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2020-10-23

国家は税と共にある/『脱税の世界史』大村大次郎


『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』ジェームズ・C・スコット
『お金の流れでわかる世界の歴史 富、経済、権力……はこう「動いた」』大村大次郎

 ・国家は税と共にある

・『対論「所得税一律革命」 領収書も、税務署も、脱税もなくなる』加藤寛、渡部昇一
・『近代の呪い』渡辺京二

大村大次郎

 歴史上、「税金のない国」というのは、存在したためしがありません。(中略)
 初期の古代ローマはローマ市民から「直接の税金」はほとんど取っていませんでした。しかし関税を徴収したり、占領地から税を徴収していました。
 歴史上、国家の体(てい)をなす存在において、税金が課されなかったことは一度もないといえるのです。
 一国の政府(政権)の存在というのは、煎じ詰めれば、「いかに税金を徴収し、いかに使うか」ということになると思われます。
 役人を使って国家システムを整えるにも、インフラ整備をするにも、他国からの侵略を防ぐにも、税金が必要になります。だから、税金がないと国家というものは成り立ちません。
 王権国家であろうと、民主政国家であろうと、共産主義国家であろうと、宗教国家であろうと、それは同じです。

【『脱税の世界史』大村大次郎〈おおむら・おおじろう〉(宝島社、2019年)】

 後半の失速が惜しまれる。好著を切り捨てることで「必読書リスト」の厳選が担保されるというジレンマに苦しむ。ジェームズ・C・スコットの後で読んだだけにインパクトは大きかった。大村の著作は宗教に関する物以外は全部お勧めできる。

 哺乳類の群れは暴力と分配を軸に形成される。高度な知能はやがて技術や協力に至るが暴力と分配という軸は動かない。ともすると知能は「人間らしさ」とのフィルターを通して美しい素養を考えがちだが実は違うのではないか。チンパンジーの特筆すべき行動は「相手を騙(だま)す」ことにある。騙すためには相手が何を考えているかを知る必要がある。つまり共感~想像といった思考の飛翔が伴う。この高度な知能が犯す醜い行動が長年にわたって私の心から離れることはなかった。

 感情を排してただありのままの事実を見てみよう。現代社会の成功者とは「嘘をつくのが巧みな人物」であると言ってよい。この場合の嘘とは「自分の意のままに人々を動かす言動や振る舞い」を意味する。政治家・経営者・教師・宗教家・親・先輩は必ず何らかの信念に基づいた操作・誘導を行う。一番わかりやすいのは俳優・芸能人である。彼らは「嘘をつくのが仕事」だ。ミュージシャンも同様である。フィクション(虚構)を通して大衆に夢を見させる役割を果たしている。

 あるいは巨大宗教組織を見れば、そこには国家の萌芽ともいえるシステムが構築されている。ローマ・カトリック教会は十分の一税を徴収していた。喜捨を募らない教団は存在しない。創価学会では100万円の寄付をする信者がざらにいるし、出版を通したビジネスモデルを編み出したのはGLAの高橋信次で、現在は創価学会や幸福の科学に受け継がれている。巨大教団は宗教企業と化した。国家と異なる点は分配なき集金であることに尽きる。

「民が疲弊しないように効率的に税を徴収し、それをまた効率的に国家建設に生かす」
 というのは、国が隆盛するための絶対条件だといえます。
 そして、国が衰退するときというのは、その条件をクリアできなくなったといきだといえます。

 国家は徴税し、税負担は大きくなり、国家は国民を喰い物にした挙げ句、衰退してゆく。富の蓄積(関岡正弘)が大きく偏り歯止めが効かなくなるのだろう。情報産業を支配するGAFAなども国家弱体化の象徴であり、既に多国籍企業は国家をも超越し(『ザ・コーポレーション』)、タックスヘイブンを通して租税を回避している(『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン、『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻)。

 いずれにしろ、脱税がはびこるときには、社会は大きな変動が起きます。
 武装蜂起、革命、国家分裂、国家崩壊などには、必ずといっていいほど、「脱税」と「税システムの機能不全」が絡んでいるのです。

 アメリカ大統領選挙を前にしたBLM運動、中国共産党による香港弾圧・ウイグル人虐殺など「大きな変動」は日々報じられている。日本で格差が広がったのは消費税導入(1989年)以降のことである。

 多国籍企業に対する国家の巻き返しと、民族主義・帝国主義が渦巻く時代に入った。日本国民にはかつての米騒動を起こすほどの気概はない。中国と戦うか妥協するかで国の運命が分かれる。

2020-06-22

沈みゆくアメリカ/『ペトロダラー戦争 イラク戦争の秘密、そしてエネルギーの未来』ウィリアム・R・クラーク


『超帝国主義国家アメリカの内幕』マイケル・ハドソン
『マネーの正体 金融資産を守るためにわれわれが知っておくべきこと』吉田繁治
『〈借金人間〉製造工場 “負債"の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート
『紙の約束 マネー、債務、新世界秩序』フィリップ・コガン
『ロスチャイルド、通貨強奪の歴史とそのシナリオ 影の支配者たちがアジアを狙う』宋鴻兵
『通貨戦争 影の支配者たちは世界統一通貨をめざす』宋鴻兵
『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン
『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫
『ドル消滅 国際通貨制度の崩壊は始まっている!』ジェームズ・リカーズ

 ・大英帝国の凋落
 ・沈みゆくアメリカ

必読書リスト その二

 2001年9月11日、世界はもはや後戻りできなくなった。アメリカは脱皮できたはずだった。真に啓蒙された自由な諸国からなる西欧文明において確固たる地位を打ち立てられたはずだった。だが、望みは徹底的に打ち砕かれてしまったように見える。
 2003年3月19日、アメリカ率いるイラク侵攻によって、世界は再び一変した。早急に行動を起こさない限り、今世紀、アメリカが恐怖、抑圧、そして経済的衰退を目の当たりにするのはほぼ確実である。指導者たちは、共和党であろうと民主党であろうと、自滅的な行動を続け、国家本来の目的と約束を次第に顧みなくなっている。(「序文 イラク戦争以後 新世紀を方向づける最も危険な10年間」ジェフ・ライト)

【『ペトロダラー戦争 イラク戦争の秘密、そしてエネルギーの未来』ウィリアム・R・クラーク:高澤洋志〈たかざわ・ひろし〉訳(作品社、2013年/原書は2005年)】

 そして2007年にサブプライムショックがあり、翌2008年にはリーマンショックが続いた。更に現在、ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性が白人警官に押さえつけられて死亡した事件をきっかけに各地で暴動が起こっている。民主党議員が選出された地域に限られているという話もあるが、その意外な脆弱さに驚かされる。

 アメリカ政府は大きく誤ることがしばしばある。かつて日本を締め上げて第二次世界大戦へと暴走させた。天皇陛下も軍部も最後の最後までアメリカ融和を図ったが敢えなく拒否された。しかもあろうことかソ連に手を貸し、戦後の冷戦の種を播(ま)いた。終戦から5年後には朝鮮戦争(1950年)でソ連・中国に勢いを与えた。1963年にはジョン・F・ケネディ大統領が衆人環視の中で暗殺され、1965年からベトナム戦争に本格な介入をする。そして1971年にドルショックが訪れる。第二次世界大戦を唯一無傷で終えたアメリカがわずか26年間でこの凋落ぶりである。1970年代以降は敗戦国であった日本や西ドイツに工業製品のシェアを奪われ続けた。

 たぶんキリスト教原理主義が瞳を曇らせるのだろう。思い上がった彼らが我が身を振り返ることはまずない。米国内でイスラエル左右の覇権争いがあり、更にはチャイナマネーがくすぶり続ける人々に燃料を与えている。我々が今目にしているのは沈みゆくアメリカの姿だ。


2019-10-30

大英帝国の凋落/『ペトロダラー戦争 イラク戦争の秘密、そしてドルとエネルギーの未来』ウィリアム・R・クラーク


『超帝国主義国家アメリカの内幕』マイケル・ハドソン
『マネーの正体 金融資産を守るためにわれわれが知っておくべきこと』吉田繁治
『〈借金人間〉製造工場 “負債"の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート
『紙の約束 マネー、債務、新世界秩序』フィリップ・コガン
『ロスチャイルド、通貨強奪の歴史とそのシナリオ 影の支配者たちがアジアを狙う』宋鴻兵
『通貨戦争 影の支配者たちは世界統一通貨をめざす』宋鴻兵
『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン
『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫
『ドル消滅 国際通貨制度の崩壊は始まっている!』ジェームズ・リカーズ

 ・大英帝国の凋落
 ・沈みゆくアメリカ

必読書リスト その二

 大英帝国は1870年代あたりから凋落し始めた。以来、イギリス政府は南アフリカなどでたびたび帝国主義戦争に訴えるようになり、どんどん泥沼にはまっていった。アメリカも同じである。軍事力を使って、もはや経済的手段では成し遂げられないことを追求しようとしている。

【『ペトロダラー戦争 イラク戦争の秘密、そしてドルとエネルギーの未来』ウィリアム・R・クラーク:高澤洋志〈たかざわ・ひろし〉訳(作品社、2013年)】

 ボーア戦争(1880年)から第一次世界大戦終焉(1918年)までが38年である。そして英ポンドは基軸通貨としての地位を失った。1600年前後から続いた大英帝国は滅んだと考えてよい。




 第二次世界大戦後(1945年)、米ドルが基軸通貨となる。ニクソン・ショック(1971年)でブレトン・ウッズ体制は終結したが、ゴールドの裏付けを失ったドルはペトロダラーとして延命した。

 トランプを救世主と仰ぐQAnonと呼ばれる人々が出てきた。国家機密にアクセスできる人物が匿名掲示板に膨大な量の書き込みをしている。その投稿者がQなる人物で彼を支持する人々がQAnonである。

 昨夜初めて知ったのでそれほど精査したわけではないが、どうもイスラエルから目を逸らさせる目的があるような気がする。トランプ政権の裏側で起こっているのはイスラエルの新旧勢力の暗闘である。トランプ大統領はたぶん連邦準備制度(FRS)にまで切り込むことだろう。FRSは中央銀行でありながら完全な民間企業で、驚くべきことにアメリカ政府は1株も株式を有していない。つまり政府から通貨発行権が剥奪された状態がずっと続いているのだ。リンカーンやケネディがこれに手をつけようとして暗殺されたことは有名な話だ。

 米ドルが基軸通貨としての役割を終えるのはそれほど先のことではないだろう。とすればユーロ高、円高となるのは必然である。更にドル/スイスフランが1.000を割り込んだ時にスイスが介入するかどうかも見ものである。

「アメリカは9.11テロ~アフガニスタン紛争~イラク戦争で滅んだ」と未来の歴史家が綴ることになるだろう。大国にとってアフガニスタンは鬼門だ。ソ連もアフガニスタンと戦争をして滅んだ。

 石油を巡ってアメリカが帝国主義的な振る舞いをしてきた事実が描かれている。「必読書」に入れたが惜しむらくは2005年の刊行でシェール革命以前にとどまっている。

2019-10-25

世界史は陸と海とのたたかい/『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』水野和夫


『〈借金人間〉製造工場 “負債"の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート
『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻
『超マクロ展望 世界経済の真実』水野和夫、萱野稔人
『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫

 ・世界史は陸と海とのたたかい

『自由と成長の経済学 「人新世」と「脱成長コミュニズム」の罠』柿埜真吾
『悪の論理 ゲオポリティク(地政学)とは何か』倉前盛通
『通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!』ジェームズ・リカーズ

