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2016-07-02

アンシャン・レジームの免税特権/『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン


『マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』橘玲

 ・アンシャン・レジームの免税特権
 ・多国籍企業は国家を愚弄し、超国家的存在となりつつある
 ・デュポン一族の圧力に屈したデラウェア州

『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻

 タックスヘイブンは確かに避難所だ。ただし、一般庶民にとっての避難所ではない。オフショアは、富と権力を持つエリートたちが、コストを負担せずに社会から便益を得る手助けをする事業なのだ。
 具体的なイメージを描くとすれば、こういうことになる。あなたが地元のスーパーマーケットでレジに並んでいると、身なりのいい人たちが赤いベルベットのロープの向こうにある「優先」レジをすいすい通り抜けていく。あなたの勘定書きには、彼らの買い物に補助金を出すための多額の「追加料金」も乗せられている。「申し訳ありません」とスーパーマーケットの店長は言う。「でも、われわれには他に方法がないのです。あなたが彼らの勘定を半分負担してくださらなければ、彼らはよそで買い物をするでしょう。早く払ってください」

【『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン:藤井清美訳(朝日新聞出版、2012年)】

 ノブレス・オブリージュの精神は絶えた。資本主義という世俗化は貴族を完全に滅ぼしてしまったのだろう。

 歴史の嘘がまかり通るのはカネの流れを明かしていないためだ。人類の歴史は「戦争の歴史」といってよいが、戦争にはカネが掛かる。武器を購入し人を集めるには融資を必要とする。その負債の流れを辿らなければ歴史の真相は見えてこない。

 税とは社会を維持するためのコストであるが、近代では戦費を捻出するために増税が行われた。例えば煙草税は日清戦争後に導入(1989年/明治31年)された(Wikipedia)が、その後は日露戦争の戦費を調達するために完全専売制となった(「煙草税のあゆみ」 煙草印紙の攻防)。そして一度上がった税金が下がることはほぼない。

 マネーは高金利を好み税を嫌う。ニクソン・ショック(1971年)でアメリカはドルと金の兌換(だかん)を停止し、ブレトン・ウッズ体制は崩壊した。変動相場制は通貨の相対性理論みたいなものだが、マネーはゴールドの裏づけを失い、中央銀行が保証する紙切れと化した。信用という名の詐欺に等しい。にもかかわらず我々はおカネの価値を疑うことがない。マネーこそは現代の宗教といってよい。

 ニコラス・シャクソンの例えはアンシャン・レジームを思わせる。16~18世紀のフランスでは第三身分者(市民や農民)が聖職者(第一身分者)と貴族(第二身分者)を背負っていた。聖職者と貴族には免税特権があったためだ。


 格差と困窮を強いられる人々はナポレオンのような英雄と革命を待望する。ある閾値(しきいち)や臨界点に達した時、破壊の風が世界に吹き荒れることだろう。そしてまたぞろ流血が繰り返され、新しい階級が誕生し、富は一旦分配され、時を経て再び偏る。収奪と破壊の輪廻が人類の業(ごう)か。

 利子、配当は富裕層に集中する(『エンデの遺言 根源からお金を問うこと』河邑厚徳、グループ現代)。チンパンジーの利益分配(『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール)とどちらが優れているだろうか。格差は人類というコミュニティを確実に崩壊へと誘(いざな)う。平等を失ったコミュニティは暴力の温床となることだろう。

タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!
ニコラス・シャクソン
朝日新聞出版
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2015-08-28

大阪産業大学付属高校同級生殺害事件を小説化/『友だちが怖い ドキュメント・ノベル『いじめ』』南英男


大阪産業大学付属高校同級生殺害事件

 ・大阪産業大学付属高校同級生殺害事件を小説化

「矢吹がいる限り、わしらはどうにもならん。わし、もう我慢できんのや。夕べも、なんかくやしゅうて、よう眠れんかった」
「きのうは、わしも腹が立ってならんかったよ」
 幸夫が即座に応じた。(中略)
「ひとりじゃ無理かもしれんけど、ふたりなら殺(や)れると思うんや」登は言った。
「そうやな。ふたりだったら、なんぼ矢吹が強い言うても……」
「ああ、けど、まともに襲ったら、失敗するかもしれん。だから、殺(や)るときは不意討ちにするんや」
「そうやな。それで、どんな方法で殺(や)るんや?」
「金槌(かなづち)で頭を思いきりどついたら、どないやろ?」

【『友だちが怖い ドキュメント・ノベル『いじめ』』南英男(集英社文庫コバルトシリーズ、1985年)以下同】

 いじめに対する報復殺害事件である。事件の詳細についてはWikipedia削除記事を参照せよ。このやり取りは1984年11月1日8時半頃に京阪電鉄の駅で行われ、同日の19時40分に決行した。二人は10分間あまり70数回にわたって金槌で殴打。途中では釘抜きの方で目をつぶしたが相手はまだ死んでいなかった。その後川へ投げ込み、水死した。

 エスカレートするいじめを思えば、二人はやがて殺されていたかもしれない。そう考えると殺害は正当防衛であったと見ることもできよう。南英男はリベラルを気取って「そういう意味では、加害者のふたりも被害者の少年も現代社会の犠牲者といえそうだ」と書いているが、この論法でいけばあらゆる犯罪は「現代社会の犠牲者」として正当化し得る。

 ぼくは、被害者が自慰行為を強制したことと加害者たちが70数回も相手を金槌で殴打したことに“病(や)める時代”を感じないわけにはいかない。

「現代社会の犠牲者」とか「病める時代」だってさ(笑)。左翼が好むキーワードだ。相手が死んでなかったら、後に彼らは間違いなく殺されていたことだろう。想像力を欠いた作家の文章はナイーブに世を儚(はかな)んでみせ、ナルシスティックな憂鬱に浸(ひた)る。著者は冒頭にも次のように記している。

 それにしても、すさまじい仕返しだ。
 この烈(はげ)しい憎悪は何なのか。
 日ごとに陰湿化する弱い者いじめの背後には、いったい何があるのだろう? 何がきっかけで、いじめが起こるのだろうか。生(い)け贄(にえ)にされた者は、どんな苦しみを味あわされているのか。いじめを繰り返す者は、何かストレスをかかえているのではないか。もはや解決の道はないのだろうか。

 支離滅裂な文章である。2行目と3行目に脈絡がない。「もはや解決の道はないのだろうか」。ないね。あんたのような大人がいる間は。

 力の弱い者が協力して力の強い者をやっつけた。ここに民主主義の原点がある。民主主義は暴力から生まれた(『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール)。すなわち一人の強者に対して弱者が力を合わせて対抗することが民主主義のメカニズムなのだ。

 更に人類は腕力よりも知恵によって生存率を高めてきた。平穏な生活からは想像しにくいが武器こそ知恵の結晶といえる。そもそもヒトが初めて作成した道具は小型の斧と考えられている。力弱きヒトは猛獣に対して火や石を使って身を防いだことだろう。スポーツの元型が狩りにあることを思えば、道具の発明が狩猟のシステム化に結びついたことは確実だ。

 二人は「環境に適応した」のだ。ゆえに生き残ることができた。ただしここで大きな疑問が湧く。適者生存が進化の現実であれば、「殺す側」が優位となってしまう。そこに歯止めをかけるのが「法」の役割なのだろう。

2021-04-27

開業医丸儲け/『知ってはいけない 金持ち悪の法則』大村大次郎


『お坊さんはなぜ領収書を出さないのか』大村大次郎 2012年
『税務署員だけのヒミツの節税術 あらゆる領収書は経費で落とせる【確定申告編】』大村大次郎 2012年
『お金の流れでわかる世界の歴史 富、経済、権力……はこう「動いた」』大村大次郎 2015年
『税金を払わない奴ら なぜトヨタは税金を払っていなかったのか?』大村大次郎 2015年
『お金の流れで読む日本の歴史 元国税調査官が古代~現代にガサ入れ』大村大次郎 2016年
『お金で読み解く明治維新 薩摩、長州の倒幕資金のひみつ』大村大次郎 2018年
『ほんとうは恐ろしいお金(マネー)のしくみ 日本人はなぜお金持ちになれないのか』大村大次郎 2018年
『愛国左派宣言』森口朗

 ・開業医丸儲け
 ・既得権益の象徴「保育業界」

・『日本人が知らない日本医療の真実』アキよしかわ
『脱税の世界史』大村大次郎 2019年

 しかし残念ながら、あなたはけっして金持ちにはなれない。
 というのも、あなたには金持ちになるための決定的な要素がないからだ。
 それは「悪」である。
 誤解を恐れずに言うと、金持ちの99%は、何らかの「悪事」を働いている。それは、少しばかり「性格が悪い」というようなライトな話ではない。その実情を知れば、誰しもが激しい嫌悪感を抱くような、かなり「本格的な悪」である。

