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2021-12-13

パニック・ボディ/『悲鳴をあげる身体』鷲田清一


 ・蝶のように舞う思考の軌跡
 ・身体から悲鳴が聞こえてくる
 ・所有のパラドクス
 ・身体が憶えた智恵や想像力
 ・パニック・ボディ
 ・セックスとは交感の出来事
 ・インナーボディは「大いなる存在」への入口

『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴
『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『日本人の身体』安田登
『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード
『ストレス、パニックを消す!最強の呼吸法 システマ・ブリージング』北川貴英
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖
『フェルデンクライス身体訓練法 からだからこころをひらく』モーシェ・フェルデンクライス
・『ニュー・アース』エックハルト・トール
『瞬間ヒーリングの秘密 QE:純粋な気づきがもたらす驚異の癒し』フランク・キンズロー

必読書リスト その二

 身体が過剰に観念に憑かれてしまい、観念でがちがちに硬直している、つまり身体に本質的なある〈ゆるみ〉を失っている、だからとても脆くなってすぐにポキッと折れそうなのだ……と。
 こういう状態にある現在の身体を、わたしは《パニック・ボディ》と名づけてみたい。そう、身体はいまいろんなところで悲鳴をあげているのだ。

【『悲鳴をあげる身体』鷲田清一〈わしだ・きよかず〉(PHP新書、1998年)】

 このテキストはダイエットや摂食障害に触れた件(くだり)であったと記憶する。摂食障害やパニック障害が登場したのは1980年代だろう。就中(なかんずく)、カレン・カーペンターの死(1983年)が世界に衝撃を与えた。1990年代に入ると軽度自閉傾向(発達障害)が顕著となる。

製薬会社による病気喧伝(疾患喧伝)/『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』イーサン・ウォッターズ

 ボディビル志向の筋トレも同様である。英語の「bodybuilding」を直訳すれば「肉体建築物」である。不自然な筋肉は動きを妨げる。つまり実用性も合理性もないわけだ。日本の武術は骨の動きを重視している。腹部は柔らかくなくてはいけない。鎧のような筋肉はかえって体幹の柔軟性を損なうのではあるまいか。

 メンタルは身体(しんたい)に表れる。ゆえにメンタルヘルスも体にアプローチするのがよいと私は考える。心は目に見えない。だから見える体に注目するのだ。基本は柔軟性とバランスである。部分的な凝りや不調は必ず運動で治すことが可能だ。むしろ体をきちんと使えないことによって心が病むケースもあると思う。

2021-12-12

身体が憶えた智恵や想像力/『悲鳴をあげる身体』鷲田清一


 ・蝶のように舞う思考の軌跡
 ・身体から悲鳴が聞こえてくる
 ・所有のパラドクス
 ・身体が憶えた智恵や想像力
 ・パニック・ボディ
 ・セックスとは交感の出来事
 ・インナーボディは「大いなる存在」への入口

『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴
『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『日本人の身体』安田登
『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード
『ストレス、パニックを消す!最強の呼吸法 システマ・ブリージング』北川貴英
『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖
『フェルデンクライス身体訓練法 からだからこころをひらく』モーシェ・フェルデンクライス
・『ニュー・アース』エックハルト・トール
『瞬間ヒーリングの秘密 QE:純粋な気づきがもたらす驚異の癒し』フランク・キンズロー

必読書リスト その二

 なにか少年や少女の事件が起こるたびに、こころのケアやこころの教育がどうのこうのといった声があがるが、わたしはすぐにはそういう発想がとれない。ちょっと乱暴かもしれないが、お箸をちゃんともてる、肘をついて食べない、顔をまっすぐに見て話す、脱いだ靴を揃えるなどということができていれば、あまり心配ないのではないかと思ってしまう。とりあえず、ごはんはかならずいっしょに食べるようにしたら、と言ってみたくなる。なにか身体が憶えた智恵や想像力、身体で学んだ判断を信じたいと思うのだ。

【『悲鳴をあげる身体』鷲田清一〈わしだ・きよかず〉(PHP新書、1998年)】

 思索の人にありがちな「気取り」に鼻白むが、日常において精神性よりも生活所作に重きを置くのは賛成だ。

 私には信じ難いのだが、「我が子がいじめられていることに気づかなかった親」がそこかしこにいる。愚かな親元に生まれると死ぬ確率が高くなる。学校帰りの小学生を見れば一目瞭然だ。歩く姿が雄弁に物語っている。俯(うつむ)き加減で独りでトボトボと歩く小学生を見掛けるたびに胸が痛む。数年前、中学1年生くらいの少女が車止めの柵を蹴飛ばしている姿をベランダ越しに見たことがある。何か嫌なことがあったのだろう。家の前で蹴ったということはお母さんにも言えないようなことなのだろう。私でよければ話はいくらでも聞くし、何なら仕返しを手伝ってもいい。だが、それは私の役割ではない。人生には自分で乗り越えなければならない小さな坂がいくつもある。

 上記テキストの最後の部分は観念論だ。山野で生きてゆける程度の身体能力がなければ、智恵など出てくるはずもない。

2021-11-20

大衆は断言を求める/『エピクロスの園』アナトール・フランス


『宗教で得する人、損する人』林雄介

 ・大衆は断言を求める

大衆

 この男は常に大衆を味方に持つであろう。この男は宇宙に確信を持っているように自分に確信を持っているからだ。それが大衆の気に入ることなのである。大衆は断言を求めるので、証拠は求めない。証拠は大衆を動揺させ、当惑させる。大衆は単純であり、単純なことしか理解しない。大衆に対しては、いかにしてとか、どんな具合にとか言ってはならない。ただ、《そうだ》、あるいは《そうではない》といわなければならない。

【『エピクロスの園』アナトール・フランス:大塚幸男訳〈おおつか・ゆきお〉(岩波文庫、1974年/原書、1895年)】

「大衆」と題した随想の全文である。感情が迸(ほとばし)ると衆愚となり、責任と理性を働かせれば集合知となるのだろう。

 小林秀雄の言葉をよくよく考える必要がある。

 だからイデオロギーは匿名ですよ、常に。責任をとりませんよ。そこに恐ろしい力があるじゃないか。それが大衆・集団の力ですよ。責任を持たない力は、まあこれは恐ろしいもんですね。
 集団ってのは責任取りませんからね。どこへでも押し掛けますよ。自分が正しい、と言って。(中略)
 左翼だとか右翼だとか、みんなあれイデオロギーですよ。あんなものに「私(わたくし)」なんかありゃしませんよ。信念なんてありゃしませんよ。

【『小林秀雄講演 第2巻 信ずることと考えること 新潮CD』】

 群衆の中から石を投げるような人々がいる。嫌がらせの電話で自ら名乗る者は存在しない。一人の平凡な市民が大勢の中で罵声を上げる。左翼のデモは小さな狂気としか映らないが、かつては大学生がヘルメットをかぶりゲバ棒を振るった。そして、民主政もまた「責任を持たない力」である。首長選挙では革新系が当選しているし、知事選だとテレビに出演していた知名度の高い候補が勝ちやすい。所詮、人気投票だ。

「民衆は、歴史以前の民衆と同じことで、歴史の一部であるよりは、自然の一部だったのです」(『歴史とは何か』E・H・カー)。小泉首相が郵政解散をした時、日本国民は彼の断言に従った。台風になびく草原のように。私もその一人であった。「自然の一部」と化したのだろう。

2021-08-30

ネオコンのルーツはトロツキスト/『米中激突の地政学 そして日本の選択は』茂木誠


『経済は世界史から学べ!』茂木誠
『「戦争と平和」の世界史 日本人が学ぶべきリアリズム』茂木誠

 ・世界恐慌で西側諸国が左傾化
 ・ネオコンのルーツはトロツキスト

ジョン・バーチ協会の会長に就任したラリー・マクドナルド下院議員が、国家主権を解体し世界統一政府構想を進めるエリート集団を暴露
『世界史講師が語る 教科書が教えてくれない 「保守」って何?』茂木誠

世界史の教科書
必読書リスト その四

 これまで見てきた保守やリベラルとは異質の、「ネオコン」と呼ばれる一派がアメリカにはいます。ネオコンとは「ネオ・コンサーバティズム」の略で、「新保守主義」と訳されます。(中略)
 さかのぼれば、ネオコンのルーツはロシア革命にあります。帝政ロシアはユダヤ人を迫害してきたので、ロシア革命には多くのユダヤ人が参加し、共産党の中にはユダヤ人が多数いました。そもそもマルクスがユダヤ人ですし、レーニンは母方の祖母がユダヤ人、トロツキーもユダヤ人です。
 ところが革命後、1924年にレーニンが死ぬと、共産党内でユダヤ人グループと反ユダヤ・グループが衝突します。ユダヤ人グループのリーダーがトロツキーで、赤軍の創始者として諸外国の干渉から革命政権を守った立役者でした。
 しかし反ユダヤ・グループを率いるスターリンの謀略(彼はジョージア人)によりトロツキーは失脚して国外追放され、共産党内部のユダヤ人たちは粛清されます。トロツキーは1940年、亡命先のメキシコで、スターリンの放った刺客に暗殺されました。
 アメリカにはロシア革命にシンパシーを持つユダヤ人がたくさんいたのですが、スターリンによってユダヤ人が粛清されたため、スターリンを敵視するようになります。その反動でトロツキーの思想を支持する「トロツキスト」を自称し、スターリンはロシア革命をねじ曲げた裏切り者であり、ソ連を打倒すべきだという考えを持つようになりました。彼らトロツキストこそが、ネオコンの始まりなのです。
 スターリンはヨーロッパで革命運動が次々に失敗するのを見て、「一国社会主義」に転換しますが、トロツキーは、赤軍による「世界革命論」を唱えていました。ですから、トロツキストであるネオコンは当然、「世界革命論」を支持するのです。
 この「世界革命論」は、世界に干渉して、アメリカ的価値を世界に浸透させるというウィルソンやF・ローズヴェルトの思想と共振します。実際、ネオコンはこの二人の大統領を高く評価しています。そしてローズヴェルトがアメリカでやったような、ニューディール的な社会政策を世界で実施していこうとします。こうして、民主党はネオコンの温床となりました。
 ネオコンはユダヤ人から始まっただけに、一貫して親イスラエルでした。1948年の建国以来、イスラエルは四次にわたる中東戦争をはじめ、アラブ諸国と紛争を繰り返しています。そのたびにネオコンは、イスラエル支持を表明しています。
 もともと共和党はイスラエルに冷淡でした。なぜなら、共和党のバックには石油産業がついているからです。ロックフェラー系のエクソンやモービルなど、石油産業はアラブ諸国に石油利権を持っているので、アラブに親米政権をつくることには熱心ですが、油田のないイスラエルには、関心がありません。そのことも、ネオコンが共和党ではなく民主党を支持した理由の一つでした(副島隆彦世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』講談社+α文庫)。