世界史は陸と海とのたたかい

 EU帝国とアメリカ金融・資本帝国の違いを考える上で、大きな示唆を与えてくれるのが、シュミットの「世界史は陸の国に対する海の国のたたかい、海の国に対する陸の国のたたかいの歴史である」という歴史的視座です。
 21せいきは、シュミットが世界史を「陸と海とのたたかい」と定義した通りの展開となっています。海の「金融・資本帝国」(英米)vs.陸の「領土帝国」(独仏、露・中・中東)のたたかいです。アメリカ金融・資本帝国は無限空間である「海の国」の延長であるのに対して、EU帝国は有限空間の「陸の国」だということです。
 そして現代では、「長い16世紀」以来の近代システムにおいて勝者であった「海の国」が弱体化し、近代システムでは敗者であった「陸の国」の力が強まっているのです。金利がゼロになれば、これまで蒐集する側であった「海の国」が富を蒐集できなくなって、相対的にその地位が低下するからです。(中略)
「陸の時代」の支配者たちは、領土を手中におさめると、官僚組織の肥大化など、人的にも物的にも多大なコストをかけて広大な領土を統治しました。しかし、そのコストの重みに耐えられなくなると、社会秩序が崩れ、領土は拡大から収縮への局面に入っていくということの繰り返しでした。
 ところが、15世紀の末になると、造船技術が発達したおかげで、西欧の人々は陸の縛りから解放され、「より遠く」へ向かうことができるようになりました。ヨーロッパ各国のなかで、真っ先に大海原に出たのは、地中海世界という狭い「閉じた空間」では利潤を得られなくなったスペイン、ポルトガル、それを経済的に支援したイタリアです。「湖」にした地中海から飛び出し、大航海という賭けに出たのです。
 スペインは新大陸で銀山を発見し、ポルトガルは喜望峰を廻(まわ)って遠隔地貿易を拡大させました。しかし、スペインもポルトガルも実質的には「陸の国」の性質を捨て去ることができませんでした。海を渡った先の「陸」で、「陸の国」としての古い統治の方法を続けたのです。
 一方、新しく登場したオランダやイギリスは「海」を制することで空間を拡大させました。海という空間は、既存の国家が制定した「陸の法」が行き届く領域ではない。ならばその空間から「自由」に収奪するべく新たなルールをつくろう――。オランダやイギリスは、このような発想で、まったく新しいルールを自国に有利なようにつくり上げたのです。
 このように「陸の時代」から「海の時代」へと転換したことをシュミットは「空間革命」と呼んでいます。

【『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』水野和夫(集英社新書、2017年)】

 いやはや勉強になった。付箋だらけである。読了後もパラパラと読み返した。その丁寧な記述と論理の整合性で一気に読むことが可能だ。

 シーパワー(海洋権力)とランドパワー(大陸権力)は地政学の基本的な概念であるが、倉前盛通著『悪の論理 ゲオポリティク(地政学)とは何か』を読んで文明史的な意味合いを知った。上記テキストも倉前と異同はない。

 水野は「海の国」である英米が海洋から「金融・電子空間」にシフトしたものの、ゼロ金利時代を迎えた今、資本主義が滅びることは避けられないと説く。資本主義後を提示するのは困難極まりないが、「閉じた帝国」になると予測している。

 ま、倉前の著書が半世紀ほど前なので視点が異なるのは当然としても、水野の主張は心に響いてくるものが少ない。で、既に二度読んだ『悪の論理』も目繰り返す羽目となった。

 私が本書で引っ掛かったのは「正確に言えば、『永続敗戦論』で政治学者、白井聡が鋭く指摘したように」(233ページ)との一文である。

 白井聡は、しばき隊に交じって「安倍やめろ」と叫んでいた人物である(netgeek 2017年7月7日)。札付きの学者といってよい。もちろん赤札だが。

 加齢のため頭脳の衰えは著しいのだが、まだまだ鼻の方は利く。水野和夫の正体は「反資本主義者」なのだ。それに気づいた時、私は隠された「赤い爪」を見たような思いがした。

 水野が著作で行っているのは「資本主義の死亡診断書」を提示することだ。その目的が見えれば反資本主義→容共勢力であるのは確実と思われる。

 私の見立てが勘違いか洞察かは読者の判断に委ねるが、池上彰や佐藤優が水野を持ち上げていれば左翼と見て間違いなかろう。

 尚、amazonでは送料(500円)が発生するので要注意。



封建制は近代化へのステップ/『世界のしくみが見える 世界史講義』茂木誠

2018-04-11

恐るべき未来予測/『月曜閑談』サント=ブーヴ


 ・ラ・ロシュフコーの素描
 ・恐るべき未来予測

 現代においては、例えば偉大な発見であるとか、偉大な事業というような大きな事がおこなわれることがある。しかしこれは、われわれの時代に偉大さを加えることにはならない。偉大というものは、特にその出発点や、その動機や、その意図のうちに存在するのだ。89年[1789年、フランス革命の始まった年]には、人は祖国のため、人類のためにすべてのことをやった。帝政時代[ナポレオンの第一帝政]には、光栄のためにすべてのことをやった。つまりその点にこそ、偉大の源があったのだ。現代では、結果が偉大に見える時でさえも、それは利害の観点から作られただけのものである。そしてそれは投機に結びついている。そこに現代の特質がある。

【『月曜閑談』サント=ブーヴ:土居寛之訳(冨山房百科文庫、1978年)】

 サント=ブーヴの主著である『月曜閑談』(全15巻)が書かれたのは1851~62年のことで、続篇(全13巻)は1863~70年に及んだ。フランス革命(1789-1799年)から半世紀後だから、現代の日本人で言えば2001年に大東亜戦争を振り返るような歴史感覚だろう。貴族に対する反抗が全市民を巻き込んで国民国家の成立にこぎつけたわけだが、ひとたび国家ができるや否や、ゲームが戦争から経済に変わる様相を鮮やかに描いている。ピーター・F・ドラッカーですらこれほど長期的な未来予測はできまい。

 結局のところ大航海時代(15世紀半ば-17世紀半ば)に獲得した植民地から生まれる富が革命を後押ししたのだろう。ま、大雑把に言ってしまえば十字軍(1096-1272年)-大航海時代-国民国家の誕生-帝国主義-世界大戦-有色人種国家成立となろうか。

 ヨーロッパ世界の千年紀を「キリスト教の世俗化」と要約することもできる。それゆえちょうど真ん中の1517年にルターの宗教改革が起こっている。腐敗した伝統と清らかな過激主義がぶつかり合う中で魔女狩りが行われた。不思議なことにルターを筆頭とする新教の方が魔女狩りに情熱を燃やした。清らかさは諸刃の剣(つるぎ)だ。真剣さを伴って残虐なまでに正義を実現しようとする。新しい時代は常に大勢の犠牲者を必要とするのか。

「資本主義経済の最初の担い手は投機家だった。資本主義制度における最初にして最大の投機対象は株式会社そのものである」(『投機学入門 市場経済の「偶然」と「必然」を計算する』山崎和邦)。世界の果てを目指す船に個人として投資をするのはリスクが高すぎる。そこで投機家たちは共同出資をした。これが株式会社の原型である。

「フランス革命のスローガンである『自由・平等・博愛』は革命前からある言葉で、もとはフリーメーソンのスローガンにほかなりません」(『エンデの遺言 「根源からお金を問うこと」』河邑厚徳〈かわむら・あつのり〉、グループ現代)。「博愛(友愛)」の本当の意味は「同志愛」だ(『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』菅沼光弘)。ユダヤ資本がバックアップしたフランス革命によってそれまでヨーロッパ中で虐げられてきたユダヤ人が初めて「国民」と認められた。

 ロスチャイルド家はワーテルローの戦い(1815年)で盤石な資産を築いた(『ロスチャイルド、通貨強奪の歴史とそのシナリオ 影の支配者たちがアジアを狙う』宋鴻兵〈ソン・ホンビン〉)。更には若きビスマルクを支援し(『通貨戦争 影の支配者たちは世界統一通貨をめざす』宋鴻兵〈ソン・ホンビン〉)、極東日本の明治維新にまで投資をしている(『洗脳支配 日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて』苫米地英人)。

 21世紀に入ると企業が国家を超える規模となり、法律をもあっさりと飛び越え、租税すら回避し始めた(『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン)。フランス革命はアンシャン・レジームを引っ繰り返したが、投機による富の集中はかえって強固なものとなった。

 レジームといえば、かつて安倍首相は戦後レジームからの脱却が必要であり、そのために憲法を改正すべきだと主張した(『美しい国へ』文春新書、2006年/改訂版『新しい国へ 美しい国へ 完全版』文春新書、2013年)。果たして今我々に「光栄」を目指す意欲があるだろうか? 並々ならぬ憂国の心情があるだろうか? それとも黒船の次は中国からの赤船を待つのだろうか?

月曜閑談 (冨山房百科文庫 15)
サント・ブーヴ
冨山房
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2016-07-18

必読書リスト その二


     ・キリスト教を知るための書籍
     ・宗教とは何か?
     ・ブッダの教えを学ぶ
     ・悟りとは
     ・物語の本質
     ・権威を知るための書籍
     ・情報とアルゴリズム
     ・世界史の教科書
     ・日本の近代史を学ぶ
     ・虐待と精神障害&発達障害に関する書籍
     ・時間論
     ・身体革命
     ・ミステリ&SF
     ・必読書リスト その一
     ・必読書リスト その二
     ・必読書リスト その三
     ・必読書リスト その四
     ・必読書リスト その五