【『知ってはいけない 金持ち悪の法則』大村大次郎〈おおむら・おおじろう〉(悟空出版、2018年)以下同】

「人間らしさは何か?」と問われれば善性や思いやり、親切と答える人が多い。確かに高等知能の特徴ではあるが実は違う(『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール)。知能という点で考えると「相手を騙(だま)す」ところに真の人間らしさがある。騙すためには相手の信念を理解する必要がある。つまり優れた共感能力を駆使して相手を不幸に陥れるところに騙す行為の本質があるのだ。

 悪の臭いを放つ金持ちと聞いて真っ先に思い浮かぶのが政治家と教祖だ。庶民が想像する金持ちは贅沢な暮らしといったレベルであるが、彼らは多くの人々や組織を自由に動かす。他人の人生を翻弄するほどの権力を有している。目には映らないその影響力を決して軽んずるべきではないだろう。敗戦後の日本が精神的な堕落を止めることができなかった理由もここらあたりにあるのだろう。富裕層は増えたがそこに国士はいなかったのだ。

 開業医がどのくらい金持ちなのかは、厚生労働省のデータでもわかる。厚生労働省の「医療経済実態調査」では、開業医や勤務医の年収は、近年、おおむね次のようになっている。

開業医(民間病院の院長を含む)  約3000万円
国立病院の院長  約2000万円
勤務医  約1500万円

 このように、開業医というのは、勤務医の約2倍の年収がある。(中略)
 なぜ、日本の開業医はこんな金持ちになれるのか、不思議に思われる方も多いはずだ。地域の診療所のようなところでは、いかにも閑散として患者などそうたくさんいそうもないところが多々ある。なのに、なぜ開業医はそんなに儲かっているのか?
 実は、この開業医という職業には巨大な利権が存在するのだ。
 開業医には、収入面や税制面でさまざまな優遇制度が設けられており、それこそが彼らが金持ちになっている最大の要因なのである。

 開業医が持っている利権のひとつが、診療報酬優遇制度である。
 信じられないことに、同じ診療報酬でも、公立病院などの報酬と私立病院(開業医)の報酬とでは額が違うのである。たとえば、再診料は普通は570円なのだが、開業医は720円となっている。他にも、開業医は「高血圧や糖尿病の管理をすれば報酬を得られる」などの特権が与えられている。
「メタボリック」という言葉が大々的に流布されて久しい。これも、開業医の収入を増やすための仕掛けだと言われている。
 現在、メタボリック予防に対応して「特定疾患療養管理料」という診療報酬点数の項目がある。これは、高血圧、糖尿病、がん、脳卒中など幅広い病気に関して、「療養管理」という名目で治療費を請求できるというものだ。
 大病院には、この「特定疾患療養管理料」を請求することは認められておらず、開業医だけに認められているのだ。
 簡単に言えば、大病院と開業医でまったく同じ治療をしても、開業医だけが「特定疾患療養管理料」という名目で、治療費を上乗せ請求できるというこである。つまり、【同じ治療を行っても開業医のほうが、たくさん医療費を請求できるのだ。】

 日本医師会や東京医師会は開業医の団体である。コロナ騒動で偉そうなことをぶち上げているが、彼らはコロナ患者を診(み)ていない。新型コロナの死亡者数も陽性者数(※PCR検査の陽性=感染者ではないことに注意)も断トツで少ない日本の医療崩壊が叫ばれるのは、開業医がコロナ患者を診療しないためだ。

 それにしても勤務医と開業医の年収が2倍もあるとは驚愕の事実である。

 また、開業医は、税金に関しても非常に優遇されている。
 社会保険診療報酬の72%を経費として認められているのだ(社会保険診療報酬が2500万円以下の場合)。
 簡単に言えば、「開業医には収入のうち28%にだけ課税をしましょう、収入の72%には税金をかけませんよ」ということである。
 本来、事業者というのは(開業医も事業者に含まれる)、事業で得た収入から経費を差し引き、その残額に課税される。
 しかし開業医は、収入から無条件で72%の経費を差し引くことができるのだ。実際の経費がいくらであろうと、である。
 開業医の税制優遇制度の内容は、右の表の通りである。

 例えば、社会保険収入が5000万円だった場合、経費は次のような計算になる。

5000万円×57%+490万円=3340万円

 この3340万円が自動的に経費として計上できるのだ。これは、実に収入の約67%にもなる。つまり、【実際には経費がいくらかかろうと、この医者は収入の67%を経費に計上できるのだ。】
 医者というのは、技術職であり、物品販売業ではない。
 材料を仕入れたりすることはほとんどないので、仕入れ経費などはかからない。だから、基本的にあまり経費がかからないのである。
 普通に計算すれば、経費はせいぜい30~40%くらいだろう。にもかからず、67%もの経費を計上できるのだ。税額にして、500万円~900万円くらいの割引になっていると言える。
 開業医が儲かるはずである。
 この制度は世間の批判を受け、縮小はされたが、廃止されることなく現在も残っている。前記の税制は、縮小された後のものである。つまり、以前はもっと税制的に優遇されていたのだ。

「つまり、開業医の実質年収は6000万円程度だと推測されるのだ」。しかもこの「3340万円」に税はかからない。異様な仕組みといってよい。政治家と官僚が医者に与えた権益なのだろう。日本医師会の会員数が16万6883人(平成21年12月)である。開業医の数を15万人とすると、その年収合計額は9兆円にもなる。あまりの額の大きさに目まいがする。

 税務知識のある者が大村の批判をしていることは承知している。ただ私にはそれを検証するほどの知識がない。一方、批判者たちは大村以上に有益な情報を社会に提供しているのだろうか? 別に著作である必要はない。ブログやホームページでも十分発信は可能だ。ケチをつけるのは簡単なことだ。大村の意欲的な著作活動を見れば、多少の過ちがあったとしても彼は修正しながら更なる飛躍を目指すことだろう。

 もう一つは大村以外で、こうした税制上の不平等を指摘する元官僚や元税務調査感を私は知らない。この一点だけでもアンタッチャブルな分野に斬り込んでいることが窺える。あまりにも大きな不正は大きすぎて人の目に映らない。

 日本医師会は自民党の有力な支持団体である。一方で共産党を支持する医師も多い。つまり自民党も共産党も手をつけることができないわけだ。まるでロスチャイルド家を思わせる狡猾さである。


https://twitter.com/oishiku_naare/status/1385632343096840195

2015-03-13

「我々は意識を持つ自動人形である」/『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ


『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン
『死と狂気 死者の発見』渡辺哲夫

 ・手引き
 ・唯識における意識
 ・認識と存在
 ・「我々は意識を持つ自動人形である」
 ・『イーリアス』に意識はなかった

『新版 分裂病と人類』中井久夫
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
『身体感覚で『論語』を読みなおす。 古代中国の文字から』安田登
『あなたの知らない脳 意識は傍観者である』デイヴィッド・イーグルマン
『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』ジル・ボルト・テイラー
『AIは人類を駆逐するのか? 自律(オートノミー)世界の到来』太田裕朗

 この説によれば、意識は何ら活動しておらず、実際、何もすることはできないという。ハーバート・スペンサー(訳注 1820-1903、イギリスの哲学者)は、厳密な進化論と矛盾しないためにはこのように意識を一段低く見るしかないとした。現実的な実験主義者の多くは今なお彼と意見を同じくしている。動物は進化し、その過程で神経系やその機械的反射作用の複雑性が増す。神経がある一定の複雑性に達すると、意識が生まれ、この世界の出来事をただ傍観者として眺めるだけの、救いのない行動を始めるというのだ。
 私たちの行動は、脳の配線図と、外界の刺激に対する反射作用とに完全に制御されている。意識は配線が出す熱であり、随伴的な現象にすぎない。シャドワース・ホジソン(訳注 1832-1912、イギリスの哲学者)が言うように、意識が持つ感情は、色そのものによってではなく、色のついた無数の石によってまとまりを保っている、モザイクの表面の色にすぎない。あるいは、トマス・ヘンリー・ハクスリー(訳注 1825-95、イギリスの生物学者)がある有名な論文で主張したように、「我々は意識を持つ自動人形である」。

【『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ:柴田裕之訳(紀伊國屋書店、2005年)】

 トマス・ヘンリー・ハクスリーは王立協会の会長を務めた人物で、オルダス・ハクスリーの祖父に当たる。彼もまたダーウィンの進化論を支持した。この文章は意識に対する様々な見解を紹介している件(くだり)なのだが、実は意識が「何であるのか」すらもわかっていない。

 ともすると意識を高等なものと考えがちだが、ただ単に意識という反応があるだけなのかもしれない。

 私は毎度書いている通り、「生とは反応である」との持論をもつゆえに異論はない。ただし教育と努力の可能性を考える必要があろう。

 チンパンジーの社会では力の強い者がボスとして君臨する。ボスが老いたり、弱ったりすれば若いオスがボスをこてんぱんにする。文字通り暴力が支配する世界だ。時には2位とそれ以下のチンパンジーが徒党を組んで襲うケースもある(『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール)。