【『米中激突の地政学 そして日本の選択は』茂木誠〈もぎ・まこと〉(WAC BUNKO、2021年/ワック、2020年『「米中激突」の地政学』改題新書化)以下同】

 フランス革命にもユダヤ人が参画していた(「自由・平等・博愛」はフリーメイソンのスローガン)。国民国家には人種を乗り越える力があった。ロシアで虐げられたユダヤ人をパレスチナの地へ送り込んだのがロスチャイルド家であった(『パレスチナ 新版』広河隆一)。「ロシア革命の実態はユダヤ革命」という指摘もある(『世界を操る支配者の正体』馬渕睦夫)。

 ウッドロウ・ウィルソンとフランクリン・ルーズベルトは民主党選出の大統領である。両者ともに国際主義者で新生ソ連にエールを送った人物だ(馬渕前掲書)。ウィルソン大統領はパリ講和会議(1919年)で日本が提案した人種的差別撤廃提案を廃案に導いた。F・ルーズベルトはアメリカの本当の敵(ソ連)と味方(日本)を見誤った。どうやら国際主義者の眼は曇っているらしい。あるいは遠くを見すぎて足元を見失っているのだろう。

 ネオコンはレーガン政権からクリントン政権を挟んでブッシュ(子)政権まで共和党を支配しました。その間、盛んにアメリカが中東に出兵したのは、すべてネオコンの影響です。

 ネオコンは共和党のジョージ・W・ブッシュに巣食ったことで広く知られるようになった。「ネオコンは元来左翼でリベラルな人々が保守に転向したからネオなのだ」(元祖ネオコン思想家の一人であるノーマン・ポドレツ)とは言うものの、新保守主義との看板には明らかな偽りがある。まるで中島岳志が唱える「リベラル保守」みたいな代物だろう。左翼と嘘はセットである。平然と嘘をつきながら正義を語るのが左翼の本領なのだ。 9.11テロ以降のアメリカによる戦争を主導したのがネオコンであった。

 私は人類の社会性は国家が限界であると考えている。国家を超えてしまえば言語や文化の差異もなくなることだろう。それがいいことだとは思えないのだ。人格形成やアイデンティティを考えると、やはり気候や風土、食べ物や環境に即した個性がある方が望ましいだろう。もっと具体的に言えば、それぞれの民族や地域に特有な宗教の存在を認めるということである。

 国際主義者の恐るべき欺瞞は「ルールを決めるのは自分たちである」との思い込みだ。自由と民主政は確かに貴重な財産だとは思うが、他の国に強制するようなものではあるまい。個人的には日本のように官僚支配が強くなり過ぎた国は、いっぺん独裁制を認めていいように思う。それくらいのことをしないとこの国が変わることはない。

2021-08-24

世界恐慌で西側諸国が左傾化/『米中激突の地政学 そして日本の選択は』茂木誠


『経済は世界史から学べ!』茂木誠
『「戦争と平和」の世界史 日本人が学ぶべきリアリズム』茂木誠

 ・世界恐慌で西側諸国が左傾化
 ・ネオコンのルーツはトロツキスト

『世界史講師が語る 教科書が教えてくれない 「保守」って何?』茂木誠

世界史の教科書
必読書リスト その四

 日本がアメリカに敗れて中国から引き揚げると、国民党と共産党の内戦(1946~49年)が始まりました。ところが不思議なのは、あれほど蒋介石を支援してきたアメリカが、急に国民党に冷たくなるのです。ほとんど援助もしません。
 ここにもアメリカの民主党政権内に巣くう新ソ派の明確な意思が働いていたのでしょう。彼らはソ連のスターリンと世界を分割し、中国を毛沢東に委ねることを決定したのです。
 西側諸国がここまで左傾化した最大の原因は、世界恐慌の影響だと私は思います。世界恐慌で資本主義の限界があらわになり、西側エリートの間に「資本主義は終わった」論が広がったのです。ソ連の計画経済をモデルにして国をつくり直さなければいけない。そう考えるエリートが世界中にいました。それが、アメリカのニューディーラーであり、日本の革新官僚だったのです。
 日本でも東京帝国大学の教授、高級官僚、政治家、陸軍士官学校出の青年将校……エリートであればあるほど、その思いは切実でした。
 第二次世界大戦でアメリカは、中国というマーケットを確保するために蒋介石を支援して日本を叩き出すことに成功しておきながら、その次はやすやすと毛沢東に中国を明け渡してしまったのです。

【『米中激突の地政学 そして日本の選択は』茂木誠〈もぎ・まこと〉(WAC BUNKO、2021年/ワック、2020年『「米中激突」の地政学』改題新書化)】

 重要な指摘であると思う。個人的には二・二六事件の背景に世界恐慌があったことは知っていたが、国際的な容共につながっていたとは考えもしなかった。

 こうした事実を踏まえた上で、例えば以下の書籍あたりを再読する必要がある。

『機関銃下の首相官邸 二・二六事件から終戦まで』迫水久恒
『昭和陸軍謀略秘史』岩畔豪雄
『田中清玄自伝』田中清玄、大須賀瑞夫

 社会主義の本質を見抜いていたのはウィンストン・チャーチルだけだったのかもしれない。だが、そのチャーチルも1955年(昭和30年)に首相の座から退く。

2021-08-14

長距離ハイキング/『トレイルズ 「道」を歩くことの哲学』ロバート・ムーア


『病気の9割は歩くだけで治る! 歩行が人生を変える29の理由 簡単、無料で医者いらず』長尾和宏
『病気の9割は歩くだけで治る!PART2 体と心の病に効く最強の治療法』長尾和宏
『ウォーキングの科学 10歳若返る、本当に効果的な歩き方』能勢博
『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード
『アルツハイマー病は治る 早期から始める認知症治療』ミヒャエル・ネールス
『一流の頭脳』アンダース・ハンセン
『ウォークス 歩くことの精神史』レベッカ・ソルニット

 ・道の本質はその機能にある
 ・長距離ハイキング
 ・よいデザインはトレイルに似ている

『ランニング王国を生きる 文化人類学者がエチオピアで走りながら考えたこと』マイケル・クローリー
『動物たちのナビゲーションの謎を解く なぜ迷わずに道を見つけられるのか』デイビッド・バリー
『脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか 生き物の「動き」と「形」の40億年』マット・ウィルキンソン
『「体幹」ウォーキング』金哲彦
『高岡英夫の歩き革命』、『高岡英夫のゆるウォーク 自然の力を呼び戻す』高岡英夫:小松美冬構成
『あらゆる不調が解決する 最高の歩き方』園原健弘
『あなたの歩き方が劇的に変わる! 驚異の大転子ウォーキング』みやすのんき
ナンバ歩きと古の歩術
『表の体育・裏の体育』甲野善紀
『ナンバ走り 古武術の動きを実践する』矢野龍彦、金田伸夫、織田淳太郎
『ナンバの身体論 体が喜ぶ動きを探求する』矢野龍彦、金田伸夫、長谷川智、古谷一郎
『ナンバ式!元気生活 疲れをしらない生活術』矢野龍彦、長谷川智
『本当のナンバ 常歩(なみあし)』木寺英史
『健康で長生きしたけりゃ、膝は伸ばさず歩きなさい。』木寺英史
『常歩(なみあし)式スポーツ上達法』常歩研究会編、小田伸午、木寺英史、小山田良治、河原敏男、森田英二
『スポーツ選手なら知っておきたい「からだ」のこと』小田伸午
『トップアスリートに伝授した 勝利を呼び込む身体感覚の磨きかた』小山田良治、小田伸午
『間違いだらけのウォーキング 歩き方を変えれば痛みがとれる』木寺英史

身体革命
必読書リスト その五

 わたしにとって何か精神的な道があるとすれば、それはトレイルそのものだった。長距離ハイキングは、わたしにとっては現実的で必要最小限のアメリカ式歩行瞑想だった。トレイルはその制約のため、より深く考える自由を精神に与える(たぶん、アウトドア愛好者のなかでもハイカーが最も思索を好むのはこれが理由だろう)。わたしの無鉄砲なトレイル教の目的は、動きを滑らかにし、シンプルに生き、自然の知恵を引き出し、現象の絶え間ない変化を静かに観察することだった。もちろん、ほとんどの場合はうまくいかなかった。当時の日記を読みかえしてみたのだが、心静かな観察の記録といったものは少なく、物資の手配や食べ物に関する心配や妄想ばかりが書かれていた。悟ることなどできなかった。それでも全体として見れば、かつてないほど幸せで健康だった。
 最初の二、三カ月くらいのあいだ、歩くペースは徐々に上がっていった。最初は1日に16キロだったが、やがて24キロ、そして32キロになった。メリーランド、ペンシルヴェニア、ニュージャージー、ニューヨーク、コネティカット、マサチューセッツなどの比較的標高の低いところでは、さらにペースは上がった。ヴァーモント州に入るころには1日に48キロ歩くようになっていた。その過程で、わたしの体は歩行という任務を遂行するための道具になっていった。歩幅が広がり、水ぶくれは硬くなった。余分な脂肪や筋肉の多くは燃料に変わった。ほとんどつねに、わたしという機械の一、二箇所は修理を必要としていた。くるぶしが痛んだり、尻がひりひりしたりした。だがごく稀に、すべてが調和し、空っぽの州間高速道路をスーパーカーで飛ばしているように、道具と任務が完全に調和していると感じられることもあった。