『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』ヴィクトール・E・フランクル:霜山徳爾訳
『それでも人生にイエスと言う』ヴィクトール・E・フランクル
『アウシュヴィッツは終わらない あるイタリア人生存者の考察』プリーモ・レーヴィ
『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』菅原出
『イタリア抵抗運動の遺書 1943.9.8-1945.4.25』P・マルヴェッツィ、G・ピレッリ編
『石原吉郎詩文集』石原吉郎
『親なるもの 断崖』曽根富美子
『女盗賊プーラン』プーラン・デヴィ
『生かされて。』イマキュレー・イリバギザ、スティーヴ・アーウィン
『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』レヴェリアン・ルラングァ
『戦場から生きのびて ぼくは少年兵士だった』イシメール・ベア
『武装解除 紛争屋が見た世界』伊勢崎賢治
『洞窟オジさん』加村一馬
『メンデ 奴隷にされた少女』メンデ・ナーゼル、ダミアン・ルイス
『囚われの少女ジェーン ドアに閉ざされた17年の叫び』ジェーン・エリオット
『3歳で、ぼくは路上に捨てられた』ティム・ゲナール
『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』M・スコット・ペック
『ものぐさ精神分析』岸田秀
『続 ものぐさ精神分析』岸田秀
『悲鳴をあげる身体』鷲田清一
『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴
『5つのコツで もっと伸びる カラダが変わる ストレッチ・メソッド』谷本道哉、石井直方
『ウォーキングの科学 10歳若返る、本当に効果的な歩き方』能勢博
『あなたの歩き方が劇的に変わる! 驚異の大転子ウォーキング』みやすのんき
『走れ!マンガ家 ひぃこらサブスリー 運動オンチで85kg 52歳フルマラソン挑戦記!』みやすのんき
『人生、ゆるむが勝ち』高岡英夫
『究極の身体(からだ)』高岡英夫
『フェルデンクライス身体訓練法 からだからこころをひらく』モーシェ・フェルデンクライス
『ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う』日野晃、押切伸一
『月刊「秘伝」特別編集 天才・伊藤昇と伊藤式胴体トレーニング「胴体力」入門』月刊「秘伝」編集部編
『本当のナンバ 常歩(なみあし)』木寺英史
『常歩(なみあし)式スポーツ上達法』常歩研究会編、小田伸午、木寺英史、小山田良治、河原敏男、森田英二
『スポーツ選手なら知っておきたい「からだ」のこと』小田伸午
『トップアスリートに伝授した 勝利を呼び込む身体感覚の磨きかた』小山田良治、小田伸午
『足裏を鍛えれば死ぬまで歩ける!』松尾タカシ、前田慶明監修
『いつでもどこでも血管ほぐし健康法 自分でできる簡単マッサージ』井上正康
『「血管を鍛える」と超健康になる! 血液の流れがよくなり細胞まで元気』池谷敏郎
『血管指圧で血流をよくし、身心の疲れをスッと消す! 秘伝!即効のセルフ動脈指圧術』浪越孝
『実践「免疫革命」爪もみ療法 がん・アトピー・リウマチ・糖尿病も治る』福田稔
『新健康法 クエン酸で医者いらず』長田正松、小島徹
『人は口から死んでいく 人生100年時代を健康に生きるコツ!』安藤正之
『長生きは「唾液」で決まる! 「口」ストレッチで全身が健康になる』植田耕一郎
・『病気が治る「気功入門」』中健次郎
『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の化学と虚構』エリオット・S・ヴァレンスタイン
『アルツハイマー病は治る 早期から始める認知症治療』ミヒャエル・ネールス
『アルツハイマー病 真実と終焉 “認知症1150万人”時代の革命的治療プログラム』デール・ブレデセン
『一流の頭脳』アンダース・ハンセン
『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル
『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ
『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』べッセル・ヴァン・デア・コーク
『生きる技法』安冨歩
『子は親を救うために「心の病」になる』高橋和巳
『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳
『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』岸見一郎、古賀史健
『累犯障害者 獄の中の不条理』山本譲司
『自閉症裁判 レッサーパンダ帽男の「罪と罰」』佐藤幹夫
『永山則夫 封印された鑑定記録』堀川惠子
『夜中に犬に起こった奇妙な事件』マーク・ハッドン
『くらやみの速さはどれくらい』エリザベス・ムーン
『悩む力 べてるの家の人びと』斉藤道雄
『治りませんように べてるの家のいま』斉藤道雄
『べてるの家の「当事者研究」』浦河べてるの家
『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』渡辺一史
『オープンダイアローグとは何か』斎藤環著、訳
『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』斎藤環、水谷緑まんが
『往復書簡 いのちへの対話 露の身ながら』多田富雄、柳澤桂子
『逝かない身体 ALS的日常を生きる』川口有美子
『46年目の光 視力を取り戻した男の奇跡の人生』ロバート・カーソン
『記憶喪失になったぼくが見た世界』坪倉優介
『脳のなかの身体 認知運動療法の挑戦』宮本省三
『死すべき定め 死にゆく人に何ができるか』アトゥール・ガワンデ
『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』マシュー・サイド
『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 重大な局面で“正しい決断”をする方法』アトゥール・ガワンデ
『パレスチナ 新版』広河隆一
『ハイファに戻って/太陽の男たち』ガッサーン・カナファーニー
『黒い警官』ユースフ・イドリース
『アラブ、祈りとしての文学』岡真理
『円高円安でわかる世界のお金の大原則』岩本沙弓
『金持ち父さん 貧乏父さん アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学』ロバート・キヨサキ、シャロン・レクター
『金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント 経済的自由があなたのものになる』ロバート・キヨサキ、シャロン・レクター
『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方2015 知的人生設計のすすめ』橘玲
『世界にひとつしかない「黄金の人生設計」』橘玲、海外投資を楽しむ会
『なぜ投資のプロはサルに負けるのか? あるいは、お金持ちになれるたったひとつのクールなやり方』藤沢数希
『銀と金』福本伸行
『平成経済20年史』紺谷典子
『円の支配者 誰が日本経済を崩壊させたのか』リチャード・A・ヴェルナー
・『税金を払う奴はバカ! 搾取され続けている日本人に告ぐ』大村大次郎
『税金を払わない奴ら なぜトヨタは税金を払っていなかったのか?』大村大次郎
『エンデの遺言 「根源からお金を問うこと」』河邑厚徳、グループ現代
『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』ジョン・パーキンス
『動物保護運動の虚像 その源流と真の狙い』梅崎義人
『マネーの正体 金融資産を守るためにわれわれが知っておくべきこと』吉田繁治
『〈借金人間〉製造工場 “負債"の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート
『紙の約束 マネー、債務、新世界秩序』フィリップ・コガン
『ロスチャイルド、通貨強奪の歴史とそのシナリオ 影の支配者たちがアジアを狙う』宋鴻兵
『通貨戦争 影の支配者たちは世界統一通貨をめざす』宋鴻兵
『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン
『超帝国主義国家アメリカの内幕』マイケル・ハドソン
『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫
『ドル消滅 国際通貨制度の崩壊は始まっている!』ジェームズ・リカーズ
『ペトロダラー戦争 イラク戦争の秘密、そしてドルとエネルギーの未来』ウィリアム・R・クラーク
『金価格は6倍になる いますぐ金を買いなさい』ジェームズ・リカーズ
『動くものはすべて殺せ アメリカ兵はベトナムで何をしたか』ニック・タース
『アメリカの国家犯罪全書』ウィリアム・ブルム
『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クライン
『ファストフードが世界を食いつくす』エリック・シュローサー
『ヒトラーの経済政策 世界恐慌からの奇跡的な復興』武田知弘
『お金の流れでわかる世界の歴史 富、経済、権力……はこう「動いた」』大村大次郎
『お金の流れで探る現代権力史 「世界の今」が驚くほどよくわかる』大村大次郎
『新しい資本主義 希望の大国・日本の可能性』原丈人

2016-07-15

ダニエル・チャモヴィッツ、三枝充悳、稲垣栄洋、岡ノ谷一夫、堀栄三、他


 21冊挫折、13冊読了。これ以上のペースで読むと読書日記も書けなくなりそうだ。

生物はなぜ誕生したのか 生命の起源と進化の最新科学』ピーター・ウォード、ジョゼフ・カーシュヴィンク:梶山あゆみ訳(河出書房新社、2016年)/文章が肌に合わず。もったいぶった姿勢を感じる。

森浩一対談集 古代技術の復権』森浩一〈もり・こういち〉(小学館ライブラリー、1994年)/良書。「鋸喩経」(こゆきょう)を調べて辿り着いた一冊。ノコギリの部分はしっかり読んだ。

絶対の真理「天台」 仏教の思想5』田村芳朗〈たむら・よしろう〉、梅原猛(角川書店、1970年/角川文庫ソフィア、1996年)/シリーズの中では一番面白みがない。最後まで目を通したものの半分ほどは飛ばし読み。説明に傾いて閃きを欠く。

日本の分水嶺』堀公俊(ヤマケイ文庫、2011年)/文体が合わず。

ブレンダと呼ばれた少年 性が歪められた時、何が起きたのか』ジョン・コラピント:村井智之訳(扶桑社、2005年/無名舎、2000年、『ブレンダと呼ばれた少年 ジョンズ・ホプキンス病院で何が起きたのか』改題)/武田邦彦が取り上げていた一冊。双子の赤ん坊の一人がペニスの手術に失敗する。性科学の権威ジョン・マネーが現れ、性転換手術を勧める。男の子はブレンダと名づけられ少女として育てられる。ところが思春期になるとブレンダは違和感を覚え始める。後に逆性転換手術をして力強く生きていった。ところが訳者あとがきで驚愕の事実が明らかになる。これは読んでのお楽しみということで。神の位置に立って勝手な創造を行うのが白人の悪癖である。尚、扶桑社版の編集に対する批判があることを付け加えておく。

(日本人)』橘玲〈たちばな・あきら〉(幻冬舎、2012年/幻冬舎文庫、2014年)/文章の目的がつかみにくく行方が知れない。

リベラルの中国認識が日本を滅ぼす 日中関係とプロパガンダ』石平、有本香(産経新聞出版、2015年)/有本香の対談本は出来が悪い。

「朝日新聞」もう一つの読み方』渡辺龍太〈わたなべ・りょうた〉(日新報道、2015年)/これも武田邦彦が紹介していた一冊。文章が軽すぎて読めない。ネット文体といってよし。

紛争輸出国アメリカの大罪』藤井厳喜〈ふじい・げんき〉(祥伝社新書、2015年)/文章に締まりがない。

日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか』小谷賢(講談社選書メチエ、2007年)/とっつきにくい。後回し。

はじめての支那論 中華思想の正体と日本の覚悟』小林よしのり、有本香(幻冬舎新書、2011年)/本書では「小林さん」と呼んでいるが、有本は動画だと「小林先生」と呼ぶ。ある種の芸術家に対する尊称なのか、個人的敬意が込められているのかは判断がつかない。有本同様、小林の対談本も一様に出来が悪い。「わし」という言葉遣いが示すように公(おおやけ)の精神が欠如している。

川はどうしてできるのか』藤岡換太郎〈ふじおか・かんたろう〉(ブルーバックス、2014年)/変わった名前である。まるで北風小僧(笑)。文章がよくない。

カウンセリングの理論』國分康孝〈こくぶ・やすたか〉(誠信書房、1981年)/『カウンセリングの技法』(1979年)、本書、『エンカウンター 心とこころのふれあい』(1981年)、『カウンセリングの原理』(1996年)が誠信書房の4点セット。國分康孝は実務的な文章でぐいぐい読ませる。ただし今の私に本書は必要ないと判断した。

法句経講義』友松圓諦〈ともまつ・えんたい〉(講談社学術文庫、1981年)/初出は『法句経講義 仏教聖典』(第一書房、1934年)か。初心者向きの解説内容である。宗教を道徳次元に貶めているように感じ、読むに堪えず。

これでナットク!植物の謎 植木屋さんも知らないたくましいその生き方』日本植物生理学会編(ブルーバックス、2007年)/ホームページに寄せられた質問に学者が丁寧に答えたコンテンツの総集編である。続篇『これでナットク! 植物の謎 Part2』(2013年)も出ている。

〈税金逃れ〉の衝撃 国家を蝕む脱法者たち』深見浩一郎(講談社現代新書、2015年)/パラパラとめくって食指が動かず。

タックス・イーター 消えていく税金』志賀櫻〈しが・さくら〉(岩波新書、2014年)/「タックス・イーター」をスパっと説明していないのが難点だ。具体的に個人を特定するほどの執念がなければ、ただの解説書である。

パナマ文書 「タックスヘイブン狩り」の衝撃が世界と日本を襲う』渡邉哲也(徳間書店、2016年)/これも渡邉本としては出来が悪い。文章に人をつかむ力が感じられない。

いちばんよくわかる!憲法第9条』西修(海竜社、2015年)/良書。これはおすすめ。歴史的経緯を辿ると自衛隊の役割がくっきりと浮かび上がってくる。しかも西は自ら海外を訪れ、直接資料に当たり、関係者に取材している。半分だけ読んだが、それでもお釣りがくる。

日本人よ!』イビチャ・オシム:長束恭行訳(新潮社、2007年)/話し言葉ほどの切れ味が文章にはない。

怪獣使いと少年ウルトラマンの作家たち』切通理作〈きりどおし・りさく〉(増補新装版、2015年/JICC出版局、1993年宝島社文庫、2000年)/編集した町山智浩からの申し出で復刊した模様。読み手を選ぶ本だ。オタク目線が強く、一般よりは特殊に傾く。切通本人の心情も湿り気が濃い。

 92冊目『日本人だけが知らない戦争論』苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(フォレスト出版、2015年)/久し振りの苫米地本である。右傾化への警鐘が巧みで一読の価値あり。サイバー戦争の具体的な解説が圧巻。

 93冊目『重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る』大栗博司〈おおぐり・ひろし〉(幻冬舎新書、2012年)/大栗はカリフォルニア工科大学ウォルター・バーク理論物理学研究所所長を務める人物だ。場の量子論や超弦理論で国際的な評価を得ている大物である。読みやすい教科書本。いくつかの蒙(もう)が啓(ひら)いた。