 ヒトの場合ももちろん体が大きくて力の強い者が優位である。子供社会を見れば一目瞭然だ。しかしながらヒトの場合、努力で力に対抗し得る。例えば空手・柔道・システマなどを習えば、その【技術】によって生まれついた力の差を克服できるのだ。

 そして高度に発達した社会では力よりも知性の優れた者が後世に遺伝子をのこす確率が高まる。具体的には人々を動かす政治力であり、時には人を騙す能力となる。「嘘をつく」というのは知的に高度な行為であることを見逃してはなるまい。

 こう考えてみると、教育の本質が「技の獲得」にあることが見えてくる。

 西暦1700年か、あるいはさらに遅くまで、イギリスにはクラフト(技能)という言葉がなく、ミステリー(秘伝)なる言葉を使っていた。技能をもつ者はその秘密の保持を義務づけられ、技能は徒弟にならなければ手に入らなかった。手本によって示されるだけだった。

【『プロフェッショナルの条件 いかに成果をあげ、成長するか』P・F・ドラッカー:上田惇生〈うえだ・あつお〉編訳(ダイヤモンド社、2000年)】

 近代の歴史とも見事に符合する。中世以降、宗教が後(おく)れをとったのもここに理由があると思われる。科学的視点を欠いた宗教は「秘伝」を重んじて、「技能」を軽視したのだろう。キリスト教においてはプロテスタントが登場するまで聖書すら「秘伝」であった。これまた16世紀の歴史である。

術とはアート/『言語表現法講義』加藤典洋

 そして中世に「マネー」が生まれた。

マネーと民主主義の密接な関係/『サヨナラ!操作された「お金と民主主義」 なるほど!「マネーの構造」がよーく分かった』天野統康

 もちろん貨幣経済は古くから存在したが信用創造という概念はなかった。ユダヤ人の金貸しが発行した預り証が紙幣の原型であり、彼らは更に為替・証券・債権を誕生させ、銀行・保険・株式会社をつくり上げる。

 資本主義は資本がすべてであり、あらゆるものが商品化されるシステムだ。欲望まみれの社会で生き残るのはカネを掴んだ者だ。幸福は金額と化す。我々の生き方や脳はマネーに支配されている。マネーこそは中世以降、完全に世界を征服した宗教といっても過言ではない。単なる約束事であるにもかかわらず、誰もがその存在と価値を信じ込んで疑うことがないのだから。

 現代社会はマネーに対する反応で動いている。そしてグローバリゼーションという名の下で、明らかに経済が政治よりも優位性を強めている。多国籍企業が持つ力は既に国家を凌駕しつつある。

資本主義経済崩壊の警鐘/『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クライン

「意識を持つ自動人形」をやめることは可能だろうか? 極めて困難だ。我々が小説や映画やドラマ、漫画などを好むのは、「感情を操られたい」願望がある証拠だろう。学校や企業では「自動」の速度や合理化を競っている節すら窺える。

 ではどうするのか? 「止まる」ことだ。動くのをやめて止まればいい。そして心の動きまで止めてしまう。これを止観(しかん)という。そう。瞑想だ。本当に生きるためには死の淵まで降りる必要がある。瞑想は時間を止める行為でもある。三昧に至れば欲望は洗い落とされる。ま、至っていない私が言うのも何だが。


あたかも一角の犀そっくりになって/『スッタニパータ[釈尊のことば]全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳

2016-07-18

必読書リスト その三


     ・キリスト教を知るための書籍
     ・宗教とは何か?
     ・ブッダの教えを学ぶ
     ・悟りとは
     ・物語の本質
     ・権威を知るための書籍
     ・情報とアルゴリズム
     ・世界史の教科書
     ・日本の近代史を学ぶ
     ・虐待と精神障害&発達障害に関する書籍
     ・時間論
     ・身体革命
     ・ミステリ&SF
     ・必読書リスト その一
     ・必読書リスト その二
     ・必読書リスト その三
     ・必読書リスト その四
     ・必読書リスト その五

『青い空 幕末キリシタン類族伝』海老沢泰久
『新訂 福翁自伝』福澤諭吉
『氷川清話』勝海舟:江藤淳、松浦玲編
『緑雨警語』斎藤緑雨、中野三敏編
『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン
『人類を変えた素晴らしき10の材料 その内なる宇宙を探険する』マーク・ミーオドヴニク
『世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史』スティーブン・ジョンソン
『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二
『もう牛を食べても安心か』福岡伸一
『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』本川達雄
『脳はバカ、腸はかしこい』藤田紘一郎
『あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた』アランナ・コリン
『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』キャスリン・マコーリフ
『樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声』ペーター・ヴォールレーベン
『カミとヒトの解剖学』養老孟司
『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』シャロン・モアレム、ジョナサン・プリンス
『なぜ美人ばかりが得をするのか』ナンシー・エトコフ
『売り方は類人猿が知っている』ルディー和子
『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』ルディー和子
『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール
『天才の栄光と挫折 数学者列伝』藤原正彦
『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』チャールズ・サイフェ
『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎
『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』高橋昌一郎
『知性の限界 不可測性・不確実性・不可知性』高橋昌一郎
『感性の限界 不合理性・不自由性・不条理性』高橋昌一郎
『ピーターの法則 創造的無能のすすめ』ローレンス・J・ピーター、レイモンド・ハル
『反社会学講座』パオロ・マッツァリーノ
『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』輪島裕介
『複雑系 科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』M・ミッチェル・ワールドロップ
『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン
『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン
『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』マルコム・グラッドウェル
『インフォメーション 情報技術の人類史』ジェイムズ・グリック
『デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語』ナサニエル・ポッパー
『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』山本康正
『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、ケネス・クキエ
『データ資本主義 ビッグデータがもたらす新しい経済』ビクター・マイヤー=ショーンベルガー、トーマス・ランジ
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』藤井保文、尾原和啓
『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』キャシー・オニール
『養老孟司の人間科学講義』養老孟司
『ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い』レオナルド・サスキンド
・『宇宙は「もつれ」でできている 「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか』ルイーザ・ギルダー
『量子が変える情報の宇宙』ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー
『史上最大の発明アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理』デイヴィッド・バーリンスキ
『アルゴリズムが世界を支配する』クリストファー・スタイナー
『生命を進化させる究極のアルゴリズム』レスリー・ヴァリアント
『宇宙をプログラムする宇宙 いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?』セス・ロイド
『宇宙を織りなすもの』ブライアン・グリーン
『時間の逆流する世界 時間・空間と宇宙の秘密』松田卓也、二間瀬敏史
『生物にとって時間とは何か』池田清彦

2013-10-26

トム・ロブ・スミス、綿本彰、矢上裕、金哲彦、ル・クレジオ、ファリード・ザカリア、他


 11冊挫折、5冊読了。

民主主義の未来 リベラリズムか独裁か拝金主義か』ファリード・ザカリア:中谷和男〈なかたに・かずお〉訳(阪急コミュニケーションズ、2004年)/竜頭蛇尾。ただし4分の3だけ読んでも十分お釣りがくる。民主主義の発生についてはフランス・ドゥ・ヴァール著『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』が参考になる。

秘密結社』綾部恒雄〈あやべ・つねお〉(講談社学術文庫、2010年)/アウトライン的内容。たぶん労作だ。巻末の「世界秘密結社事典」が有益。

儀礼としての消費 財と消費の経済人類学』メアリー・ダグラス、バロン・イシャウッド:浅田彰〈あさだ・あきら〉、佐和隆光〈さわ・たかみつ〉訳(講談社学術文庫、2012年)/たぶん良書。ひょっとしたら名著かも。しかしながら私の知識ではついてゆけず。

意味の変容・マンダラ紀行』森敦(講談社文芸文庫、2012年)/文章がしつこい。

海を見たことがなかった少年 モンドほか子供たちの物語』ル・クレジオ:豊崎光一、佐藤領時訳(集英社文庫、1995年)/訳文が肌に合わず。ある作家の初めて読む作品に挫折してしまうと他の作品を読む気が失せる。その意味でも翻訳が重要だ。

悪魔祓い』ル・クレジオ:高山鉄男訳(岩波文庫、2010年)/こちらは翻訳が素晴らしい。ル・クレジオによるインディアン讃歌だ。類を見ない文体の華麗さである。後半は飛ばし読み。ちょっと濃過ぎる。

ボルツマンの原子 理論物理学の夜明け』デヴィッド・リンドリー:松浦俊輔訳(青土社、2003年)/翻訳名は統一してもらいたいもんだ。『そして世界に不確定性がもたらされた ハイゼンベルクの物理学革命』(デイヴィッド・リンドリー)と比較すると控えめな内容で華に欠ける。3分の1ほどで挫ける。

帰ってきたソクラテス』池田晶子(新潮文庫、2002年)/ソクラテスが現代社会の問題に答える、という設定が巧い。若い人にはオススメ。

唐詩選(上)』前野直彬〈まえの・なおあき〉注解(岩波文庫、2000年)/10年後に再読しようと思う。唐詩選偽作説についても率直に書かれている。ただ偽作であったとしてもこれに優る入門書はあるまい。