【『トレイルズ 「道」を歩くことの哲学』ロバート・ムーア:岩崎晋也〈いわさき・しんや〉訳(エイアンドエフ、2018年)】

「エネルギーを使えばつかうほど時間が早く進む」(『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』本川達雄)。そう考えると人間にとって最適なのは歩く速度だろう。ランニングだと五官が正常に機能しない。瀬川晶司の父親はジョギング中に轢過(れきか)事故で亡くなった。

 私の脚力だと20kmが限界だ。10km程度はよく歩くが、手がパンパンに膨(ふく)れてくる。短気のせいで休憩を挟むことがない。自転車の時と同様で坂道を好む。仕事の時間が偏っていることもあって毎日歩くことは難しい。それでも10年前と比べると体調はかなりいい。

「心臓の鼓動が体中にメッセージを伝えている」(『心臓は語る』南淵明宏)とすれば、歩行による振動も体に影響を与えていることだろう。

 日常的な健康という観点からすれば長距離を歩く必要はない。むしろ短い距離で構わないから日々歩くことを心掛けるべきだろう。しかし私は長距離を目指す。なぜなら、いつか災害や戦禍によって交通が麻痺し、歩くことでしか移動できない事態を想定しているからだ。備えあれば憂いなしである。危機的な状況を想像すると「歩けない」ことは死を意味するといっても過言ではないだろう。

2021-06-28

道の本質はその機能にある/『トレイルズ 「道」を歩くことの哲学』ロバート・ムーア


『病気の9割は歩くだけで治る! 歩行が人生を変える29の理由 簡単、無料で医者いらず』長尾和宏
『病気の9割は歩くだけで治る!PART2 体と心の病に効く最強の治療法』長尾和宏
『ウォーキングの科学 10歳若返る、本当に効果的な歩き方』能勢博
『サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃』ヴァイバー・クリガン=リード
『アルツハイマー病は治る 早期から始める認知症治療』ミヒャエル・ネールス
『一流の頭脳』アンダース・ハンセン
『ウォークス 歩くことの精神史』レベッカ・ソルニット

 ・道の本質はその機能にある
 ・長距離ハイキング
 ・よいデザインはトレイルに似ている

『ランニング王国を生きる 文化人類学者がエチオピアで走りながら考えたこと』マイケル・クローリー
『動物たちのナビゲーションの謎を解く なぜ迷わずに道を見つけられるのか』デイビッド・バリー
『脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか 生き物の「動き」と「形」の40億年』マット・ウィルキンソン
『「体幹」ウォーキング』金哲彦
『高岡英夫の歩き革命』、『高岡英夫のゆるウォーク 自然の力を呼び戻す』高岡英夫:小松美冬構成
『あらゆる不調が解決する 最高の歩き方』園原健弘
『あなたの歩き方が劇的に変わる! 驚異の大転子ウォーキング』みやすのんき
ナンバ歩きと古の歩術
『表の体育・裏の体育』甲野善紀
『ナンバ走り 古武術の動きを実践する』矢野龍彦、金田伸夫、織田淳太郎
『ナンバの身体論 体が喜ぶ動きを探求する』矢野龍彦、金田伸夫、長谷川智、古谷一郎
『ナンバ式!元気生活 疲れをしらない生活術』矢野龍彦、長谷川智
『本当のナンバ 常歩(なみあし)』木寺英史
『健康で長生きしたけりゃ、膝は伸ばさず歩きなさい。』木寺英史
『常歩(なみあし)式スポーツ上達法』常歩研究会編、小田伸午、木寺英史、小山田良治、河原敏男、森田英二
『スポーツ選手なら知っておきたい「からだ」のこと』小田伸午
『トップアスリートに伝授した 勝利を呼び込む身体感覚の磨きかた』小山田良治、小田伸午
『間違いだらけのウォーキング 歩き方を変えれば痛みがとれる』木寺英史
・『間違いだらけのウォーキング 歩き方を変えれば痛みがとれる』木寺英史

身体革命
必読書リスト その五

 アパラチアン・トレイルを歩ききったあとも、その疑問はついて回った。それらに駆りたてられ、また新しい知の地平に導いてくれるかもしれないという思いもあって、わたしは道の意味についてのさらなる探究を始めた。数年かけてその疑問を追いかけるうちに、さらに大きな疑問が浮かびあがってきた。そもそも動物はなぜ動くようになったのだろう? 生物はどのようにして世界を認識するようになったのだろう? なぜ先導する者とあとについていく者がいるのか? わたしたち人間はどのようにして、現在のように世界をつくりかえたのか? やがて、道が地球上で欠かせない行き先案内の役割を果たしていることがわかってきた。小さな細胞からゾウの群れまで、あらゆるサイズの生き物が、道をよりどころにして圧倒的な数の選択肢からすばやく一本のルートを選んでいる。もし道がなかったら、わたしたちは迷子になってしまうだろう。

【『トレイルズ 「道」を歩くことの哲学』ロバート・ムーア:岩崎晋也〈いわさき・しんや〉訳(エイアンドエフ、2018年)以下同】

 そっと胸に抱きたくなるような本である。歩くという行動が思弁に傾くことを抑えて、脳の深層を活性化させているのだろう。クリシュナムルティの名前の出し方も上手い。「真理は途(みち)なき大地である」(『クリシュナムルティ・目覚めの時代』メアリー・ルティエンス)。ゆえに我々は辿り着くことができない。クリシュナムルティは道すら示さなかった。

 どうやら、道が道であるためには土や岩が不可欠というわけではないらしい。道はむしろ空気のように実体がなく、永続せず、流動的なものだ。道の本質はその機能にある。そして、使い手の必要に応じて変化しつづける。人は開拓者を称えるものだ。彼らは屈強な精神を持ち、比喩的にも現実にも、未知の領域を切り拓いていく。だが、あとに続く者たちもまた道ををつくるうえでそれに劣らぬ重要な役割を果たしている。不要な曲がり角を削り、通るたびに道を改善する。道が、詩人ウェンデル・ベリーの言う「経験し、慣れ親しむことによって、動きが場所にぴったりと適合する」状況になるのは、これらの人々の行動のおかげだ。それまでのやり方がうまくいかなくなり、途方にくれたときには、視線を下げ、足元にある見落とされがちな知恵を思えばいい。

 これらのテキストが興味深いのは、まるで仏教の変遷を描写しているように見えるためだ。民族性や歴史性、はたまた気候や食料、そしてそれらが時間をかけて形成した文化がブッダの教えに変化を与えたことだろう。それをよしとしてしまえば教えはプラグマティズムに堕すると私は考える。

「道の本質はその機能にある」という言葉が「筏(いかだ)の譬え」を髣髴(ほうふつ)とさせる。ただし、悟りに至る「道」や「岸」が遠くにあると私は思わない。ゆえに手段(修行)に拘泥すると目的地を見失う。



長距離自然歩道 - Wikipedia
NATS 自然大好きクラブ |長距離自然歩道を歩こう!
NATS 自然大好きクラブ|長距離自然歩道を歩こう!|首都圏自然歩道
東海自然歩道連絡協会公式サイト

2021-03-25

タントリズムは全てをシンボルに置き換える/『はじめてのインド哲学』立川武蔵


『世界の名著1 バラモン教典 原始仏典』長尾雅人責任編集
『ウパニシャッド』辻直四郎

 ・宗教とは「聖なるもの」と「俗なるもの」との相違を意識した合目的的な行為
 ・宇宙開闢(かいびゃく)の歌
 ・タントリズムは全てをシンボルに置き換える

『バガヴァッド・ギーター』上村勝彦訳
『仏教とはなにか その思想を検証する』大正大学仏教学科編
『最澄と空海 日本仏教思想の誕生』立川武蔵、1992年
『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵、2003年

 タントリズムにあっては、すべてがシンボルに置きかえられる。世界も仏もシンボルとなる。シンボルあるいは記号の集積の中で、タントリズムの儀礼あるいは実践が行われるのである。後ほど考察するマンダラも、シンボルあるいは記号の統合された集積にほかならない。かたちのあるもろもろのもの(諸法)が、かたちあるままで「熱せられて線香花火の火の玉のように震えながら」シンボルとなるのである。

【『はじめてのインド哲学』立川武蔵〈たちかわ・むさし〉(講談社現代新書、1992年)】

 昔アップした抜き書きを下書きに戻し、少しでも何か書かねばと思いながらもいたずらに歳月が流れる。1年も経てば読んだ時とは全く異なる感想が湧いてくる。中にはどうして書き出したかすら覚えてないテキストもある。思いや考えは、きちんとつかまえておかないと飛び去ってしまう。思念には羽があるのだ。

 シンボルが「記号の集積」であればそれはデータである。データからは計算が導かれる。にもかかわらず儀礼や儀式にとどめておいた理由は何か? それはコンピュータ(計算機)がなかったからではあるまいか。数珠(じゅず)は計算機ではあったが自然数を勘定するだけだ。

 つまりタントリズム(密教)は数学概念を用いなかったがために呪術という罠にはまってしまったのだろう。

 ただしマンダラを侮ってはいけない。マンダラ制作者は望遠鏡もない中で宇宙の実像を把握したのだから。

2020-11-09

瞑想の否定/『クリシュナムルティの日記』J・クリシュナムルティ


『クリシュナムルティの神秘体験』J・クリシュナムルティ

 ・人は自分自身の光りとなるべきだ
 ・瞑想の否定

『最後の日記』J・クリシュナムルティ

ジドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti)著作リスト

 どんな形であれ、意識的な瞑想は真実ではない。けっしてそうはありえないのだ。故意に瞑想しようと試みることは、瞑想ではない。それは起こるべきものであって、こちらから招き寄せるものではない。瞑想は精神の遊びではなく、欲望や楽しみでもない。瞑想しようと試みること自体が、まさに瞑想を否定している。ただ、あなたがいま考えていること、行為していることだけに気をとめていなさい。見ること、聞くことは、報いも罰もない行為である。行為の技(わざ)は、見方、聞き方にかかっている。形をとった瞑想はすべて、かならず欺瞞や幻影にいたる。なぜなら欲望は盲目だから。  美しい宵で、春のやわらかい光が地をおおっていた。

