翼」であることをお断りしておきます。
 人々の政治スタンスは、基本的に「左翼」「左派」「中道」「右派」「右翼」に大別できると考えられています。新聞や地上波テレビなどのオールドメディアでは、これらがあたかも連続的であるかのごとく伝えられていますが、「左翼」「右翼」と「左派」「中道」「右派」の間には大きな断絶があると考えるべきです。
 現在の日本は、「主権国家を基本とする国際秩序」の中で、「資本主義という経済システム」と「間接民主制と権力分立を基礎とする政治システム」を採用していますが、これらのいずれかを、抜本的に破壊・変更しようとする勢力が「左翼」「右翼」であり、これらの枠組みの中で自分が大切と考える価値を実現しようと考えるのが「左派」と「右派」(「左派」は平等、「右派」は自由)、常に双方のバランスを取ろうとするのが「中道」です。
 左翼思想の中で最も強力なものは言うまでもなくマルクス思想ですが、これは理念的には「主権国家を基本とする国際秩序」「資本主義という経済システム」「間接民主制と権力分立を基礎とする政治システム」のすべての破壊を目指す思想です。

【『左翼老人』森口朗〈もりぐち・あきら〉(扶桑社新書、2019年)以下同】

 実にわかりやすい図式である。森口の価値観を踏襲すると政治イデオロギーとは「異なる意見に対する態度」にあるのだろう。左翼と右翼は原理主義で、中道両派は共に生きるという点において町内会的関係(歩み寄り≒妥協)が窺える。

 もっと驚いたのは自分が左派であることに気づかされた(笑)。っていうか私は元々リベラルのつもりだったんだよね。10年ほど前までは。なぜ右派でないのかというと、官僚支配が横行する日本の資本主義制度で自由競争の実現はあり得ないと考えているためだ。

 マルクス思想は元来過激な思想ですから、それを信じる人々の行動が先鋭的になりがちです。マルクス思想を基礎にしてソビエト連邦(以下「ソ連」)という悪夢のような帝国を創り上げたレーニンは、過激な行動をする人やマルクスからさらに思想を先鋭的にする人々を「左翼小児病」と評しました。現在の老人たちが若かりし頃、日本ではマルクス・レーニン思想が大流行したのですが、レーニンの左翼小児病への警鐘は届かなかったのか、多くの人がこの病も併発していました。そして、数十年経った今でも、若かりし時の症状が出てしまうのです。
 左翼小児病は、大学に進学して学生運動をしていた人たちだけが罹(かか)った訳ではありません。学校教育やオールドメディアの宣伝(プロパガンダ)を通じて、あの時代を生きた大多数の人が感染していた病と言っても過言ではないのです。そして、この左翼小児病の後遺症から私たち日本人、とりわけ老人たちはいまだに自由になっていません。左翼小児病の困ったところは、自分が幸せになれないだけでなく、周りの人までも不幸にする点ですが、それは本書で詳述します。
 左翼小児病の主な症例としては次のようなものがあります。
「主権国家を基本とする国際秩序」を否定するのがマルクス思想ですから、彼らは主権国家に住む住人の基本道徳である愛国心を忌み嫌います。また、暴力で主権国家を乗っ取る(彼らが言うところのプロレタリア革命)のが当面の目標ですから、それを妨げる自衛隊や警察にも敵意をむき出しにします。
 彼らは「資本主義という経済システム」こそが貧富の格差をつくっていると確信しているので、大企業や金持ちを目の敵(かたき)にし、それを公言して恥じません。ただし、大企業に勤務していた方は大企業全体が悪いのではなく自分がなれなかった地位の人(ヒラ社員で終わった人なら管理職以上、部課長で終わった人は経営層の人たち)だけを悪者と捉(とら)え、1000万円以上の給与を得ていた方は倒すべき金持ちは年収3000万とか5000万といった超富裕層だけとします。また、労働運動を労働条件改善のためではなく、社会主義政権樹立のための道具だと考えているので、本来の活動に使うべき組合費を、政治活動に費やすことにためらいがありません。
 さらに「間接民主制と権力分立を基礎とする政治システム」は偽りの民主主義だと考えているので選挙結果で左翼政党が支持されなかった時は「民意」は別にあると考えます。

 左翼小児病に該当するのは、創価学会を始めとする日蓮系新興教団、エホバの証人統一教会ヤマギシ会なども同様だ。彼らは既成の社会秩序を否定することで自分たちの正義を鼓吹する。家族や友人たちとの関係をズタズタにするところにささやかな殉教精神を見出す。むしろ過去の人間関係を断絶するのがイニシエーション(通過儀礼)となっている。

 端(はな)から政権を取る気のない立憲民主党や共産党も左翼小児病と考えてよい。彼らは責任がないから理想を語れるのだ。ま、小学生が将来の夢を発表するようなものだ。ただし厄介なのは理想を語りながら伝統的な価値観の破壊を目論むところだ。女系天皇や夫婦別姓、あるいは在日外国人や女性の権利など、ポリティカルコレクトネスの概念に基づいて弱者を擁護するポーズを示す。

 民主党政権の失敗以降、左翼が民意を勝ち取ることができない政治状況に業を煮やして、佐藤優池上彰あたりが本音を漏らし始めた。佐藤優はラジオ番組などで一貫して民主党政権を援護射撃してきた人物である。その後創価学会に急接近する。

 それにしても暴力革命を成し遂げ、粛清と大虐殺を断行したレーニンが心配する「先鋭」とは、常人が考えるそれとは別次元のものだろう。

「20歳の時にリベラルでなければ情熱が足りない。40歳の時に保守主義者でなければ思慮が足りない」とはチャーチルのよく知られた言葉であるが、リベラルを左翼と誤訳する向きも多い。地位もカネもない若者が「世の中を変えたい」と望むのは尊いことだが、その感情を利用して破壊へと誘(いざな)うのが左翼である。若さには破壊への衝動もある。例えば団塊ジュニア(1970年代生まれ)の琴線に触れる政策を示すことができれば、彼らを左翼に取り込むことは容易であったはずだ。いつの世代も社会に対する負の感情を抱いているものだが、彼らが受けた仕打ちは目に余るものがあった。就職面接会場でテロが頻発してもおかしくはなかった。彼らは政治の犠牲者であった。

 日本は世界最古の国である。この国に革命は馴染まない。もしも政権が代わり得るとすれば天皇陛下を中心に据えた社会民主主義政党であると推測する。