ディアスポラ』グレッグ・イーガン:山岸真訳(ハヤカワ文庫、2005年)/巨匠グレッグ・イーガンのSFはとにかく難しい。哲学書並みだ。

たいした問題じゃないが イギリス・コラム傑作選』行方昭夫〈なめかた・あきお〉編訳(岩波文庫、2009年)/全然面白くなかった。

 48、49冊目『エージェント6(上)』『エージェント6(下)』トム・ロブ・スミス:田口俊樹訳(新潮文庫、2011年)/トム・ロブ・スミスに外れはない。今のところは。レオ・デミドフ三部作の完結編。矛盾を抱えた家族が国家に翻弄される様を見事に描いている。ラストまでしっかり謎を残し、ミステリの王道をゆく。

 50冊目『DVDで覚えるシンプルヨーガLesson』綿本彰〈わたもと・あきら〉(新星出版社、2004年)/ヨガを習いにゆくと思えば安いものだ。入門書としてはよい出来だと思う。見ていると簡単そうなんだが、実際にやると中々きつい。私は「サルのポーズ」で一旦あきらめ、煙草を吸いながらDVDを見終えた。ヨガの難点は時間のかかるところ。

 51冊目『DVDで覚える自力整体』矢上裕(新星出版社、2005年)/あまりよくない。ヨガの方が断然いい。

 52冊目『「体幹」ウォーキング』金哲彦〈きん・てつひこ〉(講談社、2010年)/それほど大したことは書いていないのだが、肩甲骨と骨盤の姿勢について卓見が示されている。これだけでも読む価値あり。「胸を張る」のではなく「肩甲骨を寄せる」といううのがミソ。

2011-12-31

2011年に読んだ本ランキング


 うっかりしていた。例年だと11月後半からランキング作成に着手するのだが、今日の今日まで失念していた。はてなから引っ越したことも影響したのだろう。というわけで時間がないため、「ベスト30」を紹介する。尚、クリシュナムルティは除いた。読書は年季によって選球眼が高まる。私は文才もなければ学識があるわけでもない。そんなことは自分が一番よくわかっている。強みは感受性と直観のみだ(笑)。だから書評には自信がないが、本を選ぶ眼には過剰なまでの自信がある。かつて私よりセンスのある人物を見たことがない。ま、そんなわけでご参考になれば、これ幸い。それでは皆さん、よいお年を。

2010年に読んだ本ランキング
2011年に読んだ本

 ・2011年に読んだ本ランキング

2012年に読んだ本ランキング

番外『まんが パレスチナ問題』山井教雄

番外『旅行者の朝食』米原万里

番外『「私たちの世界」がキリスト教になったとき コンスタンティヌスという男』ポール・ヴェーヌ

番外『自動車の社会的費用』宇沢弘文

30位『超マクロ展望 世界経済の真実』水野和夫、萱野稔人

29位『襲われて 産廃の闇、自治の光』柳川喜郎

28位『トランクの中の日本 米従軍カメラマンの非公式記録』ジョー・オダネル、ジェニファー・オルドリッチ

27位『スリー・カップス・オブ・ティー 1杯目はよそ者、2杯目はお客、3杯目は家族』グレッグ・モーテンソン、デイヴィッド・オリヴァー・レーリン

26位『ルワンダ ジェノサイドから生まれて』写真、インタビュー=ジョナサン・トーゴヴニク

25位『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール

24位『絶対製造工場』カレル・チャペック

23位『最悪期まであと2年! 次なる大恐慌 人口トレンドが教える消費崩壊のシナリオ』ハリー・S・デント・ジュニア

22位『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー

21位『自殺する種子 アグロバイオ企業が食を支配する』安田節子

20位『緑雨警語』斎藤緑雨

19位『リサイクル幻想』武田邦彦(文春新書、2000年)

18位『大野一雄 稽古の言葉』大野一雄著、大野一雄舞踏研究所編

17位『逝かない身体 ALS的日常を生きる』川口有美子

16位『生活の世界歴史 9 北米大陸に生きる』猿谷要

15位『集合知の力、衆愚の罠 人と組織にとって最もすばらしいことは何か』アラン・ブリスキン、シェリル・エリクソン、ジョン・オット、トム・キャラナン

14位『哲学、脳を揺さぶる オートポイエーシスの練習問題』河本英夫

13位『イタリア抵抗運動の遺書 1943.9.8-1945.4.25』P・マルヴェッツィ、G・ピレッリ編

12位『一神教の闇 アニミズムの復権』安田喜憲

11位『アウシュヴィッツは終わらない あるイタリア人生存者の考察』プリーモ・レーヴィ

10位『イエス』R・ブルトマン

9位『ナット・ターナーの告白』ウィリアム・スタイロン

8位『歴史とはなにか』岡田英弘

7位『歴史とは何か』E・H・カー

6位『孟嘗君』宮城谷昌光

5位『インディアスの破壊についての簡潔な報告』ラス・カサス

4位『日本人のための宗教原論 あなたを宗教はどう助けてくれるのか』小室直樹

3位『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン

2位『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰』ニコラス・ウェイド

1位『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル

2012-01-04

シャンカール・ヴェダンタム


 1冊読了。

 1冊目『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学』シャンカール・ヴェダンタム:渡会圭子〈わたらい・けいこ〉訳(インターシフト、2011年)/長い溜息をついた。既に15分ほど経過していると思う(ウソ)。ページを繰るごとに私は唸り、「なるほどねえ」と声を出し、「そう来たか」と目を瞠(みは)り、膝を100回ほど打った。これは本当の話だ。紛(まが)うことなき天才本である。「隠れた脳」とは無意識のバイアスを意味する。本書の驚愕度を深めるためには少々知識が必要だ。本気で取り組むつもりがあるなら次の順番で読まれよ。『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二→『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン→『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー→『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ→『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール→『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン→『服従の心理』スタンレー・ミルグラム→『木曜の男』G・K・チェスタトン→『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』アマンダ・リプリー→『集合知の力、衆愚の罠 人と組織にとって最もすばらしいことは何か』アラン・ブリスキン、シェリル・エリクソン、ジョン・オット、トム・キャラナン→本書。で、次に『一九八四年』を読めば完璧だ。これらの本が全部つながる。一言で表現するなら「脳機能社会心理宗教人類学」だ。すまん、これじゃ寿限無だ(笑)。時間と金のない人は、せめてアマンダ・リプリーを読んでおくべきだろう。内容、翻訳ともに文句なし。インターシフトは良書が多い。

2018-07-19

読み始める

乱世の中から―竹山道雄評論集 (1974年)
竹山 道雄
読売新聞社
売り上げランキング: 1,286,785

動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか
フランス・ドゥ・ヴァール
紀伊國屋書店
売り上げランキング: 16,293

台湾原住民オーラルヒストリー 北部タイヤル族和夫さんと日本人妻緑さん
菊池一隆
集広舎 (2017-09-10)
売り上げランキング: 839,807

人種戦争――レイス・ウォー――太平洋戦争 もう一つの真実
ジェラルド・ホーン
祥伝社
売り上げランキング: 164,263

大東亞戦争は昭和50年4月30日に終結した
佐藤守
青林堂
売り上げランキング: 497,445

昭和の遺書―55人の魂の記録 (文春新書)
梯 久美子
文藝春秋
売り上げランキング: 172,723

真相―スペンサー・シリーズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ロバート・B. パーカー
早川書房
売り上げランキング: 276,895

昔日(ハヤカワ・ミステリ文庫) (スペンサー・シリーズ)
ロバート・B・パーカー
早川書房
売り上げランキング: 448,315

灰色の嵐 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ロバート・B. パーカー
早川書房
売り上げランキング: 88,039

プロフェッショナル〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕 (スペンサー・シリーズ)
ロバート・B・パーカー
早川書房
売り上げランキング: 97,663

ミトコンドリアが進化を決めた
ニック・レーン
みすず書房
売り上げランキング: 91,763

2013-11-12

いじめに関する覚え書き



『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール






『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』レヴェリアン・ルラングァ
両親の目の前で強姦される少女/『女盗賊プーラン』プーラン・デヴィ


凌遅刑(りょうちけい)


2019-06-14

道徳・モラルの起源


 発行年順に紹介する。

 ・『人間の本性について』エドワード・O ウィルソン:1980年

・『徳の起源 他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー:2000年
・『脳に刻まれたモラルの起源 人はなぜ善を求めるのか』金井良太 :2013年
・『モラルの起源 道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか』クリストファー・ボーム:2014年
『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール:2014年
・『モラルの起源 実験社会科学からの問い』亀田達也:2017年
・『分かちあう心の進化』松沢哲郎:2018年