【『クリシュナムルティの日記』J・クリシュナムルティ:宮内勝典〈みやうち・かつすけ〉訳(めるくまーる、1983年/原書は1982年)】

 いつの間にか読むものがなくなったので再読した。宮内の訳文は読みやすい。さほどこなれた文章ではないのだが読んでいると気にならない。点線のように言葉が辿りやすいのだろう。

 瞑想の否定である。もちろん瞑想そのものではなく形式・方式に収まった瞑想を指す。これを私は仏教徒への批判と読んだ。悟っていない者が悟った者に額づく時、隷従する精神が悟性の妨げとなる。他人の言いなりになって悟りを開けるのであれば、それは技術となってしまう。よもやブッダが「私に従え」と言うはずもなかろう。

「精神の遊び」という一言が針の如く突き刺さる。悟りへの羨望こそが迷いの本質なのだろう。むしろ迷いをありのままに見つめ、否定も肯定もしないところに悟道がある。

 最後の一行で思弁に基づく批判が封じ込められる。内部が偉大なる空(くう)の境地で占められている人は、ただ世界を受容し、ひたと見つめ、世界そのものと化している。

2020-10-28

ストア派の思想は個の中で完結/『怒りについて 他二篇』セネカ:兼利琢也訳


『人生の短さについて』セネカ:茂手木元蔵訳
『怒りについて 他一篇』セネカ:茂手木元蔵訳

 ・ストア派の思想は個の中で完結

必読書リスト その五

 「なぜ多くの逆境が善き人に生じるのですか」。善き者には悪は何一つ生じえない。正反対のもの同士は混ざらないからである。それはちょうど、かくも多数の河川が、上空から落下した、かくも多量の雨水が、鉱泉のかくも多大な成分が、海の味を変えないどころか、薄めすらしないのと同じである。同様に、逆境の攻撃は勇者の精神を背(そむ)かせはしない。同じ姿勢を保ち、生じ来(きた)るいっさいを己の色に変える。いかなる外部の事象よりも協力だからである。それらを感じないというのではない。打ち克つのだ。そして、いつまでも、平穏に穏やかに、襲いかかるもの抗して屹立(きつりつ)し、あらゆる逆境を鍛錬とみなす。しかし、いかなる男子が、高潔な行為へと一度その意を定めた者ならば、正義の労苦を熱望しつつ、危険のともなう任務を志願せずにいられようか。

【『怒りについて 他二篇』セネカ:兼利琢也〈かねとし・たくや〉訳(岩波文庫、2008年/『怒りについて 他一篇』茂手木元蔵〈もてぎ・もとぞう〉訳、岩波文庫、1980年)】

 旧訳と併せて読むのが正しい。茂手木訳には「神慮について」が、兼利訳には「摂理について」と「賢者の恒心について」が収められている。甲乙つけがたい翻訳だ。

 ストア派の思想は個の中で完結している。時代や社会がどうあれ、問われるのは己の生き方だ。否、「あり方」というべきか。人の悩みや葛藤は往々にして比較と競争から生まれる。そこに社会的動物の所以(ゆえん)もあるのだろう。

 他人にどう見られるかよりも、自分がどうあるかを問う。集団の中で生きれば様々な問題を他人のせいにしたくなるのは人情だが、「あいつが悪い、こいつが悪い」と言ったところで、そこにあるのは「変わらぬ自分の姿」だ。他人をコントロールすることは難しい。自分で自分を動かす方が賢明だ。

 セネカの言葉はあたかも鹿野武一〈かの・ぶいち〉を語っているかのようである(『石原吉郎詩文集』石原吉郎)。酷寒の地シベリアに抑留されながらも自分の人生を決して手放すことのなかった稀有な人物だ。私はどんな功成り名を遂げた有名人よりも鹿野の生き様に憧れる。

 西洋哲学はおしなべて思弁に傾く嫌いがあるが、セネカの言葉には決意の奔流ともいうべき勢いが溢れ、2500年を経ても留(とど)まるところを知らない。

2020-08-23

創価学会の思想は田中智学のパクり/『日蓮主義とはなんだったのか 近代日本の思想水脈』大谷栄一


『石原莞爾 マッカーサーが一番恐れた日本人』早瀬利之
『化城の昭和史 二・二六事件への道と日蓮主義者』寺内大吉
・『石原莞爾と昭和の夢 地ひらく』福田和也
・『死なう団事件 軍国主義下のカルト教団』保阪正康
・『血盟団事件 井上日召の生涯』岡村青

 ・創価学会は田中智学のパクり

 その結果、智学は決意する。日輝の教学は時勢の推移のなかでは妥当だと思われることもあったが、万代不易の道理ではない。しかし、日蓮の主張は万古を貫いて動かざるものである。いまこそ、「祖師に還る」「純正に、正しく古に還らなければならぬ」、と。
 日輝は摂受を重視しる「折退(しゃくたい)・摂進(しょうじん)」論を採ったのにたいして、智学は「超悉檀(ちょうしつだん[大谷註:悉檀とはサンスクリットのsiddhāntaの音訳で、教説の立てかたの意]の折伏)」にもとづく「行門の折伏」(実行的折伏)を強調した。折伏が祖師・日蓮の根本的立場であると捉え、それへの復古的な回帰を唱えたのである。この折伏重視の立場性こそが、智学生涯の思想と運動を貫く通奏低音であり、政府にたいする「諌暁(かんぎょう)」(いわゆる国家諌暁)もこの折伏の精神にもとづく。
 明治12年(1879)1月、病気再発の兆しがみえたため、智学は、横浜にいた医師の次兄・椙守普門(すぎもりふもん)の家で療養した。病気は小康を得たが、同年2月、還俗の意思を兄に伝え、病気療養を理由として、17歳で還俗することになる。また、3月には日蓮宗大教院の教導職試補の辞任届も提出している。以後、生涯を通じて、智学は在家仏教者として活動することになる。

【『日蓮主義とはなんだったのか 近代日本の思想水脈』大谷栄一〈おおたに・えいいち〉(講談社、2019年)】

 田中智学・本多日生北一輝〈きた・いっき〉-大川周明〈おおかわ・しゅうめい〉は昭和初期の軍人に多大な影響を及ぼしたが、これを日蓮主義で括ると視野が狭まる。むしろ大正デモクラシーの流れを汲んだ社会民主主義と捉えるのが正当だろう。佐藤優がわざわざ保守論客の関岡英之に近づいて大川周明を持ち上げているのも社会民主主義というタームで考えると腑に落ちる。

 大谷栄一は宗教社会学者である。それゆえ宗教や教団に固執して近代史全体の流れが見えにくくなっている。むしろ話は逆で、時代が揺れ動く波しぶきの一つに日蓮主義があったと私は見る。鎌倉時代にあって日蓮ほど国家意識を持った宗教指導者はいない。出家の身でありながら迫害に迫害を加えられても尚、政治的意見を進言し続けた。昭和初期は内憂外患の時代であり鎌倉の時代相と酷似している。

 日蓮主義は戦後にも継承された、と私は考える。田中智学の国立戒壇論が創価学会に継承されたのである。戦後の一時期まで、智学の国立戒壇論は創価学会の運動の中核部分に保持されていた。創価学会の国立戒壇論は「国柱会譲り」のものだった。

 創価学会は元々日蓮正宗の一信徒団体であったが、戦前より折伏(しゃくぶく)を標榜し原理主義に傾いていた。初代会長の牧口常三郎〈まきぐち・つねさぶろう〉にも田中智学の影響が及んでいた事実が興味深い。戦後、国柱会の勢いは已(や)んだが、創価学会は共産主義的な組織運営で教勢を拡大した。折伏はオルグと化した。公明党が政権与党入りしてからは尖鋭(せんえい)さを失い、与党内野党みたいな中途半端なブレーキ役に甘んじている。創価学会もまた本質的には社会民主主義傾向が顕著なため、外患の多い現代にあって国政をリードすることは不可能だろう。

 尚、大谷栄一には『近代日本の日蓮主義運動』(法蔵館、2001年)との著作もある。

2020-06-26

幸福を望むのは不幸な人/『精神の自由ということ 神なき時代の哲学』アンドレ・コント=スポンヴィル、『人生論ノート』三木清


『人生論ノート』三木清

 ・宗教の語源
 ・フランス人哲学者の悟り
 ・幸福を望むのは不幸な人

『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール

 もし幸福であることを希望しているなら、それは幸福が欠如しているからだ。逆に、幸福がげんにあるときに、そのうえなにを希望するというのか。幸福が長つづきすることを希望するのだろうか。それは、幸福が終わらないかと恐れることなのだから、そのばあいには幸福はすでに不安のうちで溶けてなくなってしまっているわけだ……。これが希望の陥穽であり、それは神のいるいないに関係ない。あすの幸福を希望するあまり、きょう幸福を生きることをみずからに禁じてしまうのだ。

【『精神の自由ということ 神なき時代の哲学』アンドレ・コント=スポンヴィル:小須田健〈こすだ・けん〉、C・カンタン訳(紀伊國屋書店、2009年)】

「幸福」とは多分近代の概念だろう。資本主義・金融経済・消費・統計などが絡んでいるように思う。平均値という基準があり、ここかれ離れるほどに不幸の度合いが増してゆく仕組みだ。

 それ以前は諸願成就や心願成就と言った。元々は菩薩が衆生済度を誓ったものだが、人々においても他人の幸福、特に病気平癒を願う気持ちが強かった。欲望からの解放を唱えたブッダの教えが、いつしか願(がん)を正当化することで祈祷が当たり前となるわけだが、このあたりに後期仏教(大乗)の欺瞞が透けて見える。

 キリスト教の場合は「神の恩寵がありますように」と口にしても神がそれに応じる義務はない。何をしようと神の勝手である。人の幸不幸は神が世界を創造した時点で既に決まっている(予定説)。