 94冊目『植物はそこまで知っている 感覚に満ちた世界に生きる植物たち』ダニエル・チャモヴィッツ:矢野真千子訳(河出書房新社、2013年)/良書。200ページ弱の小品。著者はイスラエルの学者。後半にわずかなダレがあるが、しっかりとニューエイジ系の誤謬を撃つ。

 95冊目『大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇』堀栄三(文藝春秋、1989年/文春文庫、1996年)/上念司〈じょうねん・つかさ〉が毎年繰り返し読む本である。登場人物に精彩がある。原爆を大本営参謀は知らなかったと書いている。陸軍中野学校と情報が共有されていないことがわかる。「日本の近代史を学ぶ」に追加。

 96冊目『創価学会・公明党スキャンダル・ウォッチング』内藤国夫(日新報道、1989年)/往時、内藤国夫は本多勝一と人気を二分するジャーナリストであったが、その晩節は暗く寂しいものであった。福島源次郎著『蘇生への選択 敬愛した師をなぜ偽物と破折するのか』と本書を併せ読めば、内藤国夫の下劣さが理解できる。基本的にジャーナリストは人間のクズだと考えてよい。

 97冊目『裏切りの民主党』若林亜紀(文藝春秋、2010年)/面白かった。若林は文章はいいのだが性格が暗い。表情や声のトーンからもそれが窺える。たぶん生真面目なのだろう。若林はクズではない稀有なジャーナリストである。事業仕分けの経緯と舞台裏がよくわかった。本書に登場する民主党参議員の尾立源幸〈おだち・もとゆき〉が先日落選した。

 98冊目『言葉の誕生を科学する』小川洋子、岡ノ谷一夫(河出ブックス、2011年/河出文庫、2013年)/小川洋子の前文は読む必要なし。対談は上手いのだが科学的知識の理解に誤謬がある。言葉の発生は歌であったと岡ノ谷は主張する。おお、我が自説と一緒ではないか。岡ノ谷の博識に対して小川の反応がよく一気読み。

 99冊目『言葉はなぜ生まれたのか』岡ノ谷一夫:石森愛彦・絵 (文藝春秋、2010年)/まあまあ。岡ノ谷は手抜き本が多そうだ。これも執筆なのか語り下ろしなのか微妙なところ。

 100冊目『なぜ仏像はハスの花の上に座っているのか 仏教と植物の切っても切れない66の関係』稲垣栄洋〈いながき・ひでひろ〉(幻冬舎新書、2015年)/見事な教科書本である。稲垣は植物学者でありながら仏教の知識もしっかりしている。これはおすすめ。

 101冊目『結局は自分のことを何もしらない 役立つ初期仏教法話6』アルボムッレ・スマナサーラ(サンガ新書、2008年)/このシリーズでは一番よくまとまっていると思う。ただしエントロピーに関する記述は完全に誤っている。社会的信用のためにも削除すべきだろう。スマナサーラは小さな誤謬が多いので要注意。

 102冊目『初期仏教の思想(上)』三枝充悳〈さいぐさ・みつよし〉(レグルス文庫、1995年)/難しかった。三枝ノートといってよい。研究者の凄まじさがよくわかる。

 103冊目『あべこべ感覚 役立つ初期仏教法話7』アルボムッレ・スマナサーラ(サンガ新書、2008年)/サンガ新書のスマナサーラ本は慣れてくると1時間ほどで読める。やや牽強付会な印象はあるが、相変わらず読ませる。

 104冊目『ぼくは13歳 職業、兵士。 あなたが戦争のある村で生まれたら』鬼丸昌也、小川真吾(合同出版、2005年)/良書。ただし終わり方がよくないので必読書には入れず。読者を誘導しようとする魂胆が浅ましい。「自分は正しい」という感覚が目を見えなくする。たとえ目的が正しいものであったとしてもプロパガンダはプロパガンダである。コンゴの少年兵の悲惨と彼らが語る夢に心を打たれる。「チャイルド・ソルジャー」だから子供兵・児童兵が正しい訳語か。

2016-07-05

1億円を超えると所得税は下がる/『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻


『マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』橘玲
『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン

 ・1億円を超えると所得税は下がる

『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫

 最初に、この図序-1を見てほしい。これは日本の納税者の税負担率を所得金額別に表したグラフである。このグラフは、日本の所得税制度には見過ごすことのできない不公平があることを示している。見るとわかるように、日本の所得税負担率は、所得総額が1億円を超えると低下していくのである。
 これはどういうことであろうか。日本の所得税制は累進課税を採用している。ならば、このグラフは、所得額の増加にともない右肩上がりになるはずである。ところが、実際はそうではない。1億円の28.3%をピークにした山型のグラフになっているのである。これは、所得金額が1億円を超えると、日本の所得税は「逆進的」なものに変わることを示している。100億円にいたっては13.5%にまで下がる。
 年間の所得金額が100億円とは、普通の市民の感覚からすれば、およそ想像を絶する額である。しかし、現実にそういう高額所得者が日本にも存在する。多くは株式の売却による所得だが、現在の日本の税制によれば、そうした所得に対しては特別措置が適用される。グラフの低下は、その効果によるものである。

【『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻〈しが・さくら〉(岩波新書、2013年)】

 以下の所得税負担率がほぼ同じグラフである。1億円を境に下がり始め、100億円超で17%の負担率となっている。


 もう一つ興味深いグラフを紹介しよう。


 株式譲渡所得とは売却益(キャピタルゲイン)のことである。このグラフは縦長に作ることで意図的に衝撃を煽っている。2003年から時限措置として証券優遇税制(株式譲渡益・配当金・投資信託売却益・投資信託分配金に対する税率が一律10%)が導入された。二つのグラフはこれに基づく。同税制は民主党政権時にも引き継がれ、2013年に廃止された。投資で得た利益には20%の課税となっているが、株式譲渡所得と先物取引に係る雑所得等に分かれていてややこしい。外為(FX)は後者となるが、2012年の法改正までは、くりっく365=申告分離課税20%、店頭=総合課税(累進課税)という不平等があった。くりっく365業者は官僚の天下りを受け入れていたので優遇されていた。

 つまり2013年までは高額所得者に有利な税制が布(し)かれていたと覚えておけばよい。また2015年からは課税所得金額4000万円超という最高区分が設けられ税率は45%となった。ざまあみろと言ってるわけにもゆかない。「年収1000万円超の給与所得者の数は全体の4%しかいないが、所得税の税収に占める割合は46%に達する。全体の4%に過ぎない高額所得者が、所得税の約半分を支払っている」(高額所得者の税負担が増加。今後もこの傾向が続くのか?)のだから。

 一つ思考実験をしてみよう。ある日突然100億円の遺産を相続することとなった。6億円超の税率は55%で控除額を差し引いても50%前後は失ってしまう。さて、あなたはどうするか? 当然、弁護士・税理士に相談することだろう。で、財団法人の設立となる。資産家が経営者や政治家であるのには理由がある。相続税の回避だ。株式会社や政治資金団体というトンネルを通して彼らは甘い汁を吸い続ける。

 ただし、相続税廃止論にも相続税100%論にも一定の根拠があって一筋縄ではゆかない。


 行き過ぎた不平等が社会に混乱を生む。国家が末永く繁栄するためには国民を幸福にする必要がある。政治家諸兄は貧困が国家を破壊すると心得るべきだ。

タックス・ヘイブン――逃げていく税金 (岩波新書)

2016-07-03

デュポン一族の圧力に屈したデラウェア州/『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン


『マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』橘玲

 ・アンシャン・レジームの免税特権
 ・多国籍企業は国家を愚弄し、超国家的存在となりつつある
 ・デュポン一族の圧力に屈したデラウェア州

『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻

 アメリカで2番目に小さい州、デラウェアは、世界最大手の企業の多くにとって生まれ故郷である。タックスヘイブンの通常の定義――税制を重視する定義――では、デラウェアはオフショア・システムには含まれないが、この地で重要なことが起きているのは明らかだ。アメリカの株式公開企業の半数以上、フォーチュン500社の3分の2近くが、この州の法人であり、2007年にアメリカで上場した企業の90パーセント以上がこの小さな州に登記している。これらの企業はデラウェアに本社を置いているわけではない。そこで法人化されただけであり、これはつまりはデラウェア州の法律に従って社会の仕組みが築かれているということだ。

【『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン:藤井清美訳(朝日新聞出版、2012年)以下同】

世界最悪のタックスヘイブンはアメリカにある」との声もある。

 デラウェア州の会社法(州法)は極めて著名である。他州に比べ、会社の設立や解散が容易で、多くの判例があるため裁判が予測可能などといった特徴を持つ。
 そのため、州外で事業活動をする会社でも、同州に登記上の本社を置くことが多い(会社設立における法律回避を参照)。また、小さな州にも拘らず、ニューヨーク証券取引所で上場している会社の半数以上、フォーチュン500に載る会社の63%はデラウェア州の会社法に準拠して設立されていると言われる。法人税で州歳入の5分の1が挙げられている。
例えば、世界最大の化学会社であるデュポンの米国法人、日本アイ・ビー・エムの親会社であるIBMワールド・トレード・コーポレーション(米IBMではない)、生命保険会社のアメリカン ライフ インシュアランスカンパニー(アリコ)の本社など、多くの有名企業がデラウェア州法により設立されている。

Wikipedia > デラウェア > 法人の州

 租税よりも法律リスクの回避が重んじられていることがわかる。法律も所によってはルールが変わるという現実が恐ろしい。そして楽園のコストは最終的に国民に付け替えられる。一般人は租税を回避することができない。

 1899年、デラウェア州政府は、巨大な化学事業を法人化したいと考えていたデュポン一族の圧力を受けて、「一般会社法」と呼ばれる新しい寛容なビジネス規定を制定した。そこには、企業の力が大になりつつある時代の自由放任的な精神が反映されていた。この法規が意味するところは、デラウェアでは、企業経営者は他の利害関係者を犠牲にして自分のやりたいことをする大きな自由を持つことができる、ということだった。デラウェア州は、株主や他の利害関係者が救済措置を得るのをとくに難しくしている。(中略)
 企業は、かつては公共の利益に役立つための手段とはっきりみなされていた。だが、デラウェアはその考えを捨て去って、デラウェアのある公文書が「断然、自由のきく民間企業モード」と表現しているものを採用した。このモードでは、企業や個人がそれぞれ自分の目標を追求し、政府は、公共の利益は自動的に増大するという想定のもとで、脇に追いやられている。これは企業に対する姿勢の微妙ながら根本的な変化だった。

 デュポンはフランス系のアメリカ財閥だ。ま、ケミカル(化学)企業・石油産業・製薬会社は悪の巣窟と考えてよかろう。巨大資本が必要なため新規参入が難しい。軍需とも深く関わっている。日本人はアメリカを政治的に成熟した社会と思いがちだが実態は異なる。企業や業界、各種団体が力任せに利益を奪い合う世界だ。インディアンを虐殺して土地を奪い、黒人奴隷で利益を上げてきた伝統は脈々と受け継がれている。

 先日、イギリスがEUから離脱した。タックスヘイブンは一種の植民地主義でイギリス領に多い。シティが金融センターとしての機能を失うかどうかが注目される。


 やはり英仏独が歩調を揃えることは難しいのだろう。ヨーロッパの平和は絵に描いた餅だ。白人は常に争ってきた。自分たちが滅びるまで争い続けるに違いない。

タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!