 ・『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ

 エドワード・O ウィルソンとユヴァル・ノア・ハラリで挟むところに私の卓抜したセンスがある(笑)。金井・松沢以外は全部読んでいるがマット・リドレーが圧倒的に面白い。尚、道徳と倫理の違いを調べていたところ、次のページを見つけた。

Q.道徳と倫理の違いは何ですか? - まさおさまの 何でも倫理学

 書籍も挙げておく。

・『高校倫理からの哲学 第3巻 正義とは』直江清隆、越智貢編

徳の起源―他人をおもいやる遺伝子
マット リドレー
翔泳社
売り上げランキング: 783,842

2014-03-04

ラットにもメタ認知能力が/『人間らしさとはなにか? 人間のユニークさを明かす科学の最前線』マイケル・S・ガザニガ


 過去何百年もの間に、数え切れないほど多くの科学者や哲学者がこの私たちのユニークさをあるいは認め、あるいは否定してあらゆる種類の人間らしさの前例をほかの動物に求めてきた。近年、独創的な科学者たちが、純粋に人間だけのものとばかり思われていた多種多様の事例の前例を見つけている。私たちは、自らの思考について考える(これを「メタ認知」という)能力を持つのは人間だけだと思っていた。だが、考え直したほうがよさそうだ。ジョージア大学の二人の神経科学者が、ラットにもその能力があることを立証した。ラットは自分が何を知らないかを知っていることがわかったのだ。

【『人間らしさとはなにか? 人間のユニークさを明かす科学の最前線』マイケル・S・ガザニガ:柴田裕之訳(インターシフト、2010年)】

 メタには「高次な」「超」といった意味がある。ヒトは五感情報を統合し、更にもう一段高いレベルで自分の思考や感情を客観的に捉えることができる。これをメタ認知という。脳にダメージを受けると高次脳機能障害となる。メタ認知機能の崩壊といってよい。

病気になると“世界が変わる”/『壊れた脳 生存する知』山田規畝子〈やまだ・きくこ〉

 以下、関連リンク。

脳とネットワーク/The Swingy Brain:「我思う」ラット
どっちにする?考え中!: 感性でつづる日記

 ってことは、マウスに思考があることを示唆する。あいつらにはあいつらの「考え」があるのだ。すると「意志」があっても不思議ではない。ただし言語が発達しているようには見えないから、たぶん視覚情報を言語化しているのだろう(『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン)。

 サルは非辺縁系の感覚を二つ、連合させることができない。人間はそれができる。そしてそれが、ものに名前をつけ、より上位の抽象化のレベルを進んでいく能力の基盤となっているのだ。

【『共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人』リチャード・E・シトーウィック(リチャード・E・サイトウィック):山下篤子訳(草思社、2002年)】

 名前を付け(名詞化)、カテゴライズ(類推→アナロジー〈『カミとヒトの解剖学』養老孟司〉)することができるのは実は凄い能力なのだ。結びつける認知能力といってもよいだろう。

 それにしては人間と人間を結ぶ能力が発達しないのはどういうわけか? 個人的には人間の知性よりもラットの本能の方が優れていると思う(『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール)。

2012-10-28

「法人税の引き下げによる経済効果はゼロないしマイナス」/『消費税は0%にできる 負担を減らして社会保障を充実させる経済学』菊池英博


・「法人税の引き下げによる経済効果はゼロないしマイナス」
法人税と所得税の最高税率を引き上げるべきだ

 2年前に読んだのだが書き忘れていた。ま、結果的にはタイミングがよくなったかもしれない。

 消費税はやたらと複雑である。複雑であればこそ国民を騙(だま)すことが容易であるし、複雑であればこそ官僚への依存傾向を強化できる。既に来るべき総選挙を展望して消費税増税は既定路線と化した観がある。新聞各紙は大本営発表に先駆けて大政翼賛の一翼を担い、テレビが追走する。テーマは増税の是非ではなく、国民を懐柔する方法にシフトしている。

 国民は至って静かである。体温が不況に馴染んでしまったのだろうか? あるいはきな臭さを感じながらも、「魚を焼いているんでしょ?」と思っているのだろうか? 台所は火の車だ。すなわち火事なのだ。

 デフレの炎はもう20年間も燃え続けている。これを水(総需要拡大政策)ではなく、国民の手で抑えて消そうとするのが消費税増税の意図だろう。奇しくも「消」の字が一致している。

 1989年の消費税導入から始まる現在の日本の税制は、30年前にアメリカのレーガン大統領(1981~1988年)が採用した新自由主義市場原理主義型の税制であり、「失敗した時代遅れの考え」(レーガンの「税制と財政政策」に関するオバマ大統領の議会での発言)による経済政策と税体系を模倣した税制だから、自公政権は消費税しか税収増加を図る道がなく、行き詰まっているのだ。

【『消費税は0%にできる 負担を減らして社会保障を充実させる経済学』菊池英博(ダイヤモンド社、2009年)以下同】

 では、レーガン税制の何が間違っていたのか?

 こうした事実から、「ラッファー理論」や「トリクルダウン理論」は、経済的に実証された理論ではなく、レーガン政権の当初の見込みに反して、「法人税の引き下げによる経済効果はゼロないしマイナス」であり、「富裕層の所得税率を引き下げても、経済成長には寄与しない」というのが経験的に証明されたのである。レーガン・モデルは「まやかしの経済学に依存していたので大失敗した」といえよう。

チンパンジーの利益分配/『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール

 驚くべき指摘である。やはり経団連の薄汚いジイサン連中は国民の味方ではなかった。あいつらは自分たちさえよければいいのだ。彼らが消費税増税に賛成する理由がわかったよ。

 日本の税制が「失敗した時代遅れの考え」によっている上に、「小泉構造改革」によるデフレ政策によって、日本は「10年デフレ」「10年ゼロ成長」に陥り、それによって生じた財政赤字を補填するために、自公政権は人命(社会保障費)を人質にして、消費税引き上げの理由づけにしている。
 一大失政である。「欺瞞(ぎまん)の構造改革」の結果、日本はまさに「成長を忘れたシーラカンス」になってしまった。

 つまり「失敗した時代遅れの考え」が官僚にとっては都合がよいのだろう。財務省、経済産業省はシカゴ学派の軍門に降(くだ)ったと見て間違いない。

 人類の歴史は争うことで発展してきた。時に戦争で奪い、時に外交で駆け引きを行い、時に政治をもって利益を分配してきた。敢えて「健全な争い」とはいわない。冷戦構造の崩壊から既に20年が経つ。何らかの「乱」が必要なことは明らかだ。【続く】

消費税は0%にできる―負担を減らして社会保障を充実させる経済学
菊池 英博
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 357,676

消費税が国民を殺す/『消費税のカラクリ』斎藤貴男

2009-03-26

体から悲鳴が聞こえてくる/『悲鳴をあげる身体』鷲田清一


『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴

 ・蝶のように舞う思考の軌跡
 ・体から悲鳴が聞こえてくる
 ・所有のパラドクス
 ・身体が憶えた智恵や想像力
 ・パニック・ボディ
 ・セックスとは交感の出来事
 ・インナーボディは「大いなる存在」への入口

『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴
『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『日本人の身体』安田登
『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード
『ストレス、パニックを消す!最強の呼吸法 システマ・ブリージング』北川貴英
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖
『フェルデンクライス身体訓練法 からだからこころをひらく』モーシェ・フェルデンクライス
・『ニュー・アース』エックハルト・トール
『瞬間ヒーリングの秘密 QE:純粋な気づきがもたらす驚異の癒し』フランク・キンズロー

必読書リスト その二

 近年、脳科学本が充実しているが、身体論と併せて読まなければ片手落ち(※差別用語じゃないからね)となる。人体にあって、確かに脳は司令塔であるが、五官からの情報によって脳内のネットワークが変化することもある(池谷裕二著『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』朝日出版社、2004年)。つまり、脳と身体はフィードバックによる相互関係で成立している。

 いつの頃からか、若者が自分の身体を傷つけるようになった。一般的に攻撃性は他者に向かう。だから、いじめは昔からあった。それどころか、実はチンパンジーの世界にもいじめが存在する(フランス・ドゥ・ヴァール著『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』早川書房、2005年)。社会を構築する動物の世界には、確固たる“権力”が存在する。そして社会はピラミッド型の序列(ヒエラルキー)を形成する。で、下の奴が上の奴にいじめられるってわけだ。