 幸福は人格である。ひとが外套(がいとう)を脱ぎすてるようにいつでも気楽にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である。しかし真の幸福は、彼はこれを捨て去らないし、捨て去ることもできない。

【『人生論ノート』三木清(新潮文庫、1954年)以下同】

 機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現れる。歌わぬ詩人というものは真の詩人ではない如く、単に内面的であるというような幸福は真の幸福ではないであろう。

 幸福は表現的なものである。鳥の歌うが如くおのずから外に現れて他の人を幸福にするものが真の幸福である。

 三木は幸福の現象を鮮やかに描いている。人格高潔とは言い難い三木が「幸福は人格である」と書くのだから文章というのはつくづく便利なものだ。詳細については他日記す。

 不幸な時代には成功者がもてはやされ、悲惨な時代からは英雄が生まれる。『半沢直樹』や『隠蔽捜査』を面白がるようではダメなのだ。

2020-06-25

フランス人哲学者の悟り/『精神の自由ということ 神なき時代の哲学』アンドレ・コント=スポンヴィル


 ・宗教の語源
 ・フランス人哲学者の悟り
 ・幸福を望むのは不幸な人

『左脳さん、右脳さん。 あなたにも体感できる意識変容の5ステップ』ネドじゅん
『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール

キリスト教を知るための書籍
悟りとは

 夕食のあとのある晩、いつものように友人たちと気にいっていた森へ散歩にでかけた。暗さが深まっていったが、歩きつづけていた。笑いも少しずつ消えてゆき、口数も少なくなっていった。友情や信頼、共有された現前やこの夜のあらゆるものの心地よさといったものはありつづけた。私は、なにも考えていなかった。眼を開いて、耳をかたむけていた。あたりは一面漆黒の闇で、空は驚くほどあかるく、森はかすかにざわめきながらも沈黙につつまれていた。ときおり、枝がみしみし音をたてたり、動物の鳴き声がしたり、歩く一歩ごとにかすかな足音がした。このとき、沈黙はますますはっきりと聴きとれるようになっていた。そして突然……。なにが起こったのだろうか。なにが起こったわけでもなかった。そこには万物があった。まったく、会話のひとつも、意味も問いかけもなかった。ただ驚きとあたりまえのことと、終わることのないようにさえ思われた幸福と、いつまでもつづくかに思われた平穏だけがあった。私の頭上には、無数の、数えがたい数の、光り輝く満点の夜空があり、私のまわりにはこの空のほかにはなにものもなく、私はその一部と化していた。私のまわりには、いわば幸福な振動であり、主体も客体もない喜びにほかならない(万物のほかには、なんの対象もなく、それ自身のほかには、なんの主体もないのだから)この光のほかにはなにもなく、この漆黒の闇のなかにあって、私のうちには万物のまばゆいほどの現前のほかにはなにもなかった。平穏。はかりしれないほどの平穏。単純さ、平静さ。歓喜。最後の二つのことばは矛盾しているように思われるかもしれないが、そこにあったのはことばではなく経験であり、沈黙であり調和だったのだ。それはいわば、まったく正しい和音のうえに付された終わることのないフェルマータであり、つまるところ世界そのものだった。私は申し分なく、驚くほど申し分なかった。もはやそれについてなにひとつ語る必要など感じないくらいに、それがずっとつづけばいいのにという欲望すら感じないくらいに、申し分なかった。もはやことばも、欠如も、期待もなかった。現前の純然たる現在。自分が散歩していたと言うのさえはばかられるほどだ。そこにはもはや散歩しか、森しか、星ぼししか、私たちの一団しかなかった……。もはや【自我】も、分離も、表象もなかった。万物の沈黙に満ちた現前以外のなにもなかった。もはや価値判断もなく、現実以外のなにものもなかった。もはや時間もなく、現在以外のなにもなかった。もはや無もなく、存在以外のなにもなかった。もはや不満も、憎しみも、恐れも、怒りも、不安もなかった。喜びと平安以外のなにもなかった。もはや演技も、幻想も、嘘もなく、私をふくみこんではいるものの私がふくみこんでいるわけではない真理以外のなにもなかった。この状態が持続したのは、おそらく数秒のことだったろう。私は高揚させられると同時に宥(なだ)められ、高揚させられると同時にかつてないほどの穏やかさのうちにあった。離脱。自由。必然性。やっとそれ自身へとたちもどった宇宙。それは有限なのだろうか、それとも無限なのだろうか。そんな問いがたてられることさえなかった。もはや問いかけすらなかった。だからこそ、答えがでるはずもなかった。あたりまえのものだけが、沈黙だけがあった。あるのは真理だけで、ただしそれを語ることばはなかった。あるのは世界だけで、ただしそこには意味も目標もなかった。あるのは内在だけで、ただしその逆をなすものはなかった。あるのは現実だけで、ただし他人はいなかった。信仰もなければ、希望も、約束もない。あるのは万物だけ、その万物の美しさ、その真理、その現前だけだった。それで十分だったのだ。それだけで十分だなどという以上のものになっていた。

【『精神の自由ということ 神なき時代の哲学』アンドレ・コント=スポンヴィル:小須田健〈こすだ・けん〉、C・カンタン訳(紀伊國屋書店、2009年)】

 もう少し続くのだがこれで十分だろう。悟りとは真理に触れた瞬間である。生き生きと語られるのは生の流れ(諸行無常)と万物が一つにつながる生の広大さ(諸法無我)である。これに優る不思議はない。思議し得ぬがゆえに不可思議とは申すなり。

 悟りは不意に訪れるものだ。人は忽然(こつぜん)と悟る。風や光のように自ら起こすことはできない。

 ここで一つの疑問が立ち上がる。修行や瞑想に意味はあるのだろうか? クリシュナムルティは「ない」と断言している。だが私は「ある」と思う。

 クリシュナムルティは努力をも否定した(『自由とは何か』J・クリシュナムルティ)。努力とは一種の苦行である。そのメカニズムは抵抗や負荷に耐えることで、「耐性の強化」に目的がある。ま、我慢比べみたいなものだろう。今たまたま「我慢」という言葉を使ったがここにヒントがある。元々この言葉は仏教用語で「我慢ずる」と読む。つまり「我尊(たっと)し」との思い込みが我慢の語源なのだ。

 宗教家という宗教家が皆思い上がっている。真理の独占禁止法があれば全員逮捕されていることだろう。額に「我こそは正義」というシールを貼っているような輩(やから)ばかりだ。

 努力は一定の形に自分を押し込める営みだ。そして努力は成果を求める。思うような結果が出ないと「無駄な努力」といわれる。努力によって培われるのは技術である。それが最も通用するのは職人やスポーツ選手の世界だろう。特定の動きに特化した体をつくることで必ず何らかのダメージが形成される。鍛えることができるのは筋肉に限られるため、鍛えられない関節や腱が悲鳴を上げる。

 技術が洗練の度合いを増して芸術の領域に近づく過程で真理が垣間見えることは決して珍しいことではない。彼らの言葉に散りばめられた透徹、達観、洞察が悟性を示す。

 だが真の悟りには世界を一変させる衝撃がある。共通するのは「ただ現在(いま)」「ただ在る」という瞬間性である。過去のあれこれを足したり引いたりして未来の答えを求めるのが我々の日常だ。不安も希望も現在性を見失った姿だ。過ぎ去った過去と未だに来ない未来を我々は生きているのだ。

 私が修行に意味があると考える理由は「行為を修める」ところにある。欲望を慎み鎮(しず)める作業を修行と考えることはできないだろうか? クリシュナムルティが「(瞑想の)方式に意味はない」としたのは方式が目的化することを嫌ったためだろう。だが想念を冥(くら)くするためには先を往く人の手助けが必要だ。悟りはアザーネス(他性)であるとしても自分の感度を高めておくことは必要だろう。

2020-02-13

宇宙開闢(かいびゃく)の歌/『はじめてのインド哲学』立川武蔵


『世界の名著1 バラモン教典 原始仏典』長尾雅人責任編集
『ウパニシャッド』辻直四郎

 ・宗教とは「聖なるもの」と「俗なるもの」との相違を意識した合目的的な行為
 ・宇宙開闢(かいびゃく)の歌
 ・タントリズムは全てをシンボルに置き換える

『バガヴァッド・ギーター』上村勝彦訳
『仏教とはなにか その思想を検証する』大正大学仏教学科編
『最澄と空海 日本仏教思想の誕生』立川武蔵、1992年
『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵、2003年

リグ・ヴェーダ』に含まれる10点近い宇宙創造に関する讃歌(紀元前10-9世紀の成立)のうち、「宇宙開闢(かいびゃく)の歌」(10・129)は次のようにうたう。

 一、そのとき(宇宙始原のとき)無もなく、有もなかった。空界もなく、その上の天もなかった。(中略)深く測ることのできない水は存在していたのか。
 二、その時、死も不死もなかった。夜と昼のしるしもなかった。かの唯一物は自力によって風なく呼吸していた。これより他の何も存在しなかった。
 三、始原の時、暗黒は暗黒におおわれた、この一切はしるしのない水波だった。空虚におおわれて現れつつあるもの、かの唯一物は、熱の力によって生まれ出た。
 四、最初にかの唯一物に意欲が現われた。これは思考の第一の種子だった。詩人たちは心に探し求めて、有の始原を無に見つけた。(以下略)

【『はじめてのインド哲学』立川武蔵〈たちかわ・むさし〉(講談社現代新書、1992年)】

「リグ」は「讃歌」、「ヴェーダ」は「知識」を表す。紀元前1000~500年に編まれた。ブッダ以前の聖典である。後期仏教(大乗)では善知識・悪知識など知識を「友」の意で使うがヴェーダとの関連性は不明にしてわからず。

 個人的には旧約聖書の天地創造より好みである。一読して感じるのは宇宙開闢が胎児の意識に酷似している点である。あるいは目覚めの瞬間を詳しく捉えたようにも読める。

 カンブリア紀の大爆発(5.42~5.3億年前)で眼が完成したと考えられている(アンドリュー・パーカー)。生命の起源はまだはっきりしていないが約40~30億年前のこと。つまり眼ができたのは最近のことだ。長い暗黒時代が続いたわけである。

