・『軽トラの本』沢村慎太朗
・クルマの触感
・『営業バンが高速道路をぶっ飛ばせる理由2 逆説自動車進化論』國政久郎
・『別冊モータージャーナル 四輪の書』國政久郎、森慶太
・『博士のエンジン手帖3』(モーターファン別冊)畑村耕一
「自分の意志に関係なく出現した、あるいは変化した状況への対応。必要な操作。いまを逃したら危ない、というときが、簡単にいってしまえば常にありうるわけです。たとえば包丁だったら、なにかを切っていてマズいと思ったら、その切る操作をやめることもできます。でも、走っているクルマでそれと同じようなことが常に同じようにできるかというと……」
――たとえば1.5トンある物体が、60km/hとか100km/hで動いているわけですね。もしなにかマズいことがあったら、指先に切り傷ができるぐらいでは済みません。
「ということは、そのいま、ここでやらないといけない操作が適切にできるだけの仕込みが、クルマという道具の側にはされていないと絶対にいけないわけです。人間の感覚と上手く繋がったかたちで。そこはきわめて重要なところです」
――いわゆる緊急回避とか、そういう……。
「そうではなくて、速度がゼロではなくなった瞬間からすでに始まっているわけです。もっというと、止まっているときからすでに」
――んー……。
「包丁でいうと、いまどんなものを切っているか手応えでわからない包丁は、あまりないですよね。あるいは、切るものに刃が当たっているそのところでなにが起きているかがわからない包丁は」
――はい。
「では、それと同じぐらい、クルマというのは人間にとって扱いやすい道具になっているでしょうか。たとえば、いまの速度がどれぐらいか、メーターを見なくてもちゃんと把握できるか。あるいは、いま走っている路面がどのぐらい滑りやすいのかが、滑る前にわかるかどうか。そういう、ほしい情報が感覚で得られるかどうか。それだけの、いわば触感がちゃんと備わっているか」
【『営業バンが高速道路をぶっ飛ばせる理由』國政久郎〈くにまさ・ひさお〉、森慶太〈もり・けいた〉(三栄書房、2015年)】
國政久郎はサスペンションの専門家で、相模原市でオリジナルボックスという会社を経営している(※本書では厚木市になっている)。見識に支えられた言葉がどこかオシムやイチローを思わせる。
本書で國政が推し、実際に試乗しているのはトヨタのプロボックスである。ただし次作の『営業バンが高速道路をぶっ飛ばせる理由2 逆説自動車進化論』では新型を否定している。年式によっても評価が異なるので注意が必要だ。
数年前のことだが4t車の助手席で乗り心地のよさを感じたことがあった。すかさず運転手に告げたところ、「そうなんだよね。長距離を走っても疲れないよ」と答えた。もちろん足回りが固いので乗用車と比べると路面の衝撃が伝わりやすく上下動は多い。不思議な気がした。本書を読んで即座に私は理解した。「クルマの触感」が確かだったのだ。視覚情報と体感の一致といってもいいだろう。しかも人体の根幹をなす骨は横揺れよりも上下動に耐性がある。
乗用車の大半はモノコック構造となっている。これに対してトラックや一部のオフロード車はラダーフレーム構造を踏襲している。シャシー(車台)の上にボディが載っているのがフレーム構造で、車軸周りとボディが一体化しているのがモノコック構造だ。住宅に例えればモノコックが2×4(ツーバイフォー)でフレームは在来工法だ(【車の構造】ボディ構造について | 車の大辞典cacaca)。
こちらのクルマのサスペンション構成がどのようなものなのか調べておりませんが、CTの方ではサスペンション・ロワーアームとアッパーアームの長さが極端に違うことから、サスの伸び縮みに伴ってトーが変化するので、車体の上下動により絶えずリヤが揺すぶられる症状が出るとのことです。これは、モーターファン・イラストレイテッドという本のサスペンション特集号である今月号での、国政久郎氏というサスのスペシャリストと呼ばれる方の解説です。
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國政久郎が「気持ちの悪いクルマ」とはこういう状態を指すのだろう。揺れの消し方を間違えているのだ。クルマの触感とは「ドライバーに必要な揺れ」なのだろう。サスペンションは人体であれば関節や腱に該当する。國政の視点は関節という立ち位置から筋肉と骨格の両方に目配りが行き届いている。