 若者の自傷行為は、引きこもりと相前後していると思われる。と言うよりも、むしろ引きこもり自体がある種の自傷行為と考えていいのかもしれない。

 鷲田清一は、身体が本来持っていた智慧が失われ、悲鳴を上げていると指摘している――

 なにか身体の深い能力、とりわけ身体に深く浸透している智恵や想像力、それが伝わらなくなっているのではないか。あるいは、そういう身体のセンスがうまく働かないような状況が現れてきているのではないか。
 そんな身体からなにやら悲鳴のようなものが聞こえてくる気がする。身体への攻撃、それを当の身体を生きているそのひとがおこなう。化粧とか食事といった、本来ならひとを気分よくさせたり、癒したりする行為が、いまではじぶんへの、あるいはじぶんの身体への暴力として現象せざるをえなくなっているような状況がある。
 たとえばピアシング。芹沢俊介は、ある新聞記事のなかで(『朝日新聞』1995年8月30日夕刊)、「一つの穴(ピアス用の)を開けるたびごとに自我がころがり落ちてどんどん軽くなる」という男子の言葉を引き、次のようにのべている。
「気になることというのは、彼らが自己の体に負荷をかけ続けることで自我の脱落という感覚を手に入れている点である。自分を相手にしたこの取引において、彼らは自己の体への小さな暴力といっていいような無償の負荷──フィジカルな負荷──を自分から差し出すことによって、精神的な報酬を得ている。教団という契機を欠いているけれど、私にはこれが宗教に近い行為のように映るのである」、と。
 あるいは摂食障害という、食による自己攻撃。
 あるいは、生理がなくなって、なのにそれがうれしい、身軽になった感じという、20代の女性の感覚。
 あるいはセックス。〈食〉と同じように〈性〉という現象にも過敏になって、とりあえず早くやりすごしたいと思う思春期の女性が増えているという。

【『悲鳴をあげる身体』鷲田清一〈わしだ・きよかず〉(PHP新書、1998年)】

 自傷行為は“生”の暴走なのか落下なのか。はたまた、“生きる側”に必死でしがみつく行為なのか。あるいは自分で自分に下す罰なのか――私にはわからない。

「彼女達は“生きるため”にリストカットをする」と宮台真司が言っていた。しかしながら、やってることは自分自身に対する暴力である。つまり、「生きるための暴力」を正当化することになりかねない。

 私は違うと思う。彼女達はリストカットをするたびに「死んでいる」のだ。そして、手首から滴り落ちる血の中から再び生まれてくるのだろう。

 若者の自傷行為は、「生きるに値しない世の中」に対する絶望的な抗議である。



自我と反応に関する覚え書き/『カミとヒトの解剖学』 養老孟司、『無責任の構造 モラル・ハザードへの知的戦略』 岡本浩一、他

2014-06-05

岩本沙弓、佐藤優、小玉歩、松沢哲郎


 3冊挫折、1冊読了。

想像するちから チンパンジーが教えてくれた人間の心』松沢哲郎〈まつざわ・てつろう〉(岩波書店、2011年)/期待外れ。「遺書のつもりで書いた」(あとがき)のが裏目に出た。何となく私的な記録に近いものを感じた。フランス・ドゥ・ヴァールを読めば十分だと思う。

仮面社畜のススメ 会社と上司を有効利用するための42の方法』小玉歩〈こだま・あゆむ〉(徳間書店、2013年)/新聞広告でよく見掛ける一冊。20代前半のサラリーマンが読むといいだろう。毒があるようで薄い。

地球時代の哲学 池田・トインビー対談を読み解く』佐藤優〈さとう・まさる〉(潮出版社、2014年)/かなり出来が悪い。池田・トインビー対談に寄り掛かりすぎていて、新たな価値を提示できていない。内容紹介にとどまっているような印象が強い。「創価学会のファン」を公言してはばからない佐藤であるが、孫引きしている池田の著作も明らかに少ない。佐藤が中間団体応援団長として創価学会にテコ入れした作品と考えてよかろう。『サバイバル宗教論』の方がはるかに面白い。

 36冊目『バブルの死角 日本人が損するカラクリ』岩本沙弓〈いわもと・さゆみ〉(集英社新書、2013年)/岩本沙弓に外れなし。消費税、税制改革、時価会計導入、為替介入について。岩本の真っ直ぐな性格が文章の端々から伝わってくる。言い回しに女性特有の細やかさが見られるが、もっと思い切って断言してよいと思う。もっともっと活躍してほしい女性アナリストだ。

2015-02-09

トマ・ピケティ関連動画
















 日本記者クラブの講演に先立ち、会田弘継〈あいだ・ひろつぐ〉が「大変お若い」と紹介しているが、長幼の序を重んじるのは東アジアの文化であり致命的な失言だと思う。

21世紀の資本トマ・ピケティの新・資本論【図解】ピケティ入門 たった21枚の図で『21世紀の資本』は読める!


山形浩生:ピケティ『21世紀の資本』訳者解説 v.1.1 (pdf, 686kb)

比類なき言葉のセンス/『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー:黒原敏行訳


『われら』ザミャーチン:川端香男里訳

 ・比類なき言葉のセンス

『一九八四年』ジョージ・オーウェル:高橋和久訳
『華氏451度』レイ・ブラッドベリ
SNSと心理戦争 今さら聞けない“世論操作”
『マインド・ハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』クリストファー・ワイリー

 わずか34階のずんぐりした灰色のビル。正面玄関の上には、〈中央ロンドン孵化・条件づけセンター〉の文字と、盾形紋章に記した世界国家のモットー、“共同性(コミュニティ)、同一性(アイデンティティ)、安定性(スタビリティ)”。

【『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー:黒原敏行訳(光文社古典新訳文庫、2013年/『みごとな新世界』渡邉二三郎訳、改造社、1933年/「すばらしい新世界」松村達雄訳、『世界SF全集』第10巻、早川書房、1968年/『すばらしい新世界』 高畠文夫訳、角川文庫、1971年)】

 一昨年初めて読んで、昨年再読。二度目の方が堪能できた。回数を経るごとに新しい発見がある。本物の作品とはそういうものだ。

 原著が刊行されたのは1932年。つまり第一次世界大戦(1914-18年)と第二次世界大戦(1939-45年)の間に生まれたわけだ。佐藤優が「二つの世界大戦を区別せずに『20世紀の31年戦争』と呼んだ方が正確かもしれない」(『サバイバル宗教論』)と指摘しているが、そう考えると「大戦の中で生まれた」とすることもできよう。

 人類は群れることで環境に適応した。思いやりも本能であり(『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール)、利他的行動は種の保存を目的にしていると考えてよい(「なわばりから群れへ」を参照せよ)。

 群れ=社会には秩序と管理が不可欠だ。では、人類がひとつにまとまり、完全に管理された社会が出現したらどうなるか? それを描いたのが本書である。出産、教育から個人の快楽までもが完璧に管理された社会だ。

 21世紀に入り、パックス・アメリカーナに基づくグローバリズムが叫ばれるようになった。世界国家が実現した「すばらしい新世界」は文化や民族性を排除した無機質な世界であった。その対比として「悪しき野蛮人世界」が描かれる。インディアンを野蛮人としたのは差別主義からではなく、ハクスリーのスピリチュアリズムによるものであろう。

 骨太のストーリーを比類なき言葉のセンスが支える。そしてコピーやフレーズに深い知性の裏づけがある。

 クリシュナムルティに書くことを促したのはハクスリーその人であった(1942年)。ハクスリー本人はその後、神秘主義に傾くが、「条件づけセンター」という名称にはクリシュナムルティの影響があったのかもしれない。

 何度か挫けている松村達雄訳も読んでみようと思う。



邪悪な秘密結社/『休戦』プリーモ・レーヴィ
自律型兵器の特徴は知能ではなく自由であること/『無人の兵団 AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』ポール・シャーレ

2020-09-11

日本人の致命的な曖昧さ/『三島由紀夫と「天皇」』小室直樹


『二・二六帝都兵乱 軍事的視点から全面的に見直す』藤井非三四
『自衛隊「影の部隊」 三島由紀夫を殺した真実の告白』山本舜勝
『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』中川右介
『あなたも息子に殺される 教育荒廃の真因を初めて究明』小室直樹

 ・日本人の致命的な曖昧さ
 ・二・二六事件の矛盾
 ・二・二六事件を貫く空の論理

『世界史で読み解く「天皇ブランド」』宇山卓栄
『〔復刻版〕初等科國史』文部省

日本の近代史を学ぶ
必読書リスト その四

 そもそも(※二・二六事件の)決行部隊と正規軍との関係はいかなるものであったろうか。
 名前こそ“決行部隊”などとはいっても、勝手に軍隊を動かして、政府高官を殺し、首都の要衝を占領しているのである。いま仮に正当性の問題をしばらく措(お)いても、決行部隊は、反乱軍か、さもなくんば、革命軍(「維新軍」といってもよい)である。正規軍(政府軍)とは敵味方の関係である。生命がけで戦って、決行部隊が負ければ反乱軍として討伐され、勝てば、革命軍として新しい政府をつくる。
 これ以外の論理は、全くありえない。
 日本でも外国でも、これ以外の論理は、あったためしがない。その、ありうるはずのないことが、昭和11年2月26日の夜に起きた。(中略)
 決行部隊は、正規軍たる歩兵第三連隊長たる渋谷大佐の指揮下に入って、なんと、警備隊にくみこまれたのであった。
 想像を絶する出来ごとである。
 クロムウェルの鉄騎兵が、チャールズ二世の麾下(きか)に加わり、ロンドンを警備するようなものではないか。政府を潰滅(かいめつ)させ、東京を占領した決行部隊が、【政府】軍の指揮下に入って、自分たちが軍事占領している東京の警備にあたるというのである。