 光りを感知できるようになったことは認識のビッグバンといっても過言ではない。それまで世界は手(感覚)の届く範囲内に限られた。ところが眼の誕生によって生命の感覚は宇宙にまで広がったのである。仏道では真理を覚知することを「開眼」(かいげん)と表現する。眼は開(あ)いていても節穴レベルである。見えているようで見えない何かがある。今まで見えなかったものが見えるようになれば生きてる価値があると言えよう。



時間の矢の宇宙論学派/『時間の逆流する世界 時間・空間と宇宙の秘密』松田卓也、二間瀬敏史

2020-01-14

「不惑」ではなく「不或」/『身体感覚で『論語』を読みなおす。 古代中国の文字から』安田登


『中国古典名言事典』諸橋轍次

 ・「不惑」ではなく「不或」

『日本人の身体』安田登
・『心の先史時代』スティーヴン・ミズン
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ
『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル
意識と肉体を切り離して考えることで、人と社会は進化する!?【川上量生×堀江貴文】

 孔子時代にはなかった漢字が含まれる『論語』文の代表例は「四十(しじゅう)にして惑わず」です。(中略)
 漢字のみで書けば「四十而不惑」。字数にして五文字。この五文字の中で孔子時代には存在していなかった文字があります。
「惑」です。
 五文字の中で最も重要な文字です。この重要な文字が孔子時代になかった。
 これは驚きです。なぜなら「惑」が本当は違う文字だったとなると、この文はまったく違った意味になる可能性だってあるからです。

【『身体感覚で『論語』】を読みなおす。 古代中国の文字から』安田登〈やすだ・のぼる〉(春秋社、2009年/新潮文庫、2018年)】

 twitterのリンクで知った書籍。安田登は能楽師である。伝統的な身体操作は古(いにしえ)の人々と同じ脳の部位を刺激することだろう。温故知新(「子曰く、故〈ふる〉きを温〈たず〉ねて新しきを知る、以て師と為るべし」『論語』)の温故である。

『論語』の中で、孔子時代にはなかった漢字から当時の文字を想像するときには、さまざまな方法を使います。一番簡単なのは、部首を取ってみるという方法です。部首を取ってみて、しかも音(おん)に大きな変化がない場合、それでいけることが多い。
「惑」の漢字の部首、すなわち「心」を取ってみる。
「惑」から「心」を取ると「或」になります。古代の音韻がわかる辞書を引くと、古代音では「惑」と「或」は同音らしい。となると問題ありません。「或」ならば孔子の活躍する前の時代の西周(せいしゅう)期の青銅器の銘文にもありますから、孔子も使っていた可能性が高い。
 孔子は「或」のつもりで話していたのが、いつの間にか「惑」に変わっていったのだろう、と想像してみるのです。(中略)
「或」とはすなわち、境界によって、ある区間を区切ることを意味します。「或」は分けること、すなわち境界を引くこと、限定することです。藤堂明保(あきやす)氏は不惑の「惑」の漢字も、その原意は「心が狭いわくに囲まれること」であるといいます(『学研漢和大字典』学習研究社)。
 四十、五十くらいになると、どうも人は「自分はこんな人間だ」と限定しがちになる。『自分ができるのはこのくらいだ」とか「自分はこんな性格だから仕方ない」とか「自分の人生はこんなもんだ」とか、狭い枠で囲って限定しがちになります。
「不惑」が「不或」、つまり「区切らず」だとすると、これは「【そんな風に自分を限定しちゃあいけない。もっと自分の可能性を広げなきゃいけない】」という意味になります。そうなると「四十は惑わない年齢だ」というのは全然違う意味になるのです。

 整理すると孔子が生まれる500年前に「心」という文字はあったがまだまだ一般的ではなかった。そして『論語』が編まれたのは孔子没後500年後のことである。

」の訓読みにはないが、門構えを付けると「(くぎ)る」と読める。そうなると「不或」は「くぎらず」「かぎらず」と読んでよさそうだ(或 - ウィクショナリー日本語版)。

「心」の字が3000年前に生まれたとすれば、ジュリアン・ジェインズが主張する「意識の誕生」と同時期である。私の昂奮が一気に高まったところで、きちんと引用しているのはさすがである。安田登はここから「心」(しん)と「命」(めい)に切り込む。

 認知革命から意識の誕生まで数万年を要している。自由と権利の獲得を自我の証と考えれば、自我の誕生はデカルトの『方法序説』(1637年)からイギリス市民革命(清教徒革命名誉革命/17世紀)~フランス革命(18世紀)の国民国家誕生までが起源となろう。ゲーテ著『若きウェルテルの悩み』が刊行されたのもこの頃(1774年)で人類における恋愛革命と言ってよい。すなわち自我は政治と恋愛において尖鋭化したのである。

2018-12-29

義を見てせざるは勇なきなり/『武士道』新渡戸稲造:矢内原忠雄訳


『国家の品格』藤原正彦
・『名著講義』藤原正彦
・『日本人の矜持 九人との対話』藤原正彦

 ・義を見てせざるは勇なきなり

『鉄砲を捨てた日本人 日本史に学ぶ軍縮』ノエル・ペリン

日本の近代史を学ぶ
必読書リスト その四

 義は武士の掟(おきて)中最も厳格なる教訓である。武士にとりて卑劣なる行動、曲りたる振舞いほど忌むべきものはない。義の観念は誤謬であるかも知れない――狭隘(きょうあい)であるかも知れない。或る著名の武士〔林子平〕はこれを定義して決断力となした。曰く、「義は勇の相手にて裁断の心なり。道理に任せて決心して猶予(ゆうよ)せざる心をいうなり。死すべき場所に死し、討つべき場合に討つことなり」と。また或る者〔真木和泉(いずみ)〕は次のごとく述べている、「節義は例えていわば人の体に骨あるがごとし。骨なければ首も正しく上にあることを得ず。手も動くを得ず。足も立つを得ず。されば人は才能ありとても、学問ありとても、節義なければ世に立つことを得ず。節義あれば、不骨不調法にても、士たるだけのこと欠かぬなり」と。孟子は「仁は人の心なり。義は人の路なり」と言い、かつ嘆じて曰く「その路を舎(す)てて由らず、その心を放って求むるを知らず」と。彼に後(おく)るること三百年、国を異にしていでたる一人の大教師〔キリスト〕が、我は失(う)せし者の見いださざるべき義の道なりと言いし比喩の面影を、「鏡をもて見るごとく朧(おぼろ)」ながらここに認めうるではないか。私は論点から脱線したが、要するに孟子によれば、義は人が喪(うしな)われたる楽園を回復するために歩むべき直(なお)くかつ狭き路である。
 封建時代の末期には泰平が長く続いたために武士階級の生活に余暇を生じ、これと共にあらゆる種類の娯楽と技芸の嗜(たしな)みを生じた。しかしかかる時代においてさえ、「義士」なる語は学問もしくは芸術の堪能を意味するいかなる名称よりも勝れるものと考えられた。我が国民の大衆教育上しばしば引用せられる四十七人の忠臣は、俗に四十七義士として知られているのである。
 ややともすれば詐術(さじゅつ)が戦術として通用し、虚偽が兵略として通用した時代にありて、この真摯正直なる男らしき徳は最大の光輝をもって輝いた宝石であり、人の最も高く賞讃したるところである。義と勇は双生児(そうせいじ)の兄弟であって、共に武徳である。

【『武士道』新渡戸稲造〈にとべ・いなぞう〉:矢内原忠雄〈やないはら・ただお〉訳(岩波文庫、1938年/櫻井鴎村訳、丁未出版社、1908年/英文原著は1908年)】

 孔子は「義を見てせざるは勇なきなり」と教え、孟子は「自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人と雖(いえど)も、吾往かん」と説いた。これのみを10歳までに叩き込めば教育は成功するようにも思う。孔子と正反対に位置するのが「触らぬ神に祟(たた)りなし」との俚諺(りげん)である。いじめ、セクハラ、パワハラを支える振る舞いだ。

「卑怯」という言葉は私が小学生だった時分はまだ使われていた。それから「ズルい」「セコい」と移り変わる。北海道だと「半可臭い」(=愚か)が多用されるので各地方には同様の方言があることだろう。「卑怯」とは道に反することである。これに対して「狡(ずる)い」には利が絡み、「セコい」は人物の卑小を表す。言葉の変遷に人間が小さくなってゆく様子が窺える。

 藤原正彦はお茶の水女子大学で十数年にわたって行った読書ゼミで『武士道』を読ませた。私が読む気になったのは『日本人の矜持』を読んでのこと。源義家〈みなもとのよしいえ〉と安倍貞任〈あべのさだとう〉が衣川の戦い(1189年)で歌をやり取りしたエピソードに度肝を抜かれた(第三章 武士道における美意識 | 美しい日本)。死地に通う詩心と交情が胸を打つ。

 現代の正義は何と小ぢんまりとしていることか。我々の日常では言った言わないとか、納得できるできないというレベルで正しさを争っている。一億総町人あるいは一億総商人の時代といってよい。しかも日本の文化ではヨーロッパのように売る側が客に対して断固とした主張をすることもない(『自由の悲劇 未来に何があるか』西尾幹二)。モンスタークレーマーやモンスターペアレントを育む素地がもともとあった。「お客様は神様」ではない。企業が利益より道理を重んじて社員に堂々たる態度を取らせることも必要だろう。

 もう一つ私が注目したのは「骨」というキーワードである。不骨とい漢字は初めて見たが、後に続くのが不調法(ぶちょうほう)だから「ぶこつ」と読むのだろう(“ぶこつもの”のいろいろな漢字の書き方と例文|ふりがな文庫)。48歳で生まれて初めて肩凝りを知り、爾来(じらい)身体調整の勉強を続けてきた。気功、筋トレ、ヨガ、ストレッチ、呼吸法などである。鍛えることもよりも調整に重きを置いている。古武術家の甲野善紀〈こうの・よしのり〉は常々筋トレ偏重を批判し、骨の優位を説いている。イチローも筋肥大に否定的なのは有名な話だ(※腱を鍛えることができないため)。