2016-07-02

多国籍企業は国家を愚弄し、超国家的存在となりつつある/『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン


『マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』橘玲

 ・アンシャン・レジームの免税特権
 ・多国籍企業は国家を愚弄し、超国家的存在となりつつある
 ・デュポン一族の圧力に屈したデラウェア州

『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻

 多国籍企業がオフショアを利用して税金をゼロにするのは、政府が対抗措置をとるのでたいてい容易ではないが、これは政府が負けるに決まっている戦いだ。イギリスの会計検査院が2007年に行った調査によると、イギリスの大手700社の3分の1が、金融ブームに沸いた前年度にイギリスではまったく税金を払わなかった。『エコノミスト』誌は1999年に、独自の調査に基づいて、ルパート・マードックの肥大化したニューズ・コーポレーションに適用されている税率はわずか6パーセントだと推定した。このような移転価格操作ができることが、多国籍企業が多国籍企業という形をとっている最も重要な理由の一つであり、より小規模な競争相手より通常速いペースで成長する理由の一つでもある。グローバル多国籍企業の力を危惧している人は、この点に注意を払うべきだろう。

【『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン:藤井清美訳(朝日新聞出版、2012年)】

 アメリカの法人税率は35%だが税逃れをしたアップル社は2%の税金しか払っていなかった。スターバックスに至っては無税である。バンク・オブ・アメリカ、モルガンスタンレー、ファイザーは5年間にわたって納税ゼロだった(日本の大企業・富裕層はタックスヘイブンで世界第2位の巨額な税逃れ、庶民には消費税増税と社会保障削減)。


 多国籍企業は国家を愚弄し、超国家的存在となりつつある(『ザ・コーポレーション(The Corporation)日本語字幕版』)。国家が法人をコントロールできないのであれば、次なる革命を起こすのはクラッカーであろう。


 マネーはデジタル化され実体が見えない。米騒動のように銀行を襲ったとしても、そこには一部の現金しか存在しない。バンカメの純利益は26億8000万ドル(2016年 1-3月期決算)である。鼠小僧の手に負える金額ではない。

 富の集中はやがて訪れるであろう大量死を予兆する。税の公平性が失われれば、エネルギーと食糧の分配にも偏りが生じる。持てる者はますます富み、持たざる者はどんどん奪われる。

 人類のコミュニティを考えた場合、果たして国家に軍配が上がるのか、それとも企業が勝つのか――その岐路に立たされている。

タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!

アンシャン・レジームの免税特権/『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン


『マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』橘玲

 ・アンシャン・レジームの免税特権
 ・多国籍企業は国家を愚弄し、超国家的存在となりつつある
 ・デュポン一族の圧力に屈したデラウェア州

『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻

 タックスヘイブンは確かに避難所だ。ただし、一般庶民にとっての避難所ではない。オフショアは、富と権力を持つエリートたちが、コストを負担せずに社会から便益を得る手助けをする事業なのだ。
 具体的なイメージを描くとすれば、こういうことになる。あなたが地元のスーパーマーケットでレジに並んでいると、身なりのいい人たちが赤いベルベットのロープの向こうにある「優先」レジをすいすい通り抜けていく。あなたの勘定書きには、彼らの買い物に補助金を出すための多額の「追加料金」も乗せられている。「申し訳ありません」とスーパーマーケットの店長は言う。「でも、われわれには他に方法がないのです。あなたが彼らの勘定を半分負担してくださらなければ、彼らはよそで買い物をするでしょう。早く払ってください」

【『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン:藤井清美訳(朝日新聞出版、2012年)】

 ノブレス・オブリージュの精神は絶えた。資本主義という世俗化は貴族を完全に滅ぼしてしまったのだろう。

 歴史の嘘がまかり通るのはカネの流れを明かしていないためだ。人類の歴史は「戦争の歴史」といってよいが、戦争にはカネが掛かる。武器を購入し人を集めるには融資を必要とする。その負債の流れを辿らなければ歴史の真相は見えてこない。

 税とは社会を維持するためのコストであるが、近代では戦費を捻出するために増税が行われた。例えば煙草税は日清戦争後に導入(1989年/明治31年)された(Wikipedia)が、その後は日露戦争の戦費を調達するために完全専売制となった(「煙草税のあゆみ」 煙草印紙の攻防)。そして一度上がった税金が下がることはほぼない。

 マネーは高金利を好み税を嫌う。ニクソン・ショック(1971年)でアメリカはドルと金の兌換(だかん)を停止し、ブレトン・ウッズ体制は崩壊した。変動相場制は通貨の相対性理論みたいなものだが、マネーはゴールドの裏づけを失い、中央銀行が保証する紙切れと化した。信用という名の詐欺に等しい。にもかかわらず我々はおカネの価値を疑うことがない。マネーこそは現代の宗教といってよい。

 ニコラス・シャクソンの例えはアンシャン・レジームを思わせる。16~18世紀のフランスでは第三身分者(市民や農民)が聖職者(第一身分者)と貴族(第二身分者)を背負っていた。聖職者と貴族には免税特権があったためだ。


 格差と困窮を強いられる人々はナポレオンのような英雄と革命を待望する。ある閾値(しきいち)や臨界点に達した時、破壊の風が世界に吹き荒れることだろう。そしてまたぞろ流血が繰り返され、新しい階級が誕生し、富は一旦分配され、時を経て再び偏る。収奪と破壊の輪廻が人類の業(ごう)か。

 利子、配当は富裕層に集中する(『エンデの遺言 根源からお金を問うこと』河邑厚徳、グループ現代)。チンパンジーの利益分配(『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール)とどちらが優れているだろうか。格差は人類というコミュニティを確実に崩壊へと誘(いざな)う。平等を失ったコミュニティは暴力の温床となることだろう。

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2016-05-12

強欲な人間が差別を助長する/『マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』橘玲


 ・強欲な人間が差別を助長する

『タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・ジャクソン
『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻
税金は国家と国民の最大のコミュニケーション/『消費税は民意を問うべし 自主課税なき処にデモクラシーなし』小室直樹

【マネーロンダリング Money Laundering】
 資金洗浄。タックスヘイブンやオフショアと呼ばれる国や地域に存在する複数の金融機関を利用するなどして、違法な手段で得た収益を隠匿する行為。テロマネーやトラフィッキング(麻薬・武器密売・人身売買など“人道にもとる”犯罪)にかかわる資金が「マネロン」の主な対象となる。法的には脱税資金の隠匿はマネーロンダリングに含まれないが、広義には所得隠しなど裏金にかかわる取引を総称することもある。
【タックスヘイブン Tax Haven】
 租税回避地。金融資産の譲渡益や利子・配当所得に課税されず、相続税・贈与税がなく、国外(域外)で得た所得に対して所得税・法人税が課されないなど、富裕な個人や企業・機関投資家に多大の便宜を提供している国や地域。モナコ、リヒテンシュタインなどヨーロッパの小国、ケイマン諸島などカリブ海の島々、バヌアツなど南太平洋の島々がよく知られている。
【オフショア Offshore】
 国内金融機関(オンショア)から隔離され、税制などの優遇措置を与えられた国際金融市場の総称。狭義にはタックスヘイブンを指す。
【オフショアバンク Offshore Bank】
 オフショアに設立された銀行。国外(域外)の個人・法人を顧客とし、ドル・ユーロ・ポンドなど主要通貨の外貨口座を持ち、現地通貨は扱わない。

【『マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』橘玲〈たちばな・れい〉(幻冬舎新書、2006年)以下同】

 オフショア企業の設立・管理および資産管理サービスの提供をしてきたモサック・フォンセカ法律事務所の機密情報が漏洩(ろうえい)した。ご存じ、パナマ文書である。WikiLeaksのデータ量が1.7GBであったのに対し、パナマ文書は2.6TBと伝えられる。およそ1500倍という桁外れの情報量だ。

 マネーは意志を持っている。金融マーケットに流れ込むマネーは基本的に剰余資金である。今、なぜダウ平均株価が上昇しているのか? マーケットにマネーが集まっているからだ。債券であれ通貨であれコモディティ(商品)であれ原理は一緒である。マーケットを動かすのはマネーの量である。

 そしてマネーは増殖を求めてリターンの大きいマーケットを目指す。確かな意志を持って。

 多くの人が誤解しているが、プライベートバンクは本来、「個人のための」銀行ではなく「個人所有」の銀行のことである。(中略)伝統的プラベートバンクの特徴は、オーナー一族が自らの財産で設立し、無限責任によって運営されていることだ。経営に失敗すればオーナー自身が破産するというこの仕組みが、資産の保全を臨む顧客の信用の源泉になっている。

 プライベートバンクといえばスイスが有名である。しかしながら9.11テロ以降、アメリカが断固たる態度を示し、プライベートバンクやタックスヘイブンに情報開示を迫った。もはやスイス銀行やプライベートバンクに優位性はない。テロ資金を断つために世界は共同歩調をとったかに見えた。

 マネーはグローバルな金融市場を自由に行き来するが、それを管理するのは「国家」という地理的な枠組みでしかない。プライベートバンクは市場と国家のこの制度的な矛盾を利用し、国内の法制度に穴を穿(うが)ち、司法・行政権の及ばない擬似的なタックスヘイブンをつくり出していく。

 アメリカはあろうことか自国にタックスヘイブンを用意した。デラウェア州である(世界最悪のタックスヘイブンはアメリカにある)。タックスヘイブンといえばケイマン諸島やバミューダ諸島が知られているが、いずれもイギリス領だ。で、世界最大のタックスヘイブンはロンドンのシティ(シティ・オブ・ロンドン金融特区)といわれる。結局、アングロサクソン主導で好き勝手な真似をしているわけだ。

 富裕層や大企業はなぜ租税を回避するのだろう? ハハハ、政府が愚かだからだよ。政治家は利権に基いて予算を組む。富の再分配は阻害される。政府は常に無駄な予算を組み、天下りを容認し、他方では国民に増税を求める。

 優れた国家があれば、高額な税負担は誇りとなるはずである。強い者が弱い者を助けるのは当たり前だ。チンパンジーの世界ですら利益分配は行われている(『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』フランス・ドゥ・ヴァール)。


 ――いまの離職率が高いのはどう考えていますか。
「それはグローバル化の問題だ。10年前から社員にもいってきた。将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく。仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」

 ――付加価値をつけられなかった人が退職する、場合によってはうつになったりすると。
「そういうことだと思う。日本人にとっては厳しいかもしれないけれど。でも海外の人は全部、頑張っているわけだ」

「年収100万円も仕方ない」ユニクロ柳井会長に聞く/朝日新聞DIGITAL 2013年04月23日

 それ(経営者としての仕事)ができないのであれば、当然ですけど、単純労働と同じような賃金になってしまう。

甘やかして、世界で勝てるのか ファーストリテイリング・柳井正会長が若手教育について語る/日経ビジネスONLINE 2013年4月15日

 二つ目のインタビューでは「『ブラック企業』という言葉は、これまでの旧態依然とした労働環境を守りたい人が作った言葉だと思っています」とも語っている。ユニクロの離職率は3年で5割、5年で8割を超える(ユニクロ 「離職率3年で5割、5年で8割超」の人材“排出”企業)。

 経営の才能はあるのだろうが人間としての魅力は全く感じられない。強欲な人間が差別を著しく助長する。使い切れないほどのおカネを持つ連中が更に稼ごうと人件費を抑制する。租税を回避するのは最高の節税対策となる。

 世界各国の金融緩和でジャブジャブになったマネーがマーケットに集まり、貧富の差を極限化している。今年から来年にかけて緩和マネーバブルも崩壊へ向かうことだろう。

 富める者を支えているのはネットカフェ難民やホームレスかもしれない。彼らの存在があればこそ低賃金労働は成り立つ。極度の貧困は国家を毀損(きそん)する。富の再分配ができないのであれば、国家というコミュニティは不要だろう。

マネーロンダリング入門―国際金融詐欺からテロ資金まで (幻冬舎新書)