【『三島由紀夫と「天皇」』小室直樹(天山文庫、1990年/毎日コミュニケーションズ、1985年『三島由紀夫が復活する』に加筆し、改題・文庫化/毎日ワンズ、2019年)以下同】

 二・二六事件を三島理論で読み解くという意欲的な試みである。宗教に造詣の深い小室ならではの着眼で、唯識を通した現象論を展開している。

 世界恐慌(1929年/昭和4年)は既に関東大震災(1923年/大正12年)、昭和金融恐慌(1927年/昭和2年)で弱体化していた日本経済に深刻な打撃を与えた。東北地方は1931-35年(昭和6-10年)にかけて冷害で大凶作となった。1933年(昭和8年)には昭和三陸地震で岩手県を中心に30メートル近い津波に襲われた。

 そのため恐慌時に打撃を受けていた農家経済はさらに悪化し、木の実や草の根を食糧とせざるをえない家庭や、身売りする娘、欠食児童の数が急増した。芸妓(げいぎ)、娼妓(しょうぎ)、酌婦、女給になった娘たちの数は、33年末から1か年の間に、東北六県で1万6000余名に達している。

小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)

二・二六事件と共産主義の親和性/『大東亜戦争とスターリンの謀略 戦争と共産主義』三田村武夫
『親なるもの 断崖』曽根富美子

 東北出身の兵士はじっとしていることができなかった。自分の姉や妹が芸者として売られているのである。戦時中の慰安婦は職業であったが、当時の性産業は奴隷のような扱いをしていたと考えて差し支えない。避妊すらまともに行われていなかった。

 格差が革命の導火線となることは必定である。そもそも動物の群れを支えているのは平等原則なのだ(チンパンジーの利益分配/『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール)。第一次世界大戦に敗れたドイツをいじめ過ぎてヒトラーが登場したのは歴史の必然と言ってよい。

 渦中の1932年(昭和7年)に血盟団事件五・一五事件が起こる。昭和維新の激流は二・二六事件へと至るが、天皇という巌(いわお)の前に水しぶきとなって弾けた。

「警備」が必要になったというのも、もともと、決起部隊が、政府を消滅させ、東京を占領したからではないのか。かかる事態に対処するために警備が必要になったというのに、ことを起こしたご当人が、その警備役を買って出るというのだから、放火魔に火の用心をさせるようなものだ。
 もっと重大なことはこれだ。
 かくまで、ありうべからざる事態に直面して、軍首脳が、これは不思議だとは思わないことである。
 軍首脳のほとんどは、「反乱軍」をそのまま正規軍にくみ入れるなんて、そんなベラボーな、と思うかわりに、これは名案だとばかりにとびついた。いきりたっている決行部隊を正規軍の指揮下に入れれば、気もやすまって、もうあばれないだろう、というのである。
 いずれにせよ、なんでこんなベラボーといっても足りないことが起きたのか。その合法的根拠は、いったい、どこにあるのか。
 それは、戦時警備令による。
「戦時警備令」によって、決行部隊は、「合法的」に警備隊の一部に編入された。
 歩兵第三連隊長の渋谷大佐もこれを許可し、決行部隊の側でも、ヤレヤレこれで官軍になれたワイとよろこんだ。
 ここに、われわれは、「日本人の法意識」を、端的にみる思いがする。
 決行部隊は、日本政府を潰滅させ、東京を軍事力で占領した。
 これが合法的であるはずはない。決行部隊は、大日本帝国の法律を蹂躙(じゅうりん)した。これは、たいへんな日本帝国にたいする挑戦である。しかし、彼らのイデオロギーからすれば、国家の法律なんかよりも、「尊王」「討奸」の大義のほうがずっと重いのである。
 でも彼らの行為は非合法である。
 だれだってわかる。
 まして、陛下の軍隊を勝手に動かした。
 これは軍人的センスからいえば、非合法のなかでも、最大の非合法である。ほかのどんな非合法が許せても、この非合法だけは、断じて許すことはできない。大逆罪以上の大罪なのである。
 決行部隊は、すでにこの大罪をおかしている。
 これは、大日本帝国の法に対する真っ向からの挑戦である。
 欧米的センスからすると、彼らの行為は、大日本帝国そのものの否定ということにほかならない。
 いや、天皇の地位の否定とも解釈されかねない。いや、ほとんど確実に、このように解釈されることであろう。

 彼らは尊皇・討奸を掲げながら天皇に弓を引いた。二・二六事件を知った天皇は激怒した。自ら賊を討ちにゆこうとされた。青年将校らに同情的だった軍首脳は慌てふためいた。

 当時の政党政治の腐敗に対する反感から犯人の将校たちに対する助命嘆願運動が巻き起こり、将校たちへの判決は軽いものとなった。このことが二・二六事件の陸軍将校の反乱を後押ししたと言われ、二・二六事件の反乱将校たちは投降後も量刑について非常に楽観視していたことが二・二六将校の一人磯部浅一の獄中日記によって伺える。

Wikipedia

 国民の人気ほど当てにならないものはない。民草はいともたやすく風になびく。助命嘆願運動に責任があったとは思えない。時代の暗がりの中でヒーローと錯覚しただけの話だろう。

 日本人の致命的な曖昧さは今日に至っても変わることがない。例えば朝日新聞の慰安婦捏造記事だ。日本人の信頼を地に落とし、どれほど国益を毀損したか測り知れない。木村伊量〈きむら・ただかず〉社長の辞任などで到底収まる話ではない。しかも英語版では執拗に「従軍慰安婦」の記事を配信し続けたのだ。発行停止処分にするべきだった。

 また慰安婦に関して言えば、外務省の誰が「comfort woman」と訳したのか? この語訳が国際理解を得られるはずもない。翻訳した者を投獄するのが当然だろう。

 尖閣諸島問題も同様で日中国交回復(1972年)の際、田中角栄首相は日本の領土であることをはっきりと言わなかったことに端を発している。自民党の首相は内弁慶ばかりで外国へゆくと相手の顔色を窺うの常だ。

 官僚は江戸時代であれば侍である。国益を損なうようなことがあれば切腹するのが当然だという意識を持つべきだ。

 昭和維新の余韻は宮城事件(1945年終戦前日)にまでつながった。



二・二六事件前夜の正確な情況/『重光・東郷とその時代』岡崎久彦

2011-06-25

人格障害(パーソナリティ障害)に関する私見


 ・人格障害(パーソナリティ障害)に関する私見

人格障害(パーソナリティ障害)を知る
自閉傾向に関する覚え書き

 私見であって試論に非ず。これから述べることは飽くまでも私見であって学術的根拠はない。裏づけとなるのは私の感覚であることを予(あらかじ)め断っておく。この手の言葉は悪口として使われるケースがあるので、取り扱いには重々注意されよ。

 世界保健機関 (WHO) によって公表された「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」(ICD)によれば人格障害は10タイプに分類される。

ICD-10(第10版/1990年発表)による分類

 ここからは日本精神神経学会の基準にもとづいて「パーソナリティ障害」と表記する。

 私は今まで7~8名のパーソナリティ障害者と接してきた。統計を出すにはいささか数が少ないのだが、パーソナリティ障害を素早く見抜くことで被害を減らすことには意味があると信ずる。

 10タイプのうち、「反社会性」と「境界性」というのがキーワードになると考えられる。なお「反社会性」とは社会性の欠如を示したものであって、社会への反発やプロテスト(抗議)という意味合いではない。

 次に「境界性」だが、これは自他の境界が曖昧なため、周囲がびっくりするような行動や、相手を傷つける言動が顕著な特性である(境界例〈ボーダーライン〉とは異なる)。

 問題はここからで、注意をしても理解できず、著しく罪悪感を欠如しており、他者への想像力・共感が働かない。

 取り敢えず私の文章では、パーソナリティ障害を「自己と他者の境界が曖昧なため、周囲との軋轢(あつれき)を生んでしまうコミュニケーション障害」と定義しておく。

 これは完全な私見となるが、私はパーソナリティ障害を広汎性発達障害の症状として考えている。大雑把にいってしまえば「軽度の自閉症」である。

 実は意外と簡単に見分ける方法がある。それは「決まった手順の作業」が行えないということだ。例えば車から降りる時にドアをロックするといったことが彼らはできない。ドライバーに対する配慮を欠き、車上荒らしに遭うかもしれないという想像力が働かないためだ。

 簡単な作業であっても手順を覚えることができない人は、作業の意味や前後の流れを理解していない。そしてこれこそが社会性なのだ。

 普通に注意しても謝らない。謝ったとしても言葉に気持ちが入っていない。それどころか、「エ、どうして私が悪いの?」という態度を示すことが多い。

 問題行動から導かれるのは前頭葉の機能疾患であろう。これが遺伝要因(先天性)によるものか環境要因(後天性)によるものなのかは実に微妙だ。ただ、努力や改善を促す意味では環境要因と考えた方がよいと思われる。