 高岡英夫は『意識のかたち』(講談社、1995年)で「身体言語」なる概念を披露しているが、そこでも骨と腰というキーワードが重視されている。『フェルデンクライスの脳と体のエクササイズ 健康とリラックス、フィットネスのためのらくらくエクササイズ』(マーク・リース、デヴィッド・ゼメック・バースン、キャシー・バースン:かさみ康子訳、晩成書房、2005年)を開いてはたと膝を打った。


 體は体の旧字体である。すなわち、からだとは骨が豊かな様を表していたのである。現在でも「骨のある男」とか「気骨」などという言葉がそれを象徴している。人品骨柄ってえのあ死語だね(笑)。

 儒家の根本理念は仁(思いやり)と義(正義)である。やくざ者の口上を仁義と呼んだ時点で仁義は廃(すた)れたのだろう。

 こうして見ると日本人の情緒には孔孟のエッセンスが脈打っていることがよくわかる。惻隠(そくいん)も孟子に拠(よ)る。それは単なる舶来思想ではなくして、日本人の心情によく適(かな)った言葉で、翻訳された途端腑に落ちるほど見事にマッチしている。

 ただし儒教も武士道も官僚の道である。乱世を乗り切ることは難しいだろう。



英語で世界に発信した明治人/『武士の娘 日米の架け橋となった鉞子とフローレンス』内田義雄

2018-11-07

読む=情報処理/『読書について』ショウペンハウエル:斎藤忍随訳


『社会認識の歩み』内田義彦

 ・劣悪な言論に鉄槌
 ・読む=情報処理

『仏教と西洋の出会い』フレデリック・ルノワール

必読書リスト その一

 学者とは書物を読破した人、思想家・天才とは人類の蒙をひらき、その前進を促す者で、世界という書物を直接読破した人のことである。

【『読書について』ショウペンハウエル:斎藤忍随〈さいとう・にんずい〉訳(岩波文庫、1960年)】

 書評を記そうとして関連文献を紹介していないことに気づき、更にその文献のための別文献にまでさかのぼってしまうことがままある。情報はつながることで強度を増し、あるいは意味を書き換え、はたまた過ちに気づく。

 脳機能は情報処理・計算に集約されるが、具体的には「読む」行為と考えてよい。脳は本を読み、人を読み、世界を読む。膨大な情報から感情という反応に引っ掛かった情報に重みをつけ、因果関係を築き、生き延びる可能性(※子孫も含む)を計算する。

 私の蒙(もう)が啓(ひら)けないのは目先の小事に囚われて感情を優先してしまうためだ。「カッとなって人を殺してしまった」という事件が時折ある。結局のところ「情報の読み方を誤った」のだ。

 地位・名誉・財産という世間の物差しがある。この物差しが示すのは「生存確率の高さ」であろう。しかし幸不幸を決めるものではない。それどころか世間の物差しはショウペンハウエルに言わせれば「蒙」そのものに他ならない。

 日本人の思考からすれば、やはり世界と社会の間に隔絶がある。日常生活で世界を意識することはまずない。政治や経済のレベルで考えても、せいぜいアメリカ・中国・南北朝鮮が浮かぶ程度である。

 読むとは解釈することである。情報は自我というフィルターを通して必ずバイアスが掛かる。合理性とは多くの人々を説得し得る「歪み」を意味する。あらゆる宗教が教義を巡る解釈によって分裂することからも明らかなように、言葉はいくらでも屁理窟をつけることができる。

 実はショウペンハウエルもその一人であった。本書の文体には逆らい難い魅力があり、人をして服せしめずにはおかない響きに満ちている。彼はまた仏教を厭世主義に貶めた哲学者でもあった。我々は騙される。姿形や見栄え、体型、声、文体などに。

読書について 他二篇 (岩波文庫)
ショウペンハウエル
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翻訳と解釈/『ファストフードが世界を食いつくす』エリック・シュローサー

2017-05-31

信じることと騙されること/『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節


『巷の神々』(『石原愼太郎の思想と行為 5 新宗教の黎明』)石原慎太郎
『対話 人間の原点』小谷喜美、石原慎太郎

 ・信じることと騙されること

『人類の起源、宗教の誕生 ホモ・サピエンスの「信じる心」が生まれたとき』山極寿一、小原克博
『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ
『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ

 山村に滞在していると、かつてはキツネにだまされたという話をよく聞いた。それはあまりにもたくさんあって、ありふれた話といってよいほどであった。キツネだけではない。タヌキにも、ムジナにも、イタチにさえ人間たちはだまされていた。そういう話がたえず発生していたのである。
 ところがよく聞いてみると、それはいずれも1965年(昭和40年)以前の話だった。1965年以降は、あれほどあったキツネにだまされたという話が、日本の社会から発生しなくなってしまうのである。それも全国ほぼ一斉に、である。

【『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節〈うちやま・たかし〉(講談社現代新書、2007年)以下同】

 目の付けどころが素晴らしい。やはり現実を鋭く見据える眼差しに学問の出発点があるのだろう。私は道産子だが、歴史の浅い北海道ですら狐憑(つ)きの話は聞いたことがある。

 結局、東京オリンピック(1964年10月10日~24日)が日本社会を一変させたのだろう。ともすると経済的発展のみが注目されがちだが宗教性や精神性まで変わったという指摘は瞠目に値する。

 ただし内山節が試みるのは科学的検証ではない。

 私が知っているのは、かつて日本の人々はあたり前のようにキツネにだまされながら暮らしていた、あるいはそういう暮らしが自然と人間の関係のなかにあったという山のように多くの物語が存在した、という事実だけである。

 つまり「キツネは人を騙(だま)す動物である」という共通認識のもとで、「騙された」という話を共有できる情報空間がかつて存在したのだ。

 内山はコミュニケーションの変化を指摘する。1960年代にテレビが普及したことで口語体に変化が現れた。言葉は映像を補完するものとして格下げされた。また映像が視聴者から想像力を奪った。そして時差も消えた。

 人から人に伝えられる場合、情報には脚色が施される。事実よりも物語性に重きが置かれる。

 さらに電話の普及は、人間どうしのコミュニケーションから表情のもっていた役割をなくさせ、用件のみを伝えるというコミュニケーション作法をひろげていった。
 同時に1960年代に入ると、自然からの情報を読むという行為も衰退しはじめたのである。

 隔世の感がある。電話で長話・無駄話をするようになったのはバブル景気(1986~1991年)の頃からだろう。

公共の空間に土足のままで入り込む携帯電話/『仏の顔もサンドバッグ』小田嶋隆

 そしてバブル景気と歩調を合わせるようにファクシミリポケットベル携帯電話が普及する。

 文明の利器(←もはや死語)は人類から「語り」という文化を奪ったのだろう。古来、ヒトは焚き火や炉を囲んで先祖伝来の物語を伝え、コミュニケーションを図った。現在辛うじて残っているのは日本の炬燵(こたつ)くらいのものだが、エアコンやファンヒーターを併用しているため寄り添う気持ちが弱まる。

 では本題に入ろう。

 幕末から明治時代に新しく生まれた宗教は、ある日一人の人間が神がかりをし、神の意志を伝えるかたちで誕生したものが多い。たとえば大本教(おおもときょう)をみれば、出口なお(※1837-1918年)が神がかりしてはじまる。その出口なおは以前から地域社会で一目おかれていた人ではない。貧しく、苦労の多い、学問もない、その意味で社会の底辺で生きていた人である。その【なお】が神がかりし、「訳のわからないこと」を言いはじめる。このとき周りの人々が、「あのばあさんも気がふれた」で終りにしていたら、大本教は生まれなかった。状況をみるかぎり、それでもよかったはずなのである。ところが神がかりをして語りつづける言葉に、「真理」を感じた人たちがいた。その人たちが、【なお】を教祖とした結びつきをもちはじめる。そこに大本教の母体が芽生えた。
 この場合、大本教を開いた人は出口なおであるのか、それとも【なお】の言葉に「真理」を感じた人の方だったのか。
 必要だったのは両者の共鳴だろう。とすると、「真理」を感じた人たちは、なぜ【なお】の言葉に「真理」を感じとったのか。私は「真理」を感じた人たちの気持のなかに、すでに【なお】と共通するものが潜んでいたからだと思う。自分のなかにも同じような気持があった。しかしそれは言葉にはならない気持だった。表現形態をもたない気持。わかりやすくいえば無意識的な意識だった。そこに【なお】の言葉が共鳴したとき、人々のなかから、【なお】は気がふれたのではなく「真理」を語っていると思う人が現われた。教祖は無意識的な意識に、それを表現しうる言葉を与えたのである。
 この関係は、古くからある宗教でも変わりはないと私は考えている。他者のなかにある無意識的な意識との共鳴が生まれなければ、どれほど深い教義の伝達があったとしても、大きな宗教的動きには転じない。

 内山節は哲学者である。視点が宗教学者よりも一段高く、宗教を社会現象として捉えている。

 よく考えてみよう。これは宗教現象に限ったことであろうか? そうではあるまい。政治にせよ経済にせよ、はたまた科学に至るまで共鳴と流行が見られる。無神論者のアインシュタインでさえ宇宙の大きさは静止した定常状態であると思い込んでいた。脳は情報に束縛されるのだ。それが悟りであろうと神懸(がか)りであろうと脳内情報であることに変わりはない。前世の物語も現在の脳から生まれる。

 国民国家の時代における戦争と平和もひとえに国民の共鳴が織り成す状態と考えられよう。企業の繁栄も社員や消費者の共鳴に支えられている。技術革新がそのままヒット商品になるかといえばそうではない。かつてソニーが開発したベータマックスはソフト(実態としてはエロビデオ)が貧弱であったために普及しなかった。