2014-10-14

付加価値税(消費税)は物価/『あなたの知らない日本経済のカラクリ 対談 この人に聞きたい!日本経済の憂鬱と再生への道』岩本沙弓


『円高円安でわかる世界のお金の大原則』岩本沙弓
『新・マネー敗戦 ――ドル暴落後の日本』岩本沙弓

 ・湖東京至の消費税批判
 ・付加価値税(消費税)は物価

 富岡幸雄(中央大学名誉教授)は中曽根首相が売上税を導入しようと目論んだ時に、体を張って戦った人物。元国税実査官。月刊『文藝春秋』の1987年3月号に寄稿し、三菱商事を筆頭に利益がありながら1円も税金を支払っていない企業100社の名前を列挙し糾弾した。売上税は頓挫した。

岩本●結局8%、10%に消費税が上がると、スタグフレーション(不況でありながら物価上昇が続く状態)にもなりかねません。
 今、円安で物価は上がっているけれど、所得は上がっていません。上がったところで一時金、ボーナスだけで、固定給までは上げようとしていない。

富岡●そのことは、日本の大企業の経営姿勢に問題があると同時に、会社法との関係があります。【会社法は年次改革要望書、つまりアメリカの要求によってできた】もの。だから日本の経営者は会社法の施行後、経営のあり方をアメリカナイズした。短期利益、株主利益中心主義です。利益の配当という制度が剰余金の配当制度に変わり、利益がなくても株主には配当をすることができるのです。

岩本●そのしわ寄せが従業員に来ていますよね。付加価値の配分が歪んでしまって、配当がものすごく多くなる一方で労働への分配が減るという現象が起きています。

【『あなたの知らない日本経済のカラクリ 対談 この人に聞きたい!日本経済の憂鬱と再生への道』岩本沙弓(自由国民社、2014年)以下同】

 年次改革要望書については関岡英之著『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』が詳しい。

 流れとしては、日米構造協議(1989年)→年次改革要望書(1994年)→日米経済調和対話(2011年)と変遷しているが、日本改造プログラムであることに変わりはない。非関税障壁を取り除くために日本社会をアメリカナイズすることが目的だ。で、規制緩和をしてもアメリカ製品が日本で売れないため、遂にTPPへと舵を切ったわけだ。多国間の協定となれば拘束力が強くなる。

富岡●繰り返しますが、【付加価値税というのは税金じゃない。物価、物の値段】なの。
 人間は物を買わなければ生きていけないんですから、付加価値税は「生きていること」にかかる税金です。人間と家畜、生きとし生けるものにかかる「空気税」みたいなものです。生きることそれ自体を税の対象物とするのは、あってはならないことです。

岩本●しかし先生、私自身も最初にそう言われてもピンとこなかったように、消費税が物価であるということを一般の国民はなかなか理解できないのではないかと思うんですが。

富岡●単純に考えていいんですよ。だってお腹が空いたら駅の売店でパンを買うでしょう。それが本来1個100円だとしたら、それが105円になる。105円払わないとパンは食えない。それが物価というものです。だから消費税は、消費者を絶対に逃れられない鉄の鎖に縛りつける税金。悪魔の仕組みなんです。

 これはわかりやすい。消費税を間接税と意義づけるところに国税庁の欺瞞がある。

消費税は、たばこ税と同じ「間接税」なのか?法人税と同じ「直接税」なのか?
消費税は間接税なのか

富岡●トランスファープライシング。日本の親会社が海外関連企業と国際取引する価格を調整することで、所得を海外移転することです。
 移転価格操作とタックスヘイブンを結びつけて悪用すれば、税金なんてほとんどゼロにできてしまうテクニックがある。
 簡単に説明するとね、日本にAというメーカーがあるとします。A社は税金の安いカリブ海などのタックスヘイブンに海外子会社Bをつくって、そのB社に普通よりも安い値段――たとえば本来の卸価格が80円だとすれば、70円などで売る。そしてB社はアメリカにあるもうひとつの子会社である販売会社のC社に100円で売る。実際にアメリカで売るのはC社です。
 これをすることで、日本にあるA社は利益を減らすけれど、タックスヘイブンにあるB社に利益が集中する。要するに、会社を3つつくれば、税金なんてすぐなくなっちゃうの。

 タックスヘイブン(租税回避地)に関しては次の3冊がオススメ。

マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』橘玲
タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻
タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!』ニコラス・シャクソン

 ただしマネーロンダリングについてはアメリカが法的規制をしたため、ブラックマネーと判断されれば米国内の銀行口座は凍結され、彼らと取引のある金融機関も米国内での業務を停止させられる。こうなるとドル決済の取引がほぼ不可能となる。

 大局的な歴史観に立てば、やはりサブプライム・ショック(2007年)~リーマン・ショック(2008年)で金融をメインとする資本主義は衰亡へと向かいつつある。既に新自由主義は旗を下ろし、国家による保護主義が台頭している。

 不公平な税制が改善される見込みはない。どうせなら全部直接税にしてはどうか? 正しい税制が敷かれていれば、税金を支払うことに企業や国民は誇りを抱くはずだ。

 尚、湖東同様、富岡の近著『税金を払わない巨大企業』に対する批判も多いので一つだけ紹介しよう。

巨大企業も税金を払っています。 - すらすら日記。Ver2

あなたの知らない日本経済のカラクリ---〔対談〕この人に聞きたい! 日本経済の憂鬱と再生への道筋

2014-07-25

資本主義のメカニズムと近代史を一望できる良書/『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫


『〈借金人間〉製造工場 “負債"の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート
『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻

 ・資本主義のメカニズムと近代史を一望できる良書

『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』水野和夫
『自由と成長の経済学 「人新世」と「脱成長コミュニズム」の罠』柿埜真吾
『悪の論理 ゲオポリティク(地政学)とは何か』倉前盛通
『通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!』ジェームズ・リカーズ
『ペトロダラー戦争 イラク戦争の秘密、そしてドルとエネルギーの未来』ウィリアム・R・クラーク
『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』佐藤航陽

必読書リスト その二

 キリスト教の記述がしっかりしており、資本主義のメカニズと近代史を一望できる良書だ。『超マクロ展望 世界経済の真実』では控え目だった水野が本気を出すとこうなるのね。いやはや、ぶったまげたよ。

 近代とは経済的に見れば、成長と同義です。資本主義は「成長」をもっとも効率的におこなうシステムですが、その環境や基盤を近代国家が整えていったのです。
 私が資本主義の終焉(しゅうえん)を指摘することで警鐘を鳴らしたいのは、こうした「成長教」にしがみつき続けることが、かえって大勢の人々を不幸にしてしまい、その結果、近代国家の基盤を危うくさせてしまうからです。
 もはや利潤をあげる空間がないところで無理やり利潤を追求すれば、そのしわ寄せは格差や貧困という形をとって弱者に集中します。そして本書を通じて説明するように、現代の弱者は、圧倒的多数の中間層が没落する形となって現れるのです。

【『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫(集英社新書、2014年)以下同】

 先進国が金融緩和をし続けているにも関わらず格差が進行するのは富の極端な集中によるものだ。川の水が海を目指すように、富は富者の口座に滞留する。海水は日光によって蒸発し雲となるが、富裕層の富が蒸発することはない。既にトリクルダウン理論も崩壊した。おこぼれが経済を押し上げることはなかった。

 日本の10年国債利回りは、400年ぶりにそのジェノヴァの記録を更新し、2.0%以下という超低金利が20年近く続いています。経済史上、極めて異常な状態に突入しているのです。
 なぜ、利子率の低下がそれほどまでに重大事件なのかと言えば、金利はすなわち、資本利潤率とほぼ同じだと言えるからです。資本を投下し、利潤を得て資本を自己増殖させることが資本主義の基本的な性質なのですから、利潤率が極端に低いということは、すでに資本主義が資本主義として機能していないという兆候です。

 2%程度だとインフレ率を上回らない。つまり国債購入者は損をする羽目になる。それでも尚、安全を求めるマネーは国債購入へ向かう。確かに金利=資本利潤率と考えれば行き場を失ったマネーの姿が見えてくる。

 利子率=利潤率が2%を下回れば、資本側が得るものはほぼゼロです。そうした超低金利が10年を超えて続くと、既存の経済・社会システムはもはや維持できません。これこそが「利子率革命」が「革命」たるゆえんです。

 金利はマネーの需要を示すわけだから、当然、実体経済において企業は設備投資を控える。リターンなき投資世界が現れたと考えてよい。

 では、この異常なまでの利潤率の低下がいつごろから始まったのか。
 私はその始まりを1974年だと考えています。図2のように、この年、イギリスと日本の10年国債利回りがピークとなり、1981年にはアメリカ10年国債利回りがピークをつけました。それ以降、先進国の利子率は趨勢的(すうせいてき)に下落していきます。
 1970年代には、1973年、79年のオイル・ショック、そして75年のヴェトナム戦争終結がありました。
 これらの出来事は、「もっと先へ」と「エネルギーコストの不変性」という近代資本主義の大前提のふたつが成立しなくなったことを意味しているのです。
「もっと先へ」を目指すのは空間を拡大するためです。空間を拡大し続けることが、近代資本主義には必須の条件です。アメリカがヴェトナム戦争に勝てなかったことは、「地理的・物理的空間」を拡大することが不可能になったことを象徴的に表しています。
 そして、イランのホメイニ革命などの資源ナショナリズムの勃興(ぼっこう)とオイル・ショックによって、「エネルギーコストの不変性」も崩れていきました。つまり、先進国がエネルギーや食糧などの資源を安く買い叩くことが70年代からは不可能になったのです。


 そんなに前だったとはね。で、アメリカはというと、水野によれば「電子・金融空間」を開拓した。15世紀半ばから始まった大航海時代の終焉だ。

フロンティア・スピリットと植民地獲得競争の共通点/『砂の文明・石の文明・泥の文明』松本健一

 原油価格の長期的な価格変動はWikipediaのチャートがわかりやすい。今からだと信じ難い話だがオイルショック前の原油価格は1バレル=2~3ドルであった(※現在は100ドル強)。

 私が経済書を読むようになったのは40代からのこと。出来るだけ若いうちから学んだ方がよい。金融・経済の仕組みを理解しなければ、自分が奪われている事実にすら気づかないからだ。

資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書)
水野 和夫
集英社 (2014-03-14)
売り上げランキング: 9,154

2014-05-06

グローバリズムの目的は脱領土的な覇権の確立/『超マクロ展望 世界経済の真実』水野和夫、萱野稔人



『〈借金人間〉製造工場 “負債"の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート
『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』志賀櫻

 ・グローバリズムの目的は脱領土的な覇権の確立

『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫
『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』水野和夫

『悪の論理 ゲオポリティク(地政学)とは何か』倉前盛通
『通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!』ジェームズ・リカーズ

水野●その価格決定権を(※OPECから)アメリカが取り返そうとして1983年にできたのが、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物市場ですね。
 石油の先物市場をつくるということは、石油を金融商品化するということです。いったんOPECのもとへと政治的に移った価格決定権を、石油を金融商品化することで取り返そうとしたんですね。

萱野●まさにそうですね。
 60年代までは石油メジャーが油田の採掘も石油の価格も仕切っていた。これは要するに帝国主義の名残(なごり)ということです。世界資本主義の中心国が周辺部に植民地をつくり、土地を囲い込むことによって、資源や市場、労働力を手に入れる。こうした帝国主義の延長線上に石油メジャーによる支配があった。その支配のもとで先進国はずっと経済成長してきたわけです。
 しかし、こうした帝国主義の支配も、50年代、60年代における脱植民地化の運動や、それにつづく資源ナショナリズムの高揚で、しだいに崩れていきます。そして、石油についてもOPECが発言力や価格決定力をもつようになってしまう。当然、アメリカをはじめとする先進国側はそれに反撃をします。ポイントはそのやり方ですね。つまり石油を金融商品化して、国債石油市場を整備してしまう。それによって石油を戦略物資から市況商品に変えてしまうんです。