 病因について考えてみよう。ミラーニューロンと自閉症との関連性は憶測の域を出ていないそうだ。しかし自己鏡像認知(自己鏡映像認知とも)から手繰ることは可能だ。

 高度な知能をもつ動物は鏡に映った自分を認識することができる。類人猿、イルカ、ゾウなどで確認されており、自我の概念があるものと考えられている。これを自己鏡像認知という。ちなみにサルにはない。また重度の精神病患者も認識できない。

 いずれも群れを形成することから、自己鏡像認知と高度な社会性との関連が指摘されている。「鏡に映った自分」を認識できる能力は、「相手の瞳に映った自分」を想像できる能力でもあろう。自己を客観視することで社会性は維持される。「他人に迷惑をかけてはいけません」ってわけだ。

 ヒトの場合、3歳前後から自己鏡像認知が働く。幼児を対象とした実験では、自己鏡像認知ができる子供ほど慰めなどの援助行動をすることが確認されている(『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール)。

 自閉症の場合は完全に生きている世界が異なる。常識や伝統的価値観は全く通用しない。異なる世界観を受け入れた上で、互いの存在を認めることが重要だ。

 パーソナリティ障害は自閉症と一般人との間に位置している。

 長くなってしまったので結論を述べよう。パーソナリティ障害は陰気臭い人物よりも、むしろ人気者の中に多く存在する。有り体に申せば、周囲からチヤホヤされてお高くとまったタイプに多い。エネルギッシュ&パワフル。ただしスタミナにはムラがある。

 パワーハラスメントの加害者はパーソナリティ障害だと考えてよい。被害者には隷属的傾向が窺える。アダルトチルドレンがパワハラ被害に遭うと地獄絵図となる。パーソナリティ障害は善悪の概念が乏しいことから長らく「サイコパス」(精神病質)と呼ばれてきた。

 一番わかりやすいのはお笑い芸人の世界だ。自他の境界が曖昧なため礼儀を弁えず、粗暴な振る舞いが目立つ。島田紳助、明石屋さんま、太田光などが典型的だ。お笑いの世界は保守的な上下関係が築かれているので、君臨する人物がパーソナリティ障害だと、コミュニティそのものが「いじめ文化」を形成する。

 ホリエモンやヒロユキを見て、彼らが罪悪感を欠いていることに気づかない人はパワハラ被害者予備軍だ。また、テレビに出演しているタレントの殆どはパーソナリティ障害だと私は思っている。

 政治家にも多い。石原慎太郎は小泉首相のことをテレビカメラの前で「純ちゃん」と呼んでいた。石原夫人の親戚と小泉の実弟が結婚しているので少なからず縁戚関係に当たる。石原は自分を大きく見せるために首相をちゃん付けで呼んだのであろうか? 違うね。公私の区別がつかないのだ。パーソナリティ障害者は周囲のあらゆることを「プライベート化」してしまう。一度や二度会っただけで、やたら馴れ馴れしい言葉遣いをする人物もこのタイプである。

 尚、パーソナリティ障害は治る見込みがない。厳しく注意したり、上手くなだめたりしながら、付き合ってゆくしかない。

人格障害(パーソナリティ障害)を知る

 ・人格障害・パーソナリティ障害
 ・人格障害
 ・境界性人格障害
 ・人格障害の治療とは
 ・パーソナリティー障害あれこれ

心理的虐待/『生きる技法』安冨歩

野生動物の自己鏡像認知

2015-09-28

愛着障害と愛情への反発/『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳


『3歳で、ぼくは路上に捨てられた』ティム・ゲナール
『生きる技法』安冨歩
『子は親を救うために「心の病」になる』高橋和巳

 ・被虐少女の自殺未遂
 ・「死にたい」と「消えたい」の違い
 ・虐待による睡眠障害
 ・愛着障害と愛情への反発
 ・「虐待の要因」に疑問あり
 ・「知る」ことは「離れる」こと
 ・自分が変わると世界も変わる

『生ける屍の結末 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』渡邊博史
『累犯障害者 獄の中の不条理』山本譲司
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル

虐待と知的障害&発達障害に関する書籍
必読書リスト その二

 人は、生まれつき愛情を受け取るようにできている。だから、生まれてすぐに赤ちゃんは愛情に反応する。母子関係の最初、この世の存在の出発点だ。しかし、求めていた愛情が受け取れないばかりか、それをあからさまに否定されると、子どもは愛情を受け取ろうとする心にブレーキをかけ、ついにはロックして使えないようにする。期待して裏切られるよりは最初から受け取らないと決めるほうが、苦しみは小さく、生きやすいからだ。
 被虐者に限らず、人の愛情や親切、感謝を、遠慮したり、躊躇したり、時には拒否してしまう心理は誰にでもある。
 しかし、被虐者の場合は、それが人一倍強く、人生全体を支配している。

【『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳〈たかはし・かずみ〉(筑摩書房、2010年/ちくま文庫、2014年)以下同】

 これを愛着障害という。生きるために心を閉ざすのだ。そして三つ子の魂は百まで引き継がれる。幼児期に閉ざした心が開くことは稀だ。なぜなら「閉ざした」自覚がないゆえに。

 39歳の一人暮らしの男性、青井椋二さんが語ってくれた。
 彼は虐待を受けて育った。小さい頃、十分な食事をもらえなかった。もの心ついた頃には、彼は台所の米びつから生の米を食べていた。
「近くに住む叔父の家が農家だったので、家にお米はあったのだと思う。小学校5年生の時、近所のおばさんからお米の炊き方を教えてもらった。自分で炊いて初めて温かいご飯を食べた。すごく柔らかくて甘かった。
 小学校に入る前だったと思うが、台所の引き出しの奥に、破けた即席ラーメンの袋を見つけた。その中には麺のかけらが残っていた。ほんの少ししかなかったけど、とてもうれしかった。まるごとの即席ラーメンを食べられることはなかった。だから、18歳で家を出て、自分で働くようになっても、きちんと袋に入った即席ラーメンは、長い間、僕のご馳走だった。
 20歳の頃、恐る恐る、思い切って、母親に言ってみた。
『小さい頃、食事をもらえなかった』と。
 あの人が何と返事をするかと思ったら、『あんたは食が細かったからね』と、あっさり返された。まったく覚えていないようだった」

 コミュニティは崩壊し、セーフティネットの機能を失った。生米を食べて生きる少年に誰一人気づかなかったとすれば、そこに社会は存在しない。虐待する親というたった一本の線にすがって生きることが唯一の選択肢である。

 少し前に映画『アクト・オブ・キリング』を見た。インドネシアで100万人の大虐殺を行ってきた「英雄」たちが再現映画を制作する。彼らは笑いながら思い出を語る。殺人の効率化を同じ現場で実演し、昂奮に酔って歌い踊る。そして映画のカットを自慢気に孫たちに見せる。終盤に至ってわずかばかりの罪悪感が頭をもたげるが、多分彼らの生き方が変わることはないだろう。

 次回紹介する予定だが高橋は虐待の原因として、親の知的障害・精神障害・発達障害などを挙げている。彼らは共感能力を欠くゆえに子供と愛着関係を結ぶことができないのだろう。

チンパンジーの利益分配/『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール

 カウンセリングを受ける中で小学5年生の頃の記憶がありありと蘇る。近所に住む優しいお姉さんがクッキーをくれた。透明の袋は赤いリボンで結ばれていた。そんなきれいなものを見るのは初めてのことだった。お姉さんは「遠慮しなくていいのよ」と声をかけた。彼はお姉さんの手からクッキーを奪うと、地面に叩きつけた。そして「こんなものいらない! いらない! いらない! いらない!」と叫びながらクッキーを足で踏みつけた。

 高橋はこれを「被虐待児の『試し行動』」と解説する。私はそうは思わない。試し行動は一種のテストクロージングであろう。少年の行動は鹿野武一〈かの・ぶいち〉やナット・ターナーと同じものである。

ナット・ターナーと鹿野武一の共通点/『ナット・ターナーの告白』ウィリアム・スタイロン

「その優しさ」を受け入れてしまえば自己の拠(よ)って立つ世界が崩壊するのだ。少年は本能的にクッキーを拒むことで、優しいお姉さんと親の比較を回避したのだろう。穴の深さを知ってしまえば這い上がる気力もなくなる。それほどの深みに彼は位置していたのだ。

 ある地域の保育士によれば、感覚的には1/3から半分くらいの児童に発達障害傾向が見られるという(『ニッポンの貧困 必要なのは「慈善」より「投資」』中川雅之、2015年)。とすると少子化とはいえ子虐待の比率は高まる可能性も考えられよう。私の頭では幼稚園や小学校で定期的に聞き取り調査を行うといった程度の策しか思い浮かばない。



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