 我々が「正しい」とか「確かにそうだ」と感じる根拠は理性よりも感情に基づいているような気がする。つまり脳の揺れ(共鳴)が心地よいかどうかで判断しているのだろう。歴史が進化するなどというのは共産主義者の戯言(たわごと)だ。

 内山の達観には敬意を表するが文系の限界をも露呈している。ここまで気づいていながらネットワーク科学~複雑系科学に踏み込んでいない物足りなさがある。

『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン
『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』マルコム・グラッドウェル
『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』アルバート=ラズロ・バラバシ
『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン
『複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する』ニール・ジョンソン

 更にここから意識(心脳問題)や認知科学行動経済学を視野に入れなければ読書量が足りないと言わざるを得ない。

 もう一歩思索してみよう。人々は何に対して共鳴するのだろうか? それはスタイル(文体)である。

歴史とは「文体(スタイル)の積畳である」/『漢字がつくった東アジア』石川九楊

 仏典も聖書も大衆が魅了されるのは論理性ではなく文体(スタイル)であろう。ここが重要だ。そして受け入れらたスタイルは様式となりエートス(気風)に至る。「マックス・ヴェーバーはかくいった。宗教とは何か、それは『エトス(Ethos)』のことであると。エトスというのは簡単に訳すと『行動様式』。つまり、行動のパターンである」(『日本人のための宗教原論 あなたを宗教はどう助けてくれるのか』小室直樹)。

 信じるから騙される。もっと言ってしまおう。信じることは騙されることでもある。言葉という虚構(フィクション)で共同体を維持するためには物語(フィクション)が必要になる(『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ)。神話を信じることは神話に騙されることを意味する。神話を疑う者はコミュニティから弾(はじ)き出される。

 我々だって大差はない。小説、演劇、ドラマ、映画、漫画、歌詞、絵画に至るまで散々フィクションを楽しんでいるではないか。そう。俺たち騙されるのが好きなんだよ(笑)。

2016-09-30

物語の反独創性、無名性、匿名性/『物語の哲学』野家啓一


 ・物語る行為の意味
 ・物語の反独創性、無名性、匿名性

『死と狂気 死者の発見』渡辺哲夫
『アラブ、祈りとしての文学』岡真理
『プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?』メアリアン・ウルフ
『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』ジョナサン・ゴットシャル

必読書リスト

「紙と文字」を媒体にして密室の中で生産され消費されるのが近代小説であるとすれば、物語は炉端や宴などの公共の空間で語り伝えられ、また享受される。小説(novel)が常に「新しさ」と「独創性」とを追及するとすれば、物語の本質はむしろ聞き古されたこと、すなわち「伝聞」と「反復性」の中にこそある。独創性(originality)がその起源(origin)を「作者」の中に特定せずにはおかないのに対し、物語においては「起源の不在こそがその特質にほかならない。物語に必要なのは著名な「作者」ではなく、その都度の匿名の「話者」であるにすぎない。それは「無始のかなたからの記録せられざる運搬」(※柳田國男『口承文芸史考』)に身を任せているのである。また、物語が「聴き手または読者に指導せらるる文芸」であることから、その意味作用は「起源」である話者の手を離れて絶えず「話者の意図」を乗り越え、さらにはそれを裏切り続ける。意味理解の主導権が聴き手あるいは読者に委譲されることによって、物語は話者の制御の範囲を越えて「過剰に」あるいは「過小に」意味することを余儀なくされる。つまり、物語の享受は聴き手や読者の想像力を梃子にした「ずれ」や「ゆらぎ」を無限に増殖させつつ進行するのである。それゆえ、物語の理解には「正解」も「誤解」もありえない。そして「作者の不在」こそが物語の基本前提である以上、それは反独創性、無名性、匿名性をその特徴とせざるをえないであろう。
 そもそも「独創性」に至上の価値を付与する文学観は、「作者」を無から有を生ぜしめる創造主になぞらえ、「作品」をバルトの言葉を借りれば「作者=神からのメッセージ」として捉える美学的構図、あるいは一種の神学的図式に由来している。しかし、先にも述べたように、いかに独創的な作者といえども、言語そのものを創造することはできない。彼もまた、手垢にまみれた使い古しの言葉を使って作品を紡ぎ出すほかはないのである。たとえ新たな語彙を造語したとしても、その意味はすでに確立した語彙や語法を用いて定義され、説明されねばならない。われわれは常にすでに特定の「言語的伝統」の内部に拘束されているのであり、それを内側から改変することはできても、それを破壊し、その外部に出ることは不可能なのである。それゆえ、独創性なるものは、既成の語彙や文の新たな使用と組合せ、あるいはコンテクストの変容による新たなメタファーの創出などの中にしか存在しない。誰も言語を発明することはできず、それを利用することができるだけだという意味にいて、あらゆる言語活動はわれわれを囲繞する既成の言語的伝統からの直接間接の「引用」の行為と言えるであろう。その限りにおいて、バルトが指摘する通り、テクストとは「引用の織物」にほかならないのであり、そのことは口承の「物語」についてならばさらによく当てはまるはずである。

【『物語の哲学』野家啓一〈のえ・けいいち〉(岩波現代文庫、2005年/岩波書店、1996年『物語の哲学 柳田國男と歴史の発見』改題、増補版)以下同】

 文化は歴史に依存する。そして人は歴史的存在であることを避けられない。堆積した過去が波となって自分の一生という時間を押し上げる。

 私が「物語」に着目し、一つのテーマとして考え続けてきたのは後期仏教(いわゆる大乗)を理解するためであった。本書では柳田國男著『遠野物語』を巡って物語論を展開しているが、伝承という次元では神話の言い伝えや仏教変遷よりも生々しい手触りがある。

 野家が指摘する「物語のパラドックス」(語り手と聴き手の逆転)は仏師が作った仏像を思わせる。「誰が」作ったかよりも、「作られた作品」そのものが表現する魂に重きを置く考え方といえよう。だが資本主義経済では通用しない。商品の利益は必ず創作者に還元される。

 そして高度に発達した情報化社会では意図的に嘘をつく輩が出てくる。少しばかりネットをうろつけば至るところにデマが氾濫(はんらん)している。内なる衆愚に自覚的である人は少ない。せめて検索くらいしろや、ってな話である。

 同時代性というミクロな視点で見れば我々の眼には個人が映るわけだが、文化というマクロな視点に立つと「物語の反独創性、無名性、匿名性」が少し見えてくる。またよく考えてみると日常で繰り広げられる会話のレベルでは無名性が確かに成り立っている。我々は一々、Wikipediaのように出典を銘記することがない。たとえテレビや雑誌からの受け売りであったとしても自らの言葉として語る。

 情報は【受け手によって】解釈される。伝言ゲームは私を通して歪められる。たとえテキストがあったにせよ、私の口が語る時、情報は欠け、変質を免れない。それゆえ口承は反復の中で記憶を強化する。

 後期仏教が台頭した歴史を調べると、社会の変化に合わせた教勢の拡大を目指して新たな教義が生まれたように見える。初期仏教に神学論争や衒学(げんがく)の複雑性はない。私の興味は潰(ついえ)えた。

 ブッダが説いた因果律はバラモン教による過去世の物語を否定し、時間を一人の人生に取り戻す営みと考えることができる。にもかかわらずブッダは革命家ではなかった。真のバラモンを説いたところに私は穏健な保守的態度を認める。日蓮のようなラディカルな姿勢は皆無である。

 因果律は時間の矢となって一方向へ進む。死を自覚すればこそ物を語らずにはいられないのだろうか。あるいは語ることで語られる存在を目指すのだろうか。

「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがおりました」と私が初めて聴いたのは多分二つか三つの頃だろう。2~3年の人生に比すれば、「昔々」は長大な過去である。そしてこの一言に物語を語り継いできた無数の人々の存在が浮かび上がってくる。やがては私も同じように語り、そしてそこへ埋没してゆくことだろう。物語は予感を含んでいる。

「大文字の物語が失われた」(ジャン=フランソワ・リオタール)後、歴史は小文字で書かれるのだろうか? 親から子へと語り継がれる物語は消えてゆくのだろうか? 語る豊かさを失えば、歴史も昔話も単なる情報の断片と化す。やがて感情は先細り、子供たちは笑顔を失うことだろう。だがそうではあるまい。白人哲学者には一神教のドグマが染みついている。21世紀にはまだ宗教崩壊の物語が残されている。

2015-10-08

意味のない苦役/『シーシュポスの神話』カミュ


 神々がシーシュポスに課した刑罰は、休みなく岩をころがして、ある山の頂まで運び上げるというものであったが、ひとたび山頂にまで達すると、岩はそれ自体の重さでいつもころがり落ちてしまうのであった。無益で希望のない労働ほど怖(おそ)ろしい懲罰はないと神々が考えたのは、たしかにいくらかはもっともなことであった。

【『シーシュポスの神話』カミュ:清水徹訳(新潮文庫、1982年/『新潮世界文学49 カミュ2 カリギュラ・誤解・戒厳令・正義の人々・シーシュポスの神話・反抗的人間』清水徹訳、新潮社、1969年)】

 原書刊行は1942年(昭和17年)というのだから第二次世界大戦の真っ只中である。アルベール・カミュ(1913-1960)は繰り返される戦争の中で不条理を見つめたのだろうか。彼は立ち木に衝突する交通事故で死んだ。KGBによる暗殺説もある。不条理を説いた男の不条理な死。

 このギリシア神話は輪廻を圧縮したような趣の恐ろしさに満ちている。ひょっとするとドストエフスキーの翻案かもしれぬ。『死の家の記録』(原書1862年)に「穴を掘って埋める」懲罰の話が出てくる。意味のない苦役が重罪人を発狂させるだろうと。

 社会的動物である我々は意味に生きる。大義を与えられれば死ぬことさえできる。世のため人のためとあらば艱難辛苦(かんなんしんく)にも耐えることが可能だ。ただしその基準は時代によって異なる。

 帝国主義でイギリスと共に世界中を支配してきたフランス人が説く不条理は不条理に満ちている。アフリカの殆どの国の言語は英語かフランス語である。カミュは一度でもその不条理を見つめたのだろうか?

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