【『超マクロ展望 世界経済の真実』水野和夫、萱野稔人〈かやの・としひと〉(集英社新書、2010年)以下同】

 昨今の世界経済危機は資本主義の転換点であるという主旨を様々な角度から検証している。年長者である水野が終始控え目で実に礼儀正しく、萱野を上手く引き立てている。萱野は哲学者だけあって経済の本質を鋭く捉えている。

 先物取引の大きな目的はリスクヘッジにある。

 例えばある商社が、米国から大豆10,000トンを輸入する。米国で買い付け、船で日本に到着するまでに1箇月かかるとする。1箇月の間に大豆の販売価格が仮に1kgあたり10円下がったとすると、商社は1億円の損失を出すことになる。そのため、商社は必ず買付けと同時に、商品先物取引を利用して10,000トン分の大豆を売契約し、利益額を確定する。 値下がりすれば先物で利益が出るので、現物の損失と相殺することが出来る。値上がりの場合は利益を放棄することとなるが、商社の利益は価格変動の激しい相場商品を安全に取引することにある。また、生産者も植えつけ前に先物市場において採算価格で販売契約し、販売価格を生産前に決めることで、収穫時の投機的な値上がり益の可能性を放棄する代わりに適切な利益を確保し、収穫時の価格下落(採算割れ)を気にせずに安心して計画的に生産することが出来る。

Wikipedia

 これが基本的な考え方だ。ところが恣意的な価格決定のためにマーケットがつくられたとすれば、マーケット価格が現物に対するリスクと化すのだ。その上インターネットによって瞬時の取引が可能となり、異なるマーケット同士が連鎖性を帯びている。このため金融危機はいつどこで起こってもおかしくない状況となっている。

水野●驚くことに、アメリカのWTI先物市場にしても、ロンドンのICEフューチャーズ・ヨーロッパ(旧国債石油取引所)にしても、そこで取引されている石油の生産量は世界全体の1~2%ぐらいです。にもかかわらず、それが世界の原油価格を決めてしまうんですね。

萱野●そうなんですよね。世界全体の1日あたりの石油生産量は、2000年代前半の時点でだいたい7500万バレルです。これに対して、ニューヨークやロンドンの先物市場で取引される1日あたりの生産量は、せいぜい1000万バレルです。

水野●1.5%もありませんね。

萱野●ところが先物取引というのは相対取引で何度もやりとりしますから、取引量だけでみると1億バレル以上になる。その取引量によって国際的な価格決定をしてしまう。価格という点からみると、石油は完全に領土主権のもとから離れ、市場メカニズムのもとに置かれるようになったことがわかりますね。

 しかも10~20倍のレバレッジが効いている。金融市場に出回る投機マネーは世界のGDP総計の4倍といわれてきたが、世界各国の通貨安競争を経た現在ではもっと増えていることだろう。もともと交換手段に過ぎなかったマネーが膨張に次ぐ膨張を繰り返し、今度は実体経済に襲いかかる。プールの水が増えすぎて足が届かなくなっているような状態だ。投機マネーとは「取り敢えず今直ぐ必要ではないカネ」の異名だ。

 マネーサプライが増加しているにもかかわらずインフレを示すのは株価と不動産価格だけで経済全体の底上げにつながっていない。

萱野●要するに、イラク戦争というのは、イラクにある石油利権を植民地主義敵に囲い込むための戦争だったのではなく、ドルを基軸としてまわっている国際石油市場のルールを守るための戦争だったんですね。これはひじょうに重要なポイントです。

 本書以外でも広く指摘されている事実だが、フセイン大統領は石油の決済をドルからユーロに代えることを決定し、国連からも承認された。これをアメリカが指をくわえて見過ごせば、ドル基軸通貨体制が大きく揺らぐ。つまり人命よりもシステムの方が重い、というのがアメリカの政治原理なのだ。

萱野●先進国にとっての戦争が、ある領土の支配権を獲得するためのものではなくなり、脱領土的なシステムを防衛するためのものとなったのです。領土、ではなく、抽象的なシステムによって自らの利益を守ることに、軍事力の目的が変わっていったのです。
 かつての植民地支配では、その土地の領土主権は認められていませんでしたよね。それは完全に宗主国のコントロールのもとにあった。それが現在では、領土主権は一応その土地にあるものとして認められたうえで、しかし、その領土主権を無化してしまうような国際経済のルールをつうじて、覇権国の利益が維持されるのです。
 これは、経済覇権のあり方が脱植民地化のプロセスをつうじて大きく変化したということをあらわしています。いまや経済覇権は領土の支配をつうじてなされるのではありません。領土の支配を必要としない脱領土的なシステムをつうじてなされるのです。

 卓見だ。更に「脱領土的な覇権の確立、これがおそらくグローバル化のひとつの意味なのです」とも。本書の次に『日本はニッポン! 金融グローバリズム以後の世界』藤井厳喜、渡邉哲也:ケンブリッジ・フォーキャスト・グループ編(総和社、2010年)を読むと更に理解が深まる。グローバリズムの本質と惨禍については『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クラインが詳しい。またアメリカが安全保障上の観点から通貨戦争に備えている事実はジェームズ・リカーズが書いている。

超マクロ展望 世界経済の真実 (集英社新書)
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日本はニッポン! 金融グローバリズム以後の世界
藤井厳喜 渡邉哲也
総和社
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大英帝国の没落と金本位制/『新・マネー敗戦 ――ドル暴落後の日本』岩本沙弓
米ドル崩壊のシナリオ/『通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!』ジェームズ・リカーズ

2014-04-29

ダグ・ボイド、瀬谷ルミ子、船山徹、佐藤優、響堂雪乃、他


 15冊挫折、7冊読了。

ヤクザな人びと 川崎・恐怖の十年戦争』宮本照夫(文星出版、1998年)/ルポではなくエッセイ。筆致の軽さが圧縮度を薄めている。ただしエッセイだと割り切ればそこそこ面白い。交渉の仕方としても参考になる。

生の時・死の時』共同通信社編(共同通信社、1997年)/1997年度新聞協会賞受賞ルポ。紙面という限られたスペースであれば、また違った風にも読めたことだろう。だが書籍としてはやはり弱い。中途半端な散文の印象を免れず。各章の目のつけどろこは優れている。

楚漢名臣列伝』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(文藝春秋、2010年/文春文庫、2013年)/物語の起伏に欠ける。

シェルパ ヒマラヤの栄光と死』(山と溪谷社、1998年/中公文庫、2002年)/これは後回し。書いておかないと読めなくなるので記録しておく。

リデルハートとリベラルな戦争観』石津朋之(中央公論新社、2008年)/硬質な分だけ興味を引きにくい。読者を選ぶ本だ。

孟子(上)』(朝日文庫、1978年)/入門書には適さず。

人間精神進歩史 第1部』コンドルセ:渡辺誠訳(岩波文庫、1951年)/読むのが遅すぎた。

日本人が知らないアメリカの本音』藤井厳喜〈ふじい・げんき〉(PHP研究所、2011年)/文章に締まりがない。

正弦曲線』堀江敏幸(中央公論新社、2009年/中公文庫、2013年)/第61回読売文学賞受賞作。読ませる文章である。数学と詩が融合したような随筆だ。コアなファンがいそうな作家である。

いつまでも美しく インド・ムンバイのスラムに生きる人びと』キャサリン・ブー:石垣賀子訳(早川書房、2014年)/「ピュリッツァー賞受賞ジャーナリストが描くインド最大の都市の真実。全米図書賞に輝いた傑作ノンフィクション」。今回の目玉作品であったが100ページほどで挫ける。文章はいいのだが立ち位置が気になる。

不知火 石牟礼道子のコスモロジー』石牟礼道子〈いしむれ・みちこ〉(藤原書店、2004年)/ファンのためのアンソロジーといった体裁。

本を書く』アニー・ディラード:柳沢由実子訳(パピルス、1996年)/今まで読んだディラード作品では一番面白くなかった。作家向けか。

アングラマネー タックスヘイブンから見た世界経済入門』藤井厳喜〈ふじい・げんき〉(幻冬舎新書、2013年)/この人、妙な前置きをする悪癖がある。『ドンと来い! 大恐慌』が当たったためだろう。もったいぶらずに直球勝負で書くべきだ。

[徹底解明]タックスヘイブン グローバル経済の見えざる中心のメカニズムと実態』ロナン・パラン、リチャード・マーフィー、クリスチアン・シャヴァニュー:青柳伸子訳、林尚毅解説(作品社、2013年)/書籍タイトルに記号を付けるのは邪道である。専門性が高すぎて、読めば読むほどわけがわからなくなる。

足の汚れ(沈澱物)が万病の原因だった 足心道秘術』官有謀〈かん・ゆうぼう〉(文化創作出版マイ・ブック、1986年)/足揉みが民間療法であることは知っていたが理由がよくわかった。講習料金を比較すると若石法(じゃくせきほう)に軍配が上がりそうだ。有名どころとしては他にドクターフットなどがある。所謂リフレクソロジーは法的に曖昧な立場でゆくゆく規制がかかるかもしれぬ。官有謀が立派なところは、「自分で行うのが足揉みの基本」としているところ。

 20冊目『読書という体験』岩波文庫編集部編(岩波文庫、2007年)/飛ばし読みしようと開いたのだが、スラスラと読み終えてしまった。それほど大した内容ではないのだが。

 21冊目『略奪者のロジック 支配を構造化する210の言葉たち』響堂雪乃〈きょうどう・ゆきの〉(三五館、2013年)/前著『独りファシズム つまり生命は資本に翻弄され続けるのか?』と比べると見劣りするが、辞書として使えばよい。響堂雪乃は扇動するメディアに扇動をもって対抗する。

 22冊目『世界と闘う「読書術」 思想を鍛える一〇〇〇冊』佐高信〈さたか・まこと〉、佐藤優〈さとう・まさる〉(集英社新書、2013年)/佐藤優の動きが怪しい。次々と毛色の変わった人物と対談集を編んでいる。副島隆彦との対談と異なり、佐藤が終始リードしている。つまり佐高の方が御しやすかったということなのだろう。あるいは聞く耳を持っていたということか。びっくりしたのだが「あとがき」で佐高が自分のことを「人権派」と称していた。他人の悪口ばかりを集めて本にしてきた男が説く人権とは何ぞや? 佐高は私が最も忌み嫌う人物の一人であるが、本書の価値に傷をつけるものではない。

 23冊目『サバイバル宗教論』佐藤優〈さとう・まさる〉(文春新書、2014年)/臨済宗相国寺での講演を編んだもの。話し言葉でここまで語れるところに佐藤優の凄さがある。読み終える前に「宗教とは何か?」に付け加える。もちろん必読書入りだ。モヤモヤしていた佐藤への疑惑が解消された。佐藤が行ってきたことは「中間層の強化」=「民主主義の補強」であったのだろう。創価学会への接近もこれで理解できよう。ただし沖縄の悲哀を知る佐藤がパレスチナを語らぬ事実に私は不満を覚える。僧侶の質問のレベルが意外と高いのにも驚かされた。

 24冊目『仏典はどう漢訳されたのか スートラが経典になるとき』船山徹(岩波書店、2013年)/労作。読み物ではなく資料だと割り切れば面白く読める。ただし最後の方は飛ばし読み。学術的には意味があるのだろうが、言葉の本質が情報である事実を踏まえると、この分野の裾野が広がることは困難であろう。翻訳に限らずすべての情報は「解釈される性質」をはらんでいる。正統とは歴史であって合理性を意味しない。思い切って言えば、翻訳そのものよりも翻訳後に脳とコミュニティの様相がどう変化したかを検証することが重要だ。日本の宗教に関する学問は一刻も早く文学と歴史の次元から脱却する必要がある。

 25冊目『職業は武装解除』瀬谷ルミ子〈せや・るみこ〉(朝日新聞出版、2011年)/前々から読みたかった一冊だ。ちょっと文章が甘いのだがこれはオススメ。順序としては『裸でも生きる 25歳女性起業家の号泣戦記』山口絵理子→本書→『武装解除 紛争屋が見た世界』伊勢崎賢治が望ましい。更に興味があれば、『NHK未来への提言 ロメオ・ダレール 戦禍なき時代を築く』ロメオ・ダレール、伊勢崎賢治→『なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか PKO司令官の手記』ロメオ・ダレールと進めばよい。劣等感に苛まれた一人の少女がどのようにして世界へと羽ばたいたのか。体当たりの青春が美しい。

 26冊目『ローリング・サンダー メディスン・パワーの探究』ダグ・ボイド:北山耕平、谷山大樹訳(平河出版社、1991年)/これは凄い。ただただ凄い。西水美恵子がブータン王国に抱いた印象を私はインディアンに重ねてきた。本書を読んでそれが極まった。ヨーロッパ人がインディアンを虐殺した時、人類の進化は止まったのだろう。彼らこそは無名のブッダでありクリシュナムルティであった。ブッダもクリシュナムルティもインディアン(インド人)だ(ブッダは現在のネパール出身)。密教(スピリチュアリズム)を解く鍵は『世界の名著1 バラモン教典 原始仏典』長尾雅人〈ながお・がじん〉責任編集と本書にあると思われる。

2014-03-25

失業と破産こそ資本主義の生命/『小室直樹の資本主義原論』小室直樹


『新戦争論 “平和主義者”が戦争を起こす』小室直樹
『日本教の社会学』小室直樹、山本七平
『消費税は民意を問うべし 自主課税なき処にデモクラシーなし』小室直樹

 ・失業と破産こそ資本主義の生命

『日本国民に告ぐ 誇りなき国家は滅亡する』小室直樹
『悪の民主主義 民主主義原論』小室直樹
『日本人のための宗教原論 あなたを宗教はどう助けてくれるのか』小室直樹
『数学嫌いな人のための数学 数学原論』小室直樹
『日本人のための憲法原論』小室直樹

 生き残った企業は、資本主義市場に相応(ふさわ)しい企業である。生き残った労働者は、資本主義市場に相応しい労働者である。
 いま、「資本主義市場に相応しい」企業を単に「企業」、同じく「資本主義市場に相応しい」労働者を単に「労働者」と呼ぶことにすれば、つぎの命題(文章)が成立する。
【市場は労働者を作る。】
 また、
【市場は企業を作る。】
 では、如何(いか)にして、
【淘汰(とうた)によってである。】
 資本主義は、労働者と企業とから作られる。資本主義のメンバーは、労働者と企業である。労働者と企業とがなければ、資本主義は生成も存続もできない。その労働者と企業とは、市場における淘汰によって作られる。
 市場淘汰こそ資本主義の生命である。
 市場で淘汰された労働者は失業者となる。市場で淘汰された企業は破産する。
 ゆえに、
【失業(者)と破産こそ資本主義の生命である。】
 という命題(文章)が成立するのである。

【『小室直樹の資本主義原論』小室直樹(東洋経済新報社、1997年)】

 これが市場原理である。まったく疑問の余地がない。資本主義経済においては資本の運動がすべてである。資本家からすれば「高く売れるか売れないか」であり、消費者からすれば「買うか買わないか」というだけの世界だ。

 市場で公正な競争が行われ、消費者が賢い選択をすれば、淘汰によってよりよき世界が現れるはずだ。だが現実は異なる。全然よくなっていない。それどころか日本はデフレが20年も続いた。この間の付加価値はどこへ行ってしまったのか?

 わかりやすく極論を述べよう。事業を立ち上げるにはカネが必要だ。企業は銀行などから借金をする。これが「資本」だ。そのカネを事業に投資する。企業は銀行からの借金+労働者の賃金を上回る利益を出さなくてはならない。つまり資本主義は借金で回っているわけだ。それゆえ経済は銀行の金利+αのインフレになるのが自然なのだ。

 にもかかわらず長期間に渡るデフレは進行した。日銀も政府も無能であった。投資先を失った日本のマネーは海外へ向かわざるを得ない。それどころか円高に悲鳴を上げた多くの企業は生産拠点を海外へ移した。雇用までもが流出したのだ。世界各国が金融緩和をしている中で日本だけが躊躇していた。

 世界経済は2007年にサブプライム・ショック、翌2008年にリーマン・ショックに襲われた。これ以降、富の過剰な集中が目立ってくる。インターネットとグローバリゼーションによって資本の移動は一瞬で国境を超える時代となった。多国籍企業はタックス・ヘイブンを経由することで租税を回避する。既にイギリスやアメリカ国内にもタックス・ヘイブンが存在する。

 明らかに公正な競争が行われていない。更に巨大資本を有する連中がマーケットをやすやすと動かす。最大の問題は資本主義を称しておきながら、米ドルが基軸通貨として流通している事実である。だから本来であれば第二次世界大戦以降の資本主義は米ドル資本主義と名づけるべきだ。しかもドルを発効するFRBは中央銀行機能を有しながらも実体は私企業なのだ。通貨発行権を国家の手に取り戻そうとした大統領も何人かいたが全員暗殺されている。

 すなわち米ドル資本主義は資本の運動ではなく、資本家の思惑で動いていると見てよかろう。米ドルの価値が極限まで下がった時が資本主義の終焉と個人的には考えている。



消費を強制される社会/『浪費をつくり出す人々 パッカード著作集3』ヴァンス・パッカード
信用創造の正体は借金/『ほんとうは恐ろしいお金(マネー)のしくみ 日本人はなぜお金持ちになれないのか』大村大次郎

2014-03-01

マネーと民主主義の密接な関係/『サヨナラ!操作された「お金と民主主義」 なるほど!「マネーの構造」がよーく分かった』天野統康


「腐敗した銀行制度」カナダ12歳の少女による講演
30分で判る 経済の仕組み
「Money As Debt」(負債としてのお金)
武田邦彦『現代のコペルニクス』 日本の重大問題(2)国の借金

 ・マネーと民主主義の密接な関係

『マネーの正体 金融資産を守るためにわれわれが知っておくべきこと』吉田繁治
『〈借金人間〉製造工場 “負債"の政治経済学』マウリツィオ・ラッツァラート

 マネーと民主主義の欺瞞に斬り込む好著。天野統康〈あまの・もとやす〉はファイナンシャル・プランナーで文章は「わかりやすい合理性」に心を砕いている。資本主義経済は既に政治を凌駕した。政治は経済に収束され、利権に着地する。選挙民は自分の頭で考えることなく、所属している企業・団体・組織・教団が支持する候補に投票する。大衆には責任がない。民主主義は必ず衆愚へと向かう。エントロピーは常に増大するのだ。

 冒頭で天野はマネーの多面性と構造が、「操作される民主主義」「偽りに基づく民主主義」へ誘導されたと指摘する。卓見である。近代をどう定義づけるかによって現代の姿は変わって映る。一般的には国民国家資本主義の誕生といわれるが、その淵源を知らなければただのお題目となる。

 千数百年にわたって積もりに積もってきたキリスト教のストレスは魔女狩りという形で発散した。西洋の中世は暴力の季節であった。その渦中からプロテスタントという花が咲いた。カトリックは金銭欲や私益を戒めた。プロテスタントは聖書を合理的に読み解くことで世俗的な欲望を認めた。

マルティン・ルターとジャン・カルヴァンの宗教改革(プロテスタンティズム)

 国民国家と資本主義といっても要は暴力とカネだ。しかも国民国家を待望したのは身分が不安定で金貸しをやらされてきたユダヤ人であったことも見逃してはなるまい。

何が魔女狩りを終わらせたのか?
「キリスト教征服の時代」から脱却する方途を探る

 資本主義経済と民主主義政治の融合は、ソ連などの20世紀型共産主義諸国が崩壊した後、最も主流となっている政治経済体制である。
 いきなり結論をお伝えするが、今までの自由民主主義諸国のほとんどは、国民よりも金融権力が社会への決定権において上位であった。
 金融権力は自らの金融力を基に、経済体制としての資本主義と、政治体制としての民主主義を巧みに操作してきた。
 この政治システムが実は、「【国際金融権力】」といわれる欧米の金融財閥を頂点とした力関係の中で営まれてきたのである。
 そのことについて、自由民主主義諸国の市民の多くは気づいてこなかった。マネーという、社会をコントロールする最大のツールを乗っ取られたことに気づいてこなかったのだ。
 そんな馬鹿な? と思うかもしれないが事実である。その証拠にマネーがどう作られ、どう無くなるのか知っているかを周りの人に聞いてみるとよい。ほとんどの人は答えられないだろう。
 マネーという支配ツールから目を逸らさせるために、金融権力は多大なる努力を払ってきた。その成果がさまざまな経済学である。経済の最も基本となるマネーについて、経済学は共通の定義をしてこなかった。その結果、ほとんどの人がマネーが増減するシステムを意識していない。

【『サヨナラ!操作された「お金と民主主義」 なるほど!「マネーの構造」がよーく分かった』天野統康〈あまの・もとやす〉(成甲書房、2012年)】

 天野は民主主義と資本主義経済が組み合わさった社会を「自由民主主義経済社会」と名づける。布教しているのは第二次世界大戦の戦勝国であるアメリカとイギリスだ。プロテスタント国家でもある。

 我々にとって幸福や価値はカネで量(はか)るものに転落した。それどころかカネがなければ食うこともままならない。この事実がどれほど自然の摂理に反していることだろう。動物は労働とは無縁だ。

 信用創造というユダヤ人が編み出したビッグバンをプロテスタントが採用した。この時、人類の命運は決まった。脳が有するシンボル能力(『カミとヒトの解剖学』養老孟司)はマネーに特化し、すべての価値はカネに換算されるようになった。

 プロテスタントはマルティン・ルターが呈した「贖宥状への糾弾」に端を発している。そして宗教改革は「活版印刷術を用いて安価で大量の宣伝パンフレットを流布」(『宗教改革の真実 カトリックとプロテスタントの社会史』永田諒一)させることで実現した。つまり「カネと広告」だ。

 近代からアメリカが生まれた。ヨーロッパ人はインディアンを大量虐殺し、黒人奴隷を輸入することで栄えた。そのアメリカが世界の頂点に君臨する以上、我々の世界が暴力とカネに彩られることは避けられない。

 マネー・システムと化した世界を読み解く上で格好の入門書。次作にも期待が募る。




 類書を挙げておこう。左上から順番で読むのが望ましい。


 ファイナンシャル・リテラシーについては以下。

ファイナンシャル・リテラシーの基本を押さえる

 租税を回避するオフショア経由のマネーロンダリングについては以下。

マネーロンダリング入門―国際金融詐欺からテロ資金まで (幻冬舎新書)タックス・ヘイブン――逃げていく税金 (岩波新書)タックスヘイブンの闇 世界の富は盗まれている!

 米英による具体的な世界支配については以下の書評を参照せよ。

経済侵略の尖兵/『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』ジョン・パーキンス
環境帝国主義の本家アメリカは国内法で外国を制裁する/『動物保護運動の虚像 その源流と真の狙い』梅崎義人
資本主義経済崩壊の警鐘/『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』ナオミ・クライン

 最後に動画を挙げておく。

Ende's Last Will
『モノポリー・マン 連邦準備銀行の手口』日本語字幕版
『Zeitgeist/ツァイトガイスト(時代精神)』『Zeitgeist Addendum/ツァイトガイスト・アデンダム』日本語字幕
映画『なぜアメリカは戦争を続けるのか』
『アメリカ:自由からファシズムへ』アーロン・ルッソ監督
『ザ・コーポレーション(The Corporation)日本語字幕版』



官僚機構による社会資本の寡占/『独りファシズム つまり生命は資本に翻弄され続けるのか?』響堂雪乃
「我々は意識を持つ自動人形である」/『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』ジュリアン・ジェインズ